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はてなキーワード: ワーキングホリデーとは

2016-08-19

ワーキングホリデーって訳わからん

「遊びたいの。でも無職だと思われるの嫌だしぃ〜」

ってか?

知らねーよ、遊びたいなら堂々と遊べ

2016-07-22

留学の流れで旅行しましたって発言をする意味があるのか不明なんだけど

意味がわかんない

留学とかした事もなさそうだし、英語も出来なさそうっていうのの返信が

アメリカには何回か行った事はある

だとしたら長期留学じゃなくても短期留学とかワーキングホリデー一定期間いたんだー、

って思うじゃん普通

英語喋れないよね?に対して

いや、英語は少しは喋れるよ、って返信だったら

それなりに喋れるのかなって思うじゃん

でも俺喋れるなんて言ってねぇ、this is a penレベルとかだったら

は?ってなるじゃん

コミュアスペかな?

2015-12-25

まだ日本で消耗してるの?

いや、別に日本やりがい持って働いてる人はいいんだよ。タイトル釣り

俺が問題にしたいのは奨学金大学行ったのに就職できず(もしくは超絶ブラック就職して)、奨学金が返せなかったり先のキャリアが見えない人。

最近奨学金を返そうとか謳って水商売のあっせんするサイトもあったよね。

そんな人に俺がおすすめしたいのがオーストラリアでのワーキングホリデー

ワーキングホリデーは元手がいるとか、バイトあくまで補助程度と思ってる人がいますが、少なくともオーストラリアには当てはまりません。

仕事が見つかるまでの数週間分の生活費は確かに必要ですが、ちゃんと働けば十分貯金ができます

俺は二年間の滞在で、ざっと250万円ほど貯金ができました。そして奨学金がほぼ返済できました。最初半年ほど無駄にしたので最初から稼ぐつもりで行けば300万は超えられたはず。コツは都市にとどまら田舎に行くこと、工場仕事を見つけること。

ワーホリは先のキャリアには直接繋がってこないけど、月々の返済ができないような仕事しても将来はないでしょ。

海外移住をすすめるブログはいっぱいあるけど、一番の問題ビザ。それを一番簡単に解決できるのがワーホリ

とりあえず仕事に困ってる人はオーストラリアに来ればいいと思う。

2014-05-12

ワーホリに行きたい人たち

アラサーです

なんか最近周りで「ワーキングホリデーに行きたい」と言っている人がやたら多い。

若いうちにやれることを、とか、海外に一度は住みたいから、とか、

すごく好きな国だから日常を知ってみたい、とか。

旅行じゃだめなの?と聞くと、旅行では物足りないとのこと。

帰ってきた後どうするの?と聞くと、みんなだんまり

都会なら、語学系の仕事結構あるんだけどね…とごにょごにょ

私の周りでは明確なビジョンのもと行こうとしてる人は一人もいない。

まあ、若いうちに海外に行って日本とは違う空気を吸うことって、

とってもプラスことなのかな?

計画的にやろう・進めようと何事もがんじがらめで堅い考えなのは

わたしの悪い癖なのかもしれない。

でも、大学の時遊園地バイトして、

一緒に観覧車回してた40ぐらいのおっさん(独身)は、

脱サラしてアメリカ大学行って経済博士号取ったって言ってた。

でも仕事見つからなくて一緒に観覧車回してた。

わたしが塾講師バイトしてるって言ったら、

英語ならできるから紹介してくれと必死に頼まれた。

(結局人手が足りてたのでバイト紹介できなかったんだけど)

あの人いま何してるんだろう…元気でいればいいけど

博士号取ったオッサンですらあんな状況なのに

ワーホリ行った人ってその後どう生かしてるんだろ?

夢を語るのは大いに結構だけど、

将来どうしようって夢見るのって

大学生ぐらいで終わりにしといたら…とすら思ってしまう。

最近いい年した大人でも自分生き方について

フワフワした考えの人多くてドン引きする

わたしがまじめすぎるのかな

2013-12-02

日本人が得られる言語習得10の機会(思いつく限りで)】

4時(スウェーデンなう)なので寝ようと思って目をつぶったけど以下のことで頭がいっぱいになって寝れなくなってしまったので、記念に書いておく。

日本人が得られる言語習得の機会(思いつく限りで)】

1.小学校

 ・英語の歌とかゲーム楽しいじゃんと思えればステップアップする可能性有

2.中学校

 ・英語の可能性を見出してるとか、高校入試必要とか、とにかく前向きな人はステップアップ

 ・特に前向きな人は英語科を志望する可能性大

3.高校

 ・高校レベルで激しく異なるけどとりあえず進級・大学入試のために外せないので勉強

 ・英語に慣れてくると第三外国語に手を出せる可能性有

 ・外国語学習楽しいと思える人は大学英語科やその他外国語を専攻する可能性大

4.大学

 ・レベルで異なるけどわりと色んな言語を学ぶ機会有

 ・先生によっては講義をとってもなにも習得できないまま終わる(例:私のフランス語ドイツ語)→両方のクラスで、主語人称代名詞動詞の変化をひたすら暗記…でも覚えてないし文章作れないし今となっては無駄

 ・留学は手っ取り早い手段(例:私の英語スウェーデン語)→1ヵ月しか文法の勉強してないけどある程度ならスウェーデン語で文章作れる・読めるのは多分、覚えることとか気にせずハイスピード学習する中で自然と慣れていった。特に主語とか動詞の暗記活動はしてない。

5.英会話教室

 ・お高くつくけど、とりあえず喋る機会と目的意識の高い学習者がいるのでモチベーション高まる

6.ワーキングホリデー

 ・日本人少ないマイナー場所ならいいんじゃね?と予想…。

7.サークル

 ・安い参加費、モチベーション高い仲間とコスパはいいけどあまり見かけない。カフェで集まるやつとかもっと色んな言語で増えたらいいのに。

8.インターネットサービス

 ・フィリピン系は安いが訛りがあると聞く。でも世界で話す英語ほとんどは訛りだらけなので別にいいんじゃね?英語話すのマジで無理アタシ初心者って人におすすめだと思う。

 ・ランゲージエクスチェンジなどの交流系。メールスカイプもある世の中ですから…ある程度英語できる人ならこれもいい。私は続いたためしがないけど。

9.インターナショナルパーティー

 ・海外からナンパ野郎が集まる。まともな外国人出会ったためしがない。男の人はウマが合うとすごい仲良くやってるように見えるけど、女の人はナンパ目的でこられるから友達になりにくいイメージ

10.ナンパ

 ・六本木秋葉原にいる人に声をかけるとか。やったことないけどやってみたいとは思ってるけどできてないチキン英語が最低限できれば、他の言語も広がる予感。

2013-06-08

英語は使えるほうだがプロではありません

俺のスペックだが、

大学国内の、まあ、有名大

大学院英語圏留学2年強

○院卒業後、国内体育会系流通企業で営業職

やってます

普段の仕事では英語は全く使わないのだが、年に1回程度、英語を使う仕事が降ってくる。海外子会社社長が来るから明日の4時に同時通訳してね、とか、このパンフレット今日中に英訳しといてね、とか。出現頻度が低い割には、突然プロ仕事が期待される。

自分の(外面の)経歴的に、社内で英語完璧超人な立ち回りが求められるのはわかるのだが、正直無理。

向こうの学校では、ひいひい言いながら課題やってましたもん。英語レポート出すたびに、自分より年下の学生アルバイト相談員英語直してもらってましたもん。大体が、若干年喰ってから留学してるから、向こうの生活にどっぷりつかりこんでたわけじゃない。友達もそんなにできなかったし、研究室図書館と自宅の往復、みたいな留学生活。そんな感じでどーにかこうにか卒業した後は英語は使わないんだから、もともとプアな能力さらに錆びついてる。

海外留学生活経験者の中でもいろんなパターンがある。

ワーキングホリデー海外放浪

学部時代に1~2年程度、交換留学プログラムなどを使って留学

大学までは日本で、大学院海外

小学校以前から海外海外生まれ含む):いわゆる帰国子女パターン

などなど。

自分場合は、③で、研究留学といったりもする。①のワーキングホリデーや、②の交換留学パターンとくらべれば、ちゃんと英語はできるつもりだが、いかんせん20年以上も日本で育ってきた人間海外に数年いたのみなので大したことはない。本格的なバイリンガル英語生活の糧できるような④のような人たちと比べられてしまうと全然だめなのです。

英語を副次的な能力として使うことはできる。あるいは、英語を専門とするプロを雇う、という働き方ならできる。でも、僕自身は英語プロじゃない。

2010-07-21

非コミュジョブホッパー人間海外で働けるのか

30間近。

転職回数も3回以上。

最近ようやくわかったこと。

非コミュなので仕事をうまく回せない。」

あと失敗すると立ち直れない。

そのまま会社辞めたくなるとかそういうやつ。

このまま会社を辞めるとおそらく次はもうない。

年齢的にも職歴としても厳しいだろう。

手に職ではないからなおさらだ。

そんな中、幸せ青い鳥的なものを探していると、

ワーキングホリデーという選択肢を見つけた。

うまく行けば語学が身につき、さらに海外就職も可能とか。

海外就職日本履歴書と異なるので、アピールできれば良いとか。

日本非コミュだった人間海外で働き口にありつけるのか、

というのが目下の課題

まあ実践してみてもいいんだけど、ダメだったら本当に人生おわる気もする。

もう日本で働き続ける自信もないので、海外で働きたい。

海外ニートさんリスペクト

2010-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20100709224413

今の状況が嫌なら、取り敢えず目標は新しい生活位でいいのでは?

ワーキングホリデーで暫く世界周遊とか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%AA%E3%83%87%E3%83%BC

もう一般的な大学進学等のレールを外れたしまったんなら、選択肢としては頑張って他の人と同じに戻るか、新しい道を探すしか無い。

新しい道を探すなら、まず世の中がどんなところか見て回るべきだ。日本国内は今不景気高齢化でどこ見ても明るいものはないから、オーストラリアベトナムなんかの景気がいいところがオススメ。特にベトナム中国はこれから経済成長が続くから、あの辺りの言葉が出来ると仕事には便利だと思うよ。毒にも薬にもならない大学出るくらいなら、あの辺で暫く働いて、語学力を磨いたほうが、余程面白い人間になれる。

日本大学に行きたいなら、ひたすら勉強

働きたいなら、多少住み込みでの下積みが必要な技能職がおすすめ。若い内に自己研鑽をしなくて良い環境に置かれると、やること無いから気分が鬱々する。

目標については、あまり悩んでも仕方ないと思う。目標というのは、深く考えれば、結局は自分本能的な欲求を満たすための手段にしか過ぎない。例えば:

1)性的な欲求(誰かに可愛がって欲しい、可愛がりたい、必ずしも性関係を含むわけではない)

2)群れの中での地位向上(尊敬して欲しいとか、必要として欲しいとか、お金を稼いで人をこき使いたいとか)

3)自分を理解し正当に評価して欲しい(自分の喜びや苦しみを共有して欲しい、上辺だけの言葉は嫌だ)

4)何か作りたい(創造的欲求)

5)+ALPHA

この辺りはラカンとか読むと面白いと思う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%B3

大体の人は、(2)が十代二十代の行動の主な動機(両親や友人にスゴイと認められたい)。因みに日本人が両親や友人に理解してもらっていないと感じる場合(3)が多い様に感じられる(自分の知性や感受性が周囲の人間の理解の範疇をを超越してしまうと、誰にも理解してもらっていないと感じ、辛く思う)。

残念ながら今の世の中、確実に(欲求が満たされる)幸せになれる職業は無いから、目標は持つのは難しい。適当自分が出来たら凄いとか、良いと感じる事を取り敢えずの目標にして、少しづつ自分幸せにする方法を見つけていくしかない。

2010-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20100606015422

オーストラリア組、カナダ組 頑張ってくれ

先月、後輩からの相談を受けた

会社を辞めたいと

会社辞めてどうするんだ 俺は聞いた

ワーキングホリデーオーストラリア

いわゆるワーホリデビュー

一度は俺もあこがれた

しかし俺は家族がいたので、踏み出せなかった

後輩は言う

先輩、俺はこの会社に今のまま残っても先が見えてしまっています

給料は上がらないし今の上司のようになりたいとも思えません

もう一度自分を試しに武者修行してみたいんです

ただ、先輩には大変お世話になっていたので、一言事前に相談をさせていただきました

人生の岐路にかかわる相談をされたことに嬉しくもあり、ただ、さびしくもあった

彼が担当している仕事会社ではかなり重要ポイント仕事

いなくなった後の後任を探すのはかなり大変か

迷った

頑張ってねと送り出すべきか、それとも引きとどませるべきか

おそらく、彼の決意は固い

上司には話ししたのかと聞いたらまだとのこと

オーストラリアでやりたい仕事はまだ見つかっていないらしい

高校時代の友人がオーストラリアへ先に行っているからまずは彼のところへ行くとのこと

いきなり飛び込むわけじゃないのでとりあえず安心した

人生一度くらいは海外に飛び出して生活していくのもいい

居心地がよければそのまま居つくのもよいかもしれん

オーストラリア

新婚旅行で行ったところ

コアラを抱いて車を借りて海を見て

とにかく広い国

メシもうまかった 何でも豪快に大きかった

治安も悪くなかった

ツダイという発音だけが妙に残っている

そんな国で働けるなんてうらやましい

その日はあまり深酒をせず、あとは政治の話やipadの話などして終わった

彼からの相談はとりあえず聞いておくだけにとどめていた

翌週から俺は彼がいなくなった後の処理についてまとめていた

上司から彼がやめた後でもきちんとフォローできる状態を作っておくため

マンパワーは完全に足りなくなるため人を増やす必要があること

隣のグループのBさんが後任として適任であること

隣のグループにはCさんとDさんでフォローできる状態であること

細かく数値化して整理しておいた 一応TK大院卒数字は得意

翌週、上司から呼ばれた

Aくんの退職願いについて相談を受けた どうしよう

上司はいい人だが決断力がない

俺の腹は決まっていた 

彼の船出を快く送り出しましょう

送別会幹事はBさんにお願いしましょう

彼が辞めた後のフォロー体制についてまとめた資料を渡した

上司最初はびっくりしていた

君がいるなら大丈夫だなと言って資料を見る

送別会の場所と呼ぶ人、取引先への挨拶など話をして

少し落ち着いたころ

 

ついに、口火を切った

実は私も辞めたいと思いまして・・・・

辞表差し出した

 

とうとう俺も海外デビューだ 未練はない

2010-03-22

いまどきワードサラダスプログ

Yahoo!ブログ検索地域情報検索してたりするのだが、このワードサラダバカが鬱陶しくて仕方がない。こういう手合いに宣伝を依頼してるのはどういう神経なんだろうか?

こいつらは一見ノーマルなブログの体裁ながらコピペしたようなワードサラダエントリーを織り交ぜている。

少し検索しただけで以下のものが見つかった。

しばらく保守してやる。死ね

http://henteko.blog13.fc2.com/

http://kimagure2007.blog108.fc2.com/

http://hun0501.blog58.fc2.com/

http://konnrokoganemochi.blog100.fc2.com/

http://okodukaidehappy.blog88.fc2.com/

http://decencia.blog63.fc2.com/

http://nayu06.blog39.fc2.com/

http://cucucci.blog33.fc2.com/

http://mk2mkkh.blog91.fc2.com/

http://yfhatiyomunobo.blog68.fc2.com/

http://neco39.blog99.fc2.com/

http://sionn15.blog106.fc2.com/

http://necocotry.blog43.fc2.com/

http://sugarplanet.blog56.fc2.com/


http://loli15.269g.net/

http://forevergirls2009.seesaa.net/

http://piyokorin.seesaa.net/

http://ninjapressblog.seesaa.net/

http://tororin-yunika7.seesaa.net/

http://doragonzissen.seesaa.net/


http://ameblo.jp/o-mo-i-de/

http://ameblo.jp/lm185416/

http://ameblo.jp/q08/

http://ameblo.jp/happy-familylife/

http://ameblo.jp/otameshika/

http://turezure.blogmin.jp/1456711.html


http://nodiggity.cocolog-nifty.com/blog/

http://do-akiey.at.webry.info/

http://komikan.blogmin.jp/

http://matujyun36.blogmin.jp/

http://blog.livedoor.jp/maedatmj/

http://blog.livedoor.jp/c_o.b_c/



どんな業者なのか、はたまたマルチなのかは知らんがこんなことに荷担するヤツらはみんな超嫌われてしまえ。くそったれ

ちなみにこのワードサラダを使って宣伝しているWebは以下の通り。リンクすることである程度アクセスされてしまうのが不本意だが、晒す意味リンクしておく。

^全身脱毛ができる脱毛エステサロン【ルイーズ銀座東京銀座駅徒歩3分

2008-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20080904150727

職場をバックれた自分の経験が少しは役に立てるかな。

ちょうど10年前の話。

自分の場合高卒だけれども、能力自体にはそれなりに自信があった。

高二の時にやった知能指数検査で、あとで一人だけこっそり結果を教えてもらえた。

学年一の結果だったそうだ。

先生としては褒める目的ではなくて、むしろ「なんで能力があるのにやらないんだ」という発破的な考えで教えてくれたのだが、なにしろ若いので、単にその上っ面の数字だけを見て舞い上がる。

(ていうか学年一でIQ124って低レベルすぎだろw)

そして「大学入試なんて単なる短期記憶能力テストと根性試しでしかないじゃないか」と変な方向に悟り、上京してデザイン専門学校へ。

が、無駄に高いプライドのためにロクに友達も出来ず、アパートに半ば引きこもり状態に。

水道・ガス・電気すべてが止まり、半年風呂に入らないこともあった。(当時、地元から遊びに来た元同級生は「浮浪者寸前」という感想を持ったそうだ)

深夜に半額になるパンを買いに近所のスーパーに徘徊する日々。

結局家賃を溜めてしまい、消費者金融から5万を借りてから退去。

神奈川県にある工場期間工に応募する。

工場雇用試験の時もなんか知能指数検査っぽいことをやらされて、その時も試験官に驚かれた。

が、もうその時点で自分の能力などにはこれっぽっちも自信を持っていなかったので、かなりどうでもよかった。

コピー機の検査仕事で寮に入り、期間工とはいえそれなりにいい給料をもらってた。

寮も個室でクーラーつきだし、工場の食事も格安で、待遇に不満は何もなかった。

友達がそれほど多くはないが、もともとそれほど人と付き合うのが好きではないので別にかまわなかった。

その数少ない友達の中に、自分の運命を変えるきっかけとなったT君がいた。

旅行好きなT君は、今までもオーストラリアワーキングホリデーに半年行ったりするなど、チビで華奢なメガネ男子の外見には似合わず妙にアクティブな行動を取る性格。

でも基本的には気が弱く、人との共同行動を好まない。

類は友を呼び、彼とはいまだに友人である。

工場で働きだして約半年後。そのT君が、どこかに旅行に行こうと言い出した。

普段飲まない酒を珍しく飲んでいた自分。気が大きくなり、

「いいねー。どこにする?」

インドに行きたい」

「えーインドかよ。俺アメリカがいいなあ」

トランプで決めよう」

トランプにそれぞれの行きたい所を半分づつ書いて、混ぜて1枚引く。

Tは全部インドと書いた。

そして当然のようにインド行きが確定。

さてここで彼の変な行動力が出る。

自分自身の工場への退職願いもとっとと出して、ビザの申請などもテキパキと済ませる。

それだけではなく、話半分のつもりでいた俺の分の航空券まで手配した上に、旅行代金は任せろとまでいう。

自分自身の金ならともかく、30万近い金を無駄に散らせてしまうのもあまりに悪い。

しかし自分は彼と違い、職場上司にもまったくそのことを言っていない。

そのまま当日まであっという間に時が過ぎた。

どこまでも強引なTの手伝いにより仮住居(Tの友人マンション)に荷物を運んだあと、私は携帯をぶっちぎり、そのまま海外に飛んだ。

別世界のようなバンコク熱帯夜

安宿のバルコニーで圏外表示の携帯電話を見て、「なにやってんだろーいいのかなー」と途方に暮れまくる俺。

そしてとっとと一人でインドに旅立つ友人(ビザ関係で自分は数日遅れの出発)。

英語もわからぬまま一人取り残される俺。

インドには約1ヶ月いた。

帰りのチケットの期日だけはしっかり覚えて、わけがわからぬままにそれなりに自由に動いてた。

駅で絵を描いて人を集めてみたり、北の山奥にあるダージリンに行ってみたり。

結局、Tに再開したのは帰国当日の空港だった。

RPG主人公みたいな格好をしているTを見て笑う。

帰国後、今までのツケは当然ながら来た。

基本的に生活能力がない自分。居候先もでぐうたら寝てばかり。

しまいにはぶち切れた居候先の人に、借用書つきで追い出される。

彼に対してTは文句を言っていたが、自分としては追い出されて当然だったと思っている。

(ちなみにその彼はその後、今から数年前にAdsense小切手換金サービスを途中でバックれて警察沙汰になったようだ。そのサービスを彼が運営しているとも知らずに自分が使っていたということを知った時には声を上げるほど驚いた)

いよいよ行くところが無くなった自分、実家に帰ることにした。

金がないので深夜のフェリー北海道へ。

(当時は釧路行きのフェリーもまだ現役だったのだよなあ)

鈍行列車バスを乗り継いで、地元の小さな町へ。

バス停に降り立った時点で残金は数百円。

バスから降りた時の地元の空の広さは、きっと一生忘れない。

家に戻ると、親父が洗車していた。

50代だというのに白髪だらけだが、元気そうではある。

なんと声を掛けたかは覚えていない。

が、怒鳴り散らされるわけでもなく、両親も姉もなんというかいつも通りという感じ。(いつもといっても数年ぶりの再開なんだけど)

空いている部屋で、泥のように眠った。

その後、免許を取らされたり。

地元商工会に顔を出さされたり。

長年苦しんでいたアトピー性皮膚炎に特効薬が出来て、外見的コンプレックスがやっと消えたり。

T君に送ってもらったPC-9821CeになんとかWindows95を入れようとしてもがいているうちにいつの間にかパソコンを覚えたり。

商工会課長さんが自分を信頼してくれて、商工会ホームページパソコン教室の講師を任せてもらったり。

そして、地元パソコンサポートをやることで、自分の存在価値をやっと見つけて。

それが、今は田舎の平凡な文房具屋のせがれの、昔あった出来事です。

でもきっと、まだまだいろいろあるんだろうと思う。

これだけいろいろなことがあっても、自分は一度も死にたいと思ったことがない。

きっと死ななければまたいいことがあると思う。

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