「集合論」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 集合論とは

2019-03-04

anond:20190304110447

>> 目次

https://medium.com/@0h0n0/e3e429688456(このページ)

はじめに『この文章について、フローチャート重要性について』

第一章『関係記述する方法としての「基準」とその基準からの「指定」』

第二章『集合論

第三章『フローチャート

https://medium.com/@0h0n0/520dcc8c4cd7 (次のページ)

第四章『集合論フローチャート

https://medium.com/@0h0n0/408a2d035205最後のページ)

第五章『情報

第六章『目的

第七章『アクター

第八章『アクター行為

第九章『社会

おわりに『この研究の不完全さについて、エクセルの使い方について』

付録『本文に掲載されていない単語一覧』

はじめに『この文章について、フローチャート重要性について』

ベーシックイングリッシュとは、第二次世界大戦後くらいに流行した、英語を850語で言い換えることができるとされる体系だ。

私は「その体系を論理的説明できれば自然言語論理的説明できたことになるんじゃないか、あるいは論理的説明するヒントくらいは得ることができるんじゃないか」という仮説を立て、ベーシックイングリッシュ研究を始めた。

この文章は、その研究現在地点の記録だ。少し読んでもらえれば分かるように、論文では無い。論文にするなら説明形式根本的に変える必要があるだろう。

この文章では、説明にまず集合論フローチャートを使う。「集合論」とはただ学校で習うような素朴集合論であり、「フローチャート」とはただ日常で使うようなフローチャート意味している。

まず第一に『フローチャートは、集合論と並び立つように存在する、論理というもの原理だ』ということについて了解してもらいたい。そうで無ければ、「フローチャート」という概念を使う意味や、フローチャート集合論を組み合わせて何かと隣り合うことができるような「存在」を説明する意味は、読者に了解されないだろう。

論理人間思考表現だとすれば、脳神経の構造上、何と何が同じかを問題にする集合論だけで無く、何を前提にどういう結果になるかを問題にするフローチャートもまた重要ものになる。

実際の問題としても、「帰納演繹」という言葉は、ただ「色々なものが集合にまとまる・集合が色々なもの適用される」というだけで無く、「フローチャートが集合にまとまる・集合がフローチャート適用される」というようなニュアンスも含んでいる。論理や具体的には演繹の弾き出すようなイメージフローチャートのもので、例えば「その話は何が前提になっているんですか」とか「根拠は何ですか」と聞く時も、思い描かれているのは実はフローチャートだ。

とにかくこの文章では、集合論の他にフローチャートも、説明大前提として重要視する。 <<

2019-02-19

anond:20190218121803

どちらも集合論的な関係を表している。

「は」は要素を含むものを表している。 例:AはB

「が」は集合に含まれものを表している。 例:AがB

2019-02-18

数字を知らない人間と会話ができるのか?

1の次が2だと知らない人間がこの世には存在するらしい。

https://anond.hatelabo.jp/20190218155937

しかに、基数に対するサクセサが表現として、固定されていると考える必要はない。

から、2!と銘打ったものが1に対する加算的な位置づけにある必要性はない。

おそらく、集合論的な意味での濃さがけものフレンズ2に存在すれば、それは2という数字を含んでいても問題なく、2の濃さ(よさ)を理解できない「論理的でない人間」という判断を下されちゃっているのだと思うが、しかし、2が1の続きでないという判断を、その表現の濃さ(よさ)だけでどう判断すればいいのだろう?(2が現物として全く良くない、というのはおいといて)

「いやなら見るな!」という(死ぬほど頭の悪いと私は思っている)発言に通じるものがある気がする。

いやだと判断するためには、最低一回は見なければならない。

2を判断するためには、1を知らなければならない。

ここらへんは私にとって当たり前だと思うんだが、どうやら、そうでない人間がいる。

それらは、「最初からとんねるず番組や、”2”が、「自分にとって嫌かどうか」を判断できる基本的かつ前提的な思考他人には存在する」と考えている。

こういうある意味超常的な人間と、会話ができるのだろうか?

最近ツイッターくそ具合や、ここ、はてなくそ具合から、「インターネット」というもの、および、万人平等論的な思想がぐらついている。

ぶっちゃけ、2だけど1とは関係ないよ!関係あると思うやつは論理的じゃないやつだよ!とか発言できる人間と、ネットとはいえ、つながっている必要性があるのだろうか?

しかし、つながっているのだ。インターネットとはそういうものなのだ

…ここまで書いていて思った。インターネットってそういうものだっけ?ちがくね?

最初からインターネットって、障害耐性が主目的だよね?と。

だが、現在インターネット上のメインメディアは、障害浸食に耐性を持っていない。

この「インターネット目的」と書いた知的意味での障害耐性は、人間も持っていない。おそらく、KADOKAWA社内での会話は完全に障害状態だろう。けものフレンズ2の「売上」という数字が出て初めて、この障害に対する自己修復が始まる(か、もしくは単に無視され、角川自体崩壊まで進むか。ニコニコのように…)。

2018-10-19

anond:20181019054552

エクセル知識は当然いらない。

PCが得意な必要特にない。

高校数学集合論が得意だったかどうかでだいたい決まる。

2018-08-15

2ちゃん増田で「日本語の音象徴発見した!」って言ってた人

今どうなったんだろう。

集合論」って繰り返し言っていたのを覚えている。

2018-03-20

anond:20180320095120

そういう決めつけがいけない。わかるかもしれないしわからいかもしれない。教えてみなければわからない。例えば

計算方法は無数にありますが、これから代表的な5通りの方法説明します。わからなかったら忘れて構いません。分かりやすいと思ったものを教えてください。」

こういう風にやってもらいたい。

数学学習において、教科書の著者と読者の相性が存在する。このことは複数教科書渡り歩いて数学勉強した経験もつ人間には理解してもらえると思う。

にもかかわらず初等教育では生徒に選択余地がない。このことが算数嫌いを生む原因になっていると見ている。

実際問題として教科書を生徒に選ばせることは現実的ではないから、教師がそのギャップを埋める努力をすべきだ。

例えば、1年生のさんすうの教科書の一番最初集合論から始まるが、そんな不自然な教え方でわかるわけねーだろとおれは思う。教育出版数学者のエゴで書かれている。

以上はおれの個人的意見なので、気に食わなかったらいっくらぶっ叩いてもらっても構わない。だが、純粋個人的経験から語っているということを尊重して欲しい。個々人の教育には平均とか一般かい概念が全く意味を持たないのだから

なお、おれは算数数学には相当苦しめられてきたが、寒冷地出身だったので負の数は保育園ときから理解していた。今は理系大学をなんとか卒業して、統計を使って仕事をしている。

anond:20180320001206

理系」とやらでも情報系以外は似たようなもんじゃね?

集合論しらないDBエンジニアなんて山程いるしな。

過程よりも成果で評価しないのは「俺もアイデアさえ浮かべればバズるサービスの1つや2つ実装できるのに」って思ってるの?

2017-12-12

https://anond.hatelabo.jp/20171212000314

>さっぱりわかんね。集合論を表す音ってなんやねん。

んだから「〜だ」っていうのは集合論の集合を表してるわけよ。「〜な」は要素。「〜が」が集合に含まれものでdとセット。「〜は」は要素を含むものでnとセット。

https://anond.hatelabo.jp/20171211180854

anond:20171211234857

さっぱりわかんね。集合論を表す音ってなんやねん。

音が数学講義でもするんか。

2017-12-11

https://anond.hatelabo.jp/20171211235439

集合論はもともと哲学だろう。


>そして残念ながらその程度のことは語学研究者は当然射程に収めたものとして研究している。

これは流石にソースが欲しい。俺は入門書を三冊ほど読んだが書いてなかった。あるならばぜひソースを出して欲しい。


追記:

>本当にそれが真に論文たりうる出来だというなら、まず相談する相手開陳する場所、考え直そう。

まあ、言語学会にでも行ってみるかね。

https://anond.hatelabo.jp/20171211234113

>「集合」ってなに? 集合論なら集合をきちんと定義すべき。

集合論を表す音というだけで、集合論自体を直接操作するわけじゃない。そこが自然言語数学との違いかもしれない。数学位置関係が関わってくるから紙が必要だが、自然言語必要じゃない。


>音は曖昧ものだということ?

具体的な形を持っていない。


意識が集まるというのはやはり話者の意識がその音に向けられるということでいいのかな。

話者というもの自体が、ある地点(あるいはフローチャートの前提?それは分からんが)への意識の集まり。話者は説明必要無い。


>「区切られる」とは?

空間における意識の在り方。論理における空間フローチャート集合論を合わせたものだが、フローチャートの側面に着目すれば「終止」となるし、集合論の側面に着目すれば「区切り」となる。

anond:20171211233705

  • 「集合」ってなに? 集合論なら集合をきちんと定義すべき。
  • 音は曖昧ものだということ?
  • 意識が集まるというのはやはり話者の意識がその音に向けられるということでいいのかな。
  • 「区切られる」とは?

https://anond.hatelabo.jp/20171211230932

集合論って人間意識を扱うものじゃないと思うけど、どういうこと?

そもそも人間意識集合論でもフローチャートでも無い。人間においては、人間意識が前提にあって、そこに集合論が載っている。


>「あり方の一つ」というのならどういうあり方なのか説明してほしい。

集合論的な、何と何が同じものである、というのにおける意識では、集中する状態と、気が散る状態があると考えている。ここでは気が散る状態拡散と呼んでいる。


空間ってなに? 話者が認識する現実世界空間? それとも数学の話?

論理における空間は、フローチャート集合論を合わせたものと考えている。動けなければ空間では無いし、また一体性が無ければ空間では無い。


>誰がなにを一つのものとみなすの? 話者が aud- によって表されるなにかを一つのものみなすということ? 例えば audio であれば具体的に一つふたつと数えられるものではないけどその場合は?

誰が、という事は考えていない。一人称かもしれないし二人称かもしれないし三人称かもしれない。a(意図の集中)u(区切り/終止)d(集合)のuの「終止」というニュアンスが強く働いているように思える。


集合論の集合であればその集合を定義すべきでは?

説明を書いて、細かすぎたか反省してこうなっている。集合論の集合は、そのままの意味で受け取ってもらって構わない。

https://anond.hatelabo.jp/20171211225846

対話しようじゃないですか。それが私にとっては一番です。

https://anond.hatelabo.jp/20171211180854

私は集合論フローチャートが分かれば、それらの図示に過ぎないのだからかると想定している。しかしなぜか分からないと返ってくる、という状態

なにが分からないのか、論理的レベルで分からない。論理的には説明として成立していると考えている。そこで何が分からないのか、どこを改良すれば良いのか対話したい。

anond:20171211223314

>>「意図の集中」は集合論における人間意識の在り方の一つ

  • 集合論って人間意識を扱うものじゃないと思うけど、どういうこと?
  • 「あり方の一つ」というのならどういうあり方なのか説明してほしい。

>> 「区切り/終止」は空間において一つのものと見なす意識の在り方

>> 「集合」は集合論の集合。

残りの部分は疑問点が多すぎるのでとりあえずここまで答えてほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20171211224647

ちょっと好意的みたいで嬉しい。

論理的って、実は集合論フローチャートの二種類を指しているんだよね。集合論はもちろんだけど、論理の弾き出すようなイメージフローチャートのもの

けどほとんどの人は論理集合論フローチャートの二種類だと意識していない。

もし音に意味があるとすれば、論理では表現できない曖昧ものか、論理である集合論フローチャートなはず。

今までの言語学ではソシュール以後、音に意味なんか無い、あるとしても曖昧ものであるはずだ、というドグマのようなものがあった。

そのドグマのおかげでこの領域が守られていて、俺なんかが発見できているのだと考えている。

https://anond.hatelabo.jp/20171211222153

疑問がその具体例と関係あるように見えない。

意図の集中」は集合論における人間意識の在り方の一つ、「区切り/終止」は空間において一つのものと見なす意識の在り方、「集合」は集合論の集合。

>実際には音ではなく綴りとの対応関係を示しているようだ。

 一つの単語に二つの解釈があり得る場合は、その両方が成立する。あと英語そもそも少し音が低くなっている。発音記号とかもその音の低さに引っ張られている事がある。二種類の解釈があればその両方を適用して良い。

https://anond.hatelabo.jp/20171211222052

フローチャート数学じゃないし、集合論も元々は哲学だろ。

自然言語における論理を語る上で集合論は外せない。数学のはそれを援用してるだけだろ。

anond:20171211220021

集合論フローチャート知識があっても(そっちもそんなにないのだが)日本語のことが分からなきゃ無理だよ

自分感覚が正しいか正しくないか、確かめられないか

もっと詳しい増田が別の枝に来てくれたみたいだから、そちらに任せます

丁寧に答えてくれてありがとう

https://anond.hatelabo.jp/20171211215823

前提知識集合論フローチャートしかいらないように作ってある。

そのまま当てはめて読んでみて貰えないか

https://anond.hatelabo.jp/20171211213711

もし音の意味集合論フローチャートなら、その発見単体としてはこういう対応表でしか無いはずでしょう。

https://anond.hatelabo.jp/20171211213202

もし音の意味集合論フローチャートを表していたら、こりゃ発見だろう。

そしてその発見としては対応表だけで完結しているはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20171211212800

コミュニケーションって歩み寄りだから、相性も必要だし、双方の能力話題に見合う分必要なわけよ。

俺としては、これらは集合論フローチャート各部を図示して、音に結びつけただけだから集合論フローチャートが分かれば分かるだろと思ってるわけよ。

何が足らん?でもって、こうやって説明している間もちょっとずつ分かってきてるんじゃないか

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん