やられたらやりかえす
白い杖でたたかれたことがある。
朝、通勤や通学で賑わう駅。
点字ブロックのそばを歩いていたら、足首に痛みが走った。
びっくりして立ちすくんでいると、それから二度三度、だんだん強くなる。
おじさんは何事もなかったように去っていった。
わたしの足首には青あざ。
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ガーッと読みたい記事を新しいタブに開いていく
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記事Aを読む『記事Aに載ってるXについて調べてみよう』と思いつつ検索用の新しいタブを開いておく
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記事B、記事Cを読む、、、、、『あれ、なんかするはずだったんだけどなぁ(すでに記事Aのタブは閉じている)
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モヤモヤしたまま新商品についての記事Dを読む。へー、こんな商品あるんだ~などとAmazonを開こうとする。
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面白そうな記事Eを記事Dのサイトで発見しAmazonに行く前に読む。そのままアンテナなどをめぐりしょうもない記事を読み耽る。
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あれ、なにしようとしてたんだっけ。ってか、さっきもこんなことが。。。
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若年性アルツハイマー病のwikiを読む。うわ~こえ~!ってなる。
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他の難病のwikiを読み始める。辛い病気もあるもんだな、、、などと思いにふける。
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怖い病気のまとめ記事など読み、またアンテナをめぐり、そして、、、、、
極端な話、こんなことの繰り返しや。
twitterは流れを追うもんだから、ずっと流れ続けてるのを追うのって疲れそうだけどな。
定型文を定期的に呟くヤツが増えそうな気がする。
夫婦が別氏だからって,夫婦の戸籍を分けなきゃいけない理由はないでしょ。「戸籍の筆頭者」と「本籍」さえはっきりしてれば,戸籍というデータベースは機能するし,一つの戸籍の中に異なる氏の人がいることによって,特に問題は生じない。
夫婦別氏が実現してない理由は,選択的夫婦別氏制度に反対する勢力の政治力が強いからであって,戸籍の技術的側面との兼ね合いの問題では全くない。「夫婦別姓で家族の絆が壊れる」という議論はデタラメだけど,そのデタラメは,戸籍の制度の技術的側面より100億倍重要。
アメリカの市民戦争とか、たどれば解るけど貨幣社会においては「無給」の奴隷よりは「消費者」も兼ねる賃金労働者の方が都合がいいんだよ。経済の発展とそれのおこぼれに預かる支配者にとってはね。
生産した物を取引する先もそうだけど、文化的産物も奴隷階層からは(皆無でないけど)生まれにくいしね。
発展が何を指すかにもよるけど、まあ社会は上手くできているんだよ。
流出してないかチェックしてみよう!(ドヤ)って言ってるけど
あんたのとこがリンクしてる先は情報の流出を調べるって名目で情報を抜き取ってるサイトだよ
こういうサイトの存在を知らないでアホみたいにリンクしてる奴らが多い
アホが騙されることで儲けてる奴らは一生食いっぱぐれないだろうなと思ったw
パートごときでキャリアの心配するとかおかしい → 他人事として言ってるだけだな
ってことに気づかないのはまあ確かにって感じではある。
増田っぽいこと言うと、こいつパートの癖にキャリアとか気にしてんのかよだったら少しは努力しろ、と思われたという解釈もできるが。
坂本龍馬じたい、司馬が昭和30年代かな?に書くまでそれほど広く知られた人物ではなかったらしいよね
今の龍馬のイメージを決定づける性格付けをしたのが、司馬の作品だって言われてるよね
司馬は偉大だと思うが、いろいろやらかしてることも多いだろう
おりょうが実際には裸じゃなかった…てのは知らなかったけど、まあ、すっぽんぽんの方がドラマチックだもんね
龍馬に心底惚れてる強くていい女が裸で走った…って設定のほうがドラマチックだし、おもしろい!
司馬の文章はおもしろいんだよ。おもしろいから誰でもすらすら読めちゃう
俺でも読める
そこが問題でもある
http://anond.hatelabo.jp/20140911125306
http://manathi555.hatenablog.com/
↑この人がどうこうって話でなくて、これを見て思い出しただけだけど、同人界っていうのか絵師界っていうのか知らんけど、あの世界って変に「様」をつけるね。
べつに「さん」でもよくねって思うんだけど。
おたがいフランクに会話してるのに敬称だけは「様」だったり、前に同人やってる人どうしで論争してるのみたけど、論争してるのにやっぱお互いを「様」付けだったりね。
オタクの語源が「お宅」って呼び合うことだったり、フィクションのステレオタイプのオタクが「氏」をつけて人を呼んでたりするけど、この「様」もけっこうおかしいと思うわ。
封建主義時代、ガンガン戦争してるんですけど・・・何言ってるの・・・。
世襲制になって
人権とかなくて力あるものが都合を通し、奴隷が当たり前になったほうが人類って発展するんじゃね?
少し前まで戸籍関係の仕事に携わってた自分が思う、夫婦別姓のこと
本籍と住所を個々に設定しないといけないのは、戸籍と住民票の管理形態そのものが違うから
乱暴に言えば、一緒に住んでる人を一覧表にして「戸籍謄本」と呼んでた。
一緒に住んでる人=家族=同じ苗字が当たり前。結婚すれば女性が嫁に来て男性の姓になるスタイル。
(もちろん婿養子ってのもあって、婿養子縁組なるものも存在してたけど)
家督相続とか分家とかがあった時代のお話。いわゆる家制度の頃。
戸籍謄本に書かれている本籍と実際に住んでる場所が別の人が増えてきた。家制度の崩壊。
第六条 戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。ただし、日本人でない者(以下「外国人」という。)と婚姻をした者又は配偶者がない者について新たに戸籍を編製するときは、その者及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。
今までじいちゃんもばあちゃんも孫も甥も姪も同じ所に住んでて一つになってた戸籍を
父、母、未婚の子だけで戸籍を作り直しましょうね!ということ。三代戸籍禁止とかでググると色々出てくるかも。
ちなみにその時、両親がいない未婚の人は一人で戸籍を作ってます。これ豆な。
そんなわけで一つの戸籍の範囲は「家」から「夫婦と子」に変わったけど、作成範囲は変わらず「同じ苗字」であることが条件だった。
そのまま半世紀以上ずーーーーーーーーーっとこれで来ている。
夫婦別姓を国として考えるなら、この戸籍の管理方法とか新しい戸籍の作成方法とかを変えないといけないって事。
姓が別だと家族の絆がどうのとか、そういうのはまぁそれほど重要じゃない。
いや、重要なのかもしれないけど、個人的にはそれより戸籍制度さえ整えばすぐに移行できるんでないの?って思う。
別姓を選ぶのは自己責任。子供や別姓に理解のない周囲に説明するのも自己責任。
今の日本だと外国籍の人と結婚すると、本人から届け出ない限り夫婦別姓。むしろ届出しないとだめ。
ちなみに日本人の方の戸籍は一人で作られて、中にどこの国の誰と結婚しましたって書いてある。
これをこのまま日本人もできるようにすればいーんじゃないの?
子供が生まれた時に入る戸籍ガー!というならそれは出生届の時に決めればいいんじゃないの?
届出を受ける職員は審査に二つの戸籍調べないといけないから大変そうだけど…