はてなキーワード: 蓋然性とは
「蓋然性がある」は「必然としてそのような結果になる可能性がある」でいいのかな。それとも「必然としてそのような結果に既になった」?
もうひとつ、「蓋然性がない」となるとどういう意味になる? 「1.偶然にそのような結果に既になった」「2.偶然にそのような結果になる可能性がある(予想外のことが起きた?)」「3.必然としてそのような結果になる可能性がない(=そのような結果にはよほどのことがない限りならない)」
個人的には3かなと思うんだけど、合ってる?
「必然的にそのような結果になる」じゃなくて「必然としてそのような結果になる」なら分かるけど。あえて言うなら、可能性と蓋然性は英語における possibility と probability に対応している、という感じな。
わざわざ丁寧にありがとう。
けどやはり政治のことはそれを専門にしている政治家に任せたい。
私のような素人は政治の話題でも自分が興味を持ったトピックについては詳しいがそれ以外は全然知らない…ということがままある。
翻って政治家ならすべてについてある程度は把握しているであろうし、専門家である彼らのほうがましな判断をできる蓋然性は高いだろう(ただ、今の政治家はどうなのかと言われれば単なるpoliticianにとどまって、全くそうではない人もいるだろう。現在のそういう人々を全肯定するわけでない。念のため)。
だから、現実的な選択肢としての、私(元増田)の考えに合致するであろう政治家もしくは政党について教えてほしいなと思っている。
概ね同意だし、もっと言えば誤って別人の手を刺してしまっても被害者から訴えられることはまずないだろう。きっと泣き寝入りしてくれるよ。
それでも「誤って別人の手を刺すリスク」を「リスク」と思える優しい人が苦肉の策で安全ピンを用いるのを否定したくはない。でも今Twitterで騒いでるのはそうじゃない人達でしょ?
リスク評価としては、痴漢に対する過剰防衛等で責任を問われるリスクは無視できるほど低いと思う(正当防衛が成立する可能性が十分あることに加え、痴漢が被害申告する蓋然性が低いことも含め)。むしろ考慮に値するのは、誤って別人の手を刺すリスクと、痴漢が逆上して暴力をふるうリスクだと思う。 https://t.co/UOrhPjloJv— ystk (@lawkus) May 22, 2019
増田です。コメントありがとうございます。あまり書き込んだことがないので何か間違っていたらごめんなさい。
会社の人以外と話すことがないので、厳しいコメントでも嬉しいです。インターネットだとこんな私の言葉に耳を傾けてくださる方がいるんですね。インターネットはすごい。
上から目線とのコメントもありますが、私が普段迷惑をかけている方たちの心中は大体優しくてこんなものか辞めろまたは氏ねだと思うので仕方ないです。バカの一人や二人死んでも困らない、本当、できる方にとってはそうでしかないですよね。(でも、私の代わりに憤ってくださった方はありがとうございます。)
こういうコメントが怖くて今まで書き込めなかったけど、いざ書き込まれてみるとそこまで辛くない。人に言葉を貰うことは嬉しいですね。
実際、現実的には明日も仕事に行くしかないのだと思います。明日は1mmでも成長していることを目指して。寝て起きて絶望的な気持ちで仕事に行き、また寝る。
新卒で私のように悩んでいる人も居るでしょう。ただ、私とその方達の決定的な違いは、その原因が脳の器質的なもの、(つまり、今後の改善の蓋然性が低いもの)によるものかそうでないかというところにあるかなと思います(あとミスのレベルも違うかな)。私は私の先のなさが悲しくてつらいのです。
共産党や貧困ビジネスとなるとまた視野が狭過ぎるのかもしれませんが、最低限の衣食住だけを揃えて生きていくのも、私だけの人生を考えるならありなのかなと思います。でも私には要介護の家族がいるし、やはりやっていくしかないですね。
本当は分かっているのに、集合知に頼れば何か驚くような解決法が見つかるんじゃないかという薄いにも程がある希望を持って弱音を書き込んでしまいました。すみませんでした。
その「影響のある無しで規制の可否を決めよう」ってのが、もう、ダメダメだとおもうんだよね。
例えば殺人の統計で言えば、事件の過半数が血縁に絡んだものなわけだから、「血縁からの影響」が一番大きいのは明らかでしょ。フィクションなんかよりも、親とか、兄弟とか、一緒に住んでる人から人格に受ける影響のほうが全然大きい。事実、児童相手の性犯罪でも加害者の大半は親などの血縁関係であって、エロ漫画の存在よりも子供を育てるほうがよほどリスクだ。でもそれらを禁止なんて話は出ないし、まあ実際規制は無理でしょ?
そう考えるとフィクションを規制しようってのは、「殴りやすい相手なんで殴る」でしかないのよ。意地悪なこと言っちゃえば、子供に悪影響なんで書店からエロを追放しろなんて言うのは、子供の教育に失敗したか失敗に怯える親が、責任転嫁の生贄を求めてるにすぎない。子供が性犯罪者になったら、それはフィクションの影響であるよりも親の影響である蓋然性のほうが何百倍も高いわけだからね。
でもまあ、今んトコロ人類社会は、親が子供を運で育てないと、持続可能じゃないわけで、親という存在を殴ると社会が脆弱になる(少子化という形でもうそうなっている)。だから親という存在は殴れない。んでもって、溜まった鬱憤が殴り返してこない賤業であるところのフィクション生産者に向かってる、と。河原者をなぶってガス抜きしていた時代と大差ないんだね。