はてなキーワード: 運動量とは
確認しておきたいんだけど、あんた
このhttp://anond.hatelabo.jp/20111215105734増田で
このhttp://anond.hatelabo.jp/20111215121139増田なんだよな?
横入りならそう言ってよネ。
パソコンの大先生であることを精一杯アピールして、運よく色々なことが噛み合ったから入れてもらえた。
もしパソコンの大先生であることをちゃんと説明しなかったら今のとこに入れなかったよ。
すごく大事だったわけだ、それが。
君のパソコンの大先生に対してだって、答えにくい個別具体例の質問とかはありうるよな。
それに対して悩んで詰まっててもしょうがない、「出来ますよ!(…たぶん)」とか答えるよな。
これで済む話だ。
そんなもんは嘘と断定するのすら難しい。
ああ。やはり個例を出すべきではなかった。話がズレズレ。
俺はパソコンの大先生であることを「精一杯」アピールはしなかったよ。だって根拠がないもん。マイクロソフト公認の検定資格とか持ってないし。
とりあえず履歴書に書いて、「PCできるんだって?エクセルとかワードとか?」「ハイ。一通り」「ホームページは?」「いじれます」「MSAccessは?マクロ組める?」「…勉強します」
こんな感じだった。嘘とか以前の問題だ。
「その人が期待と違ったら業務が止まっちゃう!」なんてとこに配属はされないよ。
もしそんな配属をする経営者がいたら経営者が悪いんだから気にしなくていい。
じゃあなおのこと採ってやりゃいいじゃんとしか思えない。
「どんな配慮が必要ですか?」って当人に聞くって、逆に言えば「ウチにはノウハウがまったくないんで」ってことでしょ。
融通なんかないんじゃん。いや、そりゃ作りづらいだろうけど。昨日今日で作れるものではないのはわかるんだけど。
でも融通しようっていう下地も何もないんじゃないのって感じよ。
元増田の面接には職安の障害者担当の人が立ち会ってくれたそうだけど
戦ってんのは俺とキミw 或いは俺と俺の無知。
それはいいんだけど、立ち会う人間には(採用側としても)サポートの能力が欲しいわけでしょ。
家族が面接サポーターとして十全であると何を根拠に判断すんの? 「一緒に住んでんだから仕事場でどう振る舞えるかも想像つくはず」とか期待すんの?
一瞬「逆にアリかも」とか思っちゃったけど、でもこれどっちかっていうと、いざ採用した後のヒアリングじゃん。
障害者だから有利とかいう話じゃないんだってば。現に元増田の所感は「面接ダメだった…」ってなってるし。何が有利やねんアホか。
酌量の用意とか言っちゃって、面接官は全然元増田の話を酌んでくれてないじゃん。酌んであの「僕らの立場」から一歩も出てない切り返しとかバカにしてんのか。
その「面接官側に立つつもり」っていうのはどこから出てきたの?
このあたりは流さず具体的に書いて欲しい。
これとか。
それを元増田のものと思っていて、しかも元増田がその「知能に関する障害」の故にこんな珍妙なことひねり出したんだと言わんばかり。
「いやそれ珍妙っていうか企業が言い出したことだから。つまりボンクラは企業」つーたら、「あっホントだ!」じゃなくていのいちに「は?」とか言われたし。
これアレでしょ。「健常者であれ障害者であれorzとか使っちゃってナルシスチックで独り善がりでいじけっぽくてちゃんと相互理解の努力する気がないオレサマの大嫌いな人間」すなわち元増田を、理由つけて「わかるように書けバカタレが」って罵倒しようとしてたら、あらビックリ、ご自分も文章読めてないバカタレでしたみたいな展開になってるっしょ。
いっぺん消したみたいだけど残ってますからツリーのとこに。引用しまくりの俺も性格悪いけどw
とにかく、そこで温情だ社会的配慮だ言い出したら「こいつは所詮温情と社会的配慮にすがってる身、俺はこのバカタレより一段マシで温情とか社会的配慮を垂れてやる側」宣言になっちゃった。ということよ。
そして「温情や社会的配慮を垂れてやる側」ってのは、「垂れてやるから具体的に要求して」と言い出した企業の側に他ならない。つまり面接官の側。
何というか、元増田気に入らなさが高じたのと、「敵の敵は味方」的なひっくり返りがあってそこに収まったって感じだなあ。だから自覚が薄いんだね。
既に書いたけど、「負担自体は最悪もういいから、具体的に最初から何が要るのか要求してほしい」とか言い出してる立場。
本当に温情や社会的配慮をもって接してくれる人間は、「とりあえず一緒にやってみよう」から出発しないとどうもならんことを知っている。
でもそれはとっても大変なことなので、そこんとこをラクしたい、だから障害者の側からどんな配慮が必要か言って欲しいんだけど、という一種虫のいい立場。
目的とインセンティブまでは知らないな。枠設けてるんなら補助金がどうとかの関係なんじゃないの、と邪推もできるし、ノーコメント。
答えのないことに嘘でも誇張でも答えが欲しいのがお前で、それでも答えはないんだから要求すんなよ…と脱力してるのが俺だよ。
この脱力はほっとくと人を殺すので、俺はとりあえず火をくべてるだけだ。水は枯れちゃったし。
君は何か今の生活や過去に嫌なことがあるのかもしれないけど
それと無関係な相手に恨みやストレスをぶつけようとする行動パターンは上手くいかないと学ぶべきだ。
いつも、怒りが返ってくるか相手にされないかどっちかだったろう。優しくしてはもらえないはずだ。
君は、
自分の記憶や日ごろのフラストレーションを共鳴させてしまってるだけじゃないのか。
カケラも書かれていないことについて「お前はああ言ったこう言った」みたいに言い出すのも
おそらく君の脳に蓄積された辛い体験や恨みが吹き出ている。
他人の事情が「身につまされる」のは美点になりうるけども
君はそこから人を明るい方向に引っ張り上げて元気付けるようなエネルギーを持ってない。
発想のパターンが拗ねる方向・不貞腐れる方向ばかりに行ってる。
まさに今ストレスフルな相手に対して文章書いてるところですけどねwww
そいつは単にバカってだけじゃなくて、本当にいろんなことを知らないし自分の頭で考えられないやつなんだ。
例えば、そいつは元増田の記事から元増田の障害を類推したりすることはない。できない。
探偵でも医者でもないんだから当てる必要はないんだが、そもそも考えが組み立てられない。そのための理解や発想が無い。
目で見えない障害のうち耳なら補聴・拡声、内臓なら服薬に排泄、あとは運動量ってな具合に気を配る部分なんてある程度決まってくるもんだ。
企業なんて組織体で枠作ってるくらいなら、そういう部分は対応可能なはずだが、この場合はそれができないという。配慮を指定してほしいとか言ってる。つまり個人差とシチュエーション差が多彩すぎてマニュアル的対応を組んで摩擦を減らすことが不可能に近いんだ。
かつ、(おそらく発話による)面接でのやりとりができていて、その上泣いてしまった時の内面の動きについてあれだけの描写がある。
なら脳・精神系のもので、おそらく認識の問題、例えば自閉症スペクトラム的なものかもしれない、とかって結論することはそいつにはできない。
間違うと失礼だからという心理もあるかもしれないが、そもそも単に知らねえんだろ「知能」の用語の意味するところとか、って感じだ。
なのに元増田に「現実的なアドバイス」とやらができると無邪気に信じている。根拠は何なんだろうか、すごい不思議なんだけど。
というより響きが気持ち悪い。
どうしてこんな下品な言葉を乱用するようになってしまったのだろう。
とかで、いままで生きてきた中では前向きな使われ方を見てきたことがない。むしろ不吉なものを暗示する言葉の響きなのだ。
三つめに至っては「注意を拡散する」とかは、要は陽動であり、扇動であり、相手を出し抜くということだ。
だから、今回特に震災でツイートを「拡散希望」とかが大量に流れてくるのを目にして、これって用法違うんじゃないのとずっと違和感を感じていた。
とある。
つまり、それ自体が自律的な運動をともなっているということらしい。
これは、それを発した「者」の意図や意志に依存することなく、好き勝手に一人歩きすることを示してもいる。
コンピューターウィスルが自身のコピーを増やしていくことのみを目的とし、相手を選ばず様々な宿主を媒介にするように。
相手を選ばないという意味においてはデマもウィルスと相似している。
「拡散」という響きはその発した本人の意図に関わらず、言葉そのものが自己増殖していく運命を伴っている。
そこには発せられたソースの真偽の確度や意図された目的や意図の紐付けは後回しにされる、ということだ。
拡散自体がコピーは新たなコピーを量産するという自己目的化が強く作用するため、簡単に収束する術をもたない。
これね、例えば自分が信頼しているフォローした人が、「拡散希望」なんてリツイートしていて、もし自分にリテラシーが無かったら何も考えずにリツイートしちゃうかもしれない。内容なんて全く興味なくても。だってコピーしてくれって信頼している人から言われたら誰も断らんでしょ。思考停止の世界へようこそ、ですよ。
シェアはもう半分日本語と言っても差し支えないほど浸透してきているけれど、この言葉がもつ響きは拡散のそれとは真逆かもしれない。
拡散がまき散らして放置しているに対し、シェアは単に「分け合う」という意味だけでなく、「分かち合う」という意味も含んでいる。
つまりそこには発せられた者の強い肯定的な感情や意志、意図が働いている。決して発した言葉を放置しない。
そしてこれは常に同様の工程を相手に架してもいる。
つまり発したソースに紐付けされている意志を「分け合った」相手にも「分かち合う」作業を意図的に行わせる、ということだ。単なるリライトではなく、自分のフィルターを通すという所作を意図しているため、情報の確度が無意識に求められる。拡げて放置することのみを目的とせず、一人ひとりの情報精査が前提としてあるということだ。
信頼ある人から来たリツイートでも、その前にシェアするべきか否か自分のフィルターを通すという判断や作業が無意識に働くから、「拡散」のように無闇なリツイートというのは減るだろう。なぜなら「シェア」としてリツイートした情報というのは、自分という名のタグ付けがされた情報だからだ。逆に言えばタグ付けしたくない情報は「シェア」をしない。言葉の使い方ひとつで、不用意な拡散の抑止になるはずだ。
「拡散」という言葉を使っていながら「デマ」に注意しろという人は、車で練炭焚きながら一酸化炭素中毒には注意しろといっているようなもんで、なんかマッチポンプだ。拡散という言葉もにちゃんねらーから来たのをそのまま流用してしまってそのまま放置されているんだろうけれど、界隈の人も自己補正はちゃんとしてほしいよね。特に、言葉を使うプロ達が何も考えず「拡散希望」のリツイートを連発しているのは見ていてちょっと恥ずかしい。
僕にとっては積み木を積み上げるようなもので、
積み上げた積み木にのって手を伸ばせば、
大きな実を収穫できるような
もしこれが当てもなく積み重ねているようなら、
おそらく途中で自分の手でなぎ払って崩してしまっていると思う。
30分、寒い中、走って、疲れて、何の得もない行為なんだけど、
大脳辺縁系とか海馬とか運動前野、運動野を刺激して、脳の働きを良くする説があって。
それが下地となって、「とりあえずやってみようか。」というモチベーションができる。
まだその時点では頼りないものだけれども。
実際1週間続けてみて、脳の感じがよくなっていると実感したら、
それまで頼りなかったモチベーションが、それなりに強固なものになる。
そのうちにこのくらいやれば、このくらいの効果が得られるというのが分かってくる。
(そもそも効果を測定・評価するという意識がなければこの気付きは得られないのだけど)
そうすると効果とコストのトレードオフで最も効用が高い?運動量を自分なりに決めることができる。
その時点で、おそらくそれはトイレにいくのと同じくらい生活に密着したものとなっており、苦も無く半自動的にやれるようになる。
人から、「そんな面倒なのがよく続くね。」と言われることが多い。
僕は一見すると面倒なことから得られる果実の味を知っている。だから続く。
それは入念な下調べと、試行による効果の評価からの確信があるから。
ただ面倒なだけのことをする人はいない。
面倒さの裏にある果実の味、形がちゃんと見えているからこそ、続く。
つらいことをやれば、「何かがよくなる」
そんな弱い動機で物事が続くわけがない。
もし動機が外から与えられない場合、自分が自ら産み出す必要がある。
その方法論がなんとなくみえた気がする。
ダイエットって言っても簡単だよ。
食事を菜食中心か少なめにして、運動量を増やせばいいだけ。
これを食事量を増やしていた期間の1.2倍程度やれば元に戻る。
俺はそれで±5kg周期してる。
サッカー日本代表のグループリーグにおける進化を目の当たりにして、棋士の羽生善治の言葉を思い出した。
勝負どころで一番大切なのは自分を信じること。自分を信じられるかどうかが一番難しい。他人のことは100%は知らないので、簡単に神格化できる。日常から自分を信じられると、決断しなければならない場面において不安がなくなる
初戦のカメルーン戦、続くオランダ戦、そして歓喜のデンマーク戦、この3戦における日本代表の進化はまさしくこの言葉通りではないだろうかと思う。
岡田ジャパンが戦前からコンセプトに掲げていた、運動量と組織力によるディフェンス。何戦も行ったテストマッチで全くと言っていいほど結果が出ず、岡田監督が目指すサッカー自体に問題があると、ほぼすべてのサポーターは思っていたはず。
オランダ戦を終えた時点でディフェンスに関する不安は払拭出来ていたからこそ初めてデンマーク戦でオフェンスが機能した。
過去オフェンスが機能しなかったのは、テクニカルな要素以上にディフェンスに自信を持ちきれなかったことが一番の要因だったかのように思える。
さらに言うと、こんな短期間で劇的な進化を体現できたのは、それがW杯という大舞台のゲームだったから、ということ。
タイトルのかかったような重要な一局であえて得意ではない戦法を試すのはなぜかという問いに対し羽生は、
今一番手堅い戦法は次の一局に勝つためにはベストだが、五年後、十年後と長期的に見るとベストかどうかと言われるとそうではない。リスクをとって大舞台でやってみなければ学べない、怖い思いをしてやらなければ吸収できないものはたくさんある。
将棋自体には詳しくないのだが、この言葉を聞いてそれを感覚的に理解できても、ある意味勝ち負け二の次でそんな場面を自分の進化に利用している羽生は恐ろしいほどの境地にいるように思えるが、それほど大舞台では人間は進化できるということ、それを成功させた日本代表に更なる勝利を望む。
カツマーさんのことがが好きになったかもしれない。
>質問 「○○」さんより
私もTO DOとNOT TO DOでやっと禁煙達成1年以上になりました。しかしその後、+8キロで肥満になって解消できないんです。勝間さんが肥満の解消に気をつけたのはどんなことですか?スポーツクラブだけで、今も日々体重や体脂肪を維持できていますか?ちなみに私はウォーキングやら筋トレもやってます。
>回答 勝間和代より
「○○」さん、メールありがとうございます。私は、週3回のスポーツクラブ通いで、なんとか体重を維持しています。(3回も通っているのに、なかなか痩せないのですから、やめたら・・・と思うと恐ろしいです・笑)本当は、もう一つ、共同パートナーの上念さんに勧められて、昔なつかしぶら下がり健康器にもトライしていたのですが、続ける仕組みがなく、意志の力だけでどうにかしようとしていたので、あっという間に挫折してしまいました。
スポーツクラブも、いままでは、「会員になっても、会費だけ払って全然行かない」ということを何度も繰り返していたのですが、仕組み化しないと続かないということに気づきました。そこで、現在は「キャンセル料がものすごく高い個人レッスンに、あえて予約する」ことにしています。仕組み化したおかげで、どんなに疲れていても、朝起きるのが辛くても、なんとか通えるようになりました。
「スポーツクラブにそんなにお金を払えないよ」という方は、「あえて、駅から遠い家に引っ越す」という方法をお勧めします。私も以前、どの最寄駅に行くにも1.5キロくらいあるという場所に、あえて住んでいたことがあります。その頃は駅まで歩くか、あるいは「自転車で目的地まで行ったほうが早い」ということで、自転車に頻繁に乗っていたので、いやがおうでも運動量が増え、ダイエットをすることができました。ぜひ、試してみてください。
うん、質問が絶妙。
質問の仕方がちょっとだけ前向き。
このちょっとだけ、ってのがミソなんだと思う。
自分だけでは頑張りきれないけれども、何とかしたい。
問題意識はあるけど、熱意もあるけど
知識やバランス感覚が絶望的に欠けていて何をやっても上手くいかない。
でもなんとかしたい。
他人に答えを求めたりちょっと相手に背中教えて欲しいところが見え見えなところが
自分に甘いというか無防備と言うか社会なめとるなーと思うのだが、それが人間らしくていい。
変にさとりひらいてるひねくれ者よりはかわいいと思う。
人を疑うことを知らなさそうだし、私もいろいろ教え込みたい
そうだなー。この質問者が何歳か知らないけど高校生から大学生くらいの間だったらすごくいいと思う。
夢を持ってるけど追い切れないで燻ってて、高校生から大学生くらいが
本当は一番勝間さんの読者としてふさわしいんだろうなぁ。
文章の書き方でわかると思うけれど、私はもっとオッサンです。ひねくれ者です。
オッサンなので勝間さんの能天気というかシンプルさ好きになれない。
自分にない純真さを持ってる彼らのことは好きだ。
でもやってることはカツマーウォチしてふーんとか言ってるだけ。なにこれ。
あなたたち、そのままで結構魅力的ですよ。
むしろ、変に勝間さんに近づくと魅力的じゃなくなりますよ(あくまで私的に)
うん。勝間さんに嫉妬してるのかもしれないね。私の好きなタイプの素直な子が取られちゃうみたいで。
でもそんなの私は認めない。
ごめんね、素直になれなくて。
日本代表の岡田武史監督(53)が17日、東京・有楽町の日本外国特派員協会の昼食会に98年以来2度目の招待を受け、会見で来年6月のW杯南アフリカ大会での目標を「ベスト4」とする根拠を説明した。
まずフィジカルに関しては「パワーはかなわないけど、持久力では勝てる」と運動量でカバーできると断言。テクニックについても「民族として劣っているわけではない。日本人はボールを触っている時間が少ない」と練習量を増やすことで対抗できるとの見解を示した。また、メンタル面でも「武士道という強いものを持っている。闘争本能にスイッチが入っていないだけ」と強調した。
「個をレベルアップして組織での戦いもレベルアップすれば、(ベスト4は)十分に可能」と自信を見せる一方で、最後は「成功すれば日本人の自信を刺激できるかもしれない。失敗すれば、もっと不景気になるかも」と笑いを誘っていた。
精神論を持ち出すのは無能者の得意技である。これは旧日本陸軍において特に顕著であり、無能な指揮官が勝つための戦略戦術を放棄して精神論に走り、勝ち目のない戦争をはじめ、負け、兵卒たちを無駄死させた。
岡田武史はそうした日本的無能上官の遺伝子を色濃く受け継いでいるように見える。
現実的に考えて日本は実力で劣るため、だれが監督をやろうと圧倒的な不利をくつがえせないだろう。
だが、指揮官は絶対に精神論や希望的観測を戦略要素に加えてはいけない。このような人間が現場のトップにいるということ自体が害悪なのだ。
レスじゃないけど、補足みたいにつらつらと。
EDといえる状態なのかは私も疑問。
確かに性欲や精力はなさそうだけど、朝方やちょっとえっちな雰囲気になったときは、前より幾分元気はなさげながらも(`・ω・)シャキーンとしてるし。
ただ、やっぱり性欲が薄れてきているし、疲れてるときに、わざわざもっと疲れるようなことはしたくないんじゃないかと思う。
そりゃまあそうだよね。
昔から、「男性のセックスは運動量多くなりがちで、大変だなぁ」と常々思っている。
「どうしてしてくれないの!」なんて、絶対思えない。いつだって、申し訳ないって気持ちで一杯。
かといって、彼が寝転がってるだけだったり、とりあえず挿れるだけのセックスは、「そんな気が乗らないなら別にしなくて良いよ…。ごめんよ…」って思う。
気持ちよくもないし、申し訳ないし、寂しい。
別の人を探せば見つかる気はするけど、彼以外の人としたいとは、やっぱり思えないんだよ。
これからも、「彼としかそういう関係になりたくない」と思うくらいに、彼を好きでいれたらとても幸せなことだと思う。
そう思えることが、貴重であるってことを、よく知っているつもり。
ただ、「私はこの人としかセックスしたくないのに、この人が求めてくれないんであれば、ずっとこのまま、段々年を取って行くんだろうなぁ」とぼんやりと思う。
これが、性的な欲求不満なのかは、私にもよくわからないけど、どちらかというと「好きな人に求めて欲しいと思うのが、相手にとって煩わしいことで、悲しい」とか「年を取るのが怖い」とかそういった、寂しさやむなしさの近似値の感情。
半同棲が良くないって言うのは、あるかもしれない。
別居して、週末会っていたときは、今よりかはマシだったように思う。
でも、実際、お互いフルタイムで働いてて、かつ相手が激務だと、こういう形にしないとなかなか会う時間が作れないんだよね。
一緒にいられるようになって、穏やかに幸せ。
でも、確実に性的なものから遠ざかってる感じはある。
どうしたら良いんだろう…。
新しい下着を買ってみる作戦は、既に「可愛いね」といわれてなでなでされて、しかしながら別にエロい感じにならない挫折を経験していて、心が折れた…。
話し合いをしたいけど、なんて言えば良いんだろう。
仕事は波があるけど、激務期は本当に忙しい仕事。でも、彼がしたいことを頑張っているっていう状態。仕事自体は大変だけど楽しいらしい。
そんな中で、レス問題を話し合うと、私が「夜のお勤め」を強いてる感じになってしまうんじゃないのかなぁ。それは怖い。
違う。
私がお願いしたことを頑張って達成してくれるのを、求めてるんじゃないの。
ただ、2週間か3週間に一度で良いから彼が私を抱きたいなぁって思って欲しいし、そのうちの2回か3回に一度で良いから「愛されてるなぁ」って思うような丁寧なやり方をしてあげたいな、って思って欲しい。
それだけなんだけど。
他者に対して、「こうして欲しい」を伝えることより、「こう思って欲しい」を伝える方が、ずっと難しいんだね、たぶん。
http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2008/09/post-af53.html
「無重力を肌で感じれば人の意識だって変わるさ」と脳内の富野キャラが言ってますが(時候の挨拶)。
人が感覚的に理解しがたいのは、無重力状態よりむしろ、真空状態なんじゃないだろうかと思った。
無重力状態は擬似的には体験することができて、宇宙飛行士の水中での作業訓練はまさにそれなわけで、そんなに厳密でなくていいなら、プールにでも何でも入れば(たいていは浮力を受けるけど)、まあそれっぽい体験はできる。しかし、真空状態、粘度0の世界はなかなかに難しい。空気抵抗、空気の粘度というのは案外に大きくて、おかげでパラシュートは墜落しないわけだけど、その高い粘度の世界で普段生きている人間にとって、真空状態での物体の挙動というのはなかなかに理解しがたい。
例えば、真空状態で羽毛と鉄球を落とすと同じ(加)速度で落ちるというコラムが小学校の科学の教科書に書いてあったけど、知識があるからこそそうなるんだということは分かっているけれど、想像するのはけっこう難しい。振っている旗の挙動にしたって同じで、ただでさえ複雑な運動でわかりにくいのに、普段体験したことのない、運動量がそのまま保存される世界でどう動くかなんて想像の埒外だ。
んで、自分の感覚と一致しないものを目の当たりにしたとき(正直自分で動画を見たときも「嘘くさい」挙動だと思った)、自分の側に引き寄せる、水中での撮影であると断ずる、というのは愚かな行為ではあるけれど、なかなかに変えがたい感性なのかなとも思った。