はてなキーワード: 司法試験とは
いや、法はロースクールで司法試験を想定して書いたから違うのかも。すまない。
元増田です。
そう要約されてしまうと少し誤解があるかも。俺はどちらかというと「受験システムをくぐれるぐらいの能力がなければ(研究者として)見込みがない」「ある程度のレベルで基礎をまとめる機会として受験はちょうどよい」というのが主張なわけ。基礎トレとして受験勉強程度のことは「必要だ」、というのが一番わかりやすいと思うけれど、決してそれで「十分だ=優秀だ」とは言っていないんだよ。
でも今の日本の受験システムの勝者には「ハック型人間(受験ハックの購入ができなければ勝てなかった人間)」が多々混じっているのも事実だと思うんだ。
個人的には「学力低下」議論は信じないことにしてる(「下の世代は学力が低い」と言われなかった時代というのを聞いたことがない)んだが、そういうことはあるのかもしれない。あるいは、少子化の結果「基本型」の人間だけでは定員が埋まらなくなって「ハック型人間」が潜り込む余地ができているのかもしれない。
ただそうだとしても、基礎型の人間がハック型の人間に押しやられてしまうということは多分ないと思うし(幸い、日本の大学教官は層が厚いので、トップ大に入れなくても復活の機会はたくさんある)、基礎を理解できないならハックぐらいはできるようになって欲しいなあと思うところもあるので、それがそれほど深刻な問題なのかどうかはよく分からない。俺自身がお仕着せの「ハック型」のメニューをこなせる気がしないから言うわけではないが、ハック型の人間はそれはそれで社会の中に居場所を見つけることができるんじゃないかとも思ってる。特に司法試験とかMBAとかに通ったりするためにはそういう能力が必要な気がする。ハックしかできなければ研究者になるのは無理だろうけど。
オマケに、受験産業がますます受験ハック型になっていっている結果、ますます自分でモノを考えない受験ハッカーが増えているように感じる。そして、そのことに結構な人間が危機感を抱いてる。少なくとも、オレが少し前まで関わってた「現代の大学受験の最前線」あたりでは。
もしそれが、仕向け方によっては基本型になったかもしれないような受験生がハッカーになってしまうということだとすれば、それは確かにもったいないことだとは思うけれど。あーでも確かに、俺の知ってる範囲で言うと、中高一貫校で塾や予備校に高2以前から通い出すような奴はその手の連中かもしれないなあ。そういう奴はたいてい、塾や予備校で遊びを覚えて浪人するか、あるいは旧帝大医学部みたいに過当競争になってるところを受けたりするかそのどっちかだったから、まあ結局落ち着くところに落ち着いてるんじゃないのと思ってたけど。
まあ、そんなこといちいち配慮したらごくごく「無難」な文章になっちゃって、こんだけブクマがつく(愛される)記事にはならなかったかも、と考えると、非常に複雑なんだがw
いや実際、俺は増田に記事を書くときは八つ当たりを兼ねて釣りまくることにしてるんだけどね。それこそライフハッカーみたいに世の中の流行マンセーな人種が俺は大嫌いだし、増田に書いて憂さ晴らししたくなるときってのはそういう奴が頭に来たときなので、ここぞとばかりに挑発的なことを書きまくるんだよ。そうすると、はてな民は「これはひどい」タグを付けられる記事を探しまくってるから、結構な確率でホッテントリに入ってくれるもんだよw
匿名日記にはまだ慣れてないので自分のことをなんていったらいいかわからないけど、先の新司法試験撤退者です。
理想をもつことはとても大切なことだと思います。しかし同時にその「理想」が自分が正しいと信じることができる理想かどうかということは常に自問することをおすすめします。理想はもちつつ、現実の中でどうすればそれを実現できるのか、ということをしたたかに考えて下さい。
さて。本題です。
知識的にも教養的にも人格的にも、日本人の中で best of brightestだった方々が、環境に染まり弱者救済を忘れてしまうような職業が弁護士だとしたら……そこには立ち入らないようにした方がいいのではないか、と思うのですが。
という段階ではなく、この前段階、すなわち、あなたのしたいことを実現するために弁護士になる必要が本当にあるのか、弁護士でなければならないのか、という点をしっかり考えるべきだと私は思います。そして、本当に弁護士でなければならないのであれば、この部分なんか気にせずに、理想を、志を高くもって弁護士の仕事を遂行すればいいと私は思います。弁護士の中に同志は必ずいると思います。
社会の底辺の方々は、豊かな方に比べると、忍耐心に欠け、依存心が強く、努力を怠っている方々が圧倒的に多い現実を見てきました。
という点には私も賛同します。ただ、私は、彼らは「忍耐心に欠け、依存心が強く、努力を怠っている」からこそ、社会の底辺にいるのであって、社会的に強い者から食い物にされているのだと思います。自由主義を採用する日本においてはある意味当然の現象ではないかと思います。逆に「忍耐心に欠け、依存心が強く、努力を怠っている」にもかかわらず、ある程度忍耐力があり、独立した心があって、努力をしている人と同じように扱われなければならない、保護しなければならない理由はあるのでしょうか?もちろん、彼らが「忍耐心に欠け、依存心が強く、努力を怠っている」状態になったのは、彼らの生まれた境遇であったり、運であったり、彼らのせいではない様々な事情が絡んでいるのは確かであり、それを全て自己責任として責任を負えというのは疑問を差し挟む余地はあります。ただ、そこまで考えると、自由主義という枠から外れていっている気がします(ここは感覚的です・・・。)。
もっとも、このあたりの評価については個々人評価が分かれるところでしょうから、こういう意見がある、くらいに聞き流してもらえれば結構です。
で、元増田は、元増田のいういわゆる「社会的弱者」を助けたい、力になりたい、と思ってらっしゃるようですが、彼らの「助ける・力になる」ということは具体的にどういうことなのでしょうか。どういう状態になれば「助けが不要になった」といえるのでしょうか。ここを具体的に考える必要があると思います。・・・α
また同時に弁護士の仕事をもっと具体的に考える必要があると思います。私が考えるに、一般民事における弁護士の仕事は「人生の再スタートを法律の観点から支援する仕事」だと思います。「今まで自分なりにやってきた→でも他者と紛争になってしまった→いろいろ話合いをしたがらちがあかない→法律に○○と書いてあるからその通りに処理して終わったことにしよう→いままでの争いを"法的に"終わったことにして次に進もう」というのが社会的みたときの司法の役割であり、弁護士の仕事は法律部分に関する処理を担当するのだと思います。弁護士にしかできない仕事というのはこの部分だと思うのです。・・・β
元増田が弁護士を今から志すリスクを負うには「αを実現するにはβが不可欠だ」という判断が重要になると思うのです。
今の日本社会では弁護士は社会のために働いている、という漠然としたイメージが蔓延しており、仕事の実質が正確には伝わっていないのではないかと思います。だから「社会的弱者のためになる仕事→弁護士」となるのかなぁと思うのです。しかし、弁護士でなければできない仕事というのは極めて限られていて、また、弁護士固有の仕事の実質はあまり理解されていないのではないかと思うのです。
なぜここまで考えることを勧めるかというと、ロースクールに進学し、司法試験を受験するということは極めてリスクの高いことだからです。元増田は若くても今年24歳です。するとロースクールを修了したときには26歳か27歳になります。そして3回受験して三振したとしましょう。するとあなたは30歳です。社会人経験2年、司法試験三振。こういう人物が社会的にどのような評価を受けるか、というあたりを具体的に考えておく必要があると思います。
落ちることを前提に話を進めるのは適切ではないかもしれません。ただ、一部の天才を除いて、司法試験に合格できるかどうかというのは運が大きく影響します。
私の友人は1回目の受験で民事系が上位数%でしたが、今年は普通の点数になりました。
同じ人物は1回目の受験で刑事系がぼろぼろでしたが、今年は上位数%という順位をとりました。
司法試験は知識を正確に理解し、暗記しておくことは当然として、試験会場で初めてみる問題にどういう発想で対処するのかということで結果が決まる試験です(そして評価される発想がなんなのかということは明確に提示されていない!!)。この意味で、暗記して吐き出せばよい普通の資格試験とは質が異なります。
この「発想」が法学の発想に近い人にとってはこれほど簡単な試験はないでしょうが、異なる人にとっては「発想」を法学的に修正する必要があり、極めて根気の要る作業となります。
具体的な行動を起こす前にこれらのリスクを具体的に考えることをおすすめします。
なお、
>>んで、そういうとこに来る人っていうのはさ、おおよそ2パターンなんだよね。<<
という部分は大正解だと思います。
撤退の理由はあなたが書かれているものと関連しますので、
人ごととは思えず、長文を書きます。
友人のほとんどは司法試験に合格し、また、優秀な実務家教員とも飲み会をし、
思うままにいくつか書きたいと思います。
弁護士は、扱える金額が非常に大きいし、そもそも高給取りだ。
「考え方がずれる」とかそういう話じゃないと思います。
そのために「割のよい仕事」を求めるのは当たり前です。
弁護士は「法律を使って法的に正しい状況を実現する」ことを商売にするのですから、
採算の合わない仕事をやらないからといって、彼らを否定することは出来ません。
儲けの少ない仕事であっても処理せざるを得ないのです。
薄利多売でいかざるを得ないのです。
もちろん、すっぽかすような弁護士は商売人としてどうかと思いますが、
弁護士数の増加によって弁護士をとりまく競争状況は年々に悪化していると聞きます。
採算の合わない事件を処理しないのは、事務所を経営しなければならない、
家族を養っていかなければならない、事務員の給料を払わなければならない
弁護士からすれば当然のことであり、いわゆる弱者救済を放棄したとかいう
「考え方の違い」とは関係のないことだと思います。
だから・・・
ということは起こりえません。
逆に競争が激化して事務所単位の収入が減れば、貧乏人のために働く弁護士は激減するでしょう。
彼らだって食っていかないといけないのであり、赤字事件は事務所経営に余裕がないと出来ません。
なお、
司法書士のような国際的になんら認められていない資格は淘汰され、日本の法治主義はより進歩したものになるに違いない。
そう考えていたが、どうもそうではないのかもしれない。
この部分については、ちょっと認識が間違っていると思います。
しかし、試験科目をみればわかると思いますが、中心的に勉強する範囲が異なるので
例えば、司法書士では不動産登記法が科目になっていますが、司法試験では民法に関連して少し出てくるだけです。
よって、例えば登記関連の仕事を弁護士は資格上は処理することは出来ますが、
知識不足・経験不足のため事実上、処理することが困難なのです。
なお、中規模の弁護士事務所には弁護士と司法書士が所属しており、両者は互いに助け合って仕事をしているのが実態でしょう。
司法書士なんて、弁護士になれなかった人がなるもので、これから司法改革が進み弁護士の数が増えれば、
必然的に淘汰されるに違いない、と考えていた。
前半部分は正しいですが、淘汰されることはないでしょう。
全体を通してですが考え方が甘いと思います(昔、私もそうでしたが。笑。)。
そうすると、扱える金額が制限され、弁護士に比べると様々な点で業務が限定されている司法書士だからこそ、
自分自身が誰のために働くか、というのは資格の種類の問題ではなく、あなた自身の問題です。
弁護士でも貧乏人のために働くことも可能でしょうし、司法書士でも儲かる仕事しかしないことも可能でしょう。
また、同じ仕業の人がどういう考えでいるかということに、元増田が流されると考えるようでは
貧乏人のために働き続けることは難しいでしょうし、そもそもロースクールのカリキュラムに耐えたり、
司法試験に耐えたりすることも難しいでしょう。
「グローバル社会に企業が勝ち抜いていくためにも、法律に通じた優秀な人材がこれからの日本にもっと必要だ」
という要請があったというのが本当の理由だそうだ。
これは大嘘です。仮にそうであればグローバルに展開している大企業はこぞって司法試験合格者を採用して、
司法試験合格者の就職難も解消されていてもいいはずですが、そういう動きはありません。
司法試験合格者数や就職難に関する弁護士のブログをみれば、これが嘘であることは明らかだと思います。
新司法試験とロースクール設置によって一番利益を上げているのは大学関係者と文部科学省です。
一連の司法試験制度の改革は彼らが利益を得るためにおこなったものといわざるを得ないと思います。
大学教授の「法的サービスの潜在的需要はあるはずだ!!」という、根拠に基づかない発言は極めて迷惑です。
大学教授は自分の学生や、司法試験合格者が食っていけなくても別に困らないですから、何とでもいうと思います。
大学がスポンサーとなっている新聞社は、大学の利益にならないことはなかなかいえませんから、
元増田のような公告・記事を書くでしょう。
元増田は「金を取って人の紛争を解決する」ということの実質をきちんと考えた方がいいと思う。
具体的にどういう仕事をしているのか、実際に働いている人の話を聞くといいと思う。
弁護士であれ、司法書士であれ、事件を受けるからには、どんなに依頼人が金に困っていても
彼らから着手金はもらうわけだし、成功報酬ももらうわけです。
慈善事業ではなく商売として人の紛争に首を突っ込むのです。
貧乏人から金を取ることを割り切ることが出来るかどうか、ということは極めて重要です。
また、貧乏人だって悪い人は悪いんだから、そういう人を救うことは出来ません。
うまくまとりまりませんが、なんだかすごいナイーブな発想で弁護士という仕事を捉えてらっしゃるように感じます。
ロースクール入試による競争、ロースクールでの競争、新司法試験での競争、就職活動での競争。
全ての段階でドロップアウトする可能性があります(上位校に行かなければまともな教育は受けられず、
また、友人から聞いた話ですが、新人弁護士の最低待遇は年収300万円に
弁護士会費自己負担(年間50~100万)という状況だそうです。
仕事がつまらないという理由と、先述したナイーブな発想で弁護士を目指すのは
あまりにも頭がお花畑だといわざるを得ません。
それでも弁護士を目指したい!!と思うのならばそれは自由ですが、
かなりのリスクがあることを覚悟の上で、いかれるとよいと思います。
先輩は、目も眩むような職に就いた。
紆余曲折あったが、「なかなかすごいね」と言われる僕らの大学の中でも圧倒的なところへ就職していった。
政治経済学部や法学部をブチ抜いて、彼はたった一人そこに到達し、あっという間に辞めた。
先輩は、一言で言えばへんな人だった。
二年遅れで大学に入って来た彼は最初の大学を「教授とケンカして」辞めたそうだ。
必修単位を取るために頭を下げるくらいなら、潔く大学を辞めるべきと考えたらしい。
そんなわけで、彼はウチに大学に来た。昔いた大学は教えてくれなかったが、
就職実績と反比例する形で偏差値の高止まりを続けるこの学部にあっさり入ってくるくらいだから
それなりのところから来たんだろうと思う。昔は法学をやっていたらしい。
先輩は大体喫煙所か、喫茶店か、本屋かあるいは酒のあるところにいた。
ロングピースが好きなのだが、予算の都合でエコーばかり吸っていた。でも、彼には煙草を恵んでくれる
先輩、後輩、友人がたくさんいたので、いつも楽しそうだった。高田馬場のロータリーで、たかれる相手を探す
先輩に気づくと、ぼくはよく逃げ出したものだ。あの人と話しているうちにいつの間にか僕は酒を奢ってしまうし、
なんとなくいい気分になって家に帰ってしまうのだ。そして、財布を見れば大体空だった。
あの人と喋っていると、あらゆる夢は実現可能に思えたし、実際に実現可能だった。
先輩は人をよく褒めた。今思えば、彼の才能で一番凄かったのはそこだろうと思う。
先輩と話していると、自分が本当に優れた人間のような気がしてくるのだ。彼は本能的になのか、それとも経験のなせる業なのか
とにかく「ここを認めて欲しい」と人が思う場所を的確に探り当ててつつくことが出来た。
そして、それを伸ばすことが出来た。大学時代、彼の周囲には夢追い人がたくさんいて、
彼らの夢はおおよそ叶った。司法試験に受かった人、国家一種に受かった人、うちの大学でもそうはいない人たちが彼の周りにはいた。
この二人はぼくの友人でもあるのだけれど、未だに先輩への尊敬を口にする。特に司法試験に受かった彼は、ロースクールの学費を先輩に工面して貰ったのだ。「足を向けて寝られない」そうだ。
先輩はたかり癖を持つ一方惜しみなく与える人だった。
車をぶつけて困ってる後輩がいれば走り回って金を工面し、不動産屋ともめている友人がいればニコニコしながらやってきて
マシンガントークで交渉した。そういえば、先輩は「俺は不動産屋と宗教勧誘が好きなんだ」と公言していた。
「エホバの証人」の勧誘がついに来なくなってしまったと落ち込む先輩を見た時は、こんな人間もこの世にいるのかと驚いた覚えがある。日曜日の最高の楽しみだったらしい。そのために先輩は缶コーヒーを箱で買っていた。彼なりの歓待だったのだろう。
実は、車をぶつけて困っていた後輩とは僕である。
情けない話であるが、保険まで切らしていてにっちもさっちもいかなくなった。
先輩はどうやったのかわからないが、ポンと(当時の僕としては)大金を貸してくれた。
「アルバイトするくらいなら飯を食わない」「奨学金以外の収入は汚れている」と主張してやまなかった人が
必要な時にはすぐにお金を工面できるのは本当に謎だった。
先輩は親に仕送りをストップされており、奨学金の一種と二種と給付を併用して三畳間に暮らしていた。
彼の部屋は隙間無く本に埋もれており、留守か、と思ったら本の山が崩れて先輩の足が飛び出すといった感じだった。
その中に敷いた煎餅布団の上にガスコンロを一つ置いて、先輩はよくラーメンを煮ていた。よく火事にならなかったものだ。
そして、先輩は日々をなにをするというわけでもなく暮らしていた。たまに小説を書いているようなそぶりがあったり、あるいはふと何か実用的な勉強をしていることもあったが、およそすることと言えば酒をたかる、喫煙所で煙草を吸う、授業で教授をおちょくる、本を読む、ラーメンを食う、マージャンをする、といったものだった。その大体に僕はついて回っていた。楽しかったのである。
先輩は四年生の夏、ふと僕に「スーツを買うから金を貸してくれ」と言い、一番安いツルシのスーツを一つ買って
某企業の夏採用に突貫していった。あれは大体留学生枠の上先輩は二浪なので、どう転んでも無理だろうと思っていたら
彼はあっさりと内定、その後就職していった。その信頼を利用して金を引っ張り後輩に貸付けたのがその後のことである。
会社名を言うと先輩を特定されてしまうだろうと思うので、ちょっといえないのだが
今はかなり上手く言っているようで、一部では時々名前を見かけるようになった。
僕はと言えば、やはりある程度夢も叶って働いている。でも、理想と現実は全然違う。
ところで、当時の仲間たちが、「せんぱい」を中心に未だに人間関係を持っていて、しかもその多くが収入をそこから得ているという事実に驚く。
未だに思うけれど、彼みたいになりたかった。
彼と居れば、世界は意のままになるような気がしたし、実際先輩はなにもかもそうしているような気がする。
水面下での苦労はきっとあるんだろうけれど。あれほど大きかった夢が今しぼんで、先輩のことばかり考えている。
そりゃあ、やりたい仕事ではあったけれど。労働環境なんてそれはそれはひどいものだ、収入だってかなり悲惨だ。
でも、こんなことを言ったら先輩は怒るだろうと思う、だから電話出来ない。
先輩と話したい、彼と話せれば何もかも上手くいく気がする。でも、こんな有様ではとてもそんなこと出来ない。
学生時代に戻りたい、仕事が、辛い。でも、望んで就いた仕事なんだし、背中を押してもらって得たものなのだから
誰にも不満なんかいえない。先輩の話を聞くたびに、辛い。あんな風になりたかった。
何が言いたいのかよくわかんないけど、独自説すぎて司法試験では通用しないのではないか
http://anond.hatelabo.jp/20100628140554のブコメが凄い。
やっぱり平日日中にはてブやってるような人は世間知らずが多いのか?(オマエモナーは言うな)
元増田は
べつに、ブコメつけてる連中に、元増田の意図を汲んでやる義理はないだろう。必要があったら本人が追記かなんかすればいい。
それにたぶん、元増田の意見に賛成したからでなく、単にその家族に興味があるだけだろう。備忘記録だよ。
それに、現実的かどうかは、行政書士か教員免許のどっちにフォーカスするかによる。
行政書士だったら、資格は持ってるわけだから、そんなに非現実的というほどでもないだろう(たぶん食えないが)。
余裕がなくなったら、それなりに、その時点での現実的な行動をとるだろう。
たとえば、「40過ぎて司法試験を目指し始めた」、とかだったら昔もあったように思う(まあ、これもかなりorzだが)。
彼女は甘いように見えるかもしれんが、
そういうことを語れる相手がいるというのは、幸せなことだろう。また、語る(心の)余裕があるというのも、幸せなことだ。
ふつうは、宣言したことをやるとは限らないし、友達に言う程度なら、特に義務も発生しないだろう。単なるたのしい雑談だよ。
ただの知り合い程度の行動や人生計画なんて、とくに気にすることもないと思うのだが。何をしてやれるわけでもないし。
わざわざ、鬼の首を取ったように書き込む、元増田の気がしれん。
まあ、そのようなお小言的なことを書くこと自体が、井戸端会議的な老化現象の始まりだと思う。
つか、オレとしては、アラフォーの女性が、20代と同じ様なファッションをしていることに、「現実的に考えて無謀な事」を感じるよ。
生物学的に無謀だと思う。
うしろ姿は20代なのに、顔だけ40代なんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100607214034を書いた奴に大学の先輩である私から忠告しよう。
君は「ちょうえりぃと」といわれる職場に就いたという。
しかしながら真の東大生なら知っているはずだ。書かないだけだ。
大蔵省が財務省になり、司法試験がロースクールになり、ゴールドマンサックスが訴追された今、
もう一つ覚えておくとよい。
日本の組織はだいたいどこでもそうだが、35歳くらいまでかけてじっくり人を見る。
35くらいで、官庁なら有力局の総務課補佐→官房主要課の補佐→大臣秘書官となる者が現れ
同じように会社なら会社ごとに異なるしかるべきポストを与えられる者が出てくる。
その者こそが真のえりぃと。
それまでは試行錯誤の中で自らの中にリソースを営々と積み重ねることが必要だ。
そのリソースの積み上げ計画をしくじった大半の東大卒は、もはやただの一兵卒に過ぎない。
すなわち、18年積み上げて得た東大卒という看板は、同じ18年で朽ち果てるということだ。
んー、ここまでは前振りな。知ってる人だけが知ってる常識だから35歳になったら思い出してくれればいいや。
本題は、君が欲しがってるうらやましい生活なんだけど。
そっちは35歳の審判よりよっぽど簡単だよ。
いまの君が持っているものを土台にすれば、これから10年くらいガマンすればなんとかなるよ。
参考までに俺がやったことを書いてみよう。
1000万の借金がなかっただけで、あとは状況は変わらん感じ。
まず、とにかく金を貯めろ、借金は早く返せ。
資産運用しろ、そのための頭脳だ。10年後がターゲットだから1年で資産倍増みたいなバクチはせずこつこつ行け。
信用には事欠かないから、俺はマンション買って人に貸した。千万の位のレバレッジを賭けられるのは不動産投資くらいだ。
風俗とか絶対に行くな、金の無駄だ。今のエロ本は高品質だから我慢しろ。
車を買うのは都内なら馬鹿だ。北海道ならしょうがないが、可能な限り安い車にしろ。
君が書いているように、君に絶対的に足りてないのは資本だ。だったらそれをまず埋めろ。
俺は就職して10年で5000万の投資資金と、2部屋のワンルームマンション(うち1部屋は借金完済)を貯めた。
ちんちんに余剰資本をかけるのはその後だ。30過ぎてからで十分だ。
会社の女はどんなに美形の一般職でもやめとけ。人間関係が面倒だし35歳の審判を下す連中はそういうへまは見逃さない。
合コンは諦めろ。まともな女を引っ張ってくる幹事はその頃にはもう結婚してる。
ネットが手ごろだ。SNSでもツイッターでもよいからとにかく手を出しまくれ。
受験勉強と同じだ。簡単な問題を数をこなしていけば、難しい問題はいずれ解けるようになる。
30人くらいデートに誘えば、後半は3人に2人くらいのペースでベッドに持ち込めるようになる。
その前提として、美味いレストランと高級ホテルはしっかり頭に入れておけ。
山手線内のどの駅で待ち合わせしても、電車に乗らないで女性好みの美味い飯屋にエスコートできるくらい研究しろ。
30過ぎたら売れ残りばかりとかという妄言は気にすんな。今の女は計算高い。10くらいの年齢差は話術と金でどうにでもなる。
俺の場合は、30過ぎてから某六大学卒の超巨乳の弁護士とか、卒業したての美人女医とか、キー局ではないが女子アナとか
20人くらいと寝た。チンチン乾く暇もないうっはうはであった。それくらいはなんとかなる。
で、飽きたので、付き合ってた女子アナと遜色ない美しさの、東大の後輩と結婚した。
女が欲しければ、結婚は遅らせろ。自分に配偶者がいる不倫とかエネルギーの無駄だから。人妻を食うのは美味いがな。
金を貯めれば家も買える。「デカい家に住んで夜景みながらシャム猫を撫ぜつつブランデーを傾けてる」ってな。
さほどでかくはないが、東京タワーがどーんと見えるタワーマンションを買った。
猫は飼っていないが、クリュッグをシャンパングラスに注いで飲みながら「下々が下界をうごめいておる・・・」と呟くくらいはできる。
そうそう、女子アナと女医は東京タワーを見ながらベランダでバックからやった。女子アナの声は通りが良いからタワーマンションによく似合う。
まあ、たいしたことはないが、普通のサラリーマンでもここまではできた。
「日本人のあらかたに妬まれ嫉まれる暮らし」というほどかどうかは分からんが、まあそこそこ楽しくやってる。
35歳の選抜も無事切り抜けたよ。
あとな、頭の悪い増田が、親の力がないとどうのこうのって書いてて、あれはウソだから。
うちの親は日本を代表する級の大会社の常務までやったけど、子供には今んトコなーんにも経済的にはメリットなす。
基本全部自前だから。
ヒントになるかどうか分からんけど、がんばってな。
司法試験の民法の問題でエロゲオタ向け問題が出てたのでテンションが上がった。
Aとその妻Bの間の長男C。
妻B死亡後、AはDと再婚。Dには連れ子の長女Eが居た。
このとき、Cは10歳、Eは8歳。
「年齢が近かったこともあって、お互いに様々な悩みについて話し合ったり、進路についてアドバイスをし合ったりしていた」との設定あり。
これなんてry)
が、いろいろAやCの事業関係の訴訟とかあってから、ついに驚愕の事実が明かされる。(この時点でCとDの再婚から16年後。Dは2年前に病没している。)
Aが外国旅行に行く前日、旅行に行く前に話しておきたいことがあると、「今まで隠していたが、実はEは私との間にできた子」と告げる(死亡フラグすぎるwww)
そして、ベタベタに死亡フラグが成立し、2日後に事故に巻き込まれたAは死亡します。
せっかくのエロゲ展開が……
ちなみに最後の事実が明かされた後の設問は、EがCを認知したのは有効かどうかというものでした。
CとEとの幸せのために、全力で無効の主張をしておきました。
こんなタイミングでここ見てる人はいないとは思いますが、
で、本題。
これは旧試の論文試験からそうだった(らしい、受けたことないので)のですが、
試験二日目とかになると、どういうわけか、一日目より会場の人が減ってきたりします。
つまり、あきらめて途中放棄しちゃってるわけですね。
これ、すごいもったいないと思います。
仮に短答が全然ダメと思ってたとしても、ボーダーはまだわからない!
スイング途中で止めたという主張が通らない以上、
振っちゃったなら、振りぬかないと!
本当はまだ繋がってるかもしれないのに!
あきらめたらそこで、試合終了だよ(まるしー安西先生)。
いやホント手応えと結果は一致しないから。
それなりに努力してきたなら、
全然できんかったというときは他の人もできてない可能性が高いから、
意外といい点つくこともあるし、
逆に、よくできたと思ってもそういうときはみんなできてて、
相対的に沈んでる場合だってある。
だから、新司受けたからには、どうか最後まで全力を!
試験の途中放棄だけはするな!
貸与六法もらって帰るためとかそういう理由でもいいから!
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100416ddm041040007000c.html
司法修習生に対する給費制度の廃止に対して,日弁連が対策本部を設置したというニュース。
これの解説を試みるのと同時に,問題提起をしてみたい。
最初に,司法修習生と給費制度について簡単におさらいしておこう。
司法修習生というのは,司法試験に合格した後,研修中の者である。
(現在では)約1年の修習期間を経て,研修所を出所後,裁判官・検事・弁護士になる。
今までは,司法修習生には給費制度が存在し,月々20万円ほどの俸給を国から受けていた。
その分,修習生は修習専念義務を負い,バイトするなどもってのほかであり,海外旅行に行くのにすら届け出が必要である。
来年度の修習生からは,修習専念義務を負ったままこの給費制度が廃止され,同等の額を国が貸与する制度に代わる(もっとも,裁判官・検事任官者は返還を免除される)。
法曹増員により司法修習生が増えた。現在では年に2300人程度の修習生として採用される(新司法試験組と旧司法試験組の合計)。
そして,一人当たりに修習の1年間で300万円もらえるとすれば,単純計算でも修習生の給費の総額は70億円となるのである。
現行の制度では,法曹への道は,法科大学院を出て新司法試験に合格して司法修習生になる,という道がスタンダードである。
法科大学院の学費は高く,よほど裕福な子女でもなければ,奨学金や学費ローンでやりくりしてようやく法科大学院の学費を捻出する。
バイトをしようにも,新司法試験の合格率は20%台であり,気を抜けば合格が危ぶまれる。
その上で,司法修習生になっても貸与制度となるならば,弁護士として世に出る頃には,多重債務者状態に陥ってしまう。
そのような弁護士が世にあふれ,借金返済のために事件漁りをし出す。そのような状況で国民の権利義務が守られるのか。
私も先日弁護士になったばかりの者として,日弁連の考えには基本的には賛同する。
しかし,昨今の国民の目は厳しい。「弁護士が既得権益を守るために必死」という世論が形成されつつある。
日弁連の懸念が,70億円に代えても大事なことであると,どれだけ国民に伝わるか,どのように伝えるか,それが問われている。
もっとも,私は,給費制度の復活を望むよりも先に,あるいは同時にやるべきことがあるだろうと考える。
法科大学院の学費が低廉であれば,そもそもそこまで多額の借金を背負わずに司法試験が受験でき,日弁連の懸念も少し緩和されるだろう。
しかし,このことについて事業仕分けをしようとする人を寡聞にして知らない。
法科大学院(法務研究科)の学費については,http://laws.shikakuseek.com/expenses.htmlのサイトに詳しい。
国立は入学金と併せて100万円前後,私立では学費は150万円前後のところが多く,入学金と併せて200万円を超えるものもある。
これに対して,研究者・学者を養成する機関である法学研究科の学費は,たとえば私立の明治大学でも年間50万円程度である(http://www.meiji.ac.jp/suito/nofu4.html)。
この差はどこから来るのだろうか。誰が得をしているのか。
法科大学院としての収支を公表しているデータがなかったので確実なことはいえない。
すぐに思いつくものとしては,新校舎の建築費用や,実務家教員(弁護士等が教授に就任する)の報酬等であろうか。
ここで,仮に,実務家教員の報酬によって,学費が高止まりしているというのならば,一気に日弁連の主張は説得力を失う。
ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1011640985?fr=rcmd_chie_detail
岡村氏を悪く言ってはいけません。
人間は、自分がその立場に追い込まれて初めて、遺族の辛さを理解するものなんです。
以下引用。
元日弁連副会長の岡村勲弁護士(七一)の自宅で、夫人の真苗さん=当時(六三)=が訪れた男に殺された。
犯人(六六)は山一証券との株取引で損をし、そのうらみから同証券での交渉相手だった岡村弁護士宅を訪ね、応対に出た夫人を用意したナイフで刺し殺した。
岡村弁護士は犯罪の被害者になって初めて「司法と被害者の距離を実感した」という。
男が捕まって裁判にかけられても、その言い逃れに被害者の岡村弁護士は一言も反論できず、「じっと唇をかんで」黙っているだけだった。「なぜ、ここまで被害者が捨て置かれるのか」
やっと法廷で証言する機会を得た岡村氏は「(犯人を)極刑にしていただきたい」と訴えた。被害者としては当然の思いだった。
そして昨年夏、東京地裁で判決が下された。「主文、被告人を無期懲役に処す」
彼の証言は聞き流された。というか、日本の法廷には長年積み上げられたパターンがあって、それに外れる、例えば被害者の声を反映するといったことはマニュアルにはなかった。
どういうパターンかというと、「一人殺しただけでは死刑にはしない」「判決は求刑の八掛け」「相手が少年ならうんと減刑して『更生して罪を償うように』と付け加える」「刑罰を厳しくしても犯罪は減らないというせりふも折に触れて挿入する」等々だ。
教養もいらない、常識もいらない。ただ司法試験をパスするだけで裁判官になれる日本の法曹界では、はっきりいって頭を使う判決は無理がある。
だから、こういう事件はこう、ああいうのはどうというパターンにはめこむ方式が最も無難な方策として取られてきた。
この判決も「一人殺しただけでは死刑にしない」慣例と、「判決は求刑の八掛け」に従った模範主文で、締めの言葉も何度も使われた「自分の犯した罪に向き合って生きるように」だった。「被害者の気持ち」を斟酌するパターンはもともとなかったのだ。
岡村氏は怒り、それは大きな波紋を呼んだ。なぜなら彼は一般人ではなく同じ司法試験を通った身内で、なにより人権に一番うるさい日弁連の元副会長だった。
これは過去にはなかった例で、それで裁判所も検察庁も考え直した。まず検察庁。求刑の八掛けで無期なら慣例通りだが、あえて控訴した。「身内が被害者の場合、一人殺しても死刑にしようではないか」というわけだ。
裁判所も思い直した。岡村弁護士の、殺された妻の遺影の法廷持ち込みを認めようじゃないか。
たとえばこの三月、山口県光市で起きた母子殺害事件の判決公判では、一般市民である夫が殺された二人の遺影を持ち込みたいというのを「被告に心理的な圧迫をかけるから」と禁止していた。日弁連の人権派弁護士の要求に沿ったしきたりによるものだ。
それが身内の弁護士が被害者になったとたん、コペルニクス的転換を示したわけだ。ブレイディと同じに、ヒトはその痛みが分かれば大きく変わるものである。
岡村弁護士は東京高裁での初公判で被告に向け遺影を高々と掲げた。そのおかげで光市の母子殺害事件控訴審でも、夫に「被告に見えないように」という条件で遺影を持ち込むことが認められた。大いなる進歩である。
田中真紀子議員、鳩山政権を「政治ごっこ」と酷評 「小沢さんが総理をやればいい」とも
ttp://gogotorimaru.blog19.fc2.com/blog-entry-2570.html
17 ビーカー(東京都) [] Date:2010/03/13(土) 17:25:01.06 ID:6dFZC7ab Be:
こんなババァ当選させて東大とハーバード卒で医師免許と司法試験合格した
108 インク(catv?) [] Date:2010/03/13(土) 20:13:34.66 ID:r7Syf2tZ Be:
»17
米山さんが長岡駅前で演説してると、田中真紀子が遮るように大声で演説を始めた
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20100310ASDK1000610032010.html
弁護士の増員に強く反対している立場の宇都宮先生が当選したのに対して批判的である。
地方の割のよくない仕事が多い弁護士が,経済的基盤が揺らぐのを案じて,宇都宮票となった,と。
そのような地方の弁護士に対して,「司法を身近なものにするには弁護士の大幅増員が必要不可欠」とした上で,
今回の選択を「高い収入を失いたくない特権的職業集団のエゴ」と断じている。
だが,ちょっと待って欲しい。
そんなエゴでここまでの票が集まるはずがない。
「司法改革」の1つの柱として新司法試験制度が始まり,ロースクールがなければ司法試験すら受験できなくなった。
実務家教員を集めるためにだろうか,ロースクールの学費は非常に高く(高いところでは年間200万円にも登る),奨学金を借りている者が多い。一度で受かればいいが,受験に失敗すれば,それだけのコストがかかる。
司法試験に合格した後の司法修習中には,今までは準公務員として給与が出ていたが,合格者が増えたことで,次の期の修習生からは貸与制となった。貸与額は年間約300万円である。
その司法修習も,従前は2年間だったものが,1年半,1年4ヶ月と徐々に短くなり,今ではたったの1年しか期間がない。
そのような状況で,裁判員裁判が始まるなど,制度が大きく変わりつつある実務経験を積まねばならない。
後述するように,就職活動が熾烈を極める中,1年間でこれだけのことを身につけろという方が無理な話である。
よく言われる新人弁護士の質の低下というのは構造的な問題に過ぎない。
そして,弁護士として世に出る前には,さらに就職難が待ち受けている。
「ボスと1回酒を飲んだら就職が決まった」というような牧歌的な就職活動はとうに姿を消し,エントリーシートを書いて法律事務所を訪問して,というリクルートが定着した。
それまで出していなかった司法試験の成績が通知されるようになり,司法試験の成績とロースクールの格で品定めをされる。「お祈りメール」が来ればいい方で,選にもれても返事のない事務所も多い。
そのような就活事情の中,就職が決まらず,やむなく軒弁や即独を選んだ仲間もいる。事務所のスペースは借りられるが一切給与は支払われないいわゆる軒弁。弁護士登録後即独立,いわゆる「即独」。
こうして,相当程度のの新人弁護士が,数百万円単位の借金を抱え,不安定な収入状況で生き抜かなければならない状況にある。さながら多重債務者である。
なにしろ,私もそのような借金を抱えて,氷河期と言われる就職難を乗り越え,ようやく弁護士として歩み出したばかりだ。
この日経新聞の記者(平均年収1295万円)は,私たち新人弁護士の置かれている状況を知っているのだろうか。
法曹人口を増やすのは,1.司法過疎地域の解消と2.経済界への弁護士の参画という目的であった。
就職難であふれた人員が地方に就職し,司法過疎は徐々に改善に向かっている。
(もっとも,司法過疎については,日弁連が10年来取り組んでいることもあり,司法試験合格者が1000人になったころから徐々に解消しつつはあった。)
ゼロワン地域以外でも地方への就職は進み,現在では,新司法試験合格者の会員が既存の会員の数を上回る単位会もあると聞く。
経済界への弁護士の参画,特にインハウスローヤーの増員は遅々として進んでいない。
日弁連の弁護士検索で,事務所に(株式会社)と入っている弁護士を調べると,359人の弁護士が引っかかる。
このうち,新司法試験制度が始まった頃の登録番号である36000番台以降の弁護士は155人。
正確な統計ではないが,新司法試験が始まって約5000人の弁護士が増えて,約150人しか企業が弁護士を受け入れていないということになる。3%。
新司法試験が始まって3年で150人ということは1年に50人。そのために,合格者を3000人にすると言っていたのだとしたら,お笑いぐさである。
経済界の肝いりで始まったロースクール制度だったはずなのに,このていたらくである。
そうすると,ここまで法曹人口を増やす必要があったのか不明である。
よくロースクール制度は詐欺だ,などと主張する受験生がいるが,法曹人口増加論ももっと検証されるべきではないか。
そもそも,弁護士は,司法研修所での研修を終えたからといって一人前になるわけではない。
イソ弁というOJTシステムがあったからこそ,今までの質を保ってこれた。それが,OJTの窓口である各法律事務所では増加した法曹人口を吸収できていない。
そのような現状があるのに,弁護士をさらに増やせばいいんだという論には賛成しかねる。
OJTも満足に受けられない質の悪い弁護士が増えて,市民の基本的人権は守られるのだろうか。
これまで見てきたように,現状では,法曹人口増加論のすべての負担が,若手弁護士に押しつけられているのである。
以下ソース
日経新聞の年収 http://www.ganvaru.com/cat_12/ent_8.html
ロースクールの学費 http://laws.shikakuseek.com/expenses.html
司法過疎が改善しつつあること http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/data/zero_one_graph.pdf
日弁連の弁護士検索(ビル名等に株式会社と入力する) http://www.nichibenren.or.jp/bar_search/index.cgi
というのは、良く言われるが、学生は理解しないものだ。
もちろん、全員というわけではない。東大には、原則論としては、優秀な人材が集まっている。
同時に、落伍者もたくさんいるのだけれども。
旧司法試験の頃の文Iの学生は、2年ぐらいになれば予備校に通って司法試験に備えていたように思う。
ロースクールが始まり、弁護士の門戸は広がったが、同時に「人余り」がささやかれるようになった。
離婚調停や破産処理などが多いー京大から弁護士に進んだ知人がそう言っていた。
悲しいかな、それは現実なのだろう。資格者数に対して、案外、分け合うべき果実は少ないのかもしれない。
もちろん、文Iが進むべき道は弁護士だけではない。官僚や有名企業の社長に多かろう。
理文という境が正しいかという議論はさておき、理系の相対的価値は昔に比べれば上がったように思う。
それは、文系の相対的な価値の低下の裏返しであろう、と想像する。
なんども言うが、もちろん、全員ではない。だが、そういった文系が余りにも増えすぎた。
理系から理数的能力を差し引いたら文系、と言われてしまえば、文系の価値など無いに等しい。
それは文Iとて変わらないのだ。
そういった理尊文卑マインドの中で、文Iに真に求められるのは、新しい文系の在り方ではないか、と思う。
「最強の文系」像とは何か。
その答えは、割合、理系とか文系とかそういうことにも有るようにも思う。
理文無関係に過ごす駒場の2年間と、安田講堂の左右(厳密ではないけれども)で分かれる本郷の2年。
その期間が、あなたにとって有意義でありますように、お祈り申し上げます。
http://www.asahi.com/politics/update/1217/OSK200912170104.html
ヘタレだから媚び売っちゃうのか、
期限を損ねたら何をされるのか分からないという政治的防衛本能が働いたのか。
最近たまに見るコピペ(http://irregular-expression.tumblr.com/post/285631291)によると
小沢さんは法律(あるいは法曹資格)にコンプレックスがあるらしいから、
橋本さんが国事行為についての法解釈論をふっかけてみたら面白かったのに。
2浪→東大に落ちて慶大→日大大学院→司法試験受からず→政治家
の小沢さんは、
な橋下さん(一応、弁護士)に対して、どういう反応を示したかな。
こんばんは。修習生増田です。
極楽のような二連休から、一気に地獄に突き落とされる1週間が始まります。
まあ任官志望者以外はそこまで根詰めない人も多いでしょうけど。
今、僕たちは主に事実認定というものを学んでいます。
あれ?法律じゃないの?と思われたかも知れません。
しかし、法律を適用するには、まず事実を確定しなければなりません。
事実に法律を適用することによって、法律の条文に書いてある効果が発生するのです。これを法的三段論法と言います。
ですが、実務、特に裁判では、様々な証拠から事実を確定していくという作業を行っていきます。
つまり、裁判官にならない法曹でも、どのような証拠を提出して裁判官を説得するか、そういう意味で事実認定というのが重要になってきます。
では、事実認定というのはどのように行うのでしょうか。
民事裁判でも刑事裁判でも、自由心証主義といって、裁判官が証拠に基づいて自由に判断していいのが原則です。
もっとも、自由を謳ってはいても、完全に自由であることを許容するものではなく、経験則と論理法則に基づいた合理的な判断が要求されます。
これに従わない判決は、上訴で破棄されます。
たとえば、売買契約を結んだのなら、売買契約書を交わすだろうという経験則があります。
ならば、証拠として売買契約書が提出されたのなら、売買契約を結んだであろうことが推定できます。
これはあくまで経験則ですから、例外的事情があれば、いくらでも覆ります。
売買契約の例では、コンビニでモノを買うときには売買契約書なんていちいち作りません。
税金対策のために、売買していないのに、売買契約書を作ることがあります。
なので、売買契約なんてなかったんだと主張する当事者は、たとえばこのような主張をして頑張ることになります。
長文になりそうなので、今日はここまでにしておきます。
絶賛現実逃避中です。
さて、今日はリクエストのあった、新司法試験の出題趣旨についてコメントしたいと思います。
と思ったんですが、今年のは受けてないので、新司法試験について一般的なあたりを述べてみたいと思います。
旧試験は、大卒なら免除になる一次試験の後に、択一と論文からなる二次試験、最後に三次試験として口述試験がありました。
そして、択一の合格発表は論文試験前に出るので、択一対策と論文対策を分けて行うことが出来ました。
しかし、新制度では、一次試験と三次試験がなくなった代わりに、択一と論文を同日程で行うこととなりました。
そして、択一の出題範囲は、旧試験では上三法(憲法、民法、刑法)だったのに対して、上三法に加えて、商法、民事訴訟法、刑事訴訟法、行政法も出題範囲に加わっています。
論文科目についても、行政法が加わっていて、さらに、専門性のある科目が選択科目として追加されています。
論文では、公法系、民事系、刑事系、選択科目について、それぞれ3~4時間かけて、超長文の問題を扱っていきます。
そして、ロースクール卒業後5年以内に3回しか受けられません。
よく、新司法試験の合格者は、旧試験の合格者より質が劣る、という言説が聞かれます。
実際に、今の司法試験の合格率は非常に低く、合格者が少ないので、質が高いのは間違いありません。
もっとも、以下のような事情もあります。
つまり、新制度では受験回数の制限があるので、記念受験などあり得ないが、旧試験ではそういう受験生が多い。
また、上述のとおり、試験自体が過酷になっていて、法律知識以上に、高度な情報処理能力が要求されている。
そう考えると、言うほど質が粗悪というわけでもないような気がします。
そして、質が低いの一例としてあげられている、2回試験の合格率の低下ですが、これもおかしい。
というのも、質が低いと言われ出したのは、司法試験の合格者が増え始めた時期ですが、これは同時に、司法修習の期間が短くなった時期でもあるのです。
また、かつては司法修習は2年間でした。それが現在では1年です。身につけるべき事項は、新制度の施行とともにどんどん増えていきます。
もっといえば、「弁護士と1度酒を飲みに行ったら就職が決まった」というようなかつての牧歌的な就職状況とは違って、現在では、弁護士業界は超氷河期です。
出来なくなって当たり前のような気がします。
こんばんは,初めまして。
僕は司法修習生。去年の司法試験に合格して,現在修習中の身です。
司法修習生って何者だかご存じですか。
数年前に「ビギナー」というドラマがあったり,ここ数年司法修習生の質が低下したとか色々言われているので,知っているという方も多いかも知れません。
要するに,法曹の卵です。司法修習が終わると,一人前の法曹として,裁判官・検事・弁護士になります。
修習ではなにをしているかというと,もちろん法律の知識を広げるのもそうなんですが,それよりも,文書作成能力というものが問われます。
現在,寮で生活しているのですが,意外に寮の生活というのは暇でして,暇がてら,文章を書く練習を含めて,駄文日記でも付けようと思っています。
今日は集合修習の開始日でした。
先週まで僕らは「実務修習」といって,全国の地方裁判所・地方検察庁・弁護士会に配属され,実際の法曹の下について実務を勉強していました。
今日からは,全国から埼玉県和光市にある司法研修所に集合して修習しています。
司法研修所には,5人の教官がおり,民事裁判,刑事裁判,検察,民事弁護,刑事弁護をそれぞれ教えてくれます。
いずれも実務を相当年数経験されたエキスパートで,僕たち修習生のことをいつも気遣ってくれる神のような人たちです。
彼らに教わりながら,2か月後に迫る「2回試験」に向かって,ひたすら勉強を続けるのです。
2回試験というのは,司法試験から数えて2回目の試験なので2回試験という,単純な名前です。
しかし,各科目丸一日を使って(昼飯の時間も使って!)起案をするというハードな試験です。
9割5分方合格する試験ですが,近年は司法修習生の質の低下だとかで不合格者が増えてきています。
迫り来る2回試験落ちに戦々恐々とした日々を送っています。
司法試験に落ちた。2回目。
だが、ある中堅弁護士の発言があまりに酷い。
2007年が40.18%
2008年が32.98%
2009年が27.64%
(三振者とは、司法試験に3回落ちて、受験資格を失った者をいう)
1-(1-0.4018)×(1-0.3298)×(1-0.2764)
= 1-0.5982×0.6702×0.7236≒ 71%
三振者が3回以内に新司法試験に合格する確率は70%を超えていた。
(旧制度では、三振制度がなかったためにこのような計算はできない)
結 論
三振者に同情の余地なし
http://legal-economic.blog.ocn.ne.jp/umemura/2009/09/post_820c.html
ところがこの先生、旧司法試験で択一式試験(要するにマークシート)に4回落ちてる。
最終合格したのは6回目。
http://legal-economic.blog.ocn.ne.jp/about.html
この人の時代は司法試験を何回でも受験できた。択一試験の科目だって今の半分だ。
現在の受験生は3回しか受験資格が無い。しかも大学院に数年通うことが必須とされている。
受験できるのは修了して5年以内。
この人のように働きながら受けることは事実上不可能となっている。
高い合格率、異業種から多様な人材を法曹に育成する、大学院の教育能力は充分、
そんな謳い文句で会社を辞めて来た人も大勢いる。
合格者数も当初3000人とアナウンスされていたのに2000名弱で停止。
発足わずか5年でこの波乱だ。
旧試験時代には、ここまで受験生が振り回される事態は無かった。
これほど昔と状況が違うのに、3回落ちるのは同情の余地が無い、とこの先生はおっしゃる。
司法試験で一定の技量を見せないと仕事に触れることが出来ない。
客に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。
力が足りなかった以上、俺が撤退するのは仕方の無いことだと思う。制度をごちゃごちゃにした国に恨みは残るけどね。
まあ、↓のように、いい中年が弁護士資格を鼻にかけて大はしゃぎしてるような世界だし、入らないでよかったのかもしれない。
そう思いながら、新しい道を模索している増田26歳の秋。未来はどこだ。
キミが数学できないのはよく分かった w
(キミのアタマでは無理だとおもうが)
このコメントがバカをさらしていることを理解できないのは
シアワセなのか?
しかし、間違ったアホなことを堂々と書いて平気でいられるのは
匿名の良さだね。
三振制度の限定の下でなりたつと、ちゃんと括弧書きで注意書きまでしてるのに
( → 国語力もないってことか)
確率論を応用した実質合格率の概念も理解できんとは -----
こんなんが分からんということは
(実質概念を考えることができないクルクルパーじゃどうしようもない)
みんな、ゆとり世代?私大文系専願?洗顔?顔洗って出直してこいや。
最低合格点をどうしてもあげることができない答案ばかりで
よく分かる。
ここのコメントのような明らかにバカなことを答案に書いてるので
点のやりようがないってわけか www