はてなキーワード: モノコとは
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よくある質問
Q.作文にかける平均時間は?
A.長文なので2~4時間。9時までに投稿できなかった場合は翌日に回し、翌日に内容を修正する事もあるので2日がかり総時間5時間ぐらいになる事も。我ながら何やってるんだ。
A.それが惨めったらしいので書いたら直ぐログアウトします。次のネタが出来てログインした時に確認します。なので数日~数か月後に確認してます。1000を超えるとtwitter経由で知る事もあります。
Q.書く動機は?
A.マスコミの報道が概念的で具体性を伴っていない事が多く「それってみんな知ってるあれなんだよ/あれが影響してるんだよ」という思いになる事が多く説明したくなります。高校中退して大検受けた落ちこぼれなので概念を暗記してそれに同じ印象を持ちましょうという同質的学級に嫌悪がありその延長を実社会の事象の評価軸にするのにも不信感があります。
社会的なことは自分の目で見れる経験的事象なのに視力を使っていない人が多いです。
A.ブクマ数を稼ぐには真面目な話にちんことうんこのシモの話を如何に紛れ込ませるかにかかっています。そのスキルを磨くのみです。実生活や社会活動でもあたるモノコトの背景や実態を常に把握し、どこかにちんこやうんこと繋がる線がないかを熟考しながら生きていきたいです。それが増田の生き様。
https://anond.hatelabo.jp/20171026133336
https://anond.hatelabo.jp/20171026180918
これまでFBのタイムラインに流れてくる記事をたまに読むくらいで自分で書くには至らなかったけど、上二つ読んではてなアカウント作ってしまった。で、書いてる。
私は育休とって3年になる。一人目の子が三歳になる少し前に二人目が産まれた。
育休をさらに3年、ぶっ通しで6年とる予定。
なんでこんなに長く休職するのか?
本当に戻る気あるのか?
戻る気なければ辞めるのが筋じゃないか?
3年間自問自答してる。
仕事で徹夜する気力体力が衰えてきて、さらに自分はこれまで学歴なんかを背負って仕事できる気になってたけどどうやらあまり仕事が得意でないらしい、と気づいた頃に結婚出産した。それで子育てと家事にどっぷりはまってみたかった。
と、夫がちょうどキャリアのヤマを越えなきゃならない時期に差し掛かってて、冷静に夫が仕事、私が家事育児がんばるのが合理的だよねと夫婦間で暗黙裡に合意してるからだ。
結果、子供がかわいいのとブランクが長すぎて仕事に戻れる気がしなくなってる。
産後長くても一年ちょっとで復職するべく保活の波にのって、まだよちよち歩くか歩かないかのかわいいわが子と離れる辛さを乗り越えて、いろいろ割り切って仕事に戻らないと、復職が遠のくばかりだ。
なぜかって?
上の子が一歳を過ぎると子育てが一気に楽しくなった。歩けるようになり、言葉が少しずつ出てきたからだ。一緒にお出かけできる。意思疎通がはかれる。家事もはかどるようになる。
そのうち二人目を妊娠した。上の子と二歳差だ。また2年くらい育休とって、二人まとめて保育所に入れて復職するつもりだった。そしてその頃には夫の今後のキャリアパスがほぼ見えてるはずで、私が復職する前提で都内に家でも買おうかみたいな思惑も交ざってた。
だったんだけど、二人目を死産した。
辛かった。年取ってから子供に恵まれたので、一人でも十分幸せだと思っていたけど、二人目を喪ってみると、どうしても諦めきれなかった。
そして信じられないくらいすぐに、また妊娠した。三人目(実質二人目)が産まれた時には上の子が三歳になってた。
正直、育休を続けて取るとき「私これでもう2年か3年休んだら会社に戻れないんじゃないかな」と思った。
その時点で会社にはもう3年間足を踏み入れていなかったんだ。いつのまにかオフィスが移転し、社員数がどっと増え、自分の居場所なんてあるわけないだろうと思っていた。
上の子はたっぷり3年間一緒にいた。多くの保育所ママが「おむつなんて園に外してもらったようなものよ〜」と話す傍ら、家庭内でトイレトレーニングをやり切った。
夫は月の半分くらい出張でいない。さらに平常でも職場に泊まり込むことが多い。
ワンオペ育児は辛かった。子供の笑顔を間近で見られる幸せで乗り切ったけれど、
育児素人の私がやるより保育士さんに見てもらう方がいいんじゃない?
復職して多少なりとも稼ぐ方が短期的、長期的に経済合理性高い?
何より私が精神的に楽じゃない?子育てを一人で抱え込まなくていいもん。仕事して外の世界と関わりたいよ。。
ちょっといいコーヒーを一人で飲みに行きたい。仕事用にスーツ着たい。毎日自分のために化粧して、仕事にアタマを使いたい。
なんて悶々としていた。
だから次の子は一歳すぎた頃に復職しようと考えた。念のため3年間とって、それより早いタイミングをうかがおうかなと。
でも、下の子が産まれてみるとすんごくかわいい。授乳でも何でも、上の子の時はひたすら辛かったことが驚くほど楽になった。
もうすぐ4ヶ月になるけど、本当に天からの授かり物を育ててる思いだ。
上の子と同じだけ見てやりたいと思うと同時に、今度は上の子が赤ちゃん返りもあってだんだん難しくなり、これって発達障害じゃないの?といった性格が出始めた。
自治体を通じてカウンセラーに相談し、今度再検査することになってる。
「お母さんが復職されるまでに専門医や療育関係の機関を回られるといいかもしれませんね」とカウンセラーの言。
上の子はいつまでたっても初めてのことだらけだ。子供が成長すればするほど手がかかることを知った。
自分も会社の制度と女性が輝く社会を目指すスローガンにぶら下がってるように見えるんだろうなと思った。
と同時に、恵まれた環境の人は、仕事に対するモチベーションがそんなに強くなくても、復職後十分にやっていける、むしろそれくらいの方がうまくいくのは本当だろうと思う。
そして私のように、自力以外に頼れる人手がなく(親は地方在住)、仕事に対するモチベーションも立派なものではない、そんな働き手は誰が見てもお荷物だろうと。
念のため、育休中は無給だ。とはいえ一人目のときは雇用保険からの給付金を受け取り、二人目、三人目も健保から出産手当金をもらってる。
でも子供は手がかかる一方で、とくに上の子のことを考えると、会社より子供を優先させたい。復職してもパフォーマンス悪すぎだろう。
だらだら独り言を書き連ねたけれど、そうだね、ぶら下がってるように見えるよね。
雑誌のVERYってあるでしょ。VERYは去年かそれより前くらいから「リーマム」の造語を使ってる。週5オフィスに出勤する素敵なママのことらしい。
週5働けば、当然子供に割く時間が限られる。どんなに優れた外部の保育者を通しても
子供のことを全部把握するのは難しいと思う。
そのぶん自分の価値を高めることにエネルギー配分できる、というかせざるを得ない。
そして子供に還元するなら、自然とお金で買えるモノコトになる。洗練された服、上質なおもちゃ、英語やピアノの習い事に幼児教室。旅行かもしれない。
親がいいと思えて子供が十分に愛情を感じるならばそれでいいのではないか、と思う。
でも私はそれができずにいる。
割り切ってしまえばいい。育児を外注すればいい。夫婦の老後や子供の教育など備えはいくらでも必要だ。
それでも私は、毎朝3時に起きて家事をして、5時半に夫を送り出し、下の子の世話をしながら7時に起きる上の子の食事の支度をする。日中は公園と児童館をはしごする。
夕方5時にはお風呂に入れて、6時に夕食。7時半に寝かしつける。
子供が好きで会社に戻れないならいっそ辞めれば、との声を聞いた気がした。
子供への愛情と復職は違う話だろうとのツッコミが当然あると思うけど。
中途半端に戻っても育児を楽しみながら会社に貢献するなんて実現不可能な幻想かもしれない。
育児そして自分自身を充実させながら仕事を続けることで足を引っ張ってしまうならば。
休職前はたいして仕事力がないなりに、精いっぱいがんばってきたつもりで、自分にできることがあればどんな仕事でもいいからまた働かせてほしいと思っていたが、ふつっと糸が切れた気がした。
それでも何か糸口を探したいよ。別に自分が輝かなくてもいいけど、家族を満足させられて、社会貢献可能な道筋を。
大学出てるし(税金つかってる)社会人になってからはいろいろな人に世話になった。皆さん口を揃えて「別に自分に恩を感じることはない。後輩社員達に同じようにしてあげて」と言っていた。まだ私は何もできてない。育児の区切りがつけば会社で恩返ししたかったけど、区切りをつけられなければ外ですべきなのか。
何を取捨選択しても自由だけど自己満足にならないように、とあらためて思う記事だった。
追記)
コメントありがとうございます。恐縮してます。
夫ときちんと話し合っていないのではないのかのご指摘がありましたので追記します。
確かに書いた内容そのままを直接ぶつけたことはありません。また明日から出張なのでフライト中にでも読んどいてと言っとこうと思います。
ただ、子供のことこれからのことはわりとよく話してるかもしれません。
何がしかの隔たりを感じさせるとしたら、夫と私の働く業界が全く異なることが一因かと思います。
(夫は公務員で今は中央、全国転勤あり。男性の育休制度はあっても運用実態ほぼゼロ。同僚家庭の専業主婦率すごく高い。私は都内のIT関連企業)
自分に答えがないので話すのをためらっていましたがいい機会かもしれませんね。
KUOTAのKEBELを買おうか迷っている。http://www.intermax.co.jp/products/kuota/kebel.html
カーボンモノコックフレームでは比較的安い方だし、デザインも悪くないので候補にしている。
剛性はそこそこ高く、実業団が練習に使うくらいだから信頼性は問題ないだろう。
コンポーネントはアルテグラあたり。デュラエースはどうみてもオーバースペックだし、耐久性やメンテナンス性から電動は使いたくない。
ホイールはイーストンのEA70を考えている。(価格的にもう1ランクくらい下げたいんだが、ちょうどいいのがない)
ハンドルはアナトミックであればなんでもいいようなものなんだけど、いい感じのが見つからない。
「お洒落じゃなくても、清潔感があればいい」という言葉に「じゃあ具体的にどうすれば」という人もいるだろう。
ここにひとつの実例を記録しておきたいと思う。
出会った時の印象は「暗い、いかにも理系くん」。
でも、話してみると意外とウマが合って、いろいろあって付き合うことになった。
彼の外見は、
・足短い、頭でかい
・真っ黒な剛毛、一応短くしてますってだけの髪型
・古着屋で買った、くすんだベージュのミリタリーコート(冬中いつもこれ)
・おじさんぽい皮のスニーカー
・まゆげぼさぼさ(太い)
よく見るとかわいい顔してるのに、これはもったいないなーと思った。
本人は、こぎれいにしたいという気持ちはあるけど、どうしていいかわからないという。
で、買い物や、服のコーディネートに関して、全面的に相談に乗ってほしいと言われた。
そして、お洒落な知人男性から知恵を借りつつ、試行錯誤で実行したのが以下のステップである。
1.美容院に行った
一人では怖くておっさんがやってる床屋にしかいけない!というので、一緒に美容院に行った。
社会人なので染めることはしなかったけど、多すぎる髪をすいて、短めに切ってもらった。
ワックス等あまりつけなくても維持できる髪形。(沢村一樹みたいなの)
これでかなり劇的に垢抜けた。出来上がりを見て思わず笑ってしまったほど。
あと、私が持っていたアイブローお手入れセットで眉毛を整えた。
(本当は美容院でやってもらえばよかったのだが、当時それができることを知らなかった。)
それから、色味がきれいで、ジャストサイズのトップスを何着か。
とにかく、着古してよれてる、暗い色の服ばかりだったのでこれを一新した。
「着心地が楽」というだけで選んでいた、大きめサイズから、体にフィットするサイズに。
ここまでで、ぱっと見の「暗い」という印象はかなり変わった。
ずっと着てた微妙すぎるミリタリーコートのかわりに、アバハウスでジャケットときれいめダッフルコートを買った。
靴はマルイでカジュアルな革靴と、ABCストアでほっそりしたシルエットのスニーカー(アディダスかな?)を。
遠距離恋愛で、リュックにぎっちり荷物を詰めて会いにきていたので、モノコムサで鮮やかな黄色のキャリーを買った。
それから、ポーターの小さい肩掛けバッグを買って、財布・携帯を入れるようにした。
時計をしていなかったので、FOSSILのファッションウォッチを買った。
デニムも、ディーゼルでラインのきれいなのを一本追加。これが本当に足が長く見えて驚いた。
ステップ2までは3ヶ月くらい、ステップ3でさらに半年くらい。
結果としては、ずいぶん明るい印象になったし、さわやかになったと思う。
(と言って、モテになったわけではないけど。人見知りな性格が問題。)
お洒落!ではないけど、清潔感がある、見た目がプラスにもマイナスにもならない状態ではあると思う。
今でも自分で服を選んだり、服屋の店員と話すのは苦手なようだが、ワンシーズンに4,5着は買って、新陳代謝させている。
試行錯誤する中で、ユニクロでもなんでも、とにかくジャストサイズで、きれいな色の服を選ぶのが大事だと思った。
黒、グレー、カーキだけじゃなくて、さし色を入れていくこと。
本人は気に入っていて使い勝手もいいかも知れないけど、客観的にはやっぱりちょっと違和感がある。
というか、そのひとつのアイテムだけで、貧乏くささがMAXになる。
店やアイテムの選び方について、上記のは本当におしゃれな人から見れば笑っちゃうようなチョイスかも知れないけど、
そういう「おしゃれ界隈」での評価にとらわれずに、まずぱっと見こぎれいにしていくっていうのも、第一歩としては大きいのではないだろうか。
お洒落な人に「お洒落」と認めてもらうことが目的ではないからだ。
学生さんだと、スクールカーストやファッションによる友人選択が行われていて、難しい面もありそうだが…。
追記
増田に初めて書いたのですが、いっぱいブクマされておびえています。
特定怖いので少しだけ変えました。
小心者なのに深く考えず書いてしまい申し訳ありません。
私はもともと洋服は好きだったのですが、メンズにはあまり興味がなかったです。
あと、「プラスのお洒落」というか、特徴あるアイテムを買って凝った格好をするのが好きなのです。
つまり、私自身は服オタの気があるということです。
それで、「プラスマイナスゼロ」っぽいメンズの着こなし(と言うほどのものでもないが)と言うのをいろいろ試行錯誤しました。
そのときのノウハウのようなものを参考にしていただければなーと思って書きました。
完全にスタイリストみたいに振舞ったのではなく、二人三脚でいろいろやってみた、という感じです。
それから、さし色と言うのは、モノトーン(白黒グレー)や地味な色合いの服装をしたときに、
一色きれいな色(黄色、緑、ピンク、紫など)を加えることでワンポイントにする、というテクニックです。
グレーやカーキのような、くすんだ印象の色でなく、原色でもない、普通にきれいな色を指します。
さらに追記
「きれいな色」の例示ですが、実はこの質問に答えるのすごく怖いですね。
私だって、自分のセンスにそんなに自信があるわけでもないですし。
実物を見て選んだわけではないので、あくまで参考で。私個人の趣味・感覚です。
たとえば全身白黒でも、下のようなマフラーを追加するだけでアクセントになると思います。
(3色とも)
http://www.selectsquare.com/greenlabelrelaxing/g252301si/
ベーシックなジャケットのインナーにこんなのとか。(黒とグレー以外の色参照)
http://www.selectsquare.com/journalstandard/g240564/
定番チェックシャツならこんなのも。
http://www.selectsquare.com/quadro/g249131/
あと、お金ですが、ユニクロに行ってトップス2着とデニム1着で1万円くらい。
美容院は安いところ探せば3000円であります。
靴は奮発して2万円くらい(ここはあまりケチらないほうがいい)。スニーカーなら1万円。
私がいままでの人生で感動したモノコトを勝手にランキングさせていただきます。
有名な仕組みだしみんなもすごいと思ってるはずですけれども、いやマジでこれを思いついた人のことは尊敬せざるをえないです。
水そのものに蓋の役割をさせるという発想の転換がすごい。排水管は排水を流すための仕組みなわけなのに、その流す排水自身にも役割を持たせてしまう一石二鳥感といいますか。
仕組みが機械的でないことで故障率はゼロに近くなるでしょうし、メンテは掃除程度なのでねじ蓋を底につけるだけでよいっていう潔さもさることながら、洗面所で流してしまった指輪なんかもトラップのところで助け出すこともできる副次的効果もあるだなんて。一粒で二度おいしいなんて。
天才すぎます。
プラスとマイナスです。特に「温度」を考えるときに感動したといいますか。
たとえば冷蔵庫っていう機械はものを「冷やす」のですけど、この「冷やす」っていうアクションはなんというか能動的な感じとでもいいますか、冷やす=温度を引く、という表現がしっくり来なかったんです。温度を引くってわからない。
でも、冷やすっていうのは「-の温度を足すんだ」って考えたときイメージがものすごくマッチしたのです。
マイナスのものを足すっていう考え方は私にとってものすごく大きかったんです。
マイナスすごい。
メビウスの輪による表裏の消失とメビウスの輪に鋏を入れたときの形とか、◎(二重丸)を一筆書きで書く方法とか、ドラえもんのワープ理論(二点間の最短距離は?)とかとかの感動物語を抑えて第1位に輝いたのはお母さんとビニール袋です。
いわゆるお母さんがスーパーでビニール袋に野菜を入れるところに感動したというか。
普通に考えて、野菜を袋に入れようってときには、「野菜を」「袋に入れる」と思うんですよ。当たり前です。
でもお母さんたちは、「袋に手を入れて」「野菜をつかみ」「袋をひっくり返す」ことで結果的に「野菜を袋に入れる」んですよ。
なんというか、プロセスと結果の乖離とでも申しますか、結果が予想できない感のかっこよさがあると思います。だって袋に入れるはずが袋をひっくり返すって! しかもいつの間にか目的が達成されてしまっているだなんて! 裏が表で表が裏て!
これを見たとき、うちのお母さんは天才だと思いましたね。もうね、神かとゴッドかと。
神様なんて実際いないわけじゃん。でも宗教とか祈りとか、人間の中の存在というか思想風景っていう意味では、もう有史以来かれこれ数千年単位で行われてきた訳で、実際何かの意味はあると思うんだ。(確か)マイケル・ジャクソンがインタビューで言ってるのを見て、『既存の宗教は信じてないけど、スーパーナチュラルな存在は認める』とか、僕も云うことがある。そうはいっても、一通り宗教概論とか、いろんな書物の勉強はしたんだが。でさ。最近なんというか啓示を受ているような気がするのよ。神様、っていうと語弊があるけれど、なにか超常的な意識をそう呼んでいるだけで、気に入らなかったら好きに読み替えてくれ。
僕はなんていうか、死にそうな目にここ半年で何度かあったし、実際首くくってぶら下がったりしたんだけど、まぁうまく行ってない。そして今は中度の拒食症で、毎日一食食べてそれでおしまい。体重は15キロくらいへった。それでも生きてる。類は友を呼ぶっていうか、周りにいい友達も、よくできる友達も何人かいるし、その上で鬱持ちのひどいのもまぁほんの数人いて、そいつらとどっちが先に逝くか競争してるみたいなものだ。でも一回経験してみると、なるほどあいつはこういう気持ちでこういうことをしてたんだな、とわかってきたりして、それはそれで面白い経験なんだな。
話がそれた。啓示。なんか死にたいな〜って思ってすごい長い間歩き回ったりしてると『死ぬのはお前の勝手だよね』とか『狂うまではやってみないと面白くないんじゃないの?』とかフランクな口調で話しかけてくるのがいるわけですよ。たまにね。いや向精神薬とか飲んでないし、毎日会社でちゃんと働いてますよ。さっきも言ったけど、友達もそれなりにいるしさ。友達に話せないから増田にこっそり書いてる訳で。医者に行けとかつっけんどんに言わないでよ、ちら裏なことくらいはわかってるから。
この間、聞こえたのが、結構面白くて。『人に残された愛情は依存だけだ』って。あぁ、なるほどなって思った。僕らが具体的に感じられるものって確かに依存だけだ。愛してる、って言われても意味がわからなくて正直困るし、ただこの人は他の人に依存していることだけはよくわかる。それが性的な関係でも、お金の関係でも、ただ毎晩チャットするだけの関係でも、それが依存であれば具体的に『感じ』られるんだ。それ以外はほんとかどうか知りようがないじゃない?だから僕らは映画やら小説やら好きなんでしょ?本当と区別できないけど、手軽に気持ちを感じられるから。
じゃぁ、本質的に人間が生きていく上で必要なものって何かなって考えてみた。それが人の一番依存している=愛することができるモノコトなんじゃないかって。でもなんなんだろう?眠るとか食べるとかって欲求はあっても、今や僕ら無くても大丈夫な気がするなぁ。植物人間っていう状態があまり幸せな状態ではなくとも、有機物として食事をしない状態で続けられるでしょう?眠る、のは確かに少しずつは眠らないといけない。でも昔から言われているほどではないことがわかってきているし、ある種の薬はそういうのすら取っ払える。僕が生きていく上で僕は何に依存してるんだろう。そして、僕はまだ何か他のモノコトに依存したいのかな?
そう思ったら、僕はまた寂しくなった。