2020-09-04

人種差別は大嫌いだけど、銅像を倒すのって器物損壊罪じゃない?

ニュースを見ていると、そんな疑問が浮かぶのだけれど、いくら空気を読まない私だって、それを口に出す勇気はなかった。これは、そんな私が一冊の新書によって、正義のために物を破壊するのにも、道徳的理論根拠があるのかもしれない、と知った経緯だ。

増田正義

増田に入りびたっていると、世の中にはいろいろな立場があって、さまざまな正義があることがわかる。残念ながら、複数正義の間でぶつかり合いがあることもまれではない。表現の自由と見たくないものを見ない権利で、レスバトルが毎日のように起きている。あるいは、外国人移民権利尊重したら、女性安全をないがしろにしてしまったケースもある。2015年ケルン大晦日集団暴行事件なんかがその例だ。弱者をいたわろう、財産はみんなで公平に分けよう。そうした基本的原理では同意できるのに、個別のケースでは意見の一致が見られることはめったにない。工学部出身の私としては、実験すればすぐに答えの出る理系学問勝手が違い、社会の複雑さに戸惑うばかりであった。

正義への懐疑

そうするうちに、結局のところ正義根拠ってかなり曖昧でいい加減なんじゃないか、みたいなことを思うようになった。正義論理的根拠がわからなくなったのである。もともと正義についてはサンデル教授の本くらいしか読んだことがなく、哲学は専門外だ。

たとえば、大日本帝国中国北東部傀儡政権を作るのが悪だとすれば、アメリカイラクアフガニスタン空爆したり、親米政権樹立したりするのとどう違うのか。アメリカ中東派兵するのならあまり気にならないが、ロシアクリミア占領併合したときに動揺してしまったのはなぜなのか。本質的な違いはほとんどないのに。

日韓関係だってそうだ。たとえば、国家の間で解決済みであるはずの補償問題を、個人請求することは可能なのだろうか。それとも、個人権利が拡大する世界的な流れのなかでは、必ずしも不合理な話ではないのか。大統領が変われば民意が変わったことを意味するので、前政権約束反故にすることは許されるのか。

他にも、裁判員制度で、発達障害のある犯人に厳しい判決が下されたことがあるけれど、市民感覚医学最先端知識乖離していることも多い。専門家ではなく、偏見もある市民を本当に裁判に参加させていいのか、心配だ。

倒される銅像

で、直近の例で特に印象的だったのが、冒頭に述べたように、BLMで無残に引き倒される銅像だった。革命直後に独裁者の像が倒されるのには全く違和感がなく、それどころかほとんど何も感じない。しかし、歴史上の偉人がこうして再評価されるのを見ると、これは正しいのかどうか、よくわからなくなった。現代価値観からすれば、彼らの過ちは確かに明白だが、こうして公衆面前侮辱に近い目に合わせていいのか。法の不遡及原則、という聞きかじった知識を思い出してしまう。

道徳的には、人種差別絶対的な悪であるしかし、それに抗議する過程で必ずしも公共のものを壊す必要はないのではないか撤去を求める署名運動を起こせば十分なのではないだろうか。銅像破壊する意図は正しいが、間違いなく違法な行動だ。違法であるならば、BLM運動正当性に傷がつくのではないか。結局、正しさには根拠などやはり存在せず、その場の大衆熱狂しかないのではないか。そんな次々と浮かぶ懐疑に苦しめられた、反差別運動に対しての恐怖まで感じるようになってしまった。

書籍に救いを求める

そんな自分困惑しつつ、久々にリアル書店に足を運ぶと、「あぶない法哲学」という新書を見つけた。法哲学の本らしい。つまり、どうして法律道徳が正しいのかを理論的に分析する学問だ。

これだ! と私は膝を打った。私のもやもやはこれで解決するかもしれない。早速購入し、一気に読了した。著者はオタクらしく、ところどころ漫画アニメのたとえが出てくるのでわかりやすい。しかし、レベルを下げたり読者に媚びたりするようなことはしていない。そして、実在の事例や過激思考実験を見せることで、常識を疑ってかかることを、私に教えてくれた。

実証主義自然法論。法律根拠って何よ?

この本で学んだ重要概念として、法実証主義自然法論がある。

実証主義というのは、ざっくりまとめると、法律正当性を持つのは、定められた手続きに従っているからという理由しかなくて、そこに道徳的価値判断は介在しない、というものだ。そして、どれほど内容がおかし法律であっても、正当な手続き撤廃されない限りは、それは守られるべきものだ、とする。

もう一つの自然法論は、大まかにいえば議会で定めた法律よりも優先すべきルールがある、というものだ。さっきと違って道徳がかかわってくる。もちろん、人間良心常識は、時代地域で一貫したものではありえない。しかし、法律が追い付かないほど変化の激しい現代にあっては、法が整備されていない状態での一つの指針・根拠とすべきではないか、と著者は述べていた。

ここで大事なのは法律正当化するのは手続きのみであり、それが人道に則っているかどうかは、実は関係がない、という考え方が存在することだ。

で、ぶっちゃけた話、法律って守る必要ある?

ソクラテス最期はよく知られている。アテナイ若者堕落させたという不当な罪を着せられ、死刑となった。弟子たちはソクラテスに逃亡をすすめた。というか、当時は死刑判決を受けたらその都市国家から逃亡するのが当然だった。しかし、ソクラテスはあえてその判決に従った。悪法であろうともそれを守る義務がある。私はここで死ぬ悪法を制定した市民はその結果を引き受けよ。ソクラテスは命を賭して法を制定した市民たちに、自分たちがどれほど愚かな法律無自覚に作ってしまたか、を訴えたのである

一方で、市民不服従という考えもある。キング牧師アラバマでの激しい抗議活動のゆえに逮捕された。彼の方法は、多くの人々の抗議の模範となった。つまり自分良心ゆえに受け入れることのできない法律自覚的に破るが、国家尊重しているという姿勢を示すために、甘んじて法の罰も受ける。これを繰り返すことで、逮捕している国のほうがおかしいのでは? と多くの人が考え、行動するようになる。確かに法律を破ってはいるが、法律に従って罰を受けることで、遵法とは別の手段正義への敬意を示しているわけである

法律を守るだけが正義を貫く手段ではない。

この二つから導き出せること

道徳とは関係なく、法律を制定することは可能である。そして、不正法律や、放置された不正義に抗議する手段として、法律を破るという方法理論化されている。よって、違法手段正義を追求することは可能である。この結論は、良くも悪くも定められた手続きを重んじるタイプの私としては、非常に大きな驚きであった。

結論

人種差別に抗議する方法として、銅像を引き倒すのは、確かに器物損壊罪だ。しかし、それが正しいと考える人々は、単純な感情で動いている暴徒とは限らない。正しいかどうかはともかく、彼らの立場サポートする理論化された法哲学が、実際にあるのだ。

自分は、法学部一年生が学ぶことを、この年齢になってやっと知ったのだろう。だが、こうして知識が増えたことで、自分の感じていた違和感を少しだけ言語化できた。今後は、何らかの形で国際法とその背景の思想について学び、先ほどの例に挙げた、大国軍事行動の背後にある理論理解したい。

なお

本論では法律有効性に対して一定の疑問を投げかけているが、積極的法律を破ることを推奨する文章ではまったくない。また、法に関しては無知も同然なため、誤解があるかもしれない。ご指導ご鞭撻のほどを乞う。

  • 革命権とかそういう話?

  • だからBLMの旗を掲げて銅像倒そうが略奪しようが、少なくともロジックの上では全部正義なんだよ もともと正義というのがそういうもので、正義のためなら法律を破ろうが死人が出よう...

    • うむす。 これからの時代、正義によって行動するのではなく、公正によって行動せにゃあならんよな。

      • その熟語、牛乳のラベルでしか見たことない

        • 牛乳のラベルを熟読しているお前は非常に公正な人間だといえよう。 えらいぞ。

  • アート展で天皇写真や日本国旗燃やすのは器物損壊ですらないのに発狂してるジャップが犯行予告の電話までしてたよね。

  • 「いますぐ黒人に対する不当な扱いをやめろ。  止めなければ我々の同士が乗っ取った旅客機が原子力発電所に突っ込むことになる」

  • 暴徒たちは合衆国の刑法そのものを守る気は無いんでしょ。

    • 日本人としては、外国なので、いわれない限りは興味を持ちません。

  • 法哲学楽しいよね 日々を生きる中で人を裁けると思っている人には、ぜひ学んてほしい。

  • それが正しいと考える人々は、単純な感情で動いている暴徒とは限らない。 なるほど。 ただ、後方から理論方面で支援する人はそうだろうけど 前線で活動してる人はそこまで俯瞰的...

  • 違法行為をもって正義を示すことは可能だとは思うが 銅像の破壊なんかは何も正義を示せてないから単なる違法行為と思うよ

    • あなたが正義を理解できないだけですよね

      • それはあらゆる違法行為の批判者は正義を理解できてないとするだけの論法だから無意味だ

    • 何も正義を示せてない 対象の人物が実践していた行為や語っていた思想を否定することが正義ならば、銅像の破壊によってそれを示すことは可能なんじゃないかな。 もちろん現在の価...

  • 法律は法律だから絶対正しい、法律を守ってから文句言えみたいな思考が硬直した日本人が多い中で法学生じゃないのに法が人間を律するんじゃなく人間が法を運用するって当たり前の...

  • 自衛隊を悪く言いたくないけど、ヘリで住宅に突っ込むのって器物損壊じゃないの ヘリもう飛ばないで 神埼墜落事故 空を見上げ住民「怖い」https://www.nishinippon.co.jp/item/n/392141/

  • 欧米のデモ(暴動)だって逮捕者いくらでも出てるでしょ

  • nemuiumen 誤り。法律には「人を殺してはいけない」という記載はなく、「人を殺したものは◯◯の刑とする」と書いてある。法律通りの刑に服せば法律を守っている。「正しいんだから...

  • 実際、今アメリカで黒人暴動にびびってるであろう白人保守層だって 旧ソ連崩壊時にスターリン像が倒されたり イラク戦争後にフセイン像が倒されたの喜んでたろ? 今後もし北朝鮮や...

  • 正義感と法律について自分も感じた事。 YouTubeの動画でスーパーの駐車場に斜めに車を停める車を一方的にナンバーごと移す動画がアップされていた。 自分が気に入らない行為を当ては...

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