「まなびストレート」を含む日記 RSS

はてなキーワード: まなびストレートとは

2011-02-08

CLANNADは人生」なら「まどか☆マギカ」は・・・?

CLANNADは人生       狼と香辛料経済

Air芸術            .なのは燃えアニメ

Fateは文学           .こじか葛藤

リトバス筋肉         .極上生徒会モラトリアム

鳥の詩は国歌         .ハルヒ感性

SchoolDays神話       ARIA現実

君が望む永遠哲学    すももは楽園

攻殻政治.           Myself;Yourself月9

うたわれるもの日本史A アイマスはわが娘

ひぐらし論理学        初音ミク真実の光

EVA聖典            00教科書

神霊狩音楽          true tears真実

Kanon奇跡           H2O格差社会

ゼロの使い魔国旗      D.C.ダ・カーポ~は純愛

ムリョウは日常          efは旋律

まなびストレート青春     みなみけは食事

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない社会派ミステリ

東方宗教.          電脳コイルデジタルデバイド

らき☆すた地域振興     けよりな八百屋

sola幻想            グリーングリーン若さ

キノの旅絵本         コードギアス国家

rewriteは嘘           バンブーブレード竹刀

瀬戸嫁は仁義なきたたかい  かんなぎ中古

ストパンノーベル賞     スケッチブック昭和

とらドラリアル         ヨスガノソラシステム

アキカンリサイクル     ムントはファンタジー

5の2は少年時代への回帰  まどか☆マギカは ←New

今のところ自分が推したいのは2つ

  • まどか☆マギカは理由
  • まどか☆マギカは二択

2009-01-12

CLANNADは人生シソーラス

CLANNADは人生とは (クラナドハジンセイとは) - ニコニコ大百科

2008-09-20

ところで

平野綾ってなんでネットでこんなに叩かれてるの?

最近ハルヒまなびストレートを見ただけのおれに教えてくれ

2008-06-12

最新版?

48 名前: 慈 円(福島県)[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 19:53:31.04 ID:DkDUIf5u0

Fateは文学           狼と香辛料経済

Air芸術            なのはは燃えアニメ

CLANNADは人生       こじか葛藤

リトバスは友情          極上生徒会モラトリアム

鳥の詩は国歌         ハルヒ感性

SchoolDays神話      ARIA現実

君が望む永遠哲学     すももは楽園

攻殻政治            Myself;Yourself月9

うたわれるもの日本史A  アイマスはわが娘

ひぐらし論理学       初音ミク真実の光

EVA聖典           00は教科書

神霊狩音楽          true tears真実

Kanon奇跡          H2Oは格差社会

ゼロの使い魔国旗     D.C.??ダ・カーポ??は純愛

ムリョウは日常         efは旋律

まなびストレート青春   みなみけは食事

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない社会派ミステリ

落語天女おゆい伝統芸能  カブトボーグV?Vはポストダニズム

らき☆すた聖地       シャニティアは英雄憚 

けよりな八百屋        sola幻想

2008-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20080517020705

んだんだ。

あと「アニメは大好き」だそうだが、もっと超微妙な作品を挙げるとすれば「まなびストレート」なんかはどう見るのかな?「まなびストレート」のキャラは一見グロテスクなほど極端なロリ萌えを指向してるように見えつつ髪型やファッション(ほとんど制服だが)は外向き指向であったと思うが。あのアニメに(恋愛対象、性の対象としての)男の影がなかった事、どちらかといえば少女漫画的な

2007-03-30

思想警察24時

児童ポルノアニメの取り締りには新法を作るべき」野田聖子議員

http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2007/03/30/15252.html

思考と実行の間

http://anond.hatelabo.jp/20070122235927

 

AVみたいなことをしてみたかったといって小学生が強姦するのも

NANAに出てきた煙草が吸いたいといって中学生がBlackStoneを吸うのも

まなびストレートのオープニングをまねたいといって高校生がスプレーで落書きするのも

悪いのはやった本人

悪いことをまねしたらダメなんだよ

 

まねするやつがいるからダメ、禁止しろというのなら

政治家汚職をなくせ、まねするやつらばかりだ

あるあるはなくなった、まねするやつらばかりだった

TBSはつぶせ、励ましの意味

2007-03-29

アニメは愛している、でも勃起できない」という病

  <分類>

  (a) アニメを長く見ていて、アニメの見方の作法を確立している人たち=オタクエリート

  (b) 好きだ!という理由だけで作品を楽しむめる人=非オタクエリート/一般オタク層/ライトオタク

  (c) みんなが誉めた作品が良い作品だと思っているだけで自分の意見で好き/嫌いを判断しない、もしくはその勇気がない人=ミーハー

  (d) アニメには興味がない。ネットみんなが褒めているのにその良さがわらないため、否定する人=ネットが好きなだけの人

私は、(a)と(b)の間に、"ある種の層"が存在し、増殖しているのではないかと感じています。

つまり、オタクエリートに成り損ねた非オタクエリートという人たちです。

成り損ねた、などと乱暴に書くと「貴様オタクエリートの方が非オタクエリートより偉いと思っているのか!」

と叱られてしまいそうですが、どちらが上か下かという気持ちはなくて、

オタクエリートオタクエリートという通常であれば歩むラインから外れたはいいもののどこにもたどり着けない隘路に落ち込んじゃった、という意味です。

ぶっちゃけ、私は、彼ら特有の言説はオタクエリートにとっても非オタクエリートにとっても有害

(あるいはアニメという表現媒体そのものにとってさえ有害)な存在だと思っており、

その危険性をしっかりと指摘しておきたいなぁ……というのがここ一連の作文に至った動機であります。

一昨日、昨日の前置きがないといささか乱暴になってしまうと思いこれまであえて「オタクエリート」という言葉に"ある種の層"を仮託してきましたが、

前置きが完了したのではっきりと書いてしまおうと思います。

なんちゃってオタクエリート」が、オタクエリートだと勘違いされている状況が多いのではありませんか?

コメントトラックバックで「君はオタクエリートという言葉を勘違いして使っているのではないか?」という指摘を頂戴し、

我が意を得たりと思いました。


■個人の好悪表明が評論と勘違いされる事の危険性

なんちゃってオタクエリートは基本的には(b)に属しています。つまり、「好きだ/嫌いだ」という気持ちが言論の主体にある人たちということです。

前回、前々回の指摘の繰り返しになりますが

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734

http://anond.hatelabo.jp/20070327135230

彼らにはまず「まなびが嫌いだ」という気持ちがあって、それが発言の主体となっている。

「好きだ/嫌いだ」を表明することは大いに結構、キュートで好ましい、それが私のスタンスです(前回書いたとおりです)。

ただ、私は、彼らがその「好きだ/嫌いだ」をそのまま表明したがらないところに――

分析モドキや事実捏造を含めて見解を正当化・権威化しようという試みがなされているところに歪みと危険性を感じます。

まず、非オタクエリートが、なんちゃってオタクエリートの見解を「権威」だと誤認し、それに流されてしまう危険性を挙げておきます。

「2chで絶賛されていたから面白いんだろう/糞と言われていたからつまらないんだろう」といった発言は、

"嘘を嘘と見抜ける人でないと2chでは有益な情報を得ることができない"というコモンセンスの敷衍によって淘汰されつつあります

(実は淘汰されていないんですけど、まあ、表面上は淘汰されたということにしときましょう。少なくとも、口にしたら恥をかくしね)。

しかし、前述のコモンセンスは"嘘を嘘と見抜ける人でないと『ネットでは』有益な情報を得ることができない"という形にまでは一般化していない。

顕著なのがwikipediaですね。「2chに書いてあったから」と口にするのを恥と感じる人が、「wikiに書いてあったから」と言うことを愚かな行為と思わない。

これはwikipediaがまとう"権威のかほり"が大きいのではないかと私は考えます。

wikipediaってなんかアカデミックなかんじがするよね!」「なんかエリートなかんじがするよね!」ってことですな。

エリートはそれを真実かどうか見極めるだけの経験や知識がないがゆえに、権威風のものに幻惑されやすいわけです。

さて。

なんちゃってオタクエリート感想文は、分析に見えるものやそれっぽい言葉が多用されているので"権威のかほり"だけはまとっています。

そのせいか、実際は一個人の好悪の表明であるにもかかわらず、非オタクエリートにはそれが一般性をもった評論に見えてしまう。幻惑される。

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734 この程度の明らかな事実誤認(捏造)さえもが

http://hibizaren.blog93.fc2.com/blog-entry-130.html こうしたニュースサイトなどを経て伝播し、

「ふーん、まなびストレートって結果としてアニオタの大部分失笑を買ったまま終わる事になったんだ。糞なんだね」

というように非オタクエリート洗脳してしまうのではないか、という危惧を抱く次第であります。

実際に見たら人生を変えるほどの傑作なのかもしれないのに、見て、自分で判断する機会自体を奪っているのではないかと。

ひいてはモノを自分で判断する思考実験の場を奪い、自分なりのアニメ鑑賞作法を確立する機会を奪っているのではないかと。

なんちゃってオタクエリートが増殖し続けている一因は、

こうした「なんちゃってオタクエリートが非オタクエリートなんちゃってオタクエリートへと導く構図」にもあるように思います。


■「アニメは愛している、でも勃起できない」という病

作法さえ確立してしまえば、ぶっちゃけアニメの出来とは無関係アニメは楽しめるものです(笑)

自分ひとりで深く深く井戸を掘り下げてそこに水脈を見出すことができる。あるいは掘り下げる作業自体が楽しみとなる。

それができないとアニメに飽きちゃうわけです。

どんな美人だって三日すれば飽きるそうなので、10年も20年もアニメを見続けていればそりゃ刺激は落ちますわな。

アニメは愛している。

でも勃起できない。

愛しているからアニメと絶縁するわけにもいかない。

自然、「昔はよかった」「今のアニメは」という愚痴ばかりが出てくる。付随して「業界の体質が」「最近アニオタは」という批判をおっぱじめる。

そんなオッサンをネットの辺境で見かけたことがありませんか?

私はそれをとても不幸なことだと思います。

さて。

これとは別に、「オタクエリートの真に価値ある評論がなんちゃって評論の叛乱によって埋没するのではないか」、という危惧も抱きます。

人間というものは、わかりやすかったり乱暴だったりダークな言説にぴょんと飛びつくものです。悪貨が良貨を駆逐するのではないかと。

2007-03-27

RE:まなびって何?

2次情報で腹一杯になる程度の飢餓感で、ナニが自称「アニオタ」だ。

そもそも「全部」とか「ギャルゲ」とか語彙に具体性が欠けまくってるうえに、「パクリは悪」とか得々として断罪するあたりレンジ叩きの厨房レベルがいっしょ。せめてあんたの大好きな、先駆的なカメラワークの、古くから読み継がれてきた不朽の名作たる、その「ギャルゲ」とやらの名前ぐらいは出しなよ。厨房だって「ドクターマリオ」くらいは言うぜ。


あんた、自称アニメ評論家表現論専門)のほうがお似合いだよ。


(ちなみにまなびストレート見たことありません)

まなびストレートが失敗した理由

簡単に言っちゃうと、「ufoテーブルが時代に適応できてなかった」の一言に尽きる。

 

かつて「住めば都のコスモス荘」や「ニニンがシノブ伝」で注目を集めたカリスマ制作会社だったufo

フタコイ」と「コヨーテ」の失敗を挽回すべく、今まさにカリスマとして称えられている京都アニメーションの大ヒット作

涼宮ハルヒの憂鬱」を猛烈に意識し、参考にし、ufoの全力を持って作り上げたはずの「まなび」だったが

この「時代適応力」のなさですべてが空回りしたと言える。

 

この時代適応力のなさがufoに発現してしまったのは言うまでもなく、フタコイ1話放送時のインパクトと、

それ以降との差異による視聴者の落胆であり、同じくコヨーテ1話Bパートと、それ以降の視聴者の落胆によるものだ。

 

では「まなび」はどうであったか。

 

まず最初に、ロリオタ受けを狙ったつもりだったのに、ドン引きされたキャラクターデザインが1つ。

次に、2話で初公開されたOPの痛々しい「オサレさ」。

そして極め付けが、文化祭メインイベントライブをやってしまう空気の読めなさ。

ハルヒと同じ事をやった、でも痛々しいが、問題なのはufo文化祭ライブと言う発想しかなかった事。

ここが、近い時期に同じ文化祭ネタをやったコードギアスだと「巨大ピザ」なのである。

(「ハルヒ」自身が文化祭ライブなのは原作がそうなんだから仕方ないとして)

細かい部分脚本や構成の未熟さは突っ込んでも突っ込み切れないので省略するとして

一言で言っちゃえば「時代に適応できなくなったオッサンたち」が無理して作ったアニメなのである。

まなびストレート

http://anond.hatelabo.jp/20070327130028

あんたにとって面白くなくても、他の人にとっては面白かった、ってことさ。

ちなみに署名って結構集まらない。

これ、経験談。

まなびって何?

最近ブログとか見てて「まなびストレート」ってアニメを初めて知ったよ。

なんでみんな見てるの?前作が人気だったの?つか、自分はアニオタだと思ってたのに、みんなの話題についていけなくて…。

youtubeでまなびの個人作成PVを見たんだけど、えげつないくらい古典ギャルゲだったね。カメラワークが全部ギャルゲじゃないか。


とりあえず言いたいのは、そんな話題になるようなアニメか?

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734

http://blog-search.yahoo.co.jp/search?p=%A4%DE%A4%CA%A4%D3%A5%B9%A5%C8%A5%EC%A1%BC%A5%C8&cop=

こうしてブログ感想を見る限り、「まなびストレートは」概ね好評を得ているようだ。

にも関わらずどうして「アニオタの大部分失笑を買ったまま終わる事になってしまった」という唐突な言及が生まれてしまうのだろうか?

そのあたりを考えると浮かび上がってくるのが、アニオタの中に存在する「ある種の層」だ。

http://anond.hatelabo.jp/20070326194551

それは仕方が無い評価だし、その評価が間違っているというわけではない。

だが、そういうスローペースの、のんびりしたアニメ楽しいと感じ、物語の展開と結末よりも過程のディテールを楽しみたいと思うアニメファンもいる。

アニメ楽しみ方はひとつではない。

アニメ楽しみ方は人それぞれ。

なんて当たり前の事は今更こんな長文で言うまでもない事だろうけど。何を言いたいの?

もしかして「まなびストレートを擁護するファンはバカだ。なんて言う奴はバカ」みたいな他人の評価を気にしすぎる人の優越感ゲームなのかな。

(ちなみに俺は、絵が高校生に見えない独特なキャラ作画で違和感感じるなぁという以外は、普通の出来の批判も賞賛もする必要のない数あるアニメの一つだと感じた)

2007-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734

別に舞台がどこだろうと共感できるものは共感できるし、無理なものは無理。そもそも涼宮ハルヒの憂鬱は共感できたからウケたわけじゃないし。

何かと比べないと話が出来ないのであれば、かみちゅのほうが比較対象として余程マシ。

まなびストレート!がいまいちだったのは、後半、キャラクターの個性をまったく生かせなかったのと、説明不足で山場が山場に見えず、最後まで平坦にすーっと素通りしてしまったから。共感を得ることで支持を受けたいのだったら、もっと丁寧に書くべきだった。

http://anond.hatelabo.jp/20070326142734

まなびストレートは絵がダメ。真性オタク専用の絵になってるから、ハルヒが取り入れることに成功した「ぬるオタ」を視野にいれることができなかった。また、ハルヒにおいてはyoutubeでのEDテーマがあったように、ネットで話題騒然になるような要素がまなびストレートにはない。普通インターネットやってるだけではほとんど知ることのない作品、まなびストレート

なぜ「まなびストレート」はハルヒになれなかったのか?

このアニメが明らかに「涼宮ハルヒの憂鬱」の大ヒットを意識して作られたのはもう言うまでもないが、

結果としてアニオタの大部分失笑を買ったまま終わる事になってしまった。これはなぜだろうか?

安定した作画、動きまくり動画、見るものをひきつける演出。どれもがクオリティ高かったはずだ。

ではなぜ「まなびストレート」は失敗したのか。

 

アニメオタクの、「理想の学生生活像」へのかきむしる手法として「生徒会」を選んでしまった事が1つ。

生徒会なんてのは学年に数人しか居ない存在なので共感を得られるはずがない。

まず早々にここで失敗してしまった。

対して「ハルヒ」はそれが帰宅部でもない限りは誰もが経験する、部活動だった。しかも文化系

 

その「生徒会」も、生徒の溜まり場として機能していた時は良かったが、文化祭復活に向けての活動をし始めた途端、

辛うじて貼り付けていたメッキが見る見るうちに剥がれ落ちていく。

最終回みかんが「変わる事」を第一にいきなりアメリカ行きを決定。そして早々に「止めようかな」発言。

他のメンバーも何の根拠もなくそれを止め、何の根拠もなく思い直す。…なんだこれ。

 

そして1年5ヵ月後。たった1年5ヶ月で帰って来る。何が変われたんだろうか。

 

この失敗を経て、ufoテーブルは1年5ヶ月以内に帰ってくることが出来るだろうか?

2007-03-22

ところで

まなびストレートひだまりスケッチの違いがわからない。観てないから。

2007-03-21

もしもそうならやな時代だなあ、と。

吉田アミさんなんかに典型だけど、「何かを嫌いっていう時間に好きなものを楽しむ努力をしたい!」みたいな発想がアニメファンや音楽ファンやらマンガファン――要するにサブカルチャー好き全体に広まって行ってる様子なのかしらん。東浩紀さんも昔SFセミナートラブルがあったときに「批判がしたけりゃ自分がいないところでやってくれ」みたいなことを言ってましたっけ。なんだかなあ。

たしかに、頭ごなしに駄作認定してネガティブキャンペーンを張るのはよろしくない。そんな暇があったら好きなものを楽しむ努力をした方がいい。しかし分析的に、理由を挙げながら批判(≠批難)をしているものにまで「そんな暇があったら――」と言ってしまうのは精神ひきこもり症状ではないのかなぁ。そこには成長がない。「成長」という言葉遣いに抵抗があるなら、「変化」と言い換えてもいい。ひとが忙しい毎日の中で、わざわざ時間を割いてサブカルチャーに接するときには、意識的にしろ無意識的にしろ何がしか今の自分からの「変化」を求めているのじゃなかったのかしら。現状維持したい、価値観を自閉したい、似たもの同士で寄り合いたい、という気持ちがサブカルチャーを鑑賞する姿勢として一般化していくのだとしたら、それは悲しいことだとしか僕には思えないのだけれども。

あと、批判的な物言いというのは、必ずしも「俺はお前の好きな○○よりもっと素敵な××を知っている」という優越感ゲームだけから出るものではない、というのはこの場を借りてちょっと書いておきたい。批判的な物言いをするときには、必ずしも具体的な何かが脳裏にあるわけではないのです。自分もまだ見たことがない、いつか見たいと願っている夢想の対象、イデアルな名作を想定して批判する、ということがありうるの。ようするに「ないものねだり」。「ないものねだり」を子供物言いだと言ってしまうのは簡単で、批判的な物言いを嫌うひとが多い理由の一因もそこにあるのだろうけれど、「ないものねだり」があるカルチャーを前進させたケースも少し歴史を紐解けば多々ある。「ないものねだり」は「ないものねだり」としての機能をこの世界で果たす限りに於いて存在意義がないわけではないのだ。えーと、要するに知識があるから批判するんじゃなくてよくわからん理想を抱えてるから批判するのです。それを「優越感」だと断言されてしまっては辛い。

……あー、オン書きだとぐだぐだになってきたな。ともあれ、批判的な物言いを頭ごなしに嫌うのもなんだし、「目に付かないところでやってよ!ネッ広なんだから!」みたいな物言いを返しちゃうのも虚しいよ、と。そんだけ。

思いつきで煽り蛇足。

そんな「批判されるの嫌」派のみなさんが大好きな『まなびストレート』って、他人とまともにコミュニケーションできない奴が勢いと主人公補正で世界を革命する話だよね。作品内の異物も全部乗り越えられるためのマッチポンプ存在で、本当にどうしようもないことは作品内に存在してない。なんだかなぁ。『まなび』自体は批判されるべき作品ではないとしても、『まなび』と批判嫌いの「まなびファン」のセット構造はなんだか非常にグロテスクな気がするよ。

2007-03-18

芽生がCGを作ってくれた、とまなびとむつきが自然想像できるのは、リモートでの作業がこの世界観では完全に常識化しているから、と解釈してみる。それならなんで生徒会室に籠もって作業する必要があるのか、という新たな疑問が湧いてきたりもするが。

覗き見に気付いてるかどうかをこの場の判断基準にすると、我々視聴者にとっての倫理観――覗き見行為そのもの――がマイナス要素として働くのでよろしくないと思う。

高校に進学しなくてもいい、むしろ社会人になって自分探しをするほうがかっこいい、とされているこの世界。では高校に通っている人間はどんな奴らか。自分探しをとりあえず先延ばしにしてしまった、「なんとなく」生きてる連中が大半なのではなかろうか(学歴社会がどうなったとかの描写が出てこない点が穴ではあるが)。

こういった思考が流動的でいまひとつ活力に欠ける層には、多少変人で中身空っぽでもパワー全開で見てきたような理想を語る人間というのは相当魅力的に映るのではなかろうかと。

まなびはいわゆる煽動家なのだと思う。次元を超えた煽動が通じないのはある意味当然で、煽動が通じれば、それこそ「まなびストレート!は神アニメ」になるのでまあ妥当な所かなとか。

今日の『まなびストレート』視聴メモ

3話・4話

・心象風景可視化する演出が、映像的に凝っていればいるほど空回りしているように感じられる。3話のまなびの花火演説にしろ4話の芽生のトラウマ表現にしろ、あまり効果的とは思えない。特に3話、いきなり真夜中に呼び出され、中身のない演説を聞かされた面々がどうしてあのような風景幻視できるだろう。構造で論理的飛躍をするのであれば、視聴者に対して問答無用カリスマ性をまなびが帯びていなければならないと思うのだが、そのためのフックが一向に見えてこないので、作中でカリスマ的に演出されればされるほど観ているこちらは冷める。

・4話。脚本が酷い。隠しカメラを通じて芽生が作業風景を覗き観ていた、という事実をまなび・光香・むつきがまだ知らない段階で、芽生がCGを作ってくれた、とまなびとむつきが自然想像できるのは、思考の流れとして不自然だろう。むつきに一言疑念を抱かせ、それをまなびがいつもの何も考えていない適当な発言で流す、というシークエンスでも挟んであればまだしも。実はまなびは隠しカメラに気がついていたのだろうか。だとしたらどえらいワルなわけで、それはそれで面白いのだが。

・とにかく、「まなび」というキャラクターにまったく魅力が感じられない。とかく合理的思考が幅を利かせがちな現代に対して、無謀な夢を抱くことの魅力、根拠のないエネルギーの発露の素晴らしさを作り手がアピールしたいのはわかるし、私自身も文化を愛するものとして合理的思考の行き過ぎには常に苛立ちを覚えているが、このように稚拙な形で反抗されてもシラケるばかりである。いつまでも全共闘の夢を捨てられない自称「反体制」のおっさんを見ているようだ。

藍ぽんかわいいよ藍ぽん藍ぽんの声だけでくやしいけど観続けちゃうよはぁはぁはぁはぁ。

平野綾は素質はある子だと思うので、誰かきちんと指導してあげて下さい。演技テンションが一定になってしまっているし、喉に負担のかかりそうな発声をしているので、あんな演じ方ではハルヒバブルが弾けたら早々に潰れてしまうだろうよ。

2007-03-16

まなびストレート』の何が問題って

「『まなび――』は普遍性のあるエンターテインメントだ」と作り手(と熱心なファン)は本気で信じていそうなのに、その実体はロリ学校イデオロギーへのノスタルジー金八みたいなもんね)に塗れた「普遍性」どころか1970年代生まれの人間にしか通用しないローカルな前提にたよった極めて内向きなエンターテインメントでしかない、という点だと思うんだよね。『エウレカセブン』の似非サブカル要素をオタク要素に反転させただけ、とも言う。そんなものを「今期アニメ代表作」みたいに扱うなよ、と匿名で声を大にして言いたい。一視聴者としては『まなび――』楽しく観てますけどね。

2007-03-11

多分俺、世代的には「第三世代」とか言われる萌えオタクなんだと思うんだけど、オーガスト以降のコンプティークで表紙を飾るようなギャルゲーとか、本編終了後の『ハルヒ』のメディア展開とか、『まなびストレート』とかに嫌悪感しか覚えなくなってしまった。最近

特に『まなび』はダメ幼女みたいなキャラデザイン高校生とか、「僕たちこんなに一生懸命アニメ作ってます!」的な丁寧さとか、「ほーら実況スレの住人はここで騒いでねー」みたいなシーンとか、作品にかこつけて「頑張ることの楽しさ」みたいなことをブログで熱弁しているファンとか、全部無理。受け入れられない。

これは多分作品が悪いんじゃないんだろうな。俺が悪いの。きっともう、今を生きるオタクじゃなくなっちゃったんだな俺。昔、心底嫌っていた、旧作のDVDボックスを毎週金曜夕方の石丸電気会社帰りに買い漁るような、そんなオタクなっちまったんだな。嫌だなあ。嫌だなあ。こんな疎外感は味わいたくなかったなあ。

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