はてなキーワード: 人形とは
仕事内容に「正社員からの理不尽な要求に耐えること」とか「正社員様に向かって汚い言葉遣いをしないこと」なんて書いてなかっただろうがファッキンくそったれがマジで死ねクソが肉人形みてーなきったねーツラと身体しやがって死ね一刻も早く死ね、そして俺が死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そうだ、冷蔵庫の中の棚は四段あって、そのスペースの、下2段だけを空けろって話だったんだろう?
そして(やっとのことで)空けたスペースを、生菓子を扱わない我々の店のスペースを、クリスマスケーキ様をお売りあそばす貴様らの特設会場とやらのために空けたスペースを、貴様らは悠々自適にケーキをお並べあそばせなすって、そう、その優雅っぷりといったら反吐が出るほどで、一段につき四十センチ強はあろうかという高さの棚に、高さ十センチほどのケーキをただ一面にずらりと並べるだけの、それはさあーあのーえっとぉー番重を使ったりだとかちょっと積んだりだとか、そんなふうにしたら棚一段で足りるんじゃないですかねアーユーオーケィおまえらバカなの死ぬの?
というような、ただでさえ苛々くる所業に対して従順にも22日のうちに下2段を空けた我々の、23日朝の、開店13分前になってから、
「上2段空けてもらってないんですけど?」
じゃ ねーーーーーーーーーーーーよ!!!!!!!!!!!!!!
ハァ? 死ねよファッキンおまえら下2段だけって言ってただろうが毎年そうなんだろうが!!!!!!!!!!!!!!!!
「去年も全部空けてもらってたよ?」
じゃ ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっよ!!!!!!!!!
死ねよカスが無能がデブがクッソがマジで今すぐ死ねよカス!!!!!!!!!!
少なくとも10箱の段ボール箱があるの、見ておわかりになりませんでしょうか?
その段ぼーるを、早番のわたくしめがたった一人で、開店までに、どうにか何処にか退かすことが、可能だとお思いあそばさったんでしょうか!!!!!?????????
だとしたら救いようのないバカだからさっさと死ね!!!!!!!!!
いじめって、やったほうは覚えてないけど、やられたほうは覚えてるらしいです。
その論理でいくと「どかせよ」っておっしゃりあそばすった貴様らは記憶がおぼろげかもしれませんが(更年期障害アルツハイマー記憶喪失かもねかもねそうかもね!!!!!!!?????????)
こっちのほうが確実に覚えてまっすよねええええええええええええええ
私は去年この店にいなかったのでわかりませんが
どう見てもクソババアみてーな貴様とブッサイクな趣味のわりー紫色のセーターをお召しになっていらっしゃるテメー、御歳は存じませんが確実にオーバーサーティであらせられるとお見受けいたしますそこの無能バカマネージャーよりも、わたくしめは僭越ながら自分の店の店長と先輩店員を信用しますよおぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!
今からどかすのは、どう考えても無理だっつってんの!!!!!!!!
店長に電話確認したら下2段だっつってんの!!!!!!!!!!
冷蔵庫じゃないほうの倉庫も天井までビッチリ積んであんの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
氏ねとか市ねとかじゃなくて、今すぐに、その醜い身体をどうにかして死ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
無理なら俺が殺してやるから、その醜い身体とキンキン高い声をどうにかしてくれ、つまり今すぐ死んでくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
クソババアに向かってクソババアつって何が悪いんだよ!!!!!!!!!
「あなたなあにその言葉遣いは?」「仕事なんだからそんな言葉遣いじゃだめよ」
じゃ ねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっよ!!!!!!!
俺の仕事は!!!!!!!!!!!!!!!!!貴様に媚を売ることではない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「条件はみんな同じだからね~」
同じならコンテナの手配くらいしろよ!!!!!!!!!!!!!!
天井まで段ボール詰めよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
命の危機を感じながら棚の一番上まで登れよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
みんな同じなら、うちだけじゃなくて他のとこから借りろよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そんで結局冷蔵庫の棚の一番上は使わねーってなんだそれ!!!!!!!!!!!
冷静に考えりゃそりゃそうだろだって一番上に積んだら手を頭上に揚げないと届かないからケーキ置いたら危ないもんね!!!!!!!!!!!!!!!!??????????
つまり!!!!!!!!!おまえらは!!!!!!!全部空けろなんて!!!!!!!!!!どう考えても言ってねーーーーーーーーーだろっつってんの!!!!!!!!!!!!!
クソが、クソがこの理不尽が、俺の仕事はあくまでお客様相手に商品を販売することであって、貴様らみたいなバカなクソに向かって丁寧な言葉遣いで対応することではないのだ、それは正解であるが、この世には正しいことには何の価値も意味もない、もし正しいことがすべてだったら、コペルニクスは殺される必要なんてなかったからだ。
間違えていた教会は、今も世界のナンバーワンベストセラーたる聖書を世界中にまき散らしているのだ、から!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
クソが、クソが、さっさと死んでしまえ、そうやって願う最短ルートは私が死ぬことだ、けれど私は怖くて死ねない、クソが、クソが、ああもうやだよぉ苛々するよぉ泣いちゃう泣いちゃうどうにもなんない、そうやってわたくしめは自分の、この自分ごときの腕をまた切りました!!!!!!!!!!!!!
野田さんをバカにしないで下さい!
条約と国内法の優越を知らなかったとか、ISD条項を知らなかったとかそんな事は知らなくて当然です!
野田さんは本業の「いってらっしゃいませ。野田佳彦です。よろしくお願いします」とだけ延々言い続ける
"RPGの村人A" としての大事な仕事が忙しくて、副業の常識を勉強する時間が無かっただけなんです!
急に変な仕事を押し付けられたせいで、ドジョウが何とか、土の匂いが何だとか意味不明な事を言ってるのは
彼は喋る人形扱いを受けて皆に無視され続けると性的に興奮する自分に気が付いただけの無害な変態なんです!
人間扱いするのはやめて下さい!
やりたいと思って獲得した仕事を、段取り進めてイザ!ってときにワケワカラン横槍で人に盗られたり、頓挫したりしたり。
って事がここ最近多くて、すごく屈辱的で惨めな気分を味わってる。
始めた仕事をやり遂げないうちに盗られる。折られる。
若いからってなめられてんだよな。
ああ、横槍っていうか、上司の力関係が複雑すぎて、話がこっち行ったりあっち行ったりしてるうちに決まったことがが瓦解する感じ。もううんざり。
それで「全体のパフォーマンスを考えないといけないから」とか言われたらもう何にも言えない。はいそーですね。
適当に雑務やりながら正式に決まって頼まれた仕事だけやってれば良いんだよね。あったかい人形でいろってことだよね。
まったく好きなこと出来なくなるけど、まあそれは俺の問題で、他人には関係ないしね?
まあでも、好きな事のひとつも出来ないのにテキトーに押し付けられた雑務なんて全くする気起きないけどね。社会人失格?そうですか。
始めは手堅い職場だと思ってたんだけど。最近全く面白くない。モチベーション保てない。
そういえばコンピュータが好きな俺が今の仕事に就いた理由って、自分の長所を発揮したいとかそういうのじゃなくて、好きなことがしたかたからだったっけ。
好きな事したいと思うなら来るところが間違ってたんだ。とにかくもう無理。
要するに「恩師」になるんだろうなぁ、という人と出かけた話。私の2周り上。
とても乗り気じゃなかったんだけど、まぁお世話になった人だし・・・と誘いを断れなかった。
久しぶりに最悪な一日だったのでここにはき出してみる。
何度か連絡取っていたんだけど、先日ちょっとしたことからまた連絡を取るようになった。
事務的連絡が主だったはずなのに、だんだん、日常の話が混ざってくる。
しかしとても一方的で、句読点や読点があまりない。とても読みづらいメール。
こちらが返信しなくても続々来る。少し恐怖を感じた。
「○月×日はどう?」→「その日はちょっと・・・。予定を調整しないとモゴモゴ」→「○月△日□時、A駅B口で会いましょう」→面倒なのでそれでOKした
私は駅の改札の少しずれたところにいたんだけど、相手は改札真っ正面にいた。
「おはようございます」と挨拶すると、「ヤッハーーーーー!!!増田さん!!!」とハイテンション。
それはまるで田舎に行った時のじーちゃんの反応。死んだじーちゃんを思い出した。
展示会場まで歩く。展示はとてもよくて、まるまる2時間かかってしまった。
あまり興味はなかったけれど、仕事柄行っておいて損はなかった。
「ご飯でもしようか」ということになり、「そうですね~」と、とりあえず歩くことに。
しかし古い町並みを歩くだけで、ご飯の場所を探しているのか心配になる。
15分ほど歩き、古びた喫茶店のようなところで「一休みしよう!」ということに。
ご飯あるんだし、と思い、飲み物だけにするが、相手はがっつりセットもの注文。
前に「仕事する上で参考になる本を教えて欲しい」とチラッと言ったことがあったが
(「悩みがあるの?アドバイス欲しい?」とうるさかったので)
「お薦めの本だけど」と話す内容は、仕事と無関係。それを延々熱弁。
そして家族の話や、仕事の話をする。しかし以前とほぼ同じ内容なのでつまらない。
お腹すいたなーと思った頃、「行こうか」と。
やっとご飯かー と思うもつかの間。「中途半端な時間だね」ときた。え?何に中途半端?と思ったけれど、流す。
実はこの日、体調がよくなかった。なのであまり歩きたくなかった。靴だってパンプスだったし。なので既にフラフラ。
その後1時間歩き回る。どうでもいい話と共に。
「美術館、好き?」ときかれ、「美術館は興味がありません」とハッキリ言った。もう歩きたくない。
しかし、たどり着いた先は美術館。なぜ??しかもヌード系もあった。
結局2時間歩き回った。もうぐったりだ。時間はいつの間にか夕方になっていた。
ビールで乾杯。おしぼりで顔はモチロン禿げ上がった頭も拭き拭き。何かの人形みたいだ。
相手ぐびぐび飲む。私、体調悪くてあまり進まないのに、「なんで飲まないの?なんで??」とせかす。
なんとか1杯飲むと、「俺次これ飲む~♪」と上機嫌に追加オーダー。私にもしきりにお酒を勧めるので、仕方なく飲む。
料理はするのか、とか、休みは何しているのかとか、とにかくプライベートな話題が多かった。
適当に濁したが気分は良くなかった。一体なんでそんなことをきくのか理解できなかった。
食べ終わり、会計になった。生憎丁度良い札をお互い持っておらず、結果的に割り勘。5000円。
「次行かない?」と言われたので、疲れ切っていたこともありお断り。
すると、店の外で解散。駅は見えないし私は土地勘が全くない場所。それは相手も知っているはずなのに。
仕方がないので携帯GPSを使ってどうにか帰宅。駅まで30分近く歩いた。
余りにも勝手すぎる一日に腹が立ち、お礼のメールは送らなかった。
「次は映画行かない?おすすめある?」ときたので「映画館は苦手です。疎いのでおすすめもありません」と適当なことを返信。
すると「では調べるので一寸待ってね」とのこと。
「あーだこーだでしばらく会えません」と返信すると「了解」とたった一言の返信。
その後、メールが来ることはなくなった。
以前、「僕と付き合わない?アハハ」と言われ、冗談だと思っていたけれど、あれは冗談じゃなかったのか。
父親と大して変わらない年齢の人と付き合うなんて私にはありえないこと。
なんだかとてもガッカリした。恩師がこんな人とは思わなかった。
温泉行かない? とか、とにかく色々言われたけれど、冗談だろうな~と思っていたのに。
上手く言えないけれど、この人は一生独身だろうな、と思った。
恩師だけれど、これからの付き合いは少し考えることにする。
それにしても、恋愛経験が少ない(と思う)とか、女慣れしてない(ように思う)人って、
なんで予告なく長時間長距離歩かせるんだろうか。
まさしくhttp://iwatam-server.sakura.ne.jp/column/lightnovel/index.html
けいおんってライトノベル的なものと受け止めれば理解できるんだな。
唯はまだ良かったが、澪だけはどうしてもダメだった自分。まぁ、単純に唯の声のほうが可愛いからだったんだが。
キャラを立たせるのと性格を決めるというのは全く違うものなんだなと良くわかる。
キャラを立たせるというのは人物を人間としてではなく「キャラ」というペラペラの虚構として認識しているが、
性格を決めるというのは「決める」という言い方なのにその人物がとるであろう行動を想像することで「理解する」という趣がある。だから、この場合人物は人間として認識される。
キャラを立たせた結果できた人物は、創造主の意志がなければ何も出来ない人形なのに対して、性格を決めて出来た人物は自由意志を与えられているのでどんなことでも出来る。
先日、とある方とゲームの話になった。その方は二児の母であられるのだが、お子さんがゲームばかりしている、という話からである。僕は小さい頃は親が厳しくてなかなか思う存分にゲームをさせてもらえなかった反動か、今でも年甲斐もなく貪るようにゲームばかりしていると笑いあった。
その時も話したのだか、ゲームに打ち込む姿勢は決して悪いものではないように思う。
コンピュータプログラムは決して裏切らない。ゲームの中でキャラクターが死んでしまったら、必ず自分の操作なり攻略法なりが(例え理不尽な理論でも)間違えているのだ。その間違いや経験不足をただし、反省し、攻略に向けて違うアプローチを探したり、腕を磨こうとする姿勢はとても善良で正しいと言えると思う。高校以下の学校教育の教科書から学ぶことでこの方法で解決できない問題はないように思う。
だが世の中に出てみれば、バグやチートで溢れていて、決してクリアできるゲームだけではないのも事実だ。
これについては今のゲームだけでは学べないと思う。
ところで、散々議論されていることだが、残虐性の強いゲームの教育における有害性であるが、これについては正直僕はわからない。どちらでもあると言える。
腕がもげる、血が飛び散る、女性が犯される、それらの表現の残虐性について理解していない子供に繰り返しそういう映像を見せることが精神に影響を及ばさないのかと言われたらそれはそうかもしれない。
せめてこれは悪い行為だ、これは残虐な行為だと理屈でいいからわかるようになってから遊んで欲しい。
勧善懲悪で帰結するストーリーならまだ救いはあるかもしれないが、そういうものばかりではない。
逆説になっていないが、だからといって、そういうフィクションを取り上げれば良い子に育つかというと当然そうではないし、実のところ僕はそういう映画やゲームが人間がもつ残虐性の受け皿になるという考え方には賛成だ。
僕は変わった少年で、ガンケシやキンケシと言われるゴムの人形の頭をもいだり、爪楊枝で串刺しにして並べているような子供だったらしい。らしいというのら本人は記憶に無いからだ。平たく言うと異常だった。
知人のA氏は、幼稚園の頃から好きな子をエレベーターに閉じ込めていて、こっぴどく怒られたことがあるらしい。笑い話であるが、笑い話ではない。
攻撃性、残虐性、独占欲、性欲。
スポーツで汗を流して忘れさせるか、ゲームや映画で一時的に発散するか、どちらが良いのかはわからないが、必ずそれは存在するところにはするし、一つ言えることは、無いことには出来ない。
教育というと、なにか良い光を当てることだけを連想するが、負の感情や悪の意味を教えることも立派な教育だと思う。
人が殺されるシーンや、女性が犯されることに興奮する人間はいたって平凡な悪人である。不思議でもなんでもない。残虐な行為に興奮できるのは、その人間が事の残虐性を理解しているからであると言える。
また、血や、死体に美を見出すような人物もまだ幾分かは理解できる。ただ美的感覚が一般人と違うだけである。
最も異常だと思うのは、最も恐ろしい人間は、なんの感情も持たない人間である。
食事をするように他人を殺し、髪をかき上げるように異性、同性を犯すことができる人間がいたら、それは異常だと思う。
理性でも、本能でも良い。そのどちらでも残虐性を理解していない人間がいたらそれは恐ろしい。
そして、そういう人物とゲームの関係性は、今のところ無いように見受けられる。
これに尽きると思う。
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20110801/yome
上の2つのエントリーなどで、有名ブログ「中国嫁日記」が差別的かどうかという話題が妙な盛り上がりを見せているようで。とはいえ、この手の議論の常として、互いに感情論を飛ばしあうだけの、ぐだぐだな結末になっているようですが。
少なくとも今回の議論に限り、ここまでぐだぐだになった原因は問題提起側、すなわち「嫁などという性差別的な言葉を使うとは何事か!」と言い出した側にあります。なにしろ、嫁という言葉を再三再四あげつらっておきながら、なぜ「嫁」という文字の使用に問題があるのか一度も説明していないのですから。
たったこれだけの「自分の感覚」をよりどころに、あれだけの長文を書き上げ挙句社会まで語ってしまうと言うのは、その壮大な構成力に賞賛を贈らせて頂くより他にありません。その果て、このブログ主さんは
しかしそれにしても、前述のTogetterの ものの役に立たなさはどうしたことでしょうか。「これが差別なんて、なにを考えているのか」という自身の感覚の披瀝や、「こういう人は他人を差別するために機先を制して自分が差別と言っているだけ」という主張に熱心な人が多いのですが、 …(途中略)… だいたい未来にむけて記録すべき思考の痕跡とも思えません。「当時」の大衆の程度を知る材料にはなりますかね。
と嘆いておられるのですが、そりゃ「嫁なんて言葉はけしからん!」という「自身の感覚の披瀝」に過ぎないtwitterに対して、客観的かつ論理的な反論を要求するのは無茶というものでしょう。自分が見えていない人間とはよくよく怖いもの無しのようです。
しかし折角なので、ここではその無茶への挑戦をしてみたいと思います。上のエントリーの中国嫁けしからん!嫁は差別!精神が疲れる!という切なる悲鳴に対して、どこまで客観的な「反論」をなし得るのでしょうか。単純化のために、ここでは内容については一切議論せず、「中国嫁日記」というネーミングの是非だけを考えましょう。
さて、客観的と言うからには、ここで「俺は嫁って別に差別的じゃないと思うけど」と張り合ってみても意味がないのは明らかです。ここで必要なのは中立的な第三者の視点であり、そして私の手元にはこれ以上は望み得ないくらいに客観的な視点があります。広辞苑と新漢語林。要するに辞書です。
広辞苑によると、嫁は
(1) 息子の妻
(3) 結婚の相手としての女。嫁した女。妻。
(4) 「嫁が君」(ネズミ)の略
とあります。二番目の意味から、まず中国嫁日記の嫁の使用法が間違ってはいないことが分かります。まだ新婚さんみたいですから。さらに漢語林を引くと、
とあります。恐らく、嫁という字が一部の人たちから忌み嫌われる理由の一部がここにあります。家の従属物的な意味合いを感じ取って、それが性差別であるという論法のようです。とりあえず事の是非は置いておいて、代替語についても調べておきましょう。
妻: かんざしに手をやり、髪を整え飾る女性のさまから、つまの意味を表す。
奥: 貴人の妻の称。貴人の居室。大切にすること。など多数の意味を持つ。室も同義。
婦: 女+帚。帚はほうきの意味。ほうきを持つ女性、家事に服する人の意味を表す。転じて、一家の主婦。一家の切り盛りをする女性。または子の妻。
細君: 細は小さい、かぼそいことを示す字。愚妻などと同じ謙譲表現。ただし、最近は細にこまやかという意味もあるせいか、他人の妻をいう語に用いられることが多い。
他にも連れ合いとか家内とかありますが、もう十分でしょう。妻というのはなかなかに色っぽい文字で、言葉自体には結婚関係を表す意味合いがないのが嫁との違いです。ちなみに、夫も大人が冠を付けている様をしめすだけの文字なので、夫妻という言葉は男女という言葉と解字上はあまり差がありません。一方で生活感が溢れまくっているのが婦の字で、家政婦や助産婦など、女性が多く働く職業にこの文字が使われるのも、事の是非はさておき自然と言えるでしょう。
奥・室は、元々家の神を祀る場所を意味したこともあって実にエレガントな言葉で、自分の配偶者を「奥さん」と呼称する人もいるようです。しかし、元は貴人の妻を表す表現である以上、日本語表現としては非常に据わりが悪い。そもそも、定義から言えば自分が貴人と言うことになってしまいます。配偶者は実に中立的ですが、3文字を費やした挙句に性別も分からないというのは、法律用語としては便利でも本のタイトルとしては問題外です。
こうしてみると、本のタイトルとして使い物になりそうなのは嫁か妻かの2択と言うことになりそうです。この2つの文字が決定的に違うのは、嫁には「移動する」という概念が強く存在する点です。生家から夫の家へと。だからこそ、嫁に来る、嫁に行く、という表現はあっても、妻に来る、という表現はあり得ません。責任転嫁に嫁の字を当てるのも同じ理由からでしょう。中国嫁日記というのは、中国からやってきた奥さんが異文化の日本で楽しんだり悪戦苦闘したり、旦那さんと新婚生活をエンジョイするのを描く日記です。ならば、単純に中国人の配偶者であることしか意味しない中国妻よりも、「中国から来た嫁の日記」とするほうが遥かに適切でしょう。
もちろん、このように語を連ねずとも、常識的な日本語感覚を持つ人にとっては、中国嫁日記の方が据わりが良いというのは直感的に明らかなのですけれども。
さて、問題の差別性の有無についてですが、今回の騒動でひとつ明らかとなったのは、「嫁という言葉は差別的である」と思う人とそうでない人が両方存在すると言うことです。どちらかといえば、差別的と感じない人の方が多いようにも見えます。ここからは私個人の主観になりますが、嫁が嫁ぐ「家」の概念が過去数十年で大きく変わったためであるように思います。昔は女性の嫁ぐ先は夫の実家であり、夫の親兄弟との同居を意味しました。ここでの家は正に「夫の家」であり、「妻の家」にはなりえません。ついでに、義理の親兄弟の世話まで任されることも多かったわけで、妻にとってはなかなかにストレスのたまる環境であったことでしょう。この状況下で「嫁」という言葉にネガティブな意味合いが生まれるのは無理からぬ事かも知れません。
しかし、核家族化の定着すると、花嫁が嫁ぐ「家」には夫と妻の二人しかいません。この「家」を夫の家、と考えるのには無理があります - この「家」はふたりだけのものなのですから。多くの日本人にとって、この「家」に嫁として嫁ぐこと自体は、特にネガティブな意味を持たなくなって来ているように思います。もちろん、女性であるが故のディスアドバンテージがこれで消えたわけではないでしょう。しかし、それはもはや「嫁」であることのディスアドバンテージではなくなってしまったのです。
こう考えると、嫁にやたらと苦痛やら疲労やらを感じてしまう人たちは、非常に古い「家」の概念の持ち主なのかも知れません。運悪く嫁がこき使われる大家族に生まれてしまったとか、時代遅れのフェミニズムの教科書(そんなものがあるのかは知りませんが)にかぶれてしまったとか、そもそも核家族化が進む前に生まれたお年寄りであるとか。どちらにせよ、嫁の字を見ただけで辛い思いをするというのは、同情に値する境遇であることは間違いありません。嫁でこれなのですから、女に帚の婦を見た日には心臓発作でも起こしかねない。全国津々浦々の結婚式場で「新婦入場です」のアナウンスがかかるたびに、その言葉の差別性をこんこんと説き起こし説伏する。その果てにしか彼らの心の平穏はあり得ないのです。彼らフェミニストの想像を絶する試練の日々を、私は涙と共に見守りたいと思います。
ギャンブル全般(ゲーセンとかのパチンコは見てて楽しそうだけど)
ネットゲーム(ハマるとリアルをないがしろにすると聞くので怖い)
アイドル(全く興味が持てないので一緒に楽しめそうにない)
低年齢アイドル(同上)
お酒(飲めない)
オーディオ(今のところ興味がもてそうにない)
テーブルゲーム
旅
凌辱系アダルトゲーム(凌辱ゲー最高)
萌え・エロフィギュア(エロ系は子どもができたら隠してほしいけど、人形は好き。作ってみたい)
萌えライトノベル・アニメ(とあるって萌え系に入る? 上条さんかっこいい!)
猫オタ・犬オタ(動物大好き! 話が合うとうれしい。でも爬虫類はちょっと苦手かも)
格闘系orシューティング系ゲーム(上手い人のプレイを見るのは好き)
映画鑑賞(全然知らないけど好きな作家さんが映画好きなのでおすすめを教えてほしい)
歴史(学問知識が増えるのが好きなのでいろいろ話を聞いてみたい)
突っ込みだけ入れていくよ。
おそらく、デッサンのモチーフとして漫画に生かせないものを使っちゃっているんじゃないかと思う。
どういった漫画が書きたいかにもよるんだけど、書きたいモチーフに近いものを模写したほうが漫画に生かせる。
中世ファンタジー書きたかったら、映画のコマをキャプチャーして模写とかな。
2、人体の仕組みを理解する
動きに説得力のある絵を描きたいのであれば、
正直、人間に無い動きをさせるのでないかぎり、映像見たほうがいいかもしれない。
服とか結構な種類あるし。
これは不味い方向性。
自分がゼロから書いたほうを楽しく、頼もしく思っていかないと、ゼロから書かなくなければいけない時につらくなってくる。
完全模写なら発表しないほうがいい。
そこから判断されるのって、複写が上手いか下手かであって、絵を描くのが上手い下手って判断をしてもらえないから。
その人の絵柄で、他のポーズを取らせるとかしたものなら、その人の絵の理解度+それを絵に出来るスキルを見てもらえるし、批判は少なくなる。
その人の絵柄を覚えるまで模写するのはいいことだけど、それを他人に見せちゃ駄目だ。
あくまで他人に見せていいのは、お前さんの絵だけなんよ。
前記事の蛇足。以下はニコニコ御三家に対するとあるキモオタのイメージ。
知識不足の上、それを補うため妄想が働いているし、女性の消費者をあえて無視しているので資料的価値はゼロだよ。
元の御三家は東方が自分(の投影)を受け入れてくれる母親的存在として、ボカロは自分の思い通りになる人形のような存在、アイマスはバンブレと同じく成長に寄り添うことを許可してくれる子供のような存在を提供してたと思う。言い換えると当初は
(空白)=???
アイマス=大人一歩手前向け
のような構造で消費されるのが基本だったと思う。特にアイマス動画が荒れるのは珍しかった。当初は住み分けがなされていたのを覚えている人もいるだろう。東方は最初から満遍なく多くの人を抱え込んでいたせいかいつでも荒れてた気がするけれども。
まどマギよりはるかによく出来てる男にとってのJUNEものの世界として機能したのは東方だろう。東方はしばらくは男性的な役割を要求したりさらに対人関係を結べないやつは人にあらずという現実の圧力、他にも時間や性的な役割といったものを脱色脱臭した世界として機能しており、その中でオタどもが自己を表出することが可能だった。東方妖々夢がでたあたりから、多くの人がある種の女性をJUNEものに惹きつけたように「これだ」ってわらわらと引き寄せられる様は、当時見ていてかなり衝撃的だった。永夜抄における姫様とニートの関係は今でも大人気で、紅魔館のペアは男どもの好みによって本来の関係性を大きく変質させられたものが半ば公式として成立しているのが面白い。(お嬢様との関係においてメイド長の胸が貧乳でなければいけないのは彼らにとってかなりの必然性がある)
そういう感じで2007夏~2008冬くらいまでは独特の空気みたいなんがあったと思う。(あの頃はコミケで毎回30冊くらい購入してたなぁ)んでも、結局エロ路線に侵食されていってる印象がある。自己の投影や掘り下げから先の出口の展望を見いだせなかったのかもしれないし、キャラ付けが進むに連れて虚構とはいえ他の虹キャラのような肉体性をおびて、もう自由に自己の物語を紡ぐための道具としては使いにくくなったのかもしれない。そうなったらあとは今までのアニメキャラと同じくエロにしか使えなくなる。魔理沙と霊夢の使いようによっては可能性は無限だと思うんだけど、誰でもそこまで創造性が強いわけでもないだろう。
他の御三家にも変化はある。 最初ボカロはジェンダー的に見ると最初から女を性的な道具扱いするという最低のジャンルだった。初期はどう見てもただのエロシンボルですほんとうにキモかったです。それがだんだん家族性をおびて穏やかな世界になっていってる。多分女性が入ってきたこと、「歌ってみた」によって現実における関係が形成されて行ったことなどが大きいと思うけど正直良くわかんね。
アイマスは東方の少女たちだけの世界の先にある、対人関係を意識した大人の世界への入り口みたいな役割を果たしてたと思う。しかしだんだん百合的な世界観が強くなっている。今ちゃんとプロデューサーの存在を出せてる世界ってどんだけあります?涼くんが出るちょっと前あたりからなんかおかしくなった気がする。詳しく知らないんだけど、アイマスって今だに女性の人口が御三家の中で圧倒的に低いんじゃね?
このように御三家の間でクルクルと役割を循環させ合っているのが面白い。 オタ自体の欲求は同じところにとどまっているのに対して、御三家の供給はどれも限界があるということだろう。 今は東方が一番幼稚で、次アイマス。今はボカロが一番マシなくらいだとと思う。多分ボカロの性的玩具としての消費はあらかた飽きられるまで消費されつくしたのだろう。このタイミング表の商業ベースに乗り始めたというのも実に興味深い。今はMMDなどのクロスオーバー可能なテクノロジの提供によって3つの間での需要のまわしあいが行われているけれども、それも尽きたときにその時4つめが誕生するかもしれないし、それはラブプラスのようにニコニコとの親和性が低い分野なのかもしれない。
まどマギにしてもオンリーイベントの出典一覧見ると結局エロが主体になるところを見ると、女性と違って男性は百合があろうが男にとってのJUNEものがあろうが、何時まで経っても卒業なんて出来ないのかもしれない、一度オタの世界に入った人間は大人になることはできないのかもしれないという絶望感をひしひしと感じる。何時までも二次少女と一緒に過ごすというわけにはいかないと思うんだろうけれどな。まぁそんなことを確認するまでもなく、百合オタの先駆者としてのたまごまごの人とか見てれば、オタの道は誠に修羅なのだと思うけれども。
表題の通り。
夫は、機能的で丈夫で暑くも寒くもなければそれでいいというレベルの服飾感覚で
在宅の仕事だし、必要な場面があってもスーツでしのいできたので、社会的に私服センスをまともにする必要にかられたこともない。
着ているのはユニクロ・ジャスコ等で買ったありあわせのアイテム必要最小限。
しかも長持ちするものは10年以上着るのでヨタヨタになってるしサイズに統一性がない。
お気に入りのひとつにピッチピチのYシャツがあるのだけど、いつだったか「それどこで買ったの?」と聞いたら
これ中学の時母さんが買ってきたやつだから、わからない。と返されて、驚愕したことがある。
靴はスーパーで購入の運動靴、カバンは高校の時使っていた通学カバンのエナメル。
ひとことで言えば、年齢不詳。更に言えば、夜歩いてたら職質されそうな感じ。
デートは正直言って辛い。小学生くらいの幼い弟と歩いているみたいな気分になるから。
家で部屋着でいるぶんにはダサいことは気にならないからますます好きになる。
7年前に出会って告白された当初、短所はこの服装だけだと思った。
でも服装なんてたかだか布数枚の問題だし、服装を理由に交際を見送るのは残念すぎるほど、他の面は相性がよかった。
付き合っていくうちに私がうまく褒めたり小物をプレゼントしたりして長期的に誘導していけばお洒落になれるんでは?と気楽に考えていた。
昔から、いい年した男性が「服は全部女房が買ってきて用意するのを適当に着てるからわかんないんだよ~」と言うのを
なんどか見てきたので、服にこだわりがない男の人ってそういうもんだという楽観があった。
積極的にファッションの話題を振ったし、彼が負担に思わない程度のプレゼントもした。
前から思ってたけどこのパンツ似合うよね!これに合うと思ってこのシャツ買ってきたんだ、どお?
でももし要らなかったら兄にあげるから、気にしないで。とか言って。
「なんかお洒落な感じがするから気恥ずかしくて嫌だ、いらない、ごめん」と返された。
他人から、あ、コイツお洒落な服を着てお洒落しようとしているな、と思われるのが果てしなく苦痛らしい。
わたしの当初の目論見は甘かったと思い知った。
もしファッションになんのこだわりもない無風人間なら、妻の促すままに着せ替え人形になってくれただろうけど
夫にはお洒落でありたくないというマイナス方向の強いこだわりがある以上、彼の服装を矯正することは誰にもできない。
今はもうそういうことは全て諦めて、夫が服を買わない分、金が浮いていいやと思うことにしている。
夫自身も、俺は服にお金は使わないから、そのぶん君がおしゃれしていいよ、と言ってくれるし。
良い夫だ。
藤村『さっきビルの隙間の結界くぐったでしょう。ここらはもう魔女のテリトリーなんですよ~。』
鈴井『そこらじゅうにちっこい化け物がいるね。』
鈴井『ほら前見て。開けた場所に出てきたよ。』
大泉『おいおい、これはもうなんだい、お菓子だらけじゃないの。隅っこにあるずんだ餅なんてのは大好物でしょうミスター。ほら、さっさと食べなさいよ。』
藤村『あそこのながーい椅子に座っている飴ちゃんみたいな頭の人形が、魔女…のはずです。』
大泉『はずってなんだい君。調べてないの?』
鈴井『さっき車で確認したよね。』
大泉『君が言うことはね、いちいち当てにならないんだよ。わかった、じゃあみんなで倒そう。ほら、嬉野君、早く変身して。』
大泉『当たり前でしょ~。僕はアカプルコに行くんだと思って海パンしかもってないんだよ。戦うんだったらもっとちゃんとした服買ってくれよ。』
藤村『じゃじゃじゃあ、わかったわかった、まずはね、嬉野先生にビシっと突撃してもらって、そのあとビシッと大泉さんに契約してもらって、ビシッと魔女を倒しましょうか。』
藤村『そんなもんみりゃわかるでしょ、ミスター。あんたは壁につっかかってるアップルクーヘン食べてなさいよ。』
藤村『あんたテレビなんだからちょっとは発言は慎みなさいよ。』
鈴井『やばいって。近づいてるって。口開いたって。』
嬉野『あぁぁぁ。』
大泉『君は想定外ばっかりじゃないか。想定内のことなんて一度でもあったかい?』
藤村『大泉さん、早くしないと。ほら、ここに契約して。ビシッと魔女倒しなさいよ。』
大泉『藤村君、君はね、出会ったそばから、契約しなさいよ、早く契約しなさいよ、
すぐ契約しなさいよ、って僕をこの魔法少女にすることしか頭にないだろう?』
大泉『いやに決まってるでしょ。魔法少女なんて、なってみないとどんな武器持つかわからないんだよ。弓とかだったらいいけど、旧石器時代の斧みたいな、こう敵を叩く度にね、縄がボロンとはずれる出来損ないの武器しかもたせてもらえなかったらね、魔女狩りどころじゃないんだよ。』
鈴井『まずいよ、こっち来てるよ、早く逃げないと!』
藤村『うるさいよミスター。あんたはそこのあんこ入りのおやき食べてなさいよ。』
あんこ入りのおやきを食べているミスターをよそに、遅れてやってきたOnちゃんにより、無事魔女は倒された。
終わり。
こいつらが何を言い争ってるのか把握したのでまとめた
まずkurahitoが執拗にFrancesco3にセクハラを続けている
「Francesco3とはファックしたくないファックファック」と狂ったように騒ぐkurahito
''kurahito" 因みに実母とファックしたいと思った事はありますが、F子みたいなのが母親だったら
ファックしたいとは思わない。客観的にw親密に見えたとしても。 2010/12/15
"kurahito" 私がファックしたいと思う基準は親密性もさることながら責任能力。
F子みたいに電波な母親とファックしたら後々面倒に決ってるので桑原という感じ。教員もしかり。 2010/12/15
ひとりはてブタワーをのぼりながらファックの話を続けるkurahito
みんな遠巻きにしている誰も止められない
ここでNATSU2007登場
"NATSU2007" あーはいはい 貴方の発想って一事が万事「女が俺に欲望されないから嫉妬してる」
しかないんだね。だから「ファックしたくない・お前には欲望しない」と見当違いに吠える。
珍しい心性じゃないが。むしろ何度目だナウシカ。 2011/03/21
"kurahito" これは一般論だが「夫がロリエロ/近親姦漫画を隠してました。おぞましいです」は嫉妬だと思うが。 2011/03/22
嫉妬脳の恐怖wwwwwww
なぜか女から欲望されている事を疑わないのは
キモヲタ全般に共通するが
こいつらの自意識過剰の理由を誰か説明してくれwwwwwwwwww
"NATSU2007" それら全て「欲望されない女の嫉妬」と定義するならゲイ男性も当然忌避される筈だが
逆に好かれてる位だ。さーどうする理屈に合わないな。「ホモが嫌いな女子はいません」が
二次に限るとしても「おこげ」も存在する。 2011/03/23
"kurahito" 浅っ。腐女子やオコゲは「ヘテ男に欲望されねばならない」という心的負担のない
安全圏からゲイ男性を視姦してるだけでしょう。 2011/03/23
"NATSU2007" メタブ え、小児性愛者や人形愛者は「ヘテ男」で括られるわけ?幼少年しか欲望しないペドは?
ゲイ男性と同じ立場の筈だが幼女を欲望するペドと同じように"おぞましがられている"と思うんだけど。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ あとこれ"kurahito氏自身"が「ヘテ女に欲望されねばならない」
痛い所を刺されkurahito泣きながら逃亡wwww
"kurahito" ↓「異性愛⊃人形愛、近親姦、小児性愛」なんだが。私のことを知りもしない癖に
知ったような書方するし、知ってほしいとも思わないし、他者に敬意を払えない
自称ライターさんもウザイからこれ以上レスしません。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ, 性 これじゃ父息子・兄弟の近親姦や少年性愛者も「ヘテロ」となる。
「ヘテ男に欲望されたい女の嫉妬」メソッドではそれらが忌避される説明がつかない。
どこまでもヘテロ目線だから破綻するんだよ。底が浅いのはどっちよ 2011/03/25
(私も散々ナツと呼び捨てにされ失礼な事書かれた)、
知りもしない他人の事を知った様に書いてきたのは貴方じゃないの。
ついでに
知りもしないFrancesco3のことを知ったように論評するkurahitoと
それをブーメラン返しで自覚させるNATSU2007
"kurahito" 私が見聞きした限りではF子は娘に対して異常に他人行儀な気がするんですよね。
異常に距離感が掴めてないというか。「親子は他人の始り」をどこかで認識し損ねたかのような。 2011/03/10
"NATSU2007" メタブ, 転移 私が見聞きした限りkurahito氏は母親への恨みを母の表象の
以上
堪忍バッグの緒がきれたNATSU2007がバッサリ斬った構図だが
イメージ操作したがっているid:kanoseやそのお仲間の遣り口の薄汚さには
ノドにスッパい物がこみ上げてくるのを抑えきれねえ。まるwwwwwwwww
アメリカでは、母が転落死した子供が、人形でその様子を再現した。
子どもたちはときに、大人が考えつかないほど残酷な行動をとる。
だがけっして、子どもたちがおかしくなったとだけは思ってはいけない。
非言語的なコミュニケーションを中心としたプレイセラピー(遊戯療法)やアートセラピー(芸術療法)では、人形遊び・粘土細工・絵画・ゲームを用いた創作行為(表現活動)によってカタルシス(感情浄化)の効果を引き出し、虐待状況を遊びの中で再現することによって自己洞察(アウェアネス)を深めていきます。トラウマの問題を解決する為に実施される遊戯療法(プレイセラピー)を、「トラウマを受けた後に適用する遊戯療法」という意味でポストトラウマティック・プレイセラピーと呼ぶこともあります。その場合には、室内の安全性と玩具の選択が十分に配慮されたプレイルームで遊戯療法を実施し、子どもの内面的な感情や虐待的な家族関係を『遊びの内容』で象徴的に表現させるように工夫します。
どちらの事例も照らし合わせると、奇妙でおぞましい遊びではなく、子供たちが、トラウマを克服しようとしていることがわかる。
肉親を失う、たくさんの人が死んでいく、そういった過酷な状況は、大人ですら平静でいられない。
精神の平衡を乱し、一時はふさぎこむだろうし、そのまま立ち直れない可能性もある。
子どもなら、なおのことだろう。
同じトラウマに対し、ある人は泣き叫び、ある人は怒り狂い、ある人はふさぎこむ、というように、人は実に多様な関係を築く。
今回の地震では、多くの人の日常が、命が、はかなくも崩れ去った。
受け止め方は、さまざまある。
被災地にほど近いわたしの家には、被災者である姉家族が滞在している。
幸い怪我もなかったが、勤めていた会社もなくなり、住んでいる場所は避難区域らしく、義兄は不安がり、姉は心底おびえているようだった。
初めて会った姪は、口数が少なく、怖がっているのかと思いきや、普段通りと姉夫婦はいった。
父はそんな姪を、肝が据わっている、さすが俺の孫、などとほめていた。
わたしは姪と触れあうため、気のいいふりして部屋に連れて行き(なにしろ茶の間は辛気臭い)、人形やぬいぐるみを見せたり、お絵かきしてみたり、食べ物で釣ったりと、意思疎通を試みたのだが、いい反応を示してくれなかった。
姉にも相談してみたが、感情の起伏があまりないの、とどうしようもない答えもいただいた。
そしてわたしの困った様子が伝わったのか、部屋から逃げられてしまった。
姪だって、大人は仕事や連絡を取り合ったりして忙しいのに、かまってもらえそうにないだろう。
けど、もっと一緒に遊ぼうよ、なんて逃げられた上での会話は、そこまで言いよるコミュ力は……
地震怖い、放射能怖い、そもそもインドア、の三拍子そろったのんきな学生である私は当然外出するわけもなく、忙しい大人とは反対に、とりあえずテレビを見つつネットサーフィンしつつ呆けていることにした。
そして、姪に振られてから時間も過ぎ、相変わらず地震怖い放射能怖いと思っていたころ、姪がいきなり部屋に入ってきた。
飾ってあったぬいぐるみの一つを床に置き、次に本を何冊かひっぱりだし、ぬいぐるみの上に重ねた。
「いたい、いたい、たすけて」と、本の下敷きになったぬいぐるみを小刻みに動かした。
動けなかった。
けど、否定はしていけないと思った。
たぶん、なにかを伝えようとしている。
姪は相変わらず「いたい、つらい」と言ってはいるのだが、次第に静かになっていって、なんだか妙にリアルだった。
やっと動けたわたしは
「もう大丈夫だよ」
なるべくやさしく、姉みたいな口調で。
「ちがうの!」
間髪いれず、姪はわたしの持っていたぬいぐるみを奪う。
「おわってないの! こわいの!」
と言って、姪はついに、涙を溜めた。
それでも、姪は声をあげて泣かなかった。
わたしをにらみつけているようにも思えた。
つらくなかったわけじゃない。
もちろん、強いわけじゃない。
当たり前だ、大人ですら耐えられない。
しゃべらないのは、平気ってことじゃないのに。
なんでわかってあげられなかったんだろう。
福島第一原発側の報告と、官邸の報告とをつき合わせていると、12日午前3:00の時点で、一号炉の圧力を抜く予定だったのが、翌朝の菅首相の視察が終わるまで放射性物質を撒き散らすなと命令が下り、翌朝7:11に菅首相が現地に到着し、視察が終わるまで、一号炉の圧力は上がるままに放置されていたという事になる。
視察によって放射能汚染を蒙りたくないというのは、本心であろうが、現場の判断による圧力解放を停止させるのであれば、代替手段を指示するべきで、それは、炉の廃棄であるホウ酸水注入となる。
一般に密閉容器内で圧力が高くなると、水の沸騰温度は上昇する。圧力鍋が、通常の水の沸騰温度である100度以上の高温で調理できるのと同じ理屈である。
圧力が高くなった分だけ内部は高温になり、本来ならば蒸発して水蒸気になる筈の水が液体のままで存在することになる。
原子炉は内部に熱発生装置を収めた圧力鍋のようなモノで、高温になっている圧力鍋の中にパイプを通して、二次冷却水を流し、内部の熱を取り出してタービンを回す装置である。原子炉において、一次冷却水である純水は中性子の速度を調整して核分裂反応を促進させる。通常は、温度が上昇して沸騰状態になり、水中に気泡が混じると、核分裂反応を減速させる方向に動くが、内部の圧力が高くなって水中の気泡が消失すると、核反応が促進されてしまい、より高温状態になり、加圧が進むという、正のフィードバックが発生してしまう。
圧力を抜く事で水を沸騰状態にし、気泡の存在によって原子炉の反応を抑制させるというのは、沸騰状態でバランスされてしまうし、放射性物質を含んだ蒸気を大気中に放出し続ける事になるが、この状態で冷却水を大量注入して反応を抑制できるのであれば、被害は大きいが、原子炉を再開できる手順である。
沸騰状態の圧力鍋の調圧弁を抜くと、盛大に吹き零れるし、蒸気も出てくる。通常は、鍋を流水につけて急冷して、大気圧と同じになってから蓋を開けるのだが、福島第一原発では、圧力を抜く為の調圧弁を、首相の視察が終わるまで開けるなと言われて時間を浪費し、挙句、開けても良いと上からの指示が来たので開けようとしても、圧力が上がりすぎていて開けられなかった。挙句に、高温に負けて安全弁が解放されて建屋が爆発した。
現場の判断に上が介入した時点で、現場は自立的判断を放棄し、指示どおりに動くだけの人形になってしまったという、典型的な上意下達の愚行が原発で発生していたという事である。
ルールやマニュアルを定めて管理を強化しても、事態は解決されないどころか、かえって悪化してしまう。原発管理を強化とか、人民の代表である政府が直接管理監督といった話がでているようであるが、その問題の専門家よりも、経営者や政治家といった半可通がしゃしゃり出てくる事を禁止できなければ、どんな管理体制も、事態を悪化させるだけである。