はてなキーワード: 利き目とは
耳無し芳一がウマ娘だったら全部解決してたという事実が存在し震えている。
馬の耳に念仏 なので耳にお経を書いても利き目がないな…と和尚が思うのは仕方がない。
つまり和尚のミスはケアレスミスではなく考察に考察を重ねた結果の判断ミスとなり「うっかり和尚め!」なんて思われなくなる。
これでまず和尚が救われる。
つまり平家の怨念が迎えに来ても逃げ切れる。怨念といっても所詮は人間の霊。人間ごときがウマに脚の速さで勝てるわけがないのでこれで芳一が救われる。
ゴールドシップがなにかおかしなこというだけでTwitterで話題になるんだから耳なしマーケティングする必要がなくなる。
以上から、耳無し芳一がウマ娘だったら全部が丸く収まったことがわかる。
でも現実に耳無し芳一の話は残って我々の世代に伝わっているので残念ながら耳無し芳一≠ウマ娘ということがわかってしまう。
残念だ。
前と後ろどっちが良いのか分からない。あと、右と左も分からない。
後ろに人がいるのが怖いので、できる限り最後列に近いところにしてしまうんだけど、前の方が迫力があったりするんだろうか。
現状では、前の方しか席が空いてない映画を見るのをお断りしている。せっかく映画館に行っても、目当ての映画が空いてないと、空いている映画に移ってしまうことがある。どうやったら怖くなくなるんだろうなあ。
あとは、恥ずかしながら身長が185センチ以上あってお世辞にも背が低いとは言えないので、他の方の迷惑にならないように後ろの席を選んでいるというのもある。
自分より前に背の高い方がいらっしゃると、後頭部がスクリーンの長方形の中に入り込んできてクソ邪魔なことがある。
同じ被害を他の方には被って欲しくない。
だから最後列を選ぶようにしてるけど、どうしても最後列が取れなかった時は極力浅く座って体を斜めにして、頭を下げている。
皆さんどんな体勢をとってるんだろうか。
出来るだけ最高の状態で見たいけど、それぞれの部位で利きが違うので、どっちに寄るのがいいんだ。
せっかく映画館に行ってるのに、映像だけ楽しんで音響が疎かになってしまっては勿体ない。逆もまた然り。
あまりに日本人は現在の大麻を巡る状況に関する意識が低すぎる。
今どの程度の国や地域が大麻合法化しているか知っているだろうか。
嗜好用マリファナは2012年にワシントン州、コロラド州、2013年にはウルグアイで合法化されているが
エイズ、ガン治療の吐き気、鬱病、慢性腰痛などを抑えるのに用いられる医療用大麻は、
今週ニューヨーク州で合法化され、現在ではアメリカの23州ならびにワシントンDCで合法化されている。
医療用大麻が合法あるいは非犯罪化されている国はカナダ、ドイツ、ベルギー、チェコ、オーストリア、オランダ、イギリス、イタリア、スペイン、フィンランドなど20ヵ国以上にものぼる。
恐らくこの事実を知らなかった人の方が多いだろう。あるいは、それを日本で実現すべきかどうかなど考えもしなかったという人の方が多いだろう。
機会費用の考え方でいうと、我々日本に住む日本人は大麻を厳罰化することで何かを得ると同時に、何かを捨てていることを意識しなければならない。
日本は医療用大麻を認めず、また大麻所持に対し欧米に比べ非常に厳しい刑罰を課している。
大麻使用の違法を続けるにしても、そのことから何を得て、また何を捨てているかを認識した上で非合法化を続けるべきだろう。
治安、ハードドラッグへの入り口としての防止、労働意識の低下要因の排除等などが我々が大麻を非合法化していることで得ているものとして一応挙げられるだろう。
では、一方そのことで何を捨てているだろうか。
医療用大麻を使用することによって癒やすことのできる病気の苦痛さを、それが損ねるクオリティ・オブ・ライフを我々は選択的に捨てている。
大麻を吸うことによって癒やされる鬱の苦しみは科学的に証明されているが、大麻を吸うことで確実に減らすことのできる自殺者を我々は選択的に犠牲にしている。
医療用大麻を合法化すれば3000人は自殺者が減るのではないだろうか。うつ病患者も1,2割減るのではないだろうか。そうであれば、救えるはずの彼らを今我々は選択的に犠牲にしている。
本当にそれだけの数が減るのか分からない。なにせ、それを確かめるには医療用大麻の科学的実験と議論が必要なのだから。それなら、まずそれだけでも日本で始められないだろうか。
僕がガン治療で苦しむまでのあと何十年か後に状況は変わっているだろうか。
また池袋など度重なる事故で注目を集めている脱法ハーブだが、その報道は「危ないドラッグですね。いけないですね。法律を変えないと」程度だが
そもそも、これはなぜ流行っているかといえば大麻所持の刑罰が重いのがその一因ではないだろうか。
「脱法ハーブなんてやる奴が悪いんだから、どんどん取締りを厳しくすればいいし、大麻がどうとか関係ない」という理想論は分かるが
現実的にドラッグで気分を軽くしたいという一定層は変えることはできないし、大麻を厳罰化している結果、皮肉にも彼らはより危険な脱法ハーブに流れていることに目を向けるべきだろう。
脱法ハーブは当局とのイタチごっこが続き、どんどんよく分からない混ぜ物も増えていっているし、脱法ハーブを吸った結果の事故は増える一方だ。
大麻所持の厳罰化として僕らが得ているものの一つとして、脱法ハーブの蔓延、その結果としての事故があることは意識するべきだろう。
なにせ日本では大麻で捕まったら重犯罪人扱いなのだから、やる奴は健康上リスクがあるが刑法上リスクのない「脱法」のものをやるに決まっている。余談だが、小山田壮平はその点でダサい。
いや、大麻を吸って捕まれば、CDが店頭から回収される国だからしょうがないのかもしれない。
オバマが学生時代吸っていたなどと公言するなどアメリカを始めとする欧米と日本ではあまりに大麻に対する意識が違うし、そもそも日本では議論すら始めるのも困難だ。
日本では、我々が何をよしとして、何をよくないとするのかを意識的に決めていく、あるいは決めていくことができるという感覚が欠如しているように個人的に感じている。
同姓愛結婚にしても、日本では否定的に感じる人は比較的少ないのに、それが実際に法制化されることはない。「お上が決めることだから」だろう。
我々が共に行きているこの社会を「どう作り上げて、維持し、その社会の中でこの生を生きていく」という感覚がないのだ。それはいつの間にかできあがっている。
同姓愛が法制化される動きがないのは、いま法制化されていないという事実があるから、それだけだ。大麻に関する議論も同じように感じている。
僕は日本の常識というのは簡単に変わると思っている。一旦、既成事実化してしまえば、それは簡単に常識になる。
カジノ合法化を見てほしい。この前までは「カジノなんて日本には合わない、ありえない」という感覚をほとんどの人が持っていたはずなのに、
議員が動きだして、実際に法制化の話が動き出したら「ああ、そうなんだ、カジノ作るんだ」という感じで、恐らく法律は通るだろう。
だから、ヒッピー崩れが大麻の効用を訴えても状況は変わらない。今や「欧米ではこうしている」は利き目がないので、レディ・ガガやブラピやリアーナが大麻を吸っていようと大した効果はないだろう。
ワイドショーで自民党議員と教授と医者がなぜ医療用大麻を日本は合法化しないのか、日本では古来からうんぬんという感じの議論を始めるまで、日本の大麻に関する常識は変わらないのだ。
それまで、僕はアメリカへ旅する度に、友人の家で大麻を楽しむしか方法はないのだ。
村上春樹の言うように、日本では大麻を吸うリスクが高すぎて、それを犯してまで吸うものではないからだ。
だけど、これが合法化されれば、ずいぶん人生を楽に生きられる人がいるだろうになとその度に思うのだ。そして、脱法ハーブなんかよりもずっと安全なのに、と事故を伝えるニュースを見ながらまた思ったのだ。
昔見ていた大長編ドラえもんで、タケコプターがしょっちゅう壊れたり、電池切れだったりで、大事なシーンで使えないということがよくあった。
「まあ、ここで使えたら話が変わってくるもんな」と、子どもにしては冷めた目で見ていたように思う。
しかし、大人になって体験したある出来事のおかげで、話の都合だけじゃないんじゃあなかろうか、と思うようになった。
というより技術が進歩して、小型の電化製品を複数持ち歩くようになって気づいた、といった方がただしいか。
私が子どもの頃だと、持ち歩く電化製品なんて、父親が持ってたビデオカメラ(カメラはフィルムカメラだった)くらい。
とうぜん、使う前にはきちんと充電なりメンテをしてたから「電化製品がいざ使う時に不具合」なんて想像もしてなかったんだな。
しかし、二十数年が過ぎて、日常的にポータブルな電化製品を使うようになると、なんというか扱いに差が生じる。
携帯みたいな毎日使うものはちゃんと充電してるけど、デジカメみたいなたまにつかうものだとたまに充電忘れたり、メモリーカード抜きっぱなしだったり。
逆に、ビデオカメラみたいな「ここぞ」で使うものはちゃんと整備してる。(デジカメと両方持ってるのはデジカメだと利き目の関係で目が隠れてファインダーで動画撮影できないから)
確かに、スモールライトとかどこでもドア(こっちは大長編では「地図は対応してない」など、ドラが原因の整備不良以外の理由で使えないことが多い)は毎日使ってるから不具合は起きないだろう。
逆に、タケコプターなんかを使うのは基本、秘密道具を持って調子こいてるのび太を、ネズミ(あるいはのび太にだまされて)気絶から目覚めて慌てて探しに行くときとかで、毎日は使ってなかった気がする。