はてなキーワード: ベタ塗りとは
>BLはよいが男性向けはダメ/男性向けはよいがBLはダメ(ダブスタクソ親父!)
そもそもエロ表現と同性愛表現は同等ではないけれど、それはそれとしてこの前者を掲げる規制派フェミニストの思考回路は想像に難くなかったりする。
男性に都合の良い女性キャラクター造形というものは以下に並ぶものだと考えているから。
これに加えて『差別表現はゾーニングされていようが許されるものではない』という考えが加わる。
たとえゾーニングされていようと「ホモ」「レズ」「NL」という差別的と捉えられる単語が許されないのと同じ。
その上で、フェミニストらのBL擁護とは「社会における男女の性差」を考慮した上で、女に都合の良い男性キャラクター造形というものは『男性への性差別になり得ない』というものである(まあこれが「モノ化」云々やね)
もちろん短絡的に、海外被れで規制派になっているようなタイプもいるだろうけど……基本的な規制派フェミニストの思考回路はこんな感じ。
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自分はゾーニング自体は表現規制ではないと思ってるから、ゾーニングは前提で書いたけどこうやって書くと事態は更に深刻なんだよな。
一部フェミニストの間ではもはや「隠せ」ではなく「描かせるな」に至っている。
そのくせ、生地が薄いペラペラのシ◯インやハ◯ーズのワンピースを着るもんだから座れば三段腹がクッキリ透け、足が太すぎるので膝丈ワンピースがミニワンピースになりサンダルにはまん丸の足が醜くぎゅうぎゅうに詰まっている。
本人は清楚系(笑)のつもりなのか、染めたことがない真っ黒な重たすぎる髪は一切の手入れもしていないため、前髪は脂でベッタリ張り付いている。
この前は肩にもかからない激重セミロングを無理やりハーフアップにしてリボンをつけていた。見てられない。
ところで学生の時、いや無理あるやろってぐらい短い髪を無理矢理結んでた子、1人ぐらいいなかった?
センスも最悪で、似合わないピンクやド派手な色の服が好きで紫のバッグに全身真っ赤の水着みたいな生地のワンピースを着てきておったまげた。
化粧は下手なのに派手なアイシャドウをベタ塗りして顔は脂でテカテカ。
慣れてないならシンプルな化粧にすればいいのにどでかいラメを顔につけてきたりするもんだから笑ってしまう。
化粧しなくても目大きいんだよね〜じゃねえよ、
瞼に乗っかった濃すぎる眉毛に全部目がいくわ。
同じ香水買うのやめてよ。甘い香水なんて似合ってないし、汗で刺激的な香りになっている。
公害も良い迷惑だ。せめて爽やかな香りの香水をつければ良いのに、マネしてたくさんつけるものだから数メートル離れていてもブンブン匂う。
ネイルも真似して同じマニキュアを買うが、まずそのささくれだらけの指とスジだらけの爪をどうにかしてこい。
ケアもしないで色が綺麗に乗るわけもないのに商品のせいにする。やめていただきたい。
他の友達が私のことを本当にスタイル良くて細い、可愛い、お人形みたいと褒めてる間はだんまり。一応自覚あるのかな。
好みは自由とはいえ、フリフリのブラウスを試着した時は二の腕が太すぎてシャーリングのフリル が全部伸びきっていた。
さすがに気になったのか買わなかったが、私は買おうと思っていたので買えなくなってしまった。はぁ。
せめてデブじゃなければ、ダイエットの話題も出せるし、これ可愛い〜似合いそう〜と本心から言えるのに。
一緒にプリクラのレンタル制服着て可愛い可愛いって写真取り合いたいし、隣座って足太!私のウエストぐらいある!とか思いたくないのに思っちゃう。
だけど本当に嫌なのはそんなことを思ってしまう自分。こんなに細くて周りから可愛い可愛い言われてる子が隣にいて、少しでも痩せようとか努力しようとか思わないんだろうかとか、
自分だったら恥ずかしくて外出できないのになんでこの人は大丈夫なんだろうとか。
わかってる、そんなの自由、自分が勝手にそう思ってるだけで友達は悪くない。どんなに見た目を綺麗にしても醜いのは自分の方。
プロではない描き手女性キャラによるすぐれた創作と、それを読む別の女性キャラ(こっちも創作する)をめぐる人間関係がその作品の主たる題材だった。
ツイッター外も含めたネットで話題となり、刺激を受けた作者は続きをつぎつぎ創造し、投稿していった。
やがて書籍1巻分のボリュームにまで達し完結、少々の描きおろしオマケをつけて書籍化され、空前の鬼滅ブームの中、ひっそりと書店に並んだ。
発行元はKADOKAWA。単行本の表紙はSNS投稿作品そのままのような線画(Drawings, not paintings)に、過去同じくネットで話題になって単行本化された「翔んで埼玉」のような目にまぶしい黄色にピンクのベタ塗り。
タイトルは
”私のジャンルに「神」がいます” 真田 つづる (著) – 2020/11/12 (途中までは「同人女の感情」と呼ばれていた)
と
もう一つ
”姫と騎士たち ” 山本 白湯 (著) – 2020/12/23
・ツイッター発
1.本編で明記されていることが読み取れていないもの
例1「大魔王バーンがなぜ地上を破壊しようとしているのか分からなかった。結局は『魔王は世界を滅ぼすもの』というテンプレを前提にしているように見えた」
2.本編で明記されているわけではないが作者は否定しているもの
例2「スーパーサイヤ人になると黒髪が金髪になって強くなるというのは脱亜入欧の比喩」
[註:髪のベタ塗りが面倒だったからと作者は語っている。ちなみに懐かしの「オッスオラ極右」ネタ]
例3「『ヴェニスの商人』を読んで、やはりユダヤ人は悪どい連中なんだなと思いました」
4.度を過ぎた曲解
例4「『響け! ユーフォニアム』で管楽器を咥えているのは口腔性交のメタファー」
[註:有名なやつ]
例5「例の女子高生が描いたメイド絵は『「女は卑しい娼婦です」という主張を肯定している』」
例に挙げたうち、どこまでが「間違った感想」ですか?
気の長いタイトルですまん
絵っていうのは技術的なことよりもマインドと魅せ方と継続力とネタだなって思う
磨く期間は五年ほどかかるけど、今から書くことを真剣にやったら絶対上達するから頑張ろう 私もまだまだ頑張る
まず、素敵な絵を描くためには常に描きたいと思えるテーマを高い熱量で胸に湛える必要がある、と思う
上手い人の絵を見たとき、漠然と「エモい…」と感じるときあるじゃん
光の表現が綺麗だなって思ったなら、その絵は光の表現の教科書になる
なるべくなら一つ残さず感情を拾うこと
それだけで少し、絵を見る視点が変わる
絵は「好き」を伝える手段だ
そのためには自分が何を好きなのか正確に知らなくちゃいけない
好きを書き出したノートを作ってみてもいい 自分の好きで溢れたノート 文字で見るだけでもワクワクしそう
ルールを知ることはつまらないことのように見えて実はとても大事
カフェ系が好きなら、かわいいカフェのインテリアや、黒板アートを沢山見るとか
ロボット系が好きなら、工学デザインや実際に動く乗り物の塗装を研究するとか
あと
これを追っているといろいろな発見がある
ちょっとしたテクで自分の絵が今どきっぽくなるのは、調べる面倒くささ以上に楽しみを感じられるよ
ここまで揃えばあとは描くだけなんだけど、お絵かきソフトは使い倒さないと上手に使えない
でもとても便利 何もかもが痒いところに手が届くように出来ている
ただむやみに枚数をこなしても上手くはならない
幸い使い方なら有志がいくらでもネットで解説しているこのご時世
まずはいつも使わないレイヤー効果を使うところから始めてみるといいかも
完成絵の上に好きな色ベタ塗りにして置いてさ
あれに特別な才能いると思う?
その些細なことがなんなのか、常に考えることでちゃんと身につく
でも時間はかかる
実は、この「五年続ける」っていうのが何より一番難しい
諦めないでいること
常に努力を続けること
自分に嫌気がさしても、前向きでいること
でもね
たぶん好きならやれる
毎日絵なんか描かなくていい
そして
好きでいつづけること
好きを表現すること
これを五年夢中で続けてみて
アフリカ系のコメディアンが顔を(不自然なほど真っ黄色な)黄色い絵の具でベタ塗りして
チョーバカ受けしていたとしたら、まあ、気持ちのいいものじゃない。
黒塗りフェイスを嫌がっている人たちは、それをもっと重大に受け止めているんだと思うな。
=======追記=======
真っ黄色に塗られた顔でアジア人を表現されたら、おかしな肌の色の人種と思われているようで私は嫌だと感じる。
白塗りの白人はどうかとの指摘も、絵の具の白でおしろいのように真っ白に塗りたくってゲルマン系とかアングロサクソン系とかスコットランド渡来人とかを表したら当人たちは嫌がるとは思うな。
実際、そんな絵の具のような色じゃないと言いたくなると思う。
実際とかけ離れているという点では黒塗りフェイスの多くは 現実より黒くしすぎている。
リアルな着色だったらいいのかといえば、揶揄された人が納得するリアルな着色ってのはありえない。
じゃあ、女装はどうなのかと言われると、人種の問題じゃないし、人類普遍的なものだから嫌悪感も薄いのかなとは思う。