「オタクエリート」を含む日記 RSS

はてなキーワード: オタクエリートとは

2007-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20070423055447

「○○産の△△は□□地方特有の××で育成されただけあって芳醇な…」

それは確かに高度な楽しみ方なのかもしれないけれど、別にそんな事が言いたいわけじゃない。僕らは、ただ単に感じたいだけなんです。

「あー、おいしかった」

って。

過剰に作画スタッフの名前をあげることで、そのような反応をされることは避けたいのですが、現状の反応をみると、包装のキレイ食材を観て喜ぶだけで実は食べてもいない、とか、見た目優先で管理されたキレイ野菜を喜んで、ホンモノの美味しさをわかって無いんじゃね?とか思ってしまうわけで。というとすごい山岡っぽくていやーん。

アニメ界の山岡士郎が必要?むしろ岡星?ていうか富井副部長が誰か気になる!!

カレーハンバーグを軽んじるのは、ちょっと雄山ぽいな。どっちも奥が深いよ。

本音はね、動画大好きっ子も、ウンチクなんてのはどうでもいいから、「アニメーターの凄い仕事」ってやつを感じてくれよって思ってるだけなんですよね。

芸術性なんてものはだれも言及してないのに、なんでアンチ側からはこの言葉がでてくるんだー!という疑問も少々。

オタ知識なんざ、長く生きてるやつのほうが多いにきまってるんだから、知ってると偉そうなんて思わんでいいのですよほんと。だれだよオタクエリートとか抜かしたのは!考えるな感じろ!

いやもうまったく。

ニコニコ動画みてると、ハルヒとからき☆すた効果で絵を動かすことの面白さにはみんな気付いているように思えるんだけれど、これまた京アニというのは強力な社内教育制度と、統制のとれたスタジオパワーで頭っからケツまでやりきっちゃうという、あるいみ異質な存在であることも話の持ってきかたをややこしくしてるよね。

2007-03-29

オタクエリートとは

・黒い、とくに腹のあたりが。

・通常のオタクの6倍の知識量をもつ

・通常のオタクにはない言説の出力が可能

http://anond.hatelabo.jp/20070329064215

アニメは愛している、でも勃起できない」という病

  <分類>

  (a) アニメを長く見ていて、アニメの見方の作法を確立している人たち=オタクエリート

  (b) 好きだ!という理由だけで作品を楽しむめる人=非オタクエリート/一般オタク層/ライトオタク

  (c) みんなが誉めた作品が良い作品だと思っているだけで自分の意見で好き/嫌いを判断しない、もしくはその勇気がない人=ミーハー

  (d) アニメには興味がない。ネットみんなが褒めているのにその良さがわらないため、否定する人=ネットが好きなだけの人

私は、(a)と(b)の間に、"ある種の層"が存在し、増殖しているのではないかと感じています。

つまり、オタクエリートに成り損ねた非オタクエリートという人たちです。

成り損ねた、などと乱暴に書くと「貴様オタクエリートの方が非オタクエリートより偉いと思っているのか!」

と叱られてしまいそうですが、どちらが上か下かという気持ちはなくて、

オタクエリートオタクエリートという通常であれば歩むラインから外れたはいいもののどこにもたどり着けない隘路に落ち込んじゃった、という意味です。

ぶっちゃけ、私は、彼ら特有の言説はオタクエリートにとっても非オタクエリートにとっても有害

(あるいはアニメという表現媒体そのものにとってさえ有害)な存在だと思っており、

その危険性をしっかりと指摘しておきたいなぁ……というのがここ一連の作文に至った動機であります。

一昨日、昨日の前置きがないといささか乱暴になってしまうと思いこれまであえて「オタクエリート」という言葉に"ある種の層"を仮託してきましたが、

前置きが完了したのではっきりと書いてしまおうと思います。

なんちゃってオタクエリート」が、オタクエリートだと勘違いされている状況が多いのではありませんか?

コメントトラックバックで「君はオタクエリートという言葉を勘違いして使っているのではないか?」という指摘を頂戴し、

我が意を得たりと思いました。


■個人の好悪表明が評論と勘違いされる事の危険性

なんちゃってオタクエリートは基本的には(b)に属しています。つまり、「好きだ/嫌いだ」という気持ちが言論の主体にある人たちということです。

前回、前々回の指摘の繰り返しになりますが

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734

http://anond.hatelabo.jp/20070327135230

彼らにはまず「まなびが嫌いだ」という気持ちがあって、それが発言の主体となっている。

「好きだ/嫌いだ」を表明することは大いに結構、キュートで好ましい、それが私のスタンスです(前回書いたとおりです)。

ただ、私は、彼らがその「好きだ/嫌いだ」をそのまま表明したがらないところに――

分析モドキや事実捏造を含めて見解を正当化・権威化しようという試みがなされているところに歪みと危険性を感じます。

まず、非オタクエリートが、なんちゃってオタクエリートの見解を「権威」だと誤認し、それに流されてしまう危険性を挙げておきます。

「2chで絶賛されていたから面白いんだろう/糞と言われていたからつまらないんだろう」といった発言は、

"嘘を嘘と見抜ける人でないと2chでは有益な情報を得ることができない"というコモンセンスの敷衍によって淘汰されつつあります

(実は淘汰されていないんですけど、まあ、表面上は淘汰されたということにしときましょう。少なくとも、口にしたら恥をかくしね)。

しかし、前述のコモンセンスは"嘘を嘘と見抜ける人でないと『ネットでは』有益な情報を得ることができない"という形にまでは一般化していない。

顕著なのがwikipediaですね。「2chに書いてあったから」と口にするのを恥と感じる人が、「wikiに書いてあったから」と言うことを愚かな行為と思わない。

これはwikipediaがまとう"権威のかほり"が大きいのではないかと私は考えます。

wikipediaってなんかアカデミックなかんじがするよね!」「なんかエリートなかんじがするよね!」ってことですな。

エリートはそれを真実かどうか見極めるだけの経験や知識がないがゆえに、権威風のものに幻惑されやすいわけです。

さて。

なんちゃってオタクエリート感想文は、分析に見えるものやそれっぽい言葉が多用されているので"権威のかほり"だけはまとっています。

そのせいか、実際は一個人の好悪の表明であるにもかかわらず、非オタクエリートにはそれが一般性をもった評論に見えてしまう。幻惑される。

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734 この程度の明らかな事実誤認(捏造)さえもが

http://hibizaren.blog93.fc2.com/blog-entry-130.html こうしたニュースサイトなどを経て伝播し、

「ふーん、まなびストレートって結果としてアニオタの大部分失笑を買ったまま終わる事になったんだ。糞なんだね」

というように非オタクエリート洗脳してしまうのではないか、という危惧を抱く次第であります。

実際に見たら人生を変えるほどの傑作なのかもしれないのに、見て、自分で判断する機会自体を奪っているのではないかと。

ひいてはモノを自分で判断する思考実験の場を奪い、自分なりのアニメ鑑賞作法を確立する機会を奪っているのではないかと。

なんちゃってオタクエリートが増殖し続けている一因は、

こうした「なんちゃってオタクエリートが非オタクエリートなんちゃってオタクエリートへと導く構図」にもあるように思います。


■「アニメは愛している、でも勃起できない」という病

作法さえ確立してしまえば、ぶっちゃけアニメの出来とは無関係アニメは楽しめるものです(笑)

自分ひとりで深く深く井戸を掘り下げてそこに水脈を見出すことができる。あるいは掘り下げる作業自体が楽しみとなる。

それができないとアニメに飽きちゃうわけです。

どんな美人だって三日すれば飽きるそうなので、10年も20年もアニメを見続けていればそりゃ刺激は落ちますわな。

アニメは愛している。

でも勃起できない。

愛しているからアニメと絶縁するわけにもいかない。

自然、「昔はよかった」「今のアニメは」という愚痴ばかりが出てくる。付随して「業界の体質が」「最近アニオタは」という批判をおっぱじめる。

そんなオッサンをネットの辺境で見かけたことがありませんか?

私はそれをとても不幸なことだと思います。

さて。

これとは別に、「オタクエリートの真に価値ある評論がなんちゃって評論の叛乱によって埋没するのではないか」、という危惧も抱きます。

人間というものは、わかりやすかったり乱暴だったりダークな言説にぴょんと飛びつくものです。悪貨が良貨を駆逐するのではないかと。

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