はてなキーワード: キチガイとは
どーでもいい話なんだが。
ウチには「家は貧乏だったが二年働いて大学入って働きながら主席で卒業してやったぞこの野郎」
って感じのヤツが入ってきてだな。これがまた、有能は有能なんだが、
全く人のいうことを聞かない。確かに与えたタスクは全部こなすんだが、社内のシステムや慣習を
一つ残らず全部否定する。1を尋ねたら250返してくるもんで社内がえらいことになった。
高卒正社員で二年働いてただけあって、痛めつけて矯正するにはスキルがありすぎたんだ。
しかも、そこまでならまだいい。
社内がこいつの肯定派と否定派の真っ二つに割れてだな・・・。
結局最終的にはそいつも含めて三人辞めたよ。
嵐のような二年間だった。というわけで、こーいうガキはベンチャーさんで引き取って欲しいと思う。
そういう意識の高いガキもどきじゃなく、こういうキチガイじみた真性を頑張って採用して欲しい。
重厚長大な歴史を持つ、いうなればなあなあの馴れ合いで成立してる我が社には
ああいうのはムリだ。頼むよベンチャーさん。もっとちゃんと採ってくれ。
俺たちは社蓄としてダラダラ生きるから。あんたらはああいうのを使ってイノベーション起こしてくれ。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120207/1328600080
ハックルファンとして、最近の彼の記事の腑抜けぶりには強い憤りを感じていたが、これはもう限界だ。
おおハックルよ、最近の浮気性ぶり、他人の言葉を借りるだけで自分の言葉で語る不甲斐なさ、すべてがなさけない。
この頃から比べての劣化ぶりはどうしたことだ。全盛期を思いだせよ。
もっとご自慢の感性で、文章力で、はてなの駄目なところを抉れよ。それができないなら少なくともはてなはやめてしまえ!
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20080611/1213162474
岩崎夏海という人の書いた文章と、はてな民によるツッコミが共振して、
ハックルさんに対する2ちゃん民の記事を取り上げる記事などを取り上げる事案が数件あったが、
彼のベストセラー作もしドラについては、ほとんど興味を持っていないことからもわかる。
よく知らない外部の人間からみたらただのキチガイにしかみえないが、
実際は高度なお約束から、作者と読者の強い相互理解成り立っている、ハイコンテクストな娯楽なのである。
時代こそ浅いが、歌舞伎のような伝統芸能の一種と考えるのがふさわしい。
現代風に言うならば、完成度こそ低いが、いや、完成度が低いからこそみんなに好かれる、
アイドルは、読者との間の関係の強さが全てだ。
ファンが求める虚像をどれだけ上手に演じられるのか、それが全てである。
その点、この岩崎夏海という人物は類まれなる才能を持っている。
彼は、精神科医の診断によると承認欲求の赤星巨星といっても良いほど承認欲求に飢えており、
周りなど気にせずマイペースに記事を書いているように見えて、
実際のところは強烈に読者を意識して意識して意識しまくっている。
ハゲって言われただけですぐに傷ついたフリをしてみせるなど、読者に媚を見せることに一切のためらいがない。
自己を見失ったり、自己イメージが磨耗して続けられなくなるのが、彼はそうならない。
いかなるメカニズムかはわからないが、彼の自己イメージは尽きせぬ承認欲求の供給によって常に明確に保たれており、
日本一のベストセラーを達成しても、常にむっつり不機嫌顔を絶やさず、負のレジリエンシーを維持し続けていた。
彼は、まさにアイドルとなるべくして生を受けたような、選ばれし存在だった。
ところが、最近の彼はちょっとおかしい。具体的に言うと、結婚の発表があったころからだ。
彼のアイドルらしさが薄れてきている。彼自身のスタンスが薄れてきている。
最近の彼の目は応援している観客の方をみておらずなにやら見当違いの方向を見つめているような印象だ。
ありえないことに、「彼が自分の頭で考えたことについて話をしようとしている」ようにすら感じられる。
彼が人気であるのは、彼個人の思考や目の付け所などは一切関係がない。まして文章力はゴミクズのようなものだ。
それでも人気があるのは、なぜか? 誰が彼を愛しているのか。
記事を更新したら30分以内にはてブを貢ぎに来る愚民どもではないだろうか。
その原点を振り捨てて、新しく進もうというなら、周りくどいことは抜きにして、堂々と宣言するべきではないか。
礼儀さえ尽くされていれば、我々は彼の変化を心から歓迎するだろう。
しかし今のようなつまらない記事でお茶を濁されるのは、絶対に許せない。
ピントのぼけたつまらん記事を書くくらいだったら、家族サービスに徹してください。
今のままだと50ブクマ越えられないと思うんで、しっかりしてください。
50ブクマ越えられないへっぽこ記事を書いてるハックルなど存在する意味がハゲくらいしか見いだせない。
そ~考えるのが自然なのかもね。
ほんとファンと言ってもagehaとかに載ってるモデルとかと比べると
ほんとファンのキチガイ度はケタ違いだな。
ださい男はオシャレを「異性に媚びを売るための手段」としてしか見ていない。
オシャレが「特定の種類の人間を寄せ付けないための手段」だったり、「オシャレそのものが目的である」という場合を理解できない。
「特定の種類の人間を寄せ付けないための手段」の例としては、
今日電車で前に立ってた女の子がすごい可愛かったんだけど、「今どき髪が黒いってだけでおかしな男の人に狙われるから、無難に染めておきなさい」とお母さんにお金を渡された、という話を友達らしき子としていた。
かつて聞いた話。ヤマンバギャルに「なぜそんなメイクを?」と聞いたら「清楚げな外見だと援助交際を求めるオヤジが寄ってきてウザい」と答えたそうな。
こういったものがある。
「オシャレそのものが目的である」例としては、まずファッションショーがわかりやすいだろう。パリコレに出るような服を着ていても異性には全くモテない。ただの奇人だ。
ジーンズオタの男が穿くヴィンテージジーンズも同じだ。数十万、どうかすると数百万するジーンズもあるが、同好者以外にその価値はわからない。高すぎるジーンズを穿いている男は女にも引かれる。
女のゴテゴテしたネイルアートも男にモテない。同好者に「すごい技術だ!」と褒められるような手間のかかったネイルは、男から見ると魔女にしか見えない。
世の中には「異性に媚びを売るための手段」ではないオシャレのありかたが腐るほどある。
それなのにださい男は着飾っている女を見ると、「男に媚びているのだな」と思う。着飾り方が好みでないと、「そんな媚び方では男は落とせないよw」と思う。
あんたのために着飾っているんじゃないだと言われると、「素直じゃないな、不愉快な女だ」と思う。
そして着飾っている男を見ると、「男のくせに女に媚びやがって」と思う。モテからかけ離れた着飾り方をしていると「キチガイw」と笑う。
女にモテるために着飾っているんじゃないんだと言われると、「嘘乙」「自意識過剰のサブカル気取り乙」と思う。
ださい男は、着飾らない男と、着飾らない女と、自分のために媚びて着飾る女の存在しか認めない。
オシャレをする理由を「異性に媚びを売るため」その一つだけしか考え付かない下劣な低能ども。ださい男は8割以上がそんな奴らだ。
保守派全部をそういう風に罵らないで欲しいな。
個人個人がキチガイなだけ。
「「独身男女に重負担の税金を掛けろ」みたいな話をしょっちゅう増田で喚いてる病人」以外に
「「女から仕事を奪って結婚しないと食えないようにすれば少子化解決」みたいな話を以下略病人」
は別人だと思う。
そうかあ?
同じ奴だと思うけどなあ。
わざと摩擦が多いような暴力的な”政策”ばかり”提言”するこのお方。
本当の動機は
そういう独裁者レベルに強権的な立場に自分を重ねながら発言することで
ひとときの全能感を味わいたいというだけのみっともないウンコ。
芸風は酷似してると思う。
同類の別人て可能性がかすかに残るけど。
全ての人に幸せになってもらいたい
という願いを持つことがおかしいというのなら、
私をキチガイと呼ぶ人もいるのでしょうね。
日本は、昭和時代は世界に冠たる一流先進国家だったが、平成時代になると一気に崩壊して、いまや犯罪国家スレスレの世界史上まれにみるキチガイ国家。
企業も国際化していかなければならなかったのに、時代の変化にあわせられず、新たなビジネス展開もせずに、国内でなんとか自分らが退職するまでの間なら企業の器が持つだろうと考えて前世代(昭和前半)の資産を食い潰した感じがする。
新しいことをどんどん取り入れよう、チャレンジしようとする人が少なかった。(ITについて社会、周囲を見ると「機械苦手だから」で理解しようとせず取り残されてるよね…)
いわゆる、2代目が会社を潰す、というような社会になっていたように思えます。
それを見た3代目が盛り返すという時期だと思いますが、経済界はともかく、政治が1代目から2代目に移っているだけなので足を引っ張ってくれちゃってるのではないかと。
よって、経済界は国外に逃げますね(逃げてる最中)、日本は空洞化が進み、この先は国内でノマドをやってるより、世界的ノマドが進んで、海外に出られる能力or気力のある人は幸せになれるんじゃないかと。
単純に平成に入ってからの社会人がゴミ過ぎて怠慢で国家を沈没に導いただけ。昭和時代は旭化成の山口信夫(日本の実業家。第17代日本商工会議所会頭、元旭化成代表取締役会長・代表取締役名誉会長。2007年旭日大綬章。)みたいな真面目な人間が支配していたが、最近はキチガイに国をのっとられている。ちょうど増田に常駐しているようなおっさんの世代が出たせいで日本は不幸になった。
世の中とんでもないキチガイというのはいるもので、そういう人間というものはたいてい社会不適格な人生を歩んでおり、大学には通えず、中卒、高卒であることが多い。
中卒、高卒を雇わないというのは勉強ができるできないではなく、キチガイを寄せ付けないという意味において絶大なフィルターである。
ただし、このフィルターでは、健常者でありながらキチガイじみた行いも軽くこなせるような人材は間引けない。使いようによっては功を奏するときもあるので、これはまあしかたない。
世の中とんでもないDQNというのはいるもので、そういう人間というものはたいてい親もとんでもないDQNであり、大学には通えず、中卒、高卒であることが多い。
中卒、高卒を雇わないというのは勉強ができるできないではなく、DQNを寄せ付けないという意味において絶大なフィルターである。
ただし、このフィルターでは、いい環境にいながらDQNな人間を間引くことはできない。が、コネクションなど使いようによっては功を奏するときもあるので、これはまあしかたない。
世の中とんでもないブラック企業というのはあるもので、そういう企業というものはたいてい底辺の人間が集まっており、大学には通えず、中卒、高卒であることが多い。
中卒、高卒を雇わないというのは勉強ができるできないではなく、企業のホワイトぶりをアピールするという意味において絶大なフィルターである。
ただし、このフィルターでは、ブラック大企業は間引けない。運悪く入ってしまっても経験は生きるので、これはまあしかたない。
というわけで、学歴フィルターというのはいい生活を送る上では不可欠な要素なのである。みんなも素晴らしい人生を送るために、いい大学に入っていい企業に入りましょう。(起業しろとかいうバカは頭を冷やすように)