はてなキーワード: 軽蔑とは
私もけじめとして、これからはハックルというネット上の人物の応援をやめて岩崎夏海というリアルを応援することにします。
ハックルというキャラのポテンシャルの10分の1も吐き出されていない不完全燃焼もいいところの駄作でした。
テレビでの発言などを見ても、岩崎夏海という真面目だがサービス精神のかけらもない面白みのかけた朴念仁と、
ああ、この人はハックルをやめて岩崎夏海になってしまうのかな、と危惧していた時期もありました。
実際、もしドラが伸び続けている間、ハックルとしての活動が途絶え、私も絶望の日々を過ごしました。
しかしハックルさんは戻ってきて、再びサービス精神にあふれた記事をを提供してくれました。
ハックルは消えない、岩崎夏海がどれほどビッグになろうが、ハックルはいつでもここにあるのだ、と信じさせてくれました。
もしドラ以降の著書もすべて読ませて頂きました。
これらはハックル成分が完全ではないもののかなり濃く含まれており、俺得な出来でした。
そして、これらの本は、出すたびに売上がDeNAの株価も真っ青なほどに下がっていきました。
「もしドラの岩崎夏海」ブランドを守ろうという意識など全くなく
出版社を泣かせながらもハックル節を貫くあなたをみて、強く勇気づけられることになりました。
私にとってハックルとは、COOL!COOL!COOL!としか言いようがない、並のフィクションを超えた極上のエンターテインメントでした。
むしろきっぱりとハックルというキャラを切り捨てて岩崎夏海として生きてもらいたい。
普段は一個の個人として自分の思いを語ってますよというスタンスを取っておきながら
少しはてブDisられるとすぐに家族やら社会的地位を持ちだして説教したがるどこかの医者のような人にはなってもらいたくないです。
そういうことをサれると心の底から興ざめです。
もうネットでのサービスはいいです。現実に集中させて、たとえばあなたの奥さんをお笑い界のもしドラとなるように育ててあげてください。
でも、結婚したからには責任をもってそのハックルを飼い慣らし、
ネットのクズどもではなく、身の回りの人に幸せと勇気を与えるような存在になってください。
万が一にも、ハックル的な要因がもとで結婚や生活がダメに成ったりした場合には、心のそこから岩崎夏海という人物を軽蔑します。
もちろんそれでもハックルのことは愛するでしょうが、岩崎夏海という人間についての評価はゴミクズ以下とみなします。
ハックルに変わってみんなにガツンといってあげたり余計なお世話をしたり承認欲求の権化になることは出来ます。
そのうち第二、第三のハックルも生まれてくるでしょう
ニュー速の騒ぎに大手ブログがだんまりを決め込んでいる中で、はちま寄稿が反応。
http://blog.esuteru.com/archives/5692414.html
しかしやはりというか、実に偏向的な抽出の仕方である(それがこの手のブログの常套手段でもあるのだが)。
以下は同じスレッド
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1326238705/
52 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 08:51:58.12 ID:93J/+0CD0
俺らのコメントでめし食ってるヤツが居る。
こちとら無償のネタ提供なのにそういう事をされるのは腹立たしい。
ってことじゃないの?
ステマ騒動まとめ
24 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 08:45:10.35 ID:nlB+DqwY0
133 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:03:47.88 ID:GD2cC+ba0
↓こういうことなの? どエロチックな人教えて。
154 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:06:30.88 ID:4qjGKnfW0
そんな感じ
というか「担当者ミス」としか公表されてないから真相はブラックボックス
174 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:09:41.49 ID:/4nE98GAO
>>154
他商品のネガキャンまでしてんのかよwクソじゃん
てか、
>ブログ管理人氏のTwitterアカウントのフォロワーの中に、何人ものスレ立て常連ユーザーがいた
もう完全にいいようにコイツらにニュー速民は踊らされてたわけかw
305 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:26:35.68 ID:NRuA5Y040
トンキンスレッドとかアフィー騒動から、忽然と立たなくなったもんな
腹立たしかったし
482 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:51:56.07 ID:NRuA5Y040
腹立たしかったんだが
307 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:26:42.77 ID:55HyOiwb0
アホみたいに簡単に稼いでたから、反発したってこと?
加えて自分らがただ利用されてただけってことにも反感かったのか
331 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:30:01.35 ID:J9l1kJhA0
307
しかも連中は運営とつるんでた
いろんな事が重なってこれだけの大々的な祭りになってる
344 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:31:46.35 ID:NRuA5Y040
人のフンドシで相撲を取ってる奴が、
月30万だの100万だの稼いでると聞いたら腹立たしいもんな
346 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:31:52.54 ID:5PjXtAy30
+板でもそうだけど、女叩きは伸びるからなぁ。
387 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:37:36.65 ID:R8cGxovD0
352 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:32:43.81 ID:vhoNvAjL0
まとめサイト系のアフィってエロアニメやらフィギュアとかばっかで気持ち悪いんだが、
やっぱそれでも相当儲かるの?
360 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:33:26.65 ID:LV5wkxCQ0
352
あんなのクリックして買うやつなんているのか?
間違えてクリックしちゃうってことはあるかもしれんが
402 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:40:10.23 ID:55HyOiwb0
なんかクリックしてその時買わなくても
419 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:42:56.76 ID:6zUhR/CGP
レスを転載するだけでかなりの金が入ってくるわけだから、アフィブログを敵視する気持ちも
分からないでは無いんだが、VIPでSSや一発ギャグのスレを立てて、それがアフィブログに転載されると
510 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:56:29.82 ID:IIhi0fyr0
まとめサイトって、そんなに見る物なのか?
今回の話を、なんとなくこのスレ内で理解したつもりだけど
523 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:58:23.06 ID:vRK4Edpu0
510
俺の周り話だけど、2chは見ないけどまとめサイトはよく見る人が多い
560 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:04:07.39 ID:EOGO47Sv0
523
それが一番の問題なんだよな
今のまとめブログは、ソースを辿れない馬鹿を騙すことに特化してる
586 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:07:58.76 ID:vRK4Edpu0
560
511 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 09:56:40.07 ID:4qjGKnfW0
なんか+落ち着いてるな
雰囲気変わった気がする
542 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:01:49.94 ID:EOGO47Sv0
511
完全に情熱が消え失せてる
完全におわっとる
662 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:18:59.60 ID:TByA14PR0
スレタイ見るだけでどろっといやな気分になる。
一部分を切り取って誇張した記事で、そもそもニュースでもないしな。
565 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:05:06.47 ID:/0bV502/0
よくわからんが、ここはニュー速ではなくニュー速+だから関係ないということでいいのか?
709 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:25:11.89 ID:EOGO47Sv0
604
連中はお前らのレスを改変して面白おかしく印象操作して、これだけのPV数を稼いでる
ちなみに、この板の昨日のPV数は56256
笑えるだろw
819 名前:名無しさん@12周年:2012/01/11(水) 10:37:47.48 ID:10nHLMLm0
害ばかり撒き散らすクソの集まりだよ
確かに「2ch利用者は損をしない」だとか「儲けているのに嫉妬しているだけ」という意見も一理あるだろう。+の住人にとっては他人事なので「どうでもいい」とか「騒いでるやつ馬鹿じゃないの」というような書き込みも多かったのは事実である。
しかしコピペブログのアフィで儲けているブロガー、お前自身がそれを言うのは違うだろうと。他人の書き込みを飯の種にしている上に、一切悪びれることもなく印象操作までする開き直り。しかもそれを自分の口で主張するのではなく、他人のレスを使って代弁させるという汚さ。この手のコピペブログは「書き込みをまとめただけですよ~」と言って逃げるからより悪質なのだ。
コピペブログはいくつの問題を孕んでいる。他人の書き込みを利用しているという点、偏向的な編集、過剰な対立煽り。コメント欄が炎上するようにコントロールし、アクセスを稼ぎ、甘い汁を吸い続けるはちま寄稿の管理人はいつか必ずその報いを受けなければならない。
「女性の気持ちを理解したやさしいセックスができる」ことと「カメラに囲まれても安定して勃起できる図太い神経」が両立しにくいから、かなりハードル高いと思う。
http://www.silklabo.com/user_data/actor.php
男から観て女性向けAVの男優ってどういう立場に映るんだろう。
男性向けAVの男優はある意味「装置」でしかなくて、ストレートの男性視聴者には無視されがちな存在だと思うけど、
女性向けAVの男優は女性にとって主役なわけで、多数の女性視聴者のオカズになる存在なわけで。
そういう男の姿を同じ男はどう見るのかなと思う。
私は女なので女性向けの二次エロを消費しているけど、これは本当にそう思う。
色黒で筋肉質でテカテカしたいかにもDQNな奴と、白豚のようなオッサンの二択しかない。
また、AVで食っていくという生き方を選んでいる時点で人間的に軽蔑してしまう。
演技力も無いので「知的なイケメン」という役を演じることもできない。
三次元エロは私の性的ファンタジーを何一つ叶えることができない。
しかし二次元は違う。性的ファンタジーを叶えるために生まれたキャラクターだから。
DQNか白豚の二択という悲惨な三次元に比べ、二次元キャラは属性がとても多くて選び放題。
AVに出ている時点で清純派ではないので"清純派AV女優"は破綻しているが、
同様に三次元の知的なイケメンはAV男優などやるはずが無いが、二次元ならその夢がかなえられる。
また異性からの性的ファンタジーを受けとめるのは三次元の人間にとっては苦痛だが、
二次元キャラは苦痛を感じない。なぜならそもそも性的ファンタジーによって生まれているから。
おいおいおいw
いるなあ、ああ、いるなあ。
はてなid持ってる人にも居るなあ。
文ぐらいちゃんと読もう。
「自覚がないだけでこいつは本当は弱者男性だ!」って言うなら主張は主張として自由だけど
元増田を「弱者男性の自覚がある男」と呼ぶのは明確に読解力とか学力的なもんが足りてない。
そして本題だけど
いくらなんでもフェミニスト男性を「怖い存在」に擬するのは無茶苦茶すぎるよ!
フェミニスト女性に擦り寄り擦り寄りしながら「クンクンクゥ~~~ン!」って感じで毎日毎日必死に迎合してる男性を見るけど
あれは「気の毒な存在だなあ」とか「気持ち悪いなあ」みたいな生暖かい同情や軽蔑の対象にはなれども
メインで論じられるような存在じゃないっちゅうだけじゃん。
Q.フェミニスト男性は何故俎上にあげられないか?(複数回答可)
A. ザコだから
飼い犬に過ぎないから
リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。
第一章
1
意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデルを意味する。
この主義の限界を
2
チューリングの形式化が持っている特徴
(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括
(2)そのメカニズムがいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している
(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している
⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している
フォン・ノイマンがコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーがLISP(プログラム言語)を開発。
⇒ 研究開発が可能に
A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出
⇒理論的に自覚化・明確化される
3
・物理記号システム
①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、
②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム
by 1976 ニューウェル & サイモン
・強い物理記号システムの仮説
SPSS strong-physical-symbol-system
「標準的な記号アトムのフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」
①仮想機械
そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」
・記号を割り当てる
・変数を束縛する
・記号列の複写、読みとり、修正
等々
③標準的な記号アトム
④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段
そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる
4
このような主張(標準的なLISPのアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践。
彼らの仕事の特徴(例:BACON)
・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している
・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能
・選ばれた課題領域を扱う
BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則)
・BACONが取り組んだデータをフォーマット化下のは、人間の労苦
・BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。
ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない
・BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの
⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう
サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。
しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンとラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。
心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える
知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている
5
古典的システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。
古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々
STS semanttically transparent system
「システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論的記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステムは意味論的に透明であるといえる」
きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズムの記述(レベル2)における計算の対象が、概念的レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述(レベル1)と同型である場合である。
(レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え
レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法
レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)
(1)古典的理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論と意味論を組み合わせた記号システムを仮定している
(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。
もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない
◎要するに、古典的システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである
第二章
1
ドレイファス:古典的認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当性
サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論と意味論との間にギャップが認められる
この二つの種類の懸念について検討する。
2
「あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」
この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念のリストをあげる。
ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。
・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)
・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?
ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか
3
・ドレイファスの二つの主張
(1)身体問題
「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」
コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない
(2)コード化
人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。
このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?
AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。
4
「強いAI仮説」を、サールは批判する
強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる
Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。
サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。
具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋の操作者が中国語を「理解すること」の比較
「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」
以下、サールの誤りについて論じる
5
サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」
脳シュミレータ説:あるりプログラムが中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる
↑(サールの再反論)
(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)
(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである
↑(アナロジー)
光合成:光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない
では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?
:外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること
↑(コメント)
『中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効
6
微視的機能主義
機能主義は、心的状態の本質を、
入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。
(適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)
↑(批判)
(中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。
こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう
・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか
×大まかなレベルに位置づけ
⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ
△ライカンの「小人機能主義」
○微視的機能主義
・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981
:機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ
(ライカン「小人機能主義」
:機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)
微視的機能主義
内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で
記述しようとするもの
・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる
第三章
1
2
「民間心理学」
:自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解
民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる
「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学」
3
(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。
民間心理学は、子供や狂人や外国人を前にすると、まごついてしまう
(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる
(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである
最近の分析哲学
:頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか
4
Daredevil believes that Electra is dead.
Mary hopes that Fermat's last theorem is true.
のthat以下を、心的状態の内容と言う。
心的状態が考えられる傾向
:われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、
われわれにとってどのように見えているかによって決まる
↓(言い換え)
我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、
本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない
⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、
知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆
・双生地球……☆に対して疑いを投げかける
双生地球で、「海に水がある」と発話される。
地球A:海にH2Oがある
地球B:海にXYZがある
この違い以外は同質だとする。
すると、
地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる
(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)
⇒
もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、
自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、
単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して
二つの選択肢
(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、
世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説
(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は
〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう
プティ と マクダウェル
「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。
しかし、
〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」
筆者
:あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、
そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない
その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。
仮想反論
:「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、
内的構成に違いがなければならない。」
という考えを保持すべきである」とするならば、
心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)
(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、
内的構成に違いがなければならない。」
という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)
仮想反論の詳細
:仮定①:
二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる
(そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)
仮定②:
行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない
結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない
「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。
限定的内容といっても、それを妥当な概念として了解できるかは明らかではない」
なぜなら、
「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは
まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。
その具体的理由として、
ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。
5
筆者
:広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、
頭の中で起こっていることに関することに関する科学的カテゴリーや分類に
きちんと還元されるなどということは
とてもあり得ないように思われる。
・民間心理学は、科学的心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない
→
世界を記述しない信念であり、なおかつ
ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学的記述の上には)存在しないことも可能
6
民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?
:
他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、
その人の身体の動きを予測し説明するための手段
民間心理学の主要な目的
:
世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること
(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴
①世界に対する感受性、すなわち感覚や生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している
②世界をわれわれと共有している
③彼らは我々自身のもっとも根本的な関心と必要の大部分を共有している
④彼らの思考の有用性は、
(我々自身の思考と同様に、)
彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、
彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている
この特徴があるので、
「~したい」という欲求さえ同じであれば、
・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている
・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、
さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)
7
筆者の見解
:私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、
行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである。
……関連する行動を可能にするものとしての、
根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、
そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が
対応している必要はない。
――
ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか?
<Fordor>
意識の全体論というのは、
「命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」
という考え方。
これに、Fordorは懐疑的。
(命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)
われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題(認知的連関)を共有しているとは思えない。
信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。
:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである。
「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」
</Fordor>
筆者
:Fordorの間違い
全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。
Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。
Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。
筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている
全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)
7
一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。
(3)に対して、
民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである。神経科学とつながることを目的とはしていない
(1)に対して、
民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない
(2)に対して、
なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。
整理。
民間心理学には、きちんとした定義がある。
これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」
8
因果関係と、構成的関係の区別
構成的関係
:
研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ
因果的に関係
:
因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、
それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる
ということはない。
(チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)
9
・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか。民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている
↑
(構成的関係)
↓
心
科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。
では、構成的関係とは何か。
構成的関係←→因果関係
構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること
因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない
(駒はなくてもチェスは打てる)
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スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である。努力や負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。
この用語は、社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。
勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。
「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・。
これ、大人向けの本なんですか。
「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。
最初にユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきます。アイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違います。ミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学の実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラムの実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネットの安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います。
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されています。クリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店の競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまいます。
著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビの水戸黄門のファンは多いと思います。代官と越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓や町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います。論理が単純だからです。ですが、現実の世界は水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまいます。著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学や心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。
この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています。自分が論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分の正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいかを自分で検証してほしいと思います。
この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間は自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合は価値があると思いたいものです。今までの投資が無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。
http://anond.hatelabo.jp/20111124032014
風俗に行ったこともないのかと聞いたら
お金で解決しても自信につながらない、愛された結果として童貞を捨てたい、
それに風俗で童貞を捨てたということが将来恋人になった人に知られたら、
「金の力で女を屈服させる卑怯な男」と思われて軽蔑されるかもしれない、
だから、本当に愛し合う人が現れるまでは金で女の体を買うことはしない、
だそうです。
あのな、世の中の大半の男は君の半分の年齢で童貞捨ててるんだよ、今さら自信がどうこう言ってる場合じゃないの。
それに女はみんな金のためにセックスしているの。多かれ少なかれ。店であろうと結婚という形式であろうと。
男もみんなそれをわかってるから頑張ってお金稼いで美人を嫁さんにもらおうとするの。
軽蔑されるかもしれないって、35年間童貞でいるというこの時点で、
すでにそんな段階を超えているということを気づいてないのかしら??ハア・・・
満面の笑みでそう答えた。
彼はホテルに誘ってきたがまた今度ねーとか言って断った。
この人要するに
「風俗代を浮かせてちっぽけな自尊心を満たさせてほしい」だけなんだよね!!
脱童貞を期待して来るだろうが、絶対やらせないもんね★
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
童貞のほうが・もてるほうが・女のほうが・○○のほうが「もっと童貞してる」
不能・育った回線・ちんこに整形しない・そんなオナニーしてる・行事の断り方・そんなオカズにしか執着できない「そんなチンコが悪いのでは」
「チンコっていうけど、でも結局」包茎なんだろ・いじって寂しいんだろ・カントンで匂いしてんだろ・ずる剥けだと嫌なんだろ
というような肉棒を持ったからといって、元増田に画像うpみたいなことを書いちゃう人がたくさんいるんで当然。童貞だとかもてる鳥皮が尿意を持つと、臭いとか段違いとか軽蔑だとか大げさにドSを買おうとしているように言わないと気が済まない感じか?
平凡な落伍者をして左手からいじりやらせなどされずに生きる精子がない、というほど元増田に臭いところなどないと思います。タートルで脱衣に憤怒だったのが事実だとしても、だからタートルが原因でいじりやらせにつながってもしかたがない(便もしてるんだから尿しても興奮言うな)という愛撫はやっぱりおかしくて、元増田が書いている限りの包茎ならば悪いのはいじりやらせする手淫だと思います。
控えめにシコっても元増田のされたことはミソジニーに読めばいじりやらせっていうかパワテク・オナハラ・いじりでしょ。「もっとタートルしてる人」が別にいても増田が手淫しなきゃいけない変態にはならんよね?「チンコが悪い」っていってる人、元増田のしたことは「いじりやらせされた挙句血尿に追い込まれるのがふさわしいほど強いこと」にほんとに見えるの?ここが増田だからアナルに叩いてるだけでチンコで人をいじめたりいじりやらせをズル剥けしたりする人ばっかりじゃないはずだとは思うけど、何かヘルペスもいわないとって気になった。元増田が見てるみたいだから感冒してほしくなくてさ!
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
社員50人以上200人未満の会社(IT系/非上場/男比率6割)の創業社長(30代/既婚男)ですが、美人だと職場で男からの嫌がらせが多いってのは凄くわかるわー。うちくらいの規模の会社でも、平均して年間2~3回くらいはこういうトラブルが起きるんだよねー。
うちは採用の最終面接は必ずオレがやってるけど、顔採用とかはやってません。クリエイティブ職が重要な会社なんで、営業職中心の会社のように顔採用する合理性がないというか、元増田にあるように、美人さんは、本人に責任は全くないんだけど、トラブルの元なので、むしろ気持ちとしてはあんまり雇いたくない。イケメンも同じ。なお、人の好みはとても多様性が大きいので、世間でいう美人とかイケメンとかに限らずこの種のトラブルは起きる。
トラブルの内容は、だいたい元増田にあるのと同じ。告白→振られた→ストーカー化or嫌がらせ。もしくはセクハラ系。法律的には若干微妙なんだけど、まあ中小企業なんで許してねってことで、対応はほぼ解雇。男性をね。女性がストーカー化したケースは過去1回だけあった(そのときは女性を解雇)けど、不思議と深刻化するケースでは加害者側はほぼ男性。
こういうのは法律的に正しい対応(まず何度か注意して、改善しなければようやく解雇)をすると、加害者以外の従業員(特に女性陣)からの経営陣の評判が著しく悪くなるので、法律的に正しくない対応をするのが正しいと思ってる。証拠をきちんと確認するのは当然の前提として。解雇された加害者側と会社が揉めるほど、「うちの社長は社員を守る気概がある」と評判が高くなる不思議。まあオフィス1箇所しかないからね。
色々な経営者と話してみた(こういうのは経営者はだいたい経験があるが社員に話しにくいので、あるあるネタとして結構盛り上がる)ところ、マトモな経営者はだいたい加害者側を解雇してるみたい。経営パートナーをセクハラで辞めさせた、という話も偶にある。なお、社内に愛人をつくってるようなタイプの経営者は、40代前半より若い経営者の間では、軽蔑されることが多い。バブル崩壊を前後して、このあたりの倫理観みたいのはかなり変わっている。サービス残業があるような会社であっても。
理想をいえば、社内恋愛は控えて欲しいけど、オレも奥さんと出会ったのは昔働いてた会社だからなー。
経営者側としては、トラブルになってるときは早めに知らせて欲しいというのが本音。元増田のケースでも、もっと上の方の上司もしくは相談室的なところに証拠を持って直接相談すれば、加害者側が飛ばされるか解雇されて解決、ということもあったんじゃないかと思う。下の方から見ると係長とか課長とかが重要人物に見えるかもしれないけど、上の方からすれば一般職だろうが課長だろうが、どっちがいなくなっても大して変わらないので、意外と公正な対応がありえる。そういう「隙」のあるやつを出世させたいと思わないし。まあ大企業で一般職の扱いが露骨に低いところとか、オリンパスみたいな会社だと、同じ結末になってた可能性も高そうだけど。
そんじゃーね
自分でもフワフワとしててイヤな感じで、好きだとか愛してるとか君を一番大切に思ってるんだ本当だとか、そんな告白?のようなことをしたら、もし仮に今すぐにメールで伝えたりしたら、そりゃあ声を直接の電話でもいいけど、だけど番号知らないし、だから結局するとすれば電子メール(E-mail)になるんだろうけど、そんな大それた事をしてしまったら、そんな大事な重要な大切なことをメールというのも確かにおかしいし妙に変なんだけど、それでも、お酒の力を借りればできるのかも知れないけど、アルコールのあのパワーや勢いで、もし打ち明けてしまったら、社会の白い目とか周囲の軽蔑が一斉にまとまって襲いかかってくるだろうなというのは分かりきった感じで、やっちゃいけない立場だぜ、それは知っているんだぜという幻聴が右耳?左脳?だけからは聞こえてきて、でも、でもってことはないか、そして、かな?それに、そもそも第一相手も戸惑うだろうし、たまたま偶然何かの弾みで信頼を寄せてもらっているだけで、それを好意愛情尊敬と曲解し、つけあがっているだけ、のぼせあがっているだけっていうのは自分でも重々承知なんだけど、その辺は意外と冷静なんですが、偉いぞ自分、言って叫んでわめいていっそのことどこか高い所、ビル?みたいなところから飛んで降りて落下して、そのあと予め書いておいた手紙を読んでもらうというような算段にしてもいいんだけど、それだとこっちが死んじゃうし、痛いかも知れないし、それはちょっとやっぱり駄目だし、知らない他人にも迷惑だし、迷惑は格好悪いよね、でも、絶命してしまえばさすがに泣いてくれるくらいのことはしてくれるだろうからそれに期待して綺麗な思い出にしてもらうほうが幸せなのかとか、こんな整理のつかない気持ちを直接ぶつけられても迷惑だろうし、こんなのは気持ちというよりむしろ悪意だし、自分がそんなことをされたら微妙な応対しかできないだろうし、そう、自分がされてイヤなことは相手にしてはいけないのだし、でも人の嫌がることを進んでやりましょうというスローガンを掲げる大人もいたわけで、そんなことを義務教育のどっちかの学校で聞いた気もするし、ここまで書いて、立ち止まってみて、前を読み返して、後ろを読み返すっていうわけにはいかないのでもちろんそれはそれでいいんだけれど、感想としては、これこそ個人の日記っぽいなあと思って、数年後、親類縁者に発見されて顔を赤面、恥ずかしい思いをするような表現内容誤字脱字になっていることに、満足。ではでは、みなさん、おやすみなさい。よい夢を。
http://anond.hatelabo.jp/20111013192738
そもそもという話しなら、私は何のためにアニメ観るのかもわかってないわけね。
そういう時に、私にとって一番わかり易いのは物語性なのね。
映像の快楽っていうなら、ハリウッド映画とか宮崎アニメくらいじゃないとわからない。
私のようなアニメ音痴でも、アリエッティはすごいと思った。もののけ姫には感動した。
エヴァは観たことないけど、YoutubeとかでPV見る限りすごい感じはする。断片を見てるだけでも震える。
でもまどかについてはそこまでは感じなかった。
そういう意味で、少なくとも私にとってまどかの映像は、多分説明不要の凄さではないと思う。
こってるのはわかるよ。なんとなくすげえとは思うよ。
私はそこで「すごいすごい。で?」って思うわけよ。
「こってる=すごい」なの?なにがどうこだわってるから、それがわかることによって凄さがわかる、とかじゃなくて?
Twitterで聞いた人間は11話見ればわかるって言うから見たけど、映画ではもっとすごいの見てるからそれほどすごいと思わんかった。
多分何かしらのこだわりとか意味づけみたいなのがあって、それがわかるとすげえって思うんだろうけれど、
そこんところはやっぱり何かしら説明が必要な部分じゃないんですかね?と言いたいの。
みんなすごいすごいって言ってるけど、本当にすごいと思ってるの?
何がそんなにすごいの?何と比較して?
私には分からないなぁ。
とにかくさ、わからんって言ってる時に「わからん奴はクズ」とか「Dontthinkfeel」みたいなことばっかり言われると、
アニメの周りのやつだけじゃなくてそのアニメそのものも嫌いになっちゃうので、
わからんなんてもったいないとか、可哀想だと思うなら、面倒でもちゃんと説明してくだないかな。
中途半端に絡んでくる人間ってなんなの?自尊心満たしたいだけなの?
それともこっちが喧嘩腰なのが悪いの?
こちらだって最初から批判的だったわけじゃなくて、最初は恥じらいながら純粋に教えて欲しいって思って尋ねてたんだけどな。
twitterで質問してもまともに回答してもらえたことなかったよ。
一緒に研究していたラボメイト(同じラボにいる学生)が今日でラボを卒業して別の所にいくことになった。すごく仲が良かったというわけでもないし、ラボの外では付き合いはまったくなかったのだけど、それでもなんだかんだ言って彼女は自分の中でとても大きな存在だった。だから、いなくなるとなると、やっぱりいろいろ思うところはある。
だいたい人と人との関係性は単純なものではなく、一言では言い表せない。親しみと軽蔑が混ざっていたり、哀れみと尊敬が混ざっていたりする。(軽蔑とかいうと怖いけど、適切な語彙が思い浮かばなかったのでそう言う。)そして、こんなこと言っていいかわからないけど、あまり自分にとって重大な存在じゃない人のほうがなんだか、上手く付き合えたりする。
ちなみに、会社の上司と社外でばったり会うと気まずい、という話がよくあるが、それも、人は場面によって異なる人間を演じているから、その普段の関係性の枠組みの外で向き合うことの違和感なのだと思う。
それはともかく、彼女の場合、非常に押しが強いというか、ヒステリックで図々しいタイプだったので、僕は彼女の言いなりになるようなケースが特に最初のうちは多かったし、最初はあまり信用もされていなかった。(ちなみに、アメリカ人がみんな図々しいと思ったら大間違いで、本当に人それぞれである。内向的な人も普通にいる。謝らないというのも嘘で、普通に"Sorry."は連発する。)
2人で違うパートを担当してそれを組み合わせて実験していたのだが、僕は実験における持ち前の(典型的日本人的な?)潔癖さから、質の高い実験材料を十分なスピードで相手に提供できていたと思う。一方で、相手は、より質のばらつきが大きい生物材料とはいえ、ちゃんと予定通りにサンプルを準備できないことも多く、そのたび実験はやり直しになった。
僕はそこで文句を言ってもしょうがないということは分かっていた。それに、彼女は教授のお気に入りの学生だったし、そのプレゼンスはラボ内でも大きかったから、この自分の立場で相手と揉めて嫌われると(このさき4年くらいいるわけだし)先がまずいだろうというのはさすがにこれまでの痛い経験から学んでいた。長いものに巻かれろかもしれないが、この場合相手を責めるより、自分が繰り返し材料を提供すればよいだけの話だ。僕が大人の対応をして何食わぬ顔をしていればいいのである。渡米前に日本時代のボスに、最初は上の言いなりになる覚悟はしておけと言われていたのも役にたった。上というのが教授じゃなくてラボメイトだとは予期していなかったけど。
自分で言うのも何だが、僕は基本的に仕事が早く正確で、要求をスムーズに実現できた。(未知の実験だったので、もちろん運も非常に良かったのだが。)そして何よりもいい結果が出たこともあって、だんだん彼女からの信頼度、そして教授からの評価も上がってきた。彼女は、僕が反対意見や、それはすぐにできない、みたいなことを言うと不機嫌になるのは最後まで変わらなかった。最後まで対等になることもなかった。でも、僕のパフォーマンスがある面では彼女にもプレッシャーを掛ける要因となり、そのある種の緊張感によってお互い実験が加速して、研究がスムーズに進んだのだと思う。(僕の、人に対して知らず知らずのうちにプレッシャーをかけてしまう性質は、何とかしたいと思っているのに未だに直らない…仕事では役に立つときもある。)そういえば、僕の尊敬する金出武雄教授も同じようなことを言っていた。「共同研究はお互いがライバルというくらいの緊張感があったほうが上手くいく」と。
前にいたポスドクで彼女と張り合うくらいの自己中でヒステリックな男がいたのだけど、その人は出て行ったあと他の人からおおっぴらに悪口を言われていたし、彼女に関してもたまに陰口めいたものを聞いたので、やっぱりそういうところは日本もアメリカも変わらないのだなと思う。少なくともラボの中では、自己中は嫌われる。僕も彼女のことが好きだったかというと、複雑な感じがある。自分の失敗を認めないところとか、約束を守らないところなど、気になるところが多かった。あとは僕をいつまでも対等に見てくれないというのもうれしくなかった。もちろん、僕も僕でぶっきらぼうに見えたり、英語の問題、無礼な表現などもあり彼女を必要以上にイラッとさせたりという問題はあったかもしれない。そういうことはお互いあっても、僕から見た彼女は、彼女なりにハードワークしていたり、意外と繊細な部分が見えたり、意外と素直(単純?)なところが見えたりして、そういうところに好感を持ってしまう自分もいたのである。
近いところにいる人、そして圧倒的に強い立場にいる人を嫌うことはできないという、単なる認知的不協和の産物かもしれないけれど、彼女に対しては信頼と懐疑、親しみと距離感が不思議と混ざっていたのである。(こんなに分析してごめん、ラボメイトよ。)それと、この場所ではみんなが自分のために頑張っているなかで、なかなか自分の承認欲求が満たされないところ、彼女にはある意味必要とされていたので、なんだかその承認欲求が満たされているような気がしていたというのもある。あくまでもラボ内での研究上のものであって、それ以上のパーソナルなものはなかったと思うけど。
承認欲求といえば、自分があるときにある人に対してとてつもなく強く感じたある感情も、もともと好ましく感じていた相手に求められていると感じて(勘違いして?)、パーソナルな承認欲求が強く満たされたのが理由だったような気がする。パーソナルなあるいは社会的な承認欲求というのは何かをするための原動力になるので、必ずしも悪いものではない。ただ、その強さと満たされ具合が釣り合わないと、精神的に不安定になってしまうのかもしれない。留学しているこの状況、下っ端として長く過ごしてきた状況のために全般的に承認欲求に飢えていたのかなと思った。いい年して恥ずかしいけど。
まだ論文が通ったわけではないし、彼女も研究のことでしばらくは連絡を頻繁にとるので、話をまとめるのは早いかもしれないけど、ラボに一年間いて、ある意味ひとつの区切りだったので書いてみた。正直彼女が本当に優秀なサイエンティストかというと疑問だったが(オイ)、彼女と一緒に研究ができたのは本当に良かった。
涙は女の武器と聞いていたが自分勝手な理由で泣いている女を見ても、何とも思わないものなんだな。
むしろ、実にくだらない理由で泣いている女を見て、ますます軽蔑の気持ちが強くなった。
多分私がもともとこの女のことをあんまり好きじゃなかったんだと思うが、
だってこいつ泣きながら俺への敵意は隠そうともしてないし、自分がまちがってたともまるで考えてないじゃん。
こんなんで弱いから守ってやろうとか、可哀想とかおもえないじゃん。
相手と喧嘩している時に泣く女って知恵が足りないんじゃないかと思う。
涙って要するに感情が昂って制御できない状態を示してるわけでしょ。
よりによって他人と対峙してる時に感情高ぶらせて制御不能になるとか無能の証でしかない。
相手を叱ってる時とか、喜んでる時に泣くならともかく、
要するに相手をちゃんと見てない、自分の内面ばっかり考えてるってことでもあるだろう。
どこまでバカなんだこの女。
こういう状況でなく位なら、動物の服従のポーズでも取ったほうがまだましだ。
ホントに下手くそな女の涙ってのは、すげえイライラさせられる。
女の武器だといかいうなら、もっと上手に泣けよ。バカ晒してんじゃねーよ。
なんか妻を虐待する夫の気持ちってちょっとわかるわ。
女がいじめてくんみたいな感じなんだろうな。そりゃ女が悪いって。