はてなキーワード: セクハラとは
自称論理的なオタクくんたちはフェミをお気持ちお気持ち言って揶揄するが、お気持ちによって時代は動いていることに気づいてない
女の地位が低かったから問題視されてこなかったセクハラも、言わばお気持ちだが、今セクハラを「お気持ち」と揶揄する奴はあたおか扱い
とある資格試験の学校に通い始めたけれど、そこで驚いたのは女性教官が揃いも揃って若くて優秀そうな男性を露骨に贔屓する事。
一部の男性に話す時だけ物凄い笑顔で声のトーンも高かったり、講義中に趣味の話をしたり、手を上げてなくても一人にだけ名指しで質問したり。
高度な資格を取って教官にまでなっているんだから、コンプライアンスも十分に学んでいるだろうに…
男性教官の場合、意外にそういう傾向はない。世間でセクハラや不祥事を騒がれてるから警戒して気を付けてるのか?って思う
教室には若くて可愛い女性もいるけれど、男性教官達が特にその子達に露骨に甘いという様子はない
公正が要求されそうな立場の女性がこんなにも露骨に、男にだけ甘い態度を取るとは知らなかった。当人は自覚しているのかなー、多分してないんじゃないのかなー
おっさんと一括りにしてるが
やはりいろいろグラデーションがあるということがわかった
おれは五十後半
三十四十とはまた違ってきたなと感じることが多い
基本的には悪いことばかりだ
心身共に弱くなった
三十四十にあった勝てないことに嫉妬する気持ちやや反抗心をみせることも怠くなった
全般的に薄味好みになった
とくになくなったのは性欲だ
性的なものは二次元三次元有象無象含めて急激に興味がなくなった
これは少なくない良かったことだ
職場の女性の尻や胸を知らずに凝視してセクハラやキモい親父扱いされることは激減した
三十四十にあった計測値コンマ以下のような可能性をゼロと心から受けいられることができた
そうなるととても楽
ほかが弱くなってるがそこが楽な分で賄ってるところすらある
おれもそうだ
また女にモテるみたいな邪念なしで素直に趣味に打ち込むと趣味自体の美しさに涙する回数が増えた
美しいといえば逆説的だが女性の美しさを純粋に讃えられるようにもなってる
美しい女性は美しい
当たり前だが
以前だと
美しい女性はやりたい
美しい女性は手に入れたい
などとは思った
これは性欲肉欲によるものだろう
大きな胸は魅力
長く細い脚は魅力
おれはすべてが対象外なので若さも魅力の一つとしてカウントすることができるのだ
あるいはそういう性癖が露呈したのかもしれんが
美しい女性に対して美しいと思うのは今日の空は綺麗だなとか海はいいなと思うのと一緒だ
空や海をさわりたいやりたいとは思わない
谷川俊太郎の詩じゃあるまいし
そういうところ早く降りてよかった
おっさんというよりおじいさんか
ただこういう心境になり楽にはなった
三十四十までが本当辛かったが
辛いのは終わると伝えたい
それがひとにとっては六十七十になるひともいるかもしれないが
キラキラ女子からしたら非モテなんて「そもそも視野に入ってない」と思うんだけど
こういう「キラキラ女子が俺の事に関心を持っているはず」という非モテの妄想ってなんか痛々しいよな
それともセクハラでもしてそのカウンターされてるだけなんだろうか
だとしたらセクハラした方が悪いだろ