はてなキーワード: 落語家とは
ラーメン屋などに行くと時折、ズルズルと不快な音を立てながら食事をする人がいる。
食事中に音を立てる行為は、明らかに行儀がよくなく、聞く人は嫌悪感を催すため、地域を問わずマナー違反である。
と指摘されれば、素直に改めるだろう。こんな当たり前のことにいちいち理屈を付けて反駁したがるのが、実に子供っぽい。
たとえば「ごみは分別して捨てて下さい」と言われれば、多くの人は素直に従う。それに対し、「どうせ収集業者が仕分けするのだから分別する必要は無い」とか「リサイクルは廃棄よりもエネルギーを使うから分別は無意味」などと言ってルールを守らないようなものである。
麺を音を立ててすすることを肯定する人の中には
「麺をすするのは日本の文化だ」
落語家が蕎麦などを食べる演技をするときに音を立てる表現をすることがあるが、それは単なる「演出」であり、そういう文化があるわけでは無い。言い方は悪いが、単なる創作上の表現を「文化」だと本気で勘違いしているとしたら、相当頭が悪い。
そもそも、マナー違反を指摘されて「これは日本の文化だ」なんて荒唐無稽な言い訳をすること自体、客観的に見て非常に子供っぽい。「宿題やらないのは日本の文化だ」とか「片付けしないのは日本の文化だ」とか言っているのと大差ない。
そりゃ音楽は「音楽ができるだけで人格面でも優れた人間である」みたいな売り方あんまりやってないからでしょ
むしろ逆に既存の社会通念に逆らうことを売りにしているのもいるし、どっかの誰かみたいに、障害者いじめてイキるような文化もあった
そういう輩はそれこそ五輪に関わりでもしない限り、ハナからモラルなんぞ求められていなかったわけ
落語にポリコレを求める輩はそんなにいないし、落語家が不倫したせいで見に行くのをやめるジジババだってたぶん相当少ないが、それと同じだ
ところがアスリートはそれを実際にやっている
どいつもこいつも「スポーツを頑張った奴は人格面でも立派だし仕事だってできるんだ」などと主張している
それが果たして正しいのかわからないが、とにかくそういうのを売りにしているわけだ
川崎市多摩区の事件で、児童ら2人を殺害し、18人に重軽傷を負わせたとされ、直後に自殺した岩崎隆一容疑者(51)について、テレビ番組で「子どもを巻き込まずに、1人で死ねばいい」といった趣旨で発言する出演者が相次いだ。
https://www.asahi.com/articles/ASM505DFQM50UTIL02K.html
藤優子キャスターが出演者に語りかけた。「社会に不満を持つ犯人像であれば」と前置きして、「すべてを敵に回して死んでいくわけですよね。自分1人で自分の命を絶てばすむことじゃないですか」。コメンテーターの北村晴男弁護士も「言ってはいけないことかもしれないけど、死にたいなら1人で死ねよ、と言いたくなりますよね」と続けた。
同日のTBS系情報番組「ひるおび!」でも、落語家の立川志らくさんが「1人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら1人で死んでくれよって、そういう人は」とコメント。ネット上でも「1人で勝手に死ね」「迷惑かけずに1人で死ねば」など、似た言葉が書き込まれていった。
落語家「財布を新しくしたら入れるオカネが無くなりました」ドッカンドッカン!
どの落語家も、なんだかんだと講釈たれやがるけど、芝浜、短命、死神、駱駝てな鉄板はやるし
誰のを聞いても話の筋は変わる訳じゃねぇんで、どれか一回聞けば十分てなもんで、似たようなのを何回も聞いたって面白くも何ともねぇ
しかも落語のメインキャストといやぁ、タイトルしか記事を読まないはてなブックマーカーもびっくりの阿呆ばかりと来た日には
まともな人間は、こっぱずかしくて聞いちゃいらんねぇんだよ
千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
この百人一首の意味が分からねぇと言う阿呆に、更に輪をかけた阿呆の爺さんが
千早って花魁が、力士龍田川を振った。妹の神代も振ったけど、そのご神代も落ちぶれた。
龍田川が開業した唐揚げ屋にやってきた神代が、唐揚げ恵んでくれと頼んだけれど
龍田川はふざけんじゃねぇと追い返したところ、川に入って自殺してしまった
落語の定席は自粛要請を受けません、というのに批判が割とあって、まぁ個人的には批判も、ある程度は仕方ないだろうなぁ…としょんぼりするほかないのだが、寄席を開いている側としては死活問題だろうとも思う。
増田は落語好きなのだが、寄席には元々あまり行かない。近所で落語好きが席亭やってる小さい落語会やホール落語に行くのが中心。これには個人的な理由があって、寄席だとあんまり好みじゃない芸人のもなんとなく見ちゃうことになるのが、あんまり楽しくないからだ。そういうのが好きな人もいるからこれは良し悪しではなく単なる好みの問題。
で、定跡の寄席(一年中やってる寄席)って実は少ない上に大して儲からない絶滅危惧スペースで、そこで芸人が得られるお金は微々たるものである。実際にいくらなのかは知らないが落語家さんがそういうマクラや雑談をするし、キャパシティや普段の稼働状況なんかを鑑みても「あんまり儲かってなさそう…」というのは容易に推察できる。定席の寄席に出てるだけだと全然食えないと思う。
寄席に出る芸人の主な収入源は寄席ではなく、営業やいろんな場所で行う落語会なので、寄席が閉じてしまうこと自体が彼ら芸人の日々の生活に直撃するわけではない。が、落語会やお笑いイベントが行われる場所は主に公共ホールだったりするので寄席よりも強く自粛させられるため、すでにホール落語は続々と休止が決まっている。こちらの方が実際には芸人たちにとってはクリティカルヒットになるわけだ。
去年の初めての自粛の後は、解禁後も寄席は閑散としていたと聞く。この10年ぐらいは東京はかなりの落語ブームで寄席も盛り上がっていたのでコロナの影響は深刻だよなぁと思っていた。それでも再開して少しずつ客足も戻ってきたらしいよと聞いていたのだが…コロナの影響で、営業(ホール落語とかも含めて)がままならなくなっている芸人たちも、寄席を開いている席亭たちの収入も当然大幅に落ちていると思われる。
絶滅危惧スペースで大して稼げるわけでもなく、これを書いている増田自身が「あんまり行かないんだよな…」と思う寄席ではあるが、落語や演芸文化にとって大事というのはとても理解できる。
席亭(芸人の出番を決めたりもする)の人脈力だったり、ショーケース機能(営業や別の落語会に呼ばれたり)だったり、自分を目当てに来ているわけではないカラい客を相手にするという若手の修業の場という機能だったり、こういう諸々をまとった空気感。寄席がつぶれると、こういう機能とともに、文化を醸成するための有象無象な「空気感」がなくなる。一度なくなった後に取り戻すのはかなり難しくなるだろうから、まぁ、寄席の側からしたら「文化だし必要だし」という言い方になるんだろう。
大阪では長いこと定席寄席がなかったこともあって、上方落語はすごく面白いのに、繫昌亭ができるまでの長い期間、沈んだ期間を過ごしていたらしい。関西の人にとっての落語家は三枝と仁鶴と、その他いろいろタレントやリポーター、みたいな感じだったと。最近はようやく中堅若手で面白い上方落語の人が続々と出てきているし大御所たちも落語を元気にやっておられる。
そして江戸落語がしばしば、すごい面白い落語家を生み出しているのは、定席が続いて存在しているからというのは大きい。批判もあろうが、どうせ(特に池袋は)ガラガラだろうし許してやってほしい。
一方で、実は江戸落語の界隈も、クラスタ認定はされてないが芸人の陽性者をこの1年で何人か出している。前座や若手だけでなく真打も。私が好きな師匠も感染を発表して、重症化しやすそうなタイプだったので凄く心配していて、今は無事に回復しておられるので安心した。とはいえ、まぁ、「文化だから開き続けるぞ」と宣言するからには、できる限りいやそれ以上に芸人たちの感染対策を、彼ら芸人自身がしっかりやってほしいと願うのだ。じゃないと、批判が増えてしまうだろうし何より何かがあった時にその芸人さんの芸が見られなくなったらすごく寂しすぎる。
で、話は変わるようで変わらないのだが、相撲である。相撲は相撲部屋クラスタも出しているし亡くなった力士もいる。なのに深夜まで飲んでた麻雀やってただのと報道をされている。反省がない…という悲しさ。
相撲も落語もそうなのだが、彼らの中に感染がおこる原因の一つに「タニマチ」の存在があるのではと思ったのだった。相撲も落語も「タニマチ」と俗称されるような人たちがいる。取り巻きというか私的スポンサーというか。落語会の後に打ち上げをやって若い者に栄養をつけさせたり、場所の後にパーティーをやったり、タニマチ側の慶事やイベントがあったらゲストで来て「お相撲さんがきてる、わー」と言われたり、ちょっと軽い一席をやったり、お姉ちゃんのいる店に一緒に行っておねえちゃんを驚かせてゲラゲラ笑ったり、そういうことをしていたりする。こういうのは徐々にすたれていっているという話も聞くのだが、こういう「場」を通して感染が広がるのはあり得るよなぁと思うのだ。
個人的にはこの「タニマチシステム」は好きじゃなくて、それは私がタニマチをやれる財力がないから嫉妬しているのは大いにあるが、芸や理屈が「内向き」になることと背中合わせだよなと思うからだ。一方でタニマチに食わせてもらった若手時代、とかタニマチに金出してもらったから部屋が持てた、みたいな話も聞くのでむげに否定もできない。ただ、コロナのことがあるから、徐々にすたれていっているという流れがそのまま加速して、別の方向(例えばYoutubeで課金とか)に流れていくといいなぁ…と思ったりする。
この人脳みそが腐ってるのかなって思う。
「反省してます。」とか「謝罪します。」っていうならまだいい。
そんなのもなしに、「今は立派になりました!」みたいな顔をできるのはなぜなのか。
「昔は暴走族の総長で、いう事聞かないやつはぶん殴ってました。」とか普通にテレビで喋ってやがる。
お前らのせいで街中歩くときどれだけの人間がストレス抱えてると思ってるんだよ。
こいつらの顔を見てるとカツアゲされたときの怖さと情けなさが同時にこみ上げてきて死にたくなる。
そういうことを棚に上げて人前に出られる心理が本気で理解できない。
せめて隠すかしてくれ。
それを、さもそのエピソードを自慢気に話すから理解が追いつかない。
そういう話を一度でも聞いてしまうと全く笑えなくなるし、少なくとも応援しようなんて気にはならなくなる。
営業マンとかでも仲良くなってくるとそういう話をしたがるやつが出てくるけど、ちょっとでも自慢のニュアンスを感じたらそっとフェードアウトしてそいつとの付き合いは絶対に切る。