はてなキーワード: 春になったらとは
私の見立てでは水素水のおかげで適切に水分を取るようになり、この夏は熱射病で倒れる人間が減る
カシヲミニを賭けてもいい
お、うまい
俺の代わりに誰かスターやっといて
わりぃね
sny22015 秋になる頃にはみんな忘れてそうだが
ブームが自然死するならはてなーももっと生産的なことをした方がいい
uokada おい、お前漆原だろ!
やあやあ我こそは
「ありがとう水~~~~」
feita その頃には叩くのあきてそう
EM菌も死んでないしね
5年くらい前にプチブームになってかったっけ?まあ来年はそれで
death6coin 結果がよければ認めるというものではない
叩くのを秋まで待てばと言っている。それ以外のことは言ってないから勝手にすればいい
QJV97FCr 仮に熱中症が減ったとしてもそれを水素水のおかげと考えるのは水素水をありがたがるのと同じメンタリティではないかな
それは嘘の上の幸福より真実の上の不幸が良いっていう左翼メンタリティではないか
ublftbo 熱中症にならない程度の「適切」な水分を賄うには水素水は高すぎるんでは。/ 後まあ、水素水が批判されるのは、未検証の効果を謳うかどうかという所だから、「水と同じ効果」が確認されても変わらない、てことで。
しかも「高い方が効く」みたいに思ってるところがあるよな
冷やすと分子の振動が小さくなって水素が抜けにくいらしいぞ(適当)
低体温症にも気を付けないとね
俺が言っているのはお前らにであって水業者にではない
chirasinouramemo 次は「二酸化炭素水」で
(お、知ってた)
上で「やあやあ我こそは」っつってるだろ・・・飛び降りシーンのパロだよ
分かってないのは自分の方じゃねーーーーーか
このはてなーどもの自分の方がバカなのに「対するものは知的に自分より下のはず」って態度思い込みはなんなんだろうね
ああ、「本当は『やあやあ遠からん者は音にも聞け近くばよって目にも見よわれこそは』だよ」なんてクソみたいなツッコミは要らんぞ
マジでお前らバカだ他人はお前らが思っているより物を知ってるし、自分は物を知らないからな
謙虚になった方がいい
好きって言いなよ
http://anond.hatelabo.jp/20160116085640
ここでも書かれているが、無職ニートを続けるのはある種の才能だと断言していい。
不幸なのは、現代社会(というか人間に限らず集団社会)ではむしろ害悪でしかないことだけど。
これにプラスアルファで、クリエイティブな才能とかを兼ね揃えていたら、なんとかやってける可能性がある。
でも普通なら1年も持たないし、3年5年と続くと絶対に自分もそろそろまともに・・・という気分になる。
だけどニートの暇すぎて死にそうになるような生活が、どういうわけか肌に合う俺のような人間もいる。
やることが多すぎて暇じゃない、ニート楽しすぎワロタwwwwなんてのは、ただのビギナーかまだまだ若さが溢れてるだけだ。
朝起きる、適当にサイトを見て回る(と言っても数は極端に少ない)、溜まったアニメのリストを眺める(視聴するまではなかなかいかない)、
Googleの真っ白なスタートページを眺めて、パソコンを離れて部屋の中を歩き回って、またGoogleを見て、また歩き回っての繰り返し。
これを日が暮れるまで続けて、腹が減ったと思ったらなんか食って、思っても面倒なら食わないで、気付いたら三日間ぐらいナチュラルに断食してたり、
たまになぜか気が向いたらアニメでも映画でも小説でも一気に消化して、気に入ったら同じものを1年でも2年でも毎日毎日見続けて、
春になったら散歩でもしてみようかと思って、10時間以上も膝が痛くなろうが構わずに毎日歩き続けて、かと言って色んなところに行くわけでもなく住宅地を徘徊、
欲しいものがあっても数日後には綺麗さっぱりその気持ちも消えて、それを知ってるから何も買わずに何もせずにいることに子供の頃から慣れていて、
ただ床に座って壁を眺めていて、瞑想するわけでもなく、壁のシミを数えるでもなく、それが自然とできてしまって暇とは思っても決してその退屈が苦痛には感じない。
これが異常なのかどうかは知らないけど、多くの人にはやろうと思ってできることではないということは知っている。
俺の親族にはなぜか無職ニート引きこもりが一時は6人もいたが、それでも10年プレイヤーは俺の他にあと1人だけだ。
連絡を取り合っていたが、社会復帰していった彼らは常に暇であることを嘆いていた。
まあ、金の問題もあったんだろうけど、それ以上に退屈が苦痛だったんだろうな。
自分で言うのもなんだが、俺はべつにコミュ障ってわけでもないし、対人恐怖症でも人見知り気味でもましてや鬱病でもない。
進んで誰かに関わっていくわけではないが、親とも親戚とも明るく普通に話せるし、人の目を見てありがとうと言えるぐらいの心の余裕はある。
これでも20代は就職していたこともあったけど、辞めて、ニートして、就職して、辞めて、ニートしてを4回繰り返した。
ブラックもホワイトも経験したが、仕事や人付き合い自体はべつに苦痛でもなく、辛くてもまあなんとかやれてた。
それでも、やっぱり1年もするとニートに戻りたくなる、というよりもあの退屈と非生産性が恋しくて堪らなくなる。
在宅ならいいのかと思って、アフィを3回試して、ラッキーなことに3回とも月20万以上をコンスタントに稼げるようになったけど、
やっぱり何もしないでただ日が暮れていくだけの日々が恋しくて仕方なくなって、ある日すべてを投げ出してしまう。
株とFXにも手を出してみて、株は失敗したけどこれまたFXでは運が良くて、それでも稼ぎ続ける気には到底なれなかった。
適度に刺激にある生活、これが俺にとっての退屈なんだと気づいてからは、もう10年もほぼ何もせずにいる。
たまにこうして気が向いたら、なんかアクション起こしてるけど、前回は去年の夏だかに2chに数行書き込んだぐらいだな。
やりたいことも、やることも、なーんにもない。
べつに無感情なわけでもないし、素直に感動もするし、だから心が麻痺してるってわけでもないだろう。
うちも癌家系で、僕もいつ発病しても不思議では無いのでびくびくしている。
母は今の僕の年よりずっと若く、29の時には発症して闘病を開始した。
母方の曾祖父も、祖父も祖母も父方の祖父や叔父も癌になっている。
さて、僕も結婚して、子供も出来て、生活をしているんだけど、この前、ふとそろそろ癌になってもおかしく無いと思い立った。
ついては春になったら癌検診を受けようと思っている。姉と妹にも勧めたい。
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で、もし癌だと告知をうけたとき、僕は治療をせずにはいられないと思う。
巨大な災害に襲われて、無駄だとわかっても逃げ出さずにはいれないだろう。
治療の放棄は、もしかしたら助かったという可能性ではなく、ただ無言で死を迎えるのが耐えきれないから僕には出来ない。
大抵の人は人生に未練があるんじゃないだろうか。
達観して死と向き合えるほど僕は強くないし、見苦しくてもなにかにすがると思う。