はてなキーワード: 嫌悪対象とは
遺伝的に考えて
ペド嫌悪 → 一族の中で強引なペドファイルのオスが居たら滅びそうだしまあわかる
父娘愛への嫌悪 → 近親相姦はリスクが有るため多くの動物で家族間は嫌悪対象になるし、同時に父娘もだめって人も理解できる
嫉妬 → より若いメスが競争的に有利なので敵視してしまうのもわかる、しかし年の差婚では大体敵意はオス側に行く
たとえばこれが、最近話題になった19歳と37歳とかじゃなくて
もっと10歳差とかでもNGな人が男性より圧倒的に多いみたいなんだよね
不思議なのは、自分が若い時に例えば10歳上の人からちょっかい出されても問題ないし、自分と同年代の女子と10歳上の男との恋愛漫画もOKな人でも
例えばセーラームーン(アニメ)って中学生と大学生だっけ?「大人になって無理になった」みたいな意見を結構見かける
ここらへんにヒントがある気がする
世の中にキモいおじさんが実在することは間違いないしそれに悪感情を抱くことは同情するしそれに共感する人が居るのまでは非難しないけどけど、動画で堂々と喧伝して見てくださいと人に勧めたりするのは賛成しかねる。
クラスの男子どもが「臭いブス」の悪口を言って盛り上がっていたら賛同できるだろうか。自分がその臭いブスではないという確信があってもいつ彼らにとって自分がそういう存在になっているかわからないし、なんなら会話の輪に加わった時点で既に自分がそういう存在側だったという可能性すらある中で、わざわざそんなルッキズム全開の会話に参加しても自らの格が下がるだけで得るものは無い。自分が女性ならそんな奴らとは距離をとるだろう。
と、ここまで書いてこれはつまりフェミニストたちが嫌悪するホモソーシャルそのものであり、それのミラーリングをそのまま実施してる仁藤夢乃は嫌悪対象と同じ土俵で同じレベルのことを実践してるだけなのだなと納得が行った。つまり男は自信を持って「ホモソキモい」と言えば良い。
特にエロBLかいてる女オタクが「性欲ない」とか「男嫌い」とか言ってるの見るとすごいつらくなる。
実際に知らないものでも・嫌いなものでも、創作はできるってわかってるけど、つらくなる。
男が嫌い、男はみんなクズ、男はみんな下等生物、とか言って憚らない人が、フィクションの男キャラを好きって言ってかわいがって、更にはボーイズラブをかいてるのを見るのはつらいというかこわい。
フィクションでも「男」は「男」だし、下等生物って呼んでるものにそんなに感情を注げるの?それは純粋な好意なの?
性欲がない、だけではなくて、性欲が無理、現実の性行為が地雷です、とか言って憚らない人が、ひたすらエロ絵だけを公開し続けて推しにえっちなことをする話ばかりしてエロばかり求めてるのは、こわくないけど普通につらい。
そんなに無理で地雷で嫌いなものを、好きなキャラに押しつけて、それを求め続けるの、歪みを感じてしまうんだよな。
女オタクが~って言ったけど、別に女オタクだけじゃなくて男オタクがやってるのも見る。
現実の女に性欲があるのが地雷って言ってる男絵描きの二次エロ絵、見ててつらい。
男嫌いの人がかくBLも、性嫌悪の人がかくエロも、暴力じゃんって思ってしまうし、そんなに嫌いなものに執着しなきゃならないのも歪んでるって思うし、つらいなあ。
性欲がない、って話してる女オタクは本当によく見るし、最近は「アセクシャルなのかも」って話してる人も増えてるけど、「いやおまえのそれは性嫌悪だろ」って人が少なくなくて、それもつらいよな。
性嫌悪だと自分の性欲も嫌悪対象→自分の性欲を認めたくない・認められない→「私は性欲がない!アセクシャルです!」のプロセス。
男を嫌悪してて自分が異性愛者→嫌悪対象の男に恋愛感情・性欲を向けることへの抵抗感→「私は男とセックスしたいと思わない!アセクシャルです!」のプロセス。
アセクシャルとかアロマンティックの概念が広まるのはいいと思う。救われる人もたくさんいると思う。
でも、性嫌悪・ミサンドリーの人が「私アセクだから」って言ってしまうのは、なんか、本人にとっても、本当にアセクシャルの人にとっても、よくないことの気がする。
その人が自らの抱えている問題を適切に認識・処理・昇華できてないんじゃないかなあと感じるからつらくなるのかな。
アセクの話は余談だけど。
これは詰まる所、アイドルがウンコするとか、処女じゃないとかっていうのと同じな気がしてならない。
愛する彼女がイスラム教だったら別れますというような物にも近いかも知れない。
そう考えたら誰かが好きでも宗教上の理由とかタブーを犯してたら嫌いになるって人は
そもそもその誰かの事を好きじゃなかったんだと思われる。
彼女が今まで自ら学会員である事を発表する事に抵抗があったのは、
創価タレントというのが極めて下劣な存在だという見方が根強いためでもあり、
これまで築き上げてきたイメージが損なわれる危険性も孕んでいるからだろう。
井上真央の場合、そのような状況が酷く苦しいものだったに違いない。
それを察した実母が週刊新潮の取材にあくまで身内の第三者として答えるという
訳の分からない事態になってしまったのは、井上真央のイメージ低下を恐れたためだろうし、
記事にも書かれている広告塔としての選挙や大河でヒロインを射止めた事の相乗効果を期待してのものだろうと予想される。
但し、今度の発表は井上真央にとってはいい迷惑だったのではないかと考える。
そもそもこれまで本人が発表しなかったのは、件のイメージ低下を危惧してのことだったし
それなのに実母が、勝手に週刊誌にタレ込んだのは心外だったのではないだろうか。
筆者の家族で彼女の熱心なファンがいたが、この報告を見て彼女のファンである事を辞めると言った。
友達の友達がアルカイダと言った元大臣に嫌悪感を抱いたのと同じである。
創価学会というのはステータスにはならず、寧ろ現在ではネット上における嫌悪対象の一つとしてはあまりにも有名である。
そのような中でのこの報告はかなり負のイメージに捉えられる可能性がある。
現に同じく学会員の松山ケンイチ主演の大河ドラマ「平清盛」では脚本や演出の昏さのせいもあるが、かなりの低評価だった。
筆者も正直キッズウォーの時代から彼女のファンであったが、創価学会については嫌悪感甚だしい。
筆者のようなライトユーザー(最初に書いた事を前提とすればファンですらなかった可能性もあるが)ですらそうなのだから、ヘビーなファンが多い井上真央信者は今度の件が原因で遠ざかるのではないか。
そう思えてならないし、悲しい話である。