「「キャプテン」」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 「キャプテン」とは

2022-10-26

ダイヤのA」の最終回が酷かったと話題だけど、まず部活スポーツ漫画で3年間を描き切るってのが難しい気がする。

自分の知ってる漫画で3年間のスポーツを書ききった名作は「ドカベン」と中学舞台「キャプテン」くらいしか思いつかん。

たいていは1シーズンを描いて終わるし「スラムダンク」も「ハイキュー」も1シーズン描いて終わり。「MAJOR」は高校を転校するという変化球主人公の3年間描いたけど裏技すぎるからNG

キャプテン翼」もWikipediaであらすじ見ると南葛中の試合を描いたのは3年生の1シーズンのみらしい。

なんでこんなことになるかといえば、1年生から3年生への、後輩から先輩の立場へとポジションチェンジ漫画家が描けないから、なんだろな。

成長させられない不自由

2022-01-23

anond:20220123163406

絵が古くていいなら「キャプテン」読ませるといいよ

児童書にもなってて学校図書館にもだいたい入ってて案外と今の子供のほうがキャプテン知ってる

2021-05-28

anond:20210528115112

TVKアニメ消極的はニワカやな

もちろん最新のアニメは流してないが「キャプテン」なんて流す局が今時どこにあるってんだよ

2020-07-14

anond:20200713195127

「キャプテン」丸井編なんて、墨谷二中の中ではイガラシ最強だし、そもそも当時の劇中ではイガラシすら最強ではないし。

それを言えば、キャプテンプレイボール通して、主人公は最強ポジションはいないよな。

2020-03-25

スポーツ漫画タイトル名枯渇問題

プレイボール」とか「キャプテン」とか「オフサイド」とか「シュート」とか

スポーツ用語をそのまんま漫画タイトル名にしてるのって多いけど用語には限りがあるわけでいずれは枯渇する

そのうち「フィルダースチョイス」とか「ボーク」とか「ファウルチップ」とかそれはタイトルとしてどうなのって用語まで

漫画タイトルにせざるを得ない時代がくるのではなかろうか

2018-06-09

ルピー炎上について

TBSラジオ荻上チキSession-22」の、6/7放送分のアーカイブを聞いて、同じTBSラジオの「アルコ&ピースD.C.GARAGE」が炎上していることを知る。

ルピーラジオANN時代から、「不要な奴をあえて主人公にする」「半端なやつにこそ価値がある」っていうような企画をやってきた。今回は(勝手に)「不要」と見なした相手全然半端ではない、マーベル黒人ヒスパニック歴史を背負ったヒーローだった。そこを配慮せずに企画を発信してしまった「アルコ&ピースD.C.GARAGE」は、見識の浅さを批判されてしかるべきだろうと思う。全体的に、私もSession-22の荻上さんに同意だ。

という前提の上で、アルピーの一ラジオリスナーとして、アルピーラジオ文脈的ものを知ってほしいという気持ちもある。上にも書いたが、アルピーラジオは、ANN時代(=2012から2016までやってたアルコ&ピースオールナイトニッポン時代からずっと不要な奴を主人公祭り上げるという企画をやってきた。

ANNの「平甲子園」とかそうだった。平甲子園は、「我こそは不要」というリスナーを募って、野球チームを作ろうという企画

友達がいないから、教室地図帳の日本地図県境をずっとなぞっている。日本はすぐになぞり終わったか世界地図に移行した。

PTA副会長だけど、ぜんぜん意見が取り入れられない。私がいなくても行事会議も滞りなく進む。絶対私は必要ない。

卒業式サプライズで、クラスメイト担任先生が好きな歌を届けるという企画をしていたが、自分だけ知らされていなくて、一人だけ歌詞カードを持たずに俯いていた。

など、何か聞いてて涙が出てきそうなエピソードが集まり、数ある不要エピソードから選りすぐられたリスナーが、野球チームを結成。最終的に、このチームは甲子園を飛び越えてメジャーリーグレッドソックスと対戦し、「不要なやつなんていない」ということを証明する。

ルピーラジオには「何者でもない不要な奴」を敢えて中心に据える企画を打ち、アルピーの二人の演技力トークで「何者でもない」やつを「何者か」にしてしまう。という流れがある。

ルピーラジオは、学校でいうと、スクールカースト上位にはいられない、成績もよくない、オタクマニアというほど何かを極めたわけでもない、中途半端で居場所のない人を主人公にする。みたいなことをずっとやってきた。

から、今回も、「キャプテン」ではなくて、「キャプテンには内緒だぞ」というファルコンに価値が見出されたのだ。

ルピーラジオを聞いていると、端々に、学校の成績は悪くていじめられっ子だった平子っち、ガチ川崎ヤンキーには逆らえない酒井ちゃん、みたいな、「何者にもなれなかったアルピー二人の学生時代エピソードが出てくる。アルピーラジオには、パーソナリティ二人の、「男社会の中で男らしさを達成できなかった自分」みたいなものが流れていて、半端者たちがこのラジオに集う。佐藤多佳子さんの『明るい夜に出かけて』の主人公――大学を休学してコンビニアルバイトをする行き場を失くした青年――も、その一人だった。

このような背景があるからこそ、酒井ちゃんも「キャプテンには内緒だぞ」なファルコンを好きになったんだろう。

Twitterのアルピーファンが指摘しているように、DCGではここ最近、ずっとファルコンの話をしていた。酒井ちゃんは同じTBS放送しているうしろシティラジオゲスト出演した時すらファルコンの話を持ち出した。この回で、酒井ちゃんは、キャプテンアメリカ好きの金子さん(うしろシティ)に「キャプテンよりもファルコンがいいんだって!」と主張し続けている。酒井ちゃんがファルコンを好きなのは確かだ。

しかし、アルピーラジオにおいては、「不要さ」こそが「主人公」の証となる。この文脈炎上に繋がった。

かに、アルピーのファルコン理解めっちゃ「浅い」。マーベルを深く掘るでもなく、歴史的な文脈を踏まえて映画を見るような「見識」もない。

マーベルとかよく分かんないけど、この映画マジおもしれえ!

黒人歴史とかよく分かんないけど、ファルコン、マジおいしいキャラじゃん!

みたいなノリしかない。だから、今回の炎上はなるべくしてなったと思う。でも、そういう軽くて半端なノリこそが、リスナーの居場所でもあった。アルピーラジオ学校の端っこでノリで話してたことが日本中、世界中に発信されてしまったみたいなところがあり、アルピーリスナーも「そういうつもりじゃない」と言いたいだろう。

だけど、パロディするなら、原作文脈に乗るのは当然であって、怒っている人たちに「そういうつもりじゃない」と言ったって、自分からその文脈に乗りに行ったのだから言い訳しようがない。アルピーにはアルピー文脈があるように……いや、それ以上に、遙かに長く、ファルコンにはファルコンが切り開いてきた文脈歴史がある。だから炎上させてしまった側から、「そういうつもりじゃねえんだよ」と言うようなものではない。指摘は真摯に受け取るべきだろう。

私は、「半端なやつ」と思って企画ネタにしようとしていた相手が大ヒーローだった、というこの滑稽さにこそ、アルピーDCGらしさを感じる。

ラジオ時代を作ってきたアルピー。アルピーらしさを持ってきっちり片を付けて、SWやり切ってほしいなと思う。

2013-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20130425222838

サザエさんスタッフが他のアニメクレジットされていたのって、「キャプテン」くらいでしか見たことないなー。(現在サザエさんチーフアニメーター国保誠はキャプテン作画監督

サザエさんの作ってるエイケンについては、こんなエピソードがあるね。

エイケン仕事は『おんぶおばけ』や『冒険コロボックル』『サザエさん』が主でした。動画に求められる線は各社によって微妙に違うのですが、エイケン場合はそれが徹底していて、使用する鉛筆も芯が硬くて細い線が引けるFに限られていました。他社は芯が柔らかくて描きやすい2Bが主でしたから相当な差です。他社がトレスマシンを導入する中でエイケンはトレーサーによるハンドトレスを続けていて、動画の線も一定の細さで、きれいにつながった線が求められていました。もちろんエイケン歴史にも『サスケ』や『カムイ外伝』等、原作タッチを生かした劇画調作品はありますが、この当時のエイケンファミリー路線が主になっていました。

 アニメ歴史俯瞰してみると、1970年代から1990年代の様々なブームや傾向を経て、動画の線は次第に細くきれいなものに落ち着いていくわけですが、その中でエイケンはずっと変わらない線の質を保ったことになります動画の線については、近年になってデジタル技術がこなれてくると共に、作品によって味のある線、いきおいのある線が望まれたりと多様化しているように見受けられ、興味深いことです。動画の線で見るTVアニメ史等も可能かもしれません。

 またエイケンキャラクター表は一風変わっていて、主要キャラの顔が縮小拡大したように同じ角度でいくつも描かれていて、実際の画面でもある一定の角度からの顔が多いので、大抵のカットはそのキャラ表を引き写せば事足りたりもするのでした。

http://www.style.fm/as/05_column/gomi/gomi55.shtml

2013-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20130125224608

元増田です。トラバありがとう

はい、ごもっとも。

増田の言うことは全部正しいです。

でも、それは、卒業して、仕事をして、「指導者」も一つの職業だと理解できるようになった大人の論理だと思うですよ。

指導者」にも責任がある、という理解は子供には無理なので。

顧問の「指摘」自体は正しいです。

「相手をよく見」て、「ボールを拾いに行く」のは基本。

生徒は余裕がなくなったりバテたりするとそれができなくなる選手だった。

それを克服するのが彼の課題だった。

それは彼自身もわかっていたし、チームメイトもわかっていた。だから黙ってきいた。

欠点」の分析自体は適切だった。だから反論できなかった、のではないかと思うのですよ。向上心のある選手なら、なおさら

「なぜ、相手を見ない」「なぜ、飛びつかない」

「やるのかやらないのか」

「たたかれてするのは動物。それでいいのか」

「簡単なことを言っても、たたいても分からんようだし、どうすればいいんだ」

あーこの流れ、デジャブだなあ、と。

私もよく言われた。

「なぜ」「なぜ」を繰り返し(反語的叱責)、「やる気はあるか」(まさに増田の指摘どおり「やります」以外の答えは許されない)

「たたかれてするのは動物。それでいいのか」→「動物でいいのか。お前は人間だろう。自分で選んだことなら自分から動け」

「どうすればいいんだ」→ちょっとからないけどおそらく「お前の問題なんだからお前しか決めるやつはいない。さあ、どうする」

「これからも怒ったり、たたいたりするかもしれない。それでやれるか」→「きつくてもやるという覚悟がほしい。自分の弱さを乗り越えてほしい」

こんな感じかと。

選手自分課題はわかりすぎるほどわかっているので、克服しないといけない、克服しないといけない、と思ってる。実際、自分でも克服したい。だから殴られても逆らわないんですわ。

けどまあ、そういうことしてると「殴られる俺が悪い」「なんどやっても言われることできない俺が悪い」になって、悲しいですわね。

2番目のエントリで書いたように、それを突き抜ける瞬間っていうのも確かにあって、それができるとすごく自信になるんだけど、萎縮しちゃうともう悪循環、頭がぐるぐるするだけでなんもできなくなっちゃう。私がそうで、みんなの前で晒し上げられて叱責されると全然だめだった。

「やります」とは、怒られるたびに言ってたけど、それはまあ「お約束」だったなあ。できない自分っていうのは事実で、否定できない、でも言われたってできない、でも言われるし殴られる、うへえ、なので、「終わらせる」ためには、やりたくなくたって「やります」言わないとだめだったなあ。もうまったくの「儀式」。

そういう「お約束」「建前」ってのはスポーツ世界でけっこう横行してんじゃないのかなあ。確かに、それ突き抜けた先に成長ってあるんだけど、その瞬間って、1年でいくらもないし。

その可能性を信じて指導者は殴り続けるし詰問し続ける。善意と熱意で殴り続ける。けど、多分逆効果

でも克服すべき欠点への指摘が正しくて、「やる気を持て、自主的に動け」というのも正しければ、生徒は向上心があればあるほど逆らえないですよ。周りの生徒も、その欠点は見ててわかるし、彼自身が克服しないといけないことはわかるから。そして「キャプテン」という重責のある役職もわかるし、彼自身で立候補した以上それも彼が克服すべきかと思うから。だから「止める」という選択ではなく「みんなで助けよう」ということになる。

…いろいろと、今考えることも多い。

ここまで書いてなんだけど、これ全部推測。

うちの部だったら、って当てはめて考えたことだから。あの学校のことはよく知らない。

でもみんな「善意」でやるから、こうなっちゃ場合も多い。

で、練習試合とかでいろんな学校と対戦した経験から、この顧問のやってることはかなり普通。多くの学校でやってること。もっとすごい体罰はたくさん見てきた。

まあそういうの見てるから、なおさら「殴られるのは普通」になっちゃうんだけどね。

からね、思うわけです。多くの学校で、「生徒を伸ばしたい」という「善意」で体罰する教師は多いと思う。極悪教師とか言われてるけど、全然異常者じゃないわけですよ。かなりの決められた型に沿ってやってる。だから、彼一人のクビ切ったって意味ない。法律化したって意味ない。

彼を含め、学会なんかで研究、議論(矯正じゃなくね)して新しい指導法を自分たちで見つけないとだめ。それこそ「自主的に」ね。

補足

この記事ね

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130125-00000008-jct-soci&p=1

真偽わからんけど、そういうのは可能性はある。やる気のある生徒のほかに、もういやでいやで仕方ない生徒もいたのかもしれない。もしかしたら他の部員も、やる気のあるフリはすべて「演技」で、みんなやめたかったのかもしれない。このあたりは、きいてみないとわからない。

けど、ここまで書いて矛盾するようだけど、あんまり生徒の心に土足で踏み入るのも、今どうなのとかも思う。

推測ばっかりしてる自分もなんだかすごくいやなかんじはある。

矛盾してるんだけど。

2013-01-24

桜宮高校体罰事件と、「いい人」の体罰と、ダブルスタンダード日本

http://anond.hatelabo.jp/20130122033549

元増田です。

トラバブクマありがとう。いろいろ考えさせられて思い出すことも多かったです。

それでちょっと重要なことをいくつか書き忘れていたので、以下に補足します。

前にも増して読みづらいかもです。そして、前のエントリと印象違うかもしれないので「用心深く」読んでください。お願いします。



前のエントリ毎日体罰を受けていたような書き方をしてしまったが、何日かたって思い返すに、そんなに頻繁には殴られていなかった。ことに私に対してはそれほどむけられることはなかった。

私は心身ともにヘタレだったので、こいつを叩くとつぶれる、と思われていたのだろう。先生も人を見て叩いていたのだ。

全般にそんなにヒステリック指導はされなかった。

ただ、エースセッターに対してはやはり厳しかった。

バレーボールというスポーツ構造上、エースは「トスが上がったら必ず打たなければならない」宿命を担っている。

セッターはその時点のアタッカーの状態、あちらのチームのブロックの状態、ゲームの流れなどを考慮して、その時点で一番点が取れるアタッカートスを上げる。エースはレフトから、補助アタッカーライトセンターから

補助アタッカーにはクイック攻撃もあるが、エースほとんど高いトスを打つオープン攻撃。どっかん大砲を撃つ役目だ。

ゲームの中盤くらいまではクイック攻撃なども使えるが、ラリーが続くと必ずボールエースに上がる。

上がったら打たなければならない。どんなに疲れていても飛んで、打たなければならない。ラリーが続く限り、なん10発でも。打って、決めなければならない。それができるからエースなのだ

もちろんほかのアタッカーを使うこともできるのだが、ゲームの流れで、「どうしてもエースしか通用しない場面」ってあるのだ。

からエースってきつい。昔は後衛に回れば休めたが、いまはバックアタックも打つから休みなし。本人が自覚しなくても、構造上チームを引っ張らなければならない。それが「エース」だ。

チーム全員で拾って拾って拾いまくって、粘って敵失を誘うというチームもあるけど、身体能力に優れた選手が一人いればやはりその選手に集中する構造になるだろうと思う。

「キャプテン」もそうだ。

精神的、戦略的にチームが依存する度合いは大きい。

ゲームで、チームの期待が集中したときにそれを受けて結果を出さなければならない。

から、「エース」や「キャプテン」を練習でいじめぬく指導者は多い。ほかのメンバーミスしても怒られないような場面でエースが気のないプレイをしたりするとそれはもう怒られる。「自覚」をたたき込むことが練習でのかなりのウエイトを占めているのではないかと思う。

そこにはかなりの不公平感が漂う。不公平であるのはほかの部員もよくわかっている。あるいは、自分たちのミスをかわりに怒られることもある。そんなときメンバー

「ああ申し訳ない、自分たちがふがいないせいで、自分たちがミスしたせいで、エースキャプテン)が怒られている。次は絶対にエース負担をかけないようにしなくては」

と考える。こうやってチームのつながりは少しずつ強くなっていく。

体罰が起きていたときに、なぜほかの部員が止めに入らなかったか、といわれている。他ではわからないが、うちではこうだった。

そしてまた、体罰というのはたいていが理由がある。

記事でもあったが、「怒られるのは気のないプレイをしたとき」。理由はちゃんとあるし、その理由は常に筋が通っている。

うちのチームでは、エースラリーで相手に拾われた、あるいはブロックで止められたときは怒られることはなかった。打ち損ねたとかタッチネットしたとかで、相手にポイントが行ってしまったときでも怒られることはなかった。

でも、苦しくてフェイントでごまかそうとしたり、ただ相手コートに入れるだけだったりするとものすごい勢いで怒られた。「そういう姑息なことをするな」と言われた。

力一杯ぶつかってだめだったらそれは仕方ない。が小手先でごまかしたり逃げたりすることに対しては非常に厳しかった。

大人になって働くようになってから、その意味ちょっと分かる。苦しい中ごまかさず、妥協せず頑張りとおす、みたいなことだった。

いい指導だった、と思う。



これって、どう感じられるだろうか。

やっぱり勝利至上主義じゃないか、と思われるだろうか。

ゲームでは、時に一人が重責を担わなくてはならないときがある。それに耐えるためにはどうするか。支える周りの人間はどうするか。

試合に負けたっていいのだ。大切なのはそれに立ち向かうことだ。

与えられた役割を担うこと。そして彼/彼女を信頼してサポートし、最後ボールをゆだねること。

たぶん、それが最終目標なのだと思う。


それは悪いことではない。

しろ、それが「教育」というもの本質ひとつだろう。

多くの体育系経験者が、その経験を肯定するのはこのためだ。



だけど。

それじゃあ身体能力に優れて、夢を持って入学してきた生徒が自殺するのはなぜなんだろう。

東京オリンピック円谷幸吉選手はなぜ自殺したんだろう。

彼らは人格的にものすごく劣っていたんだろうか。

だめな人だったんだろうか。



私の先生はいろいろとトラップを仕掛けて私たちの自主性を試していた。見捨てられても食いついてくるか。先生意図を乗り越えて、自分意志を通すか。

しかヘタレであるところの私たちは、その意図を知りつつ、演技をした。自主性をもって動いているかのような演技。だから空気を読むことは大変うまくなった。先生が望んでいるものを演じるようになった。表面は大変「スポーツマンらしく」なった。が、内面ではもう気力はつき、早くやめたいと思っていた。

今考えると、ため息が出る。

でも、これが現実だ。

子供は、ずるい。かつまっすぐで、傷つきやすく、純真だ。

もし、このとき先生が「善意」で、どこまでも私たちの演技を許さず、追及していたら

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

理想と、現実

私たちは克己の物語を「美しい」と感じる文化の中に住んでいる。一方、頑張れ頑張れと強いられたあげく、追い詰められた末の死というもの悲惨さもよく知っている。

からこそその双方を知る人々は口ごもる。

目指していたものを知っているから。

そして追い詰められたとき絶望感も。

この矛盾は多分、誰でも持っている。そして明確に解決できていない。

から、思う。

一人を責めても解決しない。

 



チームメイトがなぜ止めなかったかという人がいる。

教師と生徒が一緒になったいじめを受けていたという増田もいる。

http://anond.hatelabo.jp/20130123190802

でも、桜宮高校場合はそうじゃなかった、と思う。

朝日新聞自殺前日のやり取りの詳細を記事にしている。

http://www.asahi.com/national/update/0124/OSK201301230152.html

生徒はミーティング部員に「覚悟を決めて、頑張るわ」と話した。  部員から「チームのために怒られているんやから、全員でカバーだ」「助けてやろう」と、励ましの声があがった




いい、チームではないだろうか。

「いいチーム」なのになぜ死んだのか。

法律で禁じられているのに、なぜ顧問体罰を繰り返したのか。

「いい人」だからだ。

本気で生徒を伸ばしてあげたいと思い、「本気で」体罰が彼らをよくすると思い込んでいるからだ。困難を克服することが、彼らにどうしても必要だと思っているからだ。

体罰を「誰かをスケープゴートのようにして恐怖の支配をする」という記者もいる。

http://mainichi.jp/opinion/news/20130118k0000e070251000c.html

私はこれに強い違和感を覚える。

異常者だから体罰を行うのではない。「いい人」だからだ。

「いい人」だから善意にあふれているから、何回注意しても体罰を繰り返すのだ。自分のことではなく、相手のことしか考えていないからだ。相手がよくなればそれでいい、と考えているからだ。それがチームの結束を強め、自分考える力自分で解決する力をつけると思っているからだ。実際は、そうじゃないのに。

ここが理解されない限り、世間は「体罰いけない」と「現場では体罰あっても仕方ない。頑張れば克服できるはず」のダブルスタンダードを繰り返す。

体罰法律で禁じられていることは、建前だと思っている。生徒にわからせるには体罰が一番通じると思っている。だから、殴る。善意で。

から、異常者を切っても解決しない。桜宮高校だけではない。日本全国に法律違反をしてでも生徒を指導しようという「熱くて」「いい先生はいるのだから

「いい先生」と、「いいチーム」。

生徒は、「部員の信頼を失うので『キャプテンを辞めたい』とは言い出せない」と言っていたそうだ。

http://mainichi.jp/feature/news/20130110ddm041040111000c.html

信頼を裏切ることは、ときに侮られるよりつらいことだ。

教師もきつそうだと、キャプテンを辞めさせようかと何回か提案していたが、そのたびに「やります」というやり取りを繰り返していたらしい。

折れそうなところを起き上がって、また折れて、起き上がって。

生徒が弱かったのではない。

休まなければならなかっただけだ。

全員部活参加の体育科で、進路に非常に重要な影響を持つ部活動、そして迫っている新人戦。練習試合のたびの詰問、体罰

スポーツではありうる光景。だが、大人でもきつい。




体罰は、やらない方がいい」という結論は同じなのだけど、それは誰かに責任を覆いかぶせるとか、ましてや一つの学校を潰してすむことではないと思う。

だって、この国の誰もが「頑張る」ことに対する矛盾した物語を抱えているんだから

そのダブルスタンダードを解決しない限り、追い詰められて自殺する人は、絶対に減らない。

2011-02-24

彼女映画クローズ」のDVDを買っててショックだった

彼女DVDを何枚か買ってたんだが、その中にクローズ2があった。

ヤンキー映画とか縁遠い感じの彼女だったので正直びっくりした

「なんか実家で前作を見たら面白かったから。」だそうだ。


あのさ、常々思ってたんだけど、昨今の日本DQN推奨風潮なんなの?

教師がヤクザの娘だったり、ヤンキー集団の高校野球だったり、そんなの見ておもしろいの?

まぁ、面白いんだろうけど。

でももっと他に表現することがあんだろ、とか思うのはおかしいの?

僕はヤンキーが頑張る話より、普通に頑張ってるヒトの話が見たい

ヤンキーヤクザの方がドラマチックなの?

普通に頑張ってるヒトの話、そんなことも表現出来ないほど日本エンターテイメントは腐ってしまったの?

なにその設定ありきみたいな話。


別にヤンキーに対してそれほどコンプレックスがあるわけじゃない。

これ言うと歳がばれるけど、中学生の頃はご他聞にもれずそういう漫画を見て育った。

ゴリラーマン」「ビーバップハイスクール」「クローズ」「カメレオン」「しょうばく」「今日から俺は」「ろくでなしブルース」「グレアー」

ボンタン(笑)はいてくわえ煙草たいのがかっこいいと思ってた時期もあった。

今思えば恥ずかしい限りだけどね。


だけど、そういうのって、決してエンターテイメントはなかった。

どっちかというとアングラサブカルだよ。

任侠映画と同じ。

そいつらにはそいつらの倫理感がありますよ決してマスではないしそれを万人にわかってくれとは言わないけどまぁ僕らはこれがかっこいいと思ってんすよ、みたいな。

そいうのが良かったし、そういうモノだと思う。

北野武映画だってそうじゃない。

それをエンターテイメントの土俵に引っ張りだして、青春ドラマ昇華させちゃう日本すごい。

見境いない。

んで、それが高視聴率たたき出しちゃって。

アホかと。


青春野球漫画なら絶対「プレイボール」や「キャプテン」の方がドラマチックだし、誤解を恐れず言うなら「かっこいい」。

おまえらが学校さぼってゲーセン言ってようがタバコ吸ってようが喧嘩で怪我しようが知らんがな。

自業自得だろうよ。

教師は教師で、そんなんにかまってる暇があるなら、もっと意識の高い生徒に力注げよ。

バカを救うなとは言わないけど、そこに焦点当てる意味わからん

なんだこのヤンキー賛歌。

純粋に聞きたい

かっこいいか


まぁ、結局「振り幅」の話ってのはわかってんだよ。

かにマイナスからゼロへの方が1から10への振り幅よりは大きく見えますよ。

幻想ですけどね。

だけどさ、なんだろうあん、納得いかないのは、それをこうも大風呂敷広げてやりますか、と。

トレンディードラマ(ええ、死語でしょうけども)でやるならもっと違う方法があるんじゃない?

もっと言わなきゃいけない事ってあるんじゃない?

だって、あれ見てヤンキーに憧れるやつはいても、こうなっちゃいけないな、もっとおれ頑張ろう!って思う奴はいないよね。

例えばさ、負の部分テーマしたドラマとかだと「不倫」を題材にしたドラマとかあるよね。

そういうのがアリというか、まだいいなって思うのは、結局帰結するところが否定だから

美化してるところが多少あっても、結論で肯定してるドラマってそう多くないと思うの。

まぁ、そんなドラマ見ないからもしかしたら多いかもしれんけど、そこはソースないのでわからん感覚

でも、「不倫賛歌」みたい映画ドラマばっかだったらどうよ。


なんかさ、わかんないけどさ、「努力」とか「青春」を描くのに、ヤンキーじゃなきゃできないってのは情けないよ。

そんで、それをバカみたいに賞賛してるヒトたちも情けない。

から彼女のことちょっとショックだった。

言ったけどね。ショックだったとは言わないけど、僕はこう思うよって。

めんどくさい彼氏だよね(笑)

 
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