横だけど、このあたりオーディオ界隈だと結構面白い話転がってるよね。
デジタル信号なのに、音質が変化するって大真面目に言う人が居て笑う。
デジタル信号は、一定以上の電圧が一定時間継続する事を1、それ以外を0と判定する方式で、これが1bit。
(電圧0を1と判定する場合もある、回路次第)
大概の場合、1単位のデータは32bitとか8bitとかなっていて、パリティチェックとかもするから、アナログ的な変化はしないんだよね。
それが発生するということは、データそのものが書き換えられているってことでさ。
帯域が足りてる限り画質は変わらないから
640*480 16色もデュアルリンクにしたら画質がきれいになるって事?んなわけないし。
画質は変わらないという話がすり替わってるよ。
とりあえず結論は画質は変わらない。気のせいだ。
異性と別れた後って・・・・・・・
振った場合も、振られた場合も、綺麗さっぱり、忘れないとダメだね。
振られた後に、何か話せば、未練がある感じになるし、
関わりを一切持たないのが一番!
この間、50歳の上司に聞いたら、40代なんて若いくらい、50代でも
全然、OKだと・・・
て、ことは、老人ホームで、80代のじいさん連中が、70歳くらいの
若い新人バーさんをとりあったりしてるるのかな~?
それとまぁ、キリスト教的な神や悪魔は直接干渉しない存在として定義するのが普通。
悪魔は契約の名の下に悪行を行わせようとするが、その契約すら言葉だけって感じの存在で、
その筋で行くと、強制契約で直接干渉ってのは、物語的に美しくない。
人はすべての事象を自身の手によって成するが、神を信じ契約するものは善行と信じてそれを行い、
どちらを選んだとしても結果は同じで、神も悪魔も何も成さない。
みんな、どこに行っちゃったの。
とりあえず、年収4桁に突っ込もうよ。
増田身の上話書く奴でセンスがない奴はみんなソレだ。
もうタイトル見るだけで読む気が減退するわ。
ラノベとかゆる漫画のタイトルが「○○○○!」って四文字なのと同じぐらい飽き飽き。
そのテンプレは類似品溢れすぎてもはや頭の悪さしか漂わないだろ!
最後に誰か「おま○こ!」とかやって全てを終わりにしろよ!
みたいなね…
ザッカーバーグはハーバードだけど、また「東大だろうとFランだろうと中退した時点で高卒だ!」とかいう下らないやり取り繰り返すの?
今思い返すとどうして自殺しなかったのか不思議なくらいだった。
今までいた田舎から東京に放り出されて一人暮らしを始めたことは、僕が過剰な開放感と万能感を持ってしまうのに十分だった。
自力でお金を稼ぐ快感に酔いしれた。大人だと錯覚した。家賃は仕送りしてもらっているのにも関わらず。
そしてパソコンを買った。免許もとった。バイクも買った。モノには困らなかった。
そうして自分の能力を錯覚した自分が次に手を出したのは、同人活動だった。
それなりに秋葉原に通ってはいたが、幼い頃から絵を描いてきて絵描きに憧れていたというわけでもなかった。
それは単純だった。クリエーターがかっこよかった。
というのも、周りの友人がヲタク的素養が半端無く、原画家やシナリオライターは神扱いされていた。崇拝されていた。
ヲタク世界で崇拝されることは世界の全ての頂点に思えていた。西又葵は日本で指折りの金持ちだと思い込んでいた。
知り合いの中にたまたま、コミケですんなり壁サークルに上り詰めた人がいた。
当時は無意識であったがどうも自分は顔を広げることは得意であったようだ。
その人にアドバイスを受けながら僕は元気よく描いた。
一応、高校の頃勉強がつまらないと落描きをしていたことはあった。とはいえその程度だったので最初の評価は酷いものであった。
それをバネにして、描き続けた。
ちなみにこのあたりで学校に行っていないのが親にばれ、退学してフリーターになった。
週6で夜勤に入り、日中は単発バイトがあるときはそれをこなし、ないと描いた。
そうして2年ぐらいしたところで、ふとある新商品を見て電撃が走ったのだ。
「これは流行る」
ずっと流行ジャンルに乗り遅れていたが、何故かその時は確信があった。
日中のバイトをしばらく減らして、描いた。
売れた。
そして僕は、部数にして4桁出せる同人作家になった。
相変わらず週5で夜勤のバイトは入れていたので収入はなかなかのものだった。
新しいバイクを買った。車が視野に入った。程度のいい中古のBMWすら乗り回せるんじゃないかと皮算用した。
いくつか商業の話は来ていた。
しかし、ラノベイラストやピンナップなどの単発仕事は何故か胡散臭いものだと当時の自分は考えて断っていた。
そうしているうちについに来た。
エロゲー原画。しかも自分を主軸に据えてくれるという。ふたつ返事でOKした。
そして、転落が始まったのだ。
待てど待てど上がってこないシナリオ。
自分を拘束するための「仕事のための仕事」、長ったらしい会議が繰り返された。
そうして消耗しきった頃、ついにシナリオが上がってきた。
イベント画の指定も一気にきた。
どう見ても絵にならなさそうなシチュエーション、どう見ても惹きつけなさそうなエロ分の少なさだった。。
同人経験をばかにするプロも多いが、その同人経験ですら、これは売れないと確信した。
そもそもシナリオに凝った結果、原画にしわ寄せが来るという状況が大間違いなのだ。
悲劇的なことに、プロデューサーはシナリオライターに心酔していた。
僕は描かなければならなかった。
明らかに売れないであろう失敗作とわかっていながら、描き続けなければならないことがどんなに苦痛か。
そうして、大失敗作はついに世に送り出された。
結果は散々だった。
自分たちのチームも加担したのかは不明だが、運悪く会社がちょうど傾いていた時だった。
社内はギスギスしていた。次の製作の予算がでるかわからなかった。
プロデューサーはだんだん「俺の言うことに口を出すな、気にくわないなら辞めろ」というスタンスになっていった。
相変わらず、シナリオライターには甘かった。
初めて人間に対する不信感が湧いた。
それがトリガーになって、今まで知らなかった他の世界に対する興味が湧いてきた。逃避の意味もあったんだろう。
お金を稼いでいる人や社会的に何か成し遂げている人のブログや本を、嫉妬心と不快感に苛まれながら読み漁った。
世界は果てしなく広かった。西又葵はそこまで金持ちではなかった。そして自分は仕事の本質を知りつつあった。
いつの間にか、生活リズムという概念は消え去っていた。なんども倒れた。精神科で薬を処方された。
毎晩薬を飲んで眠りに就く時間だけが幸せだった。数時間で目が醒めてしまうのだが。
突発性難聴を繰り返し、耳はもはやあまり聞こえなくなっていた。
しかし懲りずに自分の所感と成功者の言葉からヒントを得た、今後のブランディングをプロデューサーに説き続けた。
駄目だった。どころか、よりワンマンになっていった。
そして自分はひとつの疑念を確かめるべく、こっそり外注で他のエロゲーの製作を手伝いはじめた。だいたい予想通りだった。
時が経ち、作品が送り出されていった。もちろん、どれも売れなかった。
そして、僕はそっと、一つの夢の後片付けを始めた。
それからまた時が経った。
僕は年収4桁を数えられるようになった。
相変わらず忙しいことに代わりはないが、前向きに目標が立てられるいい業界、いい仕事だ。
仕事は突き詰めればつまりサービスであり、人に届いて初めて価値を生む。
そして、自分のした仕事の成果というのは、その仕事の品質とそれを受け取った人の掛け算だ。
エロゲー業界はあまりに受け取る人が少なすぎる割に、前者の品質だけは異常に求められる。
あまりにアンバランスな掛け算なのだ。
世界が見えていなかった過去の自分ということを引き算しても、まだまだ、後者の「受け取る人の規模」をしっかり理解して仕事を選べている人は少ないと思う。
資本主義社会が続く限り、この掛け算さえ忘れなければ、どんな状況からでも這い上がれると思う。
そして、絵描きさんへ。
本当に自分の描きたいものを描きたいのならば、プロにはならないことだ。同人の方がよっぽどピュアだ。
世の中にはこんなにも身近に死が溢れているのに。死ぬつもりのないやつでも死ぬくらいなのに。
死ぬことにすら労力を使いたくないのかなあ?
過労死を狙え。金があればまた考えが違ってくるよ。豪遊して死ぬもよし