はてなキーワード: ピストルズとは
突然だが,今注目されているバンド「神聖かまってちゃん」の、日本社会史あるいはパンク史的な意義はもっと指摘されてよい。
和製パンクロックが生まれて30年、日本人はついにこうしたバンドが評価される社会へたどり着いてしまったのかと言うレベルである。
少し回り道をすれば、2年前の6月8日の秋葉原の路上、私もその場所に居合わせたから忘れもしない。
「非リア充」の26歳男が赤の他人7人を次々とぶっ殺した。「格差社会」「ニート」「希望のなさ」などのバズワードとともに、秋葉原連続殺人は、00年以降の社会に訪れたこうした変化の象徴と言われた。
その時、私たちは気づくべきだった。不適切かもしれないが、その事件は別の見方をすれば、パンク好きにとって願ってもない時代の到来を告げていたのである。すなわち、日本で訪れることのなかった、本来のパンクロックが受容される時代へと、日本が変化(退化?)しているという事実だ。
教科書的になるが、1970年代に生まれたパンクロックは、当時の英国社会のなんとも言えないクソッタレな社会環境で生まれた。自国産業は衰退し失業率は最悪だった。若者は職も金もなく伝統的な階級社会に阻まれてはい上がることも出来ない。こんな絶望感の中で若者はロックという媒介手段を用いて不満を発散させた。セックスピストルズは、たとえ演奏技術はなくても圧倒的な説得力をもって浸透していった。
80年代以降、パンクロックが日本にも輸入され、反社会的な曲が大量生産された。もちろん素晴らしい曲やミュージシャンも次々と生まれたが、すべてに共通する根本的な欠陥があった。それは、当時の日本が総中流社会で、基本的に成長を続ける豊かな社会だったということだ。「フリーター」は当時は今とは逆に希望を持った生き方として受け入れられていた。若者が抵抗する相手は、両親とか、学校の先公(古い!)とか、そんな微笑ましいものだった。ザ・スターリンに影響されてビリビリに破けたTシャツを着る人たち。80年代後半のバンドブームでカラフルに染めた髪の毛をツンツンに立て演奏する人たち。彼らの反抗的なパフォーマンスは、すべて豊かな日本人の”真似事”でしかなかった。たとえ人気を呼んだブルーハーツでも、社会派的な曲は空回りしていた。
「神聖かまってちゃん」には、こうした日本のロックが抱えてきた嘘くささがない。それが決定的に新しい点だ。いわば日本のパンクロッカー達が、演技的に”狙って”なろうとしたポジションに、不気味なぐらいナチュラルにすっぽりと収まっている。なぜならば、彼らは間違いなく格差社会になった現代日本の底辺に生々しく存在しているからだ。「ナンバーワンよりオンリーワン」などという腐ったバズワードが好意的に受け入れられていた時代の生ぬるさの中に、彼らはいない。
ボーカルのの子は、高校をすぐに中退しネットに没入した腐れニートだ。感情に極度に左右されやすい社会生活上致命的な問題も抱える。他のメンバーも派遣やバイトなど非正規労働の日々を送る。彼らは、ピアキャスやニコニコ生放送を使って、そのどうしようもない自分自身の生活を、包み隠さずそのまま見せる。渋谷の路上でライブパフォーマンスをし警察に補導されたり、メンバーの自宅では酒を片手に1時間でも2時間でも暇つぶしのグダグダトークを展開する。楽曲もありえないほど”ありのまま”、ただ心の中の衝動をぶちまけているだけのように見える。曲は洗練されてなく子供のような詩だ。歌い方や演奏も改善の余地がかなり大きい。それを意図的にやったかどうかはともかく、結果としてこれらの行為すべてが人気の要因だった。彼らがいる底辺、そして彼らが底辺にむけて放つ叫びはあまりにリアルに映る。熱狂的なファンがいるのもうなずける。パンクを歌うにあたり、彼らよりも”適した”ポジションはないからだ。「そんな立ち位置からロックを歌われたら、もはや彼ら以外の誰もロックを歌うことなんかできなくなってしまうよ」的な反則技の感すらある。
私は「神聖かまってちゃん」とそれを受け入れる日本社会に1970年代のイギリスを感じる。もちろん実際経験した訳ではないが、おそらくこんな感じだったのだろう。戦後の急成長はどこ吹く風,かつての英国のように格差が拡大し、ゆるやかに衰退する日本。もはや自分をわざとアウトロー的に脚色する必要すらない、無加工の生き方がそのまま”パンク”的表現になって若者の共感を呼ぶ。いいにしろ悪いにしろ、私たちは今、そんな時代に生きているのである。
http://anond.hatelabo.jp/20091018033942
に便乗して。
(あんまり音楽聞いたことない人でも、「バック・トゥ・ザ・フューチャーでマーティが弾いてた曲」言ったらわかる人も多いはず。)
この曲、ロックンロールのスタンダード曲も洋邦問わずあらゆるジャンルの人にカバーされています。
これがまた、各アーティストの個性がかなり強く出ていて、面白い。
なお、すべて冒頭30秒も聞けばOKです。
まず原曲はこれ。かっこいい。
http://www.youtube.com/watch?v=w_Bd5-APPBw
バック・トゥ・ザ・フューチャーのやつがこれ。
http://www.youtube.com/watch?v=VCmeX_4FFME
http://www.youtube.com/watch?v=6TAlVQgtkuM&feature=related
ジミヘンによるカバー。ギター超かっこいい。あと、「ニューオリン!」って言い方が超ジミヘン。(「リン!」で声が高くなる)
http://www.youtube.com/watch?v=fPtHv48e1No&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kMqmT7yk2Ms&feature=related
ミスタービッグのカバー。リフが始まったとたん、頭をぶんぶん振り始めるボーカル。
http://www.youtube.com/watch?v=RtO3c5Rc0DM
http://www.youtube.com/watch?v=RtO3c5Rc0DM
http://www.youtube.com/watch?v=qFYj6bJKo9c&feature=related
そんな感じで好き放題されているジョニービーグッドですが、
そしてなんといっても極めつけがこの、ジューダスプリーストのカバー。
全然違う曲だよ!なんでところどころ変なリフが挟まるんだよ!
メロディも全く違う。むちゃくちゃ。でもかっこいい。必聴です。
http://d.hatena.ne.jp/asita211/20091006/1254824465
・革新の詩を古びて埃被ったテンプレに乗せる……もう、それだけで完璧にダサいんじゃないかな。
・全体的にノイジーな意味が解らない。ノイジーが気持ちいいわけでもない。
・例えば高音をウリにしたポップスに適当にlo-fiを掛けたところで雑音が生まれるだけ。ノイジーさ、心地悪さは考え抜かれた物ではなくてなんの意味もないように感じた。
・わざとつくられた気の抜けた雰囲気が洗練されて無くて、本当にただ録音技術(インドフェスやろう動画は喋りすら聞き取れない、困る)といった技術向上が面倒なだけなんじゃないかと言う点が見え透いてる感じ
・もちろんただの内輪の集まりが内部でくねくねならそれでいいんだけど、頭いい人達だからちょっと叩かれるとそれに対して「そういったdisは…」と言い出してダサい
・ということは、曲に対して確固たる矜持があるらしい。それは詩の政治性に由来するんじゃないか
・大して面白味のない音楽なのにcoolと賞賛している集団が居て、その人達のブクマを見るとやっぱり政治的に固まっている
・つまりcoolとする人の考え、ブコメでのマイナス評価を取ってみても、訴えるモノは詩の政治性がメインってことが解る
・革新を詩で訴えてるのに、ピストルズのように音楽的に新しくなく手法も使い古された、何もかも古びて埃を被ったテンプレに詩を乗せてるそのギャップがダサい
・その詩も、「おれらほんとに 超うぜえ」って主語がでけぇ。おれらの主張を直球に歌ってる割に、「自分」はどこにもない。「左翼」の歌なんだな、と。共感は左翼にしかされない歌だ
・音楽センスとか技術が微妙な事実を認めないのがダサい(って、この辺は猫の人だけだな…)
・でも「ジャンルのドレイに~~いきおいで音楽やろう」は好き(←皮肉じゃない本音)
・アナーキンインザUKを無駄にスタイリッシュに格調高く俺格好いいなナルシスト面してやったらキモいだけだったはず(ピストルズとか世代じゃないんで全くしらないけど、イメージで言った)
・音楽は訴えることを増幅するから、反天皇制なんて元から反発があるんだから、音楽がダサければダサいほど反天皇制に対する反射的な批判が増幅される
・音楽で訴求することなんてロジック無視のポピュリズムなのに、批判を各論撃破しはじめるとダサい
・だからメタメタに言われたブクマのメタブで『おお。こんなに注目されたのは はじめて。ほかの曲も きいてみてね。』と言ってのけた、id:hituzinosanpoは、やるじゃんと思った。格好いい
・同じくメタブの、id:lever_buildingの『メタブクマ, すなおに なろうよ!, じこぎまん, ブクマがかなしい, 必死だよ, 百回きけばよさが解る 「安っぽいトラック」は私とhituzinosanpoさんで作りました。ダサイいわれてるなー。魅惑されつつも、その「魅惑されつつあること」を抑圧せなばならないとき、人はしばしば対象を「ダサイ」と思いこむものなのです。』だけど、この理屈っぽい言い回しw はてサが「はてサっぽさ」を自覚して取り入れつつ、ダサくないよ実は良い曲だよ!聞けよ!とアピールするこのハイセンスはウケた、かわいいw
・でも、日本で空気を滅茶苦茶にぶっ壊してウケを狙う立場は、少し前まで、多分今もウヨ共に取られてる気がする。鳥肌実とか。
・「ニートのあした」「ニートはジャズ」はコンセプト面白いと思う。けど微妙なのは、ニートアピールしてるのに、歌ってる人のどこがニートなのか解らないせいか…
・ガチニートネット乞食のid:phaに比べると、薄っぺらいよな
・詩の中身もそうだけど、1から100まで反天皇制、反日上等、はてサの思想しか見えてこない、歌ってるあなたは何者なんだ…生活感透けて見える音を出してる癖に…
・「あちら側」は楽しそうなのはわかる。「みんなと なかよくしていれば」というけど、聴いてるこっち側には歌からあちら側にいる「みんな」の暖かさは伝わらない
・『おれらの主張を直球に歌ってる割に、「自分」はどこにもない』と↑で書いたけど、歌・詩に込められたものから「彼ら自身」「生きた人の想い」が見えてこない。歌を介しての連帯は彼らが歌に込めたもの、只唯一その思想を理解してない限り不可能だ…。「みんなと~」と訴えていながらも、まるで、仲間以外を排外してるように聞こえてしまう
・これは彼らが歌に込めた思想の欺瞞なのか、狙ってるのかしら…
・書きながら数周聴いたら飽きた