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はてなキーワード: チャレンジドとは

2019-11-22

anond:20191122130537

チャレンジドやぞ

なんでチャレンジさせられてるん?前世で悪いことしたの?ってここで煽られたけどな

2019-09-18

返信の文面を見てて、「?」ってなって文章意味がよく分からなかったんだけど、

障害者を表す言葉の一つに「チャレンジド」ってのがあるのね、初めて知った。

ハンディキャップは聞いたことがあるけども。チャレンジド人生で初耳だった。

https://anond.hatelabo.jp/20190916131036

2019-09-16

anond:20190916131036

でも普遍的でしょ

なにが良くないのかわからない

昔は盲とか聾とか唖とかちゃんとどういう障害かわかるようになっていたのに、障碍者(障がい者)とかハンディキャップドとかチャレンジドみたいなゆるふわ言葉に言い換えることで物事本質がわからなくなってるじゃん

窃盗万引き売春→援交とかと同じ

anond:20190916131233

なんか今なら普通に通っちゃいそうで怖いわ

昔の"なんたらチャレンジド"とかは語感がおかしいのもあってかなりの部分単に笑いの対象だったけど、今は同じことをさも正気のようなツラでやってるような恐怖がある

2019-05-14

anond:20190514211053

しかチャレンジドってネタにされまくってたぞ。

日本もも自分の息子を「天使」とか呼ぶ親いないだろ。

ポジティブ呼び名もたいていは腐る。

2019-05-03

チャレンジドっていうと

なんか因縁つけられた人みたいな意味に感じる

チャレンジド(障がいをお持ち)の方へ

ひたち海浜公園パンフより

障がいを抱えているわけでもないだろう、取るに足らない奴への配慮

実務上のせめぎ合いが見て取れて面白い

肝心の障がいを抱えている人は、チャレンジドって言われても分からんのだろ

2018-06-27

anond:20180627025121

明確に他者への攻撃を繰り返していた存在

「反撃してこなそうな奴」と認識してる奴を

認知が歪んでる以外にどう表現しろと?

事実認識に著しい困難が見受けられるとか目と頭がチャレンジドとか言えば良いのかな?

2018-06-26

anond:20180626151126

あ? 増田もしかして脳みそチャレンジドなのか?

2018/1/1 00:00:0026.536.75=A1+A2+A3

で実現できるやろが

2018-03-09

チャレンジド採用に思うこと(自閉スペクトラム症より)

大学3年生。手帳は出てないけど診断は出てる系自閉スペクトラム症ASD大学生。

院進迷ってたり鬱ってたりで3/1から就活始めた組なわけだけど、

自分がいわゆる「チャレンジド採用」とか「障害者採用」の範囲内なのかものすごくびみょいなーと思いながらエントリーを重ねている。

そもそも一般枠と同じ扱いの障害者採用って、「障害」とは書いてあっても発達障害者(と精神障害者)は目に入ってない感じしない?

社員の声的なのも身体障害内部障害社員ばっかりで。

やはりアタマの中が「ふつう」「くせがない」、あえて言うなら「まとも」な人間しか興味がないのか。

いちおうマイナビが「マイナビチャレンジド」とかやってて、発達障害者採用実績有無は確認できるようになったけど、

それでもやっぱりほとんどの企業特別子会社障害者枠か、発達障害者が目に入ってない一般枠と共通障害者枠なわけで。

そう言う状況だからこそ、某イエンとか成人発達障害者就活支援してるところも増えてはきてるんだろうけど、

それでも自分のような手帳のない診断持ちはかなり悩むというか、もにょるわけであった。

2018-01-26

anond:20180126181623

個人元増田じゃないよ)的には使いたいわけではないし、なくなって構わないけど

被害者様のお気持ちを騙るのではなく、堂々と自分気持ちで戦ってほしい

「いや俺が嫌なんだよ」と言おう

お気持ち無謬論法だと、精神チャレンジドな方が被害者を名乗った時、誰もブレーキかけられない

2017-06-11

俺を生かす社会の何か

今朝、あるメールが届いていた。

社会貢献度の高いあなたしかできない、価値のある仕事…」

そんなメールの冒頭を読んだだけで、そのメールゴミ箱に捨てた。

俺はもうこの先一生を生きるのに十分な社会貢献度を稼いだ。働く必要はどこにもない。

それに、俺はもう働きたくはない。何故なら、俺の職業は『チャレンジド』だったからだ。

20xx年、日本社会保障破綻した。増え続ける社会保障費に対して財源を確保することが困難になり、抜本的な改革を求められた。その改革の結果が、社会貢献度制である

社会貢献度制と聞くといったい何を指しているのかはよくわからないが、要約すると、命に価値をつける制度である社会貢献度が高い人間にはその貢献度に応じて医療費扶助ベーシックインカムなどの社会保障を行うが、社会貢献度が低い人間にはそれらを行わない。

社会に貢献しない人材死ねと遠回りに言う制度なのである

この制度の何より醜悪な点は、社会貢献度を計るのに、「投票」を導入した点にある。投票国民義務になった。投票対象は、すべての日本国籍を持つもの

投票期間はひと月ごとに区切られ、一人が持つ票はひと月につき10票。この票を使い切らないと、使わなかった票の分だけ自分社会貢献度が下がる。そして、投票結果に納税額学生であれば学校の成績)をかけたもの社会貢献度になる。

この社会貢献度は積算され、例えば、人から認められつつ働いてきてある日ガンになり働けなくなった人には、今まで積算されてきた社会貢献度に応じて医療費扶助が受けられるようになっている。

しかしこの制度は当然、障害を持つ人など『社会的弱者』と呼ばれる人々に対して非常に厳しいものになっている。彼らは生き残り戦略として互いに票を入れ合うが、ただでさえ医療費が人より多くかかる彼らにとっては焼け石に水と言っていい。そして、彼らは自分の命にかかるコストを支払えずに死んでいく。

一方でこの制度は、豊かな早期リタイヤ者も生み出した。若い頃に社会貢献度を稼いでおけば、その後仕事をしなくてもベーシックインカムをはじめとした十分な社会保障を受けて生きていけるのだ。

俺は重度の身体障害者だ。同時に、早期リタイヤができるほど社会貢献度を稼いだ人間でもある。

俺の両親は障害を持つ俺が生まれた時にこう考えたという。この子を生かすにはアイドルにする他ない、と。

そうした考えを持った両親の元、俺は幼い頃から障害を持っているけど頑張って生きている人』つまり、『チャレンジド』の役をテレビをはじめさまざまな舞台で演じることになった。

俺には、俺に勇気をもらったと称する人々からの票が集まった。

両親の考えは当たり、俺はこうして生きている。

だが、俺は俺の仕事が嫌だった。俺は俺にできる当たり前のことをやっているだけなのに、「そんな体なのにすごい!感動しました!」と賛辞が寄せられることも、いつまでたっても奇異な視線で見られることも、何もかもが嫌だった。

しかし、『チャレンジ』を止めるわけにはいかなかった。何もかもがお膳立てされた世界で、俺に振られた役割から外れることが怖かった。そして、両親の期待を裏切るのが怖かった。

そんな生活を続けて、この先一生を生きるのに十分な社会貢献度を稼いだ時、俺は躊躇なくリタイヤの道を選んだ。その時両親は、初めて俺に「すまなかった」と言ってくれた。

この奇妙な社会貢献制に今の俺は生かされている。だが、俺は社会の何に貢献したのだろう?社会の何が俺が生きることを許しているのだろう?

それを理解したくない。

なぜなら、俺の命と今日にも医療費を支払えずに死んでいく命と、両者には何の差もないはずだからだ。なのに、俺の方だけ生かしてくれる社会に巣食った何かがいる。

その正体は、間違いなく醜悪で、とんでもなく恐ろしいものだろう。

その正体を知った時、俺は自分の命を投げ出さずにいられるのか、自信がない。

2014-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20140901171718

チャレンジド」ってつまり一般的な健常者として産まれるのに挑戦して失敗した人」って事?余計酷くない?

2014-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20140901172332

いま、この社会メガネコンタクトを使っている人たちは極端に言えば狩りの時代は今で言う「障害者」なわけだったんだよね。視界が鮮明じゃないから、獲物を捕まえることもままならない。


だけど今はそんな人たちにはきちんと矯正するものが与えられていて、社会もそれで困らないようにできている。

から障害者定義なんて社会の有り様ひとつで簡単に変わるし、もっというと社会のあり方でしかまらない。


歩く必要のない社会なら、車いすユーザー障害者ではない。音声によるコミュニケーション必要としない社会ならば、現在定義での聴覚障害者存在しなくなるの、わかるかな

一般人の障害(この人はつまり邪魔といいたいのかな)になっているか障害者なのではなくて、社会の側にその人を困難な状況に至らしめる

なにか(これが障害)があるので障害者になっているわけですよ。

障害者」をなんと呼ぶか、害の字をひらがなにするのかどうか、チャレンジドというのか障害を背負わされたというのか、なんて議論本質ではない。そもそも障害自体が個人の問題帰着するものではなくて、社会問題である認識すべきだし、言い回しはその次だと思う。

ALS氷水も、それを云々いってた芸能人も、24時間TVなんかも、みんなが感じる違和感の出処ってきっとここだろう。

こうやって個人の機能問題にしている限り、これらのストーリーは「頑張る障害者」や「あなたの周りにもいます」とか「自分もいつなるかわからないから」なんていう当事者意識に訴えかけるものしかならない。





しかし、未だにこんな考えの人がいると知って驚いた。

日本医学モデルに寄りすぎていると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20140901171718

身障当事者だけど正直言って「そんなんどうでもいい」。

ていうかなんだ?チャレンジド?なんも挑戦なんかしとらんわ、生きてくだけで精一杯。

どんな書き方したって通じりゃいいじゃんよ。心底どうでもいいわ。

http://anond.hatelabo.jp/20140901171718

漢字で表すようにしてくれないかな。

カタカナ語使ってる奴見るとイラッとする。

というか、そういう言い換えでチャレンジドハンディキャップドだ言ってる連中って、ようは日本語に適切な言い換え表現はありません、って言ってるようなもんじゃねーの

http://anond.hatelabo.jp/20140901164741

うーん。

「障碍」が悪い意味言葉になるっていうのも一つだけど、長い期間「障害者」で通って来たものをそれ以外に置き換える(今回の場合大元は障碍だから「元に戻す」が正しいけど)で「害」の部分が強調されてしまうのか嫌なんだよね。

まるで腫れ物に触るような過度の配慮は、返って差別に繋がるんじゃないかなって言うのが元々の意図

いっそのこと日本語表記捨ててチャレンジドでも良い気はするけど、実状に反して美化されるのも当人にとっては迷惑だろうなぁと思ったり。

他にもハンディキャップドなんかは結構良いとは思ってる。

2013-06-17

http://anond.hatelabo.jp/20130616213454

マジレスすると、そもそも日本のお役所が「チャレンジド」なんていう呼び方を採用しだした00年代後半の時点で、米英では「challenged」も「handicapped」もとっくにNGワード入りしてたっぽい。結局、ヘンな婉曲表現しないで、日本語なら「障害者」、英語なら「people with disabilities (PwD)」とするのが一番問題ない。

2013-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20130616213454

そもそも、チャレンジドってのも、かなり偽善的だよな。挑戦することを宿命付けられてるというか。

障碍者のことをチャレンジドとかよぶ風潮について

神が善き人に試練を与えるというキリスト教的発想が根付いていないと、「試される人」では意味不明だなあ。

日本でも障害者を神の眷属とみなす考え方が過去にはあったようだが、今は良くも悪くも、ないだろう。

単に、はやりの西洋文化日本押し付ける脳名無文化人はどうかもう必要ないので枯れてください

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