はてなキーワード: 障害者とは
一ヶ月ほど前に、バイトの新人さんが来た。この新人さんを、仮にAさんとする。
私はタイミング悪く、Aさんとシフトがカブる日が一週間ほどなかった。すれ違いで出勤するシフトになっていた。
私は新人さんを楽しみにしていたので、会うのを待てずに、Aさんの研修をしたB先輩に印象を尋ねた。
すると、温厚なB先輩が「あの子はできない子かもしれない」とポツリ。こりゃ相当だぞ、と思いつつも、「まあ、まだ始まったばかりですからね!」とフォローを入れると、B先輩はうーん、と唸っていた。
そして、Aさんと初対面の日が来た。しかし、Aさんは来ない。五分、十分待っても来ない。その日同じ時間に入っていたCさんに、「Aさん、来ないですね」と言うと、Cさんは「実は」と言った。「実は、今までの勤務、全部遅刻してるんだよ、Aさん」と言った。初出勤から数えて全四回である。四回目のときには、Cさんが雷を落としたそうだ。この怒ると超絶コワイCさんの雷を受け、それでも今日遅刻してくるとは、ずいぶんな神経をしているようだ。Cさんと二人、うーん、と唸っていると、十五分遅れてAさんが現れた。当然、Cさんは呆れ顔だ。
「一応訊くけどさ、なんで遅刻してきたの?」とAさんに問うCさん。
Aさんは、俯いてスイマセン、と一言呟いた後に「いつもと違う路線を使ったら、時間がわからなくて」と言う。
「ケータイ持ってるでしょ?だったらさ、路線検索とかあるよね。それで調べられるはずだよ」とCさん。もっともである。
するとAさん、すかさず「パケ放題に加入してなくて…」と仰る。苦しいぞ!とツッコミを入れそうになった。もう、Cさんも口をつぐんでから、「あっそう」と一言言うだけだった。Aさんが手にしているのはスマートフォンだ。
それから業務を開始したのだが、「今日で五回目ですよね?」と確認を入れたくなるほどの、初歩的なミスを連発した。Cさんは、もう失神するんじゃないかというくらいに教え、苛立っていた。
それが、私とAさんの初対面だ。
その後、Aさんの仕事ぶりを見ていると、メモはちゃんと取っているし、まあ遅刻以外はなんとかなるのか…と思っていた。
しかし、一ヶ月ほど経過した最近。全く、初日に見た仕事ぶりと変化がないのだ。つまり、一から十まで教えないと何もわからない状態。メモを取っているはずなのに。来るたびやる業務でさえ、Aさんは何もわからない状態なのだ。Cさんをはじめ、Aさんに教える人たちは、短気でなくとも皆イラついてしまうほどだ。
なんでこんなにできないのか。周囲は怒りを通り越して、疲弊していた。
しかし、最近の会話で、どうもAさんは障害者なのではないだろうか、という意見が上がった。
Aさんは、以前まで二種類バイトをやったそうだ。しかし、どちらも一ヶ月でクビにされてしまったらしい。
お金を払って通っていた自動車教習所に至っては、S字・クランクの時点で挫折し、教習所をやめたそうだ。
なのに、Aさんは「Aラン大学」と言われるところに在籍だ。どうなってるんだ。
小泉首相は新自由主義を標榜し、投資家に対する税金を削減したり、最高税率を削ったりした
作業所においては応益負担を導入し、負担能力のない障害者に作業所の代金を負担させ、
リハビリの期間を短縮させた
これにより大多数の若者は非正規雇用へと転落し、少数の能力ある若者だけが正社員という甘い汁を吸い続ける結果となってしまった
おまけに企業の元気にするという名目で法人税を減らし、研究開発などの補助金も新たに導入している
橋本徹も府知事時代に財政が厳しいという理由で作業所に対する補助金を減らした
それにもかかわらず企業の研究開発に対する補助金は減らしていない(大阪府 研究開発でくぐると出てくる)
政策自体は小泉政権やサッチャー首相のそれと非常によく似ている
さらに橋本徹自身が競争を好み、競争を促進すべきだと考える竹中と非常に近いように思える
小泉首相は規制緩和や法人税の減税などを行い、企業は体力をつけた
だが、企業はそれを労働者に還元することは行わず、内部留保や設備投資として金を使った
その後、リーマンショックにより派遣切りが行われ、ますます格差は拡大した
既得権益をぶち壊すということで橋本徹を支持している人が匿名ダイアリーや2chには多い
このまま、橋本徹を支持し続けて本当にいいのだろうか
支持した結果、大多数の貧乏人はますます貧乏になり、お金持ちがますますお金持ちになっていく社会になりやしないのだろうか
このまま支持し続けていいのか疑問に感じる
小学校の時に作業所へボランティアに行かされたが、そこの障害者たちの月収は1万だって言ってたぞ。
これをもってしても彼に日本人男性としての価値があると言えるの?
実家が金持ちかもしれないという可能性はあるが、イケメン化指南も「金ないからあれはできないこれも無理」と断り続けてるところから見ると普通に下流家庭っぽいし。
残酷だねえと言った者だけど
ブサメン障害者が20娘と結婚したいだなんて希望ゼロに近い無理難題なのに
自分はADHDで鬱で休職中だけど、発達障害って本当に生きづらい。
障害者なのに知能は低くないから一般人と同じ土俵で闘わなきゃいけない。
普通障害者ってそれ相応の補助があったりするのに自分たちにはちっとも無い。
せいぜい自助コミュニティくらい。障害者手帳もなかなか取れないし。
死ぬほど生きづらいのに普通の人間のように生き続けなきゃいけないなんて地獄だよ。
ジョブズなんかのようにそれを補い得る能力を持ってりゃ別だけど、自分にはそんなものは無いし…
死んだ方が楽なのはよくわかってる。
つーか、乙武氏自身がその手の「かわいそうな」「恵まれていない」障害者のことを嫌ってるだろ。
表には出さない(出せば叩かれるの分かってるだろうから)が、内心あんな連中と俺を一緒にすんなと思ってると思うよ。
「『被差別者』カテゴリの中でたまたま成功した人」って大体そういう反応を示すよ。
乙武氏周辺騒動のアレコレを見ていて思ったことを。傍観だけど。ツイッターのアカウントないから。
具体的にはこういうの。
基本的には自分は乙武さん批判派っつうの?きのこ派?っていうのか?探耽求究さんという人がものすごいド正論言ってるように見える派っぽいなという自覚があるんだけどたけのこ派の批判が嫉妬がどうとか努力が足りんとかばっかりで全然クリティカルにキてないのでなんか延々もやもやしていて、
そこでふとこれを見たらちょっといろいろ繋がった。
kyamonohashiというひと?のツイート、
手足が無くても頑張れる、と言う希望を示そうとしている乙武さんだけど、例えば手足の無い他の方がそれを見て「あいつは恵まれてるから」「例外だから」と妬んだり嫉んだりする可能性だったあるにはあるのか。
手足がなくても頑張れる、という希望がおおっぴらに晒された時、「手足がなくて頑張れない」人間はどういう立場に立たされるかっつうと、努力が足らん根性鍛えなさいの精神論教信者に食いつぶされる側にしかなれないんだよね。それか従来の「かわいそうな障害者」枠。
現に乙武さん応援派で非乙武さん的障害者をそこから出してやろうとするやついねーじゃん。むしろみんなそこへ叩き込もうとばっかりしてる。
だから叩き込まれる側は、大人しく叩き込まれるか、「努力が足りない」とかいう問題じゃなくて向こうが恵まれてんだっつうのー!という論を組むぐらいしかなくなる。
「恵まれてる人を妬んで、それで誰が幸せになるの?」とかほざいてるのがいるけど、少なくとも不幸自己責任論の渦中にブチ込まれるのは回避できるよ☆
恵まれてない人は恵まれてる人と違って、誰も助けてくれないという点でサイコーに恵まれてないことがほとんどだと思うんだけど、
誰も助けてくれないのならば自分で自分を助けてやるしかないじゃないか。
っていうのをなんか判ってないしたぶん許さないのですねたけのこ派は。妬みとか言っちゃうんだもんね。
うぜえだろうなあ。
「誰も助けてくれないのなんて当たり前、みんな同じ」「そこで助けてって言ったり、障害を個性にしてネタにするくらいのとっかかりを作ってくれないとこっちも手が出せない」とか言う奴が出てくるよ。出てくるっていうかすでにいるのよこの胸の中に。
一匹ならともかくハエの群れのようにわんわん湧き出てきて声が延々こだまするのよ。
えー話を戻すが「そこで助けてと言えない、ネタにできない」ってとてもデジャヴなフレーズじゃございませんか。
そう、ちょっと前のNHKの三十代無職男性が生保とれないだの餓死するだのっていうあの騒ぎでございますよ。
言えねんだよな。何故か。何故だか。いや何故って他人の負担なんかなりたくないからに決まってんだが。
何なのかな。何なのでしょうかねこのテニスボールをネットのあっちとこっちに分ける何か目に見えないくせに決定的な要素のようなものがある感は。
ジョジョだっけこのボールがどっち側っての。ジョジョでは「運命」だったっけ?
何処ってそりゃボールの落ちどころがどっち側でもいいようなところに決まってるんだけど、それはつまりたとえばこの俺がネットの両側を行き来できる必要があって、最悪俺一人でもラリーをかませるようなことになってないと話にならんのだけど、たとえを外すと要するに「お前助けるのなんか別に負担じゃねーよ」っつって軽々と誰かに手を差し伸べられねばならないってことなんだけど。その手を払いのけられること前提で、手がダメなら他のもの、人脈でも金でも選挙権でもなんでも使ってやらねばならないってことなんだけど。
なんか乙武さんには無理そうですね。手ないし。物理的にもないけど、いじめられっこに関係するツイートがアレじゃ義手つけても厳しい。根っこがアカン。
いやその実俺にもムリだけどね。少なくとも人脈と金と選挙権は厳しい。
ツイッターもミクシーもフェイスブックもやってない真性ぼっちのワープア、しかも都政はあの小心者が担うのを食い止められなかったレベルの一票。
正直に言うと手自体厳しい。ワープアは身体と心が資本なのに手を払いのけられるついでに豆腐メンタルが潰れそうで、いちいち成形しなおすのに他人の手が要るレベル。
でも「誰も助けてくれない」。いやいいけど助けとか。俺の豆腐はまだ平気なんで、誰か他の砕けたガラスハートの欠片を集めて火にかけてまた作り直してやっておくれ。
どうでもいいけど何か昔のディズニーアニメで一人ラリーするウサギいたよね。イソップ寓話アニメ化したやつで『ウサギとカメ』に出てくるウサギで、レースの前座に俺こんな足はえーんだぜーっつってカメに見せつけるためにボールより素早くコートを行き来してた。肝心のレースでは確かカメがクビ伸ばしてゴールインして勝った。
追記:
さらにどうでもいいんだけどツイートまとめ読み返してたらものすごい気持ち悪いのが結構いてマジ引いた。いわゆる「信者」ってやつですかあれは。
乙武さんは重い障害者でも健常者より活躍し成功できることを社会に示し、一部の障害者には希望を与えただろうが、
今まさに障害によって苦しんでいる人に対して「乙武さんは頑張ってるのに」という言葉がかけられる機会を作り、叩きのめしたのではないか。
橋下さんも被差別部落出身でも差別を受けていない人よりよっぽど成功できる例を社会に示したが、
性的虐待被害者は水商売・風俗に堕ちていくことが多いと聞くが、
「性的虐待を受けていましたが、その悔しさをバネに勉強を頑張り、難関資格を取って成功しました」という例が次々出来たら、
堕ちていった性的虐待被害者に追い討ちをかけることになるのではないか。
過干渉などの「毒になる親」からモラル・ハラスメントを受け続け無力感に苛まれてニートになる人は多いと聞くが、
「そんな親からの仕打ちをバネに、勉強してエリート会社員やエリート研究者になりました」という例が次々出来たら、
成功者が一人も居ない場合は「障害者・部落・虐待被害者はゴミカス人間ばかり」という偏見が生まれて問題ではあるが、
一部の成功事例を取り上げて「なんであんたもこういう風になれないの?」と言うのもまた人を苦しめることになる。
結論:人をひとまとめにして語ってはいけない。
他責的であるということは、歪んだ自責の裏返しなのではないか。
私自身にもその傾向があるが、何事も他人の責任にする人がいる。
傍から見れば迷惑この上ない人だが、実はその人の心の奥底では、自分自身を強く責めている何かがあるのではないか。そして、その何かが必要以上に自分を責めてしまうので、心のバランスを取るために、その負のエネルギーを内部で処理できずに、外に向かって吐き出しているのではないかと感じる。
私が何故そのようなことを思いついたかというと、今日たまたまNHK教育テレビで自閉症の家族のドキュメンタリーを観たからだ。
障碍を持つ家族がいるために、色々と振り回される。そして、誰も責める相手はいない。そのような状況の中で、不器用な人は上手く処理できず、「上手くいかないのは自分が悪いのではないか」と思いつめてしまう。自分の中に負の感情を溜め込んでしまい、負のスパイラルに落ち込んでいるようにも感じられた。
私自身も両親が障害者だったこともあり、ドキュメンタリーに出てきた家族の気持ちは少しわかる。
私も両親に対する怒りを感じることがあっても、「障害者だから仕方が無い」ということでどこか自分の中に押さえ込んでしまう癖がついていたように思う。
そのために、それが歪んだ形で外に向かうこともあった。
(現在は両親は亡くなり、そのときの気持ちを客観的に見ることが出来るようになりつつはある)
器用な人であれば、上手くその理不尽さを乗り越えられるかもしれないが、コツをつかめない自分のような人はどんどん不満を心の奥に溜め込んでしまう。
だからこそ、他責的であるというのは一つのシグナルだと思うのだ。
そういう人が職場や身の回りに現れたら、まずその人自身が自分自身を見つめなおすように促す工夫が必要だ。
下手をすれば、その人は一生中二病的な状況から抜け出せず、一生を棒に振ってしまうかもしれない。
取り留めの無い文章ですまぬ。
アメリカや北欧諸国では生活保護の捕捉率が高いという事情のせいもあってから生活保護世帯の数が日本以上に多い
圧迫度合いは日本の比ではない
このままでは財政赤字が解消できないということでアメリカでは有期生活保護+ボランティアや職業訓練の義務付けた
北欧諸国では職業訓練の義務付けと生活保護付近の年収を得ている層に対する補助を実施した
でも、その世帯の人々が付ける仕事は不安定なものしかなく、何かあると簡単に首になってしまう
首になってしまった人々は生活保護をまた受けるという状態が長く続いている
アメリカでは財政の圧迫こそなくなったものの、生活保護を受けられなくなった層の無理心中・強盗などが相次ぐ事態となってしまった
日本の場合、ほかの先進国とは違い、高齢者と障害者と傷病者が8割近くを占めている
ほかの先進国同様の改革をやったところで焼け石に水なのだが、その他の世帯が非正規雇用の増大などにより増えている
それにより財政が圧迫され、市長どもはアメリカ流の生活保護改革を実施すべきだと息巻いている
近い将来、アメリカのような状況になると思われるが、本当にそれでいいのだろうか
http://whats-social-security.com/forum/2011/03/post-49.html
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001f817.html
2011年5月30日 「生活保護制度に関する国と地方の協議」議事録(更新で検索すると出てくる)
https://twitter.com/#!/karin_amamiya/status/82681020004048896
アメリカでは貧困母子家庭支援が有期制となった結果、自殺、心中、ホームレス化が増えたとのことです。とにかく、密室で勝手に決めるなんて手続き・プロセスが大問題。詳しくは22日の毎日新聞で。
http://www.mayors.or.jp/rokudantai/teigen/181025safetynet/documents/gaiyou.pdf
もう何年も民放は見ていないが、唯一見ていたNHKのニュースも見るのを止めようかと思う。
俺が見ているのは朝4時台から7時台のニュースと、夕方6時台から7時台のニュースだ。あ、地デジね。
止めようと思った理由は、「内容が老害と障害者向けの福祉的なものばかり」だから。
とにかく老害どもが喜ぶような内容ばかり。
「福島のために歌を歌いましょう」
「絆。笑顔。涙。みんなで乗り越えましょう」
他だと
「障害者に優しいニッポンを。あなたにもボランティアが出来ます」
「世の中、お金じゃ無い。心です」
みたいな感じ。
世の中は働いてる奴が稼いでいる。
個人の稼ぎが集まって、社会的な稼ぎになっている。
脳味噌が動く奴が動かない奴を養ってやってる。
NHKは国から金貰っておきながら、働かない老害ども(死に損ないども)に媚びてるだけじゃんかよ。
NHKは働く者の味方をしろ。
BSのニュースはまだマシだが、あれはあれでビジネス寄り過ぎんだよ。
ちったぁバランス考えろ。
さっさと全員氏ね。
障碍者に敬意を持つ必要なんてないよ。
単に「人として」敬意を払えるかどうかであって、職業とか障碍とか関係ない。
ちなみに、「おっさんが餓死した事件」は生活保護制度の問題で、こちらも障碍者とか関係ないけどな。
「車が必要な地方で、車を所有しているから保護を受けられない」とか、「真夏日にクーラーを所持できず熱射病で死んでしまう」とか、保護規定と運用の問題。
障害者だと簡単に生活保護がおりて生きていけるが、健常者にはなかなか生活保護がおりず、おっさんが餓死した事件あったよな。
何もしない障害者に死ねと言うのは大罪だが、健常者なのに何もしないクサレニートに死ねというのは普通。これが今の社会だ。
俺はどっちも死ねと言われるべきだと思うね。
日本国民には勤労の義務があるのに障害者には勤労の義務がないということは、障害者を人間扱いしていないということであり差別だ。
何もしてない健常者に対するのと同じ態度をとることが、障害者を健常者と比べて下に見ていないということになる。