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2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-01-16

婆ちゃんに戦争の話聞いてきた

今年87歳になった婆ちゃんに、

正月田舎帰った時に戦争の話を聞いてきた。

当時「この世界の片隅に」のすずと、

同じような年齢で戦争経験した婆ちゃんに本当のところは、

どうだったのかなと聞いてみたいと思ったのがきっかけだった。



婆ちゃんは7人兄弟の三女。

婆ちゃんのお母さんは、早く亡くなっていて

物心いたころには、後妻としてきたお母さんに育てられたそうだ。



婆ちゃんが子供のころは婆ちゃんのお父さんは事業成功していたらしく

家にはお手伝いさんが何人もいたらしいのだが、

戦争前に事業に失敗。

家は途端に貧しくなったらしい。



たまたま勉強が優秀だった婆ちゃんは、

小学校先生が何度も何度も婆ちゃんの家に来て

婆ちゃんを女学校に入れて欲しいと、お父さんを説得したそうだ。

当時はまだまだ少なかった奨学金の話を持ってきてくれたり、

授業料免除手続きなどをするなど、

本当に熱心に動いてくれたらしい。



結局は婆ちゃんのお父さんも先生の熱意に打たれて

全寮制の女学校に行けることになった。

戦争は、そんな女学校時代に起こった。



戦争が始まる前、日本満州での事業で盛り上がっていたそうだ。

大陸未分化な国を日本配下に置いて発展させることは、

とても素晴らしいことで全く悪いことだと思っていなかったそうだ。

学校では、天皇陛下神様と教えられて、

天皇陛下の元、男子兵隊さんになるのが当然だと思っていた。



近所の家が、共産党員の容疑をかけられて警察に連れて行かれた。

婆ちゃんのお母さんは、近所のオジさんは悪い事をしていたと伝えたらしく、

子供心にショックを受けたそうだ。



戦争が始まっても、ばあちゃんの日常は変わらなかった。

普通に勉強していた。ただ、農作業時間が入ったそうだ。

女学校同級生みんなでさつま芋を育ててたらしい。

そのうち、普通の授業の時間はなくなり、

富山工場女学校の全員で働きに行く事になった。



毎日10時間ミシン兵隊さんの洋服を塗っていたそうだ。

女学校勉強できなくなるのは残念だったが、

天皇陛下のためだし、戦ってる兵隊さんのためだかしょうがないと言っていた。



徐々に女学校日常が、戦争への協力の日常に変わっていくのは感じていたそうだが、

戦争はずっと勝っていると思っていた。

新聞ラジオ毎日のように、日本の大勝利の話ばかり流れていたそうだ。



そのうち、配給が減ってくるといつもお腹が空くようになった。

芋だけじゃなくて、芋がらといってツタとかも食べたらしい。

お腹が空いて寝れない日が普通になった。

友達とは、毎日食べることばかりを話していた。

炊きたての白ご飯に納豆をかけてお腹いっぱい食べたるのが夢だった。



そんな日常の中、空襲が婆ちゃんの工場を襲った。

焼夷弾が次から次へと降ってきて、

花火のように火を吹き上げるんだそうだ。

婆ちゃんは怖くて怖くて、山の上に逃げた。

町中が灼熱地獄のように暑かった

ただ、ただ、山の上に逃げた。



当時、なんで山に逃げたのかは自分でも解らなかったらしいが、

一緒にいた友達が山に逃げるので一緒に着いていったそうだ。

結果、それが婆ちゃんの命を救った。

ものすごく暑かったので、多くの人は川に逃げたらしい。

そんな人でごった返した川めがけて、空襲は襲った。

川に逃げた人はみんな死んだ。



空襲が止んで、友達は半分も残らなかった。

婆ちゃんの働いていた工場も完全に破壊された。



その後、近くで何度か空襲があったらしいが

運良く婆ちゃんの所には直撃せず、

次の工場への移動が決まり、準備を進めていた。



そんな矢先、唐突戦争は終了した。

天皇陛下の敗北宣言を聞いた時、

戦争に負けた悲しみよりもなによりも、

もう爆弾が降ってこないことが嬉しかった。



もう、爆弾が降ってこないんだ。



と言った時、婆ちゃんはうっすら目を潤ませていて

本当に本当に辛かったんだなあと、

聞いてる俺も泣きそうになった。



その後戦後の本当の食糧不足や、

食糧不足になって、都会の親戚が着物いっぱい持ってきた話なども聞いたが、

だいぶ長くなったので、ここで話を止めたい。



今の日本海外若い人たちが

戦争を始めることもいとわないと言うのを聞くと

から恐ろしくなるし、

あん経験を俺や俺の娘にはさせたくないと

強く言っていた。

お○○さん

医者さんって言うけどやっぱ医者って尊敬されてんだなーと思ったんだけども他に無いか考えた。

師匠さん

お巡りさん

お手伝いさん

お妾さん

こんなもんかね。



(追記)すいません、ちゃんと書かなかったのが悪いんですが、職業の中でという話です。

2017-01-10

(1/12更新_最下部にお返事追記しました)長文となりますが、同様の経験を持つかたのご意見をお待ちしております

30代中盤会社員。妻、息子(2歳)、娘(1歳)との4人暮らしをしています生活のあるべきバランスについて考えることが増えてきて、一方で「ママ友パパ友」とそういう(今から下に書くような)感じの話をすることがあまりなく(機会があったとしてそれを確認することが適切かもわからず)、増田の場で聞いてみようと思った次第です。なお、本エントリー客観的事実のみによって構成されていて、特定の誰かを褒めよう、あるいはその反対に責めよう、みたいな意図は一切ないのでそこだけはご了承いただけますよう、よろしくお願いいたします。あと、小町じゃなくてこっちに書くのははてなが好きだからです。



書き手である私を主体として記述します。ご覧いただく(経験者の)みなさんは、この「私」についてどのような印象を抱かれるでしょうか。



・夜の帰宅時間はまちまちですが平均すると21時〜22時くらいです。忙しくなると深夜になったりします。昔より減りましたが。

2016年は泊まり出張10回(うち海外5回)ほどありました。あと土日もたまに働きます。ただ、平均月1回以上にはなりません。

・起床時間は3時〜4時の間(早起きが得意で、自主的にやっています)。

・妻は以前は働いていましたが今は専業です。子どもふたりとも保育園などには通わせていません。

家事代行サービスなどの類も現時点では申し込んでいません。

・「生活費」として妻に20万円/月入金しています。毎月必要な諸費用家賃携帯電話代、保険料などなど)は私が支払いを行っています



という状況において、まず平日は、



帰宅してから寝るまでは妻とご飯を食べながらあれやこれや話して、なんとなく眠りにつきます幸せ時間です。

・主に娘の授乳タイミングでの息子のマネジメント(二人同時に起きてしまうと死ぬので)をすることがたまにあります(2日に1回くらい)。

・3時に起床したあとは、軽く書き物(下らないブログなど)などをしたあとに、散らかった部屋の片付けをし、クイックルワイパーをかけ、洗い物をして、風呂掃除します。6時頃に3人を起こし、息子と風呂に入り、一段落ついたところで妻に娘を連れてきてもらって、3人で風呂に入ります。娘を洗い終わると妻にまた連れて行ってもらい、最終的には息子と一緒に風呂を出ます。息子の着替えを手伝います(私はしばらく全裸だったりします)

・息子の朝食を準備します。ごはんを温め、納豆を載せ、野菜を茹でて、卵を焼いたりしています。その後一緒に朝食を食べます。娘は妻によって着替えを終えていますが、このタイミングで妻はシャワーあびるので、僅かな隙を見て洗濯機にそのタイミングまでの洗濯物を突っ込み、回し始めます。朝食中はバウンサーにのった娘の相手します。右足(バウンスさせる)と表情だけですが。

・息子の朝食が終わると、手と口の周りを洗います。このあとのタイミングで3日に2回はうんちをするので、おむつを変えます

洗濯が終わり、洗濯機から洗濯物を取り出し、干します。

自分自身の出社準備をし、家を出ます(娘が頬にキスをしてくれます

業務終了後、家に帰る際に、週に1度程度は夕飯(夫婦分)を買って帰ったりします。また、ハーゲンダッツミニカップを週に3度くらい買って帰ります



仕事など特別事情がない)休日は、



・平日の諸々に加え、両日とも日中エルゴに娘を抱き過ごします。

・平日は自由がほぼないと思われる妻の意向を最大限に尊重し、例えば買い物などに同行します。



という毎日を過ごしています。妻は望んで今の状況になったとは言え、平日の日中1人で2人の子どもを見てくれていて、それはとても大変なことだということがよく分かっていますエルゴで娘を抱いた状態で走り回る息子を追いかけ回すなど、部活か? という感じがします)。一方で、私としても結構タフな「仕事」だなあ、と思うことも多く、同じような経験をされているみなさまに「私の働き」がどのように受け取られるかを知ってみたかった、という動機です。



「どうすればいいか?」みたいなことは夫婦間で十分に話し合っているので今回は大丈夫です。保育園に入れる、ルンバを購入して省力化する、いっその事実家の近くに引っ越す、など現実的かつ効果的な打ちてはたくさんあるのですが、今時点では2人で話し合い、この状態を続けていこうと考えています



「印象」を教えてくれなど、漠としたエントリーで恐縮なのですが、ご意見いただけますと幸いです。


(170110.2050追記)

はてブに多くのコメントいただきました。ありがとうございます。御礼も兼ねてお返事します。

id:c_shiika 睡眠時間が短すぎて不安になる

ありがとうございます。妻からも常に指摘している点です。今のところ心身共に健全状態を保つことができていますが、みなさまから同種のコメントいただき、もう少し長期的な視点必要だな、と改めて思いました。

id:iwashioyaji (同様の経験を持つ方は、非常に少ないのでは?と思いました。)

ありがとうございます。こちらのコメントを頂いた瞬間に私の書き方が良くなかったと思ったのですが、すべての条件に一致していることのみが「同種の経験」とは(書いた本人は)思っておらず、仕事が割と忙しく、パートナーが専業で家事子育てを主に担当していて、小さな子どもがいて大変、くらいの「同種」感でした。その範囲であればiwashioyajiさまの抱かれる印象も少し違うでしょうか……。

id:kaionji 睡眠時間短すぎる

ありがとうございます。気をつけてみたいと思います

id:mmuuishikawa 子供が小さいうちだけでももう少し仕事時間を減らしたほうがいいと思う

ありがとうございます。これも相談したいと思っていた内容なのですが、タイミング的にどうしても「脂が乗っている」時期とかぶっていて、仕事面白くて仕方がない、でも家庭の一員としてもしっかりせねば、みたいな悩みもあったりします。いただいたご意見は「確かにな。。」と思うところがあるので、睡眠時間と同様にクリアすべき課題として考えてみたいと思います

id:miraimemory 起床時間とお風呂に入る時間おかしい。このままお子さんが幼稚園入園したら生活リズムを整えるのに苦労しそう。今のうちに夜にお風呂、起床は6~7時くらいに修正した方が良い。

ありがとうございます無知で恐縮なのですが、起床時間が3時、風呂が6時の場合、どのような「苦労」が待ち受けているのでしょうか。善意コメントいただいたのにもかかわらず質問してしまって申し訳ないのですが、よろしければ教えていただけますと幸いです。

id:mugi-yama 立派やなあ。睡眠時間は本人が大丈夫なんだったら大丈夫なんだろうし(私も朝3時半にネコに起こされるんだけど、寝るのも夜9時)

ありがとうございますネコに起こされるのも幸せですよね(猫派です)。子どもに起こされることは今のところないのですが、それはそれでよいなあ、と妄想してしまいました。。

id:music42 経験者ではなくてすみません感想です。ちょっとした気遣いや心遣いがうれしいなと思いました。家事育児に協力、アイス休日の買い物などなど。ただし、睡眠が短すぎて不安なのは他のかたと同意見です。

とんでもないです。コメントきありがとうございます。できることはできる範囲でしているつもりではあるのですが、そう言っていただけるとありがたいです。睡眠改善したいと思います

id:nenesan0102 すごいショートスリーパー。同じくらいのショートスリーパーでないとどうしてよいかはっきり言えなさそう…

ありがとうございます。ご指摘の通りショートスリーパーなのですが、すこし上に書いたとおりその部分で共通していなくても、ご意見いただけるとありがたい、という趣旨で書きました。わかりづらく申し訳ありません。

id:bkyun 先生が来るぞー!!!!!野菜睡眠瞑想運動だぞー!!睡眠がすくないぞー!

野菜一日これ一本」を1日2本飲んでいるので、それで勘弁いただけないでしょうか。。



(170112.1250ころ追記)

id:pikopikopan 私もそんなに動けるようになりたい・・羨ましい。睡眠時間短いとある年齢越えるとガクッと来る可能性あるので、寝続けれる日はゆっくり寝られた方が良いのでは?

ありがとうございます。そうですね、「ガクッと来る」タイミングが分かればいいのですが、ゆっくり(日頃より長い時間)寝ることでいつもより元気になったと感じることがほとんどなく……。ただ、みなさまのコメントを見て改めて「疲労は蓄積される」と考え始めたので、ちょっと睡眠時間を長くしたりしています

id:haru5t よくやっていらっしゃると思う。ぷつっと途切れてしまわないか心配。月一で一時保育を頼むとか、余白というか夫婦ともにフリーの日を入れて、自分メンテ仕事として予定に入れてあげてください。4歳双子女児母よ

一時保育というアイデア、以前に一度話してそのまま忘れていたので改めて調べたところ、近所に素敵そうな場所があったので見学しに行くことにしました! ありがとうございます! 自分メンテ、そうですね、夫婦ともにハイテンションで乗り切っているものの、心身ともにいろいろと溜まっている可能性があるので、近場の温泉にでも行ってみようということになりました。(あと、双子に密かに憧れていたのでうらやましいです……!)

id:wosamu 海外出張が年五回+国内が五回となると月の1/4以上は家に居ないイメージ年収1000-1500万くらいの設定だろうからお手伝い雇ったら?と言うことになるかな。

ありがとうございます。改めて「月の1/4以上は家にいない」という記載を見るとハッとします。ありがとうございます。去年はちょっとイレギュラーで長めの海外出張が多く入ってしまったのですが、今年は家庭の状況も鑑み、控えめにしたいと考えています。加えて、「設定」というか事実としてそのレンジに収まっていまして、お手伝いさん、という表現が正しいのかはわかりませんが、家事代行サービスを試用してみて納得感を一度はかってみよう、という話し合いをしました。

id:mobits 「長文ですが、」じゃアカンの?

アカことないとおもいます

id:zeromoon0 すごく律儀なお返事に訳もなく不安になる。完璧にやろうとしすぎると多分今の生活もどこかでおかしくなる。あと律儀に毎回ハーゲンダッツじゃなくてたまに大福とか煎餅でも嫁さんが好きなら喜ぶと思うよ。

不安になる」タグ、恐れ入ります……。私も妻も(どちらというと妻のほうが)完璧主義的な傾向がありましたが、子育てを2年ほどしてみて、「どうにもならないこともあるね(苦笑)」という感じでだいぶ緩くなったと思います。返事が律儀なのは私のインターネットへの向き合い方の問題だと考えています(顔も名前も知らない相手に対しては可能な限り礼を尽くそう、と考えているタイプです)。ハーゲンダッツには「変なものが何も入ってない!」らしく、それを選んでいるのですが、さすがにバリエーションにも限界があるので、和菓子を買って帰ってみたりもしております。概ね好評です。ありがとうございます

id:gerge0725 気づいたら疲れがたまっているとなりそうなので、意識的に休憩時間をとった方が良いと思う。土日のどちらか短時間でも良いので。

ありがとうございます楽しいのでなかなか休めない、休みたくない、という側面もあるのですが、すこし上の方へのお返事に書いたとおり、一時保育によって意識的に休憩することを検討し始めました。ありがとうございます

id:futokoro3 朝食作りと風呂洗濯毎日の様にやってくれるお父さんすごい

ありがとうございます。やりはじめた何日かは正直「この時間仕事にあてたら」みたいなことも考えたのですが、最近まんまとハマってきました。プロセス改善すると結果にダイレクトに影響するので楽しいですね。

2016-12-24

高額所得者税金払いたがる社会

うちの死んだ婆さんは、明治まれ日本女子大学校(いまの日本女子大)でてたくらいなので、相当なお嬢様だったのだけれど、とにかく「税金を払いたくてしかたない」人で、うちの母ちゃん(嫁)が難儀したらしい。

しろ、「所得税が納められる」ということ自体ステータスで、そのいきついた先には「高額納税者貴族院議員になれる」「うまくすると爵位がもらえるかもしれない」という特典があったりした時代で、リアルに「女学校時代のお友達には、お父様が高額納税者貴族院議員」なんて人がいたりしたので、死ぬまでその辺の意識が抜けなかったらしい。


戦前日本なんて、とてつもない格差社会で、社会福祉へったくれもなかろうし、当時のばあちゃんにとって下層の人はマジで「別の世界の人」で、その人たちに自分税金無駄遣いされているなんて意識もなく、普通に税金たくさん納めるのは名誉なこと」という価値観でいきてたんかな、と思う。




なお、婆さんの実家は、いわゆる「農地改革」のとき不在地主であらかた土地を取られてしまい、絵に描いたように没落していったらしいので、自分が生まれときは平凡な地方公務員の家庭でした。

オヤジ小学校低学年まで「お手伝いさんに手を引かれて学校に通ってた」らしいけど。

2016-12-19

40過ぎて独身なんだけど

子供10人ぐらい欲しい。

10人産んでくれて専業主婦になりたい人いない?



年収2000あるし、資産2億です。

お手伝いさん3人ぐらい雇ってもOKです。

細いモデル美人かいりません。

ふくよかな平安時代顔&スタイルの方が良い母になりそうなので、そっち系がいいです。

森山中系キボンヌ



もっと言うと養子でもいいんです。

2016-12-08

[]与謝野晶子金魚のお使」

あらすじ

新宿に住む太郎駿河台の菊雄さんちまでおつかいに行かないといけない

だがお手伝いさん病気で行けない

代わりにペット金魚3匹に行ってもらおう

金魚やる気まんまん

徒歩で新宿駅

駅員「金魚は手が無いか切符あげない」

金魚「わーわーわー」

駅員「やっぱ乗っていいよ」

金魚「車内に水を張ってくれ。死んじゃう」

車掌「他のお客さんの靴がぬれちゃう

金魚「苦しい~たすけて~」

車掌「金だらいに水を入れてあげる」

御茶ノ水に到着。金だらいは御茶ノ水駅の駅員に預ける

駿河台まで歩いておつかい完了。菊雄「えらい。お駄賃そうめんあげる」

金魚「手が無いから持てない」

菊雄「あとで小包で送ってあげる」

御茶ノ水駅で金だらいを返してもらって帰りの電車

新宿駅太郎バケツに水を入れて迎えにきてくれた

いやー面白い

駅まで水なしでどうやって行ったんだ、とかいツッコミを吹き飛ばすテンポの良さ、

こんなシュールな話なのになぜかさわやかな読後感。

ただ、自分で読むというより子供たちに読み聞かせお話だね。

与謝野晶子といえば教科書バナナの人、というイメージしかなかったけどこの人いいわ

2016-11-10

[] ひらり

連続テレビ小説第48作目の作品1992年放送

ヒロイン役を演じた石田ひかり出世作となり、また、脚本を手がけた内館牧子を注目を浴びるきっかけになったドラマ

東京両国相撲部屋お手伝いさん相撲部屋力士の卵、自身の恋と新しい自分探しを考えるドラマ

また、このドラマきっかけで渡辺いっけいが注目を浴びることにもなった。

さらに、このドラマでは元相撲力士ドラマ出演している。

なんといっても朝ドラで初めてオープニングソングが歌われたことだ。その記念すべき第1曲目がドリームカムトゥルー

「晴れたらいいね」でドラマのヒットと同時にこの曲もヒットとなった。

放送終了後、総集編が放送された。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%D2%A4%E9%A4%EA

2016-08-09

嫌いな障害者がいる

始めに。

これはただの愚痴なんで、嫌な人は読まないでくれ。

そして先日の痛ましい事件共感するものではないし、

障害を持っている方を一括りに貶めるものでもない。

本題。

身体障害を持った若い女の子と知り合った。

雑に言って、乙武さんの女性バージョンだと思ってくれ。

人の助けがないと日常生活は送れないが、気は強い子だった。

の子はいつも介護ヘルパー悪口を言っていて、

若いのにいじわる婆さんみたいだなと思っていた。

「今のヘルパーまじ使えない」とか「だめヘルパーに悩んでる」とか

頻繁にSNSに書きまくっている。

友人とのやりとりを見てモヤモヤした。

乙武「はあ。。利用者ヘルパー関係ってなんだろ。。」

友人?「雇う側と雇われる側。」

乙武「だよねだよね!」

利用者って、介護保険利用者なんじゃないのかな。

普通に考えて介護ヘルパー会社に雇われてるんじゃないのかな。

そんなこと言ってるからうまく関係が作れないんじゃないかな。

上にも書いた通り、その子は気が強い。

もう少し正確に言うと、マイルール押し付けタイプかな。

自分ではしっかり者だと思ってそうだけど。

介護ヘルパーがどれだけ仕事できないのかは知らないが、

の子自身コミニュケーション問題があるんだろうなと思いながら話を聞いている。

現に知人と友人の間みたいな関係自分でもこいつめんどくせーと思うときがある。


介護保険範囲サービスクレーム付けてないで、

これから先も毎日介護必要で、細かい自分のやり方があるなら

ちゃんと自分で長期のお手伝いさんを雇えば?と思う。

自分の思うようなサポートを常に受けられるのが当たり前と思っているのか。

見下してる相手はい関係は作れないと思うよね。


の子には言ってないけど、妹が介護関係仕事を頑張っている。

それで俺もむかついちゃってね。

というか障害関係なく人として嫌いなだけかもな。個人的に。

障害者悪口って人には言えないから書かせてもらいました。

これで実生活ではスッキリ過ごせそうだ。ありがとう

2016-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20160721154003

知っとるがな

お手伝いさん、部下、部下の嫁、潰れた会社社長婦人とか片っ端から食って妊娠させたおっさんやろ

嫁親に泣きついて自分時計結婚指輪を質にいれて成り上がる為の莫大な資金をつくってくれた嫁はこいつから性病うつって歩行困難になったから捨てられて

次の嫁は自分が罠にはめて倒産&自殺に追い込んだ友人の娘で友人の嫁はお手伝いさんにして他の三姉妹は16やそこらで愛人にして孕ませてるとか官能小説ゲスを絵にかいたような人生を歩んでキモい

男ってこういう男に憧れたり好きになったりするよなー

2016-07-02

ふらいんぐうぃっち地方生活勘違いをしないでほしい

数話しか見てないが、風景神奈川の内陸部あたりで畑が混在する郊外のようにみえた。それと生活描写についても地方優雅に暮らす大金持ちの人たちにしか見えなかった。

まず田舎と比べて家と家の間隔も全然違うし、あんなに模型みたいな綺麗な家ばかり並んでいるはずがない。

それに色味を抑えているつもりかもしれないが、どことな原色っぽい下品さがあるのは都心から少し外れた街並みのようなセンスのなさを描写しているように見えた。田舎もっと全体的に灰色でくすんでいる。緑も空もあんなに鮮やかに見えることは少ない。

次に住んでる家についても、あの造りで床も柱もピカピカなのは戦前から代々続く名士か何かで、土地資産もある人が最近建てた家のようにみえた。おそらく築10年以内で、いい木材をふんだんに使って代々の付き合いがある大工にでも作らせたのだろう。窓や建具に土埃ひとつついてないし古い家特有年代感も感じられないことから庭師お手伝いさんといった人を使って年中 家の手入れをしているはずである

奥さんも絵本作りなんてたいそう高尚な趣味を持っているようで、週末は県庁所在地あたりにある新聞社文化センター講師でもやっていそうな雰囲気だ。地方でもかなり裕福な部類にあたる文化人である

ひとつ違和感があるのは旦那さんで、痩せ型の苦労人のような描かれ方をしていたようにみえたが良い家柄なのであればもっとボンボンのはずだし、豪農として財をなしたのであればもっと肌艶よくギラついているはずである婿養子でやって来て家業をやらされている気苦労の多い人物なのだろうか。詳しく見ていないので分からない。

以上のように自分の好みから外れる作品だったので断片的にしか見ていないわけだが、地方生活や細かな描写に癒されるといった讃える記事を時折見たため違和感を持っていた。

おそらく、作っている人も褒めている人もあまり田舎での生活実態を知らない人たちなのではないだろうか。

これに憧れて地方移住なんてことはないはずだと信じたいが、念のため作中にある倉本家の生活は、生まれながらに恵まれたほんの一握りの優雅な家の姿を描いているということを理解しておいてほしい。

2016-06-16

年収1300万になって思うこと(ITエンジニア

■ 経緯

リーマンショックの時に26歳で新卒

 

1年目  100万 新卒3ヶ月で不本意ながら退職個人事業主ニート

2年目  240万 バイト

〜中略〜

一昨年 380万 2社目

去年  580万 3社目

今年  1300万 フリー(※年収じゃなくて年商、なお借金200万)

 

 

■ 思うこと、意外だったこと、気づいたこ

 

・思ったより幸福度が薄い

・周りの反応は変わらない(そもそも知らない)

・飲みに行く暇もないので、奢ることもない

・というかぼっちすぎて不安になる

医者弁護士くらいの稼ぎらしいが、医者弁護士ほどに偉い感じがしない

IT業界って正社員メリットが無さすぎな気がする

大企業や安定を信じないで実力主義を貫いてきたが、多分間違いだったと思う。自分場合ゴリ押しただけ

大企業でのほほんとしてる奴ら、楽しそうだなと傍から見てて思う

・まあどうせ受からないんだけど

・受からなかった会社の奴らより給料高いのは少しだけ溜飲が下がる

・でかい組織というのは本当に煩わしい、何であいつらは出世ゲームを作りたがるのか

FF7マスターしたぜんたいかマテリアを売った時の不思議な虚無感を覚える

・5年後も1000万以上稼いでる自信がない

・常に求人チェックしてるが「チームリーダー 600万〜800万」とか書かれても上限からして今より下でなんとも言えない気持ちになる

・高時給バイトメールが来ると「いいなこれ!行きたいな!!」と思う

・いい会社があれば正社員に戻りたいが、いい会社がない

・今に限ったことではないが、仕事以外が進捗ゼロすぎる

・同じくらい稼いでるITエンジニアは大体私生活破綻しててどうなのと思う

・でも結婚してる奴は幸せそうに見える

・さっさと法人化したほうがいいよと言われるが、昨日の今日すぎて何とも言いがたい

不労所得がほしいと思ってサービス作りを頑張る → 不労じゃないんだよなあそれ

・3000万くらい稼ぎたいけど普通に働いてるなら無理だ

グリーン車高い、タクシーとか無理 ← 貧乏性??

・移動時間もったいない、この移動時間があれば◯円稼げるのに!と思ってしま

・はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり 意味:働きまくると時間がなくなるから楽どころか辛くなる(違うか)

金持ちキャラはやっぱ資産家じゃなきゃ無理だと思う(金持ち時間がある+派手な遊び)

お金とか年収とかって、ゲームで言うところの点数やレベルみたいに思ってたけど

 そんないいものじゃない気がしてきた

・稼ぐというのはあくまで長期戦で、短期でバッと上がっても大したことがない

社会的信用度は、1000万のフリーランス<<<300万の正社員 という現実

給料が高いところ=成長できる場所 とは限らないので、高年収を保つには高いところに居続けてはいけないという矛盾が生じる

・そのおかげで「3年は同じ会社で頑張れ」とか言いつつ自分は1年で転職してる

・たぶんだけど、事業タイプの人は途中から金を使うより稼ぐほうが楽しくなってくるのではないだろうか

タックスヘブンはまだ興味が無い

・2500万以上稼いでる人が日本に15万人以上居るらしい。キモい

・1000万は、アメリカITエンジニアだと底辺クラスキモい

年収変動が大きすぎて、普通感覚が持てない

・億の遠さを感じる

・多いと言ってもせいぜい3人分くらい、無力感がある

・どこまでいつまで頑張ればいいのかいまいち分からない

年収というのは個人の頑張りや優秀さと別の要因が大きすぎてどうかと思う(特に最近

・BIって程度によっては有りなんじゃないかな、と思いつつ別にどうでもいい

ITエンジニアの一番美味しいところは、エンジニアでありながら様々なビジネスに関われるというコンサル的な面も含んでいる点だと思うが、

 これをきちんと活かしているエンジニアは3%も居ない

・「あー金ほしい」という口癖が言いづらくなった 最近はもっぱら「あー死にたい」とつぶやいている

納期が怖い

1月あたり手取り換算で70万くらいだと考えると、PCをホイホイ買うのは躊躇われる

年金を信じないとすると、月20万くらい貯金しないといけないと気づいて絶望する

・「人月は入れ替えてはいけない」は知ってたが、金と時間も入れ替えちゃいけないと気づいた。両方大事

年収の1/4を家賃に当てるなんて不安でできない→結果平均的な暮らしになる

 稼いでる人が貯めこむ理由が分かった気がする。重要なのは将来に対する不安の解消だ

・1000万目指すより600万で幸福を追求した方がいいと思う

しか仕事の虫になって、全力で成長していないと600万を保つのが厳しい

 仕事の虫になって全力で成長を目指すと600万など越してしまうが不幸になる

 バランスが難しい

金もらってもコンビニ弁当、他に選択肢がない

2chの有名トレーダーとかもカップ麺食ってるよね

・結局のところ、いい商品というもの規模の経済限界まで安くなるから、良いものは基本常識的な値段になる

・つまり金が増えても生活の質は大して上がらない(これは誰でも高品質享受できるわけで、良いことだと思う)

・でもライザップとかああいうのに少し興味が湧く(でも高すぎて引く)

お手伝いさんってどうなんだろうと検索したが、そもそも部屋が荒れ放題で任せられない

健康は金で買えないという言葉の重みを感じる

 まあ金無くても不健康なんだけど

・昔、「金額とか貯金を気にしなくても生きていけるくらいに稼ぎたい」と思ったが、まだそこまで至れていない

・ちびっ子とくだらない遊びがしたい

・世の中、貧乏暇有りと金持ち隙無ししか居ないなら、一体誰が幸せなのかと思う

あんハピ♪ 泣ける

2016-06-15

「他に仕事あるのかな?」と思ってしまう2サスレギュラー出演者

・林美穂 (「タクシードライバー推理日誌」シリーズ 西村あゆみ 役)



元人気子役。土曜ワイド長寿人気シリーズタクシードライバー推理日誌」で主人公夜明の娘、あゆみ役をかれこれ20年以上演じる。

就職が決まらバイト転々としている設定で、事件関係先でバイトしているところを夜明や知り合いの刑事と出くわして事件に首を突っ込んでくるのがお約束パターン

バイト転々としてるわりには先々で偉い人に妙に信頼されていることが多い。有能。

シリーズ物の2サスでは子役キャストの成長に合わせて役の設定も成長していくパターンがよくあるのでちょっとした親戚のおじさん気分が味わえるが

順調に成長していたのに留学に行って帰ってきたら別人になってた「法医学教室事件ファイル」の愛介みたいなこともある。無常

成人するくらいから時の流れがゆがむらしく、、初期は高校生だったあゆみは最新作では大学院卒業したもの就職が決まらないという設定。でも中の人はもう39歳。

しか結婚するのしないのウダウダやってる婚約者カップルが65歳と56歳な2サスの世界では些細なことである




高樹マリア (「温泉マル秘大作戦シリーズ 森田梢 役)



元人気AV女優ホテル旅館の再建コンサルタントが主役の「温泉マル秘大作戦シリーズ接客スペシャリストを演じる。

語学に堪能な設定で困ってる外国人客をさっそうと通訳するのがお約束パターン

AV女優という経歴だが特にお色気担当というわけではない。題名にたがわず毎回温泉のシーンはあるが入浴するのは女性陣ではなく村田雄浩なので注意。

でも最新作において部屋着で缶ビール片手に立て膝ついてくつろいでるシーンが年齢相応のリアル感があって何かエロかった。

ちなみにこのシリーズロケ協力してくれた実在旅館名が前面にプッシュされ、古き良き2サス特有の怒涛の観光案内が行われるので旅番組としてオススメである




藤田瞳子 (「浅見光彦シリーズ 吉田須美子 役)



金八の生徒。フジテレビ浅見光彦シリーズで浅見家のお手伝いさんの須美ちゃんを演じる。

TBS版の須美ちゃんは演者もわりところころ変わるし、ただのお手伝いさんって感じで印象薄いのに対し

フジ版の須美ちゃんは光彦坊ちゃまをひそかに慕ってる感が出てて、行く先々で光彦が女性と知り合うことに嫉妬してたりするのがかわいい

ただ美人なんだけど痩せすぎである。出るたびに痩せ細っていってるような気がしてちょっと怖い。

2016-03-11

保育園落ちた死ね保育園!!!

子供を入れたかった保育園に落とされたんだから、↑こう思うのが普通だよなあ。

それを変に、「日本システムがー!」とか「社会のありようがー!」とか大きな話にしてぎゃあぎゃあ騒ぐのがおかしいと思う。

要はこの人は、子供保育園に預けて働きたかったわけでしょ? でもその望みがかなえられなかったわけでしょ?

じゃあ保育園と戦えよ。

落とされた保育園ねじ込んで「子供を!ここに!預けて!私は!働き出したいと!思って!いたのに!人生計画が!台無しですわ!」とか毎日毎日怒鳴り続けていればいい。

いずれ、周囲の誰かが根負けか羞恥心に負けるかして、知り合いの保育園の枠を内密に確保してくれるとか、顔を真っ赤にした両親もしくは義両親が子供預かってくれるとか、あるいはお手伝いさん頼めるくらいのまとまったお金生前分与してくれたりすると思うから

もちろん、「ゴネれば要求は通るんだ」という悪しき前例を作り出す事になるけど、このお母さんも自分さえよければいいんだろうし、周囲も結局自分けがかわいいから、難を避ける為なら多少の自腹は切ってくれるし例外的対応もしてくれるよ。

さあ戦え、モンペ野郎。敵は保育園だ。

2015-12-12

Webディレクター不要論

正直言ってエンジニアデザイナーと客が直接話した方が話速いよね。

いや、まとめる人がいた方がいいっていうのはわかるんだよ。

でも引っかかるのがWebディレクターってデザイナーエンジニアも経てきてない人多いよね?

デザインもできないしコーディングもできない人多いよね?

それらを経てきて、かつまとめる立場に立てる人がまとめるなら全然違和感も感じないと思うんだけど。

なんか客の指示を右から左に渡して、専門的知見もないのにまとめる立場っておかしくないか?

他の業界でもそんなもんかね?あまり見たことない気がするけど

その場合ディレクター存在価値ってなんだ?

ただのお手伝いさん的な意味しかなくないか?

http://techlife.cookpad.com/entry/2015/12/12/130000

この記事みたいにプロジェクトをまとめるための様々な知識やスキルがあれば別だろうけどそんなやつほとんどいねーよ。

これからチャットツールとかで制作側と客が直接繋がるようになったり、

客側にWebプロジェクトの進め方をわかるような人が増えたら

マジで名ばかりディレクター存在価値ほとんどなくなるだろうね。

そういう危機感ディレクターは持っているのかね〜

2015-09-17

金持ちエリートお手伝いさん雇えるような男はそれなりにスペック高い女性を選ぶでしょ

男ってそれが男女逆になった途端、金持ち美女不細工底辺性悪男を選んで養ってもらえると本気で思ってるから不思議

あれかな

フィクション物は全て美女ジジイカップルばかりだからマジで勘違いしてのかな

2015-09-16

大御所女性漫画家を哀れんでいる

例えば大島弓子お手伝いさんに私が死んだら全財産あげるから猫の世話をしてください。と約束を取り付け安心して喜んでるのを見て、なんて孤独だと悲しくなった

萩尾望都は毒親持ちで苦労したのを、イグアナの娘残酷な神が支配するなど見事に作品昇華しているが、傷ついた子供から視線しか作品が書けないまま終わるのかなとか

雲の上の作家なのに、人生を完全に作品に捧げて孤独で気の毒にとあわれんでる

最近女流作家結婚して子供を産んでる人が多いので、なんか安心して見てられる

2015-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20150825150246

増田は、大切な人を他人に紹介するときに、(辞書的に考えて)妙な言い方になることはないか?


例えば知り合いに、なんでも喋れる親友を「腐れ縁でして(笑)もう呼び捨てっすよ(笑)」と紹介したとする。

そこで「親しき中にも礼儀あり!!腐れ縁なんて言っちゃいけません!!呼び捨てで呼んじゃだめ!!」なんて言われたら

「は?」て思うだろ。

人の呼び方字義通りにいちいち捉えて、運用するなんざ対外的マナーくらいなもんだ。

そんないちいち想像広げなくて良いんだよ。



専業主婦って、家政婦やお手伝いさん扱いすると物凄くキレるんだよ。

本来気を休める場所(家)で、色々我慢して盆暮れ正月も働いてくれてんだよ。給料も発生しないのに。

お母さん自身も「同等もしくはそれ以上の働き」だと秘かに思いながら、自分自分を褒めてやりながら毎日頑張ってんだよ。



それでも友達に「うちの旦那」とは言わず「主人」呼びを通すのは、対外的マナーもあるが主婦としてのプライドもあるんじゃないかなぁ。

謙虚(と感謝)を込めて「主人」として夫をキッチリ立てるってのがお母さんの、妻としてのプライドなんだよ多分。(対等な者同士でも謙虚さと感謝は成り立つだろ?)

増田はそれをズタズタにしちゃったんだよ。お母さん、手塩にかけて育てた子供に言われて相当傷ついたと思うぞ。

まぁ自分自分母親しか知らんし、増田のお母さんになったことがないから憶測しかないけどな。



とりあえず「ごめん」と言ったところで、お母さんの心には届かない。

普段、お母さんにありがとうって言ってるか? 

いつもありがとうって、一度本気で必死に伝えてみたら良い。謝罪はそこからだ。

2015-08-06

http://anond.hatelabo.jp/20150805182413

私の祖父母も二次被爆者です。

お墓は段原の方にあって、盆の時期は墓参りにいつも行くのですが

墓石の下には、当時中学生で学徒労働で働いていた先の工場被爆して

そのまま息を引き取ったという大叔父も眠っています



やはり、祖父母の口は割と固くて増田のようなエピソードも碌に聞くことはなかったのですが

それでも忘れなれない話がいくつもあります

先の大叔父お手伝いさんの大八車で大洲の別宅に運ばれた先で息を引き取ったときの状況

広島祇園に住んでいた祖母は当時学生でしたが、

爆風で校舎の窓ガラス割れしまったので座布団廊下に敷いて歩いた話、

避難者の母親背中からハサミで亡くなった赤ちゃんが皮膚に癒着していたので切り離した話……



そう聞くと、増田さんのように哀愁が入り混じった8/6になるのでしょうが

俗っぽい話もその陰で聞けたのが自分の幸いでしょうか。

大祖父が囲っていたお妾さんの家族ごと広島駅裏の家からいなくなったので

兄弟が多々いて一波乱あってもおかしくなかった財産相続がすんなりいったことだったり、

戦後の混乱をボンボンとして過ごした祖父は、そのまま学友として遊びたかったので

広島大学大学院復興するために生徒が欲しかった先生等と裏で手を組んで

家業を継ぐこともなく、まだ暫くは遊んでいた話とか……

(その学遊が仕事にやがて繋がったらしいですけど。。)



被爆した悲惨さを後世に伝えていくのはもちろんなのですが、

被爆後の世界を決して消えない心の傷を抱えながらも

逞しく生き抜いていった人たちのことも同様に語られるべきですよね。

それでは黙祷を。

2015-08-05

20年前に観た「となりのトトロ」のストーリーを何も見ずに思い出して書き出す

東京から田舎に引っ越す。引っ越し軽トラを使う。引越し先はボロ屋だった。二階の奥に黒いススがあって、どうも生きてるっぽい。なんとか一匹捕獲して父親に見てもらおうとするも、手の中でススになってしまっていた。

家を探検していると、キモい顔の老婆に遭遇する。どうやら、お手伝いさんのようである。今度は外を探検だ。おや、大きな木があるぞ。近づいてみよう。するとなんと、大きな穴があるではないか。中に入ってみよう。うわ、トンネルっぽくなっている。転げ落ちてしまう。落ちた先には、デカい猫がいて、名前を聞くとトトロという。

気づいたら夢を見ていた。疲れたのでドングリを植えることにする。ドングリを植えると疲れたので、寝ることにする。夢を見た。ドングリから芽が出て一気に成長し、家の周りを取り囲んで、滅茶苦茶に破壊するのだ。

起きると、ドングリの芽がほんの少し出ている。「夢だけど、夢じゃなかった」

学校に行く。帰る。途中で雨が降る。雨宿りしていると、カンタという同級生が「ん!」と傘をくれる。しかし、傘はなぜかトトロにとられてしまう。

そして日曜日病気のお母さんが隣町にいるので、会いに行こうとするが、道に迷ってしまう。そこに猫バス登場。でも結局お母さんには会えず。とりあえずトウモロコシを置いておくことにする。帰った後、お母さんが、トウモロコシに気づく。お見舞いに来た夫に言う。「今、そこでメイとサツキが笑った気がしたの」

歩こう、歩こう、私は元気。

2015-07-20

おばあちゃんが亡くなった

最愛のおばあちゃんがお昼頃亡くなった。


朝、妹にたたき起こされた。「おばあちゃんが救急車で運ばれたって!」母親から電話をとった妹も目を丸くしていて、なんだか現実味がなかった。


おばあちゃんは高血圧持ちで、3年前の夏もそれで倒れていた。そのときも体の衰えに「しぬしぬ…」とこぼしていたが、高血圧以外の異常はなく、薬を飲むことで持ち直していた。

今年の6月ぐらいからか、おばあちゃんは自己判断で高血圧の薬を飲むのをやめた。薬を飲むのをやめて、少し経ったごろから気温がばかみたいにぐんぐんあがった。

むしむしした空気はおばあちゃんからあっという間に覇気という覇気を奪った。おばあちゃんはまた「もうだめかもしれない」と口にするようになった。


わたしは、家族のだれよりもおばあちゃんにかわいがられていた。一人娘である母が少しやきもちを焼くほどである

おばあちゃんは少女時代ほとんどを戦争と共に過ごした。とはいいつつおばあちゃんの実家田舎お金持ちでだった。家にはお手伝いさんがいるような、当時にしては裕福な家庭だったと話してくれたのを覚えている。

子供の頃は足が速くて、トロフィーもいくつか持っているのよ、と嬉しそうにしていた。


おばあちゃんはお見合い結婚だった。成人したら家を出るのが普通だったのよ、と言っていた。

おばあちゃんは愉快な人で、少しわがままなところもあった。

おばあちゃんはすっとした切れ長の目の持ち主で顔は小さく、いわゆる美人の部類だ。そのためたくさんのお見合いの申し込みがあったそうだ。

その中からおじいちゃんを選んで結婚した。おじいちゃんはぱっちりとした二重まぶたを持ったハンサムなひとだ。

数ある中から気にいって選んだおじいちゃんも、結婚後に借金が発覚して、おばあちゃんは物心ついたときから私にその話をよくした。

お母さんがいうには、小さいこから二人は口げんかばかりだったという。それでも、わたしはおじいちゃんと口げんかをする元気なおばあちゃんだ大好きだった。


おばあちゃんの口癖は「借金のあるひと、田舎長男とは結婚しちゃだめよ」だった。

これは、さっきも話したおじいちゃんの借金の件と、母の結婚相手が北海道から出稼ぎに来ていた長男坊だったことに由来する。

お母さんは、高卒事務員として働いていた。その先輩社員が私のお父さんだった。お父さんはお母さんの8つ年上で、就職したばかりのお母さんとすぐに付き合い始めたのを快くは思っていなかったそうだ。

おばあちゃんは、私のお父さんのことを自分の息子としてそれなりにかわいがっていたし受け入れてはいたが、娘をたぶらかした男として、私だけに、内緒の話として、お父さんの悪口を教えてくれた。

わたしは、これがうれしかった。父親の悪口を受け入れる娘など、世間的には非常識かもしれないが、おばあちゃんとする秘密の共有がくすぐったくて仕方がなかった。

関東まれのお母さんはもちろん生まれ時代土地も違うお父さんの実家では苦労した。これがおばあちゃんがお父さんを少しいじわるな気持ちで見てしま理由だった。


おばあちゃんは少女漫画のような人で、フリルレースリボンが大好きなひとだった。会いに行く度に満面の笑みで向かい入れてくれて、家族で一番の私の理解者だった。

おばあちゃんは、お父さんとお母さんが妹に甘いことを知っていた。だから、わたしをその分飛び切り甘やかしているのだ、と言っていた。おばあちゃんのそういうところがだいすきだった。


おじいちゃんに「おばあちゃんが元気がないから、会いに来てくれ」と言われた。わたしはいくら元気がなくとも私に会えば元気になるだろう、と能天気にも高をくくっていた。

ところが、玄関を開けてくれたおばあちゃんの声はか細く、首筋には骨と血管が浮かんでいた。おばあちゃんは笑ってくれなかった。

わたしはなんとかおばあちゃんを元気づけようとした。なかなか彼氏ができないこと、就活がままならないこと、妹の高校の話、昔飼っていた柴犬の話、お母さんの話……。

おばあちゃんは少しだけ笑ってくれた。だぁら、きっと元気になるだろう、そう思っていた。またね、とあのとき確かに、言ったのに。おばあちゃん。


そのあともおばあちゃんの具合はすぐれなかった、いろんな病院に行った。胃カメラもしたし、レントゲンも撮ったし、脳もスキャンした。以上はどこにもなくて、高血圧気候所為だと、安心していた。

そのうち、実は目が見えないと訴えたので、眼科へ行くと白内障だったことが分かった。すぐに手術が決まって、目がゴロゴロする、と言いつつ手術は成功した。先週の木曜日のことだった。おばあちゃんは、まだまだ生きると思っていた。

でも、全然そんなことなかった。おばあちゃんは突然倒れて、突然死んでしまった。おばあちゃん、わたし、就職結婚子供もまだだよ、ねえ、おばあちゃん。


おばあちゃんは藤とか、スミレのような淡い紫色がよく似合う品のあるかわいいおばあちゃんだった。わたしは、こんなにかわいくて、すこしわがままで、でもなんだか許してしま女性を知らない。

世界で一番かわいいおばあちゃんが今日亡くなった。願うように、かみさまにすがるように叫んだ「またね」の約束はもう永遠に果たせない。

けれど、いつまでも悲しむことをおばあちゃんはよく思わないだろう。だから、わたしは世界で一番大好きなおばあちゃんへの愛のしるしとしてこの文章を残そう。



おばあちゃんの孫になれて、こんなに幸せなことはなかった。きっと、またどこかで会えると願っている。

おばあちゃん、このさきもずっとずっと大好きだよ。

2015-05-27

共働きは損?

妻が「賃金労働に参加」するとしても、誰かが家事労働をしなきゃいけない

じゃあ誰がやるか?

主婦でしょ!

または、お手伝いさんでしょ!

2015-01-03

元カノ自慢10コ 別れた理由10

元カノ自慢

美人

顔がとても美人

新宿ではキャッチはもちろん若い男の子たちにナンパされる。

六本木では外国人ナンパされる。

学園祭ではどさくさに紛れて写真撮られる。

道行く人が振り返る。

技術職なのに、コンパニオン的なことやらされる。



性格可愛い

女の子」って感じで可愛い

一緒にいると歌ったり踊ったりしてた。

キャピキャピしていて一緒にいて楽しかった。



③肌が白い

肌が白くて美肌。

外見は完ぺきだった。



技術

理系院卒であり、その道の難関資格も持っている。

これとは別に士業の専門資格も持っている。



勉強

勉強意欲がある。

専門分野はもちろん経済法律世界情勢・時事ネタにも強かった。



⑥俺が好きなものを好きになってくれる

好きな音楽映画を勧めると気に入ってくれた。

センスが良いと褒めてくれていて嬉しかった。



冗談に笑ってくれる

笑いのツボが合うというより、俺の冗談に笑ってくれる。

ウィットに富んだ冗談で好き」と褒めてくれていて嬉しかった。



社長令嬢

父親が社長お金持だった。

家にお手伝いさんがいた。

帰省すると10万円単位お小遣い貰っていた。



⑨「可愛い」と言ってくれる

俺のことを「可愛い」と言ってくれる。



⑩食に興味がある

唯一の共通の趣味だった。

星付きのお店に行ったり楽しかった。



別れた理由

①釣った魚に餌をやらない

付き合う前後で態度が異なった。

終始不機嫌な顔をしていた。

高級なプレゼントを渡したときだけ嬉しそうだった。



結婚観の違い

「男が好きな女を養う。女は自由に生きる」が元カノ結婚観であった。

「一緒に協力して生きていく」が俺の結婚観であった。

この違いに気がつかなかったため、元カノの行動が理解できずに苦しんだ。



家事をしない

同棲していたが全く家事をしなかった。

家事は妻の仕事ではなく、お手伝いさん仕事という認識だった。

「女なのに働いているかエライ」と思っているため反省感謝もなかった。



④金銭感覚の違い

俺は中の下の家庭だったので、ギャップが大きかった。



浪費癖があった

自己収入にあった金銭感覚を持っていなかった。

彼氏には父親と同様の経済力があるのが前提の生活だったので、すぐに共同生活破綻が来た。



⑥「お金を使っている状態」または「お金を稼いでいる状態」以外は無駄時間という認識だった。

家でまったりするとかは、受け入れられない人だった。

お金に対する執着心が尋常じゃなかった。



⑦酒癖が悪かった

酔っ払って数々の粗相をしていたが、反省していなかった。

お酒粗相ノーカウント」という考え方だった。

しかも、酒癖が悪いという認識はなかった。



⑧対等な関係でなかった

「私は○○しても良いけど、あなたダメ」な人だった。

特に異性との付き合い方で、とんでも理論が展開された。



元カレの話をしてくる

何回も元カレの話をしてきて嫌だった。

挙句の果てに「元カレ結婚たかった」と発言した。

耐えられなかった。



⑩話合いができない

ヒステリーを起して冷静な話し合いができなかった。

自分意見を強行して既成事実を作って、なし崩し的に目的を達成する手段を用いる人だった。



所感

でも相変わらず美人が好きだ。

ダメンズウォーカーって馬鹿にしてたけど、同じようなもんかな。

2014-10-06

大学中退で職歴無しで世間知らずの私が初めてアルバイトをしてみた話。

大学中退で職歴無しで世間知らずの私が初めてアルバイトをしてみた話。

・どれくらい世間知らずであるかについて(ここから読みとばし推奨)

小1までは呉に住んでた。近くに住んでた女の子毎日一緒に学校に行ってたと思う。

小2の時は大阪市引っ越し。転入生は私以外に2人いて一人は中国から来た女の子で、もう一人はアメリカから来た男の子

この女の子おんぶしてもらったりとかしてもらったことがあったけど周りの大阪の子は男女がおかしい!みたいな目をしてたと思うけど当時の私は、なにがおかしいのかなぁって感じていたと思う。

またこの男の子の方は私と一番仲良くなった人であったが、その後中学受験塾の公開テスト総合1位を連発してN中トップ合格している。

彼の存在小学生の私の中では比較する対象としてすごく存在感のあった存在であったと思う。

小3でも無駄大阪市内で転校した。当時も少子化が言われる中であったが3番目の小学校は1学年156人いた。

私は中学受験塾に通うようになって、塾で算数は1位で国語はビリをくりかえした。

その小学校から大阪星光に合格した人が8人いて(うち4人が進学)東大寺に3人が合格してて他は省略。公立小学校から3人以上が同じ私立中高一貫に行くのはうちの小学校だけかと思う(すごくどうでもいい話をした)

中学デビューとか無理だよって話にしようかと思ったけど元々中学受験で一緒だった人が大量にいるので関係なかった。

その後いろいろあって、中学で学年ビリで追い出されて高校受験して兵庫高校

兵庫高校で学年ビリのまま3年で追い出されて、1年間の空白の後に東京工業大学入ったけどそのまま学年ビリを6年続けてやっと中退した。

大学卒業して、いい環境で育ったんだねと思われるのだけは嫌だしそんなの耐えられないので、すごくめでたいと思っています

大学進学率は知識としては100%ではないことくらい知っていますが、自分の周りだけで言えば100%なので、大卒ではないという世界を全く知らない。

親は医師であり、親子関係は死んでいるが経済的な繋がりだけはあって、スーツ等も含め、私は未だに自分で服を買ったことがない。

私が初めてはてなダイアリーを見てたのは同世代情報オリンピックに出てた麻布の人とかの日記でした。

学歴が全く関係のないアルバイトとは一生無縁の人も世の中には存在するわけで、経済的環境だけで言えばそういう環境にいた。

でも、親ではなくてお手伝いさんとかに育てられる方がまだましだと思う。

親は子どもと全くコミュニケーションできていないのに、親はそう思ってない状態が一番子供を苦しめるのだ。

ずっと親を殺すか殺さないかの状態だった私の中学時代はなんだったのか。

理不尽な扱いを受け、涙まみれにしたチラシの裏紙は何枚生産しただろうか……。

たまたまさなかっただけなのに。東大寺の子は親を殺したけど、私はたまたまさなかったってだけの未来なのだマンションだし。

(読みとばしここまで)




仕事の選定~面接電話




私は親との会話が死んでいると思っているけど、親はそうは思っていないので、そういう。

会話は相手の認識を信用できないと成り立たないのだけど、一切認識が信用できない関係である認識が違うのがつらい。住んでる世界言語も違う

私であれば私に投資するのであれば小学生の時から呼吸つらいって体が言ってるので病院につれていくけど、

困ったことに中学生の時に私が殺したいと思ってた親は医者なのだ面白い

親がなんでそれで満足できるのか全く理解できないけど、親が満足なのであれば子供としては親の満足に従うように体ができてるというか。

私も小学生算数教えたいだとかは言ってはいるが、だいたい否定されるので(絶対やりたいわけでもないしそれ以上は言わない)

(また増田に何度か書いたものは親に送ったメールなのだけど、何が言いたいの?って反応しか得られないので信じられない)

自分が親だったら子供が考えてることを知りたいと思うのだけど、なんで全く興味がないの?信じられない。ただそれだけなのだけど。)

子供なんて親のおもちゃなんでしょ。大学卒業したらそれで満足だったんでしょ。私がずっと親を殺したいと思ってたことくらい知ってるでしょ?なんで親はまだ生きていられるの?)

よく新聞とかに入ってる求人情報から適当に選ぶ。別にどれでもいいよ。どれでもいいでしょ。

公共機関である日本郵便なら変なことはないだろう的な。

面接の予約のための電話をする。電話とても苦手。メールがいい




面接



学歴不問であったし、奴隷ロボットのように働きますという振る舞いをすれば落とす理由がないよね。

応募した時間帯は昼~夜であったが、深夜で間違いありませんか、と聞いてきたのでそこだけは否定した(ちゃんと否定できるかを見たかったのだと解釈している)

あとははいはいはいはいって言うだけだった。志望理由も、働く必要があるため、程度にした。そんなにアピールする必要もないであろう。

不採用にした方がお互いにとって幸せだったと思うし、採用は誰も幸せにならないようにも思うけど。

最後に軽いテストがあって、紙に数字がバラバラに印刷されていて、1から順番に○をつけていって制限時間以内にどれだけできるか、で著しく適性のない人を落とす理由にするためのものであると思うが、数字の数はそんなに多くなくて、順番無視して全部○をつけようかなとも思ったりはしたけど、全部○ついてたところで特に誰も幸せにならないのでふつうにやった。

(私から面接官の手元が見えないように机の上についたてがあったので、面接からも私の手元は見えない)




研修


業務上横領郵便法違反等の犯罪をしたら一生後悔しますよとかのビデオを長々と見させられたりする。

時間やってて4時間後にテストやって丸付け。問題文読めば○つけて下さいか×をつけて下さいってはじめから書いてあるようなやつ。

信書秘密は退社後もだけど「これひっかかったひといるでしょ」→ひっかかるとかいレベルじゃないと思うのだけど、なんで手を挙げている人が複数人いたのか全く理解したくない。

自分最前列に座りながらも寝不足でずっとあくび連発しててあまり後ろ覚えてないけど。

解釈はするもので、テストかい問題作成者とのコミュニケーションに慣れているか慣れていないかの環境の違いだと思うけども。





仕事を通して思ったこと。


まず所属ゆうパック。私個人に関して言えば使ったことがないのだけど、全国にある郵便局で30キロ以下の荷物が集められる。小さな郵便局で集まられたものは大きなところに集めて、そこで100通りくらいに区分して全国に配る。一番大きなハブ新東京郵便局新大阪郵便局で、全国に飛ばすのは100通りくらいあって、もちろん東京にも大阪にもその地域に配るものもあって。

まず従業員正社員20万人期間雇用社員20万人

人間犯罪を犯すかは確率で、人それぞれ固有の状態にある。その視点研修は行われる。

防げない人は防げないが、防げる可能性のある人は防ぐのが狙いなのである

私自身は研修は暇であるわけだが、会社が作り上げてきた儀式の意義は積極的に賛成である




誤送を防ぐためにいちいちハンコを押している。基本的に目に入る物すべてに対して、それまでの歴史は分かるのである

ただ私に関して言えばハンコ押すのは時間と体力の無駄使いである。

私は完璧主義者であり、完璧主義者というのはだいたいミスを極端に嫌がり慎重で丁寧にしか作業ができないので。




区分機にかけることができる荷物と区分機にかけられない荷物があったりする。

区分機によって分けられ、専用シュートにたまった荷物の場合シュートの中で荷物の軽い整理をして、

シュートからロールパレットに美しく積み込む人と別々の二人用意した方が早そう。



というか、人間があって方法論があるわけで、方法論があってから人間があるわけではないアレでして



センスのないであろう人間の集まり方法論だなぁとは思うのであるが、無駄が多いと言うか



何を効率的だと思うかが人によって違う。

もし自分分身したとしたらこうやるし、もし自分奴隷を雇うならこうやるし、というのがそれぞれの人の頭の中にあって。


忙しそうにすることが正義なのではない。無駄で美しくないことはしたくないのだ。


専用シュートからロールパレットに直接荷物を積み込めおじさんもいたけど、どんな種類の荷物が何個来るのかとかわかんないし、ロールパレットに積んでから美しく整理し直す方が美しくないでしょ。美しくない人間嫌い。


そしてこんなの人間のやる仕事じゃないのだ。将来的にロボットがすべてやるであろう。


なんでこんな仕事をわざわざしようと思ったのかそこにいる人たち全員に聞いて回ってやりたい



投げやりになったので後でまたもう一回書きなおそう。

2014-09-16

冬目景漫画暇つぶしに読んでいた。建物の一部に手を触れることで蘇る建物記憶に振り回される主人公の姿に、今逗留している祖母の家で何か見えるものはないのだろうかとふと気になった。

今いる祖母の家は古くて新しい。二十年前に今の場所に建てられた時、ふんだんに最新の家庭設備が取り込まれたそれは今も黴びた様子はない。地震で浮いたままの玄関の畳石、打ちっぱなしコンクリートに浮かぶ排水溝の汚れ、Nationalブランド自動給湯機、そういったものに目を瞑れば。

"リモコン"のボタンを押さなくても、立てば勝手に流してくれるトイレには子供ゆえの興奮がすごかったのを覚えている。二階にシャワー室なんてものもある。着替え室を出れば、電磁調理器の炊事場に冷蔵庫新築を案内するときに、友達をたくさん連れてきてもいいのよ、と笑った祖母の言葉は、あれからずっと叶えられてない。多分ほとんど利用されたこともないのだろう。浪人中、吹き抜けで蒸し暑くなった廊下を横切って風呂を利用する煩わしさから度々利用したシャワー室には、まだ当時購入したシャンプーがそのまま残っていた。棚に入っていたボディタオルの柄も同じ。無論、清潔な状態だが。今は週一でいらっしゃるお手伝いさんが、祖母一人ではカバーできない人の記憶を家に残すことで朽ちていくのをかろうじて防いでる。

その昔はその隣の日本家屋に住んでいた。マツダスタジアム建造に伴う都市区画整理更地になった今、その面影記憶している人たちはほんのわずしかいない。

いつまでも好きになれなかった、日本人形が置かれた寝室。餌をやった錦鯉と金魚。土間で繋がっていた隣のガソリンスタンドラジコンを突っ込んで、専務さんと呼んでいた親戚筋の叔父さんに怒られた後、コーラを奢ってもらった。裏庭に作った打ちっぱなしで練習する祖父をこっそり見ていた。お庭の松の木が立派だと、離れに住む芸術家の大祖母と話す母の姿。それぐらいしかない。ほとんどの記憶鬼籍に入った人たちが持って行った。二階立ての母屋と同じくらいの高さを誇った土倉は約七十年前のあの日、被曝した建物だという。祖父の弟が当時別荘だったあの場所に大八車で運び込まれて息を引き取ったそうだ。土倉に入ったことがあると母は言うが、全く覚えていない。外観ばかり記憶に残っていることを思うと中はつまらないものしかなかったのだろう。

更地を見つめていると、関東では見られない白と灰色を掛け合わせたような土の色に、対岸の同じ色をした公園で祖父と遊んだ記憶が蘇った。公園は未だにあるけれども、その問面にはあの頃にはなかったスタバが立っていた。区画整理で道が広がる前は古い木造建築の民家が道なりに犇いていた所だったから、 この家のリビングからよく見慣れたロゴが見慣れないモダン建築に輝いていることに気づいた時、唖然としてしまったのはたった二週間前のこと。よくよく見れば、黒い正方形建物は周りとよく調和している。私は記憶にある対岸の街とスタバを重ねて、そして今ある対岸の街とスタバを重ねたのだろう。かつては浮いていただろう風景も、街全体が若返った今、可笑しさを感じるのは変化を知らない異邦人だけなのだ

ちょうど雨が舞い込んだこともあって駐車場には満車の看板が立っていた。今二階のバルコニーで佇むお客さんらの視線の先に、八十年前に猿猴川を裸で泳ぐ祖父らの姿を被せると可笑しい気がしてきた。川の流れだけはいつまでも変わらない。

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