http://anond.hatelabo.jp/20150603000556
http://goo.gl/u9Xri8 にある通り、自転車先進国であり、自転車行政政策成功国の代表的存在であるオランダでさえ傘さし自転車走行文化はあるんですよね。傘さし自転車より、自動車規制取り締まり強化と自転車インフラ整備が正解です。
一億人がひしめき合っているのもゴキブリ並みに繁殖力が強いからであり,好んで性交を行い,産むだけ産み,産まれた者は親と何の関係もなく只ひたすら自分の性欲のためだけに自力で成長する。ここ40年,日本人は女性ではないかという言論があったのも,国が見せていた幻想であり,一見みんな本質は女性であるかのように見えた時期もあったが,実はそういうことではなくて,性欲の強い者が好きなようにするゴキブリの社会であり,生きているときと死んでいるときがあるということなのではないか。
なんでやるんだ。
そんなこと平気な会社だからジェンダーだフェミニズムだがんがん無視。すごいよ、もしリアルタイムでブコメ付けられたらもう突っ込みどころ満載よ。
メンバーがチャラそうな奴らばかりでスポーツの最中話しかける気もなく
話したとしても話が合わなかった。
昔の幹事長とはよく挨拶はするのだが如何せん違うタイプの人間だなと感じることが多かった
彼は背がとても高く、サークルの多数の仲間とコミュニケーションが取れている。
いつも友達を連れている姿を見る
アニメから芸能まで話のネタは沢山あるみたいでだいたいの話はついていけると豪語していた
しかし一つだけ大きな欠点?があって留年している。もう2年くらいかな?
女とかピンクというだけで,キラキラネームなどの説明がつくのだろうか。死体という言葉が出てくるのも,女との関連性があるとは思えない。日本人は女のように,恥じらいがあるとかなんとかいうようなものなのだろうか。やはりゴキブリなのではなかろうか。温暖湿潤な気候を好んで移住したモンゴロイドのうちでも,ゴキブリになりたかった人が好んで海沿いに居住したのではないか。
世間知らずとは思わなかった。
小学生が痴漢にあうとは思いたくない、けど現実はそうだよね、想像してみたけどやっぱムリムリムリ、こんな現実見てられない、そんな感じに受け取った。
あえて小学生を狙うのもわかるけどわかりたくないというか、知識として知ってはいるけど理解したくないというか、死と太陽は見つめられないというけど人の悪意も見つめようとすると拒否反応を起こす感じ。
殺人のニュースなんかも他人事としてなら見てられるけど、一件一件に感情移入してたら見てられないじゃない?
ちょっと前の増田でもあったけど殺人犯を多くの場合理解しようとはしない。
異常な犯人の行った自分とは全く縁のない異常な感情、異常な事件として処理しようとする。
この世の理不尽を咀嚼するのは重すぎる。
いい歳して政治には正直関心がない。右左とかどっちもキチガイっぽくてどうでもいいんだけど。
けど、ゆっくりとじっくりと、諦めのようなそんな空気ができている気がして、こわい。
日本人ってこういう「しょうがねえか」な空気にめっぽう流されるよね。
抵抗する人はもちろんいるんだけど、結局は苦しみを甘受して従う大多数の波に飲まれる。
って思うんだけど、いないの?
ラーメン屋に10人客がいたとして、そのうち喫煙者が1人だったら
灰皿置いてあったら吸うの?
飲み会とかでたばこ吸っていい?って聞くんじゃ無くて、たばこ吸ってくるね?って言えるヤツいないの?
中国のPM2.5は非難するのに、自分が出してるたばこのPM2.5は気にしないの?
たばこって体に悪いの知ってて吸ってるのに、喉のガンになったりして
誰も反応してくれないってさっき嘆いてたからちょっと質問するけど、
時間の余裕じゃなくて、何つーか、精神というか文化というかそういう問題だと思う。
時間があったって労働以外に価値を感じていなければ、その時間を労働に費やすだけだ。
そして現代日本では育児は価値のないものとされてる、ってのが少子化の根本的な原因ではないかと思う。
「子供育てる暇があったら働くよ、働く方が価値あるから」が多くの人の本音になったから、だろう。
やれ仕事と育児の両立だーってのも、「いかに育児を省力化・外注化してその分の時間を仕事に費やせるか」って話ばかりだものね。
日本では状況の特殊性が最高原理であり,なぜならばその瞬間において誰が一番エロいのかが
価値評価の全てであり,各々いずれ自分の時代がくると頭の中で思い込んでいるというような
本質が見て取れるのであるから,これは女というよりもゴキブリである。そのせつな,その瞬
間のエロさが全てであり,自分の時代が人生のどこかに設定されているのであるから,ゴキブ
リ以外の何物でもない。
いや元の話で「剣と盾では熊も倒せない」(現実ではそんなことはない)とか言ってるから
火薬を使わない武器では熊も倒せないからドラゴンを倒せるのはおかしい(現実の物理法則ではありえない)というなら
そもそも現実の物理法則ではドラゴンが自立することがありえないって話だろ
すげーチラ裏
少子化問題についての時間的余裕の関係(ってか長時間労働の問題)について。
まず、子供を育てるにはそれは膨大な時間が、手間がかかる。それはとても大きな問題な訳なんだけど、子供が生まれてくることに関する価値観的な問題にも時間的余裕の有無が関わるだろうなーと思って、なんとなく書いてみた。
我々が労働の中で直面する価値観。生産すること、達成すること、協同すること、勝利すること、成功すること、成長すること。労働においてよいとされ、追求されていくものだ。だが、その価値観を真に我々は肯定できているんだろうか。『生産!』『達成!』『協同!』『勝利!』『成功!』『成長!』できてそれを楽しいと思える人間はいいかもしれない。けれど、それ以外の人間はどうなのか? 多分納得できてない人だって多いはずだ。しかし、そんなことを言っても、価値から取り零されながらでもこの仕組みの中で生活していかなくてはならない。そんな世界を砂漠のように感じはしないか。そんな世界の中に子供を生み落としたいと思うだろうか。労働の価値観が支配する世界を、自分が仕方なく生きていくならともかく、新たな命に勧めたいと思うだろうか。
もし、生きる中には他にも人生を賭けて追究される価値があり、世界は豊かだ、と思えるのなら、子供を生み落とすことは祝福ともなるかもしれない。ただしそう思うには、親となりうる成人の方に、労働以外の価値を追究していくだけの時間的な余裕が必要だろう。現状の長時間労働体制では、趣味の欠片を続けるのが関の山という場合も多いのではないか。それでは他の価値観を深く育んでいくに足る余裕なんてない。
なんかやりきれなさが湧いてきたので。