鳩山元首相、6月に訪露へ 「プーチン大統領と会う機会出てくる」「普天間移設は国外しかない」
http://www.sankei.com/politics/news/150410/plt1504100039-n1.html
よく考えたらプーチン大統領のスキルを日露の国交強化に役立てるチャンスかも。
などとドス黒い発想してしまった。
数々の実績もあるしね。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/10/princess-kako-why-she-is-so-popular_n_7038586.html
↑何言ってんだこの人。
http://anond.hatelabo.jp/20150410132726
人にお金をだせば良いと思う。クラウドファンディングみたいな。
クラウドファンディングは○○するプロジェクトがあります!なのでお金ください!○○円集まればやります!!みたいな海外のサービス。
一口500円とか1000円なら、中学生とかでも大人でもすぐ出せるだろうし。
○○監督の次回作にお金をだしてください!とか。うろぶち脚本の次回作だとか。
水島監督、浅香監督(ちはやふるとか)、幾原監督、とかなら五千円とか一万とか普通に毎回だしてもいいし。
PA作品、京アニ作品、錦織監督、小林靖子シリーズ構成とか、は三千円とか?
押井守もエンタメに特化して作るなら、五万だすわ。攻殻機動隊パトレイバーみたいな。毎回イノセンスなら百円な。
とりあえず、試すだけ試してみたらどうですか?
塵も積もれば山となる。塵を舐めるなよ。
実はiPhoneの便利さを捨てずに可処分時間を取り戻す方法があるんですよ。
そう、AppleWatchです。あれはそのために作られたんですよ。
電王戦で湧いてるにわかコンピュータ擁護派が勉強不足すぎてクソ
割りと議論が進んでる分野だから思いつきで反応してもテンプレで論破されるだけ
コンピュータが絡むとよく知らん分野の話でも攻撃的に反応しがちなのがコンピュータオタクの悪癖
ろんぱっぱ~うんちっち~♪
事前に見つかった弱点を突かれたくなかったら同一局面でも違う手を指すように作ればいいのだ。
ソフトのそうした弱点は「プログラムされたことを忠実に実行する」という長所の裏返しで存在するものであって、
それは人間が直感的に考えることができるのと引き換えに凡ミスもするというのと同じだ。
もしも「ソフトの弱点を突かないでくれ」というなら、
髪の話はやめろって言っただろ!
自身のリクエストで川本真琴の1/2をかけた後の、サンキュータツオの発言書き起こし。
こういう適当な事言ってるからアニメファンから評判悪いのかと思った。
まあ人斬り抜刀斎と言われた
まあ男ですよ
でやっぱオープニングの曲とかに
まあこういったちょっとポップな曲を使ったりとかもしてたんで
わりとなんかこうピュアな感じのね
人の金銭にたかることは非難される行為とされるし、時間を割くこともありがとうございますと言われるのに、
「教えて」と人の知識にたかることは何にも抵抗感はないのだろうか。
男も30過ぎたら価値ないよ。
30過ぎたら女あんまりよってこなくなった。
パパァってのはかなり来る。
四年ぐらい親に任せておけ。
私の職場には増田増美(仮名)さんというとてもいい匂いのする女性がいる。
増美さんの声は声優の内田彩さんに、顔はカレーパンマンに似ていてとてもかわいい。
着ている服はパステルカラーを基調としたもので、増美さんのやわらかく明るい性格に合っていてとてもすばらしく、雨の日でも私たちのテンションを上げてくれる。
「またそんなところ突っ立ってるんですか!」(おお、なんと卑猥なことば……)
出ていないわけではないのだ。
申し訳程度の丘がそこにはあった。
だがなんだろう。
とても不安になる。
あ……申し訳程度だ……と私は思った。
それはちょうどパラボラアンテナあるいは鍋のふたのような曲面を描いている。
ふむ。
たしかにないわけではない。
緩やかな曲線がそこにある。
あることにはある、隠そうにも隠せないほどにはあるのだが、隠したくなるサイズ感なのだ。
増美さんは申し訳程度の胸を恥ずかしがっているかもしれないが、やんわりと主張してくる申し訳程度の胸なので、むしろ巨乳よりも目がいってしまう。
「私に気づいて」と申し訳程度の胸はささやいているわけである。
ぺったんこの無乳にたいしては私たちは紳士然と完全スルーを決め込むだろうし、巨乳に対してはむしろまじまじと見るのは不躾なため私たち童貞は目を逸らしがちである。
だが申し訳程度の胸に対して、その胸の「気づいて」というささやきに私たちはあらがうことができない。
つぎの瞬間には消えて無くなっているのではないかと不安になるからなんども確認してしまう。
あ、まだあったと私は安心する。
もしかして次の瞬間には消滅しているのではないか?
だが安心してほしい。
もう一度見てみるとやはり申し訳程度の胸はそこにあるのだ。
なかなかしぶとい。
しかし私がなんども見ていることによって、その視線の矢で申し訳程度の胸がへこんでしまうのではないかという危惧に襲われることもある。
私の次の視線が増美さんの胸の最後の瞬間になってしまうかもしれない。
そう考えると私は増美さんを見ることが恐ろしくなってくるのだが、「私に気づいて」というささやき声が聞こえるためどうしても私は増美さんの申し訳程度の胸を見ないわけにはいかないのである。
私たち童貞が見ないで誰が彼女の申し訳程度の胸に気づいてあげられるのだろう。
繊細な童貞だからこそそのささやきに耳を貸すことができるのである。
ただ、童貞はなにかができるわけではない。
来週もまた私は申し訳程度の胸を見守るだろう。
そこにまだあると確認するために。
現代の人々は悩みの多くを「個人で解決」しようとするから疲弊する。
「子育ての問題」は家族全体で負担すれば軽減できる。若い親が未熟でも、ベテランの両親がいる。
「住居の問題」は皆で一緒に住めばよく
「介護の問題」は一族全体の総数が多く子供の多い人口ピラミッドを家族で形成していれば問題ない。
「仕事のやりがい」は儲からなくても楽しく使命感のある仕事をし、収益化できるまで家族の世話になればよい。
物質的には豊かになった現代の日本社会は幸福を感じにくい仕組みになっている。
若くして子を産み、儲からない楽しい仕事をし、家族一緒に事業を経営して暮らし、子が育ち儲からない仕事が認められ、親が老いたら皆で面倒をみたらよい。
人工的な理念である核家族、都市部集住の無縁社会もまた失敗しているのだ。