はてなキーワード: 私の個人主義とは
近頃女権拡張論者と云ったようなものがむやみに狼藉をするように新聞などに見えていますが、あれはまあ例外です。
例外にしては数が多過ぎると云われればそれまでですが、どうも例外と見るよりほかに仕方がないようです。
嫁に行かれないとか、職業が見つからないとか、または昔しから養成された、女を尊敬するという気風につけ込むのか、何しろあれは英国人の平生の態度ではないようです。
名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざわざ騒々しく叫び立てる。
これは意外の現象ですが、ことによると女は何をしても男の方で遠慮するから構わないという意味でやっているのかも分りません。
結果、素晴らしい文学作品だと感じた。その理由を文章にしたくなったので、筆をとってみる。
また、文学の意味や定義を認識していないのにも関わらず、「文学の香りがしない」などという人がいる。
自分のスタンスを明らかにせず、批評するのは誠実ではないと思う。
僕の文学の定義は「個たる人間の根源においてその社会、世界、宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味を認識してゆこうとする言葉の作業」だ。
ゲド戦記 影との戦い(岩波少年文庫)のあとがきから頂戴した。僕が思う文学を一番的確に表す言葉だ。
この言葉の補足をしよう。
夏目漱石の私の個人主義を読んだ事がない人は読んで欲しい。定義では、「個たる人間」で表現している。
教養小説は、簡単にいうと若者が社会の壁にぶつかりつつ、自我に目覚め、他者を認め赦していく小説だ。自己形成小説とも言われる。
「社会、世界とのつながりを全体的に把握」「人間であることの意味を認識してゆこうとする言葉の作業」とは上記のような事を指している。
"火花"は「個たる人間の根源においてその社会、世界、宇宙とのつながりを全体的に把握しながら、人間であることの意味を認識してゆこうとする言葉の作業」にあてはまるだろうか?
答えはYesだ。
文章文庫火花の文庫版が手元にあるので、ページ数はそちらを参考にして欲しい。
・21P
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堕落論(坂口安吾)では、"生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか"という言葉がある。
・60P
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確固たる立脚点を持たぬまま芸人としての自分が形成されていく。
その様に自分でも戸惑いつつも、あるいは、これこそが本当の自分なのではないかと右往左往するのである。
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・153P
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神谷さんから僕が学んだことはことは、「自分らしく生きる」という居酒屋の便所に貼ってある様な単純な言葉の、血の通った劇場の実践編だった。
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・155P
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もし、世界に漫才師が自分だけやったら、こんなにも頑張ったかなと思う時あんねん。
周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつらがやってないこととか、そいつらの続きとかを俺たちは考えてこれたわけやろ?
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彼は実生活ベースでの繋がりについては、きちんと認識できない人だ。
物語後半、神谷さんはジェンダー論を刺激する様な行いをして徳永に怒られる。
火花は、文学的な意味で人間的だが実社会に馴染めない神谷さんや、芸人社会を中心とした現代日本社会を通して徳永が自己を形成する物語だ。
ここでいう自己形成とは、神谷の認識していた文学的な繋がりと、実社会における繋がりどちらも差す。
読書会で夏目漱石の「私の個人主義」を紹介するための、原稿です。
<コ:ミ <コ:ミ <コ:ミ
漱石といえば、「吾輩は猫である」や「こころ」が特に有名な小説家です。
「私の個人主義」は講演をまとめた本です。
タイトルの「私の個人主義」というのは、大正3(1914)年11月25日、学習院で行われた講演のタイトルです。
漱石は1916年12月に亡くなったので、亡くなる2年前程前の講演です。
5つの中から、「私の個人主義」について、内容をご紹介します。
学習院で行われた講演ということで、若い学生を対象にしていたようです。
漱石が学生だった頃、卒業する直前までどんな職業につくのか決められなかったそうです。
漱石は「今と違って就職は大変楽でした」と語っているのですが、
彼はどちらにも半分承諾するような事を言いました。
いい加減な事をしたわけです。
呼びつけられて、怒られるのですが、結果高等師範に行く事になりました、
熊本で教師を続ける中、文部省化からイギリスへの留学を勧められます。
彼は断ろうと思いました。
なんの目的も持たずにイギリスに行ってもしょうがいないと思ったわけです。
結局、教頭先生に勧められ反対する理由がないということで、イギリスに行くことになりました。
「そんなあやふやな態度で世の中へ出て、教師になったというより教師にされてしまったのです」と言っています。
彼の心境は非常に苦しいものでした。
「腹の中は常に空虚でした」とか
「この世に生まれた以上何かしなければならん。といって少しも見当がつかない」
そして、今までは他人本位で、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事に気が付きます。
この喜びを
「ようやく自分の鶴橋をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです、」など
そして、学生に対して、同じような悩みがあるのでは?と強く訴えます。
「貴方がた自身の幸福のために、それが絶対に必要じゃないかと思うから申し上げるのです。」などと言うのです。
自己本位が必要なのでは!?という漱石の熱い語りは、もしかしたら彼のイメージと異なるかもしれません。
彼が人に流されて生きてきた。
その腹の煮え切らない不愉快な気持ちと、そこから解放された実感は私にはよく理解でき、感動すらしました。
ここまでが第一部の内容です。
個人主義や自己本位というと、自分勝手にふるまうような事をイメージされるかもしれません。
自分の自我を尊重するのであれば、他人の自我も認めなければならないといいます。
講演を聞いている学習院の学生というのは、今よりも強い意味を持っていました。
気に食わない相手を懲らしめるために人を買収したり、妨害する事が可能なわけです。
彼は所属する団体や立場に基づき判断せず、理に適っているかどうかで判断する事が必要だといいます。
団体を作って、権力やお金のために盲動しない。というものでした。
素晴らしい考えだと思いますが、漱石は淋しい気持ちがある事を吐露します。
理に適っているのかで行動を決める事、そして他を尊重する事から、
漱石の中期~後期の作品は個人主義の目覚めとこの淋しさを書いたと理解しています。
特に、後期の作品にあたる「こころ」は淋しさががよく出ていると思います。
淋しいというしこりが残る形ではありますが、個人主義という考え方を
論理だけでなく、感情をまじえて教えてくれるというのが私の個人主義と漱石の魅力だと思います。
以上
いったい国家というものが危くなれば誰だって国家の安否を考えないものは一人もない。国が強く戦争の憂うれいが少なく、そうして他から犯される憂がなければないほど、国家的観念は少なくなってしかるべき訳で、その空虚を充たすために個人主義が這入ってくるのは理の当然と申すよりほかに仕方がないのです。今の日本はそれほど安泰でもないでしょう。貧乏である上に、国が小さい。したがっていつどんな事が起ってくるかも知れない。そういう意味から見て吾々は国家の事を考えていなければならんのです。けれどもその日本が今が今潰れるとか滅亡めつぼうの憂目にあうとかいう国柄でない以上は、そう国家国家と騒ぎ廻る必要はないはずです。火事の起らない先に火事装束しょうぞくをつけて窮屈な思いをしながら、町内中駈かけ歩くのと一般であります。必竟ずるにこういう事は実際程度問題で、いよいよ戦争が起った時とか、危急存亡の場合とかになれば、考えられる頭の人、――考えなくてはいられない人格の修養の積んだ人は、自然そちらへ向いて行く訳で、個人の自由を束縛そくばくし個人の活動を切りつめても、国家のために尽すようになるのは天然自然と云っていいくらいなものです。だからこの二つの主義はいつでも矛盾して、いつでも撲殺ぼくさつし合うなどというような厄介なものでは万々ないと私は信じているのです。
私のようにどこか突き抜けたくっても突き抜ける訳にも行かず、何か掴みたくっても薬缶頭を掴むようにつるつるして焦燥ったくなったりする人が多分あるだろうと思うのです。もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また他ひとの後に従って、それで満足して、在来の古い道を進んで行く人も悪いとはけっして申しませんが、(自己に安心と自信がしっかり附随しているならば、)しかしもしそうでないとしたならば、どうしても、一つ自分の鶴嘴で掘り当てるところまで進んで行かなくってはいけないでしょう。
自意識こじらせてもいいんだと思わせてくれました。
中二ごころに「なにこれ違う」という感じを味わいました。
これがなかったらいまご飯食べられていません。
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の続き。
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私は始終中腰で隙(すき)があったら、自分の本領へ飛び移ろう飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその本領というのがあるようで、無いようで、どこを向いても、思い切ってやっと飛び移れないのです。
私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧(きり)の中に閉じ込められた孤独(こどく)の人間のように立ち竦(すく)んでしまったのです。そうしてどこからか一筋の日光が射(さ)して来ないかしらんという希望よりも、こちらから探照灯を用いてたった一条(ひとすじ)で好いから先まで明らかに見たいという気がしました。ところが不幸にしてどちらの方角を眺めてもぼんやりしているのです。ぼうっとしているのです。あたかも嚢(ふくろ)の中に詰(つ)められて出る事のできない人のような気持がするのです。私は私の手にただ一本の錐(きり)さえあればどこか一カ所突き破って見せるのだがと、焦燥(あせ)り抜(ぬ)いたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見する訳にも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰欝(いんうつ)な日を送ったのであります。
私はこうした不安を抱(いだ)いて大学を卒業し、同じ不安を連れて松山から熊本へ引越(ひっこ)し、また同様の不安を胸の底に畳(たた)んでついに外国まで渡(わた)ったのであります。しかしいったん外国へ留学する以上は多少の責任を新たに自覚させられるにはきまっています。それで私はできるだけ骨を折って何かしようと努力しました。しかしどんな本を読んでも依然(いぜん)として自分は嚢の中から出る訳に参りません。この嚢を突き破る錐は倫敦(ロンドン)中探して歩いても見つかりそうになかったのです。私は下宿の一間の中で考えました。つまらないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足(たし)にはならないのだと諦(あきら)めました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくなって来ました。
この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念(がいねん)を根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟(さと)ったのです。今までは全く他人本位で、根のない萍(うきぐさ)のように、そこいらをでたらめに漂(ただ)よっていたから、駄目(だめ)であったという事にようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似(ひとまね)を指すのです。一口にこう云ってしまえば、馬鹿らしく聞こえるから、誰もそんな人真似をする訳がないと不審(ふしん)がられるかも知れませんが、事実はけっしてそうではないのです。近頃流行(はや)るベルグソンでもオイケンでもみんな向(むこ)うの人がとやかくいうので日本人もその尻馬(しりうま)に乗って騒(さわ)ぐのです。ましてその頃は西洋人のいう事だと云えば何でもかでも盲従(もうじゅう)して威張(いば)ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴(ふいちょう)して得意がった男が比々皆(みな)是(これ)なりと云いたいくらいごろごろしていました。他(ひと)の悪口ではありません。こういう私が現にそれだったのです。たとえばある西洋人が甲(こう)という同じ西洋人の作物を評したのを読んだとすると、その評の当否はまるで考えずに、自分の腑(ふ)に落ちようが落ちまいが、むやみにその評を触(ふ)れ散らかすのです。つまり鵜呑(うのみ)と云ってもよし、また機械的の知識と云ってもよし、とうていわが所有とも血とも肉とも云われない、よそよそしいものを我物顔(わがものがお)にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、またみんながそれを賞(ほ)めるのです。
けれどもいくら人に賞められたって、元々人の借着をして威張っているのだから、内心は不安です。手もなく孔雀(くじゃく)の羽根を身に着けて威張っているようなものですから。それでもう少し浮華(ふか)を去って摯実(しじつ)につかなければ、自分の腹の中はいつまで経(た)ったって安心はできないという事に気がつき出したのです。