はてなキーワード: ライ麦とは
今年も彼氏などというツチノコ級の生物を視認することはできなかったのに
初潮かと思ったら不正出血だよ!! ニキビかと思ったら吹き出物でしたみたいな?
もう笑えてきちゃって飲み会で速攻ネタにしたよ!! これがガールズトークですね!!
…その辺がダメなんだよ!!
この年齢に多くストレスでホルモンバランスが崩れることによって云々…
とかなんとか都合のよいことが書いてあったんで
最近笑っちゃうくらいアラ閉の上司に怒鳴り散らされるせいにしようと思います!!
あ、ちなみにアラウンド閉経のことです。今決めました。
なんで同世代の女子社員でダントツに怒鳴られるのは私なんでしょう。
他の女子みたいにつけまつげとにジェルネイルしてないせいですか?
メイベリンじゃ足りませんか?
性格的にズケズケ言ってもよさそうだからって、言われる側が平気ってことはないんですよ?
毎晩胃をキリキリいわしてるの知ってますか?毎朝トイレで下してるのは?
同じ内容でも明らかに言い方のやわらかさが違いますよね? バカですか?
若手男性社員にセクハラメールは送れちゃうのに私に普通に呼びかけることすらできませんか?
あと昼に米を食べたかパンを食べたかで機嫌の振れ幅変えるのやめてくれませんか?
昔の増田の20年来の辛さがナンチャラって記事で読んだきがしますよ?
ならもう米食ってちゃいけませんよね? 一生ライ麦パン食べるか早期退職するかですよ?
あとフォーとかお粥とかも食べないでくださいね? ゴパンも論外ですよ?
重いコンダラを投げつけてやりたいと思いつつ、私はげんきです。
年々思春期みたく「死ね」って思ったり言ったりすることはなくなっていくのに、
サンタさん!! 200万ください!!
アニメ、マンガが大好きな人とそれで食ってる人が反対派の大多数。
この人たちは他人に自分の趣味や仕事を取り上げられるかもしれないから、表現の自由という正論を振りかざしてる。
アニメ、マンガなんかどうでもよくて仮想敵を作ることで社会的立場を強くする人が賛成派の大多数。
この人たちは自分の価値観を他人に押し付けたいから、子供の健全育成という反論しようがない理屈を振りかざしてる。
結局どっちも本音でぶつかってない気がする。
ただ好きなものが同じより、嫌いなものが同じだというほうが人間同士の絆は強い。
誰かと友達になりたかったら同じ敵を作ったらいい。
なんだかイジメの構図と同じように見えるけどそれは気のせい。
人権なんてものより、目の前に存在する子供の保護を優先しようという論拠のほうが力強い。
世論は目に見えるものしか評価しないんだから都条例の改正案が通るのは当たり前。
学ぶべきところなんてなにもないただの利権闘争だ。
「都が規制しているから子供は見ちゃいけない本を見ていないはずだ。
そういうふうに親が考え始める。
やってはいけないこととか他者に対する愛情とか、人間として尊敬されるように教育をするのは親の務めなのに。
だたっぴろいライ麦畑で、小さな子供たちあそんでいて、誰かが崖から落ちてしまったとき。
「この先は危険」という看板が立っていないことを、怒るような親にはなりたくない。
よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもがいたら、その子の親がちゃんとキャッチする。
みんなにちゃんとキャッチしてくれる人がいる。
そういうほうが、いいなあ。
思ったり思わなかったりかな・・・。
性格って親の育て方にもよるし。
進学した高校は母や親戚の期待に応えようとしたからで、自分のためじゃなかった。
病気になってから色んなものに対して攻撃的になった。
辛いけど辞めたくない。行きたくないけど行かないといけない。休みたいけど休めない。
学校が悪い、あいつが悪い、うざい、憎い、親が憎いといったように・・・。
ライ麦畑で捕まえての主人公みたいだった。
今でもそんな感じ。
他人の悪いところを認められなかったり。
母にはただ辛かったら休めばいいよと言ってほしかったのかも。
調子が悪く休みたいといえばいつも仮病扱いされていたし、怒ってばかりだった。
まあ母には怠け癖がつくといけないからという思いもあったんだろう。
これからどうしてほしいかは分からない。
ライ麦畑かなんかで
人に宗派を聞くときに「あなたがもし私と同じ○○派に所属してたならもっと楽しかったのに」
という気持ちを込めてくるからちょっといやみたいな話があったんだけど
本人としては悪気無くほんの些細な気持ちで聞いてるんだろうね
こっちも盛り上がるも盛り下がるも無いほんのささいな話題として本当のことを切り出せたらいいんだけど
ちょっと残念な顔をされるくらいならいいけど稀に説明すればするほど引かれるパターンもあるから難しいね
なるべく嫌な思いはしたくない
まあでも神経質に反応してひた隠しにしたりそのことについて怒ったりするほどのことじゃないんじゃないかな?
自分の発言に気を使いすぎると疲れるばかりだし
日記を書く。私は日記を書く。最近私は日記を書いている。最近私は、日記を書くことに理由を見出しかけていて、その理由とは、精神の解放、というか、ストレスの発散、というか、ランニングして汗をかくのと似てる感じの、まぁ大体そういう理由。書く内容は特に決めない。最終的にどんな内容になるかは誰にもわからない。
で、増田は一応ダイアリーというだけあって日記だ。議論したりしてる人も多いけどね。だから私は増田に日記を書く。ね?いいでしょ?誰も文句言わないでしょ?っていちいち聞くすら必要ない。ワンダフル。
それにしても私は日記を書く。文章を書くのはすごく楽しい。解放される。歌を歌っているときと近いけどちょっと違う。歌っている時の私の心は音楽になっている。文章を書いているときの私の心は文章になっている。理想的には、ね。
はっきり言うと私は、来年度から自分が何をやるか、何も決まっていないし何も決めていない。私はそれに対して何とも思っていないけれど、まぁ何も思っていない訳では無いけれど、私も一応人間であるので、周りの人間に対して色々思う事がある。
私としては、まぁ何となくやりたいと思った事とかやるべきだと思った事をやればそれでいいんじゃないかと思ってるんだけど、それに対して私の家族はどう思うか。世話をしてくれた先生達はどう思うか。仲の良かった数少ない友達はどう思うか。気になるあの人はどう思うか。そんな事を考えるとほとんど絶望してしまう。
普通そういう時って、自分で自分のやることを決めるべきであり、自分のことは自分を基準にして考えるべきなのかもしれない。
でも、本当に正直な気持ちで、本当に本当の自分の気持ちで考えてみれば、私は自分の事を自分で決める、という事に対して、ほとんど興味を持っていない。結構そういう人っているんじゃないかな。
ってここまで書いた時点で、もう私の文章はさっき読んだライ麦畑の文体に近づいていってる気がする。それぐらい私は自分というものにこだわりがないのかもしれない。
ライ麦ついでにもう一つそれっぽく言えば、どうして世の中の人々はあんなに自分をよく見せることばかりに気を使っているのだろう。これは多分、そういう風に他人を見ている私の心に何かがあるんじゃないかなって気がする。
ともあれ私は何をすればいいんだろう。先生が勧めるとおり、大学院に行くべきなんだろうか。それよりも別の方法でやりたい事、やるべき事を探すべきなんだろうか。でもそれってフリーターかニートだよね。別に私としてはフリーターでも構わないんだけど、やっぱり怖いんだよね、貧困とか世間体とか。
いずれにせよ私は文章を書いていきたい。もしそれで身を立てていければ、それは素晴らしい事か忌むべき事かその中間のどれかなんだろうけど、そんな事とは関係なく、私は文章を書いていく。理由は始めに書いたのもそうだけど、私が愛する文章を書いた人に1㎜でも近づきたいってのもある。
もしくは、もう取り返しのつかないくらいアホーな事をやりたいね。ひたすらキュウリを刻み続けるとか。そういうアホーな事を、真剣に全力でやったら、何かが生まれるんじゃないかって気がする。あらびき団を見てたらますますそう思った。そんなことを、いい年こいて半ば本気で思っている。一人で思ってる。
だれか、アホーな事を全力でやる方法を教えてくれませんか?まぁ教えてくれなくてもいいんですけど。だってここは増田だから。
言葉が先行してて、明確な定義はないのだが、ハテナによるとこんな定義がされている。
1.過剰な自意識を持った主人公が(それ故)自意識の範疇だけが世界(セカイ)であると認識・行動する(主にアニメやコミックの)一連の作品群のカテゴリ総称。
2.[きみとぼく←→社会←→世界]という3段階のうち、「社会」をすっ飛ばして「きみとぼく」と「世界」のあり方が直結してしまうような作品を指す。
アニメでいうと「新世紀エヴァンゲリオン」が代表格になるだろう。
で、小説の世界だと「0世代」にくくられる西尾維新や佐藤友哉らがこの文脈で語られることが多い。
で、「ライ麦畑で捕まえて」を一読して、この世界的な青春小説は「セカイ系」の元祖だったんじゃなかろうかなんてことを考えた。
成績不良で高校を退学させられたホールデンが、実家に戻るまでの「三日間の彷徨」を口語体の一人称によって語るというものだ。
道中ホールデンは様々な人に会うのだが、いちいちこいつ病気じゃないのかという態度とり、悪態をついては、相手を怒らせる。回想シーンに登場する旧友や恩師にたいしても、冷笑的な批判をくりかえす。
ホールデンにとって「よきもの」として騙られるのは、死んだ兄、妹、道中に出会った尼くらいのものである。
じゃ、ホールデンの思考回路が支離滅裂かというと、価値判断の基準だけはぶれがない。
ホールデンは、大人社会の「欺瞞」や「スノッブ」に対する徹底的な反抗者としてかかれており、彼の「ピュア」や「イノセンス」は一貫してくどいほど強調されている。
その「ピュア」や「イノセンス」に触れるものに対して、彼は悉く過剰反応を起こす。
ただ、ホールデンのいう「インチキ」というのは、大人が嬉しくもないのに「nice to meet you」ていうのは許せないとか、その程度のもので、潔癖症に近いものがある。
おまけに最期にホールデンが語る夢は、「聾唖になって森のそばに住みたい」だとか、「ライ麦畑で遊ぶ子供たちの監視員になりたい」とかもう「引きこもりの妄想」の領域に入ってる。
「ピュア」でも「イノセンス」でもいいけど、いいかげんにしろって感じだ。
どっちかというと「イノセンス」というよりただのヘタレなんじゃないだろうかという話はさておき、ホールデンの不幸は、自分がその「汚らしい大人」の領域に踏み込みつつあることを自覚していてそれゆえに「壊れて」いくことにある。彼は病気になることで、自らの「イノセンス」に殉死したとも言える。
私が「ライ麦」をセカイ系だというのは、このホールデンの過剰な自意識と、自分の価値観に基づく自己愛。そして学校を辞めたことに端的に表出されている「社会」をすっとばしたセカイへの直結(あるいはセカイからの逃走)がセカイ系の特徴とリンクしてるなと思ったからだ。
さらに「壊れていく自分」というのはセカイ系でも定番のモチーフなんだが、「ライ麦」では、壊れていく自分の攻撃性は外部に向かうのに対して、エヴァや0世代の文学では、その攻撃性は、自分へと向かい、「自虐的な自分語り」に落ち込んでいく。
この差が、時代的なものなのか、お国柄なのかはわからんけど、セカイを憎んだ「ライ麦」は、ジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマンや、レーガン元大統領を狙撃したジョン・ヒンクリーに愛され、21世紀最大の知能犯「笑い男」(攻殻機動隊SAC)を生んだ。
a. ただいま
b. おかえりなさい。
a. 今日、ニュースでサリンジャーが亡くなったって言ってたな。
b. そうね、でも、いいのよ、 そんな、 お ・ は ・ な ・ し は。 ちゅっ。
どうだった、お仕事は?
a. ばか、サリンジャーが亡くなったんだぞ。
b. うん、そうね、 でも、 ね。 お風呂にする? それともお食事? それとも・・・
a. サリンジャーはなあ、 あの偉大な・・・
b. わかってるわよ、 そう、 そんなに そんなお話がしたいの?
そうね、 その前に服を脱いで着替えてからにしたら?
a. 『ライ麦畑で』は良かったなあ、 『ナインストリー』も、
b. でも、はい。
着替え、ここに置いておくね。 私も着替えよかな。
a. でも、なぜあんなに偏屈になっちゃったのかな。 どう思う?
b. うん。 もう、 は ・ や ・ く 着替えてって。
a. 結婚して子供も生まれてるし、なのに塀で家の周りを囲んでじゃって
その中だけで生活するって。
b. へー、 そうなの。
はーーあ あ あ。 ちょっと、疲れちゃったは、わ ・ た ・ し。
a. それからが謎なんだよなあ、作品、残してるのかな?
b. えっ、何? えっ、 あっ、 そんなことしないでっ もう。
a. 何言ってるんだよ、たぶん残してないだろうな。
残してても案外、くだらないものばっかりだと神話が崩れちゃうしな。
b. 神話って、昔話しみたい。 イヤ、どうしちゃったの? そんなお話しばかり、
わたしのことキライになっちゃった? どう、この下着。 いいでしょ。
a. 一度、行ってみたかったよな。サリンジャーが隠棲してたって言う、ニューハンプシャーの田舎に。
b. 下着が邪魔なのかな? そしたら、脱いじゃおうかな? いい?
a. 誰か、何か書いてるかな、
サリンジャー氏は1974年に20年近くの沈黙を破ってニューヨーク・タイムズ(New York Times)紙の電話インタビューに応じ、次のように語った。「作品を出版しないでいれば、驚くほど平和な毎日だ。何かを出版すれば私の個人的な生活がひどく脅かされることになる。私は書くのが好きだ。書くことを愛している。でも今は自分自身のため、自分の喜びのために書いているだけだ」
http://www.afpbb.com/article/life-culture/culture-arts/2553970/3647218
だからビートルズファン、ジョン・レノンファンにとっても、サリンジャーはちょっと特別な存在だ。その死のニュースを目にしたときは、やっぱりある種の感慨があった。けれど、そうか、まだ生きていたかというキモチも正直あったり。
この人、ノルマンディーでユタ・ビーチに上陸してるんだよねぇ。歴史だなぁ。今晩、家に帰ったら、ひさしぶりに「プライベート・ライアン」でも見るかなぁ。
http://d.hatena.ne.jp/curragh/20100129/p1
91歳。世界でいちばん好きな本の作者が死んだ。偉大な人がまたこの世から去っていった。このニュースを知ったとき、なんとなくヴォネガットの死を思い起こした。彼が亡くなったときはもう読めなくなるのか…という感じがあった。だけど、サリンジャーの場合、亡くなってからのほうが、隠遁生活後も書いていたらしいモノを読めるんじゃないかと思ったりする。
http://d.hatena.ne.jp/miexpo/20100129/1264767180
あらためて思いますけど、サリンジャーは言葉選びのセンスが抜群なんですよね。ちょっとした短い文章の中に、読む者の心をグッと惹きつける魅力がある。コピーライティングの技法にも通じる彼の文体は、今後も「クールな文体」の手本として永遠に生き続けることでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/marukoshi-an/20100129/p1
http://d.hatena.ne.jp/platycerus/20100129/p1
120 : ゆで卵(石川県) :2010/01/29(金) 03:31:04.20 ID:AnGQMgQs
ライ麦は話自体は別に大したことはないが、
疎外者の視点で語りつくすという方法論は素晴らしい。
38. Posted by 以下、ゴールデン名無し がお送りします。 2010年 01月29日 12:31
サリンジャーはもっと長生きするかと思ったのだがな。
著名な文学の大御所(レヴィ・ストロースは哲学者でもあり文学者でも有名)が二人も亡くなったな。
ご冥福をお祈りいたします。
http://blog.livedoor.jp/goldennews/archives/51427492.html
たとえば教師のタッパーの話した時もやな、お前の目普通ちゃうで。人殺すときみたいにぎらぎらしすぎや。光りすぎや。あいつが教室に来る前にトイレ行って髪の毛わざとばさばさのぼさぼさにしてくるゆうあの話。そら全部お前がゆうたとおり間違いないと思うけどさ、でもそんなもんお前に関係なくないか?あいつが自分の髪の毛をどうしたこうしたってええやんけ、あいつなにを気取ってんねん、ププ、ダサイやつやなー思てたら済む話やんけ。悲壮美なんですねーゆうてそんなもんいちいち演出しなあかんほど自信ないんやなあゆうて、同情したったらええんとちやうの。そやのにお前は、ええか、これだけはゆうとくけどおちょくってるんやないで。お前が喋ってんの聞いとっら、あいつの髪の毛自体が、なんかお前の仇みたいになってて、それはちゃうやろ。んでお前がそれをわかってるっちゅうのがもっと気に入らんわ。
http://www.mieko.jp/blog/2010/01/post-4885.html
ニューヨーク公共図書館(NYPL)のウェブサイトに、2010年1月27日に91歳で死去した作家のサリンジャー(J.D. Salinger)氏を悼む文章が掲載されています。
The NYPL Says Goodbye To J.D. Salinger(2010/1/28付けNYPLのNews)
http://nypl.org/press/press-release/2010/01/28/passing-author-jd-salinger-resonates-throughout-nypl
J・D・サリンジャー氏死去 米作家(2010/1/29付け47Newsの記事)
http://www.47news.jp/CN/201001/CN2010012901000109.html
A Farewell to J.D. Salinger from the New York Public Library(2010/1/28付けResourceShelfの記事)
http://www.resourceshelf.com/2010/01/28/a-farewell-to-j-d-salinger-from-the-new-york-public-library/
http://current.ndl.go.jp/node/15711
b. どう、これで満足したの、 は ・ や ・ く こっちへ 来て、
ども、元増田です。
個人的なエントリーのつもりが反響が大きくてびっくりしています。どこの利益も代表していないし、自分のやりかたを押し付けるつもりもないのですが、簡単に補足します。
血糖値が50近くまで落ちたのは空腹時ではなくて、5時間糖負荷試験時です。空腹時は90くらいでした。
別に自然な料理が好きなわけではないです。作ってあってもおいしければいいんですが、それだと高いというのがあります。そもそもそうだとしたらコンビニで買わないし、肉も食べないと思います。
あと、玄米やライ麦パンもまだましだから食べているというレベルで好きではないです。それらも食べ過ぎると血糖値は上がってしまいます。
糖質制限はしていますが、ふらふらはしないです。多分たんぱく質をエネルギーにするのがうまくいっているんだと思います。これはランニングのおかげかもしれません。低GIだったらたんぱく質でなくてもいいかもしれません。一時SoyJoyばかり食べていましたが、調子はよかったです。やめたのは飽きたからです。
マクロビは思い込みっぽいところがあってあまり好きではないんですが、自分で工夫するのが面倒なので参考にしています。
スペックが半端でないと言っていただけるのは素直にうれしいですが、結婚には一度失敗していますし、煙草をやめるまでは楽しみもないすごく惨めな人生でした。床で寝るのもよくありました。それから少しずつ良くなって、この食生活で一気に良くなった感じです。
学生のころからつい最近まで、僕は生きるというのは基本的につらいことだと思っていた。ところが、そのつらさの大部分が簡単に消えてしまったのでこんなこともあるんだという意味で伝えてみたい。長いので興味があったら読んでください。
中学生のころから、いつも体のだるさを感じていた。お腹も弱く、何かあると下痢してばかり。当然元気なんかあるわけなく、高校生のころもあんまり前向きな人間ではなかった。でも頑張ればなんとかなると思える若さもあり、インスタントコーヒーに砂糖をぶちまけて勉強をしたら大学には合格した。大学では典型的な怠惰な学生で、起きるのはデフォルトで午後、授業には半分も出ていないと思う。無気力で今にして思うと鬱状態だった。
何とか卒業してIT系に就職したが、そこでの仕事の仕方も追いたてられてやっているような感じで、いつも綱渡りをしているような気分で全く余裕はなかった。それでも20代のうちはなんとかなったし、結構業績もあげたので30前半も20代の貯金でなんとかやっていけていた。けれど30半ばになって全く新しい仕事をやらなくてはならなくなり、そこでクラッシュして休職した。復職してからは自分の頭や体の調子を冷静に見るようになって、ヘビースモーカーだったのを禁煙したり、ランニングを始めたり、食べ物に気をつけたりしたところ、少しずつだけど調子は上向きになっていったけど、根本的に何かおかしいと思っていた。以下ここまでで出ていた症状。
(追記)
仕事は、失敗するのが怖くて異常にワークロードをかけてやる。だからうまくいくときはいいけど、失敗すると目も当てられない。うまくいってもうまくいかなくても疲弊してしまう。うまくいった仕事は、人の手助けとか責任がなくて気軽にやったものがほとんど。
こういう状態だから、とても悩んでいろんなメンヘルの本や啓発系の本を読んだけど解決にはならなかった(違う意味で色んな示唆は受けたけど、特に瞑想とか)。ある時アメリカ人の書いた本を読んだところこんなことが書いてあった。
炭水化物を減らす
炭水化物は"全粒"がキーワードです。白いパンや白いご飯、白いパスタなどの精製された炭水化物は血糖値を急激に変化させ、気分をコロコロ変えてしまいます。
「脳にいいことだけをやりなさい」マーシー・シャイモフ、三笠書房
アメリカの啓発系の本は説教くさくなくプラクティカルなので好き(追記:個人的にこの本全体を評価するわけではありません。最後のほうにはカルトっぽい記述もありましたし。要は部分的にでも役立てばなんでもいいということです。)なんだけど、早速玄米やライ麦パンを試してみたところ、頭がすっきりした感じがした。のでさらに調べてみたところ「低血糖症」のキーワードにたどりついた。特にこの本には驚いた。
「低血糖症と精神疾患治療の手引き」マリヤ・クリニック院長 柏崎良子、イーグレープ
この本によると、低血糖症患者(反応性低血糖症の場合))は食後の血糖値が急激に上昇するために、インスリンが出過ぎてしまい3-4時間後に血糖値が異常に低くなってしまうとのこと。血糖値が低くなりすぎたりすると、血糖値を上げるためにアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、
分泌されたアドレナリンやノルアドレナリンが情動を司る脳の分野(大脳辺縁系)を刺激し、感情的興奮(怒り、憎しみ、敵意、焦燥感、恐怖感、落ち込み、悪夢、不眠、自殺観念)を引き起こすため、脳全体の機能のバランスが悪くなり、感情をコントロールできずに「キレる」症状を起こす原因の一つともなります。
攻撃的行動、うつ的衝動、性格の異常化、感情の抑制ができない、判断の統合ができない、引きこもり、自律神経失調症、完璧主義になる、健康の認識基準が低い、自責の念が強い、過度に目的志向型になる、幻聴幻覚の症状、不眠と悪夢、「キレて」止まらない症状、ストレスへの対応、感情表現の欠如
また、コルチゾールも分泌されるが、血糖値を上げるためだけに使われてしまい、アレルギーや炎症が出るとのこと。これも症状ぴったり。
極め付けはこの文章。
青少年期から低血糖症の患者は、低血糖の異常状態に慣れていて、それを通常の状態であると誤認していることもあります。低血糖症がもたらす他の症状のために来院し、検査の結果、低血糖症であることがわかり、治療して後、体質も性格も変わり、自分の健康状態、正常な状態を知って驚くことも多くあります。
これだけ言われたら試すしかないと思い、これで駄目だったら田舎にでも引っ込んで低位安定の人生を送ろうと決心して食生活を試行錯誤の末こんな風に変えてみた。
朝食:ライ麦パン、生野菜、卵、カフェイン抜きコーヒー、果物少し、ジュースなし
間食1:コンビニのミックスナッツを150kcalくらい
昼食:肉か魚でご飯は2口くらい、玄米が選べたら茶碗半分くらい
間食2:ゆで卵
間食3:プロテインとナッツの残り
間食4:寝る前にナッツとプロテイン
(追記:最適な食べ方は人によって違います。低GIで少量頻食にするのがポイントですが、ミネラルバランスを気にして、内臓疾患がないか検査は必要でしょう。)
ポイントは、お腹半分でまでしか食べないことと、空腹のタイミングを作らないことと、ソースも含め砂糖とブドウ糖果糖液を徹底的に避けること。食べるものは基本的にマクロビオティクスに肉と卵を足したものだと思えばいい。最初はSoyJoyも食べていた(症状が重くなければ十分効果があると思う)。酒は翌日に残っていたのが残らなくなったのであんまりセーブしていない(追記:飲む種類は蒸留酒と赤ワインがメインになりました。ビールを飲むととたんにおかしくなるので)。むしろ野菜と肉と魚で飲むと眠くならないし飲むのが楽しくなってきた(甘いつまみは厳禁だけど)。ちなみに、頭が働かない時にブドウ糖や甘いものを、と宣伝されているけど、あれは砂糖業界の陰謀だとしか思えない。その一瞬はいいけど、すぐに悪循環に入ってむしろ悪化する。たんぱく質だって脂肪だって時間はかかるけどブドウ糖に分解される(追記:厳密に言うと糖新生ですね)ので最終的な効果は一緒で、いきなり吸収されないぶん血糖値を上げず安全だったりする。だから泰葉みたいに砂糖を食べてはいけなくて、ふらふらする前にたんぱく質か低GI食品を食べるのが正解。
効果は笑っちゃうくらいすぐ(2-3日で)出た。まず仕事の集中力が圧倒的に戻ってきて、いい資料は作れるし、ミーティングで効果的な発言はできるし、客に嫌味を言われてもこたえない(冷静に指摘としてとらえる)ようになった。寝る前に食べるせいだろうけど、朝は気持ちよく目覚めるし、いらいらすることがないから性格も丸くなった。なによりうれしいのは、以前だったら調子のいい時に思いついたアイデア(プライベート、仕事を問わず)が、昼食をとるとリセットされて全然進展しなかったのが、継続して発展させられること。結構ややこしい問題に関する説明資料を1ヵ月かけてつくって客のお偉方に説明したりなんてことが簡単ではないにしても充実してできるようになって、もしもう少し若い時に同じことができたら、高給取りのコンサルになれたのになと思ったりした。今や仕事の企画を考えるのが楽しくて仕方がない。
ランニングも調子よく、以前だったらハーフマラソンに出るたびに怪我をしていたのが、今回はフルマラソンを走っても3日後には練習が再開できるくらい。胃腸については、お腹を壊すことはほぼなくなり、肉を大量に食べても難なく消化できるようになった。
おまけに、インスリンダイエットとプロテインダイエットを同時にやっているようなものだからいい感じにやせてきた。(追記:もともとやせていましたが、体型は良くありませんでした)
一応病院にも行って、保険適用外の5時間糖負荷検査というのを受けた。検査の最中から慣れ親しんだ嫌な身体的心理的症状が出て、結果は見事に反応性低血糖症(200以上に上がった血糖値が4時間後に50近くまで落ちた)だった。念のためこれも保険適用外のサプリ(結構高い)も買ったけど、なくても食事だけで十分効果があるのはわかっているのでいつでもやめられる。低血糖症を治療することでうつ病だけでなく、統合失調症も良くなるらしいとのこと。統合失調症になったことはないのでよくわからないけど。ただ、不定愁訴系はかなり治るような気がするし、いらいらしてキレやすい犯罪者やDQNは、自分もそうだったから治療可能だと思う。
何をやったらいいかわからなくて無為に時間を過ごして、無力感と自責感にさいなまれながらだらだら遅くまでいた以前とは大違い。一日集中できるということがいかに素晴らしいか痛感する。マネージャーだったころに人系のぐだぐだでとても疲れたことがあったけど、そういう仕事も懐深くできるような気がする(あくまで気がするだけだけど)。
プライベートでもランニングがこれまで以上に楽しくなったほか、もともと好きだった音楽や映画も心の底から楽しめる感覚が本当に久しぶりに戻ってきた。今はドアーズを聞きなおして曲の良さにほれぼれしているところ。味覚も鋭くなって、豆や野菜の自然なおいしさがよくわかる。自然のおいしさを理解して生かしている料理を食べると嬉しい。二度とチェーンの居酒屋なんか行けないけど。妻や友人と過ごす時間も増え、こんな簡単に幸せになっていいんだろうかと思う。経済的な不安はまだまだあるけど、幸せっていうのは結局自分の状態のことなんだなと実感した。
ともかく空腹感や満腹感で良くも悪くも気分や体調が変わってしまう人は試したほうがいいかも。症状が治まった目で見るとそういう人がとても多いように見える。アメリカでは保険適用で、4,000万人くらい潜在患者がいるとのこと。日本で普通の治療になったら、長期のうつ病や進行した結果としての糖尿病やメタボが過去のものになるかもしれないと思う。
(凄い久々の追記)
基本的に同じ食生活を続けていい調子ですが、最近もしかしてセリアック病なんじゃないかと考えだしました。セリアック病による自己免疫不全でお腹の具合が悪く、小腸から栄養が吸収できないということなのかもしれません。糖尿病の併発も多いようで、結局は低血糖症で言われているのと同じ現象が発生し、治療法もほぼ同じとのことです。将来的にここらへんが統一的に説明がつくようになるのかもしれません。
(またまた追記)
セリアック病のテストではネガティブでした。ただセリアック病を疑うのと前後して、ハーフマラソン後に誤って飲んだオレンジジュース(炭水化物30g)で体が発狂(痙攣と胃腸障害)したので炭水化物不耐性なのだろうなと思います。炭水化物不耐性→現象としての低血糖症という感じです。
そもそもライ麦畑はつまらないよ。中学の時に読んだけど、全然進まないの、ページが。大人になってから新訳買ったけど最後まで読めなかった。いや、気持ちとか気分とかはわかるんだけどね。本当にこの本があのライ麦なのかって1回友人に確認したくらいだよ。
一言語しかわからない日本人は結構こういう考え方の人多いよな。
まぁ、学校の教え方がそもそもおかしいからしょうがないんだが。
私的な結論から言うと、この増田は英語が「できる」ようにはならない。
ハリーポッターやライ麦程度の小説すら理解できない程度にしかならない。
先ず最初に問いたいのは、「お前日本語覚えるとき漢字の形から覚えたのか?」ってこと。
例えば、「日記」って単語を丸暗記してるやつなんていないだろ。
こうやって他言語の構成や成り立ちがわからない/考えない人が幾らやっても他言語の習得は難しい。
書物は章から、章はパラグラフから、パラグラフは文から、文は語から、じゃあ語は何からなんだ?
この増田はこの謎が解けても次はきっと文型とか覚え始める。。。。ってちゃんと読まずに書いたら本当にそう思ってるみたいで笑った。
五文型の意味と前置詞くらいかな、気をつけるのって
この増田じゃ多分、英語の文章を「きちんと」理解できるのはせいぜい4割以下だと思う。
文章中にセミコロンが出てきたら読めなくなるんだろうね。
というか英語だけの問題じゃなくて、こういう結論に達する時点で何かを「本当に」習得することがこの増田には無理。
俺はFランどころか大学すら行ってない。
willとbe going toの違いすらしらなかったよ。
だけどその後19から始めて21で小説程度は日本語と同じぐらいの速度で理解できるぐらいまでにはなったよ。
何が言いたいかって、別に特別俺が出来るわけじゃないってこと。
その「なんとなくわかる」レベルから脱したいなら、周囲の言葉に惑わされてばっかいないで自分で一からやり直せ。
この増田は無駄な基礎や吹聴で固められすぎていて、情報の真偽関係なく知人が言った言葉だけを鵜呑みにしている。
情報を自分の脳みその中で判断する技術を先ず身につけ、全てを一度削ぎ落とさない事には、きっとこの先には進めない。
http://anond.hatelabo.jp/20081020231740
の増田です。
http://anond.hatelabo.jp/20081021145310
の増田の言ってるような構造ってやっぱりあるのか。俺はリアルではそういう体験したことないけど(何せ相手がいない)、ネットではそういうのも時々見かける。
それだけじゃなくて、少々わかりにくいし意味だってどうとでも取れるから、適当なことを言ったらバカにされそうだし、背伸びしてこむずかしいこと言ったら相手が「うーん」とか言って黙り込むし。たまに原典厨がいて(帰国子女や外国語が得意な人に多い)、日本語訳しか読んでないくせに偉そうに語るなと陰で言われることもある。ある意味間違いではないけど、そういうこと言い始めたらなにも始まらない。
とか
それから、読んだことの見栄や既得権意識が邪魔してる。今でも憶えてるけど、僕が高校生の頃ライ麦畑でつかまえてを学校図書館で借りたら「おっ、ライ麦か、ふーん」と読書家の友達からちょっと上から目線でコメントされたことがある。
似たような感じだとドストエフスキーだったら3作読むだけでも大仕事なのに、「地下室読んでないの?あれは基本だろ!」とか「死の家の記録は彼の転換点なんだから、読んでないなら彼を語るな」とか「ニーチェも読んだ?バフチンは?読まないとダメだよ」なんていくらでも言われる。
こういうテンション。というかノリ。
正直あんまり好かない。原典厨とかはそれ自体はわりと正しいから余計に。
それでちょっと小難しいことを考えたり言ったりすることとかについて、俺なりに考えてみた。そしたら、俺のやりたいことについてもちょっと思いついたので書いてみる。
小難しい論を展開するのは別にかまわない。それが面白いと思うことだって結構あるし。でも、初めて読んだ本の感想って、もっと感情的だと思うんだ。
たとえば、「カラマーゾフの兄弟」の兄弟にはそれぞれが別々の近代思想を体現している、とか言うでしょ。でも、初めて読んで感動した人は「この兄弟は近代思想を体現している!」って感動するだろうか?
シェイクスピアの「リア王」を初めて見て「リア王とエドガーの悲劇の対比構造こそ感動の要因だ!」って思うかな?
思わないと思う。「良くわかんないけど面白かった。」「このシーンで燃える。」「この台詞サイコー!」こっちの方が多分リアル。
小難しい論はここからその感動の理由探した結果だと思うんだ。「どうして面白かったんだろう?」「このシーンは何でこんなに燃えるのかな?」「この台詞はどうしてこんなに心に響くんだろう?」
この理由探しは面白いと思う。やりたくなる気持ちもすごくわかる。でも、他のジャンルだったら、その理由探し自体を共有したり、理由探しなんざほっといて、ただ自分の好きな台詞や場面を共有したりしてる。のに、古典文学ではそれが出来ない。
アニメとか漫画で、オタクが「○○たんマジ萌え」とか言ってるのは理由探しなんてほっといてる例だよね。「萌えの構造とは!」とかもやってる。あいうのが俺はうらやましい。ああいうことがやりたい。
でも、古典には先人がいて、理由探しは散々やってるんだよね。だから、それも出来ない相談なのかもしれない。
なんかそう考えてると、ちゅっと悲しくなってきた。
http://anond.hatelabo.jp/20081020231740
>シェイクスピア、ヘッセ、トルストイ、ヘミングウェイ、ホメロス ドストエフスキー
この中だとヘッセ以外ならだいたい読んだよ。
神様につく枕詞がいちいちかっこいい。物語自体の意味なんてわからなかったけど、ホメロス読んでると現代文学がおもしろくなる。ジョイスだったり。
たしかに自分のまわりにもほとんどいないな。文系だけど。
でも、もし語れたとしても語る内容が重くなるから気軽にはなせないんだよね。
それだけじゃなくて、少々わかりにくいし意味だってどうとでも取れるから、適当なことを言ったらバカにされそうだし、背伸びしてこむずかしいこと言ったら相手が「うーん」とか言って黙り込むし。たまに原典厨がいて(帰国子女や外国語が得意な人に多い)、日本語訳しか読んでないくせに偉そうに語るなと陰で言われることもある。ある意味間違いではないけど、そういうこと言い始めたらなにも始まらない。
本当はドストエフスキーは笑えるほどおもしろいらしいね、大学の先生が言ってた。それなのに、私小説あがりの陰気な日本文学史の態度で読むのが(インテリの)マナーみたいになってるからみんな難しい顔して読まないといけないようになってしまってると僕は思う。たとえばアメリカのビートあたりはもっと楽しく読めるけど、そういう明るいのは正当に評価されないし。実験的作品でも笑えない言葉遊びだけが文学的に評価されて笑える言葉遊びは評価されてないと思う。
それから、読んだことの見栄や既得権意識が邪魔してる。今でも憶えてるけど、僕が高校生の頃ライ麦畑でつかまえてを学校図書館で借りたら「おっ、ライ麦か、ふーん」と読書家の友達からちょっと上から目線でコメントされたことがある。
似たような感じだとドストエフスキーだったら3作読むだけでも大仕事なのに、「地下室読んでないの?あれは基本だろ!」とか「死の家の記録は彼の転換点なんだから、読んでないなら彼を語るな」とか「ニーチェも読んだ?バフチンは?読まないとダメだよ」なんていくらでも言われる。読んでることが既得利益になってる、情報ならなんでもそうだけど。そうやって見栄を張るための道具になってて、さらにはプロの批評家同士が勉強不足をなじることで議論に打ち勝って原稿料をせしめるというシステムすらあるから、なかなか声に出しずらいんじゃないかと思っている。別にアホな感想でもいいから気軽に楽しく読んで話せたらいいのにと思うけれど、そういうつっこみが怖くて誰も語らないからどこに行っても話題にならない。
結局読書は自己完結なんだから良いのかもしれないけど、読書は上からありがたく拝見させていただくだけ、という図式になってるのが問題なのかなと思う。この形式は読書感想文なんて最たるものかもしれない。一人で静かに書いて先生にみてもらう。そして先生が採点する。そういうのより、みんなで3冊ほど読んで、昼ご飯食べながら2時間くらいしゃべったりしたほうが、活字離れはなくなるはず。逆にマンガみたいなのは下からの支持があって成立するからみんながわんさか話し合って業界全体が盛り上がれる。ただし、みんなにみてもらわないと成立しないというのは弊害もあって、萌えなんかの要素に頼ったり、似通った感動パターンの作品を量産してしまう欠点はある。そういうのがあって深みがないだとか他の分野から言われることもあると思う。ライトノベルと携帯小説の強みは楽に読めて楽に人に勧められる点にあるのかもしれない。
殴り書きしてみたけど、こんな感じかな。
もしかしたら、こういう風にきまじめな分析をしてみたがること自体が気楽に話せなくなる理由の一つかもしれないけれど。
とりあえず、ここで気楽に話してみたらどうよ?
未来サミットなんて、技評の話だしまるで興味無かったんですが、
未来ということなので、これから作る世界の話をしたら面白いんじゃないですか。
そしてそれにどう関わっていけるのかを。
あと、少しは暗い話をされないと普通、信用できません。ノーリスクノーリターンだと思ってますから。
リスクとリターンを言ってください。
どうすればリターンを得られるかとかは、その次の話です。
そんなん無くても生きていけるってぐらいの情熱を持ってる人しか来て欲しくないんですか。
それが適性だとでも思ってるんですか。どこの社長だろう。
みんなコンピュータなんて所詮道具だと思ってるんですよ。
誰かが作ったものを便利に使えればいいって、消費者気分になってるんですよ。その原因はお前らだよね。
俺たちの世代で言えば、お前らは乗り遅れて主導権を握れなかった間抜けであって、
外資に媚売ってるハエに何を言われてもこっちがイラッと来るのは、それは仕方無いよね。
これこれこうこうで世界獲ったわって描くのさえ不可能なのを見ると、日本でこの業界語るのは無理かなって。
日本では無理ですねって再確認。
こんだけ書いたんだから naoya さんのサインください。
Dr.STRANGELOVE を 博士の異常な愛情 って訳した人は、 Catcher in the rye を ライ麦畑で捕まえて って訳した人並にセンスいいと思う
おれもやったことがある。
半年で7キロくらい痩せたかな。
炭水化物だけ減らしたわけじゃないけど、炭水化物は意識的に減らしてた。といっても全然食わないわけじゃない。ご飯は茶碗半分、とか、ジャガイモはなるべく食べない、とか。食事の量全体を減らすのではなく、食品の種類を変える、という感じだから、ほかのダイエットよりはやりやすいかもね。
また炭水化物にもいいものと悪いものがあって、GI値とやらが高いのは太るらしいと聞いたのでそれにも気を使っていた。
× パン ○ ライ麦パン
× じゃがいも ○ さつまいも
× かぼちゃ
× トウモロコシ
みたいな。
ただしこれで痩せる痩せないは体質にもよるらしい。ちなみに俺は完全に内臓脂肪型。
とりあえずハゲることはなかった。
ま、ダイエットやめたら元にもどっちったけどね。