はてなキーワード: 毛利元就とは
雑誌が崩壊の一途を辿っているのは、一つはインターネットというメディアに押されて現代人のライフスタイルの中で存在できる場所を失っているから、というのはもちろん大きな原因の一つだろう。だけど、あまりにも多様化するニーズに追われて雑誌自体が細分化し過ぎて行ったのも雑誌を自ら崩壊させた原因の一つだと言うことができる。
マンガ雑誌を例にとると、『少年週刊ジャンプ』は今やオジサンとなってしまった世代の絶対的な存在であった。週刊少年ジャンプこそが『ジャンプ』であり、今でこそ月曜日になってしまったジャンプの発売日は、以前は火曜日だったのだ。火曜日はブルーマンデーを乗り越えた少年たちへのご褒美であり、ジャンプを読まない火曜日なんてそれは火曜日ではなかった。そのくらいの存在感をジャンプは示していたのだ。だがいつの日かジャンプはいくつかの成年誌へと派生し、分裂し、細分化されて行った。マンガ家は多くの活躍の場所を得て、『ジャンプ』でマンガを描く必然性は無くなった。多くのマンガ家は色んな場所へ分散して行った。宇宙が膨張していくように、多くの生物が進化して細分化されるように『ジャンプ』は多様化し、細分化して行った。それは時代が求め、消費者が求めた変化なのかもしれない。だがいつの間にか、『ジャンプ』は細分化された事で力を失って行った。毛利元就の三本の矢が一本になるように、多様性がもたらしたものは脆弱性であった。
携帯電話も同様だ。いつの間にか細分化、多様化のスピードについていけず、脱落している現代人が多くなっている。時代の最先端の製品について行っている者は極僅かだ。早すぎる進化によって、ユーザーの分布はロングテールになりつつある。8メガピクセルのカメラ付き携帯をCMで見かけるが、そこにはカメラ付き携帯が初めて出た頃のインパクトも需要も無い。今までと同じような開発費、広告費をかける意味合いはあるのか。これ以上の多様化がユーザーと業界を幸せにするのか。考えるべき岐路に来ているのではないだろうか。
現在求められているものを例えるならば、Web3.0ではない。Web1.5だ。
細分化、多様化によりユーザーを置いてけぼりにするのではなく、ユーザーに遍く受け入れられるインターフェイスやデザインが重要だ。そして、何よりも資源の選択と集中こそが重要だ。今までと同じような散漫な多様化、細分化を追い求める業界に未来は無い。あらゆる資源は枯渇するだろう。宿命のように、選択と集中を迫られる。それは、三本の矢を一本にまとめるように、進化の過程を逆に辿るように、ロングテールを圧縮するように。