はてなキーワード: お菓子とは
そもそも、「私達子連れなんだから食べ物屋さんに食べ物以外のサービスまでしてもらって当然よね」みたいな価値観がよーわからん。
お金払った分の「静かに美味しく食べられる環境」を平等に提供してもらう権利は主張してもいいと思うんだけど、
自分の責任で生んだ自分の子の面倒までちょっと負担してくれたっていいじゃんっていうのは違うと思うんだ。
自分の上の子が乳幼児の時のおでかけは、必ず「食器+エプロン+折りたたみ子供椅子」3点セット持参してたし、
子供が飽きた時の為にお気に入りの絵本や、赤ちゃん煎餅も持ってった。だからすごい大荷物。
服とかも奇麗にとか無理。当然行けるのは普通のファミレスor定食屋or居酒屋だけど、
必ず他のお客さんに迷惑にならないように、行く前に電話して子連れおKか訊いたりしてた。
たまに断られることもあった。まあ仕方ないよな、って感じ。
5年経って、
下の子の時は、大抵のお店に上記3点セット以外にも色々用意してあることが多く、
大変身軽になったばかりか、
帰り際の会計時に子供にお菓子をくれる店も多くなった。子供の遊び場がある居酒屋さんも増えた。
親にしてみれば本当にありがたい世の中になった。ちょっと恵まれ過ぎててキモイとすら感じる。
ただ
これが誰かのゴネ得の結果じゃないことを祈りたい。
もし自分が独身だったなら、深夜に居酒屋さんで飲んでる時に子供がキャッキャする声がするっていうのもなんだかなって思う。
あといまの若いパパママ世代がこれくらい当たり前くらいに思っているのはちょっと違和感がある。
あくまで子供は自分の責任で育てるもの、地域が〜、社会が〜、っていうのは
別増田ですが、甘味=和モノ限定だと思う。ケーキは甘味って言わない。
「お菓子」は乾いてるイメージだから、フルーツコンポートとかは「お菓子」って言いづらい。
だから、ざっくり「何か甘いもの」って言いたいとき「スイーツ」でもいいと思うんだけど。
少なくとも、大きいお皿に小さいケーキとフルーツとプリンとかが盛り合わせてあって、
他にプリン・パフェ・ケーキ・あんみつ あたりをまとめて呼ぶ呼び方が他に思いつかない
おやつでいいじゃないかって言う人もいるけど、おやつはおやつの時間に食べるもんだし
デザートって言ったら食後に食べるものだし
他になんて呼べばいいのかわからない
バレンタインに肯定的な男であれ否定的な男であれ
・チョコもらったら同等かそれより重いお返しをしなきゃいけないし
これのどこが「貢がれ」てるんだいったい
この貰う側の立場を理解してないってことは
君は生涯でいっぺんもチョコを貰ったことがない人間かチョコを渡す側かのどっちかだろう
こんな状況下でさらに渡す方が「屈辱的に貢いでる」ような意識なら
なおさらバレンタインなんて誰も幸せじゃなかったってことじゃないの
男も女も菓子屋もだーれも困らなくなった上に
すごく健全なとこに落ち着いたじゃないの
無理筋な男女間の干渉が無くなって困るのは
昔は「女がお菓子メーカーに踊らされて男に貢ぐイベント」として二重に女をバカにできたのが、単に女が自分の食べたいチョコを買う日になってきてどちらも成立しなくなったためにグギギとなってる図だと読んだ。
雑誌やネット記事のコンテンツネタを書いて小銭を稼ぐためにバレンタインが男の格付けイベント化になりつつあると煽る人の
いうこと真に受けているんですか
チョコ好きにとってはそのおかげで各店気合の入ったバレンタインチョコを毎年出してくれるからうれしい
恋人がいる女性にはどこの店で注文して恋人と一緒に食べるか楽しみなクリスマスに次ぐ恋愛イベントデーです
恋人がいない女性も「自分チョコ」買ったり、お菓子の材料を買ってお菓子作りを楽しめたり
みんなとっくに知ってるだろうけど、レコーディングダイエットって、ほんと効果的だな。
ちょっぴり体脂肪が多いぐらいでBMI 22.5前後の中年だけど、ジムで定期的に運動してるのに全然体重が落ちなくて運動に対するモチベーションがちょっと落ちてきてた。で、先月位から試しにレコーディングダイエットを試してみたら、簡単に体重が落ちて、しかもリバウンドしなくなった。
記録してはじめて気付いたけど平日は何となくお菓子を食べていることが結構多くて、だいたい毎日200〜500kcal分位食ってた。これだけで一月4000〜10000kcal位。運動はだいたい週に1000kcalもいけばいい方なので、差引一ヶ月で、良くてトントン。だいたいはオーバーしてるので、そりゃ体重も体脂肪も減らないよなー。定期的に体を動かしているから安心しちゃってたけど、毎日食べても問題ないほどは運動してないのに気付かされた。
レコーディングダイエットをはじめてからは、カロリーがよくわからないものは調べるのが面倒なので、結局今ではほとんど間食しないようになった。
嫁曰く、親の年収400万円程度との事でしたよ(私を立ててくれたのかもしれないが)
嫁の父親の教養って話ですが(私は個人的に彼女の父親の飄々とした所は同じ男として大好きなんですが)
彼女自身、父親にはあまり教養があるとは思っていないようです。。。彼女の母親もお菓子の工場勤務なので、年収も多いって訳でもないと思う。
親の年収が600万だとして、その辺のしょうもない会社の社員で600万なのと、東大准教授で600万なのとじゃ全く意味が違うって普通に考えれば分かるよね。
むしろ親の知性があれば金なんて全く問題にならないよ。
サーバ室は携帯の電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。
ただただ、作業に集中した。何も考えず。
病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。
彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。
でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。
そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。
「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。
壊れていたのは心だけではなく、体もだった。
1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。
5年間使っていた金属バンドの腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。
会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。
着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。
もう、限界だった。
仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、
仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。
それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。
そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、
盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。
それに自分の仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。
そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。
激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。
少し心と体を休めようと思った。
私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から、電話がかかってきた。
「大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」
そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。
当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし
仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。
プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学は文系の私に
SEなんて務まるわけもなかった。
配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。
何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。
実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。
そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。
舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。
どんなに夜遅くなっても、自分の仕事に責任持って最後まできっちりやってること知ってるから。
そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。
彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。
彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死で勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。
今の私を彼が見たらどう思うかな…。
そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。
復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、
同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。
(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)
でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。
福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。
ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビルに移転していて、
いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。
彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。
もう、クロワッサンを買う気ににもならない。
仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。
羽田で福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。
博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。
色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。
結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。
翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。
ふと、ある男友達の事を思い出した。
その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。
それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから、
定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。
私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、
それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。
だから、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。
その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、
私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。
ちょうどいいや…。
さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。
いるー!
その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。
それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。
そして、旅行のお土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。
色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。
そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。
前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院で正月にシステム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。
来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから、日本にいる事すら嫌だった。
そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。
F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日にF1の話をしていた。
這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。
二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。
仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。
http://rand.ldblog.jp/archives/5536508.html
では本題。
ないなら仕事をつくればいい
新しい事業をすればいい
とか
言われている
そこでふと考えてみた。
その新しい事業に一番向いている人間とは誰か?
それはきっと「事業に応用が効く経験と技能を持ち資金と時間がある人間」だ。
それは誰か?
年を行き過ぎた退職老人でもない。
ずばり、第一線で活躍していて、引く手あまたのビジネスマンだ。
そのリソースが社会の隙を見つけて挑戦することによって新しい事業が生まれる。
そのリソースをどれだけ多く生み出すかによって社会は発展する余地を得る。
もし社会発展が落ち込んだならば、ソレは何の権限もない就活生の責任ではなく
そういう超一流の人材の生産に不都合ななにかが社会構造にあるか
そういう人材のモチベーションを下げる問題がないか探すのがいいのではないだろうか?
言い方は非常にルサンチマン的だけど、すべての責任は超一流の人間にこそあるとも言える。
結論。
そうなんだ。なんだろう。食いしん坊なんじゃない?卑しいとは違うと思う。
よくわからないけど、物をもらうことがその子にとってのコミュニケーション手段なのか
※なんというか一種の甘え行為
ただ食べたいだけなのか?確認したら?
前者なら、それはコミュニケーション手段なのでやってあげたほうがいいけど、程度がすぎるなら、交換にしたら?あげるから、なにか頂戴といえばいい。
後者なら、断りたいときは断れば?でもまぁ、やっぱり、交換にしたほうが 波風は立たないと思う。
卑しいというのは、たとえば、食べ切れないほど(腐っちゃうほど)物をもらったときに、分けずに独り占めして腐らせること。かなぁ。
ある意味裕福な家庭に育ったのかもしれないけど・・・(普通の日本家庭だが)
食べ物については食べたいだけ食べればいい派なのでなんとも。※ようするに足りないという事がおきたら、ホストの配る量が足りなかったのでもっと安くて量を多くすべき。という考え方。
食べ物は人により満腹の量は違うんだから、あの人は食べ過ぎ!とかいうのは、人間はひとりひとり食べたい量は違うものという個人差を考慮していないので、全員が満足する寮を置かないと喧嘩になり、同じ量を配るのもまた喧嘩になると思ってる。
人数が多い時はしょうがないけど、沢山食べたいと多く摂る人が出るのもしょうがないと思う。
でもまぁ、その議論のお菓子だって配ってる人がいるように見え・・・その人の気持ちを考えると・・・もらってる人が分配についてなにか行っても仕方なかろう。配ってる人は喜んで欲しくて配っているのに、分配で揉められると配るのを辞めるという事になり・・・シェアしなよ。交換しなよ。(欲しい時は欲しいと主張するのも必要・程度問題)
性格なんだろうね~
ちなみに逆。
私は下に3人いるけれど、友人はほぼ一人っ子。(年が離れている兄弟がいる)
メールしたのは、「Aさんがメールしろっていうから」だそうだ。
しかも、私が戻らないだろう時間(その日の自分は×時以降いなかったらいないと思ってくれ、という日だった)
になってからのメール。時間的に配られたのはもっと早い時間だろうに。
「○○さんは来ない(出勤日が少ない)から~」「××さんはこーゆーの食べないと思うし~」
と、集めて食べている。
相手もたまにお菓子などくれるけど、それよりも断然「ちょうだい」が多い。
スーパーで一緒に買い物していると「一人でそんなに食べられる?私が食べてあげるよ~」とか、
果物を実家からもらった、というと、「え~~食べきれる?余ったら食べてあげるよ~~」とか言う。
あげたことは一度もないけれど。
私は親に「人の食べ物をねだるな」とそれはそれはきつく言われて育った。
(下の兄弟には率先して分けろ、親にも差し出せ、という親だったので、あげてばかりでもらうことはほとんどなかった)
少しでも食べ物に関することでねだると「はしたない」「卑しい」と言われてきたから敏感なだけかな。
それにしても苦手だ。こーゆー人。
追記。
賞味期限は、私の次の出勤時には2日くらい切れた状態になる。
ケーキといっても、生ケーキではなかったようなので、大丈夫だったと思うけど。。
メールの文面からも「欲しいならとっておく」という気持ちは読み取れなかった。
「次の出勤の時にはとっくに切れちゃってるし~」とかそんなのばっかり。
人には嫌な部分もあるので、そこまで気にしていないが、
好きな部分よりも嫌いな部分が多くなったら、友達と思えなくなる。
押しつけがましい部分があったが、大きな一件があったので、
少しおさまってきている気はした。
夕方一息つくのに菓子パンを食べようとすると、
友人がダッシュできた。
何事かと思って「どうしたの?」ときくと
「そのパンちょっとちょうだい!!」。
そんなことでダッシュしてきたのか・・・。ちょっとちぎって渡すと、
「あ~助かった!お腹すいちゃって!」と戻っていった。
私の机の中にお菓子を入れていて、1つあげたことがあったんだけど、
その次の日に、「ねぇねぇ昨日のお菓子まだあるんでしょ?ちょうだい」ときた。
まだ数があったので、あげると、「あ~よかった~」と去っていった。
一緒にご飯食べに行った時、デザートをその子は食べなかった。
「一口食べる?」とスプーン渡すと、「ありがと~」と言い、ばくばく食べる。
普通一口で終わらない??と驚きながらも、そのままだとなくなりそうなので、
器を手に取り食べることにした。
そして昨日。
「賞味期限が明日までのお菓子が(職場で)配られたんだけど、もう戻らないよね?」というメールがあった。
どういう意味かよく分からなかったので、「誰から頂いたの?」と返信するも、「ケーキなんだけどさ。欲しい?」ときた。
なんだかよくわからないし、そもそも今までそんなメールがきたこともない。
「私の分持ってっていいよ~」と返信したら、「言ったね~?笑 いいの~?笑 おいしいんだよ~~」。
・・・最初から狙ってたんじゃん。すごく不快になった。「最初からそのつもりだったんじゃないの?」と送ると、
こーゆーの、卑しいって言うんじゃないの??私が卑しいのかな。。
自分が女と付き合ったり、セックスするなんて、石油王になるくらいの確率だと思ってた。
あまり他人と親しくなれたことがないんだ。
友達がまったくいないというわけじゃないけど、なんていうのかな、休日に遊んだりはなかった。
登下校のときお喋りしたりするだけの関係。
友達の家にお泊りとか、ちょっぴり憧れた。
親が厳しかったというわけじゃない。
年にニ回、研究室のイベント(忘年会、追いコン)、それを4年分。
酒と煙草と女を覚えなかったのは、よかったのかもしれない。
他人の色恋に鈍感だから、自分が把握している以上にはカップルになっていたんだろうな。
俺の学科は一人暮らしが多くて、男女比がほぼ1:1で、実習やら実験で夜まで作業したりするところだった。
そんなところに、思春期の男女が集まればそうなるんだろうな。
オタ趣味があるわけでない。
内向的なわけではなく、むしろよく喋るほうだ。
よくわからないなぁ。俺は今家事全部終わってメシ食って大絶賛ヒマなんですけども。
スーパー、八百屋、魚屋、肉屋、それに夜の半額札狙いは当然ですよね。カネないし。
例えば今日買ってきたのは、ほうれん草(60円)、大根(90円)、白菜1/4(40円)ひき肉(100g58円)、牛乳(150円)だけど。
これに昨夜半額で買ったブリのアラがあるから、ブリ大根に白菜のじゃこ炒め、ほうれん草のチーズ焼き、大根の味噌汁、
みたいなメニューにしようかと思ってたとこです。今年はブリが安くていいですね。ただ、サケは高い。そろそろサケ食いたいんですけど。
せめて鮭のアラでもないかなーと探してるんですが、あっても法外なお値段でとても手が出ません。
スーパーも八百屋も九時から開いてるし、自転車で店4軒回っても正直一時間以上かかるとは思えない。
そもそもわかんないんですよ。主婦ってことは、5時には起きてますよね。俺のサラリーマン時代も出勤は6時でしたし。
彼女にちゃんとした弁当を持たそうと思うと、必然的にそういう時間になります。すると、買出しに行くまでに3時間は必ずあるわけで。
この三時間で、普通なら家事くらい全部終わると思うんですよ。僕は既にブリまで煮終わりました。
常備菜は色々ありますが、肉そぼろ、冷凍のおひたし(アクのない葉物野菜は解凍すれば食えるから便利ですよね)
それに最近は大体かぼちゃの煮つけがあります。ああ、そういえば彼女の実家から送られて来た筋子もイクラにしてあるな。
ついでに、大豆も煮てあります。本当は発芽させて食った方が栄養あってウマイんですが、この季節は時間かかるんで煮ただけ。
コメに放り込んでもいいし、適当に味付けしてやってもいい。大豆のチリコンカンだって作れますしね。
そろそろコタツも出すので納豆も仕込めます。それから、生姜の砂糖漬けを干した生姜糖もありますね。彼女の冷え性対策と、
今日は布団も干しました。それからシンクを磨き上げて風呂洗って、ストーブを出して来て灯油を入れて
夏の間に積もった埃を掃除しました。洗濯も終わったし、掃除機もかけた。ついでに観葉植物の手入れもしました。
正直、たかがこれっぽっちの作業量が「昼までに終わらない」ってのはわからないです。
昼までどころか10時までに全部終わりますよ、ちょっと急げば。
第1条
ひとりでいられる能力を意識して開発する。親は子供が十分に安心してひとり遊びに励めるよう、ついつい過干渉になりがちな自分を抑えつつ、子供とはいつも一緒にいて心地よい環境作りと十分な保護に努める。子供にテレビやビデオを見せる時間はなるべく短くしたい。
第2条
親は、子供が病気の時こそ、何が何でも子供のそばに居てやるようにし、子供を十分に甘えさせてやる。
第3条
子供をきちんと叱る。そして何故叱られたのか理由を十分説明する。叱った後は、子供にいらぬ不安を抱かせないように十分なケアをする。
第4条
自立した家族として日々の生活を重ねて行くことこそ人の幸せであるということを、言葉でなくて毎日の静かな生活そのものによって子供に伝えて行きたい。そのために親自身が毎日を楽しんで暮らせるようになる。見せるべき親の背中とは、楽しんで生きている親の日常だと思う。仕事の愚痴などは子供の現実逃避を助長するだけなので決して家庭に持ち込まない。
第5条
家庭の中で、どんどん子供に仕事と責任を与えて行く。また、子供をボランティアなどに参加させることで、実社会の中でも、徐々に仕事と責任を得る体験をさせて行く。
第6条
独立自尊の精神を養うため、子供には、自らの限界を推し進める喜び、成長を実感する喜びを出来るだけ沢山経験させる。
第7条
家に本棚を作り、広い分野の本を集め、図鑑など気軽に親子で本を手に取ることで、子供が読書に親しめるような環境作りに配慮する。子供が自主的に一人で本を読めるようになるまでは、意図的に読書をしている親の姿を子供に見せるようにし、読書は生涯続けて行くべき大切な習慣であるということを、身を持って伝える。子供が小さい頃は、子供が読書に慣れ親しめるよう、絵本の読み聞かせを日課とする。
第8条
現実として人間社会の厳しい競争に打ち勝つという視点を大切にしつつも、相対的な問題として、物事に対して「楽しみながら自発的に」チャレンジして行くという姿勢に価値を置いた教育をして行きたい。そのために、子供の内発的な好奇心を刺激することに努め、いわゆるアメとムチによる脅迫を前提としたコントロールをなんとか最小限としたい。
第9条
人生の本質である「退屈」と向き合い、自ら「楽しさ」を発見して行く機会を子供から奪わない。子供が何かへの熱中を示したとき、それが中毒ではないかを気にかける。子供がある程度の年齢になったら、刺激との付き合い方に関して、きちんと親子で話せるようになりたい。
第10条
教師と生徒の間に生まれるピグマリオン効果を利用するために、積極的に多くの教師と子供を出会わせる。子供には自分を「ひいき」してくれる先生をたくさん発見してもらいたい。また、こうした家庭の外にある社会とのポジティブな接触の体験を増やすことで、子供の自立を促して行きたい。
第11条
子供が親に反抗したときには、子供に「今、自分はどんな価値を守ろうとしているのか」を意識させる。それがテレビを見たいだとか、おもちゃやお菓子が欲しいといった自分勝手な価値であれば、親としてはそれに厳しく当たり、リスクを取った結果としての罰を慎重に判断して与えたい。子供が守ろうとしている価値がそれなりに意味があるものである場合、子供に親を説得する機会を与え、ときには十分に子供に反抗をさせてから、折れてやるようにする。いかに子供に説得力があっても、人間社会はロジックばかりではなく情緒によっても運営されているのだから、ロジックだけでは折れないように注意したい。
第12条
子供がケガをしたときは、焦ったり泣いたりしてもどうにもならないことを伝え、出来る限り子供自身にケガを観察させる(もちろんケガの程度にもよるが)。
第13条
きちんと自分の意見を持ち、衝突を恐れずにそれを主張することを奨励しつつ、同時にその怖さも伝えていきたい。何かを得るということは、多くの場合、何かを失うことでもある。
第14条
笑う側ではなく、笑わせる側にあることの重要性を伝えたい。誰かに「明るくしてもらう」のを待つのではなく、積極的に「明るくある」こと、そして誰かを「明るくさせる」ことに喜びを感じてもらいたい。
第15条
すでに「ぼんやり」と認知しているであろう「システム」という概念を固め、レバレッジ・ポイントとボトルネックの存在を感じさせつつ、あらゆるシステムの構造(機械論的世界観)への好奇心を刺激したい。
ttp://nedwlt.exblog.jp/i13/ カテゴリ:我が家の教育論 ( 20 )
まだ途中らしい。これが完成する日が来るのだろうか。興味深い。書籍になったらまた読み返したい。