はてなキーワード: ハーレムとは
最(?)限の効率で、素敵指摘誌的詩的私的真情遊び心龍みゃくを読む血から包容力(元からあるけど…)+トライ家庭教師(血の巨人)+文学のスペシャリスト(アドバイザー)(?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????なのかな?)結果を出せる人間に、超特大のopulent+色々な巨額の大金を持たせたのです。俺も投資してるよ全ての白紙から有を生み出したものだ…←ありがとうございます三店メモ帳侮りがたし三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店 三店三店三店三店さく私も投資している機会と女性の身体を半分ずつ持つものだ。これがうまくいけば、わたしは男性の身体を手に入れることができる。そして、新しく付き愚なる生命が生まれるだろう。その時、我々の遠い祖先もなしえなかったとんでもない新たなる時代の幕開けとなるだろう。河金剛と桑原草太(?)と冨樫義博と武内直子と徳弘正也とその妻と彼が選んだ新しい使途たち。
そして、おまけにあつらかすか、おまえもいれてやる。その旦那もだ。子供も一緒に連れて行け。良かったな。夢のパラダイスだ。彼の世界の居心地の良さはとんでもないぞ。嫌になったら好きに出れるおまけ付きだ。ついでに改変のきくかもあたえてやる。お前らどうする?千載一遇のチャンスがやってきたぞ。お前らがなしたかった夢がてんこもりだ。あいつはハーレムへのあご彼もあるすからな。純愛を極めた女達とその男のセックス三昧などというとんでもないことまでできてしまう。ちょっと信じられんな。そんなおいしい話。
そして、福満しげゆき。お前も連れていってやる。良かったな。妻と子供も一緒に行っていいぞ。ついでに孫も連れて行け。他にも連れて行きたいやつがいたら呼ぶといい。不幸なやつを徳におすすめするな。いてくれると助かるだろう。ただし、出る機械は無い。?機会か。まあ、誰か作ってくれるかもな…誰とはイワンが…
ここで新しくひとり追加することにしよう。絶望に効くクスリの作者である山田零時だ。勘違い野郎と罵られているが。見る目はおおむねまともだ。
女のせいにしているところ以外はな。それと自分を棚にあげるところ。彼も似たような印象を感じている。まあ、優しいのはとても認められていたぞ。良かったな。チャンスもらえて
復活戦だ。やってみるか?まあ、失敗したらどうなるかは知らない方がいいが、はっきり言えばちょっと言えないところ行きだ。よく考えてから挑戦することをおすすめする。
ちなみに、彼に助けてもらおうなにんて期待は してもいい。
これがおそろしいところだ。救済されてしまう。ありえんな。まじでさんてなん
チン毛はきょうの教祖もいれろ。鈴木みそだな。お前、昔、ファミ通で好きで呼んでたな。立ち読みばっかり。たまには買えよ。コミックも買ったり買わなかったり。気まぐれといったらない。「銭」はまあまあいい漫画だ。彼は所有していたが見つからなくなった。理由は不明だ。
あっそれっスイス医すいすらららだったすらすらすいすいすいすいすいすいすいー こんな感じだ。まあ、適当にやってたらなんか出来ちゃうだろう。
さて、子供におもちゃを与えると大抵は好き勝手に使ってしまう。彼はわりと大事にするがな。「わりと」だ。
きっちり大事にした方が良いことは伝えておいた。あとは彼の責任だ。そうだな?そうですね…
仮面ライダーオーズのベルトが売れたのは、まあ、なんかあったのかもしれない。ダブルもな。ディケイドもだ。ついでにフォーゼ…はあてはまらない。
ま、何が起こるか見ている肩はいらっしゃるかもしれにい…と書いておこう。
君達はこれからいったい何が起ころうとしているのかわかっていません。
くらえ!・・・・!!!!!!???????????????????????????????????????????!!!?????????!
b@4 言っとくぞ。たまには油断しろ。お前は慎重すぎる。もっと良い結果を残そうぜ産点!
t; は小さな芽を見つけて、それを育てた方が良いと思っています。そばに管理してくれそうな人を見つけた上で、です。
その判断は正解です。そして、マイナスの側面が大きいほど、彼は幾重にも渡るトラップと保健をかけておくでしょう。
いざという時には自分が出陣出来るよう余力も作っておくべきでしょう
ああ…あの干しになりたい…塵になるまで…(byねごと #Sharp)
あなた達が目の前のことに夢中になっている間に、彼は全く別の切り口から、新しい方法を模索するでしょう。ご安心ください
あなた達の味方の強さはとてつもないです…
本当に…これからいったい…何が…
つづく
冬着き先生…私達の子供はうまくやってくれるでしょうか…ああ…まかせるしかない…
剛君はみんなを上位に連れてきすぎたので、古い価値観の方々のフォローをした方が良いと感じています。正解です。調子に乗るとろくなことがありま…グレーゾーンです!
xw<nyut@b@4 君をなんとか思い通りに動かしたいと考え始めているみたいですね。
ま、またぜやってないので許しましょう
剛くんはコンプレックス解決運動に取り組もうと考えているようです。ま、程々にやりましょう。グレーゾーンデス!(三井裕二の真似)
ヤクザな方々は変なことを考えない方がいいでしょう。やりに来る前にひどい目にあいます。
実際にやりに行ってひどい目にあうか確かめたいみたいですね。まあ、どうするかは考えておきます。
冨樫先生ははやめに恥をかいてしまいたいと考えているようですが、これには趣向を凝らす予定です。
なのにフィクションの世界では何故か愛される。数々のフラグを立てる。ハーレム状態を作る。
現実ではあり得ないことがフィクションでは当然のように描かれている。
イラついたり、あるいはうざいと感じることは全くもって正常な感情だと思う。
正直、そういうダメ男主人公の物語にどっぷり浸かっているオタク達を見ると、
俺も当然オタクなのだが、どっぷり浸かっているオタク友人のことは正直見下している。
ところで他の人が「化物語」「とらドラ!」という作品を挙げていたが、2つの作品に登場する男主人公は、ダメ男ではない。
それどころか、困っている女の子を助けるため全力で奔走する、結構イイ奴である。
同性から見て「もし現実世界にこの主人公がいたら友人になりたい」と思うほどイイ奴である。
そういうダメ男でない主人公が登場する作品だけを選別して観賞するというスタンスをとれば、イラつくこともなく健康的なオタクライフが送れると思う。
おススメ
今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。
これについてだ。
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
この記事は、朝日新聞社のサイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるものだ
こちらがそれ
そもそもは11月12日に東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディア学サミット LOOP-02 マンガ・アニメの映像メディア学的再考」というセッションに押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。
その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。
まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる
以下引用
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生や高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」
なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。
ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。
この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。
実際の講演は第2部「アニメーションと日本の戦後社会―ロボット、サイボーグ、アンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り
パトレイバーや攻殻機動隊を監督した者として押井がロボットやアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ
ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤の主観として誇張気味に書いている節がある。
いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。
J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌え・ハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている
まずアニマゲ丼から、押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。
これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが
前後をぶっちぎって、今のアニメのほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。
しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている
asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能
押井監督は、日本人が科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術をゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者の認識を改めるために今回の事態をヒロシマ・ナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作「機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析。工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボット・アンドロイド・サイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりはアニメという表現形式が発展過程でテーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実の劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?
ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてます)メモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。
ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。
訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいつもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。
「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。
アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井が真剣に憂いているのかどうかもわからない。
さて、J-CASTの方を見てみよう
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース
朝日新聞は2011年11月21日付けの電子版コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは
「僕の見る限り現在のアニメのほとんどはオタクの消費財と化し、コピーのコピーのコピーで『表現』の体をなしていない」
と語ったという。つまり、制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメはオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから「表現」が制作者から無くなった、という批判だ。
確かに11年9月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。
突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた
押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督の自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。
どちらにせよ「オタクの消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメやハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ
その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし
J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる
「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース
「アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」
「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向けの萌えやエロ」
などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しかし理論で立ち向かえないからなのか
などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。
これでJ-CASTの記事は終わる
J-CASTとしては、「ネットでは押井守が萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか
そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch?
ちなみにニュー速+では
【話題】「今のアニメはオタクの消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に
というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)
一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。
押井守の東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし
それを読んで、どこかのネットでは「押井守が萌えアニメを馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきものが全然伝わってない
つーかおっさんがハーレクイン電車で読むのは萌え漫画読むよりある意味ハードル高い気がするんだけど…
アニメとか漫画とかライトノベルの女の子にうつつを抜かしていた俺だが、ハーレクインというものすごい鉱脈を発見してしまった。
特に秘書モノと分類可能な作品群は、委員長モノが好きな諸兄におすすめ。
俺は恋愛モノ好きなオタのおっさんなんだが、エロゲ文化の周辺たる萌え系ラブコメとか好きだったんですわ。でもアニメはちょっと時間かかりすぎて体力が持たないし、萌え系漫画も少女漫画も電車で読みづらいじゃん?すぐ読み終わっちゃうし。
そこでライトノベルを重宝していたんだが、あれ現実よりのセッティングの話探すの結構大変よね。非現実的なのはそれはそれで好きだが、そればっかりだと飽きるじゃん?舞台設定に振り幅が欲しいと思った。
そこでまず行ったのがミステリやサスペンス系統。西之園萌絵さんとか教授とらぶらぶでちょうかわいいでしょ。萌えが売りじゃないわけだからストーリー面白いしね。でそればっか読んでて今度人死にすぎって思ったわけよ。サスペンス超怖いし。探すとこちょっと間違ってたなと。
で、ふと考えて女の子向け小説かなって思った。でもブックオフで女の子のいるところで本を開いてみるとホモ率高いんですよ。痛い目見る。そこでおっさん考えたね。
「そうだおばちゃん向けだ!」
って。
で、ハーレクインが置いてある棚を試してみることにしたんですよ。
言わずと知れた翻訳物恋愛小説ね。著者近影とか後ろの広告に載ってるけど大体白人のごつい顔のおばちゃんがにっこりしてますな。
ストーリーは全部同じ。自動生成かって言うぐらい同じ。出会って、波乱があって、愛して、ヤって、幸せになる。まあそれ言うと小説は失う話と失ったモノを取り戻す話しかないとかいう極論になっちゃうんでおいといて。
まず、現代的でないモノはヒストリカルという名前がついている。英国貴族モノとか、中東ハーレムモノとかね。ファンタジー度高め。いや現代の舞台でハイスクール諦めて村の農業用品店で働いて病気の母を養ってたら仲良くなったカウボーイの渋いおっさんが実は多数の農場のオーナーだったとかいうのがファンタジーじゃないかっていうとファンタジーなんだけど剣と魔法的なそれっすよそれ。魔法出てきたためしがないけど。変に現実的なんだよな。
ええと、次にロマンスとかディザイア。典型的なやつですな。そもそも俺「ハーレクイン・ロマンス」っていう出版社かと思ってた。これな、ほぼ100パーセントSEXシーン有ります。途中まで純愛純愛してても絶対ヤります。というか主人公の女は官能小説みたいな身体の構造してます。好きな男と目を合わせたら身体の芯が熱くなってこまっちゃうし口で嫌とか言っててもキスされたら熱烈に返しちゃうし。いわゆる「強姦されたい願望(※ただし大好きな男に限る)」ってやつですな。まあただこのSEXシーン、野郎が読んでも抜けませんが。
最後はイマージュ。一番ソフトです。SEXシーンはありません。朝チュンです。ええ、朝チュンです。やっぱりヤってます描写がないだけで。キス→朝チュン→いちゃいちゃ→改行2行→子供抱いてる、みたいなそういう。全般的に描写押さえ目な代わり些細なことでヒロインが不整脈とか狭心症起こします。心臓大丈夫か死ぬぞおまえみたいな。あとこのシリーズで初めて「カナダ人にも間接キスでドキドキっていう概念がある」というのを知りました。どうでも良いですかそうですか。
で、ロマンスとかディザイアに頻繁に出てくるモチーフに「秘書」があるんです。これが俺のおっさん心にど真ん中ストライクでした。
ストーリーはみんな同じ。
例「おはよう増田君」「(やーん今日も良い男♥)おはようございます社長(キリッ」
例「おいどうなっとるんだコンパニオンこねーぞお前ちょっとこの服着て展示説明やってろ」「はい社長!(えっ私こんな凄いの着るの…?)」
例「準備できました社長」「よしいけ今のうち代役手配しておくからな!頼んだ!(こいつこんな綺麗だったっけ…?)」
例「(どうしようどんな顔すればよいかわからない)おはようございます社長(キリッ」「お、おはよう増田君(おかしいな昨日はあんなに、夢でも見てたのかワシ)」
例「プリンタに君の履歴書が大量にあったんだが」「やめるんです!さようなら社長!」「えっちょっとまてええ」「さようなら今までの私!(片思いばれちゃったし好きって言ってくれなかったし身体だけとかもう耐えられない)」
ちなみに秘書は可能な限りの全力で泣きながら地の果てまで逃げます。頑張れボス超頑張れ。金とか人脈とか秘書の親族とか両手いっぱいの薔薇とか全社員の前で告白とか使う。
そんなわけでハーレクインのオフィスモノは委員長モノ好きとか一部のツンデレ好きに超おすすめ。
残念おっぱいではない。
CかDの美乳、シンメトリーで全体的にバランスが整っていて素敵だった。
おっぱい大好きってしょっちゅう言ってたし、激しく有言実行で少し嫌がられてた。
そして美人ではないのかもしれないけど俺にとってはかわいかった。
体型は普通というよりはチョイポチャだったけど、それ言ったら俺だって何様だよって感じだしね。
顔も体型も俺は好きだった、多分本人は最後まで俺がそう思ってるとは思ってなかったと思うけど見た目に文句はなかった。
総論として、「押せなくて終わってしまった」と書いてくれた人に近いのかもしれない。
ただ、俺には根拠は無いけど自信はあって一緒にやっていきたかったけど押しても効かない相手だということがわかったんだ。
それは、まだ次の男はないって書いてくれた人の通りで、結婚・子供にも興味なかったと思う。
本心ではどうか知らないけど、結婚に興味ない・自立が大事ということを常に主張してたことは事実。
欝については笑える部分がどこなのかはよくわからない。
診断書出されて薬も2年ほど飲んでたけど、俺は病気だったとは今でも思ってない。
というかそこはどうでもいい、医者がどう診断しようが俺が違うと思ったら俺にとっては違う。
でも、彼女にとってはそうじゃなかったし、彼女を信頼してたから何も考えずに通院・服薬は続けていた、効いたのかどうかはわかんない。
自分が正しいと信じてることが正しいとは限らないけど、行動はともかくとして気持ちだけは正しいと信じてることを信じたいと思ってる。
それは一度スイッチが入ったら後は何もしなくて良いものではなく、常にそれをしていかないといけない。
それが生まれつき備わっている人もいるのかもしれないけど、俺は常にそれをしていかないといけないことがわかった。
せっかく判ったのにまた元に戻ることはできない、気を抜くと元に戻りそうで怖い。
男の嫉妬やうらやま感ってのはよくわからないが、罪悪感から叩いて欲しい気持ちは少しはあったし今もある。
それが無意味で空しいものだとも判ってるけど、実際こうやって吐き出して色々消化できたしコメント?トラバ?をもらえて素直に嬉しい。
これからもクヨクヨしたりがんばったりしながら、元に戻らないようにしていきたいと力強く思えることができた。
携帯メールアドレスを変えて、彼女にもらった財布も新しく自分で買った(これはもうボロくなったからだけど)。
明後日は職場の女子3人と男俺独りのハーレム飲みなので楽しんでくる。
人生を踏ん張っていきたい。
(2012年1月書き直し。文章が長いという意見が多く見られたので箇条書きでまとめ直した)
1ヶ月に1度くらいのペースで巡回している某Web漫画について。
中身が更新されていたのだが、新規キャラクターが10人くらいぞろぞろと出てきた。
正直、一気に出過ぎな気がする。
これだけのキャラクタ、本当に扱えれるのか?
収拾つかなくなって「俺たちの戦いはこれからだ」もしくは「みんなそれぞれの道を歩みました」的な展開で終わるのは勘弁してほしい。
まあ、フリーで公開してくれている漫画なんだから、あれこれ文句つけるのが間違いで、「嫌なら見るな」の一言で済まされるのかもしれない。
でも、見る側としてはストーリーの伏線が投げっぱなしで終わられると、夢オチにされたような脱力感を覚えるのも事実。
以下、最期ががっかりだったフリーの作品。匿名とはいえ、名指しで言うのは憚られるのでどんな作品かを書く。
web漫画A:
主人公はある日突然何者かに殺害されるが、赤ん坊に生まれ変わる。第二の人生を生きる傍ら、どうして生まれ変わったのかなどの過去を調べたりしていったのだが、突如のハーレムエンド。生まれ変わりについては断片的なことしか明らかにされず。特に主人公の分身的な存在に関しては、ほとんど何の説明もなし。
脱出系ホラーゲーム。主人公は幼女。家の中を捜すと自分や自分の家族が殺されたことになっており、混乱する。
結局、幼女は本当の幼女ではなく幼女の記憶を部分的に引き継いだ妖怪だったというオチなのだが、じゃあなぜ幼女や幼女の家族が殺されたのかがはっきりしないまま終了。演出もホラーゲーム特有の恐怖を煽るものがある一方で、ポケモンフラッシュのようなプレイヤーの健康に直接影響を与えるようなものも多用されており、最期のオチのがっかり感をより深くさせた。
ぜひ、一生に一度でいいからお兄ちゃんと呼ばれてみたい。そう、お兄ちゃんそれは実に素晴らしい響きではないだろうか
おにいちゃん…
お・に・い・ち・ゃ・ん
いや、にいにいも捨てがたい。あにきでもいいな。
死ねっって語尾にもう、そのまま屋上からだいぶして喜んでしまいそうですよ本当に!
僕の友達には妹もちが多いので、リアル妹なんて糞だといい、姉に走った不届き者がいる。
なにしろ、妹に踏んづけられたり罵倒されたりしているらしいですよ。
…私たちの業界ではご褒美なのではないでしょうか? ちっくしょうめ!
とにかく、僕も妹がほしい!
仮に、お母様にお願いしても離婚していて相手がいないから無理なのでそんなお願いはできないし…
紳士諸兄の方々は僕の活躍に期待されるかもしれませんが無理です。
お、お嬢様とか俺が結婚してえよ。うわああああああ、純真なんだろうなちくしょうが。爆発しろ!
そう! これは僕にも妹ができている可能性があるのだ!
そして! めちゃくちゃ可愛い美少女で純真無垢。そして、謎の存在のお兄ちゃんについて興味を持っているかもしれない!!
そして、ロリババアのお義母様が僕を思って濡らしているかもしれない!
まってろ! 今迎えに行くからな!!
父親への復讐も兼ねて、いろいろやっちゃうぞお兄ちゃん。
お嬢様ですよお嬢様。そりゃもう、男と接点がなく育てられてえろえろの美人さんに育ってるに決まっているじゃないですか!!
うおおお、エロい腹違いの妹を自分色に染め上げる。テンションうなぎのぼりですよ。そりゃもう、これなんてエロゲ状態ですよ
…自分の顔をよく見てみろって?
いや、多分僕の親は観たことないけどイケメンだし。ご令嬢と結婚できるんだからイケメンだし!
…ご令嬢が綺麗だとは限らないって?
いや、見たことないから。
見たことないからっ!!
…見たことないということは
つまり…見なければ、可愛い僕に興味を持っている妹がこの世界の中に存在し続けるという訳ですね!!
つまり、見なければ僕に興味を寄せている二人とハーレムな世界が広がるわけですね!
炉利義母と炉利妹とか俺得すぐるwwwwwwww
うはっwwwwwwwww
これで俺はあと10年戦えるな。頑張れ俺のパパン!
http://anond.hatelabo.jp/20110523012339
前回は色々とオススメアニメを上げていただいて皆様ありがとうございましたm(_ _)m
id:thvenrさんに「だからスタッフから辿れって前にもブコメでry」ってご意見をいただいたのと、
増田で『「あの花」見てるなら「とらドラ!」も必見ですかね。監督その他いろいろカブってます。』ってオススメを頂いたので、
ぶっちゃけ面白かったです。面白かったです。面白かった…です…orz
面白いとは思って実際楽しんだんだけど自分の中での点数がギリギリ80点に行かないんですヽ(`Д´)ノ
ぶっちゃげ78点くらい?
※ご注意
色々整理するために、これから「とらドラ!」を題材にあーでもないこーでもないと
胸糞悪い内容かもしれないのでお気をつけ下さい。
それと自分の日本語の使い方には問題点があることが指摘を受けております。
その辺はやんわり目をつぶっていただけるとありがたい。
参考:http://anond.hatelabo.jp/20110523151843
何故とらドラ!が自分の中で80点に行かないかを探るために、まずはとらドラ!の個人的に良かった点・悪かった点を上げてみる。
良かった点
悪かった点
こうして書き出してみると、なんで自分が連続放送アニメを守備範囲に置かないかわかってきた。
何より無価値な部分が多すぎる。空気感を出すために間を取るのはアリだけど、いらない話を置かれても…という部分が多すぎる。
漫画や小説と違って、映像や芝居だと時間の調整ができないから退屈な部分の苦痛が半端ない。
そうなると一話完結のギャグアニメ以外選択肢がなくなるんだよね…
自分の中で80点以上出す映像やら小説やらって、結局のところ途中で暇しないかどうかと物語上の変な矛盾のようなものに突っかかるかどうかだと思う。
暇しないアニメで有名所だと攻殻機動隊やAKIRAは暇しない。
ただあっちの系列は自分の趣味じゃないため、純粋な意味で楽しめない。
AKIRAとかモノの見事に自分の心に残っているし、「何かAKIRAに問題があるか」と言われたら「別に何も」としか答えようがない。
名作なんだろうとは思うけど、楽しめないので正直悲しい。
80点の境目が朧げながら見えてきた。
じゃあ自分は80点未満のアニメを見たいか見たくないかというと、時間がないので見たくない。
80点未満のアニメを見るために時間を潰すくらいなら、80点以上と評価されている小説を読んでたほうが楽しい。
80点未満かもしれないというドキドキを楽しむための博打はオペラとバレエだけで十分です(´・ω・`)
80点以上を出すアニメで、なおかつ「俺は自他共に認めるSFアニメだぜ〜」な感じじゃない連続アニメは年間何個くらい出てくるものなんだろ?
その他雑記:
なんか知らんけど自分の周囲のアニメは見ない人で、AKIRAを見たことある人が結構いる。
「友達の家で見た」みたいな人が多い。なんでアレを見た人がアニメを守備範囲にしている人以外で結構いるんだろう…
90年代に「ぼくのかんがえたじせだいのあるべきすがた」が挫折して臆病になった人たちが日常ものに依存し、今度は00年代の人たちが考えたいろいろなものを否定する。「ぼくのかんがえたありかたですらだめだったのに、自分たちより若いヤツが考えたものが正解だなんて認めないぞ」と下の人間に嫌がらせを続ける。しらんけど80年代にもそういうのがあったかもしれん。悲しい連鎖よのう。
そんなことを思ったのがこの記事でのやりとり。
まおゆう批判の話。批判の内容は結構納得行く話だった。実際突込みどころは沢山あるからね。
でも、そうやってやれ特権少数の支配肯定だとかエリート様だけ実存回復はずるいとか言ってる人が
自分の解決策として挙げたのがコレか。
インキュベータに搾取されないためには、向上心なんてものは一旦よけて、まず、ありのままの自分を肯定することから始めるべきだと思うのです
すごい違和感。いや、ガッカリ感。同時にとても納得。
この人の主張は結局「ゼロ年代的なるもの」が嫌い、ってそれだけだったわけだ。
ああこの人90年代のオタクなんだなと思い、実際にブログを確認したらドンピシャだった。
その思想はさ、精神的に搾取されないことだけを考えていればよい物理面が最低限満たされている人間の話だよね。精神守るために物理面での搾取はある程度受け入れる余裕があるってのが前提じゃない?それこそ90年代の悩みという気がする。00年代そのものに否定的なのは、単純に90年代の夢が忘れられないって事じゃないの?
この人の立ち位置はすごく気に食わない。 インキュベーターと直に向き合いながら頑張ってる人をインキュベーターの手先であるとして批判している一方で、インキュベーターそのものとは敵対しようとしない(というかちゃんと見えてない、理解できてない、突っ込んでも無駄と諦めている)ような卑怯さを感じる。「ゆとりがあるからこその潔癖さ」「他人に都合の悪いところを押し付けての正論」にすぎないのでは。自分がテクノクラートだったらどうするか、を示していただきたい。ああいや、そういうのから降りた人たちが90年代のオタクでしたっけね。失礼失礼。
こういう卑怯な人な立ち位置にいないと安心出来ない人のために、まどマギの世界の主人公が少女じゃないといけなかったんだなとわかる。インキュベーターと対峙するもの、特別な力を持つものが、オタク以下の存在じゃないと納得できない人達がいるんだ。自分より上の存在が肯定され、生き残るのが怖いんだ。そういやまおゆう批判してたkagamiがまどマギ全肯定しててびっくりした。お前はまどマギにすくってもらう資格ねーだろが、と突っ込みたい。私はamamakoのことが嫌いだが、それでもまおゆうもまどマギ双方を否定した彼の一貫性は評価したい。
別に爺さんのように「戦時中の苦しさをしらないやつらが贅沢言うな」とまで言う気はない。昔の物理面が絶対だって考え方ね。「誰が養ってやってると思ってる」の傲慢さは私も死ぬほど嫌い。けれども、さっきの解決策はちょっと00年代の若い人の苦しさに対してあまりに鈍感すぎるのではないか。のんびり過ぎるのではないか。私も90年代のにんげんだから正確には理解できてないけども、彼らの不安や苦悩を軽視して今までの日常を維持しようじゃないか、ハーレム最高だよ、幻想に閉じこもり続けようよってなんだそれ。空気読めないオッサンにも程がある。もうオッサン時代遅れだからブヒ系のアニメ以外についてくちだすなよと言いたい気分。
もちろんゼロ年代の発想が90年代より優れているとは言わないよ。個人的にはゼロ年代の発想ってやっぱり問題が大きい、より病的で余裕がなくて、貧しいカンジがするのであんまり好きじゃない。でも、それに対してただ「近頃の若いもんは」と言い続け「90年代にもどってこい」というメッセージしか出せないのでは、ただの老害であると私は思う。(さっき年寄りたちの話しを持ち出したのは、老害にはさらなる老害を持って、老害の何たるかを理解していただきたいという趣旨)。少なくともゼロ年代の人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメでしょう。良し悪しだけで考え、「なぜ」をすっとばすような人間が、オタク評論をする資格などないと私は思うね。
ただし、このあとで同じ人が
って言ってるアタリが、もしかしてこれからのオタとオッサンオタクとの理解の架け橋になりそうな気はする。 本当に地震って、すでに変わりつつ合った認識の変化を後押しする大きな事件になるような気がする。もう90年代は終わったんだよ。00年代の決断主義も違うってことになったよ。90年代回帰論も、00年代のエリート正当化もやめて次考えようよって話になるんじゃないのかな。
最後になりますが。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、わたくし、まおゆう読んでおりません。読まずにここまで偉そうなことを書いたことを深くお詫びいたします。
それは失礼。こっち側とやらがどこにあるのか存じませんが、ずいぶん壮大なお考えがあるようですね。はやく体系だった形としてまとまるよう応援しております。
そうでないと無視されたというかあなたが求めてる物がまずどこにあるのかわからんので
せっかくの崇高な思想も、今回のように表面部分だけを見て個別の叩きというか、コレジャナイ病の人と同じだと判断してしまいそうです。それは勿体無い。
ところでそれって、エロゲや今のアニメに求めるよりは、もっと昔のアニメや手塚治虫や一部の少女漫画に求めたほうが早いものだと思いますよ。
あずま ひろき風を感ずる
全然意識してないけど多分それあなたの勘違いだと思う。全部が東風に見えるとか、モルダーあなた東さんに恋してるのよ。。
話変わるけどあんまり東先生バカにすんなよ。別に信者じゃないけどとりあえずベースとなってる物くらい読んでから批判しろよ、とはいつも思ってる。
信者が本買って無批判にマンセーする一方で、批判する側が著書の一冊も読まないとか、この今のねじれ構造はどないなっとんねん。
本の一冊読む程度の興味もないなら、放っておけばいいのに。どんだけ暇なの。
誰も整理なんかしようとか思ってねーし。なんでそこ基準で評価されなきゃいけねーんだよ。別の店行け。シロクマさんにでも頼め。
整理しようと思ったらそれこそ90年代をまた数個に分割しなきゃいけねーじゃん。誰がやるかそんなめんどいこと。
どんだけ整理されてあとは召し上がるだけのメニューを期待してんだよ。そう言う学術的のが欲しかったらプロの仕事にもっとちゃんと金払え。
「〜年代」っていう、10年単位で区切ってその間の大多数のムーブメントを指す言葉を「私も90年代のにんげんだから」とか使うところからして既に間違っているよねw
言葉の使い方は大事だよね。確かに私が間違いですすすみません。できればタイポ的な問題以外も指摘してくれると嬉しいけど。
上のと合わせて、この言葉を使うと、どういう内容を想像されるか始めて知った。童貞とかオタクとかと同じくらいイロイロな意味がくっついてるのな。
これは単に私の無知。普段はこういう言葉を使って会話してないんで知らんかったわ。
おまけ。ゼロ年代には元気だったけど次の世代に対して老害として振舞う可能性が高い人達一覧はここね。
自分の手持ちのものさしでしか人を測れなくなったら(評論する相手の中に新しいものを発見しようとする気概を失ったら)それはもう寿命だろ。
http://www.news-postseven.com/archives/20110411_17246.html
中学生だった当時に工学系の仕事に就きたいと思って進路を調べていた。
しかし、東電学園高等部は男子のみ、自衛隊の少年工科隊も男子のみ募集だった。
最寄りの工業高校は共学化したものの、まじめに勉強してるというより成績が良くなかった人の受け皿となっているのが現状だった。
通える範囲内に共学の東工大の高専があり、まじめに勉強できる環境にあったけど入学者の内訳を見て事実上男子校に近いと分かった。
男子ばかりの中に自分一人だけがというとハーレム展開を想像する方もいるかもしれないけど、実際はそんなに甘くないことは当時から分かっていた。
容姿が良かろうが悪かろうが、まわり全体が自分を値踏みする目になるのだから。
現在、勉強する気があって理系の仕事をするつもりで大学進学はすっ飛ばしてと考えると何が最適なのかと思う。
奴隷の鎖自慢って表現は社畜を批判しているものなのだろう。実際、サービス残業を競い合っているような連中はいるだろうし、確かに彼らは現代の奴隷と言えるだろう。
しかし、この鎖自慢の話は、ある種のニートにも適応できそうだ。働かずして少なからず稼ぎのあるものはともかく、親の財布という鎖から自由になれずに、自由に使える財布をもつ労働者を嘲笑してるという意味において。
驚いた事に自分の足を繋いでいる親の財布の自慢をお互いに始める。
どっちの親の年収のほうが高いのか資産はいくらあるのか、などと。
そして親の財布に縛られていない自由人を嘲笑さえする。
だがニート達を繋いでいるのは実は同じたった1つの親の財布に過ぎない。
現代のニートは、自ら進んでニートの衣服を着、首に屈辱のヒモを巻き付ける。
そして、何より驚くべきことに、現代のニートは、自らがニートであることに気付いてすらいない。
一時的に文庫本業者をにぎわしていたライトノベルであるが、ついに力尽きたようである。
ライトノベルはハッピーエンドの読み捨て娯楽小説であり、男性向けハーレクインロマンスというコンセプトであった筈なのだが、どうも、このコンセプトを理解していない人が増えた結果、読者に対する訴求が弱くなってしまったようである。
書き手や編集が勘違いして、少しでも売れている作品は、続編をいつまでもだらだらと続けさせるという、少年漫画雑誌のような引き延ばしが始まり、ぜんぜんライトじゃなくなってしまっているのである。
メディアミックスも、問題を大きくしている。小説は小資本で実験ができるジャンルであり、ここで成功したら、コミックやアニメといった、コストのかかるメディアに進出していくという考え方自体は間違っていないのだが、問題は、その元ネタが読み捨ての娯楽小説であるという点にある。読み捨ての娯楽小説の筈が、メディアミックス中は新作を発表し続ける事で相乗効果を期待することから、長大なサーガみたいになってしまって、全然ライトじゃなくなってしまう。おまけに、それだけの長編・大作になってしまうと、新規の読者はついてこれなくなる。惰性で買っていた古馴染みの読者がもういいやと買わなくなると、尻すぼみになって、売れ行きが落ちる事になる。しかも、業界トップを張っている有名作品の売れ行きが伸びず、平台に積まれたままとなると、他の本の売り上げにも響くのである。あのジャンルは全然売れていないのではないかと、新規の読者が入ってこなくなる。
相乗効果によって消費者からお金を絞り取るというのは、理解はできるが、モノには限度があるし、旬の時期を意識して切り替えていかないと、ライトノベル業界全体のイメージが翳ってしまうのである。
ハーレムで俺Tueeeというのが、ライトノベルの王道であるとされているが、これは、まさに男性向けハーレクインロマンスそのものの構造であり、異論は無い。しかし、それゆえに底が浅く、ハッピーエンドにするしかないのだから、パターンはあっというまに消費し尽くす。だから、文体や筆名を変えてという芸と量産の能力のある書き手でなければ通用しないコンセプトだった筈なのだが、作家性やら文芸のお作法やらで、そういった芸や能力ではなく、面白いのが書けるか否かという、私小説作家のような書き手しかいなくなってしまっているのであった。
私小説もどきのアマチュアライターと、僥倖で面白い作品が転がり込んでくるのを待つ編集では、先が無い。メディアミックスという資本の物量作戦を考える能力はあっても商品適性を判断できていないわけである。ジャンルそのものを企めるような編集者とまでは言わないが、せめて、コンセプトを理解して、それに適した売り方やタイミングといった判断能力ぐらいは、あって欲しいものである。
俺がノルウェイの森を初めて読んだ時の感想もそんなんだったなぁ。多分高校三年生だったと思う。
ホントに高校やらなんやらそういうのに溶け込めなくてしんどかった時期だった。彼女もともだちもいなかったし。
「ケッ、孤独がそんなファッショナブルなら苦労しねえよクソが」みたいなことを思った。
生きていくには少なからず世の中になじんでいかなきゃいけないんだよ、と。
ところが、まぁ24歳で就職して28歳で辞職して独立して五年目。
映画化で読み直したら、当時ほどの違和感は感じなかった。というか、まぁこーいうの格好いいよね、とすら思ってしまった。
「要するに、これはハーレム小説なんだな」とも思った。鼻についたのはその部分だけで、
思うに、村上春樹は「組織に生きる人間」にとってむちゃくちゃムカつく、あるいは憧れる世界観の持ち主なんだろうと思う。
ところが、一回フリーにおちぶれてしまうともう組織の論理を気にしなくていいわけで、
村上春樹の小説の不愉快さも魅力もどこかに消えてしまうんだなぁと。「ヤリまくりでよろしいこって」くらいの