はてなキーワード: きちがいとは
四輪車 が 五輪 なんだろうね。 ← これ 50年ほど前 の 冗談 (覚えてるひといるだわ まだ
地域組合 の 通帳 の 残高 って 引き落として つかってしまっても まだ 逆 に 残高に一切手をつけずに 一円も引き落とさなくても 地域組合の金融機関 の立場からいわせると 「まったくおなじ」
ただ、引き落としてつかってしまう なら いったん 小売店舗のレジにおかね が 渡る よね。 それだけ。
ただね。 東京 で 窃盗 に該当する行為 に 地方 では お咎め が ない (公にいわれることがない) から ね よく まちがえる。
東京 では 「おかね を 盗んだ ひと が 窃盗」 地方では 25年前 ぐらいは 「ものをぬすんだ ひと が 窃盗」 当然 自分のものではないお金を盗んだ人も窃盗。
案外むずかしいはなしなんだけど ひとつだけはっきりしていることがある。 そこが もっとも 地方 では はっきりしていること を 自分の口から いうひと は 少ない だろね。
なんで 窃盗 に 該当 する のか というとだな。 「きもちわるいから」 だよ
しかし懲りないねえ。 東京 に 対して 金品算出 で 黒字 なら まちがいなく 窃盗 なのに さ
まあ あまり たにんに対してとやかくいう習慣がないのも 東京の大学に通う高校生だったりするんだけどさ。 4年で早々に就職きめるために だいなりしょうなり おかねを 持参しているだろうからね。
ところがだな。 都内の大学 って みている と 事情しりたる ひと は もう こっけい で こっけい で しかたがない。
「就職って どうすること を 就職 というの?」 外 は 内 では ない から 「それ 内定 じゃねえだろ」
まあ 高等学校 の 数学 に 確率・統計 と いう 科目 が あるんだけど。
なんで。「確率・統計」 という タイトル なのか かんがえたことあるかい?
確率・統計 って 確率 と 統計 が あるんじゃなくて 「確率しか履修できないひと」と「統計として履修できるひと」 の 2つ に 分かれる から だよ
大学 で 統計 の 単位 を 落とす 学生 って かなり いるんだよね。 ただし 本人 には 通知 しない。
だからね じぶんたちだけの 妄想 に 浸って その 妄想 から 自己中心的 な 物語 を 構築 して わけのわからない 発言 を 他人に対して 繰り返す 癖 は ぼちぼち およしなさい
なんできがつかんのかね? 「いらないこと」は「いらない」だろ
えっれー かんたんなはなしなのに なんで きがつかんのかね?
「いらないこと」は「いらない」だろ
( あなたたち に こころあたり が ある こと は あなたたち 以外 で やっぱり だしうけ さかさ だけど 境遇が似た業態 の ひとたち 「も」 ききおぼえが あったり する んだよね
むしろ そっち を きにしたほうがいいんじゃねえの?
「いらない」から 2等分 して 「足して」ゼロ。 おわかり?
もっとも 身近な はなし なら 住宅施工 は 「1件」 が もっとも 見入り が おおきい 「おかねもね」
だからね 「住宅施工はね」(げらげら まあ、わざと 日本語 を まちがえる 癖 が ある 「ばか」 が 最後 まで 陥る 「どつぼ」だよね
だからさ 「きちがい が なに を いっているのか なんか ぜんぜん わからん」だろ
「いらない」んだから 申請するしない じゃなくて 「いらない」だろ
きがつくかな? 結果往来 で そこそこ 問題なく 済んでる うち は あまりきがつかないだろけどね。
こんなところ で 「守秘義務」が 効いてくる から 不思議なもんだね (げらげら
いらないこと「は」いらない「だろ」
いらないことは、いらないだろ
↑ これだな。
あこうの あほ が あほう だろ いらないこと は いらない だ ろ
あこうのあほ の 行動 に 特徴 が ある ってこと だよ
あこう を 「あほ」よばわり している ひと に 「ちかずく」 あほ だろ
「あこうのあほ」ゲーム では 当然 「あこうのあほ」が「主導権をとる」という先手がある しかし それも 後手の巧妙。 そう。よくある「アレ」 25年待っておれば そのうち 一度くらい は すれちがったりするもんだよ
なんで きがつかんのかね?
あこう を あほ よばわり しているひと に 「ちかづく」 なんでかしらないけどね
そう。
「あほよばわり」 って 「どうすること?」
事後の偶然だけど そういうこと。
だから
「いらないこと」 は 「いらない」 だ ろ
あっさりしてる
ろこつ な あほよばわり に なれてしまって ひとつ もっともシンプルな「あほよばわり」を忘れてしまっている。むしろ日常なんだろうね
昔の自分のブログ読みなおして、あまりの痛さに抱腹絶倒していた。
だけど途中で本当に鬱っぽくなってた時は、
主語はないし、意味が分かりにくいし、些細な愚痴をやたら攻撃的に書いてるし
偉そうだし、話は飛ぶし、切り口も話題の選び方も痛々しいし、
要は惨憺たる状態だった。
根本的なところで文章が下手なんだろう。
そんな最悪な書き出しだが、俺がむかし鬱っぽくなった理由を書くので聞いてくれ。
必要以上に憎んでいたと言っても良い。
なんでかって、小さいころから空気読めなくてやることなすことトロくて、
今思えば発達障害だと思うが、その時はそんな知識もなく、
俺は地雷踏みぬきまくって親から罵倒されたりどつかれたりしていたわけだ。
放任されて風呂に入らなかったりしたので学校でもまあひどかった。
そう書くと大げさだが、実際は無視が大半だったので
(飯は普通に食わせてもらってたし)特にどうということはなかった。
なんだかんだ大学生になって、そんな「普通」が普通でないことに気付いて、
それまで自分で服を買ったことがなかった俺が雑誌とか読みまくって
ようやく人間としてのナリを整えるに至った。
その時にDVは良くないということも学んだ。
で、だいぶまともになった俺はサークルとかに入って仲間とかも出来て、
ご多分にもれず少々色気づいて、恋とかしてしまったわけだ。
すげーだろ?高校まで恋愛なんてする心の余裕がなかったんだぜ。
興味が無かったということなのかもしれない。アスペだったし。
で、かなり仲も良くなったし、これは付き合えるんじゃないかってところまで行った。
自分が正にその人を相手にDVの再生産をしてしまいそうなのに気付いた。
その時の絶望と言ったらなかった。
もう自分がSMチックなことに性欲感じることも耐えがたく汚らわしく
起きてる間中どうやってこの汚らわしい生き物を殺すかしか考えられなかった。
ネトゲとかフィクションに没頭している間だけは死ぬことを忘れられたから
実際、周りも誰もうつ病だなんて思っちゃいなかったと思う。
でもそんな遊びは、死ぬ勇気が無かったから、殺されたくて始めたようなものだ。
「過剰に集中してしまう性質だから、ネトゲを始めれば社会的に死んでいくだろう」
と思って、ダウンロードしたことをはっきり覚えている。
(今思えばアスペの過集中って奴なんだが)
その成果もあってその期間の取得単位数は見事に0だった。
生きてみようかと思ったのは
断る気力もなく連れて行かれた旅行で、
自分がスゲー尊敬する友人たちも間近で見てるとけっこう些細なミスやらかすし、
わかった時だと思っている。
何か、汚らわしくても、生きてていんじゃない?と。
余談だが、尊敬する人(芸能人でも)が、何か期待はずれなことをしても、
「まあ人間だしこういうこともあるよなあ」と思うだけで。
自分が尊敬してる考え方だとか、感動した作品とかそういう物と、
その人が人間として生きることは、
全く別の、それぞれ別の理由で尊重されるべき事柄で
つなげて両方を同時に否定する必要はないとも思ってる。
あと家で散々きちがいとか言われてぶんなぐられ罵られてたおかげで
今、会社で同じこと言われても全く怖くないのには驚いてる。
「親に好かれないと生きていけない」のに対して
上司に好かれないと生きていけないという事もないし。
まー、いっこ問題があるとしたら、同僚いわく怒られたあとの俺はすげー動揺してて
何言ってるかわからないってとこだが……。
この辺をコントロールできるようになれば、だいぶ行けるんじゃないかと思う。
まったく豆腐メンタルも世話がねーぜ。
(全く気分が落ち込まないので自分では問題ないつもりなんだが、
行動が伴わないのは不思議だ。)
要は俺が言いたいのは、「自分ウンコ」っていうのと「死のう」っていうのを
切り離して考えれば割と生きやすいぜってことと、
何かを強く憎むこと、思考を差しはさまず排斥することは、問題の解決とは別方向の感情だってことだ。
何か憎しみを感じたら、本当に嫌なことから目をそむけるために憎しみを感じていないか、
一度冷静に考えてみた方がいいと思っている。
ちなみにその時の人とは精神復活後何年か付き合って、その後いろいろとあって別れました。
DVは(多分)していないと思う。目に見える形では。
正直言って、分からない。断定はしない。
そして、これだけ断言したいのは、死なないと解決できないなんてことはない。
そう思ってウンコなまま生きてる。俺も、あと、俺ではない誰かも。
夫の叔父にあたる人から、無人の夫実家に義父母宛の郵便物が溜まっているから、そちらに転送する手続きをしろとの電話があった。
夫に報告しなければ。しかし夫はおしゃべりで、私の入る隙も与えずに継ぎ目なく話す。私は寡黙なほうなので普段はそれでも問題ない。しかし夫に連絡・報告すべきことがあるとき、これが以前から大きなストレスになっていた。
伝えようとして口を開き、夫に被せられて腰を折られ、また口を開き、折られ、気付いたら拳で夫の頬を殴っていた。驚いた目で見られて、私は号泣し、何度も謝りながら事情を説明した。叔父の件以外も、まとめて連絡を済ませた。肩の荷がおりたようだった。夫はその週のうちに転送手続きにとりかかり、叔父への報告も済ませてくれた。今まで継ぎ目なく喋られて大事な報告すらできなくて辛かった、ずっとストレスだったと伝えたら謝られた。しかし数日すれば元通りになった。
今、夫と居ると、気付けば「黙れ。黙れ。黙れ。」という言葉が頭の中を回り、夫を突き飛ばして首や胸に全体重をかけてダン!ダン!ダン!と踏んだり、テーブルにある電気ポットで夫の頭を全力で殴りつける想像をしている。「死ねば黙ってくれる」「死ねば報告しなくていい」そんなことばかり頭を巡る。
夫の頬を拳で殴ったとき、私はためらいなく殴っていた。古い表現をすれば「キレていた」のだと思う。そして、我慢が爆発して一度殴ってしまったことで、今までのような制御が急に効かなくなったように感じている。私はもう「きちがい」なんだろうか。