はてなキーワード: 冗句とは
私は、この4月から高3になる高校生だ。1989年生まれ。ゆとり世代ど真ん中である。尤も、ゆとり教育がそれ以前の教育とどのように異なり、またそもそもそれが何であるのかを正確に把握していない。ご存知の方がいたら教えてもらいたいぐらいだ。
結論から、始めよう。これからの文章は、一般論のように書かれるが、私の個人的な印象であり同世代の学生一般に適応できるものではないことをここで断っておく。
馬鹿だ。博識にして日本中の人が、知っている。どうして、それを知っているのかという疑問を拭えない(学力低下を肌身で感じる機会のある人間とはどのような人種なのだろう?)が、私もそれを実感する。私は、小中と国立の学校に通っていた。折に触れて、私の同級生達が如何に知識に欠け思考力を持たないかを実感してきた。子供というものは知識を、思考力を持たないものであり、それを得るために教育をうける。全くだ。さて、うろ覚えだが次のような話が聞いた事がある。
小学校の理科の授業でアリを観察させ、そのスケッチを描かせた。すると児童たちは、4本しか足のないアリや体が2つにわかれているアリ、大きな羽をもつアリ、さらにはリボンをつけ2足歩行するアリを描いた。
理科の授業がある時点で小学校3年生以上であることは確実だ。これはどういうことであろう?アリの体の構造に関する知識の欠如だろうか?否、スケッチという行為はつまり観察する技能に他ならない。始めて見るものを見ても正確なスケッチを行う能力が求められる。((頼むからここで「自分が小さい頃は、外で遊んでアリを観察していた」なんて間抜けなことを言わないでもらいたい。教育に全ての責任を押しつけた議論を行うつもりだし、また「誰もがやるべきこと」が行われていない以上それを補うのが教育の目的である。))何を見るのか、見るとはどういうことか、それを教えるのが最も基礎的で根本的なものであり、教育で最初に教えられるべきものなのだ。小学校に行き教育を初めてうける子供は、建前上何一つ知らない。何一つ知らない子供に、ものの見方を、考えるという技能を、算数という概念を、社会の存在を教えるのが本当の基礎教育であろう。さて、私はそれを受けた事がない。「のびのびと個性をのばす」教育の弊害だ。プールで溺れている生徒に「立ち泳ぎ上手だね」と言う教師の冗句に端的に表されている。
例えば、2chを見てもらおうか。あるいははてなブックマークのコメントでも良いだろう。「ゆとり世代」に対し半ば冗談で軽蔑し、見下すような発言が多く見られる。マスメディアは学力診断の結果を古いものと比べて、学力低下を嘆く。知識人は、ゆとり世代が社会の中核を担うようになると日本に未来はないという。多かれ少なかれ潜在的にゆとり世代は自身の受けた教育にコンプレックスを抱いている。
さて、教育とは受動的なものだ。ゆとり世代は好き好んでゆとり教育を受けたのではない。ゆとり世代は「大人達が勝手に決めた『ゆとり教育』を受けた自分たちは、それを理由に馬鹿にされ、また『ゆとり世代のせいで日本に未来はない』などと騒がれる」と認識している。自分たちは悪くないのに、あんな言われようだ。
失敗したゆとり教育は、ゆとり世代の破壊的な無能さで以て表現され、大騒ぎされる。頭が壊れたゆとりが日本の総レベルダウンを巻き起こしているらしい。さて、ゆとりにできる抵抗あるいは復讐とは何であろうか?