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2011-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20110216120512

また切断操作きたー



風俗嬢サイトの方が医者クラスタより低俗で客層が悪い、と思ってるんだろうけど、

テキストサイト時代の風俗嬢サイトエロアングラくくりじゃなくて「ネット面白日記・読み物」として人気だったんだよ。

侍魂たいなもの(あそこまで有名なサイトは無かったけど)

医者クラスタなんて別に高尚でも何でもないだろwただのネットイナゴの集まり。2chねらーレベル変わらん。

2010-10-30

電子書籍についてグダグダと書き綴る

テレビ電子書籍について報道していたので、またいろいろグダグダと書いちゃうぞ~。

という軽いノリで。酒飲みながら。

つか本当に『電子』としての『書籍』という意味では、

今まで散々それに該当する商品は世に出ていたと思う。

弟切草』から始まるサウンドノベルだって、

分岐はあるけど文字であり小説でありエレクトロである点を考えると

立派な電子書籍だ。エロゲだって、フリーソフト

アドベンチャーソフトだって、その類だろう。

小説PDFにしてダウンロード販売していたサイトだってある。ボイルドエッグとか。滝本竜彦は元気かな。

でも、そういう一連の流れは無視されて、

キンドルipadと連動する書籍のみが、『電子書籍』として認知され、

黒船』として恐れられている。

その違いは一体何なのか。

いろいろ考えたけど、最終的にはやっぱり『形』かな、と。

考えてみれば、『本』は非常に優れた形状と質量を持っている。

どこへでも持ち運びできるし、いろんな体勢で文字を読むことが出来る。

寝転がりながら。椅子に座りながら。飯を食いながらでも読める。右手に箸。左手に本。

ハードカバーでは多少きついけど。

これまでの『電子』な『書籍』は、その点を考慮していなかった。

ゲーム機パソコンなどといった端末で再生され、可搬性や可読性については議論さえされていなかった。

それがキンドルの登場で変わったのだ。端末自体が変わったのだ。

そしてipad。そして、さまざまなメーカipadを真似し始めている。

これは凄いことになりますよ。出版社さんは覚悟したほうがいいですよ。

ネット上の動画展開はまだまだ先のこと」と思っていたらYouTubeの登場で慌てふためいた

テレビ局さんのようになりますよ。いやマジで

こういうパラダイムシフトは、マジで予期しなかった時期にいっきに来ますよ。

音楽業界は、もはや目も当てられない。もっとも~、これはこれで面白いけ・ど・ね!(ファッキュー!)

まぁでも、パラダイムシフト自体が悪いことではないですからね。

むしろ、新しい文学の可能性も否定できないわけですよ。

文学の可能性というか、文字の可能性ですね。

『文字の可能性』と聞いて思い出すのは、やっぱり2001年に起きたテキストサイトブームですかね。

あれは面白かったわけですよ!あれだって一種の電子書籍なわけですよ!(酔いが回ってきた)

文字ポイントを拡大して、オチが放たれる。文字の色を変える!

いやー、面白かったな。『侍魂』とか、当時は特に面白かった。

空白でページをスクロールさせて中身を稼ぐという手法は、有名人ブログで定着しましたけどね、

ありゃあひどいもんですよ。辻ちゃんテレビ番組で『スペースをあけてページに

内容があるように見せかける』というのをやっていましたけどね、ありゃあひどい。

やっぱりある程度の文章の量は必要なわけですよ!

やっぱり精度の高い文章を読むと興奮するわけですよ!

でもま、電子書籍なら電子書籍ならではの、『演出』というのも欲しいわけですよ!

たとえば、音楽が流れるとか。挿絵が美麗なアニメーションで表示されるとか。

何か、村上龍が作った電子書籍は、著名な方の音楽が流れるらしいですよ?

でも、音楽アニメーションも、出来れば文学的な演出がいいですな。

心に染みるようなやつをね、僕は望んでいるわけなんですよ。

私小説』は、『エンターテインメント小説』とは違って、やっぱり心の中で反響するような文字列であって欲しいわけなんですよ。

だったら、その電子的な演出にも、私小説性、心の中で反響するような演出が宿っていて欲しいわけなんですよ。

エンターテインメント映画と違って。

文学性というのはバズワードだと思うけど、でも、それでも、僕は『文学性』を求む!

エンターテインメント』という言葉自体に『マジョリティを拒絶する』という意味が宿っているような気がしてつらい。

そろそろ終わろうか。グダグダと書き綴っちゃって、ごめんね。ごめんね。

酔っ払っていてごめんね。

2010-01-17

孫悟空の強さの秘密雀鬼が語る強さの秘密

曰く、最近新書ブームで、新書の出来が酷いという話だ。

しかしながら、逆に言えば、色々な人に新書を書くチャンスが出来たという面では良いことだと思う。

ちょっと前に「雀鬼」という異名を取る人の書いた新書を読んだのだが、色々面白かった。

個人的には、政治家大企業経営者ベンチャー経営者ワープア就活をしている人も婚活をしている人も「働いたら負け」のニートの人も読むべきだと思った。

タイトルは、「負けない技術桜井章一著、講談社+α新書)」。

私がうだうだ書くよりも、本文から引用した方が説得力があると思うので、以下、ほとんど引用である。



 勝負に対する心構え、気持ちとして「勝つ」という姿勢と「負けない」という姿勢ではどちらのほうが強いのか。「勝つ」も「負けない」も、結果的には同じ事を意味しているが、その本質は全く別のものだ。

「勝ちたい」という気持ちは、欲望と同じで限度がない。限度がないからそれを達成するために汚いこと、ずるいことなども平気でするようになってしまう。際限なく相手を叩きのめすようなやり方も、「勝ちたい」という気持ちに支配された人間のやり方だ。

 もう一方の「負けない」という気持ちには、「もうこれでいい」という満足感、納得感がある。

「負けたら終わり」という競争意識は、人間だけでなく、動物も持っている。彼らは、必要以上の争いはあまりしない。本能的な競争意識というのは、必要に迫られた時にだけ出てくるものなのだ。

 ところが今の人間は、必ずしも必要でない力や能力といったものをふんだんに身につけ、しなくてもいい争いをしているようにしか見えない。「勝ちたい」という限度のない欲に囚われている人ほど、その傾向は強いといえる。

 日本の優勝で幕を閉じた二〇〇九年の第二回ワールド・ベースボール・クラシックWBC)。メイン開催国であるアメリカ本国での盛り上がりはイマイチだったようだが、代表チームが決勝に駒を進めた日本韓国では大いに盛り上がった。

 韓国選手は、今回も「日本にだけは負けたくない」という強い気持ちを前面に出していた。日本選手はもちろん、「韓国に負けてたまるか」という気持ちはあったのだろうが、その気持ちの強さの面では韓国に遠く及ばなかった。

日本に負けたくない」の中にある”負けられない””負けない”といったひたむきな姿勢、心意気は、両国間の歴史なんぞは抜きにして大いに私の好むところだ。

 大会時、日本代表につけられた愛称は「侍ジャパン」。しかし私は、日本選手より韓国選手に「侍魂」を感じてしまった。中でも、韓国監督にはそれを強く感じた。

 野球レベルから見れば、韓国日本より明らかに下だと思う。しかし、一人ひとりの向こう意気、負けまいという気持ちはものすごく強い。その強い気持ちはプレッシャーをはねのけ、一人ひとりの可能性を広げていく。

「負けるわけにはいかない」という気持ちを強めれば強めるほど、不思議プレッシャーは感じなくなる。

 逆に、「勝ち」を求めてしまう人は、どこまでもプレッシャーにつきまとわれることになる。「勝ち」ばかりを追いかけると視野は狭まり、自分の技量以上のことをしようとっするようになってしまう。それがやがて、大きなプレッシャーを生み、そのプレッシャーに足を引っ張られて負けてしまったりするのだ。

「負けない」は「勝ちたい」より純粋なぶん、余計な考えも入らず、プレッシャーを感じることもなくなる。だから「負けない」というアプローチで勝負事に挑む人にはプレッシャーは存在しない。

 私は、「自分に負けない」ということは、自分に対してごまかしのきかない姿勢で歩み続けることだと考えている。そして自分ごまかさないためには、敵を外ではなく内、つまり己の中に置いておかねばならない。

(中略)

「納得」と「満足」――同じような言葉だが、人生において満足ではなく、納得していくことが大切なのだ。

 毎日を納得して生きていると、そこに「感謝」の気持ちがおのずと起こってくる。人生の質はこの「感謝心」がどれくらい多いかで決まる。大切なものをたくさん持っている人は自然と「感謝心」が多くなってくる。

 敵を己の中に置いておくと、その人の人生は納得できるものへと変わっていくはずだ。結局のところ、「自分と戦う」ということは、自分に納得するためなのである。満足でなく、納得するために人は己と戦うべきなのだ。

 そして、「負けない」と「勝ち」という捉え方でいえば、納得を求める人は、満足で得られる「勝ち」を求めない。「負けない」人というのは、あくまで納得することにこだわりを持ち続ける人なのである。

 私は、仕事でも人生でも、「負ける」という行為の九九パーセントは「自滅」だといっていいと思っている。

 実際にスポーツ経済ギャンブル、あらゆる世界で繰り広げられている勝負において、「負け」の要因をつぶさに見ていくと、圧倒的に多いのは自滅で負けを引き寄せているパターンである。

 裏麻雀世界代打ちをしていた時代、私が特段何かをしているわけでもないのに、相手が勝手に墓穴を掘って、みるみる沈んでいくのを目にしてきた。ほとんどの対局がそんな感じだった。

 だから私は、いつもこう感じていた。「おれが強いんじゃない。みんなが勝手に自滅しているんだよ」と。

「たいがいの人が勝手に自滅していく」ということは、勝負の世界のみならず、仕事人生、そして社会全体にもいえることだ。それは、しかるべきことをしかるべきタイミングでやらないで、不必要なことばかりしてしまうからにほかならない。

 簡単に言ってしまえば、「勝ち」を求める人は、その動機や行動に自滅の要素を孕んでいる。しかし、「負けない」ことの意味を理解し、「負けない」ための思考と行動を取ることができれば、少なくとも自滅は避けられる。



なんだか、個人的には、悟空ベジータを思い出したんだが、どうだろうか?

アップルグーグルマイクロソフトに勝つ必要はない。でも、負けないために何かやれることはないか?ということを考えるべきなのかも知れない。

2008-11-23

パソコン子育て

見てみたら日記をつけてから今日で2000日目だった。ちょっと振り返ってみることにする。

ちなみにパソコンは全然詳しくない。

親がパソコン好きだったので、小さい頃からネット環境があっただけ。

Netscapeが好きで使ってたけど、Internet Explorerが出たときの衝撃は今でも覚えてる。

とにかく軽くて、スタイリッシュな感じ。今はもう太っちゃって当時の面影はないな。

確かOSはwin98だったかな。

そのあとMeのマシンを買ってもらって、それで随分遊んでた気がする。

Meも大事な友人の一人と言っていいくらいの時間を一緒に過ごした。

よく顔を真っ青にしたり、起きたと思ったら顔面真っ白で驚いた顔したりしてたっけな。

出来の悪い子だったと思うけど、いまでもMeって言葉を聞くと顔が自然とにやけてしまう。

Meは自分の成長を犠牲にしたかわりに、人を育てる能力に長けていたんじゃないかと思う。

侍魂見て爆笑したり、MXチャットで色んな奴と話したり、メッセで知り合った人とボード行ったりもした。

ダイヤルQ2に引っかかって10万も請求きたりして親にこっぴどく叱られたこともあったな。

この頃知り合った人は今でもたまに連絡取ったりして関係が続いてる。

なんかあったかい時代だったなと思う。

実家回線ADSLから光になって、ちょうどその頃実家を出た。

1年浪人して、大学入って研究漬けの毎日。

よくほっかほか亭で塩カルビ丼喰いながら夜通しくだらない話してたっけな。

塩カルビ丼が終売になったときはみんなで抗議しにいったっけ。

終売になってからも冗談で「おばちゃん塩カルビ」って言ったら本当に出てきたりして。

あのおばちゃんまだ働いてるのかな、元気でいてほしいなぁ。

あとはゼミさぼってみんなで雀荘行ったことが先生にばれて、バケツ持たされて立たされて。

「叱り方が昭和だよな」とか言いながら笑ってた。

院に行くのに必要なTOEIC受け忘れて、1年研究生として研究室勤務になったこともある。

バイトしながら学費稼いで、4年の研究の面倒見つつ麻雀して研究して。

学会もこの頃からお世話になるようになったんだな。

国際学会のときの原稿全部Excite翻訳にしてこっぴどく怒られて、

後輩に全部手直ししてもらって発表したのはいい思い出だ。

この頃になると昔ほどネットにいることは減ったけど、休みには必ずネットはしてたな。

ブラウザFirefoxにして。

拡張機能とかで色々とカスタマイズ出来て本当に便利な時代になったもんだと思う。

LDRize、Minibuffer、AutoPagerizeとか一回使うと離れられなくなるな。

あとTomblooっていうのが最近のお気に入り。

RejawTumblrDeliciousに飛ばしてるけど情報収集するのに最適だな。

ネットも変わるもんだ。

Rejawは昔から知ってる奴が結構いいよっていってたから使ってるんだけど、

検索機能も充実してていいね。

なんか顔なじみの奴が結構Rejawにいて驚いたけど、あんまりメジャなものではないのかな。

そいつは、はてなとかガキしかいないじゃんとか言ってたけど、ガキで何が悪いんだって話。

ガキ最高、ガキ上等。

まー、ちんたらとここまで振り返ってみたけど、とにかく懐かしいな。

就職して、結婚して、今は普通リーマン2年生。

休み普通に取れるし、給料普通

来週には俺もパパだ。

幸せ家族計画への第一歩ってやつだ。

今はとにかく嫁も子供も無事に産まれてくれればそれでいい。

パソコン使えるまでは俺と嫁と爺さん婆さんでしっかり育ててやる。

パソコンが使えるようになったらMeにバトンタッチだけどな。

2008-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20080308140027

そりゃテキスト日記の内容が面白いからでしょ?

侍魂とか、昔のテキストサイトはみんなそうじゃん。

2007-11-08

http://anond.hatelabo.jp/20071108145826

ようは他人が読んで「まぢ泣ける」文章を意識して書いてるってことだよね?

それも方向性を変えれば一時流行った「侍魂」のフォントいじりみたいなのと

同じようなもんだと思うんだけどねぇ。

2007-10-16

http://anond.hatelabo.jp/20071016210508

ちょっと昔の、侍魂とかが活躍してたテキストサイト全盛期はあれはあれで楽しかったけど、

今のyoutubeとかニコニコとかの流れも楽しいもんな

そんな感じ?

2007-09-15

テキストサイト

って今どうなったんだ?そういえば…

3,4年の流行だったのか?

それとも今はブログなっちゃってる?

テキストサイトは今のニュースサイトがほとんどのっとっちゃった感じ?

侍魂とかあったやん。どうなったん。いや、侍魂の現況は別に見てくれば分かるけどさ。その付近っつーか。一時期書籍の方にも手をのばして結構にぎわってたじゃない。テキストサイトネット界をひっぱってく?くらいの勢いがあったじゃない。今ってどうなの?なんか……廃れ気味?はてなダイアリーはでも、ほとんどあの当時のテキストサイトみたいなもんかな。


何にせよネット上の流行って爆発だね。

はっとするともう終わってたり、もう浸透してたり。

激動が普通。慌しいですな。

2007-09-13

テキストサイトが好きだ。だけど、いざサイトを挙げてみろと言われても大して浮かんでこない。というかひとつも浮かんで来ない。別に好きなテキストサイト何て無いけど頭の中ではテキストサイトが好きな設定になっている。これなんだろう。各サイト上の背景にサブリミナルが仕組まれている、という事がまず第一に推測される。で、第二はというとそれは浮かばないから話を戻すと、ただわたしは、テキストサイトっぽい、と言われるからテキストサイトが好き(な設定)になっていたのだろう。テキストサイトと聞くと、執拗フォント弄りだとか異常な改行だとかが一瞬で脳裏に映し出される。だいたい、あれなんだったんだよ。あんな物が本当におもしろいとでも思っているのかあのクズは。だいたい、はっきり言ってあんなクズテキストよりも私の書いたこれとかこれの方がよっぽどおもしろい。もちろん、「(半分本気)」のようなゴミとしか思えないエクスキューズなんて付けない。本気で言っている。しかし、今ここでそんな架空の有り触れた物を引き合いに出して「私の方がおもしろい」と喚いても意味が無いので実例を出して比べてる。6年も前の記事だが、当時圧倒的な人気を誇った「侍魂」というテキストサイトが合った。そこの一番の人気テクスト(だったと記憶している)である、これを見て欲しい。どうだろうか、先にあげた私の記事と比べてどちらがおもしろいだろうか。もちろん、これは6年も前の物だから、古いからつまらないのは当たり前、のような意見もあるかもしれない。しかし、私は当時からどうもこのテキストが嫌いで嫌いで堪らなかった。一応先に書いておくが、「大衆とは違う自分の感性にうっとり」だとかの馬鹿な思いからではない。だから、今この私の文を読んで「中二病」としか罵れない人はとことんクズレベルであり、それこそ知性が少なく何も享受できないゴミだ。そんな罵倒を聞いてもお前らのブログをチェックできるから痛くも痒くもないんだよー、せめて「ベタ」「ネタ」「メタ」以外の言葉で取り繕える記事を書いてくださいねー。そんな簡単に逃げ口を用意して他人の記事は「つまらない」と一喝したつもりですか? 口だけ達者でも意味がないですよー? まぁ貴方達程度の知性の持ち主ならしょうがないですよねー。痛いところ突かれたら「ベタ」で逃げ切るつもりでしょうが、そんな「ネタ」もう通用しませんよ。「(笑)」が最大限の皮肉であるキミの頭の中身を見てみたいですー。さぞかし小さくて腐敗した醜い物なんでしょうねー。でも自意識とクズみたいなプライドは肥大しちゃっていて、どうしようもないですね。自己評価が高い人は好きですけど、中身が追い付いていない凡俗は数秒で見切られちゃいますよー? 記号的反応もいい加減にしてさっさと中二病卒業しましょうよ。それで好きなテキストサイトを少し挙げるとすると、「ちゆ12歳」くらいかなあ。あそこの何が好きか、っていうとやっぱり「バーチャルネットアイドル」っていう新しい形を作ったことだよね。文体のおもしろさや、ネタの選び方もマイナーすぎないところを付いていて自意識が可愛そうな人に受けそうな調度いい所を確信犯的に狙ううまさ。取り巻きのうざさもピカイチだったけど、やっぱりあれ自体はすごかった。今でも通じる。今思えば「侍魂」は流行りの現象でしか無かったんだな。「ちゆ」も現象だったけど、あれは中身が伴っていた。「侍魂」の読者なんて、それこそエンタの神様で笑う奴を笑う奴と同じレベルだ。自分が一番嫌悪しているはずの「見ていないけど、とりあえず周りが馬鹿にしているから馬鹿にする」っていうさあ。おかしいよね、これまた自分が一番嫌悪しているはずのネトウヨ行動が同じなんだもの。嫌韓流を読んで、友人に、いかに韓国が悪い国か、ということを撒き散らしているクズと同等ですよー。本当に撒き散らしているのは自らの醜悪と知性の無さだということにさっさと気づきましょうねー。そういえばテキストサイトといえば、今、ロフトで変なイベントやっているよね。ちょっと読んでみたけど、全員の顔面を殴打した後写真に収めて各所にばらまいてやりたくなるよ。いつまでネット有名人気取ってるんですかー? 貴方達が今そこに居るのは、「おもしろい」からではなく「たまたまブームに乗れた」からですよ。さっさと自覚しましょうね。さもなくば即刻死ね。

2007-05-13

anond:20070513031218

侍魂

http://web.archive.org/web/20030801074037/www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/index.htm

でも実はこの頃ネットやってたけど、侍魂全然知らなかったんだよな。自分の好きなミュージシャンファンサイト見て、リアル友だちが出入りする掲示板覗いて終わり。もったいなかった。

フォントいじりとはまた懐かしいな

侍魂の時辺りとか結構流行ったよね。

あの時期は色んなテキストサイトが大なり小なりフォントいじりをするようになったけど、ブログとかが流行りだしてhtml覚えなくてもある程度の事が出来るようになったせいか大分減ってきたなあ。

そう考えると、フォントいじりはhtmlを触り始めた人に現れやすい症状なのかな。

スクロールバーも久々に活躍の場が持てて良いことじゃないか、増田限定だけど。

しかしブラウザ側でスタイルシートオフすると何とも寂しい状況。

2007-05-04

隔世の感

http://anond.hatelabo.jp/20070504194249

さるさる日記サービスインは1999年

2001年設立のはてなより古い。はてなアンテナの元になった、アンテナプログラムと呼ばれるCGIの全盛期からあるな。

時代背景的には、ブログというよりweb日記wikipedia)と言った方が適切。欧米ブログ文化とは根がそもそも違う。

ちなみに2chの開始が同じく1999年で、侍魂2001年英語圏weblogという単語が登場したのが1997年

2007-04-28

anond:20070428231130

童貞アイデンティティだったのか。

面白い。

ならば、せめて特技欄か趣味欄くらいにしとけよ。

好きな女性にしか自分のチ○ポを触らせたくないという今時珍しい侍魂を持った古風で硬派な日本の漢の中の漢なのかもしれない。

俺の神聖なるチ○ポを触れるのは選ばれし者のみじゃよ。

どこの馬の骨とも知らん奴には指一本触れさせねぇぜ。

それまでは自分の手で我慢汁。

2007-02-14

日本人は休むということを知らない

日本では、活動休止→解散と至ったバンドグループが結構多い。海外のミュージシャンに視点を移せば、ナイン・インチ・ネイルズのようにアルバム発売ペースが5年に一枚くらいのバンドグループも結構あるのに、である。まあ、洋楽邦楽では音楽界における事情がいろいろ違うことは事実なのだが、「止まったら死んでいるようなものだ」、という印象が日本では強いことに対する、ひとつの証拠になりそうなケースである。

別のケースを紹介しよう。西洋の人々は、長期休暇のたびによく旅行する。これは裕福な人々の間における余暇の過ごし方なのだが、日本人は裕福であっても旅行をする暇すらないような状況にある人が多い。またコチラの記事によるとアメリカでは55歳までに生涯暮らせるだけのお金を稼いでしまい、それ以後は働かずすごす人も多いようである。しかし、日本では60歳以上でも働きたいと思っている人が多いし、そもそも、「お金持ちなら遊んで暮らしてもいい」という考え方を許さない国民性が、日本人には少なからず存在しているように見える。

これらをまとめてみると、日本人は他の国の人々と比べて休むということを知らないのではないか、と思えてくる。本当のところ、このような国民性高度経済成長期を支え、また、折れることのない不屈の侍魂武士道精神)を作り上げ、日本が世界において高い評価を勝ち取ったことはまぎれもない事実であろう。しかし、このような国民性は、現在悪い方向にも働いている。過労死である。

実のところ、上で述べた国民性は、「初心忘るるべからず」の精神に基づいているように思える。つまり、社会仕事に慣れてきて、会社内でも昇進が約束されるようになり要領のいい生き方を会得してからも、不器用だった頃の自分のようにたゆまぬ忍耐力と壊れることのない向上心をもって仕事に励め、ということである。そして、このような国民性高度経済成長期において、年功序列制度と互いに助け合う形で日本の発展に貢献したのである。だから私からすれば、「勤勉な日本人」というレッテルは今の時代マイナス意味合いも強いように思えるし、むしろお偉いさんが若い人などに強要している概念であるようにすら思えてならない。

最近、原則年中無休の店が当たり前のようになっている。それに伴い、社会人もだんだん年中無休体制に移行させられているように思える。これは「失われた10年」の生み出した悲劇なのかもしれないが、もうちょっとのんびりした生活を送れる環境労働者に整わないと、過労死がもっと増え、不幸な世の中へと変わっていくのではないか、と心配でならない。日本人は、もっと休むということを知るべきなのではないだろうか?もっとゆとりを持って働くためにも、もっと人生を楽しむためにも。

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