2013年08月09日の日記

2013-08-09

生きていたいか不安になる。死んでもいいと思ってても不安だけどな。

どうしようもないんだよ

日々過ぎていけばいい

http://anond.hatelabo.jp/20130809234154

みんなで糖質の高いえんとりーを量産するのです

明日になる前に

あと1年ほどで30歳になります

気になる異性ができたのですが、声をかけることができません。

私には生まれつき知的障害をもった兄がいて、

数年前に半身麻痺を患ってしまった母がいます

当時一人暮らしをしていた私は実家に戻り、

父と私の二人で、兄と母を支えるようになりました。

私は幼いころから兄が大好きで、

その兄を懸命に育てた母のことも好きです。

母が倒れた時、私は職場人間関係ボロボロになっていましたが、

入院介護のために、職場を替えてもらうことができました。

不謹慎ですが、私のために母が犠牲になってくれたんだと思いました。

今の職場では申し訳ないほど配慮していただいて、

帰れば家族が待っていて、とても幸せです。

ただこの数年、平日も土日も、母と兄のために時間を割く日々が続いて、

職場飲み会や友人と会う機会に罪悪感を感じるようになり、

自分が興味のあることよりも家族を優先するようになりました。

その間に友人たちは次々と好きな人と結ばれて、

嬉しい気持ちと同時に、置いて行かれたような寂しさも積もっています

お付き合いという形でなくていいので、

家族以外のひとと過ごす時間がほしいと思っていますが、

今日は〇時に帰ってくるよね」「明日は××に連れて行ってね」という母の悪気のない言葉に、

いろいろなことを躊躇してしまます

将来。と考えたら、いっそう重みがあって、もう諦めているところもあると思います

母や兄を、人付き合いを避けるための言い訳にしている面もあるかもしれません。

何だか考えすぎて動けなくなってしまった、というのが今の状態です。

さまざまな思いが入り混じって、

冒頭のとおり、気になる人に声をかけられません。

その人は少し前の職場で会った人で、

これまでにほとんど接点がなく、私の一方的な片想いです。

恋愛感情というよりは、もっと話してみたいというライトな気持ちですが。

でもこんな背景があったらきっと相手も困ってしまますよね。


ただ、ここに書くことで

勇気を出すきっかけになればいいなと、

どこまでも受け身な自分にへこみつつも登録してみます

読んでくださった方、ありがとうございました。

http://anond.hatelabo.jp/20130809232958

それでも「iPhoneは全てが素晴らしい」と語るのが、Apple教徒の嗜みなのである

http://anond.hatelabo.jp/20130809233037

一方、「田舎は~」としたり顔で語る人間も、本当の田舎などに住んだ人間はさほど居ないという不思議

私の希望するあまちゃん最終回というかラストシーン

メインキャラ全員がお座敷列車に乗って

視聴者に向かってさようならをする。

最後にアキが全力疾走→海に飛び込み笑顔で顔出して

「おわり」

灰色世界だけど、

わたしの心ひとつで今すぐわたしはわたしを救えるんだと思った。

最初はわたしからあの人を奪ったわたしという女が憎くて仕方がなかった。

殺してしまおうと思ったくらい

でも許した

わたしはどこまでいってもわたしだ

わたしはあの人に

今も居て欲しくてどうしようもないよ。

そこからわたしが見える?

まだそんな場所にいるのってあの人は笑うだろうか

それとも振り返りもしないか

から遠ざかるためきっとあの人もいろんな覚悟を決めただろう。

あの人はあの人の信じる道をいつも真っ直ぐに走り抜けていく

自分が信じることに誠実で真っ直ぐな愛情を持てるあの人が大好きだ

あの人と別れてもうすぐ三年になる

わたしはここにいて ずっとあの人をおもおうと思う

あの人が言うように他に恋人を作ろうとしたけど他の人ではどうしても無理みたいだし、

あの人を諦めることを諦めてわたしはこれからもここにいる

もっと強くなるよ

もっと優しくなる

自分の力で立って、自分の力で歩けるようになる。

ここが愛することの出発点だ

愛が祈りなのだとしたら私はずっと祈っているからこれが間違いなくわたしの愛だよ

これは私が決めた覚悟だよ

愛は祈りだ、僕は祈る

http://anond.hatelabo.jp/20130809234119

結婚したくない」と語る人間が、他人の「結婚したい」という感情に興味を持つ理由が分からない。人それぞれ、で良いじゃないか

わたしがあの人にはじめて会ったのは13歳の秋だった。

中学入学祝いに父親からパソコンを送られた私はすぐにインターネット世界にのめり込んでいった。

中でも楽しかったのはチャット

友達放課後マックに行ったり、クラス男の子を好きになってすったもんだしてる都会在住の女の子の都会っぽい生活に憧れたり、、

ちょっと不良ちっくな男の子達のリアル体験談にわくわくした。

わたしは地味で目立たないタイプ中学生で、自分に自信が持てなくてうまく人とコミュニケーションが取れなかったので、今ではよくわからないようなものにまで憧れたりしていた。

というか、クラス友達がいるっていうだけで、クラスメイト普通に話せる人だっていうだけで、私にとっては憧れの的だった。

そんな普通に楽しい中学生活を送っている人たちとお話できるのがほんとに楽しかった。

あの人に出会ったのも同じチャットルームだった。

あの人は常連のひとりでいつもロムってるんだけど、

そのくせふとあらわれてなんとなく心に残ることをぐさっと言ってはまたいなくなる、みたいなかんじだった。

毎日入り浸っていたわたしはあの人と自然あいさつとかするようになった。

あの人はほかの誰とも違う不思議な独特な空気感をまとっていて、

(あとで聞いたらちゃんとキャラ設定があったらしい)

あの人と文字で交わす会話を心地よく感じた。

あの人はいつも真夜中、みんなが落ちていったあとのひと気のないチャットルームに現れた。

つの間にかそれを心待ちにしている自分がいて、

つの間にかあの人と話すことが一日の楽しみになっていた。

あなたはどんな人なんだろう、

どんな生活をしてるんだろう

どうやら新潟県在住の歳はひとつ上。

人望厚く、生徒会長をやってるらしい。

(同じ学校だったら関わることもないだろうなー)

部活野球部ポジションは不明。

すきなマンガはるろけん。

てゆーかけっこうオタク

(じゃぁ私もアニメ詳しくなろうかな!?

シニカル時事問題論破!そこがまたかっこいいよー!!

って思っていた。

ある日あの人が自分小学生の頃の恋愛について話し始めた。

それは深夜で、チャットルームにはよく顔(?)を合わす女の子二人とあなたとわたしの四人だけで、その話は10代の私にとってはとても重いお話で、

というかまだ恋のなんたるかを知らない私にとっては目の回るような話で、

(確か、好きな女の子がいて両思いだったんだけれど、その女の子につらい思いをさせたまま別れてしまった、みたいな話だったと思う。)

その長いお話が終わる頃にはわたしたちはとてもしんみりしていた。

でもそういう特別なことを共有したことをきっかけに私たち四人はメールアドレスを交換することになった。

私は心の中でその成り行きにガッツポーズを決めていた。

だってずっとアドレスを聞きたかったけど、乙女で内気なわたしにはどうしても言い出せなかったからだ。

そうしてあの人のアドレスをゲットしたわたしは、

使い方が謎すぎて放置していたメーラー説明書100万回読んでメールのやり方を会得し、

メールの画面が夢にまで出てきた)

やっとあの人とのメールのやり取りを開始した。

あの頃の私にとってあの人は遠い(友達いっぱい!楽しい学校生活リアルではお近づきになれるはずもない人!みたいな笑)夢の世界に住む憧れの人で、

あの人から毎日メールが届くのが嬉しくて仕方なかった。

何回も何回も推敲推敲をかさねて返事を書いた。

他愛のないお話ばかりをしたと思う。

学校友達部活先生

そして、友達たくさんいて楽しい生活送ってんだー!

みたいな見栄もはったきがする。

本当はクラス友達なんていないし、

楽しいことなんかなにひとつない毎日だったけど。

でもそういうメールのやり取りを繰り返すうちに、

チャットだけではわからなかったあの人の本当の姿が、

少しずつ少しずつ見えてくるような気がした。

夢の世界に住んでるように思えたあの人にもたくさん悩みや考え事があることを知った。

あの人がどんどん近くなって来るような気がした。

ずっと昔から友達みたいに。

ある日わたしは決心した。

どうしてもあの人が同じ世界にいることを確かめたくなった。

あの人が生活する街を見てみたくなった。

本当は会いたかったけど、言えなかった。

から誰にも秘密で行ってみた。

電車で六時間雪国

そこは穏やかに時間が流れる真っ白い世界だった。

あの人が歩いているだろう道を歩いて、

あの人が買い物をするだろうショッピングセンターに行って映画を観た。

源氏物語みたいなやつ。

今思えば、あの頃のわたしにとってあの人が唯一の友達だったんだと思う。

ストーカー・・・??

ではないと思いたい。

帰ってからもそんなことは書かずにずっとメールを続けた。

そのうちどうしても気持ちを抑えられなくなってわたしはあの人に告白した。

それが本当の好きなのかどうなのかわからなかった。

文字以外のあの人のことを何も知らない、

会ったことも見たこともない。

でも気持ちだけは本当だった。

そしてあの人にはあっさりふられた。

理由は好きな人いるか・・・だったと思う。

まり覚えていない(笑)

都合のいい脳みそだな(笑)

そして私たちの1年間のメル友生活は終わった。

それから一年間はあの人のことが頭をよぎって仕方なかった。

あの人からメールが恋しかった。

そのあいだにわたしは高校に上がった。

高校生活は最悪だった。

高校生になったわたしはけっこうないじめを受けるようになっていた。

唯一仲がよかった友達からも口を聞いてもらえなくなった。

成績もガタ落ちで留年寸前だった。

先生からは通信の高校定時制に編入することを勧められた。

私は自分の部屋にひとりで閉じこもるようになった。

心を閉ざして暗い顔をしている私に家族も冷たかった。

両親は仕事やまだ小さい兄妹たちの面倒に忙しくて

わたしの苦しさを理解できる余裕はなかったんだと思う。

私は中学の頃以上に孤独だった。

誰かに理解されたかったんだろうけど、

それをうまく言葉にすることもできなかった。

勇気をふりしぼってあの人にメールを送ってみた。

あの夏の夜、あの人からメールの返信が来た。

絶対に来ないと思ってたからかなり驚いた。

どういう話の流れだったのかは思い出せないけど、

私たち携帯の番号を交換して電話で話すことになった。

たぶん私が言いだしたようなきがする。

心臓が口からまじで飛び出しそうになりながら電話に出たのを覚えてる。

その時、わたしははじめてあなたの当の名前を知った。

それまでは蒼紫様とゆこ殿、みたいなメルヘンHNでやりとりしてたの笑

なんか本当に不思議な感じだった。

はじめて聞くあの人の声は上ずったかんじの甘い声でわたしは本当にどきどきした。

私たちは何時間も何時間も話した。

なにをあんなに話したんだろう?

たぶんとてもしょーもないことばかり話してたんだろうと思う。

気づくと朝日が昇って、朝になってた。

そしたらあの人は恥ずかしそうに言ったんだよ。

「俺の言いたいことわかる?わかって、テレパシーで。」

・・・わかんないよ笑」

・・・すき。」

どういう気持ちの流れがあの人にあってそうなったのかは今でもよくわからない。

たぶんあの人も覚えてないんじゃないかな?笑

でもわたしたちはこの電話きっかけに付き合いはじめることになった。

その日から私たちは何回も好きだよって言い合って、

毎日明け方まで電話お話しをした。

携帯の請求がすごいことになってお母さんに何回も怒られた(笑)

会ったこともない人と付き合うなんて浅はかなことだと思うけど、

どうしてもあの人と毎晩長電話するのが辞められなかった。

あの人は早朝の高速バスで遠い学校に通っていた。

その登校時間ギリギリまで話してることもあった気がする。

あの女の子の化粧が濃くてキモイ、とか、モデル女の子がいてなぜかその子が俺のこと好きっぽい、とか他愛のない話しを!(笑)

そうしているうちにあの人からあることを告白された。

それは、仲のいい友達がいたんだけど、その子が亡くなってしまってとてもつらい、それはたぶん自分のせいなんだっていう話し。

それがあったから今は誰かと深く関わるのが怖いんだって話してくれた。

当時のわたしは自分のことを客観的に見る余裕なんか皆無だったからどうして自分がそんな気持ちになるのかわからなかったんだけど、その話を聞いてものすごく悲しくなった。

今考えるとわかるんだけど、わたしはあの人と深く関わることを望んでたからだと思う。

自分でも訳のわかんない私をあのひとなら理解してくれて助けてくれるような気がしてた。

でもお互いに問題をかかえたままお互いを理解しあえるわけもなく、私たちはすぐに別れてしまったんだ。

本当なら私があの人の傷を癒してあげられたらよかったんだと思うけど、当時のわたしには無理だった。

それを説明することともできなくて、

たぶん相当意味のわかんない理由で別れたと思う。

実はほかの人とのあいだに子供ができて、もうあなたとは一緒に居られません、みたいな出鱈目を言った気がする。

なんでそんなこと言ったんだろうね、10年前のわたし。(笑)

変だよね。(笑)支離滅裂だ。

壊れる前にぶち壊しにして安心たかったのかなとも思う。

大切なものからこそ。

よくわかんないけどそういう心理だったんじゃないかなーって思う。

あの人と別れてすぐに私は高校中退した。

やめる前後はピークに荒んでいたけど、

いざ辞めてしまえば私の心は徐々に落ち着きを取り戻していった。

15歳にして社会の外に放り出されてしまったことは恐怖だったけど、

それは逆にこれからのことを真剣に考える原動力だったような気がする。

わたしは友達がほしかった。

から信頼できる仲間が欲しかった。

身も心も生まれ変わって新しい自分になりたかった。

それから3カ月。

今度こそ連絡が来ることは2度とないだろうと思っていたところに

冬、連絡をくれたのはあの人の方だった。

私の誕生日に短いメールを送ってくれた。

そのメールきっかけにあの人とまた連絡を取るようになった。

ちょうど寮制の定時制高校への受験を決めて一念発起を心に誓った頃だった。

厳しい環境に身を置くことで私は最低な自分から脱出できると思った。

家族とも、育った街とも、この街の人とも、全てに距離をおいて新しい自分を始めるつもりだった。

付き合っていた頃みたいにまた明け方まで電話することも何回かあった。

でもそういう自分の状況をあの人にうまくせる自信がなくて黙っていた。

相変わらずどうでもいいような話しを何時間もしていた。

というか今気づいたけど、わたしどれだけ素直じゃないんだw

わたしは本当はあの人ともう一度お付き合いがしたかった。

でも自分からはとても言い出せなかった。

あの人が今でも私を好きでいてくれればなって思った。

春、私は高校入学して天理の寮に入った。

ぞの生活の厳しさたるや、それはもう想像を絶するものだった。

朝6時に起きて掃除点呼、先輩の洗濯や食器洗いをすませてから仕事に行って、夕方から学校

はげしいルーティン。

金曜日ジェイソンとかよりずっとずっとこわーい先輩。(笑)

ここに来たことを後悔してないと言ったら嘘になるけれど、

それでも自分自分で決めたことだから頑張ろうと思った。

もちろん携帯電話は禁止。

どじでまぬけな私は入学早々携帯が見つかり没収(笑)

反省10枚は書いた)

というわけであの人への連絡手段を失ったわけだけど、

どうしてもくじけそうな時は負けじと寮の公衆電話から10円片手にあの人に電話した。

この公衆電話がまたすっごいの!

長蛇の列に並んでやっとたどり着けるの!

でも時間が決まっていてやっと順番が来たと思ったら1分とかしか話せないこともあるの!!(笑)

ちょー不便!!!(笑)

そんなわけで満足にあの人ともお話できないし、忙しくて3ヶ月に1回とかしか電話できない時もあったんだけど、

あの人の声を聞くと本当に元気が出たもんでした(笑)

あの人は相も変わらずずっと私の支えだった。

別に電話しても何を話すわけでもなかったけどさ。笑

それでも。

地元に帰った時は便利な便利な(笑)家電で思う存分長話をした。

そうだ、手紙も何通か交換したんだ。

今でも大事にとってある。

あの人は字が下手だからってとても恥ずかしがったけど。

(確かにあの人は字がへただった(笑)

そういう生活が4年目に突入した頃、

あの人と実際に会おうかって話になった。

あの人は大学生になっていて、

サークル関係京都に来ることになったので、

せっかくだからついでに会おうよってことになった。

その少し前にわたしたちは小さな喧嘩みたいなことになっていた。

あの人が私のことを何も考えていないただふらふら生きてる奴、

みたいなことを冗談で言ってきて、わたしがそれに反論のメールを送ったんだ。

わたしはわたしなりに色々考えていて、考えた答えには従って生きてる、みたいなメール

でもあの人が私についてそう思うのは仕方ないことだった。

だって私はあの人に自分についてなんにも話したことがなかったんだから

と、いうより私は誰にも自分について話したことなんかなかった。

いつも自分が何を考えているのかわかんなかったし、

誰かが自分を理解しようとしてくれるなんて考えたこともなかった。

から私の気持ちはずっと迷宮をさまよってるみたいな感じだった。

家族との間に感じている確執にも、

ずっと悩んできた自分の心の暗い淵みたいなものに対する葛藤にも、

なんにも向き合えてなかった。

実際に待ち合わせの場所に着いても私はあの人と会うことをまだ悩んでいた。

会うのが怖かった。

実際に会って本当の自分を見せるのがとっても。

あの時、わたしはもう本当に緊張していた。

心臓爆発だった。

京都駅アトムの下で私たちははじめて会った。

2007年5月12日

出会ってから7年がたってた

わたしの人生で一番綺麗なあの初夏の日を

わたしは一生忘れないと思う。

あの人は細くて折れそうな体で

外人みたいに彫の深い顔立ちをしてた。

黒いジャケットに黒いジーンズの全身黒づくめの人だった。

京都駅の長いエレベーターをあがりながら

あの人は私に一言

「でかっ!」

って言ったんだ笑

不思議な感じだった。

はじめて見たあの人は知らない人だったけど、

声はずっと馴染んできてわたしを支てくれたあの声だった。

人見知りな私はあの人をやっぱり人見知ってたけど、

それなのにあの人はずっと昔から一番よく知っている人だった。

よく晴れた気持ちのいい日で、清水寺散歩に行った。

綺麗な新緑のさわやかな感じも、

景色の良いお店で食べたカレーの味も、

あの人の横顔も

今もあの日のように思い出せるよ。

よく歩いて、よくしゃべった。

あなた大学の話を、

わたしは寮生活の話を。

帰りはわたしの近くの駅まであの人が送ってくれた。

手をふりながら猛烈な離れ難さがおそってきたけど、

あのときの私にはそれがどうしてなのかわからなかった。

寮に帰ってからもなんだか夢の中にいるような気分だった。

あの人からメールが来た。

「楽しかった。また会いたい」って。

私もおなじ気持ちだった。

数日後の5月22日に私たちは付き合いはじめた。

いま考えれば不思議なことはなんにもない。

必然だったと思う。

私は寮生活仕事学校で本当に時間がなかったけど、

時間を作っては早朝まであの人と長電話した。

あの人は高校生の頃からずっと苦しみ続けてたみたいだった。

自分の些細な一言のせいで大切な人を亡くしてしまって、

もう人と深く関わるのが怖いって。

ずっと一人で生きてきたし、これからもそれは変わらないと思うってあの人は言った。

自分は生きてる意味なんかないのかもとも。

私になにかできることはないのか?って思った。

少しでもあの人の心が軽くなるようになればいいと思った。

あの人が誰にも心を開けなくなってしまったことを、

本当はものすごく苦しんでるように見えたから。

怖くないって言いたかった。

そうしながら少しづつわたしもあの人に自分のことを話した。

あの人が本当にわたしを理解しようとしてくれていることが分かって言葉不思議とすらすら出てきた。

いじめられてたこと、家族について、自分性格について。

そういうことをちゃんと言葉にするのは生まれて初めてだった。

混沌としていた頭の中が言葉によって整理されていくのがわかった。

私たちはできる限りの言葉をつくして自分たちについて話し合った。

それは数年前の私たちにはできなかったことだ。

今までどうしても踏み込むことができなかった、

でもとても知りたかった、

知って欲しかったことだった。

話しても話しても話したりなかった。

やっとわかりあえた喜びを私は一生忘れない。

ずっとそうしたかったんだと思う。

たぶん14歳ときから

一生懸命耳を傾けてくれたあの人には感謝してもし尽くせないよ。

あの人が私に言葉をくれたんだ。

はじめてあの人に会いに新潟に行った夏休み

本当はわたしは不安だった。

戸惑ってたんだ。

あの人と話すのは楽しいっていう言葉意味を超えて楽しい

でも私たちはまだ一回しか会ったことがないのにこの気持ちは本物なのか?って。

それが無意味不安だってすぐに分かった。

あの人がはじめて私に作ってくれた料理ペペロンチーノ

そのあとに丁寧にロイヤルミルクティーを入れてくれた。

帰る前の日にあの海で撮った写真は今でも宝物だ。

あの日、ホームであの人の手を握りながら本当に離れたくない、

離れたくないってこういう気持ちのことだったのかって思った。

あの人はあなたになら心をひらけるって言ってくれた。

わたしも同じだった。

出会ったことが奇跡なんだって思った。

メール電話でやりとりをしていた頃はまったく気づかなかったんだけど、

あの人は神様かそうでなければスーパーマンみたいな人だった。

いつもわがままばかり失敗ばかりまぬけばかりの私にきちんと向き合ってくれて、

私に悩み事があれば一緒になって考えてくれた。

自分のことがよくわからなくなってすぐに投げ出す私の、

私にさえわかんなかったわたしを教えてくれた。

ちゃんとはなしてごらん、ってあの人だけが私に言ってくれたんだ。

お父さんみたいだった。

肉親以上の愛情を注いでくれた。

あの人と一緒にいた数年間は信じられないくらい幸せだった。

思い出が綺麗な綺麗なおとぎ話しみたいだよ。

わたしたちはなにもかもがぴったりだったように思う。

わたしが持っていないものをあの人はちゃんと持っていてあの人が持っていないものをわたしが持っていて嘘みたいだった。

なにもかもが上手く噛み合っていて、あんな風に出会えたことも、こうして一緒にいることも、全部が起こり得ないような奇跡だとおもった。

それはあの人が優しくそう感じさせてくれていただけだったのかもしれないと今になったら思うんだけど、それでも。

幸せエピソードを並べはじめたらきりがない。

真夜中の長電話、一緒に観た何本もの映画、あの人の小さなアパートの部屋、まっすぐに続く海岸沿いの道、

会いたくて我慢できずに何回も最終電車に飛び乗ったこと、旅行に行ったのは神戸栃木クリスマスに買いすぎたモスチキン

大学ピアノがある小さい部屋、高速バスに乗って一緒に出かけたこと、

別れる時に悲しかったぶん会えた時はほんとに嬉しかったこと、あの海辺の夕日、あの人を残してホームから走り出す電車、あの人のかなしそうな顔。

ねえ、わたしはおかしいのかな?

思い出を美化しているだけなのかな?

もしそうだとしても懐かしくて叫び出しそうになるよ。

たまに幸せ妄想をするんだよ

あの人に出会うために何回も何回もの生を生きて

やっとこの世界めぐり会えたのかもしれないなって

からはじめて会ったあの日からずっと離れるのが本当に嫌だったんだ

あの人がいればなんだってできるような気がした

あの人に話してないことがひとつだけある。

わたしはそれでも迷っていたんだ

私は若くて無知だった

本物がどれなのか判別がつかない程に。

奇跡だと思ってた

完璧だと思ってた

からこそ関係が変化するのが怖くて仕方なかった

わたしは自分があの人を段々大切にできなくなっていってるのを知ってた

いつか自分の未熟さが原因で壊れて終わってしまうだろうと思った

しろそうなるべきとも思った

そうしたらあの人の本当の大切さがわかるから

早くあの人を大切にできる自分になりたい

つの間にかあの人にめぐり合うことができた奇跡を当たり前に思い、

あの人がわたしにかけてくれる愛情を当たり前に思い、

あの人に求めてばかりでいつも苛立っているのが苦しかった

わたしはわたしたちの幸せをめちゃくちゃにした

わたしは確信がほしくてほしくてたまらなかった

あの人を失ったわたしは

かたずっぽになって

うまく立つことができなくなった

うまく声も出せなった

うまく笑えなくなった

うまく人と話せなくなった

世界は違うものに見えた

怖くてわたしを押しつぶしてくるの

何時の間にかわたしはあなた

荷物を預けて楽してたみたいだ

全部がのしかかってきて

息ができなくなった

笑顔は今でも引きつってる気がしてる

それでも

時間と一緒に少しづ

あの人がいない新しい灰色世界

わたしは受け入れていった

考えることをはじめた

どうしてこうなってしまったのか、

ここはどこなのか、

これからどう生きていくべきなのか 、

あの人のことを何度も思った

ずっと考えていて

分かったことはふたつだった。

ひとつめは、

自分感謝できることを必死で探してありがとうって思えるように絶対にならなきゃ同じことを繰り返してしまうってこと

どんな幸せを持っていたってそれをわかってなくちゃそれは不幸と一緒だ

ふたつめは、

本当に愛し合える人を見つけられずに死んでしまう人も多いこの世界で、わたしはあなた出会えたこと、そしてあんな時間を持てたことがすでに奇跡だってこと。

出会えたことがすべてってこと。

ここは確かにあの人がいないPermalink | トラックバック(2) | 23:51

http://anond.hatelabo.jp/20130809225027

中学って全国模試なんてあったっけ?

全国って言ったって全中学が受けてるわけじゃなくない?

学校試験以外の試験なんてあった覚え無いけど。


あと、あなたが何が言いたいのかわからないけど、

底辺、っていうのは、その地域で上と下に分けて下側であって、と言いたかっただけで、

例えば、極端に2校しか高校がなくて、

出来る方の高校の全体の大学進学を見たらが全国的に見て余りに低い、としても底辺ではないでしょ?

と言いたいんですけど、なんで逆に取るの?

学歴コンプなの?頑張ってね?

夏バテ・・・

暑い、というより熱い。

なんだこりゃ。

部屋は冷房が効いているからいいとしても、外でたら蒸し風呂みたいだ。

何もする気にならん。。。

http://anond.hatelabo.jp/20130809225638

感情は意思決定や意思表示の補助ツールみたいなもんだよ。分析の道筋にショートカットを作ってくれる存在というか。

ニコニコ動画の例なら、面白い動画にはそれぞれの動画ごとに違った面白さがあるはずなんだけど、その違いを毎回説明するんのはすごくめんどい。ましてや動画感想ならリアルタイムに反応しなくちゃいけない。だからそういう誤差は丸めしまって「面白い」ということを「wwwww」でざっくり定型化しちゃおうと。そんな感じなんじゃないかなあ。

何が言いたいかというと、論理感情はそこまではっきり分かれてるもんでもなくて、論理と同様に道具なんじゃないかってこと。

道具なので練習すればうまく使えるようになる。はずだ。

飛んで火に入る夏の虫

虫って明るいものに群がる習性があるんだよね?

夜の街灯とか。

ふと思ったけど、昼間は太陽に向かわないのかな。

太陽目指して、宇宙まで出ちゃって生き絶えたりしないの?

http://anond.hatelabo.jp/20130809232304

ただのチラ裏

ここはチラシの裏ではありません。

反応が欲しいなら素直にほしいと言いなさいよね。

http://anond.hatelabo.jp/20130809234009

みんなで質の高いえんとりーを量産するのです

結婚をしたがる理由がわからない

結婚。誰もが到達点の一つとして挙げるイベント結婚したいと思う人間存在するのかもしれないが、俺は全くそう思わない。

離婚時のペナルティが男は非常に大きいと思うし、女はそれを覆す言葉を持っていない。何故なら存在しないから。

この国では"経済的"な部分を全て男が背負うように仕向けられた世界なのだから

友人(36歳妻子持ち)が言う。「結婚する、そして子供を養うってのが人間の一行動なんですよー」と。

そんな彼も離婚の危機の際には云々かんぬんのたまっていたものだ。

年収400万がどうのこうのと話題になっているけれど、そもそも(男女問わず)結婚を考えなければ贅を尽くすとは言わないが暮らしていける、

ここから自分語りです。

俺は結婚をする意味がわからないので、相手にこう言った。

結婚かいう古いしきたりに準じたら何かあるんですか」と。

相手はこう言った。

「二人してラブラブなら当たり前なんだよ」と。

あー。

頭が痛くなってきたのだが、上述する項目はクリアできるのか問うたら「全然わかりません!」ですからね。

ねぇ?なんで結婚したいの?

http://anond.hatelabo.jp/20130809233807

自分時間を浪費することで自分の社内価値を上げるのが日本人美徳です。

http://anond.hatelabo.jp/20130809233114

例えばだけど

自分成功しないのは生まれが悪いからだと思う人と

高学歴なのに人生いうまくいかないのはプライドのせいだと思う人は

経歴違うだけで本質同じだよ

自分責任取りたくない人

管理画面を作るのを工数に入れましょう

運用のために絶対に必要から

売上が乗ってきてから見積もるってのが、なんとなーくまかり通ってるけど

いやまぁ、売上もないサービスにいきなりそこまで工数掛けれないのもわかるけど

いくらスモールスタートだからって管理画面作成念頭に置こうぜ

特に企画者、ディレクター達。

自分たちで運用する気あんのかって企画はやめなさい。

エンジニアたちは技術力の安売りやめなさい。

オペレーターレベルのもをのわざわざ企画者がphpmyadmin開いてUPDATEでニュース更新とか

ブログ投稿レベルテンプレ編集エンジニア新規作成とか

[NEW]って画像つけるだけでデザイナに頼んでphotoshopでわざわざ作りなおすとか

自分たちの時間を浪費し過ぎだから

そのままだとエライことになります

管理画面を作るのを工数に入れましょう

http://anond.hatelabo.jp/20130809221537

研究飽きて学振(わかるだろうか)蹴っ飛ばして教師になろうが,それは勝手にしたらいいんだよ。

何にしろ学部の時点で教職単位取ってないと教師になれないわけで(私立なら別だけど)

研究飽きて、って人に教わりたくないけどね。教職なんてもっと簡単に飽きるだろう。

後、学振蹴っ飛ばすのは教授の信用に関わるのと、その後の後輩にも迷惑がかかるのでやめて下さい。

就職するか迷ってる場合学振の書類すら出すべきではない。

anond:20130809232304

そういうのも全て受け入れて始めて結婚は成り立つ

あなたにはまだ早いんじゃない?

http://anond.hatelabo.jp/20130809215126

IT系に限らず、何らかの自分の体験とか知識をそのまま出してる分には役に立つさ。

そこに個人的な感想やら考察やらが入ってくるとおかしくなる。

社会的分析とやらは単に考察感想しかないし、知識も偏るし、

まじめに評価してもらいたいならちゃんと公式な場で発表すれば良いわけで。

公式な場で発表できない立場から、というなら、そんな適当考察、大体が聞いても仕方ないわけで。

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