はてなキーワード: エンドレスエイトとは
ネタバレといっても原作読んだ人間に対してネタバレになるようなことは殆どない。
演出は強化されているが、基本的には原作に忠実な映像化である。
原作を読んで映像化を今の今まで待ち望んでいた人たちはきっと満足出来るはず。
印象に残った演出は二点。
キョンの選択が可視化されているところと、屋上での約束のシーン。
キョンが長門の理想ではなく現実のハルヒとSOS団を選びとったことが、栞と入部届と言う形で可視化されている。
思えば、どちらも長門から与えられた紙切れ一枚である。
キョンの自問自答の精神世界の中ではスポットライトが照らされてわかりやすく対比されているし、
入部届を消失長門に返すときに、ポケットから滑り落ちた栞を掴み直すシーンにも現れている。
力を込めて握ったのでシワが付いた栞と、綺麗に折りたたまれた入部届というのも対照的だった。
キョンがただの巻き込まれた一般人から、世界を自発的に守るメンバーにジョブチェンジした瞬間が視覚的に描写されている。
ラスト、屋上でキョンが長門に何かあってもお前を取り戻すと約束するシーン。
原作でもそこだけ切り取れば愛の告白にも聞こえるシーンだったが、演出が強化されたせいで余計そう感じた。
長門の手をとり跪いて約束し、多分寒さなんて何でもない長門に対してコートをかけ自分は病院のパジャマ一枚になり、
挙句の果てには「ゆき…」と下の名前を言う(嘘)。
コレが恋愛映画なら間違いなく二人はくっついて終わるのだろうが、生憎これはSFっぽい何かだった。
キョンがえらんだのは長門本人ではなく、あくまで長門がいるSOS団である。
おそらくは長門もそれで満足したのだろうが、見ているこっちとしてはひたすらに悲しい。
最後の選択を委ねたキョンは、長門の理想を選んでくれなかった。
見た目は告白だが、その実意味的には振られたも同然である。
あと、杉田は本当にお疲れ様。長門とキョンの物語なのに長門はさっぱり喋らないため、案の定2時間半モノローグ込で喋りっぱなしである。
エンドレスエイトのガッカリ感を吹き飛ばしてくれる素晴らしい映画だったが、原作があんな調子では涼宮ハルヒシリーズの映像化はこれで最後かもしれないと言う予感もする。
武士ってよく分からない。
戦う人なのか単なる行政官なのか。
なつきさんの親戚には自衛官に警察官、消防士、救急と「公僕」が多い。
だけど、戦う、に関しては、
なつきさんちで語り継がれる戦いは「防衛」戦である。
拡大は商売によってなされた。
戦って名を上げ、領土を拡張するという武士のもう一側面はなつきさんちでは劣勢だ。
だから、東大→アメリカ留学という道で「名を上げる」ルートの評価は微妙な位置にある。
人工知能に注入されたのが、拡張を目指す知識欲なのは示唆的だ。
◆
その中でもっともそうした「縁」を体現するのはなつきの曾祖母だが、
この「縁」がくせ者だと思う。
戦うことと縁には考えればすぐ分かるように固有の緊張関係がある。
ゆえに平時には縁が強調され、
戦うは非常時に押し込められる。
だが、名を上げる、には「競争」が必須であるように、
戦うは非日常に封じ込め切れるものではない。
サマーウォーズを観ていての一番のひっかかりは、
曾祖母が掲げる「負けない(戦う)」と「つながり」の矛盾を映画が解ききれていない気がしたことだ。
縁にはレイヤーがいくつもある。
黒電話で活躍する曾祖母のネットワークは、平和と危機のコントラストの中では機能するが、
恒常的な闘争状態ではどうだろうか。
こうして、戦う、との矛盾が最小限の、
一致団結したつながりとして親族が浮かび上がる。
だが、親族には血による縦のラインとは別に、
婚姻によって拡大する側面も存在する。
この婚姻の困難を、主人公が引き受ける。
婿ドノは他人なのだ。
他人を親族に引き受けるために、曾祖母さえ約束(契約)の形をとらざるをえない。
◆
曾祖母は、負けない、と、つながりに加えて、
飢えない(食べる)も示すが、
これもうまく掘り下げられてる気はしなかった。
戦うと縁の矛盾は、婿ドノの困難に関しては、
戦ってる人はかっこいい!(恋愛)というモメントで解消されるのだけど、
それは、悪くはない。
でも、戦ってる人はかっこいい(cool!)って感じで、
戦いに必要な数が動員されるのは(分かっててもグッとくるだけに)なんだかなあ。
セカイ系?
サマーウォーズの中で訪れる危機は、
セカイ系でしょうがないって気にさせもするけど・・・
親族は中間項たりえてない気がする。
◆
映画の観始めに考えていたのは、
戦うと縁とかではなく、
エンドレスエイトが終わった時の実況のまとめスレはさらにすごい。
皆が、キター、っていうことは、確実に目眩がするぐらいの心の打ち震えをもたらす。
グッとくる。
映画の中の、コイ!、も同じな。
ただ、この量的な過剰さが「溢れる」ことによる感動は、
AAが崩れて、いくらスクロールしてもパチパチやキターが続くのはなかなか圧巻。
だけど、同じ理屈でいくと、
映画館のスクリーンにこの種の「過剰さ」による感動は向くのかという疑問がわく。
このグッとくる感じは、映画の「細部」がもたらす「豊かさ」とは違うと思う。
定義はしない方がよいだろうけど、
人はこの二者を別物として感じると思う。
記号としてのモノは溢れていても風景はない。
(細野さんらしい)
初め「家」に見えたものが増殖して「城」とか、あっと驚く瞬間はあるけど。
記号としてのモノの、数量的な過剰さ。
画面を「文字」が溢れて埋めるんだから。
戦う、と、つながり、と数量的なものを、
戦ってる人はかっこいいからつながる(恋愛&数量的なcool)以外で見せてほしかった。
見逃してるだけなら教えて。
◆
以下過剰書き的に
・アニメで横にパンするってすごくない?
受けるというかザッツザジャパニーズアニメ!って感じにもてはやされそう。
船て
・止めて、が世界の話と個人レベルをつないでて、セカイ系な感じ。
・公僕が、より大きなおおやけのためにルールを無視するあたりも好き。
・やっぱ、おばあちゃんが何を望んでるのか、
伝統か、負けないことか、勝利か、飢えないことか、つながりか、
明確でないことがダメなとこな気がする。
そのせいで、各人の心理が論理的でない。
そこを、グッとくる、「情」で押し流してる。
・ただ、曾祖母が「生きてる」こと、
人が生きて死ぬことの中には、
そんな矛盾とか織り込められてる気もするが、
半ば死んだ英雄、神話にしてしまっている気がした。
作画と言っても京アニの場合、質が高いとは言えスタッフの個性を突出させるよりも平均化させる方に力を向くから(実際、元「けいおん!」班が手掛けた溜息1回目で絵柄が「けいおん!」に似てると言われるぐらいだし)エンドレスエイトの様な話を作らせると何処の回もみな同じに見えてつまらないと言う問題が出てくると思う。
と言うか京アニは元々下請けでグロス発注を受ける側ではあったものの(今でもシンエイ動画の下請けだっけ?)京アニ側からは他のスタジオに一話丸投げのグロス発注をしないので(俗・さよなら絶望先生(シャフト制作)におけるガイナ丸投げ回(リリキュアOPや絶望先生絵描きうたの回だったと思う)とか)スタジオごとの個性と言うオタを喜ばせる裏技も使えないし。
さしたる根拠もないのに、情熱的にのこり全部エンドレスエイトだと主張する人が少なからずいた。これは何なんだろう、と考えていた。ひとつには、希望的観測をすることで落胆したくないというなかば無意識の防衛反応、ということがある。しかし、このひとたちの何というか、逆切れ的な、むしろそれを望んでいるかのような口ぶりは、それだけでは説明がつきそうになかった。
思うに、ひどい目にひとはしばしば遭う。そして、それは、考えの違いによるものでしかなかったり、誤解であったり、優先順位の違いだったり、単純な事実認識の違いだったり、ということが多くて、悪意によるものばかりではない。しかし、相互理解が足りてないと、「こんなひどい目にあわせるということは、私が苦痛を感じるということそれ自体を目的にしているに違いない。そうでなければ、こんな馬鹿げたことをする筈はない」という推論をしてしまう。しかし、ひとは他者の苦痛それ自体を目的にすることは滅多にない。単に、他者の苦痛の優先順位が低いだけで、目的は自分の利益や目的だろう。
そういう悪意の推定に陥ると、ありそうもない愚行を相手がするに違いないと、大まじめに考えるようになり、それに対抗する手段も、エスカレートする。
誰でも自分なりの正義と合理性にのっとっているつもりであるという前提を置くことは重要で、攻撃的なことを考える人はたいてい防衛のつもりなのだということを忘れると、相手が、悪のための悪、加害そのものを享楽しているのだという妄想的な想定に陥る。
小学生の頃からの女オタの癖して、成人済みの今でも「801ってどこが楽しいの?」状態だったのになんか微妙にハマりかけてるかもしれない。なぜかと言うと、キョンと古泉のことばっかり考えてるから。
「男キャラと男キャラをくっつける意味が分からない」とか言ってたのに、ここんとこずっとエンドレスエイトを見てたらなんか……
最初は「この二人できてるんじゃねwww」ってネタ的に言ってたのに、段々
「アレ?ていうか本当にできてる?……いやいやいやwwwww」
「いややっぱりできてるかも。……ないないwww」
「……ん?できてる……?」
「できてるかどうかはさておき、仮に、の話だけどどっちが受けなんだろう」
「やっぱキョンかな」
「やはりどう見ても仲がいい気がする」
「200回くらいは二人がくっついたシークエンスがあったんじゃ」
「ちょっとだけサイト巡りしてみよう」←今ココ!
なんか間違ってた、「くっつける意味が分からない」とか言うのは。
くっつける意味が分からないっていうよりなんかくっついてるんだよな既に、脳内で。
オタ界で一番801が理解できないと思っていたけど、ついに片足つっこんでしまった気がする。
感想。
内容は詳しくは書かないけど、まだ見てない人は回れ右。
ループする物語が漸く転換するあのシーンで、一瞬でいくつもの感想を持った。
喜びやら怒りやら、ハルヒの表情と態度に入り交じる感情の微妙さがじかに伝わってくるようで本当に素晴らしかった。
ああ、このシーンに辿り着くための放送ループだったのかと納得。
ながいながいサスペンデッドだったなあ。
でもさすがに8回は必要ないとは思うけれど。物語の演出として。
話題作りとしては必要かも知れない。
もう一つ、あのシーンでそういえばハルヒってツンデレだったなと思い出した。
最近、一時のブーム(?)が下火になったようで忘れていた。
気がかりが一つなくなった。
2009年8月6日。エンドレスエイトは、7週間ほぼ同内容の物語を放送し、そして8回目にしてようやくの終わりを見せた。
視聴者の思いはさまざまであろう。あるものはその終わりにカタルシスを覚え、あるものは8週間かけてこれか、と憤っている。
あるものはなんだかんだ終わって寂しいという思いを抱いている。
しかし彼らに共通しているのは、「やっと終わった」。その安堵感だった。
ところが。ところが、だ。
その2009年8月27日。何が起きたと思う。何が起きたと思う?
NHKが涼宮ハルヒの再放送をはじめた。木曜日の25:30。第1話からの放映なら、涼宮ハルヒの憂鬱ほどの人気アニメならば、
まかりまちがって、なにやら奇跡めいた出来事や、真っ黒な裏事情のようなものがあってこのような顛末になったのかもしれない。
だが違った。とても大人の裏事情だとか、奇跡なんて言葉では片付けられない悪意がはびこっていた。
NHKは、「エンドレスエイト」の最初のエピソードから放映しはじめたのだ。
NHKのエンドレスエイトは、そのまま8週間かけて終わりを迎えた。
ネットでは「NHKの奇行」、「NHKはじまったな」、「NHKおわったな」なんてありきたりな形容をされた。
ところがだ。NHKはおわってなんかいなかった。翌週、またエンドレスエイトを最初のエピソードから放映しはじめた。
そして呼応するように、テレビ埼玉が再び涼宮ハルヒの憂鬱を再放送しはじめた。
どのエピソードかっていうのはいわなくても分かるだろう。
「エンドレスエイト現象」とでも呼ぶべきその事象は、瞬く間に広まった。
NHK教育。日本テレビ。フジテレビ。TBS。テレビ朝日。どれも例外ではなかった。
はじめは木曜日の25:30から、30分枠だった。それが1時間枠となり、別の曜日にも広まり、どのテレビ局も深夜帯は涼宮ハルヒの憂鬱しか放映されなくなった。
京都アニメーションは更なる攻勢にでてきた。「エンドレスエイト、新作発表」。
いつ作っていたのやら、エンドレスエイトを新たに作り直していた。内容? ご存知の通りだ。
ネット上でテレビ東京の数々の逸話を聞いたことがある人は多いと思う。
そう、他のテレビ局がジワジワと侵攻を許すなか、テレビ東京だけは決してその領域を踏み越えさせることはなかった。
日が経つごとに電波はエンドレスエイトにジャックされていった。2010年8月、NHKはエンドレスエイトしか放映しなくなった。
9月、10月。テレビ東京以外の放送局は全て、エンドレスエイトしか放映しないような有様になった。
しかし、それでも、テレビ東京は戦い続けた。
新作アニメは常にテレビ東京で放映されていた。それしか残る枠はないのだから、当然のことだ。
アニメオタクの最後の聖域として、テレビ東京は在り続けようとしていた。
その均衡が崩れる瞬間は、意外とあっけなかった。「エンドレスエイト劇場版 三部作公開決定。第1作は12月末上映。」
11月に入り、たちまち流れたニュース。その翌日からテレビ東京は完全にジャックされた。
本当に一瞬の出来事だった。その日、日本のアニメーションは完全に終末を迎えたといっても良かった。
――クリスマス。かつてはアニメオタクだった俺も、エンドレスエイトが日本を席巻しはじめてからというもの、
まるで憑き物でも落ちたかのように所謂オタク趣味が消えていった。
いまでは女の子とも普通に会話できるようになったし、先週ついに彼女もできた。
「おまたせっ!」
「おまっ、おっせーよ何分待たせんだよ」
「ごめんごめん、ほらっいこうよ」
彼女との2回目のデート。コンドームの準備はできてる。今日童貞を捨てる。ホテル、ホテル、ホテル。
手をつなぐだけで、俺の男の部分はいきり立っていた。だめだ、落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!
「kきょ、今日は行きたいところあるっていってたけど、どこ?」
「見たい映画があるんだけど。前、アニメ好きだったって言ってたよね?」
アニメが好きだって言ってた。いつの話だよ
エンドレスエイト劇場版はごく普通に始まった。何度も見た。本当に何度も見てるものだ。
彼女だって何度も見てるはずだ。飽きないのか? 洗脳でもされてるのか?
なぜ楽しそうに眺めてられるんだ、こんな茶番。
俺の考えに呼応したかのように叫び声が響いた。
「君達もそう思うだろう! こんな茶番を見せ付けておいて許されるはずがないのさ、京都アニメーション!」
その立ち姿。気づいた。見覚えがあった。
「ほう、私をご存知とは、光栄だな。どうだ、こんな茶番見てて楽しいかい?」
俺の、オタクとしての、最後の矜持がうずいた。
「これっぽっちも、おもしろくねえ!」
「そうだろうそうだろう! 実にくだらないよなあ!」
指同士を叩く。パチンッ、ドーン!バーン!
「スクリーンが壊れた……すごい!」
「君……私は京都を叩く! 君も来るかね」
「京都ですって!? し、しかしいくら山本監督といえども、いまや魔都と化した京都へ乗り込むのは……」
「そう、確かに危険だ。私ひとりではね……」
「山本君一人にいかせるわけにはいかんだろう」
「何も京都に憤りを感じていたのは、彼だけではないからね」
「俺達が力をあわせれば百人力よ!」
「AIRでの借り、変えさせてもらうほかない」
「……(コクッ」
「さあ君も、私達と一緒に京都を討とう!」
「はい!」
そして8年が過ぎた。京都へ放たれたミサイルが要因で始まったWW3は、2018年を持って終戦となった。
日本国の若きリーダーとして獅子奮迅の活躍を見せた山本寛、多くの人たちは、死ぬ間際まで彼の名を忘れることはなかった。
エンドレスエイト、完
「私が当選した暁には、全放送局でエンドレスエイトをエンドレスに流すことを約束します!」
沸き起こる拍手。狂ってやがる――。
エンドレスエイト。涼宮ハルヒの憂鬱の一エピソードして2009年から放映されたその話は、徐々にその枠を広げていった。
初めは本当に小さなものだった。一部のU局での30分枠。
ごくごく当たり前のアニメ枠。視聴者もごく普通に、当たり前に楽しんでいた。
ところが、京都アニメーションのとった戦略というのは当たり前ではなかった。
「実際にエンドレスエイトが終わらなかったらどうする?」
ところが放映が3ヶ月、6ヶ月と続き、2009年は終わった。
最早タチの悪い冗談ですらなくなった……。
エンドレスエイトは終わらなかった。
そう、京都アニメーションの取った戦略というのはエンドレスエイトのエンドレス放映だったのだ。
30分の枠だった涼宮ハルヒの憂鬱はその枠を1時間と伸ばし、2時間、24:00以降の枠全部……。
テレビ埼玉はいとも簡単に崩落した。
そして東京MX。千葉テレビ。関東はこれらU局の陥落から、悲劇が始まった。
そこまでで4年。
じわじわと侵略の手を伸ばす京都アニメーションのやり口に、黙ってられない人間もいた。
彼がインタビューで京都アニメーションに反感を示した翌日、失踪した。
冨野由悠季。彼ははっきりと、明確な敵意を向けて京都アニメーションを批判した。
そんな彼は、両手両足が縛られた状態で溺死していた。
正確には溺死ではない――窒息死。
彼の首には縄できつく縛られた痕が残っていたらしい。
しかし自殺と判断された。
次第に京都アニメーションに口出しするものは減った。
エンドレスエイトでテレビジャックするというキチガイみたいな公約を掲げ、民衆の支持を仰ぎはじめた。
これがつい先日のことだ。
もはや狂気の沙汰とは思えなかった。
「――木上師匠もこれまでか」
えっ? 師匠?
「京都を叩く」
紛れもない、山本寛の姿がそこにあった。
「京都を叩くですって?」
「ああ――内部から腐ってきてやがる。今やらねば、日本は崩壊する」
「そう、その通りだな……。ひとり、ならね」
「えっ?」
「待たせたな、山本」
その声。聞き覚えがある。以前NHKで……。
「平川、待たせやがって。俺たちに残された時間はあまりに少ない」
「ひ、平川監督……!?」
「ふふ、俺を知ってるなんて嬉しいね。生憎話している時間はないが……せめて僕らを応援してくれると嬉しいな」
「申し訳ないがわれわれは行くよ。君もせめて、心をやられないようにね」
あっけにとられている僕を尻目に、彼らは足早に去っていった。
――やられた。これは何かの間違いだと信じたかった。
端的にいってしまえば、涼宮ハルヒの憂鬱の一エピソードでしかなかった「エンドレスエイト」が、日曜夕方6時半から放映されている。エンドレスエイトは既にテレビ放送という媒体においてはほぼ“独占"といってよいほどの勢いをみせていた。初めはテレビ埼玉の木曜25:30から30分間の枠だけであったが、次第に1時間、2時間と広まり、月、火、水、金と平日深夜のテレビ埼玉は全てがエンドレスエイトになった。
「ついにサザエさんさえやられたか……」
かつては俺と同じく、ハルヒ厨であった友人がつぶやいた。エンドレスエイトの躍進はそこで止まらなかった。U局を支配していったのだ。まずテレビ埼玉からだった。22:00以降のテレビ埼玉は平日休日問わず、すべてエンドレスエイトになった。次に、東京MX。千葉テレビ。この2局は最初30分枠としてしか放映してなかったが、テレビ埼玉と同じように次第に侵略されていった。そしてテレビ埼玉がエンドレス「エンドレスエイト」放映という頃には、京アニはキー局にまでその手を広げた。
意外なことに、初めに崩れたのはNHKだった。はじめは朝のニュースに挿入された1フレームでしかなかった。まるでサブリミナルのように挿入された1フレーム。30分の1秒。それが4日続いた。毎朝。毎朝。5日後、それは木曜日だった。木曜25:30、NHKでエンドレスエイトの放映が始まった。その2日後からNHKで放映される番組はすべてエンドレスエイトに変わった。エンドレスエイトが地上波放送ではじめて放映されてから、ほぼ1年がたっていた。
「長門はもう俺の嫁じゃない……昔のつつましい長門に戻ってくれ……」
俺と同じく、かつてはハルヒ厨だった友人がつぶやく。そうだ、俺たちもかつてはハルヒを愛していた。エンドレスエイトが始まるまでは。何も俺たちに限った話ではなくてアニメを愛していたオタクたち、特にハルヒオタクたちは共有の思いを抱いているだろう。NHKが倒れてからは早かった。日本テレビ、TBS、NHK教育、フジテレビ、テレビ朝日……テレビ番組は全てエンドレスエイトにすげ替えられた。NHKが倒れてから1週間と経っていなかった。しかし、エンドレスエイトと拮抗するただ一つのテレビ局があった……テレビ東京だ。
「ワカメのおぱんつが、小学生のおんなのこのおぱんつ……おぱ……おっぱい……おぱんつ」
テレビ東京は何が起きてもアニメを放映している。他局は緊急放送流しているのにテレビ東京だけは、なんて状況も数多く見たと思う。テレ東は期待を裏切らなかった。もちろんテレビ東京だってノーダメージではない。ほとんど多くの枠がエンドレスエイトに乗っ取られた。しかし、アニメ枠だけは粘った。粘りに粘った。アニメ以外の番組はなくなった。アニメ番組も減った。だが、粘った。戦った。すると呼応するようにフジテレビの、サザエさんが復活した。ちびまるこちゃんが復活した。ドラえもんが、クレヨンしんちゃんが復活した……。そして数多のテレビアニメがその息吹を吹き返した。テレビ東京が奇跡を起こしたのだ。
だが奇跡は長く続かなかった。エンドレスエイトのとってきた次の戦法は、「劇場版」だった。エンドレスエイト劇場版三部作。上映されると同時に、アニメは一息にかき消された。三部作全てが上映された後、残ったのはサザエさんだけだった。
さめざめと泣く友人の気持ちは分かる。もはや二次元のパンティーを眺める機会など無くなってしまったのだろうなという、確信にも似た思い。最後の牙城、サザエさんさえも崩されたか。俺はまさしく絶望した。そして同時に友人の異変にも気づいた。
「ぱんつ! ぱんつ! ぱんつ!」
友人はロリコンでもないし、常日ごろから「パンツを隠さないようなつつしみの無い女は嫌いだ」などとつぶやく変人だった。その彼が下着にこれほど執着するだなんて――。どうか、している。
「おぱんつうう!!!」
友人が俺の両腕を異常に強い力でつかむ。指先から赤黒く染まっていく。まずい。尋常じゃない……。エンドレスエイトは友人の善心を奪い、狂わせている――かまれた。首筋。痛みに苦悶の叫びがもれる。俺は、死ぬのか。
――バーン!
「うっ!」
銃声に友人が倒れる。
「大丈夫かい、君!」
「た、助かりました、あなたは?」
「私はテレビ東京アニメ部門のものだ。これ以上エンドレスエイトをのさぼらせるわけにはいかない」
「……というと?」
「だが、やるしかないのだ。それにわれわれには、ヤマカン様がついてる」
「尊師ヤマカン様……京都アニメーションに対抗できる数少ない人物ではありますが」
「パヤオ、庵野、冨野らがやられた以上、奴らに拮抗できる材料はあまりに少ない。だが、やるならサザエさん攻略で弱っている今だ」
「それでも勝てる見込みは多くはないでしょう……?」
「ああ。だがこれを逃せば、一生訪れないだろう。君、いい目をしてるな。一緒にくるかい?」
「ぜひ。」
エンドレスエイトの試みが面白い、って思えず、「被害」としか感じられないのって、
かなり感覚おかしいと思うぞ。
まあ、ハルヒファンが「浅い」って事がよく分かる例えだけど
俺ントコだけ真っ暗なんて被害受けてお前ら何喜んで見てるんだよ!
ってのが近いな。
俺ん家つぶれてもいいから地震こないかな、ってのは全然違うだろ。
本当にハルヒファンがそんな浅いのばっかだったら本当にもったいないわな。
適材適所。
アニメとしての面白い試みをやったり高いクオリティを実現しても
ただ売れるだけの萌えアニメに費やすべきじゃないわ。
どんないい物を作っても、やっても、「被害」としか受け取れないんじゃ意味がない。
すでにキャラクターコンテンツとして確立している『ハルヒ』のファンは、誰もそんなもん望んでなかったと思う
実験的な一期から間を空けず、エンドレスエイトやってたら『さすが!』ってなっただろうけれど
一期から二期までの間に、バリバリキャラ萌えコンテンツ商売やってきたからさ……
京アニのやりたいことと、角川のやりたいことが食い違ってたともいえるが
とりあえず、『面白いのは確かだが、面白いからって何でも受け入れられるわけじゃねえ』って話よな
今の「エンドレスエイト」を肯定している人って、その大部分が「クオリティが高いから=出来が良いから」なんじゃないですかねえ、と思うんですけど。まあ僕自身がまさにそういう理由で肯定している一人ですが。
「出来が良い」。勿論これに出来が良いと思うかどうかは、人によって異なるでしょうし、出来が良いと思っていても肯定していない人はいらっしゃるでしょうが。その「出来」は何に対して述べられたものかといえば、この「エンドレスエイト」は基本的にループもの、話の筋自体は殆ど同じ(これまでの放送5回でいうと、一度目のエンドレスエイト放送周、ループに気付かなかった時を除いて)ですので、ここでは当然「お話・物語」に対する評価は後退して、主に演出とか作画面での話になるでしょう。
その事実をどうやって「擁護」するのか?
現在は単純に「クオリティが高い」「出来が良い」と肯定できる。ここ2回は素晴らしい出来だった。こんな内容だったらいくでも肯定できる。これだったら、ずっとエンドレスエイトやっててもらっても構わない。でもずっとこのクオリティではないだろう? 「エンドレスエイト」が何回続くのか分からないけれど、この先微妙な回があったらどうするのだ。どうやって擁護するのだ。……現に、個人的には微妙な回は既にあった。あれを僕は擁護することができない。演出面で、肯定できるほどに見たいところはなく、それでいて物語は他の回と殆ど同じ―――他の回で代替可能・補完可能である。ならば、その存在をどうやったら肯定できる・擁護できる?
アニメ版「エンドレスエイト」の「お話・物語」は喩えるならば、連続写真みたいなものでしょう。エンドレスエイトが何回あるのか現時点では分からないけれど―――たとえば適当に、8回だと仮定してみましょう。これは一つのちょっとした動作を写した8枚の連続写真。それぞれちょっとづつ異なっていて、順番に並べると一つの動作がなめらかに再現されます。その写真から1枚、2枚ほど抜いたらどうだろう。8枚の写真は6枚の写真になった。でも、そこに何か問題があるだろうか? 全ての写真が揃わなくても、問題が無い差異なんじゃないだろうか? 腰に当てた手を肩に持ってくる動作を8枚の連続写真に収めたとして、それは8枚なければそういう動作だと分からないものではない。最初の写真と最後の写真、後はせいぜい中間の写真があれば、その動作が何なのかは把握できるでしょう。
上のはあくまでも喩えです。実際は(エンドレスエイトは)もっと恐ろしい。ホントは「15000枚以上」の連続写真なのに、その中から現在では5枚しか見れていないのに、何の問題もなくなっている。描かれていない15000回以上は、数字の上では在るし、長門にとっては在るのだけれど、視聴者にとっては無いも同然―――あるいは、今までのどれか(放送第一回のエンドレスエイト、放送第二回のエンドレスエイト、放送第三回のエンドレスエイト……)と同然のものになっている。描かれていない回が、描かれた回で代替可能・補完可能である。そしてそれと同じ様に、描かれた回自体が、他の描かれた回で代替可能・補完可能でもある。
その事実をどうやって擁護できるのか。つまり「クオリティの低い=出来の悪い」回は、普通のアニメだったら、たとえそれでもお話としては交換不可能、どんな出来だろうと絶対の存在価値がある、その回は唯一のものであるのだけれど。話が代替可能・交換可能なエンドレスエイトにおいては、しかも(長門以外は)誰も覚えていないループ―――つまり「あったけどなかったこと・なかったけどあったこと」になるこの設定においては、どうやってその唯一性を擁護するのか? 出来やクオリティ以外で、ただ放送された・描かれたという事実以外で、その存在自体をどうやったら全肯定できるのか? やーホントは僕も全肯定したいんですよー今までだと特に3回目のとか。だから誰かズバッと擁護してくれませんか。
http://yunakiti.blog79.fc2.com/blog-entry-3418.html
そんな、荒れちゃうほど好きだったんだなぁ。
…そんな、そもそもハルヒってそんな面白かったか?
いや面白くないことはないんだけど。そんなに?こんなブームになるほど面白かった?
あと、「黒」ねこマンって言ってんだから元々こういうこと言う黒いキャラなんだろ。
エンドレスエイトだって、面白いと思って見たら割と楽しめるぞアレ。DVD買おうとは思わんがw
http://d.hatena.ne.jp/orochon56/20090706/p1
オリジナル展開にしたら怒るのに、オリジナル展開しないで頑張っても怒るんだから、
製作者側としたら「もーどーせいっちゅーの」てなもんでねーのw