○ご飯
朝食:おにぎり。昼食:カツ丼。夕食:サンドイッチ、サラダチキン。(お腹すいた夜食食べちゃいそう……)
○調子
むきゅーはややー。
定時中は教えるお仕事を頑張って、定時後は自分の仕事を頑張る配分で、お仕事頑張る星人に変身して全力全開頑張った。
ヘトヘトのクタクタになったけど、随分と仕事がスッキリしてきた。
明日はこれ以上に頑張る「お仕事スーパー頑張る星人」になって、お仕事頑張る頑張る頑張る頑張る頑張る。
いつものアレにこんなもの哀しい設定があったの、ちょっと涙出そうなぐらい寂しい。
そろそろ子供がほしいねと話したらこれを問われた。ほかにも、障害者、犯罪者、10代の妊娠、DV、親の言うこと一切聞かないクソガキ、いろいろバリエーションを聞かれた。
まだ覚悟ができない
一つ下の後輩のことが好きになってしまったらしい。
後輩とは入社直後の歓迎会で少し話して以来、しばらくは顔と名前だけ知っているという状況が続いていたが、最近になって近い席に移動したことに伴って事務的なやりとりを行うことが多くなった。
最初のうちは「雰囲気良いし仕事できるしいい子だなあ」と思うくらいだったが、しばらく関わっていくうちになんだか気になり始めてきて、最近になって自分はあの子のことが好きなんだなと自覚してしまった。
自覚してしまってからは大変で、日中仕事中も家に帰ってからも後輩のことばかり考えている。
しかし、今まで高校大学とほぼ男子校のような環境で育ってきた自分にとって、まず女の子とお友達になることがすでに難関である。学生時代も好きになった女の子がいたことはいたが、好きになる→告白するといういくつもの段階をすっ飛ばした行動しかできず全て玉砕した。
社会人になり、周りから「まずは友達から始めるもの」と言われてやっと恋愛には段階があるというのはわかったが、そのやり方がわからない。最初は一緒に遊びにいくことから始めるらしいが、
「今度の休み、一緒に〇〇行かない?」とかどういう文脈で発する話題なの!?!?!?
こんなパッとしない男から誘われても「うわっ…」ってなるだけだよね!?!?
もう何もわからない。
現在、大学生時代に青春をアニメやゲームやその他様々な趣味に捧げたことを激しく後悔している。
今日まで出張でとある有名な観光地に行ってて、「この素晴らしい景色を見たことで湧き起こる感動を後輩と共有できたらどんなに素晴らしいことか」とか考えていたけど、帰宅後急に我にかえって虚しい気持ちになったので、気を落ち着かせるためにこの文章を書いている。
できれば何か行動を起こして業務のみの関係からお友達同士になりたいが、一体どうすればいいんだ。
娘だったらお母さんに引き取られるのがいいと思う。俺が見てきたケースでは娘を家政婦にする父親多すぎや。息子だったらどっちでもいいかな
26歳男のIT屋さん。
週2〜3通えるやつ。
できれば運動は苦手だが好きなのでボクシングとかやってみたい。
あしたのジョー好きだし。
でもすごく怖い。
ネットで調べたら「向こうも商売でやってるので怖い思いはしない」って言うけどすごく怖い。
なんだろう。
あれが何故かすごく怖い。
行ったら良くしてくれるとはわかってるけどすごく怖くて一歩踏み出せない。
こういう時に友達がいればいいのだが残念ながらいない。
どうすれば良いのだとここ2年は地団駄を踏んでいる。
ふらっと居なくなりたい
恥の多い生涯を送ってきました。
と書き出してみても、実際のところわからないのです。
構造として理解することはできても、感情として理解することができないのです。
恥ずかしくないのです。
私は自分の人生が恥ずべきものである、という感覚を持つこともなく、今まで生きたのです。
思えば、自分は恵まれた人間でした。異性同性問わず、他人に受け入れられないという経験をすることがありませんでした。自分を磨くという努力をした経験もありません。また、他人に受け入れてもらうために、無償で尽くす、という経験をした記憶もないのです。
他人を思いやることのできない自分の傲慢さ、コントロールすることができない自我、がさつな性格、配慮にかけた言動。
それゆえに数多くの人を傷つけて生きてきたという現実に、気付かなかったわけではないのです。気づいてもなお、無視してきたのです。忘れてしまうことができるのです。
それで今まで生きてこれたのです。困りもせず、悩みもせず、振り返ることもなく、改善をするでもなく。
悪意をもって、他人に不親切にしたこともありません。意地悪さえないのです。
それが自分だと思っていました。自分にとって、その日その日を生きるという選択だと思っていました。自分が困らないのだから、それが正しいと思っていました。その日その日を正しく生きていると。
しかし、人に言わせると、それは失敗なのです。それは誤った生き方なのだと。
その時その時に自分が良かれと思って選択してきたもの、ほとんど全てが、失敗だというのです。恥ずべきことであるというのです。何があっても気にしない。失敗しても気にしない。それは、進歩がないというのです。
私は、自分の失敗を失敗と思いませんでした。気にせずいられるのです。
どんなに他人を傷つけても、どんなに自分が傷ついた気になっても、
眠れないなんてことがないのです。
悩むことがないのです。
困ることがないのです。
いや、それは理解しているのです。だけど、恥ずかしくないのです。
この状況を回避するために、何かを変えようと思えないのです。
全部私が悪いのでしょうか。
私にとって、自分は、とても素直で、よく気が利いて、悩みもせず、前を向いて生きてきたいい子だと思うのですが。