はてなキーワード: 国民性とは
「シェア」とか「繋がり」とかが、時代のトレンド、テーマのように考えてたけど、なんか違和感が芽生えてきた。
何をもってシェアや繋がりが大事なのか。今まで、若い世代は近所付き合いなどの繋がりが薄く、それを円滑にするためにシェアが大事だ!って言ってると思ってたけど、今の世代はメディアが言うほど繋がりに植えていないし、自己中心的な人や空気を読めない人は排除されるコミュニティに成り立ってて、繋がりに飢えているはずがない。(あるのは、自分が誰かを演じてる違和感の方だ。)
人付き合いが薄くなってるっていうのは、単純にコミュニティの形成、形式が変わってきただけなんじゃないか。
その中でも、若い世代はコミュニティをきちんと生きてるように俺には感じる。「人間観察が趣味です。」とか意味不明なこと言いながら、必死に空気を読みながら生きているじゃないか。
それでもなお、やれ「シェア」やれ「繋がり」などと、背中を押されているように見えてきたのだ。
では、何故シェアや繋がりをテーマにもってきたのか、それは時代や世代がそうさせたんじゃなく、社会や企業がそうさせたに過ぎなかったと思ってきた。
仮定する筋書きは以下。
→若い世代の消費行動とか、もう全然わかんない、全然予想できない。困った。てわけで、シェアさせよう。ネットに赤裸裸に書いてもらおう。
→メディアでまず、「若い世代は人間付き合いが下手。」「昔みたいな人情も無い。」レッテルをはろう。
→レッテルを貼ったら、あとは若い世代向けトレンド(ケータイなど)から「シェアせよ!繋がりが大事!」と号令をかける。
→流れに敏感な若い世代は、自分を”ウィキリーク”させていき、消費行動や世代性を惜しみなく公開。
→ああね、なるほどね。新しい消費行動もだいたいわかったから、もう号令かけなくていいよ。 ←今ココ
シェアって、そもそも何を指してたのか。
みんな情報は金になるのを知ってるくせに。海外にどんどん負けながらも、国内での生き残りも大変な企業。畳み掛けるように現れた、「スーパーコンペティション」の現象で、有益な情報はもっとシェアされなくなっていく。
政府や東電が情報を公開しない事を全面的に否定できないのは、自分たちだって重要な事はシェアしないからじゃないのか。
日本国民がもってる問題は、ほんっとうに根が深い気がした。
インターネット上でのシェアなんて、まだ「エンターテインのシェア」と「自分ウィキリーク」どまりなんだと思う。
年間に自殺する人が3万人いて、20代、30代の死因の1位が自殺っていうのを聞いて
由々しきことだなあと思った。
事件でも、戦争でも、病気でも、飢餓でもなく、「自殺が死因の1位」って、かなり恵まれた国なのに。
由々しきこと、と来たもんだ。
保険などの医療制度がきちんとしてるから、若年にも関わらず病死することが少ない。
(国民性もあるが)治安もしっかりしているから、事件で殺されるわけでもない。
これを悲観する人は、どんなパラダイスに住みたいんだ?
ちなみに、他人に迷惑の掛からない死、なんてありえないから、利己的な死は勘弁してくれってのはある。
海か山でヒッソリと死に、死体が自然に帰るまで発見されず、戸籍や保健、賃貸などの社会的な制度上でも顧みられることなく死んだら、迷惑はかからんかもしれんが・・・・
それはもう、生きながら死んでるのと変わらんしな。
なるほど。母数が少ない、という指摘は正しいですね。このアンケートの資料性は低い、と考えることにします。
平成17年版 国民生活白書 女性は結婚相手に対して経済力を重視している
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html
こちらは、回答者は全国の18歳以上35歳未満の独身男性3389人、同女性3085人。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2475.html
統計数理研究所によって「日本人の国民性調査」が1953年以来、5年ごとに戦後継続的に行われている
(同じ問を継続しているが問によっては必ずしも毎回聞いている訳ではない)。
この調査はすべて、全国の20歳以上(ただし2003年第11次調査以降は20歳以上80歳未満)の男女個人を調査対象とした標本調査である。
よくフェミニストの方は男女差別の根拠として『女性の家事労働時間の各国比較』を根拠にされていますが、
国民性の違いがあります。 主に日本人女性自身のセルフイメージに問題があると思います。
女性の家事労働時間 http://anond.hatelabo.jp/20111231161437
一方で、「『家事・育児の負担(C)』を男性以上に求められてきた女性が『フルタイム(A)』で働くよう社会から求められていること」はどうでしょう。A+Cは「過大」ではないでしょうか?
そういった現状を無視して議論を進めようとするフェミニストは危険だと思います。
貴方の頭の中にあるイメージがそうである、という事は分かりますが、古い女性観です。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2475.html
戦後の大きな意識変化が見られるのは「楽しみ」の男女差についての見方である。
男性の場合、男の方が楽しみが多いとしているが、その割合は下がってきている。
むしろ女の楽しみの方が多いのではと思う男性が増えている。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2470.html
男女年齢別に集計した楽しかった時間の合計をグラフにしてみると、3つの点が明解である。
(2)女の方が男より楽しく生活している
現実の男女は貴方の思い描いている世界と同じでしたでしょうか?
今の男性がどれだけ苦しい思いの中でいるのか、
そういった状況だからこそ結婚がイメージできない男性が増えているとは思いませんか?
正直、今の世の中でフェミニストが「女性に権利を!」と叫ぶのは
男女のカップリングの面でマイナス、男性の自殺に関してもマイナスでしょう。
それは思考停止です。 根拠がない議論がお好みですか?
『街場の読書論』ゲラチェック95%ほど終了。年内に「あとがき」書いて、戻せそうです。
今日は「メタ・メッセージ」論を20枚ほど書き足しました。メタ・メッセージというのは「これは嘘です」とか「後ろの方、聞こえますか?」とかいう言明のことです。これは誤解の余地のないメッセージなんです。メタ・メッセージというのは「メッセージの解釈にかかわるメッセージ」のことです。不思議なのは、「後ろの方、聞こえますか?」という問いかけには二種類の回答しかないことです。それは「はい、聞こえます」と「いいえ、聞こえません」です。不思議でしょ?「聞こえません」て、お前聞こえてるやんか!そうなんです。メタ・メッセージは「聞こえない人にも聞こえてしまうメッセージ」なんです。すごいですね。
こんな話があります。ある工員がどうも工場からものを盗み出しているらしいという嫌疑がかかりました。警備員たちはこの工員が手押し車を押しながら工場から出るとき、彼をとめて、手押し車の中をすみずみまで探しました。でも、何も出てこない。毎日、止めては手押し車の中を点検するのですが、何も見つからない。さて、この工員は何を盗んでいたのでしょう?もうおわかりですね。彼は手押し車を毎日盗んでいたのです。いかにもラカンが好きそうな話ですが、「手押し車」を「メタ・メッセージ」と書き換えると、コミュニケーションについての恐るべき真理が明らかになります。メタ・メッセージは「情報についての情報」ですので、誰もその真偽や理非については問わない。警備員はこれを組織的に見逃すのです。
だからもっとも賢いメッセージ発信者はパーソナルなメッセージを「手押し車」のかたちにして発信するはずなんです。これは誰にも咎められず、どこまでも、誰にでも届くから。
情報化社会における「情報強者」とは良質な情報をたくさん所有している人間のことではありません。そうではなくて、自分の個人的なメッセージを「手押し車」に載せてやりとりできる術を知っている人間のことです。パーソナルなメッセージをあたかも価値中立的で、真偽の判定になじまず、「警備員たち」の検査の眼をを逃れるものであるかのように発信できる人間が、情報社会における情報強者だと僕は思います。つねに「自分がいま発信している情報についての情報」を繰り込むことのできる言語能力が情報社会における階層差の形成要因であるというのが僕の仮説です。自分の言明に含まれる真実含有量についての検査値を公開しながら話すんです。楽しそうなんだけどなあ。
サンデル教授ってインチキでしょ?って言ったのはウチダの個人的な感想でありまして、理由は二つ。ひとつは、「正しい決断をしなければならない」という状況設定そのものが間違っている可能性を吟味していないこと。「正しい決断をしなければえらいことになる」という状況に立ち至る前に、「そんな決断をしなくてもいい方向」に向かう分岐点がいくつもあったはずなのに、それを見落とした自分の知性の不調についてはなぜか主題化されていない。これはアメリカ的知性の特徴なんだと僕は思っています。事が起きたあとの「対症マニュアル」の整備には熱心だけれど、そもそも「事を起こさない」ための「予防的配慮」については驚くほど関心が低い。そういう国民性格の内側から出てきた「ナショナルな弁証法」だということについて、あまり自覚がないみたいだったので・・・というのがひとつ。もうひとつの理由はホーフスタッターの「アメリカの反知性主義」に出てくる伝道者たちに相貌が似ていたから。サンデルファンのみなさん、ごめんね。
えーと。
はてなを利用し始めて、まず気になったことが、「主語がでかい」という言葉だった。
一体何を言っているのかと思ったら、要はひとまとめにするな、ということらしい。
はてなではそれだけ主語の大きさ、主張対象のレンジについてうるさい印象がある。
具にすることは重要だが、そこらへんの落書きに正確性やそれに準ずる信頼性を求めるのはどうにも理解できない。
それなら、こういう人らを集めるためにわざと主語を拡大させて話したほうがいろいろと得になるだろう。炎上でもないし。
これが過激になると、国民性そのものに食ってかかるような勢力になる。
国民性とは、字義通りはじめから個人の気質などを話しているわけではない。
テストの答案で○☓を使うとか、虹の色は七色で数えるとか、そういうレベルの話である。これに異を唱えられても困る。
(もちろん、国民性そのものの使い方を誤っている奴もいる。「日本人は畳が大好き!」とか「日本人は空気を読む」とかいうのは国民性ではない。過激化した層が噛み付いてるのも、こういうたぐいのものだ。)
彼らは、誰と闘っているのだろう?そして、誰に勝利したいのだろう?
gdgdになったのでまとめ放棄。
「~は現実逃避」系の批判についていつも思うんだがこの手の「ただレッテルを貼ってソレ以外何も言わない」系の発言について文句を言っておく。
ちなみにはてブのコメントの半分はこの手の安易な理解、安易なレッテルで成り立っています。バファリンさんに謝れ。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111104135814
最初の発言に対して、別の増田(Bさん)が特に根拠もなく現実逃避だってコメントを書く。
で、それに対して「何を持って?」と返す。
根拠を示さず言葉だけで批判できると思ってる思考停止馬鹿は高い確率でこの反撃を受ける。
増田に書き込みしていることは許してやるとして、
現実逃避じゃないことって胸を張れるのは何かね?って問にすら応えられないのにレッテル使うなっての。
すると、このBさん、説明するんじゃなくて、さらに例を追加していくことで返す。
類似の例を挙げることで理解しろ、というわけね。
まあ日常会話ならコレでもいいんだけれど、これ法律だと考えると限定列挙方式やね。
これはまず権限のある人が決めなければまったく効力を発揮しない。
説得力がないから権力で無理やり従わせてるようなものだから。(この場合ですらある程度合理性は求められる)
自分は関係ないと思ってたらいつのまにか対象になってたなんてことはザラにある。
そういう意味でネットでの会話ではまず無意味だし、なによりブーメランになりやすいのでやめたほうがいい。
リアル社会でレッテル貼るだけで相手を黙らせるって芸当はよく見かける。
正確の悪い課長とか、仲の悪い親ほどこういうのを巧みに使って自分を黙らせる。
でも、それが通じるのはレッテルという手法のせいじゃなく、単に権力の違いのせい。
レッテルを貼るって行為は、基本的には最もコストが安上がりだけど効果も低い。
ただ日本は権力大好きかつお上に弱い国民性があるからこれだけでもうまくいっちゃう。
下手にレッテルに反論すると、余計ひどい目に合わされるよね。
そういうわけで、親や教師や上司を見て、レッテルを貼るというのを学習しちゃうわけだけれど
ネットでは基本的にこれ通じない。
ネットの匿名性って、日本のリアル社会における無意味なくせにやたら強力な権力の網に嫌気がさしてそこから逃げ出した人ばっかりで成り立ってるから、
無自覚にでもこういう権力性を匂わせるような言動を取る馬鹿は叩かれる。そいつに実力や需要がない場合、血祭りにあげられることが多い。
実名だから偉いんだって匿名を煽るしかない自称ジャーナリストに実力がない場合はボッコボコにされる。
実名やら著作権やらを勘違いしてるソラノートなんかもわかりやすい例。
実は俺的ゲームなんちゃらのほうが著作権侵害でも人権侵害ひどい事をやってるけど、実力というか需要があれば多少は許される。あれは需要がない奴がやってはいけない芸当。
炎上マーケティングで成り上がるコツは、場を提供することであって、自分自身を燃やすことではない。
閑話休題。
リアルではお父さんとか社会からこのレッテルだけで黙らされるけれど、
ネットではいくら相手にレッテルを張った所で、周りが同意してくれなきゃ相手を屈服させることはできないってわかってくる。
結局地道にやるのがいいよね、というはなし。
業界ではトップクラスの利益をあげているし、設立年数を考えれば飛躍的な成長を遂げている。
しかし、更に上の会社とは今のところ超えられない壁があると感じている。
その理由を「確固たる軸となる事業が一つもない」ことだと思っていた。
それは社内でも同じ認識だと思う。
しかし、実際に働き始めて、この会社が何故成長しないのかわかってきたかもしれない。
それは「社内のチームワークがすこぶる悪い」ということだ。
私は転職したばかりで、いろんな人にいろんなことを聞かされる。
その内容の9割、もっと言うと9割5分はネガティブな内容だった。
「直接言えばいいじゃない」と思い、その旨を言うと「あの人に嫌われると外されるから」と。
他にも、まだ入社してない内定者に対し「あいつ使えない」と陰口を叩いたり。
最後の学生生活を割いてまでインターンをしてくれている新人以前の学生に対し、それはないだろうと注意した。
とまぁこれを見た方は「よくあることじゃない」と思うかもしれない。
私も友人に相談したらそういったことを言われた。
しかし、私は転職する前にアメリカで働いており、国民性もあるかもしれないがこういったことが皆無だったので驚いた。
前の会社は本当に仲が良かった。業績も好調で、私が最初に入った頃と辞める頃で社員数は30倍になり、世界的にも認知される会社にまで成長した。
その理由として「チームワークが良かったから」などとは毛頭思っていない。
なぜならそれが当たり前だと思っていたからだ。
普通に飲みに行ったりするし、休みに社員同士で遊びに行ったりもする。
そこは日本とも同じだと思う。
何が違うのかと言うと、仕事とプライベートを完全に分けて考えているのだ。
仕事では結果が全て。結果を出そう。失敗をしたなら結果を出せるように頑張ろう。それだけなのだ。
しかし、今の会社では全くそんなシンプルな働き方はできないと思った。
アメリカがドライなのではなく、日本の企業がウェットすぎるのだ。
仕事に集中できない。
乱暴な例を挙げると、サッカーはゴールを奪い勝利することが目的だ。フィールドで人間関係がどうのこうのなんて関係ない。
仕事はどうだろう?企業の目標は業績を上げること(もちろんいろいろあるが、原則的には)なのではないか?
前の会社は「いいものをつくって大きくなる」という非常にシンプルな目標について進むだけだった。
今の会社は目の前にある障壁を気にしながら進むという状態だ。
本当に話した社員全員が人間関係を気にしている。そこまで他人が好きなのか。
チームワークがどうのこうのなどということを気にしていること自体が足かせだ。
解決すべき問題は「どうしたらもっと大きくなれるのか」ということだ。
「チームワークが悪い」などという非常にレベルが低い問題により今の会社の成長は妨げられている。
人に気に入られないとパスが来ない、シュートを外すともう二度とフィールドに立てない、トラップをミスすればモチベーションを下げることを言われる。
結果、仲の良い選手間でパスを交換しているだけという状態になる。試合すらできてないのだ。
私が解決するべきことはまず試合をできるようにすることだ。
チームを勝たせるために移籍したのに、そこから始めなければいけないとは。
結婚や育児に関わらず、多くの日本人って物事の悪い面しか見ないよな。
良い面がどうか(本来は差し引きトータルでどのくらい良いかで判断するべきだろう)には全く興味が無いかのように完全無視して、
とか言うと「確実に良いことがある保障なんて無い」とか言い出す奴がいるけど、それを言ったら悪いことだって確実に起こるわけじゃない。
でも悪いことについては100%確実に最悪のケースが起こるというシナリオを何も考えずに受け入れる。
動かない理由が欲しいだけなんだろうか?
韓国嫌いだけど、ヨン様やBoAの時代には、コンテンツ自体に嫌悪感はなかったな。
日韓W杯の頃からフジ(他局も)は、日本と比較して韓国を持ち上げる、テンプレ報道を行っていた。比較といっても大体は国民性の違い、外国人に毅然と対応できるとか、女性にやさしい(本当か?)とかまあ、ほほえましいものだった。
しかしここ数年は一線を越えちゃったわな、浅田真央を引き合いにしてキムヨナを担ぎ始めた事は、明らかに不自然な報道姿勢だった。彼女がある大会で優勝したにもかかわらず、転倒シーンを強調して、謎のいじめインタビューをする安藤優子を見た時、この局は終わってると確信した。
流行は作られるというけど、例えばセカンドライフを10年単位で推し続けられたら、誰だって大嫌いになるだろ、ワードを聞いただけでイライラするぐらいには。
お前みたいな、海外に数年スパンで暮らした経験もなけりゃあ視野も極狭の奴に限って
「日本人論」を言いたがるのは何でだろうね
いや、お前の仕事や学歴が国内の非常にせせこましい領域に収まってるのだとしても
ネット上の事象に限るならちょっと世界のいんたーねっつを見て回れば多少はわかるわけじゃん
何、英語も読めない?
だとしても常識や想像力っていう安定した力が凡人には残されてるよね
…もし凡人のくせにこれすらないなら自分を凡人だと自覚することから始めよう
で、なんだっけ
日本人が他人評価の価値観に縛られやすい傾向にあるから、つまり同調圧力に弱い国民性を有しているから、
リアルで観測したいなら最近の中東のドミノ倒しでも見りゃあいいし
ネットならジャスティンビーバーのyoutubeでチャットでもして来りゃいい
そんできっとどの国にもお前みたいな
自分は違うと思っていきがりながら
まったく現実見えてない・分析検討も極めて甘い〇〇論もどきを垂れ流して
そんで今ここに一個のゴミがあるわけだ
あとはわかるよな?
部屋にロープ状のものはあるか?
ネットの掲示板やらコメント欄やらに感情丸出しのコメントをたくさん残したり、
ニコニコ動画の糞動画に糞みたいなコメントを投稿しまくったり、
Twitterでアホみたいなツイートを馬鹿みたいに拡散しまくったり、
もうなんか最近のネットはこういう必死なやつのせいでゴミにまみれてる気がするわ。
んで、なんでこんな状態に陥ってるのか考えたんだけど、
結局、誰かが伝えたい何かを同調圧力でもって伝えようとした結果だと思うんだよね。
ネットだとコメントやらなんやらは可視化されるから、とにかく数で勝負しようってことになる。
じゃあなんで他の方法ではなくこういう手段をとったかと考えると、
やっぱ日本人が他人評価の価値観に縛られやすい傾向にあるから、つまり同調圧力に弱い国民性を有しているから、だよね。
伝える側もその国民性を顕在的ないし潜在的に理解しているから必死に同調圧力をかけようとすると思うんだ。
だから、日本人がこういう国民性を有している限り、ネットはゴミにまみれる!
死ね!!