組織立って不気味な装束で街を練り歩き黒人を引きずり出して暴力を働くテロリスト集団と、企業の重役が差別発言で炎上して失職するのを、「めっちゃやってる」のひとことで同一視するのすごいな。
ひずみ VS ゆがみ
同じくらい歪んでるならまあそうですが
(新品・傷なし)
SNSで過激な言動をする人たちって中年男性かつ限られたアカウント、
炎上は同じ人たちが起こしているって調査結果あるはずだから色々あるんだろうなと思う。
歪められてるように見える、つっても差別主義者のほうはさらに歪んでるじゃん。
じゃあ反差別主義者が全米規模の自警団を作って差別主義者狩りやってるかってやってねえよ。
自称善人がちょっと過激なことをしたらめちゃくちゃ批判したくなる」
っていう例のバイアスじゃねえの。
深夜アニメ見てる人で考えよう
いつだったか見たアンケ
https://smartanswer.colopl-research.jp/reports/d67f1fee-3c25-4526-b132-112547e5c560
10代〜30代でざっくり3割ちょいだな
15歳〜39歳だけで見ると
だいたい15〜39歳で4000万人くらい
4000万人の3割なら、1200万人
多すぎね? 怪しいなぁ
リアルタイムでのアニメの最高公式フォロワー数が大体20万くらい(だいたい女性向け)、男性向けだと15万とか
あ、声優だと杉田智和のフォロワー数が135万人だから、2.5倍すると330万人まで行く
うーん結論が出ない
ヲタが400万人、ライトなアニメ視聴者が800万人とかそのくらいでいいか?
割合に直すと1割と2割
30人クラスならヲタ3人、ライトアニメファン6人 割としっくり来るな
うーん十分な気がする
アニメ系サービスはまだプロダクトマーケットフィットしてるもの少ないのかもな
今度ちゃんと調べよう
俺も同じ立場でずっと苦しんでいたが牛乳石鹸の一件でもうやめることにした。
しかし後ろめたさはない。
開き直っているつもりもない。
ただ清々しい気持ちだ。
男性が女性を苦しめているという社会構造はそのとおりだと思う。
そして自分はそんな現状に甘えていたくはないと思った。
それが間違いだったとは今でも思わない。
自分に女性への配慮が足りない部分が多かったことを俺はたくさん学んだ。
ツイフェミがいなければ彼女いない歴=年齢を脱出できることはなかっただろう。
男性が不当に偉そうで女性が不当に辛い思いをしてきたのはわかる。
俺も悪かったとも思っている。
終わりが見えない。
どれだけ自分を責めても決して許してはもらえない。
ツイフェミを憎みたくもなった。
憎んではいけない。
ただ葛藤を繰り返した。
ツイフェミに許してもらおうとするのがそもそもの間違いだった。
それを理解したのでもうツイフェミから何かを学ぶのはやめることにした。
そして自分と同じように自分の男性性に苦しむ人間にも言わなくてはならないと思った。
だから自分の男性性と向き合うならツイフェミの話を聞くのも悪くない。
しかし決してツイフェミに認められることを目標にしてはならない。
ツイフェミは決して男を認めることはない。
ツイフェミが男の弱さを許容することはない。
気をつけなくてはならないのはツイフェミの言うことに耳を貸さないことは女性蔑視することではない。
その罪悪感がツイフェミを否定したい心に歯止めをかけるが決してそんなことはない。
ツイフェミを拒絶したところで女性を拒絶したことにはならない。
女性を差別したくないという気持ちがツイフェミを否定してはいけないと思わせる。
しかしツイフェミを否定することは女性を差別することにはならない。
そのことを決して忘れないでほしい。
ツイフェミから逃げ出したい時に無理にミソジニーになる必要はない。
ツイフェミから離れてもツイフェミから学んだことを捨てる必要はない。
それを捨てなければ世の大半の女性はあなたを女性への理解がある紳士な男性と認識してくれる。
もしかすると女性をたぶらかすひどい男だと言われるかもしれない。
しかし気にすることはない。
いったいどのくらいのユーザーが、「いろいろな調理機能を備えた、高機能電子レンジ」が欲しいと思っているんだろう。ほとんどのユーザーは、「基本的な機能だけの、安い製品」が欲しいんじゃないの?レンジだけじゃなくて、冷蔵庫も洗濯機も。たから、海外の新興メーカーにシェアを奪われまくるんだよ。
国内の雇用を守るためとか言って、売れない商品を作り続けても疲弊するだけで意味ないじゃん。
日本の家電メーカーなんて、はやく海外資本に買収されればいいのに。そして、合理的な経営判断の元、市場のニーズにあった商品が作れるようになって欲しい。
わかるよ!
新しい会社に転職したとき、こっちはたくさんの人を一気に覚えないといけないが、たくさんの人たちは俺一人を覚えればいい。
そういうことだろ?
若い衆をたくさん養っていたので、毎食ご飯を炊いておかずを用意する。残り物で済ませるということがない。
祖母は「冷や飯を食べたことがない」「(祖母の認識ではおかずがないときに作るものだから)味噌汁は食わず嫌い」なことを自慢していた。
若い衆たちが配給の権利を残したまま出征したことと、若い衆の実家(近隣の農家)から食べ物をわけてもらえたことで、戦争中食べ物に困ったことはないらしい。
話を盛るタイプの祖母だったので、どこまで本当かわからないのだが、食べ物に苦労したことがないことだけは本当なんだと思う。
そんな祖母の語る東京大空襲は、死体が浮いた川の水を飲んだみたいな定番エピソードも出てくるのにまったく真に迫らずのんきなものなのだ。
そうそう、その自分は正義の側にいると信じ込んでいて不寛容な態度をとる人はどうなの?という話です。
かつてその自己実現の問題をはらむがゆえに不寛容であった正義は宗教であったけれど、今はポリコレなのだろうと思うし、また次の絶対に正しい正義を探していくのだろうというのも同意です。
でも、なぜそうした人が正義を追い求めるのかというと、実は自分を肯定できてないからというのが私の見立てであり、だからこそ自分も他人も許容しましょう、という話になります。
ポリコレも本来は様々な人を容認しよう、という話であったはずなのに、それが正義を強要する人によってゆがめられているように見えるのは残念だと思います。