はてなキーワード: おかんむりとは
(フィクションです)
大学院を修了後に上京して、大手の暗殺系企業で五年間勤務していた。エキサイティングな職場だった。厳しい先輩と、ハードな仕事を次々こなした。待遇は悪くなかった。三年目には年収が手取りで一千万円を越えた。ただし昼夜もなければ公私もなかった。殺しても殺しても依頼は尽きなかった。この激務は終わりのない日常なのだと気付いたちょうどそのとき、仲の良い同期が死んだ。ブレインストーミング中に流れ弾が頭部を撃ち抜いたのだ。桜散る春のことだった。
ゴールデンウィークも休みなく働き続けた僕は、翌週に四十度の熱を出した。近くの病院が出した診断結果は「ただの風邪」。それだけ体が弱っていたのだ。やりかけのプロジェクトがあったのでなんとか会社へ向かおうとしたが、体は動かなかった。動け、動いてよ、という言葉を自分に呟いた。動かない。結局、東京に来てはじめて自宅で時間を過ごすことになった。一日が長かった。ワンルームにはテレビも冷蔵庫もなく、ゴミ箱さえない。がらんと広い死んだような家で、死にかかっていた。
翌日も体調は戻らなかった。誰かと話をしたかったが、学生時代の友人とはもう長いあいだ連絡をとっていなかった。アドレス帳を開いてはみたものの大半の顔が思い出せない。仕方がないので、一日を布団にくるまって過ごした。誰の訪問もなければ、誰からの電話もなかった。恋人からの電話さえなかった。きっと僕は一日中働いていると思ったのだろう。ふだん彼女から着信があっても返事をしなかったのは僕なのだ。夜中にふと目が覚めて、さめざめと泣いた。ひとしきり泣いて、僕は退職を決意した。
一週間かけてなんとか体調を戻した僕は、どう退職を切り出すか迷いながら出社した。待っていたのは、リストラの宣告だった。「なぜかは君も分かっているだろう」とミシガン大卒の上司は言った。どうやら寝込んでいるあいだ会社からのメールに対応しなかったというのがその理由らしかった。「クライアントはおかんむりだ。責任はとってもらう」上司ははっきりとそう言った。パソコンは会社に置いたままだった、と言い訳する気にはなれなかった。外資系は違うな、と僕は妙に感心した。「暗殺者はともかく、外資系はやめておきなさい」と言った母の言葉を思い出した。
僕はそのとき二十九で、違う業種に足を踏み入れるにはすこし遅かった。そして同業他社へ進むには内情を知りすぎていた。残されていたのはフリーの暗殺者として独立する道だけ。僕はそうした。もちろん最初はうまくいかなかった。貯金を食い潰す毎日だった。サラリーマン時代はなぜ、あんなに高いスーツばかり買っていたのだろう。足にぴったりフィットするようオーダーしたストレートチップの革靴も。
ほどなく恋人にも捨てられた。馘首になったことを打ち明けたら「結婚する気はあるの」と聞かれ、返答に窮したらそれっきりだった。これまでに殺してきた人達の家族に明日殺されるかもしれないのに、それはそれとして「結婚しよう」と答えるのが誠実な態度だったのだろうか。僕にそんな自信はなかった。
その時期、前職の顧客からぽつぽつと頂く仕事が僕の命綱だった。貧乏はつらい。しかしそれ以上につらいのは、暇なことだ。仕事一筋だった自分には余暇の楽しみ方など分からなかった。暇を潰そうにも相変わらず我が家にはなにもないまま。だからと言って、これまでに買ってきた恨みを思うと街をぶらぶら歩く気分にもなれなかった。夜になるたび、実家に戻ろうかと真剣に悩んだ。母にはまだ退職の話さえしていなかった。
好転の契機は価格を見直したことだった。それまで用いていた大企業譲りの価格体系は、プラン、オプション、割引制度が複雑怪奇で、一般顧客には理解が難しい。そんな当たり前のことに気付くのに半年かかった。ゼロに近付いていく預金通帳を眺めて、ふと分かった。実際のところゴールド・プランだろうとプラチナ・プランだろうと、顧客にはどうでも良いのだと。殺して欲しいから暗殺者を頼む。それだけの話。そこで原則、一人につき二十万円と改めた。コンサルティング・フィーはなし。メンタル・サポート・オプションもなし。分割払い不可。にこにこ前金一括払い。失敗したら全額キャッシュバック。失敗などしたことなかったので、なんの問題もなかった。
ネット系の暗殺企業でCFOを勤める後輩の薦めに従い、なけなしのお金で簡単なネット広告も始めた。「これからは暗殺もネットで依頼する時代ですよ」と後輩は言っていた。正直に言って半信半疑だったが、ほどなく新規顧客を獲得できるようになった。暗殺系企業は大手顧客ばかりに目を向けていて、リテール向けのネット進出に出遅れていたのだ。ネット系の暗殺企業はいずれもベンチャーだが、急速に顧客の支持を集めている。僕はその波に乗った。
すこしづつではあったが、充実した忙しい毎日が戻ってきた。殺して、殺して、殺す毎日。正直に言って、サラリーマン時代は企業闘争に関わるプロジェクトばかりだったので、個人から依頼される仕事の大半が痴情のもつれであることには閉口した。それでも、大事なお客さんであることに変わりはない。ある時は依頼者の夫を殺し、ある時は依頼者の夫の浮気相手を殺し、ある時は依頼者の本妻を殺した。
独立して一年が過ぎた。流れは上向きだった。そこに不景気がやってきた。
仕事はもちろん減った。不景気で依頼人が減ったのはもちろんのこと。しかしそれ以上に、不景気で暗殺者になろうとする輩が大勢現れたのが問題だった。仕事が減るという結果は同じかもしれないが、なお受け入れがたかった。なんでもどこかの週刊誌が資格がなくてもできるフリーランス仕事として大々的に紹介したらしい。誰でも簡単、いますぐ暗殺者! というわけ。「一にも二にもコストカット。これからは自分で殺す時代」なんてことを言うコメンテーターまで現れた。
自分の腕は鈍っていなかった。一年を通して失敗は一度もなかった。評判だって悪くなかった。だからこそ仕事が減るのは堪えた。後輩が連絡をとってきたのはそんな時だった。場所は青山の隠れ家風フレンチレストラン。「安くないけど、いい店でしょう?」後輩は最初にそう言った。彼の働くベンチャー企業は今や暗殺系で一番の成長株。週刊誌にそそのかされて始めた素人暗殺者を大量に抱え、コミッションで稼ぐビジネスモデル。飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
「それで、景気はどうですか?」後輩はそう続けた。もちろんこちらの景気を理解しての発言である。「今日はなんだい」と僕は言った。それから後輩は休みなく喋りまくった。要約すると:これからは暗殺にも無料の時代がやってくる。クリス・アンダーソンという人が「フリー」という本を書いているそうだ。「無料の暗殺が世界を変えるんです。嫌な人間のいない世界になりますよ」彼は言った。
「無料でどうやって生活するんだ」僕が言った。後輩は待ってましたとばかりに答える。「広告ですよ。殺害現場を広告にするんです。ちょうど三億円事件でカローラが有名になったみたいに」「面白い話だとは思うが、そんな広告を出稿するクライアントがいるか」「いますよ」後輩は笑った。「有名になれば勝ちなんです。有名になるためなら、どんな広告でも売る企業ばかりですよ。だいたい、クライアント以外はそれが広告であるかどうか分からないんですからね。たまたま殺人事件を通じてなにかの商品が有名になるだけです」
「無料で殺される人間は不憫だな」僕は言った。「殺されればなんだって同じですよ」後輩は答えた。「そうか」僕は頷き、彼の心臓にナイフを突き刺した。いつもどおりの手口。失敗するはずがなかった。入念にナイフをえぐると、後輩は一言も発さずに死んだ。僕は後輩をテーブルクロスに包み、店主に一言言い残して店を出た。景気が良かったときによく使った店だった。後輩はこの世界で生きるには目立ちすぎた。
翌日、コンビニのATMで二十万円を引き出した。趣味のひとつもないので、家賃と食費以外には使うあてもない。とりあえず向こう二ヶ月は暮らして行けそうだ。僕は家に戻り、布団にくるまって寝た。明日はなんの仕事もない。
(ブクマコメントなどありがとうございます。PCが故障中なので自分のサイトではなく増田に投稿しましたが、いつもより反響があって嬉しいやら切ないやらです。http://youkoseki.com/text/ にその他の短編小説をあれこれ掲載していますので、良ければどうぞ。また三十路から小説家デビューする方策や、いまどき短編私小説を募集している媒体情報などご存知でしたらご教授下さい)
まあ前からあんまり仲良い訳じゃなかったけど、
ここ数週間の態度は異常。
ちょっとした報告でも怒られるし、舌打ちされるし。
なんかしたっけ俺と思ってたら、最近わかった。
先日、上司につれられて数人で飲みに行った。
野郎ばっかりだったので当然の如く風俗の話題になったりするが、
玄人童貞の俺はあまり興味がないっつか、正直どうでも良かったので、
適当に合わせながら話を聞いてた。
したらその後二件目だとかいって、どこいくんかなと思ってついてったら、
なんちゃらパブだったわけですよ。
入り口でお兄さんがやっていいこと・禁止していることなんかの説明してて、
みんな大人しく聞いてるわけ。もうその段階でドン引きで、
こっちは元から興味ないし、酔ってるからそういう気にもならないし、
かといってその場で「自分、興味ないっすから」とか言ったらみんな興ざめだろうし、
すかしてるみたいで嫌じゃん。だから一応合わせて店には入ったのね。前金で払って。
で、個室に分かれて、お兄さんがお絞り持って来てくれたから、
すいませんちょっと帰りたいんですけどいいですかって聞いたの。
別にお金はいいやって思ったんだけど。
そしたらお兄さん返金してくれて、またいらしてくださいなんて言ってくれて、
すんごいいい人だなぁと思ったんだけどまあ二度と行かないけどね。
で、お連れさんに声かけときますか?って聞かれたから、
そんなことしたら多分お楽しみ中のみんなに悪いし、
個室に分かれたからさすがにこの後は集まらないで解散だろ、
って思ったのよ。したらなんと、その後みんなで集まったんだって。
で、なんであいつは俺に断りもせず先に帰ったんだ、って話になったらしくて、
それでおかんむりなんだと。
俺どうしたら良かったの?
おとなしく知らないおねえさんのオッパイもんでりゃよかったんかな?
追記:
でもそういうとこ行くって話じゃなかったんだよ。
ふつうに次の店いくぞ、って。
察せなかった俺は負け組?
追記2:
話してれば良かったかなーとかは今でも思う。
http://anond.hatelabo.jp/20081028183850
やっぱり、そこで作り始めるのは変か。
もうね、向こうがおかんむりだったのよ。
一応、仕様は作り直して提出したのだけど、
まぁ、他にすることもないし、大した修正でもなかったんで作っちゃったんだけど…
やっぱ良くなかったよねぇ?
後々のためにも良くないよな、確かに。
多少遅れても後々のために、すぐ作業すべきじゃなかったなぁ、と今、反省してるよ。
参考になった。ありがとう。
つうか、匿名ダイアリーの使い方よくわからないんだが、自分が書いたヤツじゃないヤツを並べ上げて自作自演と言われてるが、どうすればいいんだ?俺が書いたの、この記事しかないし(実は初増田なんだよね)
同僚と一緒にすごさなかったからだって(´・ω・`)
その場にいろ、と強要されるのはいやんな感じ。
問題となった当日は、1時間の休憩時間のうち45分を一緒に過ごしたのちに15分ほど会社そばのコンビニへとぶらり立ち寄った。
それを咎められるのって納得がいかない。
今までだってコンビニに行くことはあったし他の人だって買い物にいったりもしていたのに今回問題視されたのはきっと”あのこ”にあるとおもう。
”あのこ”とは新人であり年も一番若い。身長も態度もでかい。
”あのこ”と休憩に入るととりたてて聞きたくもない話題をずっと間断なく話しまくっていてまったく休憩にならない。共用テーブルに自分の荷物をひろげすぎていて他の人のところまで。パーソナルスペースがいつも侵されてる。 嫌だとおもいつつも言えばいじめみたいだともおもうし我慢している。
私からあのこに言うねという人も居る手前、遠慮もある(毎日一向に改善の兆しは現れないが)
彼女は風邪を引いてて、豪快なくしゃみをところかまわず 他の人が食事をしているところであっても手も押さえないでするので正直いや。押さえてっていってもまったくしてくれないってどんだけ。
私と年の近い、同僚があのこと休憩中に喋った。
うん、知ってる。
この会話を後日になってあのこを小さなときから知っているというベテランの同僚から咎めらる結果に。なんでもっと会話をふくらまかしてあげないのかって。あほかと。終了でしょ。
別に口調も普通に返しただけ。私もその場にいたので。
問いに答えなかったらそれは問題になるとおもう。
会話をふくらませてあげなかっただって。なんでそこまでいわれないといけないのか。
どこに行っていたの?何をしていたの?としつこくきつく尋問されなければ行かなかったのか。形相を変えておかんむりになるのか。訳が分からない。
休憩中の言動・行動にまで口を挿まれ そんなことをいわれたという話を聞いて嫌な気分になった。
ビデオ店の話を振られた同僚のコは一緒にいることが苦で 精神的に参っていて
見ていられなくてよかれとおもって外へと連れ出したとこが発端となって同僚同士の溝が・・・。
自分のとった行動により同僚が怒られて嫌な思いをさせてしまったことについて悪かったな、と反省している。
まぁ、いろいろいっても建前であり内心あのこと一緒にいるのがいやで
うちらふたりが逃げた形になったことが気に食わなかったのかなと。
自分らがしたかったことをやっちゃったからか?とおもったり。
トラブルメイカーのあのこは年配であるベテラン同僚から押し付けられることが多く(※仕事を教えることをいつも逃げてる)、一緒にいるだけで必要以上に神経を使い、強いストレスを感じているのに休憩もまったく休めないなんて。
でも休憩なしで仕事ってほんとやだな。我慢して一緒にいるけれども。
休憩中がより拍車をかけていやになりそうな予感。
http://nucnuc.at.webry.info/200803/article_1.html
三沢のジョイムの入り口近くの新書コーナー、しかも入り口真正面においてあったんで手に取った覚えがあるんだが
というお約束
ついでに、「1日で通常の原発の1年分(の放射性物質を出す)」
トンでも本とは、言わないがミスリードが多かったのは確か。
数字だけを言うなら、病院にいってレントゲン写真も取れないことになりますよー
まあ、別にいいんですが、
ぐだぐだ書きたい事を書いてみる
なお、誤解されている方が多いため付け加えておきますが、講談社へ抗議文を提出したEEE会議は「原発推進派」のみで構成されている団体ではありません。
[「ロッカショ」に対する抗議文]の有志会員は
地元人はともかくとして、電力とか、原燃とか、思いっきり原子力な名を冠る人間を連盟させるのはやめよーぜー
みんな、てーのは間違ってるけど
原燃の中で仕事していない南部バスも反対に回ってるのを聞いてワラタ。
金がまったく降りてこない、岩手県の漁業関係者はおかんむり一筋。
世の中ゼニやね(笑。
まことしやかに、聞いた話なんだが原燃建設当時の古牧温泉は反対に回っていて
工事関係者は受け入れなかったそうだ、その後どうなったかというと、客入りが悪いのは名前が悪いからと言い出す始末(笑
ごもっともです。
東海村で起きたJCO臨界事故のときは、取手だろうが古河だろうが、茨城県ってだけで宿泊を拒否されてましたよ
知らない(知識が無い)人に対して、風評の流布ってのは心理攻撃の材料にうってつけですよ。
最後に一言。