追突されるんだよなぁ・・・
オタクって自由主義者が多いと自分基準で勝手に思ってたんだけど、意外とそうでもないのかな? というのが最近わかってきて、ちょっと驚いてる。
そうだね。保守主義者とノンポリ(何も考えていないか積極的に政治と距離を取っている)が最大派閥で、ゴリゴリの左派が続いて、自由主義者はその次くらいだと思う。
例えば匿名掲示板でキャッキャしてるときでもけしからんとか規制やむなしとか無意識に言っちゃう連中そこそこいるから、冗談でもそういうこと言うべきじゃないぞって水を指したくなることもそこそこある。
A. 以前は献血にご協力いただいた方に図書券やテーマパークの入場券のプレゼントなどを行っていましたが、2002年に施行された「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」(新血液法)の有料採血の禁止条項に基づき、皆様の善意を疑うことにもなりかねないことから、金券など換金可能なものを処遇品としてお渡ししないことになりました。ご了承ください。
マスコットでよくね……?
実際マスコット以上の働きなんて期待してないだろうし
稲田朋美みたいに、弁護士資格もってて、方向性はともかく仕事出来そうならともかくさ……発言見てても仕事廻せない感すごいやん
高級住宅街だろうが貧困地域だろうが、都会だろうが田舎だろうが、公道には必ず馬鹿がいるじゃん?
飲酒運転する馬鹿、煽り運転する馬鹿、危険運転する馬鹿、スピード違反の馬鹿、車線変更にウィンカー付けない馬鹿、雨の夜に無灯火の自転車の馬鹿。
もう、こういう奴らの相手をして道路に出るの疲れた。そりゃ電車にだってバスにだって頭おかしいやついるけど。電車の場合は自分も相手も殺人兵器となりうる車を持ってない。バスやタクシーはそういうストレスを運転手が仕事として負ってくれている。気楽だし安心できる。
ハサミの切断操作自体は一軸やけど、それを特定のポジションで行う為の軸は「6軸」だな。
これやって人間の形を無視すればそれほど難しいオーダーではないで。客の周りにリング状のレールを置いて上下するだけのアクチュエイターの上にハサミ動かすジンバル乗せるだけでええんやから。ものは考えようよ。
https://www.ichikawashi-sjc.org/
つまりここが2%上げて市川市に請求して、それに伴い市川市が10%値上げしたのか
そして値上げ分でテスラ購入w
それに尽きるんだよね。
評価軸を「献血」側だけに置くことは、議論の客観性を放棄することになりませんか。政治的には(要するに相手を〈ぶん殴り〉たいだけならば)そのやり方は正解かもしれませんが、議論をする上では間違いだと思います。
批判者に同調する訳では無いけれど、彼らはそもそも「性的メッセージを社会にあふれ許容させる世論作り」の一貫である、としてアレを批判しているわけで、しかもそれを個人の店でおっさんがやってるのではなく(それでも一定の公益性があれば彼らは批判するでしょうが)ある程度公共性のある団体が加担していることに厳しい目を向けているわけでしょう。その評価軸、つまり(彼らの思う)「自由な公共」性がより担保されるか/毀損されるか、という点を無視した議論は、議論としての有効性を欠くと思います。
自身で「宗教」と断言(自虐?)しておられるのですから、いいんだよそこは政治性なんだよオレは議論なんてしてねーんだよ、ということなのかもしれませんが、それなりに分析的な文章で、対話を目指して書いておられると感じたので一応。
なお、個人的には、「批判者の言うことも分かるが、方法論としてこのような『片端から噛みつく』というやり方は、主張としても不親切だし啓蒙手法としても成功しておらず、むしろ社会の分断と対立を深めるという観点で『私の思う公共性』を毀損している」と思っています。彼らは、分断と対立を深めるなかから新しい社会が誕生するという運動論に基づいて、むしろ確信犯的にそれを行っているつもりかもしれませんが、それって単なる腕力勝負だと思うんですよね。つまり「殴り合って勝った方の言うこと聞けや」ってことです。そりゃ短期的にはそれで一定の陣を得られるかもしれませんが、それで長期的に問題が片付くのかというと疑問ですし(バックラッシュなど)、あらゆる考えや立場の人が自ら発信できる社会ではそういう、ダイナミックに物事が変わることはもはや期待できないと思っています。批判者のやっているこのようなやり方もまた、仲間内に向けたある種の〈政治〉的行為だと言っては言い過ぎでしょうか。
私はそれよりも、次代のスタンダードを作るのに必要なのは、上野さんやその世代の人々がやってきたセンセーションではなく、あるいは誤解をおそれずに言えば"MeToo"のような魔女狩りでもなく、もっと落ち着いた対話と理解を行う姿勢であり、抑制の効いたオープンな議論だと思います。その意味で、批判者の現在のやり方は不適切だと思いますし、可能であれば、〈殴りかかられた〉側にも、あえて冷静な対応や議論の姿勢を求めたいと思います。