はてなキーワード: 西北とは
日本語祖語は偏堡(Pianpu)文化の紀元前2700年頃の遼西地区東部もしくはマンチュリア南部の遼河流域に起源があり、
紀元前1500年頃に朝鮮半島北部~中央部のゴングウィリ(Gonggwiri)式土器を介して朝鮮半島南部の無文(Mumun)文化を形成し、
この頃に磨製石器を伴う稲作など灌漑農耕が山東半島から遼東半島経由で朝鮮半島南部へと広がり、
紀元前9世紀に九州北部へと広がり弥生文化の形成に至って、日本列島在来の「縄文語」系統を(北海道を除いてほぼ)やがて駆逐した、とされます(Miyamoto., 2022)。
一方、朝鮮語祖語もマンチュリア南部とその周辺に起源があり、現在の北京付近に位置した、いわゆる戦国の七雄の一国である燕の東方への拡大に圧迫されて朝鮮半島へと移動し、
その考古学的指標は紀元前5世紀頃の粘土帯土器(rolled rim vessel、Jeomtodae)文化になり、やがて朝鮮半島から日本語系統を駆逐した、と指摘されています(Miyamoto., 2022)。
つまり、マンチュリア南部とその周辺から、まず紀元前二千年紀半ばに日本語系統が朝鮮半島へと到来し、その後で九州北部に広がったのに対して、朝鮮語系統は紀元前千年紀半ばに朝鮮半島へ到来した、というわけです。
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神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021c)「香川県高松市茶臼山古墳出土古墳前期人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P369-373
神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一、斎藤成也(2021d)「島根県出雲市猪目洞窟遺跡出土人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P329-340
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佐藤宏之(2013)「日本列島の成立と狩猟採集の社会」『岩波講座 日本歴史 第1巻 原始・古代1』P27-62
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篠田謙一、神澤秀明、角田恒雄、安達登(2019)「西北九州弥生人の遺伝的な特徴―佐世保市下本山岩陰遺跡出土人骨の核ゲノム解析―」『Anthropological Science (Japanese Series)』119巻1号P25-43
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高宮広土(2014)「奄美・沖縄諸島へのヒトの移動」印東道子編『人類の移動誌』初版第2刷(臨川書店)第3章「日本へ」第5節P182-197
松波雅俊(2020)「ゲノムで検証する沖縄人の由来」斎藤成也編著『最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生』第2刷(秀和システム)第5章
サービスの設計がそうだから、としか言いようがないけど、個人的にはchatgptの方が好き
chatgpt
麻雀において、1番確率と点数の期待値が高いのは「役牌(ヤクハイ)」です。
役牌は、自風牌(東南西北のいずれか)、場風牌(場の風)、およびドラ牌(ドラ表示牌)のいずれかを含む役です。例えば、「東」を自風牌とするプレイヤーが、「東」を待ち牌として和了る場合、その役は「役牌・東」になります。
役牌には以下のような種類があります。
場風牌:場の風を含む役
白・發・中:それぞれの牌を含む役
確率が高い:自風牌や場風牌は、1局に必ず4枚ずつ存在するため、それらを含む役の和了率は比較的高いです。
点数が高い:役牌は基本的に1翻であり、役牌によっては2翻や3翻になるものもあります。また、ドラ牌が役牌になる場合もあるため、さらに点数が高くなる可能性があります。
ただし、役牌にもいくつかの種類があるため、その中でも特に高い期待値を持つ役牌は、自分のプレイスタイルや相手の牌姿などによって異なる場合があります。
"
送信済みメッセージ. 麻雀で1番確率と点数の期待値が高いのはどの役?
回答を生成しています…
回答を生成しています…
麻雀の役の中で、確率と点数の期待値が高いのは、状況によって異なります。期待値とは、確率と点数を掛け合わせたもので、平均的に得られる点数を表します1。例えば、自摸和了の場合、一盃口は出現確率が約0.5%で点数が2000点なので、期待値は10点です2。一方、三色同順は出現確率が約0.2%で点数が4000点なので、期待値は8点です2。このように、役の種類や牌姿によって期待値は変わります。
麻雀何切るシミュレーター3というツールを使うと、手牌から受入枚数や和了確率などを計算してくれます。これを参考にしてみてください。
受信したメッセージ. 麻雀の役の中で、確率と点数の期待値が高いのは、状況によって異なります。期待値とは、確率と点数を掛け合わせたもので、平均的に得られる点数を表します。例えば、自摸和了の場合、一盃口は出現確率が約0.5%で点数が2000点なので、期待値は10点です。一方、三色同順は出現確率が約0.2%で点数が4000点なので、期待値は8点です。このように、役の種類や牌姿によって期待値は変わります。 麻雀何切るシミュレーターというツールを使うと、手牌から受入枚数や和了確率などを計算してくれます。これを参考にしてみてください。
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国内観光客や海外からの観光客がなんだか多くなってきたような気がするわ。
街中だとよく見かけるもの。
こないだだって、
立て続けに道を尋ねられたわ。
大きな街はそうなのよ。
私のところのみかんの花咲く丘公園前駅とかそれら商店街とかはほとんど地元の人しかいなかったんだけど
以前のコロナ禍の前のときの最盛期のときはここら辺にも民泊の人が来ていて、
珍しいわねって思っていて、
さすがにまだ私の地元にまでの民泊には活気は戻ってきてないようだけど、
本当に最盛期のときは、
なんでこんなところに観光地でもないのに!って思っていたけど民泊の人たちだったのね。
いよいよ本格的に賑わいを取り戻してきていると言っても過言ではないかも知れないわ。
だから
街中は賑やかだけど、
そんで、
道尋ねられたときに、
日本語で話していたらどうもおかしいなと気付いて一生懸命言いたいことを拙い日本語で一所懸命聞いてもらおうと話していたのよ。
結局どこの国の人かよく分からないままのこういう時ってとりあえず英語でいいのかしら?って案内したけど、
スマホの地図をくるくる回していていつもより余計に回っているような気がしたわ。
慣れない人からしたら
北も南も西も東も
たぶん
その人は方向を見失っていただけだと思うので、
あなたの行きたい目的地はもうすぐよ!って言ってあげたら分かったみたいでよかったわ。
ほんのあと数メートルの大きな交差点で方角が分からなくなっちゃったみたいだったので。
とんなんしゃーぺい!って言えば大体は通じるみたい。
なんだか少しずつ賑わいを取り戻してきて景気が良くなって欲しいなってマジ思うので、
道を尋ねられたら
ちゃんと親切にしようと改めて思ったわ。
うふふ。
人気なの?人気ないのかしら?
売れてるのか売れてないのかよく分からないけど
この組み合わせ最強かつ強まったサンドイッチだわ。
朝やっぱり寒かったのでホッツ白湯ウォーラーインレモンにしました。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
19歳で大学進学のために京都に来てから、早くも二十年近くが過ぎようとしている。もともとのきっかけは本当に些細なことで、高校二年生のころ当時のクラスメイトに「京大受けてみようかな」と言ったところ「絶対に無理」と言われて、天邪鬼だった(いや、今もだけど)私は「それなら受かってやるよ!!」と心に何故か硬く決意したのでありまして。でも客観的にみればその友人の言ったことは甚だ正しく、なんとなれば当時の私の学力と言うと惨憺たるもので、高校の学年内順位なども辛うじて下から四分の一にいるかどうか。通っていた高校も曲がりなりにも「進学校」の枠に入ってはいたものの、当時(おそらく今もだと思うけど)札幌に四つあった東南西北(麻雀かよ、と思うけど本当にその四つがあった)の進学校のうちではドベで、北大への進学者数こそ多い(それだって今振り返って考えるにつけ、すごいことだと思うけど)ものの、東大、京大といった「いわゆる」難関大学への進学者は数年に一人くらい。まあそりゃ「無理」と言われるわという状況であったのね。ここまでの流れ、「それでもなんとか受かった俺すげー」みたいないけすかない感じにしか読めないな。すまん。違うんだ。そこは本題じゃない。なのでここを省略すると、現役のときは華麗に落ち、かつ後期受験の申し込みを前期受験前にしておかなくてはいけないことをしらず、後期受けようと思っていた、北大は受験すら出来ず(自業自得という言葉がこんなにも当てはまる状況他にある?って思った)、一浪確定。親に泣きついて予備校に行かせてもらい、ファンキーな講師陣に必死でついていくこと一年(代ゼミの英語講師(だけじゃないけど)は本当にファンキーで、セックスピストルズでかっこ良かったのはシドじゃなくてジョニロットンだったということを繰り返し述べていた)。そのおかげで本当にギリギリで合格したと言った塩梅。センターの自己採点やってたとき(何故か妹と妹の彼氏(これも未だに何故かよくわかってないが俺の高校の同級生)がいた)どんどんバツがついていくものだから、私も周りも顔が青ざめていくのは正味の話悪夢でしかないのではないか。二度と経験したくないし、この世から大学受験というシステムは無くした方が良いのではなかろうかと思ってますけれども閑話休題。
んで、京都に来てから。もちろんこれまで本当に過保護に育った人間には寮生活ってのはペットだった猫がいきなり野良に放り出されたくらいな無謀な状況ではあったのだが、やることなすことにだれか、というか親の監視が無いことに異様な解放感を感じた。
自堕落ではあるものの楽しい日々がきちんとそこにあり、毎日誰かとたくさん話をし、価値観が変わっていきながら、でもそれをちゃんと嬉しいこととして捉えられていた。人生で一番泣くことが多かったのもこの時期だし、まあなにかと閉じ込めていた感情が多かったんだなと改めて。周りにいた人たちがめちゃくちゃエモーショナルであった影響も、もちろん有ると思うけれども。
長々と前段が続いたが。
最初、私が京都に来たかった、と言うよりも「地元を離れたかった」のは、友だちもいねえし、黒歴史残ってるしで、そんなところから離れたいということかと思っていたんだが。今振り返ってみるとおそらくそこは理由の一個ではあるけれど、大きな要因ではなかったなあ、と思っている。
ここで、また冒頭のことに戻るのだが、何故京大でなくてはいけなかったか、と言うことが、わりとこの話の主題にもかかってる。
俺の母親は死ぬほど世間体を気にする人で、ひと昔前の言葉を使うなら、いわゆる「教育ママ」みたいな人やった。
今になれば、彼女がそう考えるに至った経緯もわからんくもないのだが、当時はよくわかってなかったし、母親の元から離れてようやく「監視、管理」をされていたのだと気づき、それがどんだけ嫌かもわかった。
うちの母ちゃんは母子家庭で、母方の祖父はもともと病弱ではあったらしいが戦争行って帰って来て母親が子供の時になくなったらしい。
それからは生活保護を受けたりして、まあいわゆる「普通ではない」生活をして来たのが、俺に対する教育だったりに現れてんやろな、と後に振り返って思うし、そこは「子どもに自分のような「「惨めな」」生活を送らせたくない」という気持ちがあったのもめちゃくちゃわかる。もちろんあとになって少しずつ理解できた話に過ぎないけれども。
ただ、それと関連するのかそうでないのかはわからないが、俺の母親は「通常そうなることが望まれてる」ルート以外の道を俺が辿ることに、異常な嫌悪感を持つ人であった。
極端な例えだが、俺がヘテロでなければ、あの人は納得しなかったと思う。タトゥーを入れたら、俺のことを拒否したと思う。法律婚をしないことにも違和感を感じたと思う。
なんとかわかってもらいたくて(甘かった)、きちんと真摯に向き合って話をしたこともあったけれども、最終的に彼女から返って来る言葉は「私はあなたの親なのだから」という、一つも意味を持たないものでしかなかった。
うちの母ちゃんは「性別に関わらず家事はしなさい」と言って、洗濯、料理、掃除、全部教えてくれた。今も改めて思うけども、その価値観はとても正しいと思う。大人になってから話した時に「結婚前に男性から良いように扱われて本当に辛かった」と話してくれた。聞いた時は俺も辛かったし、許せねえと思ったんだ。311以降に「初めてデモに行ったよ」と話してくれたことも嬉しかった。「もしかしたらようやくお母さんと和解できるかも」と思ったから。
でも、それはすべて「対他人に関して」のことで、彼女にとってはいつまでも俺は「かわいいゆうちゃん」でしかなかったとわかって「理解し合える」「親とはいえそれぞれ別の人間として付き合える」という望みを捨てた。
一個言いたいこととしては、「俺はあなたの感情ホストクラブではない」と言うこと。
あなたの期待通りに動かないといけないなら、そんなことはできないよ、と強く思った。
お互いに理解して、別々の人間として尊重しあいたいな、と思っていたけれど、少なくとも俺の親子関係のケースでは無理だった。
悲しいけれど、もう放って置くのが精神衛生上良いのだろうと思っている。
しんどい経験を経て来てたのは知っているからあまり強く言いたくはないけど、彼女は子どもを支配下に置きたかったんだなあと改めて思う。
主 文
事 実
原告は被告が昭和四十三年四月一日附でなした稲沢市役所庁舎建設用地収得に関
する専決処分を取消す。被告が昭和四十三年五月十一日稲沢市<以下略>、〇〇〇
平方米の土地を市役所庁舎建設用地として買収するための土地売買契約を締結し金
二千万円也の手付金を支出した措置を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との
判決を求め、請求の原因として、(一)稲沢市役所の位置は同市役所の位置に関す
る条例(昭和三十三年十一月一日施行第十号)により稲沢市<以下略>と定められ
ている外その位置を変更しようとする条例は何等定められていない。(二)しかる
に被告は昭和四十三年四月一曰専決処分をもつて稲沢市条例に定める市役所の位置
(稲沢市<以下略>)の西方約二千五百米の位置にある稲沢市<以下略>その他の
土地を市役所庁舎建設用地として買収することを決定し、同年五月十一日これが買
収契約を締結し、手付金として金二千万円を支出した。(三)このような被告の措
置は右市役所の位置に関する市条例の規定に反し、右買収土地の位置に同市役所の
位置を変更しようとするものであることは明白である。従つてこれら被告の措置は
地方自治法第四条第一項の規定に違反する違法措置で当然取消されなければならな
い。仮に被告が今後において市役所の位置を右買収土地の位置に変更又は変更しよ
うとする市条例を権力盲従市議会議員の同意のもとに制定公布したとしても右買収
土地が南北約六千米、東西八千米の中心点より西北約千三百米、市民重心点の西北
西約二千三百米、交通の中心名古屋鉄道国府宮駅の西方約二千三百米であることを
勘案した場合地方自治法第四条第二項の規定の変更等の特別の事情の変更のない限
り同条項に反する位置へ市役所を変更しようとする市条例で無効な市役所の位置に
関する条例であると看做す外なく、右買収土地へ市役所を変更することは不可能で
ある。
因みに稲沢市昭和四十三年度予算において市庁舎建築予算が可決され本件議案が廃
案となつたことをもつて被告は市議会が議決すべき議案を議決しなかつたとして右
の専決処分をもつて右土地の売買契約を締結したものであるが本件議案は右買収土
地に市役所の位置を変更する事業を実施することの承認を求めるに外ならない議案
であることが明白で市役所の位置を定める市条例に違反する処置事業の執行の承認
を与える議決が無意味な無効議決であるとして討論採決しなかつた市議会の処置は
適切である。このような無意味な違法議案を市議会が議決しなかつたとしてなした
被告の右の専決処分もまた無意味な違法処分である。又被告は本件議案提出のため
の議会招集の暇がなかつたとしているが右土地の買収契約締結まで四十曰の期間が
あつたので議会を招集する暇がないとの理由は成立しない。以上いずれの点よりみ
るも被告に地方自治法第百七十九条に示された被告の専決処分を容認する事由は見
当らない。かかる違法な専決処分により右土地の売買契約を締結し手付金として金
二千万円を支出した被告の措置は地方自治法第百三十八条の二並びに地方公務員法
第三十二条の規定に反する違法処分であり、いずれも取消を免れない。(四)そこ
で原告は被告の右契約による公金支出につき稲沢市監査委員に対し監査等の措置を
請求したところ七月十八日監査結果の通知(甲第一号証)があつた。原告は右の監
査結果に不服があるので地方自治法第二百四十二条の二第一項の規定により本訴請
被告は主文と同旨の判決を求め、答弁として、請求の原因たる事実(一)、
(二)の各点と同(四)のうち原告より監査請求のあつたことと右監査結果が原告
に通知された点を認め、その余の点を否認し、被告の主張として(一)原告は右監
査の結果に不服があるとしながらその不服事由については何等主張がなく、かかる
具体的事由の主張のない本訴請求は許されない。(二)被告の右の専決処分は昭和
四十三年六月二十日稲沢市議会において承認可決されたのでもはや専決処分のみの
取消請求は決して許されない段階となつた。と述べた。