はてなキーワード: 英語教育とは
中学高校と英語赤点だった。もう本当に簡単な文でもわからないレベル。英文法はパズルにしか思えなかった。
MtG をやって、少し英文を覚えた。ネットで調べ物してたらなんとなく何を書いてるか見当つけられるくらいにはなった。MtG でわかった事は、必要性に追われ、情報が経験と結びつけばアホでも覚えるということだった。小学生がポケモンを覚えるようなものだ。
そのあと、ネトゲで外人とチャットしてたらまた少し英語が(チャットで)通じるようになった。この通じるってのは、正しい英文を書けるって意味じゃない。ネトゲでは、その場で共有している話の流れや時間や場所やそういったコンテキストがある。これが学校で暗記としてやった英語とは大きな違いだった。でも、よく考えたら僕らが使っている言葉というのは、共有されたコンテキスト下に無い方が珍しい。FPS や MMORPG でわかった事は、共有されたコンテキスト下でやりとりする分には、正しさよりも返せるかどうかの方が重要だし、文としてあまり正しくない言葉でも、しゃべる必要がある時に何もしゃべらないよりは役をなすということだった。
通じるということのありがたみ、楽しさを知れたのが大きかった。学校時代は、英語が通じるかどうかは 0 or 1 で、間違ってるくらいなら話さない方がいいと思っていた。言葉は間違わないためにあるのではなく、少しでも通じるためにあるのだと当たり前のことに始めて気づいた。この 0 が 0.1 になる経験はとてつもなく大きかった。
そのあと、Flickr 等のコミュニティで沢山の人から英語でコメントをもらうようになった。自分の作品について言われてるわけだから当然理解したいし、僕の作品についてのそれぞれの人からの感想というコンテキストがはっきりしていて、ここでも必要に追われることと、共有されたコンテキストという条件にうまく当てはまっていた。
どう思ったか何を感じたかという文章が沢山書き込まれ、知らない表現も多く必死に調べながら読んだ。不思議と、感情のこもった言葉は記憶に残りやすかった。難しい言い回しでも、その意味がわかった時、「僕にこんなことを言っていてくれてたんだ!」と思うと、それが頭に残る。当然逆に「ばかやろう!こんちくしょう!んなことわかってんだよ!」でも頭に残るのだけど。
こうした作品に対するやりとりで学んだのは言葉の方向性のようなものだ。気持ちの方向性というか意思の方向性というのかな。言葉の一つ一つには今の自分の気持ちはこっち向きでこのくらい、とかこのくらい離れてる気持ちとか、このくらい近づきたい気持ち、という何かベースになるものがあると思う。日本語に翻訳してしまうと沢山の関係ない意味があるように思いがちだけど、それは表面的なもので・・・うまく言えないな。新しい言葉を覚える時に日本語訳を覚えるんじゃなくて、その気持ちの向きと強さを感じるようにするというのかな。気持ちのある言葉を投げかけられると、それが結びついて記憶に残るから、引き出しが増えるのかもしれない。
そうすると、自分の言いたい事を英語にするときも、日本語にしてからその通りに英語にするんじゃなくて、自分の中にある気持ちの向きと強さを直接英語にできる時があってびっくりする。多分これは英語力とはあまり関係ないと思う。語彙がなくても、そういう感覚がわかれば、そういう風になってくる気がする。
(追記: 僕がそう強く思い始めたのは、Flickr や deviantArt でコメントをもらうようになってからだ。おそらく、写真や絵といった言葉ではないものについて言葉をもらうことで、その作品が与えた事――これは日本語でも英語でもないもっと原始的なもの――につながる言葉という視点を得られたのだと思う。当然、小説でも一般の会話でも言葉は他者の内面で理解されてそれぞれに意味を発するので、本質的には絵や写真となんら変わらない。ただ、言葉を使ったコミュニケーションがあまりにも一般化されていることが、言葉も表現でしかないことを人に忘れさせ、自分の思う通りに伝わって当然の魔法のようなものだと慢心させてしまうのだと思う。)
僕は学校英語教育を否定したいわけじゃない。正しい英語を学ぶ事は必要だし。僕が言いたいのはそういうことではなくて。
学生時代の時は英語が使い物になるには "正しい英語を覚える→英語でやりとりできるようになる→英語で考えられるようになる" という順序をふまないといけなくて、前の段階がうまくいってなければ、到底次の段階にいくわけがないと思い込んでいた。
でも実際はそうではなくて、その三つは全て平行してるんじゃないかなって。学生時代に、英語の必要性に追われたり、もしくはすごく英語が役にたったり、ちょっとでも伝わって 0 が 0.1 になる経験や英語で気持ちが直接伝わってくる経験をしていれば、英語に対する印象も取り組み方も、当然正しい英語を学ぶことについてのやる気も、違ったんじゃないかなって。
そうしたものは、学校ではカバーできないから、あなたの努力と向上心がたりなかっただけですよ、勉強の出来る人はみな当然それもやってるのですよ、と言われると反論できないのだけど。僕が中学生だった時には、FPS や MMORPG はまだ一部の人の遊びだったし、スカイプなんてなかった。今ならもっと敷居は低いのかな、とは思う。
日本人が英語を話せないのは、英語に比べ、日本語の音節当たりの情報量が極めて少ないからであり、日本人の脳がそれに慣れてしまっているからである。
日本語は他の主要な言語に比べ、同じ音節数の間に処理する情報量が際立って少ない。例えば中国語の4分の1とも言われる。日本語は1音節にかける時間はやや短いが、それでも同じ時間当たりでしゃべっている内容は遥かに少ない。用意された原稿を読むニュース番組などでは大して変わりはないが、考えながらしゃべる自然な口語になるとその違いが顕著になる。海外のドキュメンタリー番組で日本人が話しているのを見ると、英語話者と比べて同じ時間で話す内容の少なさに驚かされる。この場合、本人はまだ喋り終えていないのに吹き替えや字幕で既に情報は伝わっているので途中で画面が切り替えられてしまうことが多い。
赤ん坊の頃に1秒間に1の言語情報を処理するトレーニングしか受けずに脳ができあがってしまった人が、1秒間で2や3の情報を処理する言語を習得するには、単に新しい文法や発音を学ぶ以上の困難が伴う。逆に外国人からすると母国語よりも遅いペースで情報を処理すればいいので、ある程度単語を憶えれば簡単に喋れてしまう。だから日本人が英語や中国語をおぼえるよりもアメリカ人や中国人が日本語をおぼえる方が圧倒的に速いのだ。
「英語や中国語は日本語と文法・発音が違いすぎるから習得が難しい」とよく言われるが、音節当たりの情報量の違いに比べれば大した問題ではないと思う。なぜなら、文法と発音のよく似た日韓間でも同じことが起きているからだ。例えば第二外国語として韓国語と日本語をそれぞれ1年間学んだ日韓の学生を集め、日本人は韓国語で、韓国人は日本語で討論させると、日本人学生のあまりの「話せなさ」に韓国人学生は驚愕する。ただし文章を書かせるとそこまで悲惨な差が出ることはないのだそうである(呉善花『スカートの風』)。
韓国人は普段から漢語と土着語の二重構造に慣れているので、単に「日本語の漢字仮名交じり表記が特殊だから」ということだけではこの現象は説明できない。おそらく、筆記では会話ほどの情報処理スピードを求められない分、少しはマシなのだろう。
日本人が突出して英語が下手なのは、日本の英語教育のせいではない。しかし、英語を学ぶに当たって日本人だけが直面している独自の問題がある以上、日本人の為の独自の学習法をつくる必要がある。一方でいま文科省がやろうとしているのは「今のカリキュラムを前倒しして小学生から英語をやらせよう」という漸次的な施策である。これでは何も変わらないことだけは断言できる。
思うに、「日本語を唯一の母語とし、日本語の音節のリズムが染み付いている子供のための英語の授業」というのは、アルファベットや文法は後回しにして、「このカタカナをそのまま読めば通じなくもないよ」というカタカナ英語
(ex:
hospital→ハスペロウ
Can I have some water?→ケナイヘヴスムウオラ?)
を作り、繰り返し読んで丸暗記させる、というところから始めなければならないような気がするが、なにぶん私自身英語が全くできないのでよくわからないですどうもすいませんでした。
http://anond.hatelabo.jp/20110831064251
英語教育だけど国語よりも社会科よりも物理よりも重要だと思う。それは現代を生きるための情報ソースという意味で。
日本のメディアも、日本のネットを日本語で検索しても、ある分野では左、ある分野では右に偏向が激しい。
つまり、日本人が得られる情報というのは日本の状況、文脈、都合によって情報に一定のバイアスがかかってる。
それを、google.comで英語で検索すれば、そのバイアスから逃れられる時代に幸運なことに僕らは生きている。
もちろん、英語には英語圏のバイアスが情報にかかっている。しかし、それは日本圏内の情報バイアスの重力から脱出するには十分だし
英語圏は日に日に広がりを増していて、圧倒的に情報ソースの量と広がりが違う。
例えばCNNがKPOPの偏向報道を批判したというまとめサイトが話題になってる。もちろん大部分は、その英語の元記事を読まない。
要はそれすらも日本のバイアスがかかっていて、そのCNNではなくCNNgoのそのページがどの程度の重要性を持つのか、単なるフリーの記者のコラムかということも分からないし
KPOPがアジアで世界でどのような受け取られ方をしているのかを英語でググればずいぶん違った情報を知ることができるのに英語が読めなきゃできない。
つまり、日本語で都合のいい言葉でググって、都合のいいバイアスのかかり方をした情報しか受け取らない。だって、それしかできないからしょうがない。
バカな奴は英語なんて学ぶ必要ないというのは、愚民化政策そのものだ。英語を教えないことによってファイアーウォールを設けているようなものだ。
あるいは、フィリピン人は日本に対してどういう感情を持っているのかなとふっと思った時に、日本語でネット上を調べたってバイアスがかかりまくりだけど、
google.com.phで英語でググれば、中国に住むフィリピン人が語る中国とフィリピンの日本に対して持つ感情の違いについて書かれたこの記事をたまたま読んで
思ってもいない新鮮な発見があったりする。http://propinoy.net/2011/03/20/tohoku-earthquake-and-nipponophobia/
こんな些細なことだけじゃなくて、英語が読めるだけで視野が広がったり日本じゃ信じられない様々なリソースが利用できることがいくらでもある。
だから、バカな奴に英語は必要ないじゃなく、バカな奴こそ英語をやれって言いたいし、かつての俺にもそれは正しかったよと言いたい。
英語ができれば金になる仕事になるといった金勘定ではなく、英語もしくは外国語ができるというのはものすごく人間の判断に広がりを持たしてくれるものだと思うし
日本圏の偏向報道、偏向教育、偏向情報の重力に抗う武器として、外国語はネットが発達した現代において重要さをどんどん増しているように感じる。
あと、英語はもちろん外国語ができる人はもっと翻訳をネット上でしてほしいという希望がある。
もちろん、すでに色々と貴重な情報を翻訳してくれる人がネット上にはいて、ものすごく感謝している。
翻訳というのは日本バイアスに包まれた人間の頭をぶち破ってくれる非常に重要なものだ。やはり母語で読めるというのは大きい。
いまメジャーな翻訳サイトの大部分は「海外の反応」というジャンルにあたるものだが、これは結局「(日本に対する)海外の反応」という意味であり
海外が日本のことどう見てるのかなという自意識が日本アゲに用いられ、これもバイアスがかかっていることが多い。
純粋にバイアスのかかっていない情報など存在しないが、僕らは日本バイアスという強大なものに否応なく囚われていて、破るべきバイアスというのはまずそれであり、
その日本バイアスを破るべくそれとは違ったバイアスがかかったものを持ってくることで盲点を探すしかない。盲点は気づかないが故に盲点なのだから。
かつて必死に翻訳を行ったインテリが持っていたような日本バイアスに囚われていることへの危機感というのは、発展した日本に住む僕らには理解できない。
職場で英語話すことは一切要求されないけど、最新の技術やサービスのこと調べるのに英語読めないと話にならない。高校時代は英語赤点だったけど、社会人になってから必要に迫られて読んでいるうちに、読むだけならあまり困らなくなった。
ちなみに低学歴。田舎の公立小中高卒。今は高校でもっと真面目に英語の授業うけて置くべきだったと後悔してる。ただ当時の英語の授業がいいものだったのかはわからないので、授業がダメと感じたら独学で英語を勉強したい。田舎の貧乏家庭だったので塾や習い事なんてありえなかったけど、こんなに英語が必要だと知って子供の頃の自分に戻れるなら、小学生から図書館に通うなりして勉強したい。
まず言語やソフトウェアのリファレンスが英語オンリーなことが多い。日本語があっても誤訳が多かったり古いバージョンの翻訳しかなかったり、Webサービスの API の仕様書は英語しかなかったり。
流行ってるWebサービスや技術が英語圏から来る。Twitter だって 4sq だって過去グーグルラボにあった技術だってまず英語しかなかった。日本語サービスは一年後なんて珍しくないし、サービスでさえそうなんだから、技術関係の文書や仕様書は英語しかないのがざら。何かトラブルあって解決法探したら日本語での情報は皆無で英語でならあるなんてしょっちゅうだし。
ちょっと方向性は違うけど、英語だからって避けてると勿体無いネットゲームもある。当然そういう所でバグ報告や要望あげるには英語書けないといけない。知り合いには学校では全然ダメだったが UltimaOnline や EQ や MtG で英語を覚えたってやつが結構いる。チャットとはいえ英語全然ダメってところからネトゲ内の英会話に困らないくらいの英語力になる人がいるのが実践の面白いところ。
このネット使えて当たり前の時代、日本語での情報量 <<<<<<<<<<<< 英語での情報量 なので、英語避けてると全ての情報量において損する。だから直接英語に関係ない仕事でも英語全くダメというのはそれだけ損する。
大げさにいえば情報格差。最近の例でいえば、エジプト、今ならリビアの状況なんか英語圏のメディアのサイトではリアルタイム更新で情報量もすごいのに、日本だと全然報道されねーとかよくある。大震災の時でさえ英語圏のメディアの方が図とか写真とかすごくね?って事があったのは記憶に新しいと思う。
世の中には、英語わからなくても困らないゲームでも UI が英語なだけでプレイできない、インストールの途中で日本語選べるのに言語選択までが英語だから怖くてインストールしない、仕事で DropBox 使いましょうってなったのに英語だから使えないとダダこねる、英語だけのサイトに飛ばされたら何かいてるかわからないから全部危険なサイトに見えてすぐブラウザ閉じるので仕事に必要なソフトウェアを SourceForge から DL してくれない、なんていう人が本当にいる。
高校からは英語は選択科目の一つとして、興味のある人だけが学べる形とする。
これに伴い、センター試験の受験科目から英語を完全に排除する。
以下に理由を述べる。
・英語というのは、教養としては国語や社会科よりも意義が薄い。思考の練習としては数学や物理よりも意義が薄く、立ち位置がとても曖昧。
・大学や職場で英語が要求されるようなインテリジェントな作業をする人は全体の数%程度しかない。
・日本での英語教育は現状、TOEIC業界や英会話業界のお金儲けにしかなっていない。
ただし、英語が必要な人も全国民の数%は存在するのは承知している。
彼らには論文を読んだり、インテリジェントな作業をする為の英語チカラが必要だ。
そこで、この弱点を補うために、
そうすれば、
底辺大学の学生は英語をまったく勉強しない生き方で大学に入れるようになる。
彼らは生涯、英語を必要としないのでこれで問題ない。
一方、旧帝大の学生は2次試験で英語を必ず受験しなければならない。
彼らは将来、論文の読み書きなどインテリジェントな作業をするのに英語が必要なので英語をサボる事は許されない。
底辺大学を目指す非インテリ = 高校からは英語は選択科目。受験でも英語は全く不要。
どうだろうか。
「英語」を選択科目としても何の不都合もない事が分かる。
以下を読んで
http://agora-web.jp/archives/1354654.html
以下を参考に考えてみる。
授業時数について
http://www.bunri.co.jp/infosrv/shinkatei_s.html
まず、入学試験にも使われず、「これで飯が食える」という観点では微積分以上に役に立たない実技科目を削る。
小学校では…
生活 207
音楽 358
図工 358
家庭 115
体育 597
合計1635
中学校では…
音楽 115
美術 115
保体 315
技家 175
合計 720
あと、ふやす方は…
学校にエアコンを導入して夏休みを1.5カ月から二週間にすることで、
中学校は
週休二日制を20年前の土曜午前までの週休一日半にすることで、夏、冬、春で2週間ずつ長期休暇があるから、
小中合わせて
合計2238時間!
減らした方と会わせて2350+2238=4588時間!!
すっげー勉強させられる(もしくは遊ばさせる)じゃない!
街は文字通りいつもより暗いとはいえ、徐々になんとなく落ち着きを取り戻してきている。
しかし、これから日本はどうなるのだろうと考えているのだけど、答えは出ない。
今回の原発の事故で思い描いていた日本の将来のシナリオの大半が変更せざるをえなくなったなという実感はある。
震災前には、俺も俺なりに日本は将来こうなるんだろうなというイメージと
じゃあ、それならこうしないといけないんだろうなというイメージがあったのだが
細々とした計算をして答えを出したら、そもそもの前提条件がすっかり間違っていたときのようだ。
しかし、トフラーやジャック・アタリとかの未来学っぽい本やら、山形浩生が褒めてたシェル石油の将来シナリオを読み返して
その予測が震災によってどの程度変更を迫られるか考える気力が今のところないので
はてなが誇るちきりんの日本の未来予測が震災後にはどうなるか考えてみる。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100730
"「イタリアモデルが、日本が進む道」だと思うし、「それって結構よい道じゃん」"と
ちきりんは言っている。
そして、ありえそうな将来像とそのプラス面とマイナス面を列挙しているが
そのプラス面を見てみる。
(首都)世界の人が憧れる大都市。ユニークに熟れた都市文化が存在
(田舎)訪ねるのは不便だが、すばらしく美しい。地元ならではのおいしいモノもたくさんある
(国家ブランド)強い。“イタリア製”“日本製”という言葉には独特の付加価値がある
(観光産業)海外から、特に圏内(日本の場合はアジア)から多数の人が押し寄せる
(ファッション)食事と同様、独自のスタイルが世界の注目を集める
(文化)世界にはない(アメリカのエンターテイメント産業の真似ではない)ローカルカルチャーが花開いている。イタリアと日本は、あのフランスが文化面で憧れる世界で唯二の国。
このうち上の4つは今回の原発の事故で、もはや毀損された。どうしようもない気がしてくる。
では、どうするべきか。逆に考えてみよう。
イタリアで日本のような原発事故が起きたら、イタリアはどのように復活しようとするだろうかと。
思いつかない。
というわけで、移民も英語教育も無理だとすると、ギリシャモデルしかないけど、どうなの、ちきりん。
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【追記】
読んでもらったのかわからないが、そのあとちきりんの新しいエントリー。
2011-04-05 2020年代を楽しみに生きていこう!
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110405
戦後初めての政権交代が実現し、民主党政権がスタートしましたが、すぐさま東北東日本大震災が起こります。
まず、今回の東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々のお見舞いを心から申し上げます。
次に、僕のスペックです。都内の大学に通う学生(新二年生—ちなみに一浪—)です。所属学部のカリキュラムによって、ほとんどの授業を英語で行って、レポートも英語でたくさん書きました。といっても、僕の英語の能力はだいたいTOEIC700点前後だと思います(TOEICはうけたことがありませんが、学校で受けさせられたテストなどで換算するとこのくらいです)。700点前後なので、あまり大したことは言えた身ではないのですが、英語については昨年度かなり自分でも悩み、考えたし、また、TOEICなどのスコアだけで英語の実力のすべてが測れるとも思っていないので、僭越ながらも英語についての意見を述べさせてもらいます。(ちなみに未だ日本から出たこと無いです)
最後に、書こうと思った動機について。主に二つ。ひとつは、日本人の英語熱が、去年のユニクロ、楽天の英語公用語方針表明から、加熱の一途を辿っていることを受けて、自分—英語が公用語の学部で学んでいる自分—が何か良い意見を述べることができればいいなと思ったから。あとひとつは、自分の英語に関する考えを今の時点で言語化して整理しておきたいという考えがあるからです。
英語学習者の多くは「英語ができるようになりたい」や「英語上達!」などと言います。が、少し待って下さい。その宣言って少し漠然としすぎではないでしょうか。ここで、試しにあなたが今思っているその「英語」に修飾語を二つ付けてみて下さい。例えば、ある会社員の場合は、practicalと businessを足して、”Practical business English” (実践的ビジネス英語) となります。こうすることで、あなたが必要な英語がもっと鮮明になるでしょう。さらに対策だって立てやすくなると思います。子供が語学を身に着けながら成長するときの様に、日常の様々な場面での遍く英語表現を身に着けることは大人には困難です。しかし、範囲をうまく絞れば、そこに特化して勉強することで仕事で困ることが少なくなると思います。
僕は昨年度、英語を話す日本人を数十人ですが見てきましたが、およそ二つのグループに分けることができます。それは、日本語を話すときと同じ感覚で英語を話している人と、英語を話すときは全く別の口の開け方や筋肉の動かし方、さらには呼吸法までする人たちです(帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます)。タピオカドリンクを飲むときは、コーラを飲む時に使うストローじゃ飲めないように、英語を話すときも日本語用の発声方法を脇に置いて、英語用の発声フォーマットで話さなくてはならないのです。先に示した前者の人々はだいたい、声が小さいぼそぼそとしたしゃべり方をします(もちろん発音は滅茶苦茶チョッピーです)。これは、はっきりいって意識の問題だと思います。発音やアクセントの前に態度(attitude)の問題だと思います。
これは上とだいぶ関連があるのですが、英語を真剣に話そうとすると多かれ少なかれ「欧米人っぽさ」や、悪く言えば「ネイティブかぶれ」が現れてしまいます。だが、これらに対して嘲笑したり、からかったりしてはいけないと思うのです。日本人の間で「かぶれ」に見えてしまうことも、英語話者同士では普通の事なのです。だから、間違っても日本人によるつまらない価値観から、その人の外国語に向かおうとする態度を軽蔑してはならないと思います。お互いにとってマイナスにしかなりません。
英語がわからないから話が理解できない、と思ったことがある方。それは本当に英語が問題でしょうか?例えば、去年流行った「ハーバード白熱教室」。この番組はiTunesやYouTubeで無料で見ることができます。僕も、視聴していて三周目も終わろうとしている頃ですが、まだよく理解できているとは思えないです。『これからの「正義」の話をしよう』も、その原著である”Justice-what’s the right thing to do-”も持っていて一通り読みましたが、未だ理解できたという確信がありません。なるほど、「テメエがアホなんだよm9(^Д^)プギャ―」という意見もあるでしょう。しかし、サンデルの授業内容がそれなりに高度なことも事実ではないでしょうか。日本語で聞いたとしてもそれなりに高度なことには変わりません。それをさらに外国語でとなると余計に理解が難しくなってしまいます。自分の英語読解/聴解能力を疑う前に、言語に拘わらずそれを理解できる知的基盤が備わっているか。それをただ「英語が分からない」と悲観する前に、確認する必要があると思います。
某経済評論家などを「達人」と見做している英語学習者は、いつまでたっても英語ができるようにならないと思います、失礼ながら(インタビューもそんなにあてにしちゃいけない)。そもそも、本当に英語できる人間は、日常のほぼ全てのタスクを英語でこなしているような人たちではないでしょうか。論文であれ、企画書であれ、会議であれ、学術発表会であれ。そういう本当の「達人」らは、われわれ一般人に指南するような立場を超越していらっしゃいます。さらに、そういう人たちはあまり表に出ない人たちです。なぜなら、一流のビジネスパーソンは週刊誌の英語特集に顔だすくらい給料安くないし、言語学など学問分野の一流たちもそんなところに出て自分の株をさげるようなことをしないでしょうから。
では誰をロールモデルにするのか。はっきりいってツールである英語にロールモデルが必要であるとは思わないのですが。強いて言うなら、『英語達人列伝』の中から探すといいと思います。これを読めば、「日本人は英語ができない」といった言説が神話であると思え、すこし勇気が湧いてくると思います。
英語学習において、発音を磨くことは何かと批判の対象になります。恐らく、それは英語学習における贅沢品と受け取られるからでしょう。目玉焼きも焼けない人間が高級イタリア料理「カルパッチョソースのデミグラス和え 地中海の新鮮な貝の奏でるムースとともに」(※こんな料理はありません)を作ろうとするように捉えられてしまうのかもしれません。
しかし、僕は発音も大切だと思います。磨けるなら磨いた方がいい。じゃあ、どのくらいまで磨くか。もちろんネイティブレベルとは言いません(発音向上批判がネイティブ信仰批判と結びつけられることも多い)。が、強いて言うなら「自分の発音に自分で酔えるくらいまで」としておきます。英語を話している時の自分がいつもと少し雰囲気違うな、とか仕事できそうだな、くらいに思えるくらいです。語学学習は基本的に孤独な作業であると思います。周囲に誰も人がいない部屋で黙々と音読…そんな状況で心を支えるものが、わずかながらのナルシシズムだと思うのです。ここで注意しておきたいのは、自分の発言を瞬時に考えて話す「スピーキング」と音読教材を見ながら話す「スプリクト読み」の際の発音能力は個人の中でも違いがあるということです(ここでは詳述しません)。
昔NHKで「英語会話」の講師をしていた東後勝明氏はこう言っています。
「発音が大切だ」と言えば、すぐに、「本国人のような発音の必要はない。日本人なのだから日本人の発音で十分」と反論が返ってくる。「単語を覚えたほうがいい」と言えば、「単語だけを覚えても何もならない。その使い方を覚えなければ駄目」と言われてしまう。うっかり「会話ができなければ」などと言おうものならたちどころに「ただペラペラしゃべれるようになるだけではかえって人間が軽薄に見えて困る」と一蹴され、「それより、内容のあるものが読めることだ」とか「話す内容が大切」ということで会話の重要性は影をひそめてしまう。
「文法をしっかりやりなさい」と言えば、「文法に頼る英語力には限界がある」とか「文法を教えすぎるから、英語が使えなくなっている」と、これにもまた反論が出る。それでは「実際にありそうな自然な対話をそのまま暗記してみれば」と言えば、「会話はそんなに準備されたせりふ通りにはいかない。そんなものをいくら暗記しても役には立たない」と誰かが言う。… ( 東後勝明 「聞き、覚え、使う」 現代新書編集部 『外国語をどう学んだか』 講談社 1992)
要するに、唯一絶対の方法なんてありませんよ、ということであり、たとえ少し間違った勉強法をしてしまっても、それほど差はないですよ、ということ。やりかたで戸惑って学習不安なんて愚かだと思いませんか。ネットで情報収集だけに一生懸命になっている方、とりあえずブクマして満足している方。
世界に飛び出ていく為のツールである英語を、日本の企業や学校の基準に合わせてどうするのでしょうか。会社や学校の要求に応えることが重要であることは言うまでもないですが、これから英語を勉強して身に着けるということは必要不可欠であるということ。すなわち、グローバル化によってかつては「あった方が有利」だった英語から「ないとダメ」というように変化してしまったのです。だから、これから英語学習する人――特にビジネス面の方々――は、外国、とくに韓国、中国にライバル意識を持って外国語を学ばなければならないのではないでしょうか。
英語に関することで今問題だな、(というか、もったいないな)と思うのが巷の「英語学習」と、学問としての「英語教育」との乖離です。この春休みに入ったころに、集中して現在刊行中の「英語教育学大系」シリーズ(大修館)を読んだのだが、個人的に得るところが結構あった。そういった学問分野での研究成果をうまく巷の「英語学習」に反映させればいいと思うのだけれど、実際「英語学習」者たちの間でウケてしまうのはTOEIC900点をとった人たちのアドバイス記事。もったいない。
これ500B!超えたらblog再開させようかな…なんてw
訂正
帰国子女の方々は生まれつき後者の姿勢が備わっているきがします→帰国子女の方々は幼いころの海外経験の中でこれを自然に身に着けているように思われます
1、受験勉強
2、コンビニ店員
3、警備員
4、運転免許・運転手
5、過疎が進む地方都市
6、天下り
8、貯蓄があるくせに使わない老人
9、大半の大学
10、大半の高校
11、一戸建て
12、紙のレシート
13、鍵
14、個人が100億以上預金すること
15、フィルタリング
20、「働かざる者食うべからず」
22、優越感
23、格差是正
24、雇用創出
27、冠婚葬祭
28、職場
29、「生まれた家で死にたい」
30、ダイエット
31、投資
32、美容整形
33、飲み会
34、年末年始にやること
36、結婚すること
39、肉体
40、生きること
41、はてな匿名ダイアリーに投稿すること
日本の英語教育の悪いところは ハードルを糞高く上げて英語教育をフルイに使っていること。だから、落ちこぼれができる。
しかし、本来、英語なんて移民でも何でも年寄りでもできるし、小学生でも出来る程度に簡単な物。
本当に日本教育がタチが悪いよ。できて当たり前の英語を、わざと出来なくなる人が増えるような教育メソッド使ってるんだから。
エリートさんたちが、自分達の出来る度を高めるために、ハードル上げて、わざわざ国全体の英語レベルを下げてるんだから・・・バカじゃないのか?と思う。
Google newsなんかで英語新聞が無料で読めるし、英語の掲示板にも無料で書き込み放題。英語のソフトも無料。無料の教材もたくさん。
あとは、本人がもう1度やる気出すだけ。
http://japan.digitaldj-network.com/archives/51770597.html
ここにある「コア理論」いいな。
ほんまに100単語あればあとはフィーリングで行けるかもしれん。
俺は2002年に東大と早稲田合格したけど、英単語はほんまにこれ以外で勉強したことない。これで十分だと思う。
問題料は多めだけど、一つ一つの問題は決して難しくない。
さくっと文意を掴むこと。前置詞を理解すること、あと4コママンガを英語で書ける程度の英作文能力で十分だからな。
とにかく英単語の意味がわからなくても文章の大意をつかむ能力のほうが大事。
そのためにも、覚える単語を絞ってでも文章のコアになる動詞だけはバッチリ使いこなせるようになっとくってのが大事。
文科省の英語教育はちょっと腐ってると思うけど、そんななか「東大生の書いた英語本」が売れるのもなんとなくわかる。
それだけだと不安だって言うなら、「DUO3.0」を買って眺めるくらいでいい。
私はやらなかったけど同じ合格組の中では評判いいみたいだから。
ちなみにこのシリーズ、英熟語についても「英熟語300」っていうのがある。
これも悪くないけど、こっちはちょっと不足。Z会の「解体英熟語」クラスで勉強しないと文章読めない。
これも本当は英熟語っていうより基本動詞と前置詞の使いこなしを覚えろって話だ。
だからまず英熟語に数多くあたった後で、大西泰斗って人が書いた前置詞の本読んでおくとなおいい。
あたりまえだけど、英文法だけはちゃんと勉強しような。
英語できない奴ってよく試験前だけ必死に英単語覚えようとしてるけどおすすめしない。
重要度でいったら英文法は別格。
個人的には英文法って名前が良くない。英語の型のパターンをおぼえるだけの話。
覚えないといけない型だけだったら20もない。細けぇことはいいんだよ!
多いように見えるけど6年かけて覚えられないことはありえないだろ?
これもむっちゃおすすめの本あるけど家に帰らないとわからないのであとで書き足す。
英文法で来てない奴がいくら英単語覚えてもテストできなくて、徒労感のせいでますます英語嫌いになるやつ多い。
それ駄サイクルまっしぐらだからな。まずは英文法をちゃんと勉強して駄サイクルを断ち切れ。
英文法ちゃんと出来てると、読んでる時単語の意味以外はわかるから読むのに詰まらない。
この状態になったら、日本語の穴埋め問題やる感覚で英単語頭に入ってくる。英単語帳で単語覚えるのがあほらしくなるぞ。
学校の先生が残念なな人だとやたらと和訳にこだわって面倒な感じするけど、そういうの気にするな。
意味というかイメージができればそれでよし。英語の型覚えてどんどん文章読んでいこうぜ。
最後は総合力として長文読解が問われるわけだけど、これは伊藤なんちゃらの人が有名。
ただ、俺の周りでは代ゼミ講師の冨田なんちゃらって人の書いた本がすごい周りで人気だった気がする。
でも俺はあんまり参考書買うの好きじゃなかったからどっちとも読んでない。ここは誰か別の人に聞いてくれ。
それよりとにかく基本単語と英文法極めるのが先。
俺高校2年くらいまで英語全然できなかったけど、今(社会人)はTOEICで900とか。センター試験(リスニング無かった頃)は180くらいだったと思う。
俺の経験からすると、日本の中高の英語教育は根本的に間違ってて、百害あって一利なしと言っても過言じゃないと思う。
(ただし進学校とかは独自の方法論持ってそうだから別かもしれない。俺は馬鹿中高だったので。)
英語はまず最低限の文法を覚えたら(this is a pen, do you have a pen?レベルね)、簡単な教科書か何かを暗記するまで音読すると良い。
ついでに耳も鍛えられたら一石二鳥なので、リスニングCDのある教材だとなおよし。聞き流すだけじゃなくてシャドーイングとかしましょう。
そうすると英語の構造を脳がパターン学習するので、その上で文法を勉強すると良い。
文法も日本の文法書は受験業界特有の奇妙な専門用語や方法論が多すぎて実用的じゃないので、grammer in useとかの英語圏の国の教材を使うのが良い。
これだと受験は突破できないかもしれないけど、基礎がしっかりしてれば受験モードに(一時的に)シフトするのも簡単だと思う。
単語は超重要なので適宜憶えていくこと。読み書き発音を繰り返せば憶えていけると思う。暗記得意なタイプならターゲット的な単語集でもいいかも。俺は無理だけど。
http://tmaeda.s45.xrea.com/td/20101220.html#p01
ちょっとまて、なぜこれで800点しか取れないのか。
自慢じゃないが現時点ではTOEICの点は私のほうが上だろう多分。
860超えてる。でもなんだろうこの敗北感は。
私は英会話教室とか体験で行ってみてもテキストがないと全くしゃべれない。
読み専利き専って感じだ。
英語の勉強にはそれこそむちゃくちゃ時間かけてきた。でここまでは来た。
というか学校の英語教育でも真面目にやってたら大学受験時に700行ってないやつはただの甘えだろ。
でもなんだろう、その延長でやってきたせいか、私はこのあたりで打ち止めになってる気がする。
ここ1年間まったくスコアが伸びない。
上のようなやり方をすればいいのかもしれないけど、
そうすると零からやり直しになるような気がして怖い。
かと言っていまのままでは駄目だ。
中途半端にTOEICの点だけは獲得できるようになったけど、全然使えない。
GTA4とかDeadSpaceはやっぱり字幕ないと分からん。
もともと読書が大嫌いでマンガしか読まないから洋書だって読まない。
萌絵が好きなのでマーベルコミックとか高い送料払って取り寄せようという気にもならない。
高い金と時間かけて英語勉強しても良かったって思ったことがない。
絶対この人現時点でも私より英語しゃべれるし発音もいいはずだよね。
なんで私はだめなのか。ぐぬぬ・・・
国際教養大、実際に見にいったことあるんだよ。
とても雰囲気がいい大学。すれちがった学生が自然に挨拶してくるの。
少人数教育・全寮制だからね。コミュニティーがきちんと機能していて、
あの大学は、普通の日本人学生を、卒業後に英語環境で仕事が出来るよう
四年で育て上げることを第一の目的としている。講義も生活も、百パー英語。
そうしたら、大体想像つくだろうけれど、そんなに難しいこと、できるわけない。
相当勉強しなくちゃ、ついていけない。そういう意味では、人間ができるかもしれない。
教育内容の専門性はともかく、目標に向かって努力ができる学生は、欲しいんじゃないか?
喧伝されているほど、一流企業の採用が多いとは思えないけれど。
でね「貧弱なカリキュラム」で、被害を被ってるのは、日本人学生じゃないんだよ。
国際教養大は、英語環境を充実するために、たくさん外国人留学生を呼んできてる。
彼ら向きの講義も、それなりにあるみたいだけれど、
何かの都合で日本人向けのクラスを履修したら、目も当てられないことになるわけだ。
われわれでいうと、わざわざアメリカに留学して、日本語学校いくようなもんだ。
下手な英語を半年聞き続けるというのは苦しいぞ。自分も下手なら仕方ないけど、そうじゃないんだから。
俺が見た留学生は、目が死んでて可哀想だった。
せっかく日本に留学するなら、素直に東京か京都の大学にいった方がいい。
職員の方の話だと、留学生の評価はかなりいい、クチコミで人が集まる、とのことだから、
ほかによいところはたくさんあるんだろうが、ちょっとどうかねと思った。
ただ、それでも、国際教養大学は素晴らしいと、俺は思う。
そういう学生には、まさにうってつけ。
さらに、それを公立でやっているということ。
金があるなら、慶応でも早稲田でも行って、一年か二年留学したら、
同じくらい英語ができるようになるかもしれない。
でも、四年間の学費と会わせたら、相当の負担になる。
中流以下なら、かなりきびしい。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm
すばらしいコメントの数々
motowota 考えるためには、知識をアプリオリに詰め込むことも大事、という当たり前のことを言っているだけなのに、反発するのはなぜ?
tobitaQ 詰め込み教育を受けて、それなりの偉業を果たした人が言っているのだから説得力がある。詰め込めずドロップアウトしてブチブチ文句垂れるやつと比較にすらならんぐらい。
aaa555 根岸さんの意見を支持。日本の受験システムは悪くは無い。本当に悪いのは日本の大学の研究・教育システム。根岸さんの批判も分かるわ
ruby86 さしたる受験地獄を経験していない人の「詰め込み教育批判」が蔓延する中、その数百倍は説得力があると思う。
hiroyuki1983 詰め込みとか暗記とかってとっても大事だよな 2010/10/08
mellowmellowmellow 否が応でも知識を蓄えることになる。脳みそを使う。18ぐらいの時期に受験勉強を経験することは悪いことではないと思います。やってる最中はとんでもなく辛いんだけどな!
hisamura75 ずいぶん批判的なブコメが多いんだな。日本の高等教育はぬるすぎると思うぞ。/こういう件に関してはむしろ、教育が専門の人に何が分かるか、という気がする。
uchisaiwaicho かっちょいい
Dursan 発想の数と質は知識の数に比例するからねぇ・・・
kairusyu タイトルがセンセーショナルだなぁ。私も研究してたから、対象がどんな基礎的なことの上に立つかを考えないと失敗すること多かった。/apjさんの博士取るときのページにもそれっぽいこと書いてあるから見ればいいよ。
helmsman470 先生。私もまったく同じ意見です。さすがよくわかってらっしゃる。
unaken 逆に考えよう。日本に受験戦争が無かったらどうなるか?受験競争の激化を反省して生まれたのが「ゆとり教育」なんだぜ。
napsucks 「私は受験地獄の勝利者だ」と空目した。基礎は本当に大切。みんな高卒を馬鹿にするけど、ちゃんと勉強してれば高校で得られる知識でも水で走る車に騙されたりしないよ、ベンゼン環を知らないとかもないよ。
subAccount 本旨とは関係ない上にあえて煽り気味に書くけど「受験=無味乾燥な暗記」と思い込んでる人は健全な中等教育を受ける機会がなかったんだな、と少し可哀想な気分になる。
@qyouzoom とっても同意。RT @tomute: 最後の三行は凄く同意。
gtsubota 人生 どっちかというと私もこっち派。
katamachi 半世紀前の受験状況と今とは違うけど、「基本が大事」という文脈なら彼の言う通り。海外に来てみろよ、という挑発も理解できる。日本の社会に閉塞感を抱いているならそこに動機や目的を見出してもいいとは思うけどな
syoh11 受験地獄て。本当に地獄だったんかな?受験って、自分の成長を簡単に実感できるすばらしい機会だと思うよ。
POPOT これは格好良すぎるw 75歳にしてはお洒落だし若いね。
Outfielder また「日本の教育はダメだ」「ノーベル賞が出たからといって思い上がるな」論がたくさん・・・。
georgew 共感するところ大。
ks1234_1234「基本が大事になるから」理系なんで、理科系はそのとおりだと思う。出版社に入ったので、国語は、足りてないけど必要だと思う。社会科だけ、もっと現代史やりたいと今でも思う。国際情勢のみこめない
what_a_dude 詰め込み教育は俺も賛成派です。若い頃に基礎を叩き込まれるのは、全く悪いことじゃない。学問の創造性はゆるぎない基礎から生まれる。
hiruhikoando 若いころの弛まぬ努力と海外経験は大事だなとも思う。あと文系も理系をもっと勉強すべきだなと昨日の古舘を見て思う。
AtsushiKawahara 頭脳は身体能力と同じで、鍛えると強くなる。こんな当たり前の事を僕は疎かにしていた。だから、これからの未来を担う世代が受験地獄で鍛えられるのは、実は必要で大事だと思っている。
geophysics 米国でPhD取得後帰国してきた自分としては、非常に考えさせられる話。詰め込みの暗記がとても大事という点についてはとても同感。一定量詰め込まないとアウトプットもできない気がする。
Sigma ツマンナイことを覚えて試験でいい点を取るスキルは、一生役に立つ。試験を受けることは大学受験で終わりじゃないから。だから、「学校の勉強は役に立たないから、大学受験しないから、勉強しなくていい」は間違い
Keysrapid 正しい受験地獄と間違った受験地獄があって、根岸さんの場合は前者だったというだけの話。そうじゃないと、韓国なんか日本以上の受験地獄なのに一人もノーベル賞科学者が出ない理由が説明できない。
Kou_RYU でも受験地獄で得られる学力って受験で多く得点を取るスキルであって、基礎学力や応用力と得る事とは別な気もしないでもない…。
suzuchu 18歳人口のうちの高卒者/大卒者の比率がこの人たちの時代と今では全く違うからなあ…。順当に学歴インフレしてれば大学院がそういう扱いになったのかもしらんけど。
sugimo2 ゆとりでも詰め込みでもいいけれど、こぼれた層と物足りない層に選択肢が欲しい。
fromdusktildawn 詰め込み教育はいいんだが、詰め込み方が下手くそで効率が悪すぎな気がするが。受験地獄も、地獄と言えるようなハードなもんじゃなく、たいていの学生はだらだらとぬるかったと思うけど。
aiaki みんなと同じ事やって、何が楽しいんだろ。何事にせよ苦行だとしか感じないのならそんなところに飛び込む必要はない。
ko_bayashi 大学受験なんて、あんな横一線のスタートラインで開始される公正な競争は、世の中では珍しい方だと思いますよ。社会の競争は実力以外の要素(コネとか)が重要になるので大変です
yoshi1207 いや、ずっと海外におられた方に単純に、進学率25%時代の受験戦争とセンター試験に最適化された”効率の良い”現代の受験とを比べられても困ります、多分。かなり複雑/産経の取り上げ方に乗せられたかな…
hal9009 ま、優秀な研究者で学習者が優秀な教育者とは限らないって事でw。一律にこういう教育方法がいいは有り得ない、はわかりきってる訳でw
welpherd 言葉のあやのような気がする。「受験地獄」というより「詰め込み教育」であれば同意。詰め込んだ後で整理する、というのが学習の最短コース。優秀な学習者が優秀な研究者とは限らないが、逆は正しい
y_ryuzan ゆとり教育反対論者が勘違いして大喜びする様が目に見える。きちんとビジョンを持っている人間なら受験地獄なんて足かせにしかならんことは明らか。実際はおれのような人間が多いから、その方がマシ、という話
tappyon 受験なんて意味の無い目的の無い暗記するだけで考える要素なんて何も無いもの。それが閉鎖的である原因だと何故思わないのか?
amamiya1224 基礎を叩き込むといえば聞こえはいいが、本質に目を向けることのできない者は、誰かの都合のいい犬になる。 RT 【ノーベル化学賞】「私は受験地獄の支持者だ」「若者よ、海外に出よ」根岸さんが会見 - MSN産経ニュース
temtex 受験地獄は今もあり,若者が努力をしないわけでもない。だが、嘗ての経済状況はとうの昔に過ぎ去り,奨学金も無い、新聞奨学生で地獄を見ても大学すら行けぬ。さて、これでどうやって海外に行く?
satidama 意外と古い考え方の人だな 理系のやつなんてそんなもんか
tropical_sorbet 勇気づけられるが、骨を拾ってくれるわけでもなく。
guldeen 何でも記憶できる・筋力がつく時期に基礎トレーニングをやれ、というのはその通り。だが日本の『受験地獄→ユルユルな大学内』はいただけない。そら、意欲・能力の有る者は“頭脳流出”するわ。
asap7 受験地獄は結構だが、今の教育制度は改革して欲しい。英語教育とかどうにかならないのかな
tdam 海外生活の長い根岸氏が日本の受験事情をどこまで知っているのか。日本の高等教育の閉鎖性は同意するが、専門外のことは割り引いて考える必要がある。
te2u 研究に必要な基礎は、受験地獄でしか身につけることができないのか?/受賞者が日本人である、ということで浮かれてていいのか?
neogratche 基本を習得するという「目的」は確かに大事だけど、その「手段」としての受験勉強が様々な社会悪を生み出している事は事実。本当に受験地獄が最善だと言い切れるのか?
go-ya-juice 教育システムではなく、研究環境に問題があるってことなのかな
runeharst ただし、研究職の人には受験なんたらがry とか思ったりした。
electrolite 基礎を効率よく理解させることはおそらく教育で一番重要なことだが、英語の多様性を無視した「発音記号」なるものを「読んで」、正しいかどうか答えさせるような問題がセンター試験にでているようじゃね。
xzglrete 詰め込むというか、基礎を念入りに教えることはとても重要なことだが、それで受験「地獄」の正当化をするのは反対。必要なのは、加えて知的好奇心とそれによる刺激で、淘汰圧かければいいってもんじゃない。
kokutou_gareria こういうノーベル賞を取った人間が、その権威を盾にして主義・主張を行うのはやめて欲しい。IT長者の自分語りと同等か、それ以上にウザい。
rAdio 教育課程は複線であるべき。受験地獄でも何でもあっていいと思うけど、「それしかない」という単線状態だけはあかんやろ、と。
vid 義務教育レベルの「基礎」となると、それを身につけるには詰め込みと徹底した反復しか無いんだよね。独自の研究はいいが、独自を支える基礎が重要なのはその通りです。それが近年では……
略
彼らに足りないのはカルシウムじゃありません。知能と知性です。
ノーベル賞受賞者から、日本の教育システム、特に理系はそれほど悪いものではないという話が出ている。
会見の冒頭。「私は日本の(悪名高い)受験地獄の支持者だ」。理由は、高度な研究になればなるほど、「基本が大事になるから」。それをたたきこんでくれたのが、日本の教育だった、というわけだ。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm
鈴木 私の考えでは、我田引水ではないんですが、日本のいわゆるサイエンス、ケミストリーだけでなくて、日本の理科系、工学系も含めてですが、レベルは非常に高いと思います。そういうレベルを今後も続けていかないといけない。
http://www.asahi.com/national/update/1007/TKY201010070004_01.html
ところがこれが気にくわない人が多いようで、問答無用でトンデモ扱いしている人が多いようだ。ブクマとか見ると非難囂々だ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/culture/academic/101007/acd1010070904010-n1.htm
どうしてみんな意地でも、日本の教育システム、なかんずく大学がそれほど悪いものではないことを認めたくないのだろう。
大学受験を人格破壊的な詰め込み勉強だと思っているのだろうか。しかし大学受験はそれほど極端に難しいものではない。高校の教科書が理解できていれば東大だろうがどこでも通れる(文句のある奴は、たとえば自分が高校の数学の教科書の公式を全部その場で証明できるか考えてみろ。できないということはちゃんと理解できてないということだ)。競争試験の形を取っていても、事実上は資格試験である。その程度のことができない奴は最高学府(東大という意味ではなく大学という意味だ)で「学問」を学ぶのに本来は値しないのである。「大学」に入るということはそういうことだと認識しておけ(何?昔はともあれ今は違うだと?俺が受験したのは高々十年前なんだが。少子化がさらに深刻化した現代の受験が当時よりも難しいとは絶対に言わせない)。
そもそも、高校球児をはじめとするスポーツエリートがどれだけ退屈な基礎トレをしていることか、芸術の道を志す人がどれだけ退屈な練習課題をこなしていることか(稀にこれを回避できてしまう人もいるが、一流の人の間でも多いとは言えない)、そのことを考えたら、学問の道を志す人間が一年やそこら退屈な問題集に取り組むぐらいのなにが不満なんだ?
だいたい、お前らがマンセーしているアメリカの大学の学部教育の本質は詰め込み教育だ。早い話、アメリカの大学の教科書(特に理工系科目)を見てみるがよい。演習問題の量の多さに驚くはずだ。要は、アメリカ人は高校までがぬるいために、勉強の要領がつかめていないから、チャート式まがいの勉強を大学でやるハメになるのだ。要は、基礎の詰め込みはどこかでやる必要があって、避けては通れないのだ。そういう「不都合な真実」から逃げるんじゃないよ。
ああ?なんだと?受験で覚えたことなど役に立たない?それはお前が「ボクは知識を生活に役立てる術を知りません」と自白してるようなものだ。たとえば経済一つ取っても、高校レベルの国数英理社の知識がなければろくに理解できないのは当然ではないか。
そもそも、知識というのは持っているだけで人生が楽しくなるはずのものだ。お前らはアニメやゲームやITに関する知識を溜め込むことは大好きなのに、自然や社会や人間に関する知識を溜め込むことは無益だというのか?それはただの偏見だ。
勿論、日本に何の問題もないわけではない。米国のみならず、世界各国(特に東アジアと欧米)の教育制度には見習うべき点が多いし、特に全体として英米の大学(欧米とは言わない。率直に言って、欧州大陸の大学が日本の大学に比べて優れているとは全く思えない)は日本に比べて実績が総じて多いのは確かだ(ただしノーベル賞の数で比べないように。文学賞のことを考えればわかるが、結局誰がもらえるかはコネで決まる部分も多いからだ)。しかし、メジャーリーグの前では日本のプロ野球に価値がないとはいえないように、日本の大学にもそれなりの価値があるのだ。そして、何でもメジャーの猿真似をしては逆に日本野球の良さ(イチローはその極致であろう)が損なわれる部分もあるように、敢えて言葉の壁に立ち向かってまで英米で学ぶことは日本で学ぶことに比べてあらゆる意味で優れているなどということはないのだ。そのことは事実としてもっと知ってもらいたいものだ。
だいたいアンチ学歴のお前らは、日本の大学を散々馬鹿にする割にはハーヴァードやスタンフォードは無条件でマンセーしているようだが、そういう「ハーヴァード>>>>>東大」とかいうお前らの脳内図式は「東大>>>>>早稲田」とかいう学歴厨と何が違うんだ?お前らはどっちも「虎の威を借る狐」でしかないんだよ。
学歴で飯が食えないなんてことは高学歴者自身が一番知ってるよ。むしろお前らみたいに、大学名を名乗っただけで血圧を上げる奴を日頃から相手にしてるからこそ、そんなやつらは実力でねじ伏せられるだけのものは持っておこうとそれなりのことはしてるよ。TOEICとかTOEFLをマンセーしているお前らなんかよりも、よっぽど「試験で測れるものと測れないもの」は理解していて、試験で測れないところまで含めた総合的な実力を育もうとしてるよ。「高学歴者」と「学歴至上主義者」は違うんだよ。それは「白人」と「白人至上主義者」が違うようなものだ。敵を間違えて誤爆するのはやめてくれ。
ちなみに平日のこんな時間に書いているが学生ではない。広義のIT方面の研究開発をしている技術者(「エンジニア」とは名乗りたくない。「邦楽」が「日本の伝統音楽」からいつの間にか「J-POP」の意味になってしまったように、「エンジニア」はいつの間にか「コーダーやSE」の意味になってしまった)だ。今日は年休充当日だ。
日本の大学を出ても使えないだの理系はコミュ力がないだの草食系男子は人間力が低いだの、何もわかってない馬鹿どもに頭ごなしに見下されるのはもううんざりだよ。
さて、昼飯がてら近所のマクドにでも行って昨日ダウンロードした論文でも読んでくるかね。
ブコメへ。
s-tomo 「学問の道を志す人間」が5割も居るわけ無いのに5割進学してたら、そりゃ平均値はダメ学生になるだろうよ!! 2010/10/08
「平均値」の話ではなくて、ノーベル賞が視野に入ってくるような人間、つまり研究者志望の人間の話をしてるんだと思ったんだが?ちなみに、日本の大学進学率は先進国の中で極端に高いわけではない。
Kou_RYU 日本, 教育, 科学 でも受験地獄で得られる学力って受験で多く得点を取るスキルであって、基礎学力や応用力と得る事とは別な気もしないでもない…。 2010/10/08
それは勉強の仕方が間違ってるだけですね。逆に、案外こういう世界は急がば回れで、基礎学力や応用力(どう違うのかようわからんが)を得ることを最優先に勉強してれば点数は取れて余りありますよ。ただ、「得点を取るスキル」は馬鹿にしたもんじゃないですよ。学問の世界ではともかく、ビジネスの世界では意外なほど役に立ちます。早い話、点数のために物事を最適化するのと、金のために物事を最適化するのは発想が非常によく似てるんですね。正直、自分の会社の人間がみんなもっと「得点を取るスキル」みたいなものを持ってくれたらいろんなことが要領よく回るのになあって私自身いつも思いますね。
ngsw 詰め込みで問題なのは、精神的にいい悪いはおいといて、各家庭の経済力に左右されて機会均等がなされないことでしょうね。公的な義務教育だけでまかなえる詰め込みなら全然ありだと思う、お得感ある。 2010/10/09
いや、逆に米国みたいに課外活動が大学進学時に問われてしまう方がもっと格差が広がりますよ。金のかかるスポーツ・文化活動で何らかの入賞歴みたいなのがあるかってのが加点項目になってしまうわけだから。むしろ詰め込みは比較的安上がりな教育方法ですよ。その気になれば独学だってできますから。ただそれでも色々な要因で経済格差が学歴格差を再生産してしまうことはあるわけですが。あとその筋で言うならば、日本の場合は国公立大学の学費が異様に高いのが問題だと思います。
ahyask 認識がずれてないかな.それほどダメではないとパーフェクトではないは対立しない.否定的な人たちは,よそのよいところとここのわるいところだけを見て最高のシステムを夢想しているだけだと思うけど 2010/10/09
ただそういう「夢想」の過程で、「ここ」のシステムで育った人間に「わるいところ」が全部押しつけられてスケープゴートにされてしまうのが問題なのですよ。例えば一時の官僚バッシングやオウムの時は「東大が悪い」ということにされていました。現実にはノンキャリア官僚にも問題があったわけだし、オウムの場合も低学歴の信者も沢山いて、たまたま高学歴の信者が知識を利用されただけなわけです。そしてそういうときには必ず「西洋のエリートにはノブレス・オブリッジという思想がある」云々と聞かされたわけですが、実際その「西洋のエリート」がリーマン・クライシスを引き起こしているわけです。要は本当は五十歩百歩なわけなんですけどね。
jack_oo_lantern 理系は知らないけど、歴史学の私は、ゼミの一番最初の授業で高校まででやった歴史は全部忘れろと言われたけど・・・。 2010/10/09
それは理系も同じです(特に数学)。高校までで習ったことはないものとして講義を進められるのが普通です。ただし、「一旦忘れる」ということは「知識がない」こととは似て非なるものであって、例えば中学生に大学の講義をいきなり聴かせれば大多数が脱落するのが自明です。要するに「全部忘れろ」というのは「知っていることを知らないものとして先入観なしに新しい考え方を学べ」ということであって、「今までの勉強は無駄であり、知っている必要はない」ということとは全然違いますよ。
sabro 教育 でも詰め込み勉強は一番大事な学ぶことへのモチベーションを破壊するよね。自発的にやれば本来面白いはずの知識の習得に関しておっくうになってしまい、一度いいポストについてしまえば勉強しなくなったりする 2010/10/09
厳しいことを言えば、そこでモチベーションを破壊されてしまう人はそれまでの人だと思うし、逆にそれだからこそ割り切ってやらなければいけないんです。走り込みや筋トレに飽きてしまうスポーツ少年に才能があるといえますか?それに、白紙からはじめて一つの分野の基礎知識を一通り身につけるというスキルは大学受験だけに留まる物ではなく、一生使えるものですよ。昔学んだことの蓄積だけで生きていけることは多くないのですから。
olive-cafe 匿名, 釣り 自分の意見に自信があるなら、匿名じゃないとこで書けばいいのにね。 2010/10/09
そういうあなたも匿名で発言されてますね。私ははてなのidが筆名に相当するほど立派な物とは思っていませんし、匿名ダイアリーもブログも五十歩百歩だという認識です。あしからず。
junglejungle 日本より受験戦争がひどい韓国や中国のノーベル賞受賞者数はいくつだったっけか。たしか平和賞1つづつだけだよね。 2010/10/09
受験期の詰め込みというのは一つの要因でしかありませんからね。それに、中国からは優秀な研究者は沢山輩出されてますよ。古くは陳省身とか楊振寧とか(Chern類とかYang-Mills理論といえばピンと来る人もいるはず)、現代でも優れた論文の著者が中国人ということは多いです。韓国は確かに私の周辺では存在感がありませんが、理由はわかりません。
cepheid 「社会で求められる平均的な素養」のうち受験勉強で埋められるのはごくわずかという点が問題。研究者なんてある意味学校の延長なんだから学校での詰め込みが役に立って当然だろ。何言ってんだか。 2010/10/09
「受験が天才をスポイルする」みたいな社会通念があったと思いますが、それが「当然」誤りだと思ってもらえているなら結構。ところで、あなたの「社会で求められる平均的な素養」って何ですか?コミュニケーション能力だとか人間力だとか下らないことを言わないで下さいよ。
junya_asa 教育, 勉強, 増田 筋トレの話が出ているけど、それをやるのは必要であることがハッキリしており、それがそのまま結果に直結するからでは。勉強だとその部分が非常に見えにくく分かりづらいから、だからどうしたって回避したくなる。 2010/10/09
大学に行くということは、法律や経済や文学や自然科学といった学問を学ぶことで、それらを学ぶ基礎として高校レベルの勉強が必要なのは自明ではないですか?それを勉強したことがどう生きるかわからないのだとしたら、それは「大学に行く意味がわからない」というもっと根本的な問題ではないかと。
SyncHack 雑談 英語教育とかは嘆いていい。難解なクイズと化していてコミュになっていない。答えが分かっている問題はお得意のエリート様だが答えの無い問題に対して解く方法を持ち合わせていない木偶が多い気はするがね。 2010/10/09
それはなんでもそんなもんです。例えば音大生なんかで難しい練習曲は弾ける癖にまともな曲を弾かせてみると素人以下に無味乾燥な演奏しかできない人は結構います。しかしだからといって素人の方が演奏解釈が音大生より総じて優れているというと言いすぎです。そもそも解釈というのは技術を持っていることで触発されてくる面もあるのですから。そして世の中で一番多いのは、答えがわかっている問題も答えがない問題もろくに解けない人種です。
torinosito 増田 「それほど悪いものであることを認めたくないのだろう。」がどうしても気になる。全体の内容からすると、×ある ○ない ではないだろうか 2010/10/09
指摘ありがとうございます。直しました。
kimihito 大学, 海外 受験に関しては同意見。学歴コンプに関しては賛同できない。コンプがあるからやってけてる部分が私はあるので。コンプレックスを跳ね返すために地道な作業を繰り返していきたい。 2010/10/09
勿論そういう方もいるかとは思いますが、八つ当たりだけはしないで下さいね。親の敵のように何かといえば「高学歴人間が悪い」と私怨をぶつけてこられる方(たとえば某有名ブロガーとか)がいるので辟易してるんですよ。
rzio 人に『「虎の威を借る狐」でしかない』って言ってるけど、冒頭のノーベル賞受賞者の引用はなに? 2010/10/09
答えを言うなら「単なる釣り」。気にくわないならそこを読み飛ばしてごらん。まったく論旨に影響がないことがわかるはずだから。
tokoroten999 言いたいことわかるけどさー、マクドで論文読んでる姿をさー、塾通いしてる小中学生が見てさー、「勉強ばっかしてるとあーなっちゅうんだぜ」って言われて反論できるー? 2010/10/10
意味不明。反論する必要などどこにもないよ。俺は自分のやりたい生活をして満足してるんだから。「あーなる」ことの何がいかんのか知らんが、それが気に食わん人間は自分が同じことをやらなきゃいいだけじゃないの?
repunit 教育 高学歴者でも数学の公式の証明はやらんと思う。ていうかこの人が学歴コンプそのものな気がしてきた。あとコミュ力を軽視しすぎ。学び合いとか聞いたことない? 2010/10/11
「思う」ってひどい憶測ですね。これは実体験として言えますが、「高学歴」でそれができない奴はただの落ちこぼれです。文系とか生物系とかならまあ許してもらえるかもしれませんがね。私が学歴コンプかどうかの判断はお任せしますが、そもそも高校や大学は「コミュ力」を養成するところではありませんのでお門違いとしか言いようがありません。あと、「学び合い」とか教師の世界のスラングを普遍的なものだと思いこむのはやめた方がいいですよ。
秋の夜長と言うには少し早いけど、今日親父と話したことを書こう。
俺はいわゆる「ゆとり世代」。大学全入時代の魁で、小学校2年生くらいで土曜日の学校がなくなった。平方完成も、台形の公式も学校では教わっていないと思う。
親父はwikiで見ると「しらけ世代」というらしい。団塊のすぐ下で、新人類のちょっと前。あまり特徴がなく、人数が少なく2,3教室が余っていたほどらしい。教育は移行措置と呼ばれ、教科書が1冊に加え補助するものと2冊で構成されていた人のこと。「俺達はメディアに無視されてきた。」と親父は言う。
最初の話はニュースの円高に関する2兆円介入の話だったと思う。これは個人的な見解が人それぞれあるのだろうけど、俺が「俺が思うに日本は終わったね。」と言ったところに端を発した。
俺の中では戦後のアメリカのおかげなのか、アメリカのせいなのかわかんないけど、自分たちの本来のキャパシティを超えて日本という国は成長しすぎたと思っている。今までは世界に可愛がられていたけど、そもそも日本はモノを産出できる土地の規模に対して人数が多すぎだから、恐らく今にその矛盾に世界が気づいて、世界が日本に飽きてくるからヨーロッパの一国のように中流国家に収束するに違いないとそう言った。
そこから未来の話、特にこれからの世代の話になった。
俺達はロストジェネレーション、少子化で人数も少ない。なおかつゆとり。就職も本当に怖いし、そもそも生まれてこの方好景気の日本を見たことがない。リストラ、過労死、自殺、ひきこもり、ニート、氷河期。そんな言葉が次から次に流行る時代で、育ってきたんだ、と。ネットの知識を振りかざし、団塊とかバブル世代とか日本がイケイケドンドンだった時代の人間が俺達の社会進出の蓋しているとまで言ってのけた。時代の変曲点を経て、傾きで言えばマイナスの時期に育った俺達が政治や組織のトップにたったときどうなるものか。好景気の日本を知らないことはゴール即ち目指すべき国の姿が想像できないということ。英語だって(企業や社会からの)需要に対して(大学受験用のお粗末なJapanese英語教育により)供給が追いついてないので英語に自信がもてない→海外・留学離れ。アンタらは少なくとも好景気を見てきた。なにが原因でこうなったかを知っている。俺達の下には脱ゆとりが攻めて来てて、怖いんだ。良く道が無い。とまくし立てた。
そしたら親父が言った。
「お前の世代はわかった。で、お前個人はどうなんだ?」
俺達は団塊が残した爪痕を全部後処理してきた。学生運動をやってたやつの少し下で会社に入ってそいつらに頭を下げやってきた。バブルの時も団塊がばらまくためのお金を俺達が稼いだ。ただやたら仕事が多かっただけだ。そのうえ就職の時期がオイルショックで大手ゼネコン採用0の時代。そういう時代だから、そういう教育を受けたからと言ったって、生活を確立するのは各個人だ。そうやって時代のせいにしてやらないやつは甘え。やるやつはどの世代に入ったってやっているはずだ。自分のいる世代が暗いなら、その世代の特徴に当てはまらない人間になれ、周りと一緒に括られるな。と言った。
そういえば俺の周りはみんな海外に短期だったり1年だったり留学しているし、やっているやつはたくさんいる。世代をコンプレックスにするならそれを起爆剤にしないといけないのか。