はてなキーワード: 参謀とは
外資系企業に勤めております。ちなみに日本法人の社長は日本人。
社長は日本法人内部から昇格したり、本社から落下傘してきたり、外部から採用したり、とまあ色々なのですが、
最近全社メールとか全社向けの資料なんかで進め一億火の玉だ、みたいな形容詞が多いんですよ。
「全社一丸」「総力を挙げて」「必死になって」とかそんな感じ。
あのね、こういうキーワードで社員が張り切るとでも思っているのかね。「よっしゃおれも必死になってやろう」とか「やっぱり全社一丸だよな、燃えてきた!」とかなるわけないっしょ。むしろ、こういう精神論が幅を利かせてきたことにある種の不快感、居心地の悪さ、文化の変質を感じざるを得ないでしょ。新卒採用がほとんどで、入社してからこういうキーワードで育った人たちばかりなら、まあ慣れているだろうから華麗にスルーしているだろうけど、弊社中途がほとんどで、むしろこういう精神論嫌いな人多いはずなのに。こういう精神論を振りかざさずに、会社の全力を挙げるように方向づけするのが社長の仕事ではないの?
とある日系大手メーカーに勤めていた知人が何年か前に「うちの会社は『グループの総合力をあげて』みたいな精神論を枕詞替わりに使うのが好きなんだけど、そもそも総合力って何だよって感じ。うんざりするわ」という話を聞いて、「ははあ、21世紀になってもこんな会社あるんだな」と思っていたところ、上記の通り自分の会社の社長も最近精神論気味。いや、社長、世間的にはずいぶんと評価されているようなんですけどね。知人には、「いやそれは正直ひどい会社だねーw おれだったらぜったり無理、無理www」と返したけど、まさか勤めている会社がこんな精神論を繰り返すようになってしまうとは。。。
社長がそもそも精神力信者なのか、それとも社長の参謀(=社長名の文書やメールを書いている人)が精神力信者なのか。謎は深まる一方。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110627/221150/
コミュニケーションとは、理路整然と自分の考え、立場を述べることだとトップが思っているとすれば、その部下は、あくびをしているか、今日の飲み会のこ とを考えています。
ですよねー。
「論理的なディベート」能力はあったほうがいいのですが、相手を言い負かす、自分の主張を 通す「技術」に優越感を感じるのは自己満足であり、組織力という点ではかえってマイナスです。太平洋戦争終戦後に米軍が政府に提出した「日本陸海軍の情報部について」という調査書には、「陸海軍間の円滑な連絡が欠けて、せっかく情報を入手して も、それを役立てることができなかった」という指摘があります。大本営陸軍部参謀の堀栄三氏は「だれが取った情報か」という意味で、つねに情報に「冠詞」 が付き、それが情報の共有化、効果的な活用を阻んだ
本社の役割は情報を「共有 化」することであって、本社に貯めることではありません。情報を盾に、各部門のミスをあげつらったり、糾弾したりすることではもちろんあり ません。
本社チネ
歴史街道 2011年5月号はノモンハン事件(ハルハ河戦争)でしたが、なんか読み終えたあとすごく気持ち悪い読後感が残ったのだが、どうしようもなく、うまく言語化できずに二週間ほど過ごしたが、最近「http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq08j02.html#01749」を読んで、ようやく、なんとなく言語化できるような気がしてきた。
敵の圧倒的な戦力の前に、日本兵達は決死の覚悟と高い練度で驚異的な善戦をしてみせ、空でも陸でもソ連軍におおきな被害を強いた。そのまま戦い続ければ勝てる戦いだと現場では理解されていた。しかし、しかし、日本は負けた。なぜなら、現場を遠く離れた軍の上層部や政府が愚かだったり、スパイに騙されていて、正しい判断ができなかったからだ。悪いのはすべて軍上層部や政府であり、奮戦した現場には何の落ち度もなく、むしろ被害者といってもよいほどだ。そのうえ、そんな莫迦な参謀たちや、政府によって、日本国国民たちは騙されて、おおきな被害を被った。
なんかさー。これって、いま世間をぐるぐる廻ってる話と同じじゃない?
悪いのは全部愚かでやることなすこと失敗ばかりの「奴ら」であって、現場で奮戦している人間には何の罪科もなく、我々国民は一方的に騙されて被害を被った被害者なのだ。
でも、そーじゃないよな?
軍の方針を決めていた「奴ら」や、政府の「連中」はきっと実際はそれなりの超エリートでそんなに愚かじゃなかっただろうし、彼らが決断したのは酒に酔ってたからとか、誰かに騙されたとかそういうことじゃなくて、国家の方針を真剣に考えて決断した結果だろうし、スタンスだって遊び半分でやってたわけじゃなくて、それぞれが持てる能力を持って状況に取り組んでいる国家指導者であったりするはずじゃないかい? 「現場で奮戦している人間たち」の多くは前々から、放置していてはいけない問題点に気付いていながら、なにも言わなかったものが大勢いたはずだし、我々国民だって完全にイノセントではなくて、国の振った旗を大歓迎で追い掛けたたり、得意げに人に語ったりしてたはずじゃないのかいね。
ノモンハン事件に関する記事に、どうしても嫌悪感を覚えたのは、それと同じ。
自分たちは悪くない。悪いのは全部上の連中。上の連中は何も考えてなくて失敗ばかりで、おかげで自分たちは貧乏くじを引いたのだ。
それってさ。新橋の飲み屋で酔っぱらって、ただ上司の悪口をいって、ふらついて駅員を怒鳴りつけてる酔っぱらいか、自分たちは一方的に嘘に騙されていた完全な被害者なんだぜー、とかYoutubeで得意げに謳っちゃうのと同じじゃない。
http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
主観的な意見だけど、TOEIC600-700位ってのは通じる英語の最低レベルだと思うのですよ。
意志決定レベルの人たちがそのレベルにすら到達していないという現状が存在していることを問題にすべきなんじゃないかなーと。
で、ここ数日来の、「日本人は英語ができるようにならんとグローバル化を生き残れない!」という論調はその当たりの事をついているんじゃないのかなー、と思うんです。
私の知人、とある国のプロジェクトに行っているんだけど、良く嘆いているのは、
「日本人の通訳がいないと何も出来ない奴らばっかり。それも所謂『偉い人』に。」
ということです。
何かをExpressionしたくても、
というプロセスを踏んでしまうので、
・人を余計に雇わなくちゃいけないので、全体的なコスト競争力の低下
に陥って、勝負にならない、とのこと。
本人→現地人通訳→相手
となって、随分スマートになるんだけど、こないだ日本に帰ってきたときも嘆いていました。
だから、元増田さんの、
しかし、英語の世界において、言葉を武器に戦うためには、「通じる英語」では全然足りないのである。その意味では、 TOEIC600と900の違いは誤差でしかない。結局勝負を分けるのは「どれだけ優秀なネイティブの参謀を捕まえられるか」なのだ。
というのは確かにそうだと思います。
でも、だからこそ、意志決定レベルの人には、最低限「通じる英語」ぐらいの能力は持っててもらわないと、なのだと思います。
「通じる英語」すら使えないのでは、優秀なネイティブの参謀を捕まえる事なんてとても出来ないのだと思うのですよ。
それが、楽天が「英語使えない役員は馘首する」という話につながっているんだと思うんです。
日本以外の外国って、何も英語がネイティブの所ばかりじゃないですよ?
これからのビジネスチャンスは、むしろ英語の国じゃないところにあるんじゃないでしょうか?
テレビやネットの情報を鵜呑みにして行っているだけで、本当の最前線を見ている訳じゃないですけど、楽天はインドネシアに行くようですし、ひととき前はアフリカの話が随分注目されていましたよね?
外国語をネイティブレベルに扱えるようになるのは、努力だけではない何かが必要なのはわかります。
それに、「通じる英語」レベルの日本人を参謀におくというのは、戦うのに無駄が多すぎます。
だからこそ、ネイティブの参謀が重要になってくるわけですよね?
その参謀を捕まえるにはどうしたらいいのでしょう?やっぱり「通じるレベルの英語」が必要なんじゃないでしょうか?
最も、アフリカなんかだと、現地人側にも「通じるレベルの英語」を出来る人が少なくて、違った苦労がおありだ、とも聞きました。
それにしたって、「通じるレベルの日本語」を話すネイティブよりも、「通じるレベルの英語」を話すネイティブを見つける方がよほど簡単です。
だから、グローバル化を生き残ろうとするのならば、どんな職域であれ、最低限「通じるレベルの英語」が必要なのではないのかな、と思うわけです。
俺は英語学習オタクだ。これまでの人生の中で大量の時間を英語学習に費やしてきた。中学校から始めて、日本にいてできる英語学習法は殆ど試したと思う。高校時代には学習参考書や問題集を二百冊以上終わらせた。ネイティブの個人家庭教師がついていて、さらにマンツーマンの英会話スクールにも通った。大学は迷わず英語学科を選んだ。大学在学中にTOEFLのスコアは640を超えた(厳密には覚えていないが、目標が640でそれを超えたのは間違いない)。
大学を卒業後、アメリカの大学院の博士課程に留学した。ここでも俺の英語は「通用した」。授業に問題なくついて行き、ディスカッションにも十分に参加できる。タームペーパーや授業でのプレゼンの評価はAかA+。学会での口頭発表もすんなりとこなすことができた。
しかし、留学中のいくつかの出来事が、俺の「自分の英語力」に関する認識を変える。
ひとつめ。在学中に指導教官(英語ネイティブ)と共著で論文を書くことになった。俺が最初のドラフトを書き、指導教官がそれをチェックするという形で、共著と言っても実質俺の論文みたいなものだ。しかし、ドラフトを書き上げ、指導教官に送って、それが戻って来たのを見て愕然とした。ほぼ全文、誇張じゃなくほぼ全文に渡って英語表現が訂正されているのだ。論文の主張や論の構成はそのまま、しかし英語の表現は徹底的に変えられているのである。そして、元々俺が書いたドラフトと、指導教官による修正版を並べて見れば、その差は歴然としていた。俺のドラフトの英語表現は拙く、いかにもネイティブじゃない人間が書いたのがはっきりと分かるようなものだった。
ふたつめ。TA(ティーチングアシスタント)としての仕事の一貫として、学部生相手の授業を何コマか受け持つようになった。授業自体は問題なく進んでいた。しかし、学期末の学生による授業評価がかなりきつかった。学生は皆「あいつの英語はおかしい」「アクセントが強くて聴いているのが疲れる」「表現が稚拙で繰り返しが多すぎる」といった不満を述べてきた。「頑張ってるのは分かるけど、英語があれでは尊敬できない」とも書かれた。
ある学問領域における学生の仕事としては、言っていることの内容が通じればそれでよい。評価はその内容の質に基づいて下される。しかし、実は世の中には、「同じ内容をどのように伝えるか」が遥かに重要になる文脈の方が多いのだ。そして、「通じる英語」と、「上手に伝える英語」の間には、ものすごく深くて広い河がある。そこそこ英語のできる日本人、TOEIC900+ぐらいでちょっとした留学経験のある人には、往々にしてこの認識が欠けている。
その後俺はPh.D.を取得し、日本に帰ってきて大学に就職し、今でも仕事の中で日常的に英語を用いている。しかし、自分の英語力は、ネイティブの言語能力には遠く遠く及ばないものだという認識がある。「通じる英語」は問題なく使いこなせる。自分の学問分野においては、俺は英語で実績を上げていて、俺の名前は国際的に認知されている。しかし自分には、英語を用いて「言葉の力」を利用するのは難しい。例えば人を説得したり、納得させたり、なだめすかしたり、楽しませたり。そしてそれは、俺の努力が足りないせいでも、ましてや日本の英語教育が悪いせいでもない。第二言語として英語を学ぶ日本人の限界なのだ。(というか、ネイティブですら、話下手や説明下手は山のようにいるのだから、第二言語学習者については何をかいわんやである)
「言葉の力」は人間が関わるあらゆる局面で重要な役割を果たす。例えばスティーブ・ジョブズの経営者としてのカリスマを支えているのは、まぎれもなく彼の言葉の力だ。しかし仮にジョブズと同レベルの才能を持つ日本人経営者がいたとして、英語を用いてその才能をジョブズ並に発揮するのはまず不可能だ。ジョブズが英語でやってるのと同レベルの仕事を日本語ではできないのと同じように。
「通じる英語」を身に付けたばかりの日本人は、しばしば全能感に浸って事の本質を見誤る。得意げに日本の英語教育にモノ申してみたり、「英語ができない日本人」を問題視する発言をしてみたりする。しかし、英語の世界において、言葉を武器に戦うためには、「通じる英語」では全然足りないのである。その意味では、TOEIC600と900の違いは誤差でしかない。結局勝負を分けるのは「どれだけ優秀なネイティブの参謀を捕まえられるか」なのだ。
...いや、何だろうね、どうも最近の「日本人は英語ができるようにならんとグローバル化を生き残れない!」って風潮にイラっとくるものがあったので書いてみた。俺に言わせれば、「日本人は英語ができないことを前提にして、それを補うシステムを設計しないと生き残れない」ということになるね。英語以外の言語についてはごく自然にそういうスタンスを取るのに、何故か英語についてだけは個人の努力に責任を負わせようとする傾向があるんだよね。俺はそれは間違いだし、無い物ねだりだし、中途半端に英語ができる人間の勘違いを助長して結果として不利益を生むだけだと思っている。
ゼークトの組織論を思い出した。
- 無能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
- 理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
- 有能な働き者。これは参謀に向いている。
- 理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。
- 無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
- 理由は自ら考え動こうとしないので参謀や上官の命令どおりに動くためである。
- 無能な働き者。これは処刑するしかない。
- 理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。
つか、この話ってほんとにゼークトが言った言葉なのかよく分かってないらしいね。
長谷は、同意を得るように滝の横顔を見た。滝も、「そうだ」と大きく頷いた。
参謀はその二人を見て呵呵大笑した。
「貴様たち、人の話は最後まで聞くものだ。我が盟友タイ国民を麻薬漬けにしようなんて考える馬鹿者が何処にいる。自分はかつて、満州や南京に赴任したとき、阿片吸引の悪弊を無くさせようとその方策を模索したことがある。しかしだ……。よいか、事を起こすに当たっては、まずはあらゆる可能性を探り、その中から最善の方法を選べばよい。さてと、貴様たちも、名前ぐらいは耳にしたことがあると思うが、山崎広助、そうバンコクで手広く貿易商を営んでいる山崎物産の社長だ。その彼が、自分に進言したことがある。彼の話によれば、ここタイの北部山岳地帯には、メオ族やアカ族など何十万人もの山岳民族が住んでおり、そのほとんどが芥子の栽培を生業としている。これを山崎物産の管理下に置き、生産の効率化と流通機構の整備統合を行えば相当の利潤を見込める。それをラオス独立運動の資金にされては、と言うのだが……。そこでだ、取り敢えず、長谷と滝には芥子から精製する成分の研究、分析を臨床学的かつ薬学的見地から早急に進めてもらいたいのだが」
「閣下、自分たちは軍人であると同時に、人の命を預かる医師でもあります。ラオスを植民地から解放し、理想の国家を建設することにはなんの異論もありませんが、その手段に麻薬を使うことだけは到底許せるものではありません」
「馬鹿者!」
辻参謀が激しく机を叩いた。
「滝、長谷、くどいぞ。芥子は本来モルヒネの原料だ。医者がその研究をして何が悪い。芥子の樹液を麻薬として使うかどうか、それは個人の良識の問題だ。酒に溺れる人がいるからといって禁酒法を強行できないのと同じことだ。高邁な理想を実現するためには、小を捨てて大を取るぐらいの気概が必要だ。麻薬を何処にどう捌くか、それは山崎物産がやることであって、貴様たちが関与する問題ではない」
A有能な怠け者
B有能な働き者
C無能な怠け者
D無能な働き者
↓
Aどんだけ働いたってどうせ給料かわんねーし出来るだけサボろう
↓
Aしゃーない働くか。あ~だりぃ
↓
Cいや~人生って楽チンだなぁ
↓
Cニート
D仕事やりがいあって楽しい!もっと頑張る!(ただし周囲が迷惑を被っている)
↓
ちなみに4分類の大元は知ってる人大半だろうけどこれ。
「ゼークトの組織論」
軍人は有能か無能か、そして働き者か怠け者か、これらによって4種に分類できる。
有能な怠け者は司令官に、有能な働き者は参謀にせよ。
無能な怠け者は…そうだな、連絡将校ぐらいならできるだろう。
無能な働き者? それは処刑するしかあるまい。
そして下記が満たされていないと年功序列は維持できないそうな。
①経済が右肩上がりであること
②労働力人口が増え続けること
ふぅ。
「藤原、これだけ多くの部下を殺し、多くの兵器を失った事は、司令官としての責任上、私は腹を切ってお詫びしなけば、上御一人や、将兵の霊に相済まんと思っとるが、貴官の腹蔵のない意見を聞きたい。」
「昔から死ぬ、死ぬといった人に死んだためしがありません。司令官から私は切腹するからと相談を持ちかけられたら、幕僚としての責任上、一応形式的にも止めないわけには参りません。司令官としての責任を、真実感じておられるなら、黙って腹を切って下さい。誰も邪魔したり止めたり致しません。心置きなく腹を切って下さい。」
なんて話もあるわけで、黙り込んでしまわないうちは適当に聞き流しておけばよろしいかと思います。
山口登(やまぐち のぼる)。明治35年(1902年)、兵庫県神戸市兵庫区で生まれた。父は、初代山口組・山口春吉組長だった。山口組事務所は、神戸市兵庫区西出町にあった。大正14年(1925年)、山口春吉の引退により、山口組二代目を継承した。この時、山口組はまだ、大島組・大島秀吉組長の系列組織だった。同年、神戸市須磨の料亭で、山口組二代目相続披露宴が行われた。跡目相続の儀式は、大島組幹部・浦安五助の仲人で行われた。披露宴には、大島秀吉、大島組幹部・川端勝次、大島組幹部・本多仁介、その他の大島組幹部、大島秀吉の舎弟、大島秀吉の若衆、兵庫県県議会議員、神戸市市議会議員などが出席した。山口春吉の手から離れ、新しく山口登の子分となった者は、34人だった。難波島之助は、山口登の舎弟となり、参謀格となった。その後、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発した。山口登は、大島組組員との喧嘩を諌めることはしなかった。昭和2年(1927年)1月、大島秀吉宅に年賀に行った。大島秀吉は、山口登に、山口組組員と大島組組員の喧嘩が多発していることを咎めた。山口登が詫びを入れると、川端勝次が山口登に本心で詫びを入れているのかを詰問した。山口登は激怒した。本多仁介が、川端勝次と山口登をなだめた。昭和3年(1928年)3月、金融恐慌が発生した。山口組は、神戸市兵庫区古湊通りの鮮魚・塩干物の朝市を縄張りとし、仲買人の魚を小売店に運搬する利権を独占していた。そのため、経済的な打撃が限定的だった。同年、山口登は大島組への上納金をやめた。昭和4年(1929年)1月、山口登は、大島組への上納金をやめたために、大島秀吉から破門された。昭和5年(1930年)3月、神戸市は、失業者対策として、兵庫区浜新町に神戸中央卸売市場の建設を計画した。新浜町は、大島組の縄張りだった。この利権を巡り、山口組は大島組と対立した。同年7月、神戸市新開地で、山口登の若衆・田尻春吉が川端勝次を射殺した。同年8月6日夜、山口登は、山口組組員に拳銃や日本刀を持たせて、5台の荷馬車に、神戸市兵庫区西出町の山口組事務所の家財道具全部を載せて、山口組事務所を出発し、同区切戸町に向かった。一部の山口組組員は、切戸町の新しい山口組事務所で待機していた。他の山口組組員は、大島組本家を監視していた。同年8月7日午前3時、山口登は山口組事務所を、兵庫区西出町から同区切戸町に移した。ここは大島組の縄張りで、神戸市中央卸売市場建設予定地の近所だった。同年8月7日、神戸中央卸売市場の杭打ちが始まった。山口組組員は武器を持参して、工事現場に寝泊りした。同年10月、、田岡一雄(通称はクマ。後の山口組三代目)が、新開地本通りの剣劇小屋「湊座」で、料金を支払わずに入場したため、木戸番から咎められた。田岡一雄は木戸番を殴り倒し、湊座の舞台に上がって暴れた。山口組が湊座の用心棒を務めていた。その後のいきさつには2説ある。
溝口敦・笠井和弘・ももなり高『実録・山口組武闘史 血と抗争! 菱の男たち1』竹書房、2002年、ISBN 4-8124-5658-4や正延哲士・天龍寺弦・池田鷹一『実録 鬼頭良之助と山口組二代目 激動ヤクザ伝』竹書房、2006年、ISBN 4-8124-6362-9では「田岡一雄は山口組舎弟・古川松太郎(山口登の娘婿)や山口組若衆・山田久一(通称はトラ。後の三代目山口組初代若頭)に捕まった。田岡一雄は神戸市切戸町の山口組事務所に連行され、暴行を受けたが、根をあげなかった。山口登は田岡を古川松太郎に行儀見習いとして預けた。田岡は古川の自宅に居候した」となっている。飯干晃一『山口組三代目 1野望篇』徳間書店<徳間文庫>、1982年、ISBN 4-19-597344-9では「数日後、田岡一雄は、山口組組員に捕まり、山口登の舎弟・灘波島之介の自宅に連行された。灘波島之介は、山口組組員が田岡を暴行しようとするのを止めて、田岡の身柄を預かった。田岡一雄は、灘波島之介の家に寄宿した。その後、灘波島之介は、田岡を古川松太郎に預けた。古川松太郎が田岡に行儀を仕込んだ」となっている。昭和6年(1931年)1月、須磨の料亭で、宴会を開き、馴染みの花隈の芸妓・ぽん太を呼んだ。その後、月に2、3度、ぽん太と逢引した。昭和7年(1932年)5月、山口登が後援会長を努める大関・玉錦(後に横綱)が、前頭の宝川と揉めた。田岡一雄は、日本刀を持ち、山田久一や玉錦、山口組舎弟・西田幸一らに連れられて、宝川の元に押しかけた。田岡は、日本刀で、宝川の指を切り落とした。同年7月7日、須磨の待合で、山口登はぽん太と会った。同日午後10時すぎ、大島組の刺客・守屋謙造に襲撃された。山口登の若衆・村上常吉が1ヶ月の重傷を負ったが、山口登は待合から逃げた。同年7月8日、守屋謙造は、山口登殺害に失敗したため、大島組を去った。その後、本多仁介は、「日本が軍国調になっていくときに、抗争事件を起こすのはまずい」と大島秀吉に進言した。大島秀吉は、本多仁介の進言を容れて、大島組から山口組への殴り込みを禁止した。それから、山口登は、山口組の新しい資金源として、浪曲興行に着目した。神戸市議会議員・福森庄太郎に相談すると、福森から浪曲師・松風軒栄楽と鬼頭良之助(本名は森田良吉。父・山口春吉の兄弟分)を紹介された。同年7月、山口登は四国で、松風軒栄楽の花興行を催した。興行は赤字だった。庄村吉之助(通称はホラ吉)が、松風軒栄楽のマネージャーだった。山口登は、庄村吉之助を引き抜き、山口組興行部を作って、庄村を山口組興行部支配人に据えた。また、庄村吉之助の側に、山口登の若衆・笠種次を付けた。同年12月、神戸中央卸売市場が開業した。山口組は中央卸売市場の利権を獲得し、市場に賭場を開いた。同年、もしくは昭和11年(1936年)1月20日[1]、山口登は田岡一雄を若衆とした。昭和8年(1933年)4月、山口組興行部は、神戸市湊川神社前の「八千代座」で、鼈甲斎虎丸、東家楽燕、初代天中軒雲月らによる浪曲大会を開いた。昭和9年(1934年)4月、山口組興行部は、八千代座で、ディック・ミネ、美ち奴、楠繁夫、東海林太郎らによる興行を行った。同年 8月、海員争議が起こり、会社側から山口登に、紛争解決の調停役を依頼された。山口組舎弟の西田幸一と田尻春吉が、山口登の代理人として会議に出席した。西田と田尻は、組合と話し合いを持ったが、組合側の右翼や総会屋とこじれて、乱闘となった。西田幸一は殺害され、田尻春吉は意識不明の重体に陥った。田岡一雄と、田岡の親友・岡精義は、西田幸一死亡の知らせを受け、海員組合争議本部に乗り込んだ。田岡が、日本刀で組合長を斬りつけ、重傷を負わせた。田岡一雄 は傷害罪で懲役1年の実刑判決を受け、神戸刑務所に服役した。同年9月3日夜、山口登は、庄村吉之助と笠種次を伴って、法善寺横町近くの料亭で、吉本興業社長・吉本せいと会い、吉本興業の東京進出に尽力することを約束した。同年10月13日から、吉本せいが東京・新橋演舞場で大阪漫才公演を開催すると、この東京興行の応援に駆け付けた。翌日、吉本せいから「自分が東京にいる間は、浪曲師・広沢虎造を吉本興業の専属にしたい」と云う相談を受け、快諾した。その日の公演が終わった後に、吉本せいと共に、東京浅草の浪花家金蔵宅を訪ねた。浪花家金蔵との話し合いの結果、広沢虎造を吉本興業の専属にすることと、広沢虎造のマネージャーを引き続き浪花家金蔵が行うことがを取り決められた。昭和10年(1935年)、山口登は、藤田仙太郎(元関脇・山錦善治郎。本名は山田善治郎)を若衆とした。同年10月、田岡一雄は神戸刑務所から出所した。昭和11年(1936年)1月20日、もしくは昭和7年(1932年)[3]、山口登は田岡一雄を若衆とした。同年2月、不二拳倶楽部主催者・岡本不二夫から、国技館で、チャンピオン・ピストン堀口と挑戦者・ジョー・イーグルの東洋フェザー級タイトルマッチ開催の依頼を受けた。岡本不二夫は、日本拳闘倶楽部の協力を得て、国技館に、東洋フェザー級タイトルマッチ開催を打診した。国技館は「西洋のスポーツであるボクシングの試合を開催させることはできない」として、岡本の要望をはねつけていた。山口登は、岡本の依頼を引き受けた。同日、嘉納健治(通称はピス健。嘉納治五郎の弟。大日拳創立者)に会い、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。その後、上京して、相撲協会と会談し、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催の了承を得た。翌日、右翼団体40、50人が、山口登の宿に押しかけ、国技館での東洋フェザー級タイトルマッチ開催に抗議した。山口登は、頭山満と会い、右翼団体を抑えてくれるように依頼した。頭山満は、山口登の依頼を快諾した。同年7月、田岡は、昼夜2回の浪曲師広沢虎造の花興行を行った。昼席は福原の「大正座」で行い、夜席は兵庫県県会議事堂で行った。昼の興行の利益は全て、山口登に上納された。同月、田岡一雄が口答えをしたために、怒った。田岡は山口の怒りが収まるまで、東京の玉錦の元に身を寄せた。その後、若衆の大長政吉(通称:悪漢政。二代目山口組若衆頭・大長一雄の弟)を破門にした。大長政吉が新開地で酔って大暴れし、堅気の人間3人を傷付けたためであった。昭和12年(1937年)1月27日、国技館で、ピストン堀口とジョー・イーグルの東洋フェザー級タイトルマッチが行われ、山口組は国技館の警護に当たった。ジョー・イーグルの判定勝ちが決まると、田岡一雄がリングに上がり、審判に詰め寄った。田岡は警官に取り押さえられ、拘留された。同年2月、玉錦のとりなしで、田岡を許した。田岡は神戸市に戻った。同年2月25日、大長政吉が、新開地の菊水館で、支配人(元、山口春吉の舎弟)を殴打し、売上金を勝手に持ち出した。菊水館の用心棒だった山口組の若衆・山田久一は、田岡一雄とともに、大長政吉を探し、福原遊郭の「大阪楼」にいることを突き止めた。2人は大阪楼を急襲した。田岡が大長政吉を鉄瓶で殴打し、大怪我を負わせた。これに激高した大長政吉の弟・大長八郎(二代目山口組若衆)が、その日のうちに、切戸町の山口組事務所に殴り込んできた。田岡が大長八郎を日本刀で斬り殺した。同日、田岡は警察に自首した。同年2月27日、田岡は懲役8年の実刑判決を受け、服役した。同年、神戸市の荷役業者の鶴井組・広田寿太郎組長、酒井組・酒井新太郎組長、藤原組・藤原光次郎組長が兄弟分の盃を交わし、「鶴酒藤」を結成した。昭和13年(1938年)、山口登の舎弟・新居利治は、徳島県小松島市で、小天竜組を結成した。まもなく、大長一雄は山口組を去った。昭和15年(1940年)、山口登は、広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎と兄弟分の盃を交わした。広田寿太郎、酒井新太郎、藤原光次郎が拠点を横浜港に移すと、山口登は鶴酒藤神戸支部長となった。同年7月、広沢虎造が吉本興業に無断で下関・籠寅組(組長は保良浅之助)の企画による映画出演の誓約書を書いた。これに、吉本せいは立腹し、山口登に調停を依頼した。山口登は、下関で保良浅之助と交渉し、映画出演を白紙に戻させた。同年7月28日、浅草の浪花家金蔵は籠寅組幹部・山村周平の訪問を受け、「籠寅組で映画を作りたいのだが、広沢虎造を出演させたい」という申し出を受けた。翌日、浪花家金蔵は神戸に行き、山口登に相談した。山口登は「8月2日に、浪花家金蔵宅で、籠寅組と話し合いをしたい」と云う旨の電報を保良浅之助に打った。同年8月2日、山口登は東京・浅草の浪花家金蔵宅で籠寅組と話し合いを持った。このとき、ボディーガードに客分の中島武雄を連れていた。和解金として用意した、十円札で1000円の札束を胴巻に入れていた。籠寅組からは5人が臨席した。山口登は「広沢虎造を籠寅組には貸さない」と云う旨を伝えたが、籠寅組の5人に襲われた。中島武雄が日本刀で刺殺された。山口登は庭に出たが、日本刀やあいくちで18ヶ所の傷を受けた。ただ、胴巻の札束が刃を止め、一命を取り留めた。浪花家金蔵が浅草の地回りの一団を連れてきたために、籠寅組の刺客たちは退散した。昭和17年(1942年)10月4日、山口登は、この傷がもとで、死亡した。享年、41。
中国人民解放軍で、軍の移動、出動を命令するのは総参謀部である。
現在、総参謀部長は陳徳丙(上将、66歳)。胡錦涛の辞令により、就任してから一年になるが、実際の権力をまだ発揮できない。前総参謀部長の梁光烈が、ことあるごとに出しゃばって、陳徳丙を妨害するからという。
四川省大地震における災害派遣にしても、軍の出動要請は温家宝首相から、胡錦涛主席(軍事委員会主席でもある)につたわり、胡が軍に出動を命令したが、総参謀本部高官らは、依然として江沢民派が多数を占め、そのトップだった前の部長(つまり梁光烈)の顔色を窺うため、指揮命令系統に時間差が生じた、という(博訊新聞網、2月27日)。
梁がことあるごとに妨害するのも、陳徳丙とは僅か一歳しから年齢が違わず、人事に不満を抱いているのが原因という。梁は67歳、引退にはまだ早いと言うわけだ。
陳は江蘇省南通の出身で、上海に近いが、こうした理由で上海派の仲間には入れず、かといって軍の内部の影響力がいまも薄い胡錦涛に100%の忠誠を誓うのは危険という判断も働いているらしい。
こんなコピペを拾った。
勤勉で頭の良い奴、
怠け者で頭の良い奴、
怠け者で頭の悪い奴、
勤勉で頭の悪い奴。
次に怠け者で頭の良い奴。前線指揮官にすべきだ。
必死で生き残るために的確な指揮をするだろう。
その次に怠け者で頭の悪い奴。命令されたことしか
出来ないが十分である、全ての障害を打ち倒すだろう。
最後に勤勉で頭の悪い奴。そういうのはとっとと軍隊から
追い出すか銃殺にすべきだ。なぜなら、間違った命令でも
延々と続け、気がついたときには取り返しがつかなくなって
しまうからである。
正直日本SUGEEEEEEをなんてちょっと脳みそがあればめちゃめちゃとわかるわけで…
それを理解しなくて、無批判で受け入れるってことは…頭の悪い奴ってこった。
あとは怠け者か勤勉かのどちらかだが…どちらなんだろ?
人間は必ずしも物事をその重要性に応じて処理しえないことを知っている。
しかし、また一番重要なことがらを最初に処理するように計画するほうが、行きあたりばったりのやり方よりも、はるかに良いことも知っている。
Amazon.co.jp: 耳で聞くD・カー0CD;ギー道は開ける オーディオCD版: 本
仕事をするときには、いつでも、
まず第一にもっとも必要なことをしなさい。
元気よく、そしてその仕事の主要点から着手しなさい。
それとほとんど同じようによい第二の手段は、
ヒルティ
[機会費用]KFS(Key Factors for Success)
「物事には、その結果に影響を与える主要因というのがかならずいくつか存在する。
Amazon.co.jp: 企業参謀―戦略的思考とはなにか: 大前 研一: 本
「戦略思考家とは、みずからの担当する職務(役職、業種、業務)において、
つねにKFSがなんであるかという認識を忘れない人のことであろう。
そして、彼は全面戦争ではなく、
生き残る種とは、
もっとも強いものではない。
もっとも知的なものでもない。それは、
変化にもっともよく適応したものである。
[biz]中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。
基本三原則: 1.面白いことを勉強する 2.全体から理解する 3 8割までやる
[トレードオフ][機会費用][選択と集中]人生はトレードオフ
仕事の効率を改善することができるすごい壁紙 - GIGAZINE
何をやらないかを選択するという厳しいトレードオフに耐える強い意思
エクセレンスへの道は今すぐエクセレントではない事を全てやめること
何物かを選ぶことは、他の一切を捨てることである。チェスタートン
[権内][権外][エピクテートス]意志の力でどうにもならない物事
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社会人なら押さえておきたいフレームワーク思考 - livedoor ディレクター Blog(ブログ)
[フランクリン・プランナー]重要領域に生きる
Amazon.co.jp: ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か: エリヤフ ゴールドラット, 三本木 亮: 本
最小の努力で最大の効果を得るには、全体最適が常に優先されるべきである。
正しい仕事は何かが正しく定義され、評価されなければ、誰も正しい仕事などするはずがない。
前:(1) http://anond.hatelabo.jp/20080929225639
おそらくZR後の黒の騎士団も、国に属さない中立な立場での戦闘集団という
立場をとっていると思われる。
しかし、各国の軍隊が組織単位で人材を供出している以上、各々の団員は最終的には
その上で、各国より供出された団員は所属国の軍隊として考慮することにする。
文官としてシュナイゼルやカノン、武官としてゼロスザクやジノ、コーネリア、ギルフォード、
クラウディオ、ノネットがいるため人材としては申し分ないだろう。
また、他国を圧倒するナイトメア技術「エナジーウィング」を開発できる
ナナリーをよく知るものであれば頼もしい国であるが、そうでない人にとっては
依然として脅威であろう。
政治の実権は扇が、軍事の実権は藤堂が握っており、頼みのかぐやも
この状況をコントロールできるとは言い難い。
ましてや普通の女子高生に戻ったカレンには何が起きてもどうしようもない。
しんくーはおそらく再起不能だろうから、まともな人材はいないといっていい。
ラクシャータがいくら優秀でもロイド、セシル、ニーナの3人の開発スピードには
かなわないと思われる。
事実R2の後半戦はラクシャータの作品の活躍はほとんど目立っていない。
(ゼロの絶対守護領域ぐらい。トリスタンディバイダーは絶対守護領域を破壊したものの、
エクスかリバーはギャラハッドのものだし絶対守護領域は自分で作ったものだから
破壊方法を知っていて当然。そしてトリスタンはアルビオンに破壊された。
サザーランドジークはベースがジークフリート(ブ国製)だしね。)
基本的には歴史の表舞台には干渉しないという前提で話を進める。
(続く)
アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本
ミリオタが非オタの彼女にミリタリ世界を軽く紹介するための10両
から。
まずは誤記のお詫び。以前のエントリ中で、T-34の生産台数が25000台以上と記載されておりましたが、これはT-34全体の数字ではありません。
実際は、全ての型式を合計すると、T-34は60000から65000両余りが生産された、とするのが一般的です。(・・・だよね?)(※)
(※)内訳を細かく見ていくと、T-34-76(T-34の初期生産型。まあ、旧ザクみたいなもんだと思いねえ)の生産台数が1944年までに35,467両、T-34-85が1946年までに25,899両。したがって、(1946年までに)少なくとも合計61,366両以上が旧ソ連国内で生産された、というのがより正しい数字になります(回収・再生車両の数がどう扱われているか、までは未確認なので、この数字もちょっと留保が必要なんですが)。また、T-34は戦後いくつかの東側諸国でもライセンス生産されたため、実際の数はさらに多くなります。出来ればそれらも合計した正しい数字を示したいところなのですが、そこまで出来る知識は自分には欠けているので・・・。戦車オタクでなければ、まあ上述した60000から65000両、という理解をしておけば無難なのではないかと思います。(余談ながら、上記の生産数の数値については、グランドパワー誌04年12月号「ソ連軍中戦車T-34(3)」を参考にしました。)
(以上ここまで、7/27追記)
それにしても、こんなにモテるなら、増田じゃなくて自分のダイアリ作って書けば良かったなあ。何も書いてないし。
抜けてる人が居たら、うっかり米軍機に誤爆されたようなものだと思って諦めてください。
id:kanose 絶対ありえなさそうなのが面白さをアップ/言われてみると英仏伊がない。チーフテンなんか戦車らしい戦車で好きだが
絶対ありえなさそうと言われましたが、この変な彼女は、まだ日本にいるのです…たぶん(願望)
一応チャーチル(英戦車)使おうかなあと思ったのですが、そこでメルカバを使ってしまったので。
英戦車の偏屈具合は好きなんですが、うまいことあてはめられませんでした。
id:levele 全然わかんねえw
id:oldriver 彼女からしてみればアニメも戦車も等しく遠い
id:dasaitama_osamu なるほどこうして見ると元ネタの「味わい深さ」がよく分かる。
id:raf00 軍オタに変換してみると、元増田のトバしっぷりがさらに明確になるな。最初から最後まで全くついていけません!
id:abc1cba 増田, 軍事 全部知らないw
id:iwadon わははww これを読んで逆に元ネタのあれ加減を再確認するという。
id:Lobotomy わかんねーよwwwww/細かすぎて伝わらないものまねにおけるくじらの「○○スターシリーズ」を彷彿とさせる
id:y_nagata neta これはいいテンプレwww
それを口にした瞬間失格だとお考えください(挨拶)
・・・まあ、実際にこれ全部分かる女がいたら確実に何かのトラップだと思います。分かっていても騙されに行きたくはなりますが。
多分、アニオタの場合、上げたネタを全部分かる人が現実に居そうな辺りが勘違いを生んでしまうんでしょうね。漫画・アニメネタはカジュアル化したせいで、自分も会話中でその手のネタを使い回す傾向がありますし。軍ヲタとしてアニヲタが羨ましい反面、勘違いしなくていいのは幸せなのか、と複雑な気持ちになります。ネタにしておいて卑怯な言い草ですが、そういう意味では元増田にひどく共感してしまう部分があります。
id:mindblinds >これを見た彼女は「レオパルトIIだよね」と
元増田の「ルパンIII世だよね」はまだ普通にありそうだもんね・・・ネタとしては古典の部類ですが、90式といえば「レオIIのパクリ」と言われた時代が懐かしいです。
id:geemoku360 >「終わらない戦争を毎日生き延びる」的な感覚がアメ公には共通してあるのかなということを感じていて、だからこそ映画『フルメタルジャケット』の最後はミッキーマウスマーチ以外ではあり得なかったとも思う
ビューティフルドリーマーの文章改変は「これは無理だろう」と思ったのですが思いついたら案外あっさりいけました。
イラクが米兵にとっての「終わらない日常」と思うと、何だか急にやりきれなくなります。「責任とってね」byイラク国民という感じでしょうか。
それは妖怪モトマスダの罠です(http://d.hatena.ne.jp/shibata616/20080723/1216801815参照)。
何クッションはさんでも無理なもんは無理だよ!
id:o_mega こういう無茶ぶり、好きだせ
id:cnkt なにを書いてあるのかまるでわからない。惚れそうw
結婚してくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
id:rs6000moe 一式中戦車ってwwwなあwwwwwww
ネタとしてはどうだったかしら、と思わなくもないです(※)。日本戦車嫌いの宮崎駿のアニメに日本戦車を割り当てる嫌がらせジョーク的な部分が大きかったんですが、そんなこと、普通分かるわけないですよね。常識的に考えて。
※一式中戦車チヘは九七式中戦車改チハと混同されて扱われることも多い(両車の主砲は同一)。なお、実戦には参加していないとの説が有力。04年資料で確認したので、情報がアップデートされてる可能性はあるけど。あとは比較対象がIII号戦車な辺りで色々察してもらいたい。パーシングとかマジ無理だから。
id:brainparasite 改変ネタがついにこんな極北まできてしまった…
極北って言わんでください…。
id:thomyou あまりに無茶すぎて思わずはてブしたじゃないの…w
id:kaionji 前提がありえないw
id:hogshead 「戦車知識はいわゆる「アニメメカ」的なものを除けば、陸上自衛隊用戦車程度は見ている」すでに立派なミリオタです、ありg(ry
弱音を吐いてはいけません。必勝の信念を持って女に食いつくことが大事だと辻参謀(帝国陸軍を代表するリア充マッチョ主義者)も申しておられます。
わが精鋭なるヲタの精神(汚染)力の向かうところ、なんの恐れるところあろう。
id:fuldagap この増田、実は戦車マニアじゃない軍事マニアなんじゃないかなーと、英仏伊戦車がないことを考えて思う。あるいはそこも含めてネタなのかなー
当方、WTM流行後に本格的に染まった戦車オタクです。もっと早くからその筋一本でやってきた人間と比較すると知識面での劣等は否めません。というか上のレベルが凄すぎて、とてもついていけない。GPを見てうっかり火器弾薬技術ハンドブックに手を出し、そのまま本棚の肥やしにするぐらいのミーハー・キモオタ具合と思っていただければ。
とはいえ、実際にある程度ミーハー臭さ、俄か具合をネタとして考えている部分もあります。英戦車好きはもう少し自分の立ち位置を客観視していそう(英戦車好きは皆、変態紳士だと思っています)なので避けました。仏はネタにしにくいのです。現用のルクレールは無難な評判しか聞きませんし、WWIIでは敗戦までが早く、扱いがマイナーです。ソミュアS35とか、鳥山明の漫画に出てきそうなフォルムで好きなんですけどね(実に愛くるしいデザインなので、知らない人には是非見てもらいたい…)。それでも中東戦争辺りでは仏戦車が頑張っていたような気もするのですが、そこまで来るともう誰も付いて来ないんじゃないかと思って。伊はアリエテ入れようかなと思ったんですが、手元に手頃な資料が無く、安直にヘタリアムードを広めるのも無責任で嫌だなと思って辞めました。あまりよく知らない人でも喜びそう、という意味ではイタリアネタは良いんですが、それをやると悪い意味でより媚びた雰囲気になりそうなので(まあ、チハ・T-72の時点で何をか言わんや、という感じですが)。
id:aliliput メwwwルwwwカwバwwwww / アニメもミリもヲタきもいです(> <)
「軍オタのキモヲタ力は530000です。ですが、もちろんフルパワーで彼女と戦う気はありませんからご心配なく。」(CV:中尾隆聖)
マジレスすると最近の軍ヲタはアニヲタ兼ねてるので、軍ヲタのがキモいと思います…死のう。
id:carrion-crow 「やっぱり戦車は歩兵直協のためのものだよね」ワロタ。 メルカバ格好いいよメルカバ
メルカバ開発当初のプランに歩兵直協のコンセプトが影響したかはやや疑わしいので、この辺戦車オタとしては微妙に悩みました。
イスラエル機甲部隊の戦い方は、ドイツ軍流の運動戦に倣ったものですから。
id:umeten やっちゃったZE!!w
これは懺悔なんですが、当初その項目は韓国のK-1戦車でした。ネタ的に嫌韓っぽく見えてしまい、それがレイシズム的視点から喜ばれたら嫌だなあ、と思ったので、うpした後すぐ削除して投稿しなおしています。もし目にされた方がおりましたら、増田の不見識を嘲笑ってください。無意識のうちに差別的な価値観に汚染されていたように感じ、反省しています。ダメ!絶対!民族差別!
MCS自体は革新的システム(戦車単体で評価するのは難しい)なのですが、革新的システムは大ゴケすることも多いので、今後の推移を生暖かく見守りたいところです。
id:sichimin 増田, 軍事 是非とも写真付きで見てみたい。
id:tricksterchaos 増田, military 写真付けて
普通にwikipediaで画像が見られます(一部コンセプト図だけど)。
とりあえず参考までにリンクを。たまには戦車もいいもんですよ。騙されたと思って騙されて下さい。
なんかMCSがうまくリンクせんなあ。
Mounted Combat Systemでググればトップにwikipediaの項目が来ます。
おまけ
萌えます。wikipediaの画像はラウンデルとクローバーが付いてますね。実車だと、スペードやハートマークが描かれた車両もあり、何だかファンシーです(なんか銀英伝思い出す)。さすがフランス車。まあ、S-35に限らず仏戦車はお洒落です。現用のルクレールも非常にエレガントなデザインで、グランダルメの本気がどういう方向性なのか、そこはかとなく伝わって参ります。仏車に限らず、各国のタンケッテとか眺めてると中々キュートですよ。そのまま通勤に使いたいような愛らしさに溢れています。兵器だけど。
赤軍好きの自分は、仏車のような洒脱さにあまり縁がないんですが、それでもZIS-30やハリコフ・トラクター自走砲辺りは妙にダサい間の抜け具合で、見ていて心が癒されます。ほのぼのするよ!(史実にある血みどろのあれやこれやはしばし忘れよう)
id:shiroica 次は軍用機でよろしく。
軍用機は手に余ります。こういうネタは文脈が分かってないと面白くないものだと思いますが、その文脈が読めるほど航空機には強くないので。WWIIだと独軍・赤軍機が若干分かるかなというぐらい。(ウェストランド・ワイバーンとか、素人目にもアレっぽい奴をネタにして遊びたい願望はありますが。ターボプロップ雷撃機ってセンスがもう完全にSF世界だし、どこの第三スチラドゥかと思った。さすが英国は空でも一味違う。ライトニングとかも。)
戦車を選んだのは、結局その辺のコンテキストがそれなりに理解できるから、という事情が背景にあるのです。タイトルが「ミリタリー」と広い割に戦車しか扱って無いのはそれが理由になります(主語が広い割に、偏った対象しかリストに挙げない、というオタの悪い癖をネタにした面も無論あるのですが)。
id:mokkei1978 普通に面白いよ。趣味語りを聞くのは楽しい。
あなた、迂闊に恋人の料理を褒めて死ぬタイプの人ですね?「ここからが本当の地獄だ・・・」と堀川りょうも言っています。早く正気に戻るんだ。
id:harutabe >「戦車オタとしてはこの二つは“車”としていいと思うんだけど、/負けた
客観的に考えると、あんな整備で死ぬような戦車ろくなもんじゃねえだろ、と思いますが、軍ヲタ的には手が掛かるほど可愛い子になったりしますから・・・。
実にアホっぽいんですけど、正直そういうフィルタを通して車ヲタを見るようになってから、彼らを馬鹿にしたりとか出来なくなりました。
わかるよお!お前らのその気持ち!という。
・・・無茶しやがって(遠い目)
id:furukatsu まず戦車ってのがミーハーすぎ。あと、とりあえずHEMETTは神
わあい、furukatsu先生にモテたよ!まず戦車というのは確かにミーハーだったかもしらんです。
「非陸自の彼女に陸自文書実務を軽く紹介するための10の原則」とかやったら多分もっとブクマは少なかった悪寒・・・。
一度やってみたいですけどね。でも、多分プロには敵いませんので・・・。
ウクライナ44とかドイツ装甲軍団とかアジアンフリートとかそういう俄か臭いのしか出せませんけど。
id:KampfGr_Zbv 軍事 チョイスがミーハー的なのもあわせてのネタか
どちらとも取れる書き方をしています・・・というのは冗談ですが、読む人が誰も付いて来ないと寂しいというのもあり、なるべく分かりやすそうなところから狙いました。まあ、どの戦車も普通に好きです。最近は軍ヲタの後ろの取り合い(ドッグファイトでもやりたいんでしょうか)といいますか、ベタの上を行こうとするマインドがちょっと辛くて、普通にミーハーな姿勢に戻りたいなあ、という願望も若干入っていると思います。余談ですが、ミリタリ関連のブクマで参考にする方々からブクマもらえると嬉しいですね。ささやかな喜びという奴ですが。
みんな仲良く喧嘩しな。そういう方向で。まさかこれがy_arim氏にモテるとは思わなかったので、素直に嬉しいです。
ネタの一部にプチ酷使っぽい雰囲気を使ったので、その辺不快感を煽らなかったかが気になるところではあります。
M1は定番ですからね。自分とほぼ同い年というところに色々な意味で感慨を感じます。
(今思い当たったんですが、コンバット・カーの方じゃないですよね?為念)
id:helpline 「彼女に戦車を布教するのではなく 相互のコミュニケーションの入口として」とか、言うに事欠いて感がいい。
半分はネタで、半分はマジで。もちろん3秒でマジは諦めましたが。お互いの全てを理解しなくちゃイケナイ、という義務感みたいな発想て、恋の墓場の入り口ですよ。
彼女がそれを最後まで聞いていてくれるのかが心配でなりません。まあ、M4は自分も大好きなので取り上げられなかったのはちと残念ですが。
赤軍のシャーマンと米軍のシャーマンで東西からドイツ挟み撃ちとか、何かのギャグとしか思えない生産量ですよねえ。
本題である「軍ヲタの話に付き合ってくれる女子」なんてやっぱネタにしかならんよね・・・。
分かってはいたけど、改めて実感するとちょっと自虐的に笑う他ない。
仮にブクマコメで肯定的評価を下す女性が居たとしても、それは軍ヲタトーク自体を評価しているのでなく、
そこのニュアンスを上手に受け取れないと、元増田的な反応を返されることになってしまうのだと思う。
リアルにおいて、自分が元増田と差のあるコミュニケーションが実現できていると思えないので、
そういう意味ではとても悲しい。彼は鏡に映し出されたもう一人の自分だから。
494 :名無しさん@九周年 :2008/07/12(土) 21:29:05 (p)ID:KuivLk0v0(3) つか、今鬼女板を除いてきたが、軍板の連中にゲリラ戦の戦い方 を指南してもらっていたぞ・・・。参考書籍も教えてもらってた。 しかも対ゲリラ戦争とか、ゲリラ戦争学とか、孫子とか本格的 なものばかり・・・。どんだけ鬼女って怖いんだよ・・・・。
542 :名無しさん@九周年 :2008/07/12(土) 21:33:23 (p)ID:KuivLk0v0(3) >>478 軍板の連中が参謀として出張してたからな・・・。その結果、今回の ゲリラ戦が展開されている。何人かの軍板の人間が鬼女を絶賛していたぞ。 相手のシーレーン上に機雷を敷設したりUボートで通商船破壊って、 どんだけ高度でダメージのでかい戦い方やってんだよ・・・。
【北京=佐藤賢】中国政府は18日、四川大地震で核汚染が懸念されていた核関連施設の状況について調査の結果、全施設の安全を確認したと発表した。人民解放軍の馬健総参謀部作戦部副部長は記者会見で「核施設はすべて安全だ。地震発生後、軍隊を派遣し厳重な保護をしており、なんら問題はない」と述べた。 (00:03)
NIKKEI NET 2008-05-18 00:03
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080518AT2M1801Y18052008.html
事実がいずれであろうとこの回答になるような気がしてならない。で、今日か明日あたりに、どこぞから訂正報が...あっても、逃げられんわけだ。