やめればいいじゃないか。
わざわざサービス内で揉め事言い合ったりはてなの文句ばっか言ったり、そりゃあアカウント消されたってしかたないじゃないか。
村とか言ってる人たちも何が偉いのか知らないけど全員承認欲求じゃないか。
ブログってそういう物じゃないか。
村なんてなくなればいいじゃないか。
そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。
えなりより
起き抜けに歯磨きをしている時、鏡に空いた左手を押し付けて、意味もなく指を反らしてみた。
中指の付け根あたりに余った皮膚が細かい格子状の模様を表面に描く。
そして、一文字に伸びた皺が手首へ波のように寄せていくのが分かった。
鏡を見れば、隠しきれない魔女のような自分のおとがいが写っているわけだが、
そんなことをしなくても、分かるわけだ。
http://blog.livedoor.jp/nippon_rockabilly-psychopath/archives/cat_1136441.html
>資本主義社会はサイコパスが上がれる仕組みです。では、共産主義社会が良いのか?というとそうでもありません。何故なら、権力奪取の為に国家転覆を目論む左翼集団のトップ勢の中にも、サイコパスが多く存在しているからです。そういった人物が権力を掌握すると、独裁政権が誕生しますので。
>サイコパスが社会の上に立つと、結局、思想は意味を持たなくなりますので、極まった資本主義社会と共産主義社会は良く似た形のものとなります。思想はサイコパスが権力奪取の為に利用しているツールに過ぎないのです。
>ミツバチとスズメバチの関係と同じく、一般人とサイコパスは共存共栄は出来ません。社会を混乱させる原因がサイコパスの症状を起因とした行動なのですから、サイコパスが一般社会に紛れ込んでいる限り、社会病理は無くならないからです。「サイコパスは専門施設に入所させ、治療に専念させるべきだ」という私の主張の意味が理解して頂けますでしょうか?
それは、製造と販売という仕事の種類の差だよ。
製造は質を求められるけれど(これも間接的には売上につながるが)、販売は販売の売り上げ金額が成績だから。
人を物扱いする人種と思っていて間違いないと思う。
他にも、間接的な知り合いで派遣の営業というのに接した事があるけれど、やっぱり人間的におかしい人だったから、わりと共通する要素だと思う。
メーカー系なんだけど、メーカー的な考え方からすると派遣で営業っていみわからん。
だって、商品に対する深い知識って派遣には求められないじゃん。
売れればいいなんて、思ってないぜ。俺達は。
派遣の営業て、こんなもんだろ。
派遣の営業で部長にまでなった奴がいきなり辞めたんで、なんで辞めたのか聞いたら、あまりにも人を人として扱わない会社の方針に従えなくなってきたから、と言ってた。
効いてきた音源が、アカペラや単楽器ものだったから、臨場感がいまいち分かり難かったけれど、クラシックのオーケストラの類なんかでは、大きな開きが出るんじゃないかと思った。音質だけでも、結構違う。場所を移動しているのも分かった。
よって、今後の音楽業界の傾向:
おじさんがよく言う「まだまだヒヨッコやな~」ぐらいのノリだと思うけど、文字にされると凄い嫌な気になるね。
マジレスすると、女の服は男より安いんだよ。購入者が多いから。楽天でも良いから調べてみ?2000円以下でそれなりの服買えるよ。
親が選択したものにほいほい従って、3年間嫌な気持ちに味あわせられたら、たまったもんじゃないだろ。
助言はするにしても、決めるのは本人で決めさせろ。
自分がそうだっただけに、そう思う。あー、なんか思い出しただけでも腹が立つ。
資本家は税金で資産がとられることで、働く意思をそがれるというが、
世界の景気が下降していくなかで、資本家は労働者に悪い条件を飲ませることで利益を上げようとしだした。
そうなると、労働者としては働かないということが正解になるだろうな。
http://anond.hatelabo.jp/20140920165319
元増田じゃないけどマジだよ。
ちなみに「クソガキ」発言は文脈どころか開場した時点から言っていて
別の参加者に彼女が挨拶がてら「なにされてるんですか〜いくつですか〜」
などと聞いた答えに対して初対面で「クソガキじゃないですか〜」と返していて
夫婦間の会話で、ずれがある。
そうじゃない自分。
そりゃある程度偏差値が高けりゃ塾はいろいろ勧めてくるの当たり前だろ。
何を踊らされているのか。
万が一、第一志望に入れないとして、第二、第三をどうするって話になったとき、
卒業後のキャリアパスが望めない学校なればこそ、むしろ理念が大切で、
それを親がふらふら迷うぐらいじゃあもう終わってるだろ。
ていうか親業とか行ってるんじゃねー。
http://anond.hatelabo.jp/20140920164256
内容的には協賛企業として来ていたJapheego という派遣会社の営業が問題なのだから
ではなく
Japheego がクソだった
私は「働く」ことが大嫌いです。少なくとも今の仕事には何のやり甲斐も見い出せません。
それなら何故「働く」のかと言われれば、ひとつの理由として飯を食うための金が必要だから、と答えます。
夢も希望もないですが現実です。働かなくては生きていけないから。
かつては、こんな私のような人間も「働く」ことに対して意欲的になれる環境が整っていたのだと思います。
終身雇用制と年功序列制度。人は働けば働くほど給料が上がることが保証されていました。
しかし、ご存知のようにそれはもう遠い昔の話です。「働く」ためのモチヴェーションは失われてしまいました。
幾ら働いても惨めなままで過ごすしかないのであれば、「働く」ことから降りる人間が生まれるのは当たり前の話だと思います。
つまり、今こそ何故人間は働かなくてはならないかを問うべきである、ということです。
私が「働く」理由にはもうひとつあります。それは働かないでいると人間は世間との繋がりが切れてしまうから、というものです。
引きこもって外に出なければ人は実社会のことが分からなくなり、狂気をこじらせてしまいます。少なくとも私はそうです。
でも、ここで大事なのは必ずしも引きこもっていることを私は否定しないということです。
「働く」というのは世間とのコミットメントの手段のひとつに過ぎません。
引きこもっていても何らかのかたちで「外」と繋がっていれば、それはそれで(もちろん親の経済力に余裕があり、親が寛容であればの話ですが)悪くないことなのではないかと思います。
このあたりの議論をする際に、私は中島義道氏のことを思い出します。氏も一時期引きこもっていたことがあったそうです。
しかしその期間中、月に 50 冊の本を読み勤勉に勉強を重ねておられたと聞きます。引きこもりは勤勉であれ、というのが中島氏のメッセージです。
そして外との繋がりを断ち切るな、と。このあたりは私自身読んでいて、非常に得心の行くものを感じました。
私自身引きこもっていた時期に図書館で大江健三郎の全集などを読んで過ごしていたので。
今の私は、基本的に貧乏でもあるのでどこに行くことも出来ずに引きこもっています。
ただ、日銭を稼ぐ仕事があるのでそれに参加して最低限の税金を収めているだけです。そんな私にはだから、引きこもりの人の絶望が分からないです。
ただ、先に書いた半年ほどの引きこもり体験の間に感じていた薄っすらとした絶望は今でも思い出すことが出来ます。
私のそういう期間は二十代初めだったので私は何とか辛うじて社会復帰することが出来ましたが、三十代になって引きこもっている人の絶望は大きいものだと思います。
私には何も言えません。ただ、「働く」という大嫌いな手段を通して先の見えない人生を送っている男がここにひとり居るということ、