はてなキーワード: プラスマイナスとは
が、これを聞いた2ちゃんねらーが、「ミンス政権による預金略奪だ」と
低脳な反応が相次いでいる。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1696536.html
他方、国の策も「下策」と思う。
まず、事実関係を確認しよう
・ただ、実際には、銀行は顧客感情に配慮して、消滅時効の援用を
・銀行は10年経過時点で、預金者に連絡を取り、連絡が付かない預金については、
これに対して国は法人税を課税
(銀行としては、別に収益計上したくないのに、法人税を取りたい国の指示で収益計上させられている)
・しかし、将来預金者から解約申し出がなされる可能性があるので、
つまり、銀行が「収益を上げている」と言っても、それは形式だけであって、
法人税を取られるだけ、損、ともいえる。
口座にかかわる印紙税(200円)を考慮すると、ランニングコストで実質赤字
・年間に発生する休眠口座は800億円、うち300億円が後日払い戻しされるので、
差額500億円がネットの「利用可能額」。
この中から経費を除いた300億円程度を、基金化して活用の計画
・休眠口座が発生する理由は次の通り
・完全に失念しているケース(少額預金に多い)
・失念はしていないが、引き出し手続に時間が掛かる、銀行に行く交通費が掛かる、
という理由で、引き出しを見合すケース(これも少額預金に多い)
・預金者が死亡して、預金の存在自体を遺族が認識しないケース(中には多額預金も紛れている)
相続手続で係争して解決しないケース(中には多額預金も紛れている)
・預金者が死亡して、預金の存在は遺族は認識し、預金を相続する相続人も定めたが、
相続人が手続き面倒(手続きコストが掛かる)として引き出しを見合すケース
(戸籍謄本の用意だけでも下手すれば数千円かかる、となると数千円以内の口座を引き出す理由はない)
これは少額預金に多い
・国内の預金口座数は12億口座、休眠口座は年1,300万口座づつ増えている
恐らく、現状は「国も損、銀行も損、預金者は得なんだがそれに気付いていない」という状態だろう。
「数百円の手続きのために戸籍謄本取り寄せ数千円」の場合は「預金者も損」である。
これを「国も得、銀行も得、預金者はプラスマイナスゼロ」であれば、
この仕組みを導入する意義がある。
小生が「問題」だと思うのは、わざわざ「基金」を設けて、基金が口座の管理業務を行う点だ。
恐らく、「払い戻しを求める利用者がいたら、それに応じる」ことを前提にしているからそのような制度設計に
なっていると思うが、これだと「国はちょっと得、銀行は損」である。
つまり、銀行の口座維持管理業務を「基金」に移しただけであり、
(穿った見方をすれば、金融庁の天下りポストを作りたいのか?)
シンプルに、
「10年経過しても連絡が付かない預金は、一律に時効を援用し、その分を、国庫に帰属させる」のが正解である。
要は、現状「銀行が時効援用しないために救済されている預金者を、一切救済しない」のである。
経済的な理由で習い事なんかさせてもらえない家庭もあれば、経済的理由で高校にいけない子供もいる。
分刻みのスケジュールで拘束されて勉強させられてる子供だっている。
平均値ど真ん中ではないかもしれないが、プラスマイナスSDくらいに入るフツーの親。
ついでに、あなたのコミュ力ゼロというのは、たぶん親は関係ない。
私も友達を家に招いたり、友達の家に遊びに行ったりした経験は数えるほどしかない。
ああいうのは、生まれ持った才能。
大学時代、上京した。
私も、親がいなかればなにか変わるはずと思ってた。
私の想像する大学生は、もちろん毎日ではないにしろ、カラオケもボーリングも食事会もコンパをしたりするものだと思ってた。
繰り返すけど、なにもなかった。
お酒はゼミの新歓と追いコンの時に飲んだから、幸いなことに経験することが出来た。
そんなコミュ障の私でも、生きてる。
もう32才になるけど健康に生きてる。
好きなものをその時々に応じて「価値がある」とか「美しい」とか「建設的だ」とか自分勝手に賞賛する
…いやごめん、それは憶測かもしれん。
でも高確率で人は好きなものを自分の周りに置こうとしたり、追い求めたりする。
わざわざ自分の嫌いな曲を集めて聴く人なんてまずいないし、
苦手な人と付き合うという人も…いるかもしれないけど苦痛だと感じているかもしれない。
(自分が何かを嫌うという「対象への嫌悪」それ自体を好む人はいると思うし、実際にいる)。
ネガティブな発言は人を不幸の方向に導く。
不幸せになりたい人なんてのはほとんどいなくて、みんな自分が幸せになりたくて必死だというのが現状だ。
金がほしいし、
恋人がほしいし、
仕事したくないし、
気ぃ遣うの疲れたし、
時間がほしいし、
休みたいし、
あのボケナスの脊髄ひっこぬいてフニャフニャにしたろかっておもうし、
あー遠いなー 幸せって。
だからまあ、どこの誰かも知らん人のネガティブ発言を聞いてるヒマなんかこれっぽっちもない。
ストレスばっかりたまっていく。
もうちょっと説得力のあるというか、全体の最大幸福のための話だと、
要するにネガティブな発言を吐いても、主体も客体もだれも幸せにならない。
(私はいいけど)他の人が迷惑するからやめろ、という感じで主語が大きくなる。
ネクラではない「明日が楽しみな人たち」は、自分が幸せだと周りも幸せになるということを知っている。
その逆の発想で自分の不幸を拡散すれば周りも不幸になってしまうじゃないかとかなり注意勧告される。
更に明日が楽しみじゃない人たちにとってもこの説はけっこう支持される。
糾弾されるのはネクラでネガティブ発言をやめられない人たちだけになってしまった。
(ベテランのネクラになると自分をネガティブな気持ちに落としこむことですら快感になったりする。
それでもネガティブな発言をする人はあとからあとからどんどん増えていく。
仕事場や学校でたまるストレスを愚痴として発散するのと似ている。
みんな人生という仕事場でたまったうっぷんをちょっとでもごまかしたくてネガティブ発言をする。
「イヤなら見るな」と言われてもムリだ。
あーじゃあ、そういうネクラな人の心理状態を鑑みて、慎重になってネガティブ発言は見逃してあげるべきなんだろうか?
友だちのグチを聞いてあげることは許して、ほかの人のグチは聞かないし許さないだなんて不公平なのかも?
そんな誰かが割を食うような解決方法はイヤだなあ。
ネクラな人だって「我慢してやってんねんぞ」みたいな態度を感じると気ぃ悪いわ。
できればwin-winの関係がいい。
もうちょい考えを深めてみよう。
論争が起こることのそもそもの疑問が二つある。
ネクラな人たちにとってこの世界は、悲しみとか怒りとか醜さとか無意味とか悪に溢れているように見える。
しかし、もっと冷静になって考えるとそれは世界の一側面でしかないことに気付く。
ネクラな人たちが見る世界と同じくらい、そこには楽しみとか喜びとか美くしさとか価値とか善がある。
実際、自分を劣悪な環境に置いていれば、どんどんネガティブになっていくけれど、
ちょっと笑える話を聞いたり、
お酒を飲んだり、
気の置けない友だちと話したり、
引越ししたり、
仕事をやめたりするだけで、なんかちょっと楽しくなる。
環境の改善する度合いが高ければ高いほど(つまり劣悪な環境から離れれば離れるほど)、
(世界が変わるのを期待して待っていても、その前に狂うか死んでしまうかもしれない、
もっと悲惨なのは、より悪い方に世界が変わっていくかもしれないということだ)。
ぼくの書いたことがもし正しいとすれば、ネガティブな発言を我慢するだけでない、もう一つの道が見えてくる。
世界のことをよく知っている人がいるならば、この世界はどうしようもないと思っている人に向かって
と教えてあげることである。
これがやはり根本的な解決となる。
できれば言葉で教えるだけでなく、一緒に楽しいことをするといい。
言葉による理論ではなく体験による感動で理解してもらうといいんじゃないかな。
人にはその避けがたい特性があるから、誰か忍耐強い人が世界の素晴らしさを説く前にケンカが起こってしまうのだ、
たぶんね。
しかし、だからといって個人的には「対象が嫌いだ」という感情を封殺してしまいたくはない。
人はなるべく朗らかに、全てを愛する博愛主義者のように生きたほうがいいんだろうか?
そんなせまっ苦しい考え方のために人が生きているとは思えないし思いたくない。
人はもっともっと多様な価値観や考え方を持っていいと思う。
ニューギニアの島では弔いの儀式として食人の文化があった気がする。
今はない?
かならずしも弔いのために用いられた儀式ではない?
それを野蛮で邪悪な悪習だと言えるのは現地人でない人だけである。
アフリカの牧畜民ヌアのコミュニティでは、不妊の妻にかわって姉妹が夫の子を生んだり、
またその逆や、あるいは夫が子を持つ前に死ぬと兄弟が亡兄の妻との間に子を作ることがある。
前者の場合は夫の子であり、後者の場合は弟の精子で宿った命でも、亡き兄の子どもということになる。
この社会でいう夫とは、彼らの生業手段である蓄牛を婚資として支払ったものだ。
日本では親子関係は血のつながりなんだけど、彼らは牛のつながりであって、
ぼくらは彼らをバカにする時、彼らはぼくらをバカにするのだ。
「血のつながりってwwwwwつながってるわけないやろwwwwww」
ある事象に価値があるとかないとかって判断してしまうのは多くの場合、
特定のコミュニティ内でしか成立しない狭い考え方による独断と偏見でしかないのかも。
あれ?ちょっとまてよ…。
ぼくさっき”個人的には「対象が嫌いだ」という感情は封殺してしまいたくない”と書いたよねえ?
んで、
今その理由を書いたよねえ。世界にはいろんな価値観を持った人がいて、
それを認め合っていいんじゃねーの?みたいな。
「みんなちがってみんないい」論法。
でもちょっとまって。
ネガティブな発言をする人は、世界を(あるいは自分を)嫌悪している。
バーロー「あれれー?どっちの人たちも{きらい}って感情は同じだねー。」
そうなのだ。
ネガティブな発言というのはポジティブな感情ではない。絶望とか嫌悪感の表出なのである。
ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。
これはなんともバカバカしい話だ。
自分の嫌いは認められても、他人の嫌いは認められないと言っているのだから。
ぼくは個人的にはみんなちがってみんないいと思ってるんやけど、
その前提が成り立つことを許してもらえるなら、
「自分の嫌いを認めるなら、他人の嫌いも認めていいんじゃないか?」
ってことになる。
そうじゃないと「ネガティブ発言やめろ!」と言うたびに自分のクビを絞めてることになる。
ブーメランが飛んですぐに返ってきてる。「あんたがやめろよ…」と。
このバカバカしさは「ネガティブ発言をするな」という注意喚起のけっこうな抑止力になるかもしれない。
わーい!ぼくらは誰のことを嫌いと言ってもいいんだぞー!
○○のバカヤロー!!必死に走って間に合わずに目の前で電車のドアが閉まってしまえー!!!
というわけで
これでみんなハッピー?かな?
間違ってるかなあこれ?
2つ目は若干強引な感じもするから、もっといい方法あったら教えてほしいな~◎
ここまで読んでくれてありがとうございました。
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追記
現段階で寄せられたコメントにできる限り返答していきたいと思います。
どうしても批判のほうに目がいってしまって精神的にキツいです。
お前が一番ネガティブなんじゃね?って誰か突っ込んであげるべきだと思うの
ぼくはたぶんネガティブなんだと思います。ポジティブそうに見える書き方になっていますが、
ネガティブさを排斥しようとする状況が見るに耐えられないのです。
せめて「死にたい」ぐらいは言わせてほしいのです。ほんとに死なないために。
そういう人がたくさんいると思うんです。たぶん。
殺したくないんです。
ごめんなさい。生きててすいません。
生きてるんじゃなくてまだ死んでないだけのような気がしています。
ぼくはあなたのような人と共に生きたい。許しあいたい。強い人が怖い。
よかったらぼくのブログを読んでください。
http://d.hatena.ne.jp/yukkun1986/
新人の頃、意識的なマイナス思考が仕事には重要だと教わった。物事のいい面よりも隠れた危険性を常に考えろという「かもしれない運転」的なやり方
建設的なマイナス思考ですか。たしかにそれはいいのかもしれないですね。
未来という不確定性を検証するための思考はプラス・マイナス関わりなく可能性の一つとして考える余地があるのかもしれない。
ぼくはなんの役にも立たない(かもしれない)マイナス思考も封殺したくない。
あとでよむ
お願いします。
そうだね~、「いけない」ていう義務的じゃなくって、「いいたくないなぁ」ってね、うん。
誰も傷つけたくないのですが、それよりも自分が傷つくことのほうが怖かったりします。
これに関して自分は結論がまだない
ぼくもたくさんの意見をいただいて、
これで終わりにすべきではないと思いました。
そうなんです。相手の気持ちを考えることができれば、ぼくらは少しは寄り添えると思います。
問題は、双方にその余裕があるのかということです。
個人的にはぼくたちはもうちょっと相手を褒めたり、甘やかしてもいいんじゃないかと思います。
もうこれ以上人が病んでいくのは、堕ちていくのは耐えられない。
結論は俺も同じ考え。
現状が少しでもラクになればいいんです。
死ねばラクになれる、みんながもっと優しくなってもきっとラクになれる。
ぼくはどうせなら後者のほうがいい。
わーい。ネガティブ発言してもいいんだー(違)
ぼくはそれを咎めません。咎められません。
でも彼らを嫌いになれないのです。
ぼくがもうちょっと社会的に弱い立場だったら、
その立場を利用して言い返すこともできたのに、だなんて
【一番いけないのは、お腹が空いていることと、一人でいること】という話。
どこかで泣いている人がいたら、笑わせるんじゃなくて
バーローww
ちょっと悪ノリが過ぎたかも知れません。
でもあなたが喜んでくれるなら、それはよかった。
注意喚起くらいなら別にいいよ。強制力もないし、カウンターできるし。ポジであれネガであれ、みんなで同じ方向向いてるのが一番キモい
カウンターできません。
ぼくが正しいとか間違ってないなどとは思えないのです。
ちきりんさんが最近おすすめしていた「若者殺しの時代」という本の中では
バブル経済のことを「国中上げて間違ったことはやってないだろうと思っていたのだ。」と表現していました。
ぼくが合ってるとも思えませんが、じゃあ世の中の望むべく方向が合っているのかと考えると、
ポジティブ思考のイケイケで日本は負けただろwww / 「文句言う前に努力しろ」の一言で様々なデモが潰れちゃってるんだよね、それ一番言われてるから。
ぼくはネガティブで、基本的にネクラだと思います(たまにはポジティブにもなりますが)。
「文句言う前に努力しろ」の一言でいったい何人が死んでいるのだろうと思うと、ほんとうに恐ろしい。
暗い人は四六時中年中無休で暗いわけではなく、暗いことを言う確率が高いのでは。明るい人も同様。10回会って7回暗かったら70%の暗い人確率/キャラってやつなのかしら
そうだと思います。
ネガティブな発言が少しでもその人の気を紛らわせることができているのなら、
それでまだ死なないでいてくれるなら、死んでしまうよりははるかにマシだと思います。
ネガティブな発言をしている人間はネガティブ志向と解釈してしまう時点で説得力が無い。ネガティブな事をいう奴は人生を面白がっている奴も多い。ポジティブバカのように人生を楽しもうとはしてないかもしれないが。
これはたしかにそうだと思います。ネガティブ発言を風刺漫画のようにコメディに昇華する人はいると思います
(その喩えが適切かどうかはわかりません)。
読みにくいけど、今抱えてる問題意識に近かったので読んだ/かくして、「そんなネガティブ発言してると、世間からうざいやつだと思われちゃうよ」という太宰メソッドで注意勧告する羽目になって自己嫌悪するわけよ。
人間失格にある
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
自己嫌悪するしかないほど逃げ場がありません。もう首を絞めつくしました。
ぼくはそれをどうにかしたい。
何かを貶める発言をするなら逆の考えの人達から反感を買うくらいは覚悟してないとそれは甘え。反感を買ってでもする意義があると思う発言だけすればいい。
甘えたいです。ごめんなさい。
ほんとは人をイヤな気持ちにさせたくないです。ごめんなさい。
自分にウソをついて「大丈夫です」と言う度に、自分が嫌いになっていく。
皆でネガティブ言い合って皆でそれを嫌い合う。それが公平なのかも。どちらかが我慢するのはどうかな?/寛容さは大切だと思うけど。。
例えば、学校でデブな同級生に向かって「やーいデブ」と悪態をついて、
ひるんだり、へこんだりせずに「デブで悪かったな!」と言い返せることが対等で良い関係を作るのかもしれません。
乙武さんはそういうことをやっているので、みんなが彼のように強くなれればいいなと思いますが、現実はそうはいかないですね。
メンタルの弱い人に救済を。
あなたは素晴らしい人だと思います。あなたのような人が救いになるんじゃないかと思います。
出家するべき
今も思っています。
「ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。これはなんともバカバカしい話だ。」…「フジテレビが嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている人は多いね。
誰のこともあまり嫌いになれない(苦手な人はいます)ので、嫌いだと言ってる人に遭遇すると混乱してしまいます。
長期的な幸せを望みます。それと同時に短期的な不幸・死の連鎖を止めたい。
それらが同時にこなせたらどんなにいいだろうか。
何が間違っているのかぜひ教えていただきたい。
前にポジティブシンキングだかの企業が倒産したような。見えてる世界で綺麗醜いを言うことはプラスマイナスはないのかな。それをどう思って聞くか言うかでかわるのかな。
解釈の違いで人の反応は変わるかもしれません。
そういう人たちは怖いですが、ぼくには彼らを叱りつける権利がない。
しかし、気に入らないという思いが誰かを殺しているのかもしれないならば、
ぼくはこのケンカをやめさせたい。
ぼくもそう思います。
もし、将来ネガティブにならざるを得ない状況がひっくり返ったとしたら(つまり誰もが「明日が楽しみな人」になったら)、
根本的な解決になるかもしれませんが、その分ネガティブ発言への風当たりの厳しさは増すだろうと憶測します。
だから、やっぱり「それでいい」ということにしたい。
ぼくはもっともっと慎重になりたい。
間違ったことをしたくない。だから、
相手を選ばなければ、30歳以下の標準体型の男性が30歳以下の標準体型の女性を見つけられる度合い
と
28歳の標準体型の女性が28歳の標準体型の男性をパートナーにできる度合いと
28歳の標準体型の男性が28歳の標準体型の女性をパートナーにできる度合いと
女性は自分プラスマイナス○才くらいを対象にする人が多いけれど、
男性は年下側にシフトしてる場合が多い。(自分の知る限りほとんどそうだ)
男性「4歳くらい年下までならOK」(←同い年はボーダーライン、年上は範囲外)
話を元増田に戻すと、
例え性欲だったとしてもさ
相手がこっちを必要としてくれることが実感できて
何がなくても、男のほうからあれこれ尽してくれて
そうされてるのが「一部の」女であるのと同じように、
「一部の」男は必要としてくれることが実感できてるし
何がなくても、女のほうからあれこれつくしてもらってる。
寂しくても辛くても自立しないといけないのも
手軽に愛してもらえないのも
尽くして、努力して、悩んで、傷ついて、
たくさん頑張って、初めて必要としてもらえる、愛してもらえるのも、
別に男だからってわけじゃない。
たしかに、女のほうがしやすい、されやすいことはある。
裏を返せば、男のほうがしやすい、されやすいというのもあるわけだ。
元増田は男女関係にばかり目を向けているようなんだけれども、
男女関係の悩みなんて、余裕のある人間の考えることであって、
そんなもんにかまけていられるというのは、ある意味いいご身分だよね。
「日経225オプション取引の売建玉の枚数上限引下げについて(3/15(火)夕場~) 」
http://www.matsui.co.jp/news/topic/archive/20110315_2.html
松井証券では、本日(3月15日(火))の取引において日経平均株価先物・オプション取引の約定数値が大幅に下落し、今後も乱高下が続く恐れがあることから、相場状況に鑑み、本日(3月15日(火))のイブニング・セッション(夕場取引)より、先物・オプション口座における日経225オプション取引の売建玉の上限を、当面の間、0枚へ変更します。
投資に興味のない、あるいは嫌悪している人は自業自得と言うかも知れないが、ホリエモンが逮捕されたことでライブドア関連株が急落したことがあった。
そのときに何を血迷ったのかマネックス証券がライブドアおよびライブドアの子会社の株式の信用担保能力の評価をゼロとすると取引日の日中に突然発表した。これによって日本の証券市場は大混乱に陥り、それまで国内機関投資家、海外投資家、個人投資家でバランスの取れていた証券市場において、個人投資家の相当数を駆逐してしまい、海外機関投資家が自由自在にマネーゲームできる環境を作った、と言われる。
マスコミはマネックスショックという言葉を使わないし、中にはホリエ豚関連に手を出すやつが悪いと言って済ませる人もいるが、未だに評判の悪い判断である。
以前より松井証券はロスカット口座というオプション取引システムに悪影響与える危険極まりないものをリリースしていた。そこに今回のオプションの売り禁である。
ロスカット口座とは、開設した場合のロスカットの設定は現在収めている証拠金の何%で反対決済をしてくれるというもの。これだけ見ると便利に見えるが、その動作はかなり乱暴で、設定%まで現市場価格が下がった(上がった)ときにその全ての建玉が一斉に成り行き決済される。先物、オプションは一つの口座になっているからである。
例えばオプションの買い玉はプラスで推移していて、先物がロスカットトリガーに引っかかった場合を考える。このとき、オプションの玉、先物の玉全てプラスマイナス関係なくして一斉に成り行き決済される乱暴なものである。
これらの証券会社は行き当たりばったりで自分たちが損をしないために恣意的にルールの変更をして証券業界を混乱させている。
今週は地震の影響で相場が大荒れになったが、オプションの値動きも相当にクレイジーであった。オプションの売りはリスクの高い取引であるが、板が薄いときに強制ロスカットが多発したら相場にも一定の影響を与えることは容易に想像できる。
今回、松井はオプションの売建禁止にしたが、これは松井は証券業界を支えていこうという気概はなく、儲かりそうだから寄生しているだけに見える。
マスコミはマネックスショックという言い方をしない。ぐぐればマネックスショックという呼び方はある程度多くの人が使っていることはわかるが、投資に関心のない人から見れば逆恨みに見えるだろうし、後の歴史に残ることもないだろう。
松井証券も東証1部上場の大手ネット証券だからメディアが松井のやり方を批判することはないと思うし、関心のない人には単に逆恨みにしか見えないかも知れない(私はSBI証券でオプション取引はしていない)。それでも、今週のオプションが想像出来ない値動きをする原因の一つが松井証券である可能性について言及しておく。
そんなにレベルの高くない大学で非常勤してたことあるけど本当なら中学高校からやり直した方がいい、
あるいはそこからやり直せばついてこれるのにって子は毎年いる。
「自分はこの部分を理解していない」と認めることができないから、
結局いつまでたっても理解できずに終わるんじゃないかと思う。
その子がプラスマイナスの足し算引き算を理解していないことに気がついて、
「それは分かってますよ」という顔をされて、全く聞いてもらえない。
しかし何問か問題を出すと、5、6問に1回間違える。
それでも話を聞こうとしない。
やがて「自分は理解していないという現実と向き合いたくない」のだと気がついた。
だから無理して話をしようとすると、ますます嫌われるだけだから、もうあきらめた。
一応、雇われている身だし、首切られるのも嫌だから。
そうやればお金ももらえるし、嫌われもしないけれど、成績は上がらない。
かといって僕には、どうしたら彼女の成績を上げられるのかは、よく分からない。
思うに「自分はこの部分を理解していない」と認めることができるというのは、
成績が上がるための大事な要素だと思う。
それは賢いということとは若干違う問題だとも思う。
そういうことを考えると、中学の数学や英語でつまづいた人はどうしたらいいか。
自分で中学の教科書を引っ張り出してきて勉強するのは、まあ、無理だろう。
高校の先生が個人的に呼び出して、中学の教科書をやらせる、のも無理だろう。
高校のクラスで中学の授業をする、くらいはたぶんやられているのだろうが、それでも無理なのかもしれない。
大学のクラスで中学の教科書をやらせるというのは、どうなのだろうか?
そういえば希死念慮が消えたので一つ話を書こう
生きていてもいいんだ」ではない「生きていて当たり前」それくらいポジティブ
というかポジティブのようなプラスの考えではなくプラスマイナス零なんだ。
そう、0なんだよ。否定も肯定もしない世界
世界?
「死にたい」って思わないなんて久しぶりだ、少なくなんらかを死にたいよぉという文句で飾っていた。
正直に「死にたくないのに死ぬ準備をしている」と言えたんだ。
ロープを飼ってきたのがよかったのだろうか?
ロープを飼ってきてよし、死なないぞと決意したのかもしれない。
輪に首を通すのが怖い 本当に怖い
いや怖いと思っているのは実はそのあとの首の締め付けだ
そして私はそれをする必要がない。
絞首刑になっていないからだ。今までは脅迫されていたのだろうか
自己暗示だったのだろうか
近いこと考えてるけど、正社員制度は残しても、ちゃんと会社がつぶれる方が重要だと思う。潰れた分だけ新しく生まれればプラスマイナスゼロなんだから。今の会社は長持ちしすぎる。
会社がそんなに長いこともたない、と考えれば正社員の地位も全然安泰ではない。期間限定の契約社員とたいしてかわらない。
その先の就職も考えなければならない。毎日の仕事から少しでもスキルを獲得しようとしなければならなくなるし、仕事だけしてれば良いというわけにもいかず、自分で勉強もしていかないとならなくなる。正社員かどうかが未来の差になるのではなく、普段の生活の中でどれだけ努力をしてきたかが差になる。通常、50歳とかになって放り出されたら就職は非常に厳しいが、ちゃんと努力を積み上げていれば、スキルの種類は膨大になっているはずだ。
ところが人間ってのは追い詰められないと努力しないもので、今のように正社員になっちゃえば会社が生活をなんとかしてくれるから、大して努力しないみたいな人がほとんど、という状況で能無しの50歳が路頭に迷っている。本当は年齢に比例してジョブアビリティが増えてなければならないのに。
それもこれも会社が中途半端に存続しちゃうのが悪いんだ。どうして存続しちゃうかって言うと銀行が金を貸すからなんだよ。株主が出資するからなんだよ。これを禁止すればいい。借金しないで潰れれば、実質的な借金は最後の未払い給料と買掛金くらいであって、たいして社会に悪影響はない。
社長もちゃんと会社が潰れることがわかっていれば、最初から覚悟ができていれば資金繰りに奔走する必要もないし、潰れた後の自分の見の処し方も考えているはず。元社長が普通に就職したっていいのだ。
今の社長たちは会社を永遠に続けようと思っているからダメなんだ。人間の思考の柔軟性には限界がある。世の中の変化に産業がついていくためには、ちゃんと会社が潰れて、そして新しい考えを持つ経営者が誕生しなければならない。一人の経営者が続けていってはダメなんだ。この経営者は「経営陣」でもある。
初任給を増やし、業務用がらみの物価を下げることで借金せずに起業できるような体制の構築もしなければならない。そして、少しずつ規模を拡大していけばいい。今は少し儲かるモデルが見つかると、誰かがワーッとお金を貸し、バーっと拡大して、いくつかは残り多くは散っていく。不良債権の山を残して。拡大が成功したところで借金という麻薬漬けからは逃れられない。手元に残るお金は驚くほどに少ない。そんなやり方は禁止しなければならない。
馬鹿か!お前は!存在を認められたからって、集団で監視している糸井重里らと戦えるほど増田は良く出来ちゃいないんだ!
他の増田達が何と言おうと、統合失調増田は自身の人間性を尊ぶ思想を維持して生きてきたんだ!
それは何故だかわかるか!?ええっ!?
増田や他のネチズン達が、この匿名ネット掲示板の進化の歴史の中で学んだことだよな!
人間の尊厳とプライド、それに思想だけは他の誰にも汚されたくないものだからな!
こいつが傷つくと、再構築は面倒だもんなあ!
しかし!
ヘッ……ネチズンってヤツは、自身のプライドだけが保てればいいっていうエゴイスティックな動物だからだろ?
だからお前たちは、お前たちの論を補強する人間だけを肯定して、同じく名前を隠して徒党を組んで、ノイジーマジョリティでいるつもりだ!
……それがお前達だ!
けどそういうお前達が、何故か統合失調増田とそれ以外という二つに分かれて生まれた。
もっと根源的に、陰陽とか、プラスマイナスくらいはっきりと反発し合う習性を持ってる。
何故だよ!
一つで完全無欠に、永遠であるものなど、この世の中には無い!
だからこうやって!
グチャグチャに生まれてきたんなら、はてなだってそうだろう!
自分の反対にあるものと罵り合って、探してるものがあるんだろう!
心の底から分かり合える友人とか、魔法使いの自分を認めてくれる処女の美少女とかさぁ!
貴様!……お前は!
これは非コミュにも同じことが言えるというか非コミュは同じことを思っている。
彼らは揃って言う
「なんで何もしてないのに、いじめる(避けるでもなんでもいい)の?」
何もしていないから避けられるのだ。
彼らがいうのは
「そこにいるだけだったらコミュニケーションなんかを取らなくても好感度はプラスマイナスゼロにはなるでしょ?」と言いたいわけだ。
でも実はその中には大きな意味合いが含まれている。
何もしゃべらないけど、私のことはいいように理解してくれてそのように振る舞ってね。という相手への要求なのだ。
実はこれは相手に対して非常に高度な要求をしていることを非コミュはわからない。
だから相手に負担がかかっていることも理解しないので”何もしていないのに”相手からの評価がマイナスになっていたりすることが理解出来ない。
いやあの、先生 負の所得税の 負の部分とか、給付付き所得税の給付の部分がどこからきてると・・・
本来所得税には、基礎控除があるが、納税額が控除額を下回っていても、何も起こらない。
つまり、事実上 納税額が低い人は控除がない事になってしまうことがある。しかし、それでは、控除とか福祉の観点からどうよ?
ということで、納税額が控除額を下回っているひとには、下回った分の相当額を還付しましょう。
ってのが、基本的な、負の所得税なり、給付付き所得税の給付の考え方で。
BIですら、ひとり7万円給付する代わりに、控除をなくして基本的なサラリーマンは税額と相殺しましょう。という考え方。
もともと、既存の福祉や赤字国債の償却のために、10%または15%が言われているので、そこに還元の分を上乗せするなら、暫定的に2%とするなら
12%または17%だよ。
1%当たり訳2兆円というのは、あっているが。4兆÷1.3億=3万円/年 だな。
年間3万円では、貧困の救済には弱いから。通常はこれが、どうやって、分配されるかというと、年収 120万円以内の世帯となるわけだ。
これが、給付に納税者番号が必要な理由。
すると、どんぐらいかは、わからんが 300万世帯 と仮定して 年間133万円。 200万世帯 200万円 。
これが、貧困層の救済。
つまり、親元にいて、バイトしている人は、還元なし。ぐらいの勢い。
だって、120万円/年 みまんの世帯に比べれば 富裕層だからな。という理由で。
実際には、母子加算復活や子ども手当が加味されて、年収条件はもう少し上になるかもな。
ただ、還付もらえる。働くと還付が減るとなると、働かない人も出るだろうから微妙。
ちなみに、ひとり3万円/年 なんだから、BIの7万円/月をやろうとしたら 約28倍 つまり、消費税率 + 56%。
世帯でやれば、もうちょっと、軽減されて20%ー30%程度にはなるはず。
基本的に今の税制では、年収200-300前後が、所得税・負の所得税的に見て、プラスマイナスゼロのゾーンだったはず。
さらにいえば、負の所得税というなら、所得税は外国人労働者も収めているので、還付対象で、大抵の外国人労働者は還付対象になるって議論もでるだろうねぇ。
子供の世話をすることの大変さと、子供と一緒に過ごす時間をどう思うか。
それは人それぞれで、この2つをひっくるめてプラスマイナスして、幸せと思う人もいれば不幸だと思う人もいる。
極端には、事故の際に自分の命を投げ捨てて子供を救う親もいるし、
内縁の夫との愛を大事にして一緒に子供を虐待死させる親もいる。
あなたはどう思うだろうか?
俺の場合は、子供はあまり好きじゃなかったが、自分の子供はかわいい。
子育ては風呂に入れることと、一緒に遊んでやることだけで、後は妻に任せているから、
子育てで苦労しているわけじゃないから、なおのこと幸せな感情が強いのだろうが。
今のあなたが20年前のあなたとでは、重要なものや優先順位を決める価値観が違うように、
20年後のあなたとも、40年後のあなたとも、60年後のあなたとも違う。
子供がいないことを、(自分の時間が多いから)幸せと思うのか不幸だと思うのか、
それはその時にならないと分からない。
そして、20年後のあなたが不幸だと思っても、その時にはもう子供は産めないだろう。
1年や2年は決断を先送りできるだろうけど。
人生の全ての場面でそうだろうけど。
完璧な確信などなく決断して、その結果を自分で背負っていくしかない。
「見る前に跳べ」です。
いろいろデフォルメした質問でしたね。
現在主流の所得税増税を財源とする話ではサラリーマンの方でだいたい年収300万円以上の方はおそらくプラスマイナスでいえばマイナスかもしれませんね。
ただ、ほかにも消費税や相続税、贈与税の増税など、一概にはいえません。
政府通貨を導入して現在のデフレ状態から抜け出して、財源を確保するという一時的な措置もあります。
おそらくBIが導入したからといって、起業して失敗して借金を抱えてしまうシステムはそのままだと変わりませんから、「倒産→自殺」が減るかは不明瞭ですね。
俺も大学生だけど、似たようなことを考えてたことがある。
俺に言わせれば、これは逆。
ここで言うような「彼氏彼女の関係」よりも、「何でも話せる女友達」との関係のほうが上。
そういうことを考えるきっかけになった出来事を書いてみる。といっても結論は出てないので、俺の感じたままをグダグダ書く。
大学に入ってしばらくして、俺は2人の女の子を同時に好きになった(ような感じになった)。
一人は、言葉づかいはちょっと乱暴だけど、明るくて、結構かわいい。どちらかと言うと一目惚れ。
もう一人は、見た目はそんなにかわいくないけど、思慮深くて、俺の話をじっくり聞いてくれて、何度か会話してる間に意気投合した。
ある日、友人に「今好きな人いないの?」って聞かれて、この2人の顔が浮かんだ。
悩んだ。俺はどっちが好きなんだろう?
意気投合した子とは、2人で出掛けたこともある。すごく楽しかったし、一緒にいて落ち着いた。
だから、俺は、この子が好きなんだと思った。一目惚れしたのは、外見で判断してただけで、ホントに好きなわけじゃないんだ、と。
相手の男は、よりによって、俺の知り合いだった。
その時、俺は激しく嫉妬していた。
なぜ一目惚れした時から今まで、口説こうとしなかったのか、と自分を責めた。
自分を責めながら、俺は混乱していた。本当はどっちが好きなのか、また分からなくなってしまった。
一目惚れした子と、彼氏彼女の関係になりたいと思っていた。口説きたいと思ったし、セックスしたいとも思った。でも、その子のことを何も知らない。
意気投合した子に関しては、口説きたいと思ったことなど一度もない。でも、他愛ない会話をずっとしていたいと思う。
ここまで考えて、やっと気付いた。
いくら「彼氏彼女の関係」になりたい、と思っていても、相手のことを一切考えていない自分。
たとえ「彼氏彼女の関係」になりたい、とは思っていなくても、相手とわかり合おうとしている自分。
そりゃそうだよね。
本当に相手のことを想っているなら、謝ら「なきゃいけない」とか、関係を崩さないように「しなきゃいけない」なんて発想は出てこないよ。
本当に相手のことが好きなら、プラスマイナスで行動することなんかできないよ。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51344900.html
櫻川昌哉氏によれば、向こう100年間に日本の財政が破綻する確率は99.91%だが、それが1年後なのか99年後なのかはわからない。
と書いてあるんだが、
その後「問題は債務の絶対額ではなく、それが市場で消化できるかどうかという需給状況」と書いてる。
破綻の定義は「100年後に2006年のGDP比債務残高を上回る」となっている。
http://agora-web.jp/archives/790006.html
破綻確率の計算方法は以下のとおりです。まず政府の目標値に沿って、今後の平均的な実質成長率と基礎的財政収支を設定します。次に成長率と整合的な金利を算定した上で、将来のGDPと債務残高(GDP比)をシュミレーションし、最後に100年後の債務残高の分布を描き、それが、骨太の方針が初めて公表された2006年度の債務残高(GDP比)上回る割合を「破綻確率」として算出しています。
つまり、最初に100年後に2006年の残高を上回るかどうかを問題にしておきながら、後から額の問題じゃねえと書いてるわけだ。額の問題じゃないなら100年後の額が今より多いかどうかだって問題じゃないだろうに。これ見て納得してる人たちってソースもろくに確認してないんだろうな。外国の記事のときでもソース見たら全然違うとかよくあるし、この人はろくに読まずにやってるのか、わかってるけど「どうせ愚民はいちいち確認するわけない」と読者を馬鹿にしてるのか、どっちなんだろうか。
内国債だから問題ないというのは、「外人は信用できないが、日本人なら国債が紙切れになっても保有してくれる」という根拠のないナショナリズムを表明しているだけだ。邦銀も国債を保有する義務はないので、値崩れが始まったら売り逃げる。むしろ買い手の95%が日本人だということは、現在の金利がリスクに見合わないと海外の投資家がみていることを意味する。つまり世界の常識からみると、日本国債の価格は、すでにバブルなのだ。
この人はなぜ内国債かどうかが問題になってるのか全然わかってない。
財政再建論者は「子孫につけを回すな」というから、それに対する反論であって、国債が値崩れしにくいどうかという話じゃない。日本人が国債を保有してる場合低利でも高利でも利息収入は日本人が受け取る。値崩れで金利が上がれば子孫が返済する負担が増えるが受け取る利息も増える。結局全体で見ればプラスマイナス0。もちろん遺産額増税額とかは各自で違うので個別で見れば違うが、財政赤字によってあたかも子孫全体が損をしているかのように言う人には要注意。財政再建を唱えるならそれが国民全体子孫全体の利益ではなく、一部の国民が得をするために一部の国民に損をさせる政策だという事をはっきりさせなければならない。
あと本当に国債バブルがおきているからといって財政再建したほうがいいともいえない。バブルだといわれるほど価格が上昇してるなら供給を減らすのではなく増やすのが普通の市場経済。納税者からしても国債がリスクに見合わないほど高価格=低金利なら、もっと発行を増やして手取りを増やしてもらったほうがよい。そうすれば増えた収入をリスクに見合ったより高利なところで運用すれば利ざやを稼げる。逆に今増税して手取りを減らすのは機会損失が発生する。財政再建するのはリスクに見合わないほど国債が暴落してからにしないと納税者に余計な負担が押し付けられる。
「通貨を無限に発行すれば無税国家ができる」とかいう下らない話を信じているイナゴが多いようだから付け加えておくと、日銀納付金は国債などの金利だけで、通貨発行益は計上しません。通貨の環流や売りオペで回収するとプラマイゼロになるからです。したがって無限に通貨を発行できるとしても、それは最終的に日銀か政府がファイナンスしなければならないので、フリーランチにはならない。
いつのまにか背理法で否定したい仮定(=通貨発行で財政ファイナイスしてもインフレおきない)のほうを信じてることにされてるのも困り者だが、普通は日銀の金利収入を国庫納付してるのも通貨発行益というんじゃなかろうか。それに通貨を廃止するんでなければ全部回収することはないんだから還流売りオペでプラスマイナスゼロになることもない。それにインフレになることがコストなんだからもともとフリーランチだといってるわけでもないし、インフレになるなら貨幣保有者がコストを負担することになり、政府がファイナンスしなければフリーランチになるというわけでもない。