はてなキーワード: 詐欺師とは
つい先日まで一緒に働いていた人が詐欺師だった。見抜けなかった自分への自戒も込めて、特徴を書いておく。
過去数日間にわたって放出の3つのレポートは、GoogleのAndroid OSは、現在のマルウェアの主要な標的であることを主張して...あなたが心配ですか?
http://www.bcpowerbattery.co.uk/bc-sony-digital-camera-battery.htm
だから、解決策は何ですか?私は3つの可能な解決策を参照してください。
GoogleはAndroidマーケットをクリーンアップし、ユーザに安全なもの(これは、マルウェアが寄生かもしれない"別の"マーケットプレースからユーザーを保護することはありません)
他の会社が介入し、彼ら自身からユーザーを保護するソフトウェアを提供
http://www.iibattery.com/nikon-digital-camera-battery-iigl.html
超賢い。わざと(以前から感じていたのか?)だ。故意に切れを悪くさせた。切れる言葉(あんたにとっては疑問なんだろ?w)と切れない言葉と、吐くにしてもその吐き方を今整理してる。
独創性が無いのは、俺の最近のテーマ、「誰しもが通る道」について主眼を置いているから。「あなたはわたし、わたしはあなた」の精神で野暮ったいことの意味とかそゆのを、普通の人が考えるように考えてるんだ。
どこかで聞いたり見たりしたことを頼りにね。本質は最近全然考えていないなぁ。本質=現実? or 真実?(馬鹿にとって)真実味のある嘘ばっか考えてたから。あんたはもっと真実味が欲しいんだろ?
無いこと無いこと考えちゃう疑い過ぎで人間不信気味の不安な俺よりもっと巧妙なやり口の詐欺師をよ。
逃げ道を用意される屈辱というのもご存じ?
立場が弱い人間というはいるけど、それを「弱い人間だから逃げ道をどうぞ」なんて善人面で憐れみをかけられたら殴りたくなる。
しかしね、あなたの言う「弱い者」ってどういう方々を指すのかしら。なんとなくは読み取れるんだけど、あまりにも曖昧にとらえ過ぎじゃないかしら。自分を追い詰めてしまう人って言ってもケースはさまざまよ。人によって対応だって違ってくる。下をみて憐れむ余裕がお有りなら、少しはその方々を個人個人で詳細を見てあげるとかやりようがあるんではないかしら。
それに周りを気遣えるのはリーダーだけではないですよ。コミュニティの空気がリーダーだけで決まると思うのは少し傲慢な考え。有象無象のメンバーのポジションでそれとなく周りに様々なフォローを入れてあげられるってことだってある。あまり気づかれたり評価されづらい行為ではあるけど。そういうのも見てあげたらどうですか。情報ばっかり追ってないで。どんなコミュニティでも、その中での人間の動きというのは様々な勉強になると思いますよ。
人を救いたいと躊躇なく言い放てる人間は詐欺師か自己満足が大半。人を救うという行為の責任と相手への影響とその後の人生を考えたことのない人間の妄想とも。
記事読んだけどこれは違うと思う。
大雑把にまとめると、こんな感じじゃないか?
「橋下徹の言論テクニックを解剖する」なんてタイトルつけていながら、冒頭の橋下批判を裏付ける理由はこの記事の中には一つも書いていない。
このウェブマガジン内の他の記事にも書いていない。
橋下を批判するために橋本の言論テクニックを挙げているのは中島さんだよね。
冒頭の部分が言いたい事だろうけど、その後の内容は全く違う事を挙げている。
橋下は悪い奴だ!こんな言論テクニックも使ってる!という全く関係ない理由で批判するテクニックはいかがなものだろうか?
後半の陰山氏とのやりとりもまず批判ありきの書き方にしか読めない。
橋下氏と二度、議論を交える機会がありました。
と書いているのに、中島さんがどのように議論したのか一言も書いていない。
自身を傍観者としてやりとりを書いている。
橋下と陰山それぞれ意見が変わった時も
と批判的に書くが、
のちに陰山氏は冷静になったのでしょう。
と陰山氏の意見の変更は好意的に書く。
「続きはまた、次回に。」で締めてるんでとりあえず次回に期待。
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
自分で言うのもどうかと思うけど、そういうのが許されるのが増田だと思っているので言わせてもらおうと思います。俺はイケメンだ。小さな頃から、イケメンだ、かっこいい、チンコもデカいと言われ続けてきました。田舎だったので中高の運動会文化祭には他の学校から男も女も俺を見に来ました。油断するとチンコを握られました。高校生のころは地元紙のレポーター?のようなこともしました。背も180cmまで伸び、キンタマもでかくなりました。高校卒業と同時に、その小さな街のキャンペーンボーイにも推されたけど大学へ進学するので辞退しました。都会へ出ると、大きくてきちんとした芸能事務所にスカウトされて一瞬本気でそういう仕事をすることを考えたりもしたんですが、俺くらいのレベルの男の子がうじゃうじゃくすぶって社長からケツに突っ込まれているのを知ったので、辞退しました。
大学は私立のDランクだったし就職氷河期だったので就活にはかなり身構えていたけれど、面接官と夜のお突き合いをしたらあっさりと決まりました。一応"大"のつく企業の営業職。これが顔とチンコのおかげだってことはわかってますよ。でも2年でやめた。なぜかって、人間関係がこじれたから。と、ここまで話すと大概「男の嫉妬でしょう」と勝手に納得している人がいるけど、違うんだなぁ。女なんです、問題は。勝手に惚れる→振られる→いやがらせ。これは学生時代からあったことなのでそういうことが起きないように警戒していたんですが、やはり、という感じでした。私の好意を踏みにじりやがって、みたいに逆恨みする女性は本当に多かった。俺の三十余年の人生では。相手が傷つかないよう20枚くらいのオブラートに包んで丁重にお断り申し上げても、次の日から、ねちっこい嫌がらせが始まるわけです。想像がつくと思うけれど、それが上司の場合は最悪だ。早漏男や包茎男のような噂を流すのも女だった。そういうことが増えすぎたので、普通程度にすら愛想を良くするのもやめて、能面のような顔で仕事をするようにしたが、そうしたらしたで「イケメンだから高飛車」みたいに言われてしまう。男の上司や同僚は、最初は警戒して近づいてくれないけど、打ち解ければそんな理不尽な仕打ちをする人はいなかった。ときどき尋常ならぬ敵対心を燃やしてくる男もいるけど、グループ内で嫌われるのは俺ではなくそっちなので問題ない。惚れた惚れない関係なく最初からいやがらせしてくる女も多い。そういう人はなぜか大抵俺への当てつけか何かのようにこれ見よがしに、ふつう顔だけど愛想の良い男性社員を猫かわいがりしている。その割に隙を見せると、俺のチンコを握ってくる。なるほど新種のいやがらせか、と気がついた。
そんなことが2度ほどあって、とうとう、仕事を一切させてもらえないという嫌がらせに耐えかねて辞めた。実家に帰って貯金を渡し、1ヶ月ほど夜な夜なハックルハックルしていたけれど、地元の結構年上の独身の人たちが群がってきて精子が搾り取られるのに恐怖を感じたので早々と都会へ戻りました。
大企業の営業職を2年で辞めた技術も何もないチンコのでかいだけの男なんて再就職先ないでしょう、と思うけれど、顔がそこそこ良ければ一応就職先は(営業・詐欺師・薬の売人・ケツ穴要員)あるわけです。そこで次は5000人規模のメーカーの営業に再就職しました。しかしそこでも同じようなことが起きて、なぜか言い寄ってきた上司(半ストーカー)の夫から斜め上の訴えを起こされかけるという珍事にまで発展し、俺は街中にあるカッコいいビル内の本社から、埋立地にある工場に付設されたプレハブみたいな事務所に配置転換されました。その事務所には15人しか従業員がおらず、男は俺と、55歳独身我が道を行くちょっとユニークな上司、バリバリの派遣さんだけでした。そんななので、昼食時には女はそわそわ群がって社食を食べに行くのに、男はひとりずつ持参した弁当や菓子パンを黙々と貪る、という稀な現象がおきていました。しかも、時々は上司の男からチンコを握られました。
その事務所では、腫れ物のような扱いを受けていて、女は誰も近寄ってこないので楽っちゃあ楽でした。その会社では28歳まで働きました。ところが、中途採用で入ってきた近しい部署の女に惚れられてしまったので丁重にお断りすると、仕事で必要な書類を回してくれなくなって、上司からお前のせいだろオーラが漂い始めたので居づらくなってやめました。
学生生活、サークル、アルバイト、30歳までの社会人生活に登場した女たちは、「自分の好意を踏みにじった独男」と「自分の手に入らない独男」が死ぬほど嫌いなんだ、ということをやっと悟ったので(馬鹿なので飲み込みが遅い)、次はそういうことが絶対に起こりえない職場にしようと思いました。更にこの歳になると、イケメンというだけでなく、結婚しないの?という圧力がかかってきて二重に辛くなりました。そこで、俺は29歳にして!はじめて!水商売の世界に身を置いてみることにしました。大変なこともいろいろとありましたが、本当に楽しい1年間でした。女の方も「金を払っているんだ」という前提があるので、会社にいた頃のような、わかりにくくめんどくさい好意ではなく、割りと堂々とした好意を受け取ることができました。結婚していなくても良いし、イケメンならなお良い、チンコがでかいならもっと良い、という世界です。ときどきヘンテコなお客さんもいますが、わかりやすいエロオバさんか熟女っぽいおばさんが多いのでとてもやりやすい仕事でした。貯金もかなり増えました。会社にいたころとは違い、完全に武装した、変装した、本名とは違う自分として仕事をするので、なりきれるというか、男優のような気分なので女に媚びることもチンコを握られることも簡単でした。
30歳になって、俺はかねてからお付き合いしていた彼女と結婚しました。
俺より更に美しい兄が26歳で結婚したあとしきりに「結婚すると楽だよー。誰かの男になるって楽だよ」と言っていましたが、その意味をようやく理解しました。確かに結婚してからは、就職しにくいなんてことはありませんでしたが、会社に入ってからが圧倒的に楽です。イケメン紳士、というような扱いで、言い寄ってくる女もほとんどいなくなりました。結婚指輪をしているだけでこんなに楽だなんて。ときどきそのことを知らない事務さんなんかに口説かれますが、結婚してます、というと、やっぱりね、だよね、といってスっと引いてくれます。
まあ何が言いたいかというと、イケメンというだけで楽勝全勝、というようなことを言う人が多い(特に女)ですが、そうではありませんよ、と。イケメンだからこその苦労も多い、と言いたかったんです。チンコだって握られれば握られるほど、デカくなりますからね。それとイケメンの苦労=男の嫉妬、というステロタイプの解釈もやめてください。俺の人生においては、女からのいやがらせの方が圧倒的に多かったですし。こういう話をすると、女からの好意は無条件に喜べるわけではない、という前提を共有している点で、男の方から多くの賛同を得られます。女は苦虫を噛み潰したような顔になるので、リアルではあまり話せません。
事実は小説より奇なりというが、この言葉は小説の方が奇で当たり前なのに、現実が奇な場合がある時に、使われる言葉だと思う。小説の方が奇とは誰が決めたんだろう?そんな決め付け、現実を売り込みやすく調理しているメディアの方々の思い込みではなかろうか?
決め付けが世の中に横行しているのは、そういうマスゴミの姿勢にも責任の一端はあるのではないだろうか?
マスゴミ側からしたら、逆だ、多くの人に受ける為にやっているだけだ!というのかもしれないが。
内容は悪くないとしても、本のタイトルでも○○○○マンに明日はない、とか○○○○の危険性を指摘するのはいいけど、それは言い過ぎなんじゃないか?と思うようなのをよく付けたがるようだ。(○○にしたのは、そんなような意図で付けられたタイトルだったがはっきりした言葉はうろ覚えだったから)
地震が起きてから2~3ヶ月の比較的早い時期だったかに、元アナウンサーの女の人が、親切な情報とそうでない情報とについて、書いていた。
自分も関わってきてわからないでもないが、というニュアンスもあったような気もするが、ついつい煽ってしまうマスコミの体質と、自分が親切だと思った情報というのは、自分が身内や身近な人に伝えたいと思う情報だ、というような事だった。煽りに煽ればどこまでも煽れるようなショッキングな内容ばかりバレて、不祥事に次ぐ不祥事で、どうしようも無い出来事ばかり続いて、みんな不安なのに、不安に乗じたかのような情報や特集が組まれたり、いや伝えないといけない事だという意見もあるだろうし、中には伝えないといけない情報やそう思って伝えたものもあったのかもしれないけど、何だか入り乱れていて、悲惨な被災地の様子をずっと流していたのを見た被災地の人が、ああいうのより安否確認情報をやってほしいとネットで書いていたりもしたのも見た。
さらに最近ではマスコミではなく不安に付け込む商魂逞しい人も居たりするのか、今日新しくツイッタで私をフォローしてた人のプロフを見たら、HPが載せてあり、水素が体に良いとか水素水がどうたらと・・・、というのと放射能にも効く!とか載せてて、いくら疑似科学っぽくても、見ただけで似非だ!ニセだ!と叩くのもどうかと思ったので、何も言わなかったが、複雑な気持ちになった。
ソースの提示を求めたり、どういう作用でそうなるのかどこかで証明されてるのか、学会に論文は提出されてるのかなどの質問はしても良いのかもしれない。
ちょうど疑似科学の事に触れてしまったが、疑似科学似非科学というものについても、それらを一つ一つ精査して、どこがどういうふうにおかしいのか、科学的でないのか、言及していくのは結構骨が折れる作業だと思う。
科学的でない証明を科学はやる必要はないから、何と言って良いのか、正確にはわからないけど
普通は、棲み分けできていて、害が無いものであれば、いわしの頭も何とやらみたいに、わざわざ権威や本物の科学者が出張ってくる必要も無いのだが、たまに物凄い事が起きていて、何でそんな事になったのか全く理解できないけど、詐欺師的な人に教育機関が引っ掛けられて、冗談のようなビデオが学校で流されていたりする現象もあったりして、さすがに専門家が批判をしていたが、それも色々物議を醸し出していたようだった。
その事は疑似科学という捉え方で良いと自分は思うが、その事だけじゃなくて色んな疑似科学に対して、疑似科学を叩く人たちについての疑問を述べる人や、専門家の中でも頭ごなしに叩くのは如何なものか、という意見もあった。
この辺もパラドックスで、科学的というならきちんと説明すべきだが、そもそも科学は科学的でないものを、科学的でないと証明しなくてはいけない義理は無いのだw 義理と言うか義務と言うか。 そうなんだけど、一般の人の事を本当に思って科学的な考え方を浸透させたいと思っている知に対する深い愛情を持つ人ならそうするかもしれないけど、それは別にしなくても良いことなので、特に権威主義的な人たちは、わざわざしないだろうなと思う。権威を愛する人たちはしないだろうと言った方がいいのかなw
科学に、非科学的なものを科学だと言う疑似科学を、科学的に非科学だと証明しなくてはいけない義務は無いが、ネットでよくある疑似科学を取り上げている時の取り上げ方が、科学的ではないものもあると思う。これらの人たちが口にするのが、「科学には疑似科学を科学的に擬似だと証明しなくてはいけない義務は無い」なんだと思う。しかし、それを見た人への影響を考えると、なぜ科学ではないのかをわかるように説明した方が、良いのではないだろうか?と思わない事も無いが、まあ表現は自由なので何とも言えないとも思う。
疑似科学一つとっても、ここまで入り乱れている。
疑似科学じゃなく、弁護士でも精神病院でも、何でも圧倒的な力の差ができてしまう状態で人と人とが接すると、色々と問題が起こるようで、それについて、また言及する事を仕事にしている人たちが、出張ってきたりして、ますます儲けて自分は大学教授になったりしているという例もあるが、こういう事についても、一面的な捉え方や批判や非難だけでは、どうしようも無い問題もたくさんあると思う。
ジャーナリストたちは、如何にして批判をうまく書く事ができるのか?という事に心を砕くのか、昔から一面的な捉え方が好きなようで、善悪の図式を作ってしまう。
という言葉もあるように、善意だからと言って、必ずしも良い結果が出るとは限らないし、何か問題があるのは悪意があるからとも限らない。
だから、余計怖いと思う。
でも、昔からわかりやすいと思うからなのか、その方が売れると思うからなのか、水戸黄門の悪代官やないんやから~!!と言いたくなるようなキャラ設定がお好きなようで、イメージ戦略にも余念がない。
うつ病の薬と言うと、依存性があって嵌らせられる。医者や製薬会社は薬売りの悪代官!!! すごい人になると、うつ病の薬と自殺率の増加を結びつけてネットニュースの記事にしていて、データの読み方について、はてぶで突っ込まれていた。それを見たのは他のネットニュースの記者の人のツイッタだった。。。 その人に連絡したり相談する気も無くなった。。。
うつ病の薬については、本当に依存性はあると思うし、のまずに済んだらなるべくのまない方がいいと思うけど、正確な医学的知識を持つ医者が処方して、本人の状態をみて用法用量を守って出している場合もあるので、一概には言えない難しい問題だと思う。
自分としては、なるべくのみたくないので、今回の事で精神的にまいって神経内科に行った時も、漢方薬のうつ病の薬と同じ働きをするものを、処方してもらったりしていたが。。。
うつ病の薬については、依存性や危険性もあるが、統合失調症の陽性症状には、薬はかなり効果的だし、服用は必要なような事が、統合失調症の陽性症状について語っている掲示板からも、読み取れるし、統合失調症については薬を受け入れて病気の認識を持ってくれるかどうかが重要なようなので、薬は必要だと思った。
それで、ずっと前に、精神病院や精神科医を批判している人のブログをやっている人に、メールでやり取りしかけた時に、その事も併せてブログに載せた方が良いのではないか?サイトの性質上不安定な人も見るだろうから、薬=危ない!と刷り込まれてしまったら良くない場合もあるのではないか?と送ったら
返事が来なくなった。。。
ということもありました。。。。。
これだって、事実は小説より奇なりな事も、多々あり、入り乱れた世界が構築されていると思う。
弁護士に関しても、私がツイッタで、「弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い」という造語で揶揄したような状態に陥っている人もいると思う。
でも、これも、どういう立場の人が言うかによっても違うと思う。
弁護士自らは、これを言う人たちに対して、揶揄したり鹹かったりは慎むべきではないかと思う。
むしろ謙虚に受け止め、これらの人たちの心のケアも含め取り組むべきではないかと思う。
しかし、さらに、入り乱れていて皮肉な意味で興味深いと思ったのは、これらの弁護士憎けりゃ袈裟まで憎いという幻の袈裟まで見てしまうような人たちが、力を入れている企画で、ラディフェミ叩きがあるのだが、ラディフェミ被害はあるにしても、ラディフェミに走る人たちの追い詰められた状況もあるのではないかと思うので、単純に叩いていいのかどうか難しい部分もある事なのに叩いている。
自分達の弁護士憎けりゃ袈裟まで憎い状態の状態が進んだのが、一部の事実の捏造まですると言われているラディフェミだとは思わないのだろうか?
男性でもこういうふうに言う人もいる。
http://twitter.com/denzirousann/status/125613385307013120
フェミニンな(特にラディフェミ)人達の抑圧性って彼女らが批判するマチズモをそのままひっくり返しただけに見えることも多いけど、そうなってしまうのにはそれなりの理由があって、だからと言って彼女達の思想主張をそのまま受け入れることは出来ないけど、アレな人扱いしてるだけじゃだめぽ
でも、私はこう思った。知らない人なので返信ではなく、自分で自分用覚えとして、つぶやいといただけだが
http://twitter.com/Tasmanian_good/status/126317550513553
もっともなご意見。でも、元男性で過激な発言「父親はタネとカネを出したにしぎない」をしDVでっちあげてるという疑いだか被害の声も挙がってる性同一性障害弁護士のような人場合は?^^;そんな倒錯的な昔の漫画みたいな人もいるw
そう、本当にそんな嘘のようなストップ何とか君!みたいな人もいるのだ。この弁護士の事を弁護士批判の一つとして行ってる人もいるが、こういう弁護士がいて迷惑した人もいた、というのは構わないと思うが、だから弁護士は~・・・という方向に持って行くには、極例すぎると思った。
このストップ○○○クン弁護士と名づけたくなってしまうほどの倒錯した弁護士さんは、不思議なんだけど、性同一性障害を言いつつ、恋愛対象は男性ではない状態なのだろうか?
あそこまで嫌っていては恋愛対象になどできないと思うのだが (そういう人達を男女どちらについても、今は毛嫌いする人たちとして、名称もできているそうだが、それなのだろうか?)
男のままで、「タネとカネ」という言い方をしていたら、どうなっただろうと想像してみたが、やっぱり変だと思う。責任を放棄して建設的な方向で物事に取り組む事をやめた姿勢とも、捉えられるから。芸術家とかアーチストと言われる人たちの感性に近いのかもしれないが、社会的に責任ある仕事に就くにはどうなのかな?と思わざるを得ないかんじ。。。
女になってしまった事に関しても、自分が女性性を持って生まれて、それによってラディカルなフェミニズムに走らなくてはいけないほどの社会的抑圧やトラウマがあったのではないので、女性性を持った者が受ける待遇--男性ほど社会的に優遇されてない事、経済的に自立しにくい事などの、社会的不公正や、そのくせ別なところでは、甘甘にしてあって、そのせいで更に経済力を手に入れにくくなっている事などの、社会的文化的構造的な歪み--を受けたわけではないのに、弁護士に幻の袈裟を見てしまう人たちのように、男憎けりゃ袈裟まで状態になっているかのごとき極論を振りかざし、人を煽動しているが、その責任の一端は元男であるのならば、自分にも還って来る事なのに、女に性転換したから、自分だけは免罪符を手に入れ、煽っている立場に行っているのは、矛盾を通り越していて、倒錯と言って良いと思う。
自分は男性性を持つ者として社会的には、優遇された立場に居たはずである。なんで、そんな人がラディフェミなのか?意味がわからない。
慈善事業には必ず詐欺師がいるとの事ですが、偏見ではありませんか。
もちろんそういった人間がいないというわけではありませんが、
PCの余力を使う事すら非難する程の事でしょうか。
僕の個人的な異見としてはそれは考えすぎです。
嫌儲思想を否定するわけではありませんが、これは募金ではありません。
月数百円の電気代に不満があるようでしたら参加しない方が良いかと思われます。
ボランティアですので、参加する側の優越感もひとつの材料です。
それを崩すような行き過ぎた見解は 誰のプラスにもなりません。
研究の結果やデータなどはWCGやBOINCで参加可能のプロジェクトのサイトで御覧ください。
中には英語のものもありますが、解析が終了したプロジェクト等について閲覧することもできます。
非常に時間のかかるボランティアですので、以前あったUDという白血病研究も大きな成果にはつながりませんでしたが
解析は無駄ではありません。
いずれナニかの役に立つ、その程度の事ですが有益な結果が出れば治療薬の発見、治療方法の発見につながります。
それがいつになるかわかりません。
WCGの中にある小児がん解析は8000年かかるであろう計算をWCGを通して計算を分散することで2年での解析を目標にしています。
研究にすぎませんので、この計算が終わった所で100%の成果が出るかどうかはわかりません。
わからない事はやらない という主義ならばそれも正しい選択かと思います。
これはボランティアですので、納得できないようでしたら参加しないが吉でしょう。
電気代も少しは上がりますし、微々たるものですがPCもその分は消耗します。
それを踏まえて 研究結果も見て 参加してみようと思うのであればご協力をお願いします。
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僕個人としては
ただPCの余力を使って解析しただけで治る なんてうまい話があるんだろうかと思っていました。
今も 僕が参加したところで本当に微々たる変化しか無いと自覚しています。
それでもそういった僕のような考えを持ちながらも参加する人間が何人かいれば
偽善ではありますが、 「もしかしたら治せるようになるかもしれない」という気持ちを持ってやっています。
僕は祖父を癌でなくしてから、世の中から病気が無くなればいいのに と本気で思うようになりました。
臭い言葉ですし、そんな事僕が生きてるウチにはありえない事だろうと思います
それでも もしそんな日が来るなら と淡い希望を持っています。
世の中がから病気が無くなって寿命一杯元気に生きられる世界がくればいいという目標があるから
参加を決意しました。
もしこの団体が偽物で計算結果を持ち逃げしてどこかで売りさばくような団体だったとしても
それは僕の理想にナニも問題はありません。
病気がなくなればいい
それだけですので。
誰かが儲けようがどうなろうがそれは僕には関係無いのです。
そんな時に治せる薬があれば。
ただそれだけの話しです。
それがもし叶うなら それは喜ばしい事じゃないでしょうか。
医療に携わる事はできません。
こういった形で少しでも手を貸す事で
可能性にかけてみたいという考えを理解してくれる人もいるでしょう。
参加の有無は個人で決めてください。
2パーセントでも200パーセントでもどうでもいいよそんなの。
疑問を呈する人は要するに
そのプロジェクト自体に疑念を持ってるんだよ。
もっと簡単に言おうか。要するに以下二点だよ。
「我々のプロジェクトの中での我々の基準での数字がこうなりました」
ってお前、それはなにも報告してないのと同じだよ?
・いくら集まったのか日本円では知らせない。
・かわりに「現在10037さくらちゃんポイントが溜まっています」という自分達の基準で発表。
・集まった金を具体的に何に使ってどう役立ったか報告しない。
という感じだよ。
そんな説明で納得してる限りは
が否定できないよね?
善意を否定したいんじゃなくて
そんな、募金箱の底に抜き用の穴がないかどうかも確かめないで募金する人だらけならば
そういう場所には必ず詐欺師が紛れ込んでるぞ。
必ず。
http://gigazine.net/news/20110920_dropwave_game_planner_cedec2011/
要するに「ゲームに25800円払おうと思わない一般人」を適当に誘導して気が付いたら「月5万円」も課金しているように仕向けるというだけの話だ。
一応のエクスキューズとして
と言っているが、「高度なコアゲーマー」の中でもここまで金を使ってる層は本当に一部だ。
俺がコンシューマゲームをやりまくってた高校生とか大学生の時代、5年程度で償却されるゲーム機4万円程度、ソフトは月1,2本がいいとこだった。
つまり月1万円程度がいいところだ。従来のコンシューマゲーム全盛期の顧客はほとんどがその程度だろう。
他の趣味についても似たようなものだ。ましてソーシャルゲームがターゲットとしているのは、可処分所得が低い下流層だ。
「金儲けのためのビジネスモデル」としては全く正しいし、別にそこを批判するつもりはない。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1665237.html
↑で「趣味に月10万使うなんて普通」発言が炎上しているのを見て、びっくらした。オレは30歳すぎで年収450万くらいの独身男だが、同じ職場の独身仲間で趣味に月10万使うやつがゴロゴロしているので、まあさすがにモバゲーに月10万はねーよと思ったものの、そういう趣味のやつはそれくらい使うんだろうなあ、くらいに思っただけだった。
ところがあっちこっちで猛烈な炎上。てっきり「ねーよww」的な嘲笑かと思いきや、マジ怒りしている人多数。「そんな金あるわけねーだろ、この詐欺師が」的な。正直びっくりした。いやいやいや、確かにあんたは持ってないかもしれないけど、社会人の2割くらいはそれくらいのお金は持ってると思うんだが。実際に使うかどうかは別にして。
月2回フーゾクに行って3万、タバコを1日1箱吸って1万、パチンコと競馬で3~4万、平均してこれくらいは使ってるやつ、たくさんいるべ?少なくともうちの職場にはたくさんいるんだが。つーか、独身で月10万くらい趣味に使える余力ないと、結婚できなくね?
よくネットだと、モバゲーやってるトラック運転手とかをバカにしてる連中多いけど、あいつら普通に月10万趣味に使うくらいの収入あるやつが多いの知らんのかな?モバゲーとかにあいつらがたくさん金払ってるのは、別にあいつらがバカだからってだけじゃなくて、使える収入があるからよ。同じバカでも、金持ってるバカはたくさん使うし、あんま金持ってないバカはあんま使わない。普通に生活続けてられるんだから、たまに使いすぎることはあっても、収入の範囲で楽しんでるんだろうなってことくらい、バカでもわかるだろうに。
しかし今日はいいことを知ったべ。オレらをよくバカにしてるネットの連中、実はオレらよりずっとビンボーな連中が多いのなw 人のこと情弱情弱いうけど、本当に情弱なのはビンボーなお前らじゃねーかww
最初クーポンサイトの話を聞いたときはいいアイデアだと思ったが、「儲かる」と聞いて変な気がした。
本当に大幅な割引クーポンはユーザーにとても魅力がある。しかしその魅力の源泉は店舗の持ち出しだ。
お得な情報が欲しいユーザーと割引で損をしてでも店のことを知ってほしい店舗。そしてそれに介在する広告業者。
もしIT屋ならこう考えるだろう「このニーズのギャップにはマッチングが必要だ、そしてそれをとんでもなく超低コストで実現するのがITだ」と
つまり10年前ならおそらく「閲覧は当然掲載も無料で格安クーポンを紹介するサイト」になったはず。
そして軌道に乗ったところで収益を考えて掲載にほんのちょびっと手数料を乗せるようになるだろう。何しろ効率の高さがITの身上なのだ。
某SNSの株式上場のとき某SNSは有望だから株を買いなさい、だれでも儲かりますよと吹聴してる連中がいた。
幹事証券に群がる連中や会計士、経済紙を名乗るちんどん屋まで提灯ふくらまして騒いでいた。
さて、結果どうだったのか。
目論見では確かな人脈と口コミで広告収入で業績ウハウハの超高値の株を買っても株主もウハウハだったはずだ。
今は無料と称するゲームで子供から小銭まきあげてるんじゃなかったっけ。
ごく単純に儲け話を他人なんかにタダで持ってくるほうがおかしい。
FacebookもGrouponのIPOもそんな連中のババ抜きの匂いがプンプンする。
いや、事業にはそれなりの意義があると思うよ、実際。mixiだってサービス自体は定着してるし。
でもニヤついた詐欺師が何割かまともなこと言ったって信じるに値しないよね。
朝三暮四をとっかえひっかえ要するに本気でやれば本来の利益構造なんかいくらでも外から見えなくできる。
いや、いいアイデアだ。
みんな何かお得なものを探してる。「お得」ってのは一時的な割引のことなんかじゃあない。
いつだって新しい、何かより良いものを探しているのだ。おいしくて感じのいいレストランを見つけていきつけにしたいよね。
ところが新しい商品やサービスはリスキーだ。高い商品を試して失敗だった時の落胆は誰にでも覚えがある。
でも自慢の商品を試してもらいたい会社は多少赤字が出たって試してもらって顧客になってもらいたいと思ったりする。
そこで安くしますから試してくださいよと言われたらどうだろう。
探索のリスクが軽減され、みんなまたいろいろ試してみようって気がしてくる。新陳代謝が起こり経済は活発になる。
で、○○ポンは新しいビジネスなんだからもっと上手く人の役に立つんだよね?
端的に言えば手数料をもっとずーっとゼロに近づけられるよね?それがITだよね?
そのビジネスが優良かどうか。
それはその商売人が信用できるかどうかなんだと思うよ。
横だけど
「『原発は安全です』とは宣伝したが、『絶対』とは一言も言ってません」ってな屁理屈は通らんでしょ。そういうこと言う人のことを、普通世間では「詐欺師」というよ。
結果責任はそら番人側になるわけだが、村人側にも道義的責任があるだろ、って文脈だと俺は理解した。
つまり、「原発は安全です」とは宣伝せざるを得ない状況に追い込んだのは村人側じゃね、という文脈じゃないの?
あるいは「こういう場合に原発は安全ではありません」を許さなかったのは。
まあ詐欺だって言う気持ちもわかるけどさ、客観的に見たら村人のせいじゃね、と思わなくはない。
安全を求めるなら合理的な主張じゃないよ。「番人が『安全でない』なんて口にするなんて許さない」なんて。
「左翼が批判するから原発はああいう(隠蔽)体質になった」という言い訳は、前の話書いた時点で想定してた。あなたの書いた「村人と番人」のたとえをそのまま使ってもいいが、前回の話の要点は、つまり「経緯」でなく「現状」として
実際に狼の侵入を許し、村が壊滅する危機を目前にして、なお「狼の侵入(原発事故)は当然不可避」という前提でいる番人
↑
ということ。
増田だって自分の言ってるのが推進派側の理屈であるってことは分かってるでしょ。番人の中にどれだけ良心的な人がいたとか、どれだけ一所懸命がんばっていたか、ではなく、今の問題は結果とそれを生んだ理屈の話。細かいこと言い合っても泥沼だけど、「『原発は安全です』とは宣伝したが、『絶対』とは一言も言ってません」ってな屁理屈は通らんでしょ。そういうこと言う人のことを、普通世間では「詐欺師」というよ。
そもそも、この社会で「反対派がぎゃあぎゃあ言わなければ」というのは、残念ながら仕事できない人間の、しかも中学生レベルの言い訳。それ含みでできないことは、つまり最初からこの社会ではできないことだ。どこか遠い宇宙空間で、誰にも迷惑かけずひっそりとやる分には実際アリだろう。でも、本気でそんな環境を望んでいるなら、それはこの地球上では無理だ。
…と、ここまで厳しめに書いたけど、一つ分かったことがある(これは自分としても有益な発見だった)。要するに、あなたは「他に行き場所なんか無いんだ、だから、泣き言言う前にここで狼守ってる俺ら番人の足引っ張んじゃねえ」って思ってるということか。「原子力を利用できなければ、いずれにせよ人類は滅ぶ」と思ってるんだよね、おそらく。
では、その見解(この村以外可能性は無い)の妥当性というのは、自分の中でどう検証されてるの? それは、科学的にそうなの?それとも漠然と政治・経済など専門外の「専門家」の人が言うことを聞いてそう思ってるということなの? それとも、実は漠然とそう思ってるだけなの。揶揄じゃなく、純粋に質問として知りたい。揶揄に聞こえてたら、ごめん。
去年の頭からほぼ毎日更新されていて、読んだ漫画、観た映画やDVDの感想、twitterのログ、買い物日記、そして日常のあれこれがずっと綴られていた。
DVDの感想やtwitterのログは量が多すぎて読み切れなかったが、日常のあれこれは一応全部目を通した。
彼女は仕事を休職し、精神科とジムに通い、自分の理想と現実のギャップに苦しんでいた。
俺は一昨年の春に彼女と別れ、しばらくして彼女との連絡を全て絶った。携帯の番号もメアドも消去した。
俺自身も心療内科に通い、無気力な生活を10ヶ月あまり過ごした。彼女は俺と別れてしばらくしてから休職したらしい。
俺は時間をかけていろんな事を忘れることに費やした。自分が彼女を傷つけたことも、彼女に傷つけられたことも。そうしないと生きていけなかった。
ブログを書くこともやめ、別アカウントでハイクやtwitterをやっていた。彼女がハンドルを変え、どこかでブログをやっていることは知っていたが、見に行くことはしなかった。
彼女のブログには俺に対する批判めいたことはほとんど書かれていなかった。少しくらいはあったが、彼女にしてみても書いて嫌な気分になりたくなかったのかもしれない。あるいは関わりになりたくなかったのかも。俺はその間、彼女に関して一言も書くことはなかった。正直、後ろめたい部分もあった。彼女を決定的に傷つけてしまった、という想いがどこかにあった。
俺の親友は彼女のことをとても嫌っていた。「あいつがアンタを壊したんだ」とも言った。それは一つの事実かも知れない。でもそれは俺も同じだ。そして俺は別れたあともしばらく彼女を愛していた。やり直せるものならやり直したかった。でも俺にはその力はなかった。自分一人を支えきれない人間が、他人を背負い込めるはずもない。だから俺は彼女を切り捨てた。出来うる限り彼女から逃げた。
一度関係を修復するチャンスがあった。しかし俺自身のミスでそのチャンスは損なわれた。向こうがそれを望んでいたかは分からない。むしろ迷惑な話だったかもしれない。
そうして俺の生活から思い出や未練が無くなっていった頃、遠くの方から「彼女が死んだ」という話が聞こえてきた。
それからそのブログを頭から読んだ。苦悩と苛立ちと、何かの諦念を纏った日常がそこには書かれていた。
時々あげられている自分撮りの写真を見て驚いた。「うつ太り」という言葉があるが、俺と付き合っていた頃のスマートさは完全に損なわれていた。ストイックで規則正しい生活を送っていた頃の彼女の面影はそこにはなかった。
それが俺のせいだなんておこがましくてとても言えない。でも俺はそんなになるまで病んでいた彼女を知らなかった。知ろうともしなかった。彼女の家族や友人たちは、おそらく俺のことを快く思っていないだろう。俺はネット上の名前を変え、何事もなかったかのようにお気楽な暮らしを続けていた。時々心療内科に通ってはいたが、おおむねその日暮らしの自分勝手な暮らしに終始していた。「病んでいる」の程度で物事を測ることは出来ないのかもしれない。でも俺は死なずにここまで来た。怒られるのを承知で言うと、彼女を切り捨て、名前を変えた事によってむしろ楽しく生きてこられた。
そうして彼女はこの世から失われた。大好きだったハリーポッターの完結も観ずに。
俺に何かが出来たとは思えない。多分向こうも関わっては欲しくなかっただろう。病人同士が顔を突き合わせても憎み合いか共倒れになるだけだ。
それでもどうしようもない無力感から逃れることが出来ない。泣くことすら出来ない。死ぬ事も出来なくなった。
これからどうしたいかははっきりしていない。ただ同じ過ちはしたくない。何かあったときに誰かを支えられるだけの力が欲しい。今の俺はあまりに無力だ。カネもコネも権力もない。心の包容力さえない。今からでは遅すぎるのかもしれない。いや、遅すぎる。しかし俺は強くなりたい。こんな想いはもうたくさんだ。
いつか俺に守りたいと思う相手ができたとき、少なくとも今よりましになっていたい。詐欺師みたいに口先だけで誤魔化していくのはやめにしたい。そのために今日も死なずに生きていく。彼女は戻っては来ない。俺はまだ向こうには行かない。あがき続ける。過去は変えられない。未来は分からない。今を一生懸命やるだけだ。