はてなキーワード: ユルゲン・クロップとは
ブクマで、ドイツ戦のabema解説に感心して本田圭佑を監督にという声がチラホラ出ていた。
本田は、残念ながら既に「実質的な監督」はやっている。カンボジア代表のU23世代でヘッドコーチ(だけど実質監督っぽいこと)をやっていて、ついこの間も、日本の代表U23チームと試合もしていたりする。https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2022/09/21/kiji/20220921s00002014125000c.html
「実質的な監督」というのは、彼は代表監督をやる指導者ライセンスを持っていないから、監督を名乗れないのだ。カンボジアはサッカーどころじゃない時期が長かった国でこれから発展してきだろう国で、今のところはまだまだなチームだ。サッカーのナショナルチームが簡単には強くならないのは私たちも良く知っている。
サッカーでは、Jリーグの監督、日本代表監督になるにはS級ライセンスというものが必要になる。これはJFAの親玉、FIFAが「そういう風に整備しなさい」と決めたルールで、日本とアジア(AFCの管轄する国々)では、統一の指導者ライセンス(S、A、B、C、Dなど)の種類に応じ就ける仕事が分けられている。小学生チームの指導ならC~D級以上、スクール運営や高校生・ユースの指導はB級以上、JリーグトップチームのコーチはA級以上とか、そういう感じ(とても雑な説明ですまん)。
つまり本田は早くS級ライセンスを取らないといつまでも監督にはなれない。
一方で、彼はこういうことをつい先日呟いていたりもする。
日本サッカー協会はプロの指導者ライセンスを残しつつ、ライセンスがなくても誰でも監督になれるようにするべき。どの指導者と契約するかは経営者の責任。
これは一理はあるが二里は断固としてない。
若年層の指導者ライセンスをもっと厳しくしてほしいのは超同意なのだが、プロのライセンスのハードルを下げる必要なんて一つもない。これは邪推でしかないが、本田自身がライセンスを取得してないからというポジショントークだろう。
ちなみにB級ライセンスは「将来指導者になってもいいかなぁ…」と思ってる現役選手が取れる程度。A、Sは片手間では難しいようで、特にS級は指導者留学などの必要があってそれほど簡単ではないらしいが、前園や城も持ってる。明治大学の監督はじめ主要競合大学の監督、コーチも持ってたりする。プロ選手経験がなくても持っている人もたくさんいるし、一方で、プロ経験やプロでの実績が大きい選手は優遇措置もできているhttps://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2021/11/06/kiji/20211106s00002000071000c.html。
本当に日本サッカーに貢献してもらうには、本田は一刻も早くS級ライセンスを取るべきだと増田は思っている。
Jリーグでは近年また、お雇い外国人監督のプチブームが起きている。DAZNの放映が始まって「世界もJを見る」ようになったから、というのもあるし、シティフットボールという世界的サッカー経営集団がJクラブ(横浜Fマリノス)の経営に関わり始めたから、などの理由もあると思うが、とにかく日本は今、まともな指導者不足が深刻なのだ。おまけにパワハラ問題でライセンス停止になる指導者が出たり、彼らが一定のみそぎ期間で戻ってきてしまうという若干困った状況になっている。クラブにしてみたら、若干指導がパワハラだろうが少ない人件費で残留できれば御の字…と思うのだろうな、などと邪推したりするが、こういうことが起きてしまう理由の一つには、指導者の質的・量的な不足によるものが小さくないのではと増田は思っている。というかむしろ、「質のいいS級監督」が居ない問題である。
頭数だけならそれなりに居るのだ。S級ライセンスを持っている人は500人近くはいる。
そして、彼らの仕事先を考えた時、Jクラブは57、WEリーグ合わせても70弱。更に、J参入を狙ってるクラブや、ユースセレクションに漏れた選手の受け皿になってる高校や大学の指導者なども、本当はよりレベルの高い指導者がいるべき…と考えると、全く足りない、全然足りない。本田も一刻も早くS級ライセンスを取るべきだと思うのだ。
S級ライセンス取得の勉強している人にちらりと聞くと欧州や南米から指導者を招聘したりこちらが留学したりとかなり国際的かつ先進的なことも学べる、人脈もできる、あと合宿とかもあるらしい。「S級ライセンス合宿同期」みたいな概念もあるようで楽しそうだ。本田も一刻も早くS級ライセンス取るべき、楽しそうなんだし。
本田は一刻も早く、ちゃんとS級取るべきだと思っている理由にはもう一つあって、彼は実はあまり指導者やクラブには恵まれていないのではないか、という危惧だ。
Jリーグでは名古屋でキャリアスタートしルーキーイヤーから活躍していたが、低迷~監督途中交代という「プロクラブの指導」という意味ではあまり良い状況ではなかった。その後オランダ、ロシアでは「戦術ホンダ」という、ある意味彼にってはそれなりに幸福な選手キャリアだっただろうが、やはり「プロクラブのトップレベルの指導」環境があったかというと厳しいものがあったと思う。ミランでは、まぁ特にいうべきことは無い。ミランにとっても彼にとっても「お金」以上の価値を双方にもたらしはしなかっただろうと推察する。ひょっとしたら、星稜高校時代の恩師が一番の「彼にとっての指導者」なのかもしれない。
代表では、というと、反町※、岡田、ザッケローニ※、ハリルホジッチ※、西野※、あたりが彼を主に招集していたわけだが、※のついた監督下で彼は監督への何らかの不満を述べている。※が付いてない岡田ジャパン2010の時は、まぁ突然の戦術変更で主役に躍り出たわけで文句を付けるどころか小躍りしただろうと思うので、要するに、どちらかといえばオレサマが主役になれない監督の下では暴れる方の選手だった。それで代表戦の大舞台では結果を出してきたのだから大したものだ。
だが、「彼が出してきた結果」を、誰かに出させなきゃいけないのが監督の仕事だ。本田は本当に独学でそれができるだろうか。できるかもしれないけど、できないかもしれない。
学べる場が用意されているのに学ばない理由が一体どこにあるのだろう。
・選手としても、監督としても結果を出すとか一体どんな生き物なんだろう…(グアルディオラ、ジダンなど)
・選手として傑出していたからといって指導者として大成するわけではないよなぁ…(自粛)
・選手として傑出してたが、こんなタイプの指導者になって大成するとはなぁ(ユルゲン・クロップなど)
・選手の経験が(ほぼ)なくてもこんなに指導者として結果が出せるもんだなぁ(ザッケローニ、モウリーニョ)
・解説はあんなに面白くてわかりやすいし選手時代も凄かったのに、なぜ(自粛)
・解説はなんだかもごもごしてるけど指導者としては腕が立つなぁ(自粛)
などと、「選手としてのキャリア」「指導者としてのキャリア」「解説者の腕」って、ほんとーに、相関しないよなぁ…としみじみ思う者でもある。
どうか本田には一刻も早く、S級ライセンス取得に向けて動いてほしいと願っている。それで結果出して、稀代の名監督になってワールドカップ優勝に導いてくれるっつーんなら、心から応援するし祝福するんだけどねぇ…
大会も予選もなくなって残念だったと思う
これから先、妙な同情や、妙な政治利用もあるだろうから気を付けて欲しい
「何よりもまず、我々はお互いを守るために、できる限りのことをするべきだ。それは社会的に、という意味である。人生を通して言えることだが、今の状況下ではこれまで以上に重要な意味を持つことだと考えている。以前も言ったように、フットボールは常に優先事項が低いものの中で、とても重要なものだと思われている。いまフットボールもその試合もさほど重要ではないんだ。もちろん、無観客のスタジアムでプレーしたくないし、試合が延期になるのは好まないけど、そうすることで一人の健康を維持するのに役立つ。サッカーと社会全体、どちらを選ぶかと言われれば、答えは決まっている。比較するまでもないよ」
社会のために立派なことをしたんだよ
ギャン泣きである。AFCの決勝トーナメント進出が嬉しいからではない。いや、そりゃーめでたい。めでたいけど、何はなくとも今日は香川のゴールに感動したのである。見てますかクロップ、シンジはやりました。
私がサッカーに興味を持ったのは2010年南アWCからで、今の主力選手たちがいわゆるルーキーたちのころだった。内田さんは顔だけアイドル枠でSONYのCMもあいまって「見せてくれ内田()」とか言われて笑われてたし、ちょうど長友が活躍し始めて「なんだアイツ!?」って言われ始めた頃だったし、っていうかそもそも川口とかいたし。川口って私が小学生でJリーグ発祥したころから代表にいた気がするけどあいつは何者なんだ。そんでもってその頃、香川さんはまだ代表ではなかった。
ただ、この2010年は香川さんが輝き出した年でもあった。ドルトムントへの移籍がこの年だったんだもの。
2010-2012は、ドルトムントにとっても香川さんにとっても黄金期。でも私、この当時は香川さんに興味なかった。いやドルトムントは応援してたんだけど、香川さん個人にはあんまり興味がなかったのだ。そもそもドルトムントを応援してたのだって、一緒にサッカー見る友達がシャルカーだから「じゃあ私はドルトムントにしよう~」みたいなノリだったし。その後大好きになったけど。
そんな流れもあって、まあ香川真司というプレイヤーにはあんまし興味を持っていなかった。ハマって二年目ぐらいまでは、まずサッカーの流れを把握することで精一杯だったし。最初はサッカーって何人でやるのかも知らないままワールドカップ見てたレベルだったからね。
ようやくなんとなくサッカーの流れを理解して、選手ひとりひとりに想いを馳せるレベルになったころには香川さんはドルトムントの人ではなくなっていた。そう、2013年マンチェスター・ユナイテッドへの移籍である。香川真司個人へのスポンサーになりたかったのに、大人の事情でKAGOMEさんがマンチェスター・ユナイテッドのスポンサーを務めることになってしまった悲しい事件が起こった年でもある。まあKAGOMEもマンUもイメージカラーが赤だからいいだろ。
好きなチーム・ドルトムントでえらく活躍してくれてたはずの香川さんは、マンUに行ってえらく泥沼にはまっていった。バイエルンキラーと呼ばれたあの天才はどこへやら、なんかよくわからん使い方をされてよくわからんダメ出しをされてよくわからんまま公園でひたすらクロスの練習をする毎日である。来る日も来る日もクロスクロスクロス。「シンジは他のことがうまいんだからクロスはしょうがないよぉ」とか言ってくれてたクロップとはさよならしてしまったので、ひたすらモイーズの言うこと聞いてクロスの特訓である。おいおい話が違う、俺を中心にしたチームを作るから来てくれってジイさんが言ってたから渡英したんだぜ?と裁判起こしてもいいだろってぐらい冷遇される。かつてかわいがった選手があんまりにもあんまりな扱いを受けてるからって、別リーグのクロップがわざわざ「シンジは本当は出来る子だもん><」とか涙ながらにコメント出したレベルである。
超のつくビッグクラブでボロッボロにされる香川さんは、まあ当然代表でもいいパフォーマンスはできない。もうあれイップスだろやめてやれよ、ていうかあからさまにadidasの都合で背番号10を背負わせるのやめてやれ、その番号は本田に背負わせてやれ!明らかに本田のほうが10番の仕事をしている!確実に香川のプレッシャーになってるもん10番! というファンの心もむなしく、香川さんはもう自分探しの旅に出たほうがいいだろって状態のままマンUと日本代表10番を往復。見ているこっちの胃が痛くなる一年半だった。ブラジルワールドカップについてはもう触れてはいけない黒歴史だ。
さて驚きの2014年、ボロボロになって先も見えない自分も見えないサッカーボールも見えない状態の香川さんは古巣・ドルトムントに帰ることになる。ドルトムントはもう大喜びである。号外新聞とか出しちゃう。王の帰還だの放蕩息子の帰宅だの、ロードオブザリングなんだか単なるdisなんだかわからん歓迎ぶりで、香川さんもささくれどころかゴビ砂漠ぐらい荒れ果てた心をちょっと癒しつつ帰独。
ただ、あったかいおうちに帰ってきたからそのままいいプレーに繋がるぜ~なんて甘い話があるわけもなく。「ええ~シンジ帰ってくるならもうシンジを中心にしたチーム作るよ!俺は赤い悪魔とは違うよ!」という浮かれポンチなコメントを実現させたユルゲン・クロップを持ってしても香川さんの「自分ってなんだっけ病」は治らないままだった。っていうか環境もよくなかった。自分たちのサッカー教の教祖である本田さんとその筆頭信者・長友さんが近すぎた。物理的に。マイブラザーとか呼んでる場合ではない。今の香川さんに必要なのは小笠原病(鹿島)である。
自分が何者かもわからないまま自分のサッカーを探しているせいで香川さんはボロボロ、ついでに香川さんのせいではないけどドルトムントもボロボロ、日本代表だってボロボロ、どこを見てもボロボロ。王の帰還とか持て囃してくれたドイツの新聞は「コイツいるとチームの空気が悪くなるわ」とかdisってくる。空気読まないことに定評のある内田篤人から「救ってやりたい奴がいる」とか言われちゃう。槙野からはもんじゃ焼きの約束すっぽかされて待ちぼうけ喰らわされちゃう。
そんなぼろぼろな香川さんが、ちょっと気分転換でもしといでよ~とばかりに送り出されたAFC。狙い的には、下位相手に無双して自信を取り戻してもらおうという目論見があった人も多いんじゃなかろうか。
ところが幕を開けてみると、なんでか香川さんは初戦で2アシストとかしちゃってる。結果的には3得点に絡んじゃったりしてる。続くイラク戦でも、めっちゃ頑張ってるのはすっごい伝わってくるけどアシストが多いのである。エースアシストかってぐらいアシストしてる。
違うんや…アシストは大事だ、大事だけど私はお前にゴールを決めて欲しいんや…!と祈り続けて9日め、ついにその日はやってきた。そう、ゴールだ。後半に入ってきた武藤から繋がって、香川真司AFC初ゴール。アギーレジャパンでの初得点。川島はゴール捨ててまで疾走してきて香川を祝う。お前はゴールを守れ。
下位相手に1ゴール決めただけだろ、って意見もあるだろう。つーかもっと決めろよって思われてると思う。ゴールは決めたけど内容あんまよくなかったね、って意見だってたくさんある。
でも、はからずもマンチェスター・ユナイテッド移籍という泥沼時期から香川真司を見守り続ける形になってしまった私にとって、このゴールは本当に本当に眩しいものだったのだ。「よかった、よかったネェ…!!!」という一言以外に言葉が出ないわけですよ。
ゴールした瞬間に私の脳裏をよぎったのは、内田さんの「救ってやりたい奴がいる」っていう一言だったし、「シンジは何も損なわれてない」と香川さんを信じ続けてるクロップの言葉だった。すっ飛んできた清武の姿でもう涙腺は崩壊。えらいこっちゃ。試合が終わったわけでもないのに大号泣。
次にあたるUAEとは中二日の調整になるので大変だと思うけど、今日の感覚を忘れないうちにまたゴールを決めてほしいわけです。日本代表を応援してるのはもちろん、自分がこんなに香川真司を応援しているだなんて夢にも思わなかった。びっくりしたわ。彼のサッカー人生で一番輝かしかった時代と、一番どん底だった時代を両方見てしまったので思い入れがとんでもないことになっている。どうか彼が自分探しの旅を終えて、サッカーを楽しめる道へ帰ってきてくれますように。