はてなキーワード: 教育者とは
元増田は「だから負け組の奴らはダメなんだ」って言ったら自分も「負け」だって分かってるけど言いたくなるぐらいもやもやしたんじゃないのかなー。
なんでそこ叩くかなー。
貧すれば鈍するって言うじゃん。昔は頭良かったかもしれないけど、いわゆる「負け組」になっても自分を保っていられるほど充分に頭が良かった訳じゃなかったってことで。「金持ち、公務員、政治家、医者、弁護士、教育者」が「勝ち組」で「加害者」って認知が既に頭悪い子だ。
まさに悪徳商法マニアックス管理人吉本敏洋さんのことですね。
しかし最近、彼らの言動が、どんどんリアル犯罪者に近づいている。
金持ち、公務員、政治家、医者、弁護士、教育者は全て加害者。自分は被害者。
自分は被害者だから、加害者の奴らに対して多少の嫌がらせをしても許されるはずだ、という思想。
市役所で悪質クレーマーとしか思えない横暴な態度をとり、警戒されてまともに話を聴いてもらえなくなったところで、「だから公務員は俺たち貧乏人なんて搾取の対象としか見てないんだ」憤る。
警察の職務質問を振り払い、怪しまれて拘束され、「権力の犬どもめが俺たちを犯罪者扱いしやがって」と憤る。
そういうのはやめたほうがいいよ、とアドバイスしても、「お前は搾取する側だから俺たちの気持ちなんて分からない」と言われてしまう。
正直、いつ彼らが事件を起こして逮捕されてもおかしくないと思う。
>金持ち、公務員、政治家、医者、弁護士、教育者は全て加害者。自分は被害者。
>自分は被害者だから、加害者の奴らに対して多少の嫌がらせをしても許されるはずだ、という思想。
まるっきりはてサそのものじゃんw
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGIH_jaJP282JP282&q=9%e6%9d%a1%e3%83%8a%e3%82%a4%e3%83%95
昔はみんな尊敬する仲間だった。10年前は、レイとアスカのどちらが萌えるか徹夜で激論を交わしていたような盟友だ。しかし三十路を迎えてから、「既婚、正社員」組と「独身、非正規雇用」組にはっきりと別れた。そして、後者の言動が明らかにヤバくなった。
俺は、他人を結婚歴や職業で差別したいわけではない。自分はたまたま物好きな会社に拾われ、物好きな女の子と知り合って結婚できたけれど、全て運が良かっただけであって、特別何がに優れていたわけではない。むしろ、友人たちのほうがずっと頭も良くて才能もあって羨ましく思っていたぐらいだ。
しかし最近、彼らの言動が、どんどんリアル犯罪者に近づいている。
金持ち、公務員、政治家、医者、弁護士、教育者は全て加害者。自分は被害者。
自分は被害者だから、加害者の奴らに対して多少の嫌がらせをしても許されるはずだ、という思想。
市役所で悪質クレーマーとしか思えない横暴な態度をとり、警戒されてまともに話を聴いてもらえなくなったところで、「だから公務員は俺たち貧乏人なんて搾取の対象としか見てないんだ」憤る。
警察の職務質問を振り払い、怪しまれて拘束され、「権力の犬どもめが俺たちを犯罪者扱いしやがって」と憤る。
そういうのはやめたほうがいいよ、とアドバイスしても、「お前は搾取する側だから俺たちの気持ちなんて分からない」と言われてしまう。
正直、いつ彼らが事件を起こして逮捕されてもおかしくないと思う。
勝ち組とか負け組とかカテゴライズするのはくだらないとずっと思っていたが、さすがに「だから負け組の奴らはダメなんだ」と言いたくなってきてしまった。
やはり、正社員と非正社員は別の文化で、分かり合うことは出来ないのだろうか。
ずっと友人でいたいと思っていた仲間だけに残念だ。
大当たりで、工学部です。
ですが、わたしの周囲の男性も、よほど敏い人(クラスで上位2~3人級の鋭さの持ち主)以外は「こんな話全く聞いた事がない」と言うであろう確信はあります。もちろんこちらが開示していないのだから知らないのは無理もないです。あまりにもよくある話なので、自分の机の上にイカくさい布を発見しても、オープンカウンター形式の店で接客中に、カウンターの裏側(店員側)に出没したゴキブリを目の前の客に気づかれずに談笑を続けながら退治する飲食店店員並みに、表情に出さずに素早く処分出来ます。
大勢の前で展開されているPC壁紙事件あたりでも、女性視点の話を聞くまではその異常さに気づかず、親密さのあらわれくらいに思ってるんですよね。この事件を結婚式で(新郎友人の悪ノリもあってそういう話になって)新婦に披露してた新郎もいました。ここまで来るとギャグか、自分の方が狂っていて幻想でも見ているのかと思うんですが、本気で陰湿なところの全く無い、誰が聞いても微笑ましいエピソードだと思ってるらしいです。
このPC壁紙事件は教授も同席していたので、それはさすがに教育者としてまずかろうと思って教育的進言をしに行ったのですが(なんで授業料を払っているわたしが教育で給料もらってる教授の教育をせなならんのか)、「えーそれ僕が悪いことになるの」という反応でした。ついでに「増田ははっきりしてるからなあ」という悪評をもらいました。
レスに乗じて、あまりにも長くなるので本文で書けなかったことを補足させて頂きました。本当の話なんですが、なにか、ここまで揃っていると、でっちあげでもしているような、いまさらこの話を誰かにしても、同情を引くために作り話でもしていると思われそうで出来ないというか、そんな感じです。
ときどき自分の方がおかしいのかと思うんですよ。水着写真の件も、みんなから見たら他意のない明るいもので、それで騒ぐ方がよほどどうかしていて、ゆえに抗議されてもみんなピンと来ないのかと自分を疑ってみるんです。これまでの事件のせいで過敏になっているだけじゃないかと。過去の事件を知らない第3者から見たら微笑ましいだけの話なのかと。でも「翌日ふざけた感想を述べてきた」の台詞が「俺の一部が硬くなって止まらなかった(原文ママ、脚色無し)」だったりして、よく分からなくなるんです。
初めに断っておきますが、今から話すことは恐ろしくサンプル数の少ない話で、ただの与太話だということを覚えておいてください。
ウチの研究室に今まで何人か研究者が子供を連れて飲みに来た。そんな子供たちとウチの教授の子供の話です。全部が全部、恐ろしく我がままな子供だった。というかシツケがなっていない、と思った。正直自分は子供の相手が得意ではないし、そんなに子供と遊んだことはない。だからあの年頃の子どもというのはあんなもんで普通と言われれば驚きながらそうなのか、と納得するしかない。しかし、でもしかし、あれが普通なんだろうか。
まず口のきき方が悪い。次に人を殴りすぎ。親以外の大人は自分より下だと思っているんじゃないだろうか。「○○、~しろ!」「○○、~買ってこい!」こんな感じ。最初は周りもノっていたが、あまりに無茶な注文が多いから断ったり放っておいたりすると、今度は殴るわ泣くわで面倒くさいことこの上ない。殴るときは子どもなんで加減がない。力いっぱい殴る。いてーよ。子供の相手なんてサッパリだから、無闇に怒るのもダメかなぁと腫れものに触る感じになっちゃうし、何より自分たちより"目上の人の子供"なだけに怒れない。親の前ではなおさらだ。で、当の親はといえば笑っていたり、見ないようにしたり、デレデレしたり。。子供が暴言吐いてるときに、親がカワイイなぁなどと言ってた時には呆れてしまった。
なんなんだろうと思ったが、結局彼ら親は人づきあいが出来ないのだろうと思った。一人なんか子供に"さん"付けで呼ぶ。どう呼んだらいいのか分からないそうだ。なんじゃそりゃ。人づきあいがヘタ、どこで怒って、どこで褒めるのか。それがわからない。教育なんかできない。教授なんて教育者のはずなのに。叱ることが難しいのは自分でも分かる。でも自分の子供を見て、自分の教育がおかしいと気付かないのだろうか。教授の普段の教え方を見ていて、教育者としては不適格だなぁと思っていたが、子供を見ていてやっぱりか、と思うだけだった。
ドクターの就職難に人づきあいが出来ないというのがあるが、その問題の深刻さを感じてしまった。何か日本はとんでもないものを生み出しつつあるんじゃないか。なんてね。
http://junjikido.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_c115.html
父:ウソや。
父:ウソや。
娘:クラシック音楽を聴かすとニワトリがうむタマゴの数がふえるんだよ。
父:ウソや。
娘:ここに書いてあるよ。
父:あんな〜、もしホンマやったら、トマト栽培農家はみんな畑にクラシック流してるはずやし、牧場でも、養鶏場でもそうや。
そんなん見たことも聞いたこともないやろ。
それに、証拠はあるか?理論的に説明できるか?
でけへんやろ。
娘は9歳である。
1.発見の報告に対して返答が「ウソや。」これは子供だとしても、もしこれが一人前の女性だったとしてもディスコミュニケーションと言わざるを得ない。
2.親が見たことも聞いたこともないからという結果の誘導によって子供を説得してはならない。
3.9歳の子供に理論的に説明しろだの、証拠を出せよだのは小学生がやること。
そして重要なのは
そんでもって見たことあるか?っていうレベルじゃないぐらい多くの農家、畜産家でも導入済みのやり古された技術。
親のステレオタイプで子供を説得し、子供の新たに知るという知識の喜びを無下に潰してしまうという行為を教育者が行っているのかとおもうと情けない。しかもその断定に至る見識が非常に狭いものであり、水への伝言よろしく紋切型態度をとるのはまるでいただけない。しかもしれが間違っているとなるとなおのこと。ふがいない。
実際に搾乳量や糖度が増えたという報告があり、かつ追従している農家、畜産家が増えいてる事実。
これは状況証拠にもなるだろう。
具体的な実験もされている。
なぜトマトかといえば、これがバイオテクノロジーで大胆な品種改良に挑んだときに試されたから。
その中でたまたまいく種かの音楽を聞かせて育てるという実験項目があった。20年ぐらいまえの話しだ。
ここで根の発育や実の糖度などに有意差があったからその後さまざまな音楽で実証実験がおこなわれてきた。
そういう歴史的な積み重ねも無視して「ウソや。」の一言はあまりにいただけない。
9歳の子に負けるなんて、どんだけイノセントなんだ。
理論的に言えば植物と畜産への作用のロジックは違うかもしれない。
ここらへんは諸説いろいろある。
たとえば人間にはどの種類の音楽を聞かせてもテストステロンが減少することが報告されている。
http://www.psych.let.hokudai.ac.jp/~jmpc/N4/Fukui.html
いろいろありすぎて、なにがどう作用しているかはわからないが結果として良い方向に作用しているので導入されている。
目下さまざまな研究がなされていることにたいしてその導入以前の子供の注意を喚起するレベルの部分で大学教授がつまづいてんなよと言いたい。どんだけ知識欲に欠けてるんだと。
そしてこれを「とんでも」と一概に切り捨てようとしているはてな民もどうかしている。
なんでとんでもだと思ったの?
水への伝言と一緒だと思ったの?
自分のブログに書いても誰もたどり着かないので、ここにも書く。
僕の知り合いに天才がいます。今日、ばったりとその人に会ったので、その人の話しをします。
頭がいいな、賢いな、と思う人はたくさん知っていますし、とても性格が良い人は少し数が減りますが知りあいに何人かいます。ですが「この人は天才なんだ」と思わせる人はその人だけです。彼だけは他の誰とも違うのです。
彼は大学の先輩で、3年生の春休みに出会いました。そのとき彼は5メートルくらい離れたところに立って、とても難しそうな話しをしていました。連続体仮説がどうの、とか、そういう話し。話しの内容はよく聞きとれませんでしたが、ぎょろっとした大きな目と、視線がまっすぐ前を向いたまま微動だにしなかったことがやけに印象に残っています。
僕は4年生から研究室の後輩として彼の指導を受けました。彼が天才であることと、教育者に全く向いていないことは指導を受けるようになって3日でわかりました。彼は、研究室の誰もが答えの糸口すら見いだせない問題に、ものの10分足らずで解を与えることができました。10分のうち、8分は問題がなんであるかを彼に説明することに費やされました。それを聞いた彼は、20秒ほど黙り、そして解を述べました。そして、1分ほどまた黙り、なぜその解が正しいのかを30秒で説明しました。問題によって10分が5分だったり、たまに数日かかったりしましたが、おおよそこんなものでした。
要するに、問題を理解した瞬間、彼には答えがわかってしまうのです。彼によると「答えが降ってくる」のだそうです。
彼は修士課程の2年生でした。4月中旬ごろに、システム開発をやっている会社の内定を取ったということを彼から聞いたとき、「よく○○さんに内定をだす企業がありましたね」と軽口をいいました。てっきり彼が冷やかしで就職活動をしているのだと思っていたのです。彼が博士課程に行くのだと決めつけていたのです。しかし彼は真面目な顔で「本当だな。なんとか死なずにすんだよ。」と答えました。彼はよく真顔で冗談を言うので、そのときの僕は笑って受け流したのですが、後から助手の先生に「彼は××社にいくらしいね。」という話しを聞いたときには、少し混乱しました。本当に就職するということを理解するのにおそらく10秒ほどかかりました。そのあと、彼でも混乱することがあるのだろうか、という疑問が浮かび、きっと無いだろうな、という結論を1秒もかからずに出しました。
彼はとても順調に研究成果を出し、最後の数ヶ月に同級生たちが苦しむのを尻目にあっという間に論文を書いて卒業していきました。その年は、学部の卒業式と大学院の卒業式が合同で行われましたが、彼の姿はありませんでした。風邪をひいて休んだのだと彼の同級生は言っていました。
その年の初冬、僕は彼に再会しました。彼に声をかけられたとき、僕は彼が彼だと確信を持てませんでした。彼の顔から表情は失われ、頬が少しこけ、彼が天才であるというただ一点のために発せられていた存在感がすっかり消え失せていました。僕は驚きました。人が10ヶ月もしないうちにこうも変わるのかと。
彼と僕は、明治通りから少し奥に入ったところにある喫茶店で30分ばかり話しをしました。日曜日の原宿だったので喫茶店は人でいっぱいだったのですが、僕たちが入っていったときに、たまたま学生とおぼしきカップルが席を立ったので僕たちは運良く座ることができました。なぜかBGMにモーツァルト作曲のオペラがかかっていて、それがひどく間の抜けた空気をあたりにまき散らしていました。
はじめの10分間、彼は黙ってコーヒーを飲んでいました。僕は本当に彼が彼なのか、まだ信じられずにいました。学生時代の彼はとにかくよく喋りました。話題の90%が研究の話しで、残りの10%が最近寝た女の子の話しでした。その90%の部分で僕は彼に嫉妬を感じ、残りの10%でもっと嫉妬を感じました。
一度僕は「なぜそんなに色々な女の子と寝られるのか」と彼に聞いたことがあります。そのとき彼は「女のほうが数が多いからじゃないか。」と真顔で答えました。ぶん殴ってやろうかと思いました。
・・・きっかり10分して彼は深いため息をつき、そして口を開きました。
ーーーーーーーーーー
彼はやっと絞り出すといった風で口を開いた。
「とてもシンボリックな話しがあるんだ。」
間の抜けたモーツァルトを聞きながら、僕は何も言わずに次の言葉を待った。
「俺の会社は昼寝をしたら怒られるんだ。」
僕の言うことを無視して彼は続けた。間の抜けたことや間違ったことを僕が言ったと感じると、学生時代から彼はいつもそれを無視した。
「自慢じゃないが、俺は生まれてから大学を卒業するまでの22年間毎日欠かさずに昼寝をしてきた。それも、毎日午後4時ぴったりに寝て、15分後に目が覚めるんだ。まあ、たまに3時45分に寝て4時10分に目覚めることもあれば、4時30分に寝て4時40分に起きることもあるんだが、それでも昼寝していることには変わりない。とにかく俺がいいたいことは22年間毎日昼寝をしてきたということだ。」
壮大なんだか、アホらしいのかよくわからない前フリだと僕は感じていた。たぶん両方だろう。
「俺が一番他人に誇れるのは集中力なんだ。俺はその集中力を6時間完璧に維持することができる。逆に考えると、6時間しかもたないんだよ。きっかり6時間たつと、俺は猛烈に眠くなるんだ。そこで、15分間だけ眠るんだ。すると、また頭が冴えて6時間集中できるんだ。集中している間は、食事をとろうが、テレビがついていようが、100%の能力を発揮できているんだ。それは俺にとってとても幸せな時間だし、親も教師も研究室の助手だって悪い気はしなかったと思う。俺は1日に2回あるその6時間で、テストで良い点をとり、研究成果をあげ、そして女を口説いていた。」
彼が集中力の途切れる夜10時までにセックスを済ますのか、それともセックスにはその集中力が必要ないのかを考えながら僕はうなずいた。
「そして、その22年間の幸福な習慣が終わりを迎えたんですね。」
「そう。そうなんだ。この話しを聞くとたいていの理系の男はこういうんだ。半分の時間が失われたんだねって。昼寝した後の6時間が集中できなくなったと考えるわけだ。でもそれは違う。習慣が崩れるというのはそういう簡単な話しじゃないんだ。1たす1が2という計算ばかりやってきた連中がそういう発想しかできないことには憐憫の情を感じないわけではないが、違うものは違う。答えはな、ゼロなんだよ。全てが失われてしまうんだ。」
彼は淡々とそう言って、言い終わると小さくため息をついた。学生時代、彼は最もため息から遠いところに存在していた。だが今は違っていた。ため息で作った洋服があったら、今の彼にはとても似合うだろうなと僕は考えた。
「昼寝をしなくなってから、何かが狂い始めたんだ。俺が言うことに誰も耳を貸さないんだ。集中力が失われてしまっていても、いままでと同じように正しい答えを出しているはずなんだ。問題が何なのかを理解し、そして解が閃く。解が正しいことを確認するためにしばらく考えて、解が正しい理由を言う。何も変えちゃいない。自分で言うのもなんだが、解が間違ってるわけじゃないはずなんだ。周りの連中が俺の言うことを無視するもんだから、さすがに不安になって後で何度も考えたよ。間違えてるんじゃないかって時間をかけてとても慎重に考えた。でも、やっぱり正しいんだ。俺は混乱した。」
そのときの僕は、彼の話しが安っぽいミステリー小説のようになってきたとだけ感じた。そうじゃない。今の僕にはわかる。彼が言っていたことはとても本質的なことだったんだ。
「俺はイライラしたよ。俺を無視して1時間、ときには3時間もかけて無駄なおしゃべりをして、そのあげくに出す答えがなんとも唾棄すべきものなんだから。そして、俺はその唾棄すべき答えに従って仕事をし、唾棄すべきものを世の中に排泄するんだ。」
話している彼も、とてもイライラしていた。とても無表情だったし、異常なほど淡々と話していたが僕にはわかった。彼のイライラの原因は、間の抜けたBGMのせいでも僕のせいでもなかった。たぶん。
ーーーーーーーーーー
そして、今日、彼にまたしても原宿駅のそばでばったりと出会いました。前回出会ったときは昼下がりでしたが、今日は夜の10時をまわっていたと思います。
彼に声をかけられたとき、僕は彼が彼だと確信を持てませんでした。彼は宗教家のようなとても穏やかな表情をしており、すこし肉付きがよくなっていました。
「筋トレを始めたんだ。」
「この間会ったときはすまなかったな。俺の愚痴ばかり聞かせてしまったな。」
「いえ。」
「本当にあのときの俺は幼かったよ。まあ、あの状況は遅れてきた五月病だったんだな。」
彼は頭を掻きながらそう言いました。
五月病が結局のところなんなのか、いまだによくわからない僕は曖昧にうなずきました。
「久しぶりに会ったんだ。お前さえよかったらちょっと飲んでいかないか?」
あまり気乗りしなかったので、とても丁寧にお断りをしました。ちょっと疲れて胃の調子が悪かったことと、次の日の仕事の量を無意識に計算したんだと思います。
「なんで、○○さんは就職されたんですか?てっきり僕は研究の道に進むんだと思ってました。」
別れ際に、ずっと疑問だったことを思わず聞いてしまいました。聞いてから自分のデリカシーの無さに少し辟易しましたが。でも彼は特に嫌そうなそぶりは見せず、思慮深くしばらく考えてから、
「うん。まあ、そうすべきだったんだよ。いま振り返れば正しい選択だったと思ってるよ。」
と答えてくれました。彼は薬指に指輪をしていました。
彼と別れてから、花粉症対策でいつも着けているマスクを外して僕は深呼吸をしました。もう3月も中旬。春の匂いがとても濃密だったことに驚きました。いつもそうであるように、とても間の抜けた春の匂いでした。
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■ 陰山英男氏講演_092028
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▼ 概要
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・「100ます計算」で有名な陰山氏の講演。
・P.M.1:30~2:30講演。質疑30分
・内容:自分の経験、実践に基づき、日本の教育についていろいろ。
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◆ 会場
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◆ 講演者
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・陰山英男氏。51歳。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E5%B1%B1%E8%8B%B1%E7%94%B7
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E3%81%BE%E3%81%99%E8%A8%88%E7%AE%97
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/250-4349303-4987419?%5Fencoding=UTF8&search-type=ss&index=blended&field-keywords=%E9%99%B0%E5%B1%B1%E8%8B%B1%E7%94%B7
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陰山 英男(かげやま ひでお、1958年 - )は、兵庫県朝来市(和田山町)出身の教育者。立命館小学校副校長・立命館大学教育開発支援センター教授。安倍首相の諮問機関「教育再生会議」元委員。小学館の通信添削学習『ドラゼミ』総監修者。大阪府教育委員。
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来歴
岡山大学法学部法学科卒業。学生時代は放送文化部に所属し、アナウンサーを目指すが挫折。佛教大学通信教育部にて教員免許取得。兵庫県内の小学校で教員を勤める。教員時代は典型的な「でもしか先生」であったが、同僚教師の死を切っ掛けに、「命を大切にするなら、まず教師から。自分を犠牲にする教育実践など意味はない」と、授業改革に目覚める。
朝来町立(現在は合併により朝来市立)山口小学校在職当時、同僚、父母なども巻き込んで基礎学力向上のためのメソッドの開発を進め、岸本裕史が提唱した百ます計算やインターネットの活用、科学実験、そして日常の生活を見直すチェックシートの活用など、さまざまな工夫を重ねて、成果を上げる。
また、現場の教員たちの自主的な研究会「学力の基礎を鍛えどの子も伸ばす研究会」に小河勝らと共に所属。広島県尾道市教育委員会による校長の公募に応じて、2003年4月より、尾道市立土堂小学校(文部科学省指定研究開発学校)の校長に就任。
2006年4月より、京都市北区に開校の立命館小学校副校長兼立命館大学教授に就任。
2006年10月、政府の教育再生会議委員に就任。(2008年1月まで)
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・今回のイベント主宰の初芝学園が立命館と提携したので、今回の講演はそのツテらしい。
「娘が東大に合格した本当の理由~高3の春、E判定から始める東大受験」
http://www.amazon.co.jp/%E5%A8%98%E3%81%8C%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E3%81%AB%E5%90%88%E6%A0%BC%E3%81%97%E3%81%9F%E6%9C%AC%E5%BD%93%E3%81%AE%E7%90%86%E7%94%B1~%E9%AB%983%E3%81%AE%E6%98%A5%E3%80%81E%E5%88%A4%E5%AE%9A%E3%81%8B%E3%82%89%E5%A7%8B%E3%82%81%E3%82%8B%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%8F%97%E9%A8%93~-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8101%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%99%B0%E5%B1%B1-%E8%8B%B1%E7%94%B7/dp/4098250101/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1236167946&sr=8-1
・ポッドキャスト・FM ラジオ「陰山英男のヒューマン・ラボ」 放送中。
http://www.tfm.co.jp/podcasts/human/
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◆ 聴衆
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・最終的に300人程度は来ていたかと思う。
・「初芝学園」とは、あまり聞いたことがない学校だが、南大阪の私立学校で、小学校~高校まである一貫校らしい。
・入り口には「小学校」「中学校」「高校」「一般」の受付があり、住所・氏名を登録するようになっていた。
・同じ講演を見た人のブログがあった。
http://gachapin101.at.webry.info/200903/article_1.html
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◆ 講演全体の印象
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・教壇に長く立ってきて、今は副校長だったり、公的機関の教育顧問だったりすることもあり、
講演には慣れている感じだった。
・ざっくばらんな印象で和ませつつ、言うべきことはきちんと言う印象。
・プレゼン資料はパワーポイントだが、パワーポイント自体が進化していて驚いた。
印刷物かと思うほど解像度が高く、またビデオを貼れるので非常にわかりやすい。
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▼ 内容
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・この間の調査 http://www.jiji.com/jc/zc?k=200903/2009030100067
・陰山氏は、1958年、岡山大教育学部を卒業、の○○立 山口小学校に赴任、
-> その後○○立 土堂小学校で、「陰山メソッド」を完成させる。
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◆ 今後の日本について
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・今後、日本はもっともっと景気が悪くなる。暗い世相になる。
・正規雇用自体が吹き飛び、半年後には派遣どうこうの話さえ出なくなるだろう。
・中学生はその実態はわかっている。きれいごとしか言わない大人が多すぎるのが問題だ。
・この間、中学生向けの講演があったので、本音で「あなたたちの未来は暗い」と話した。
すると、講演が終わっても、拍手が鳴りやまなかった。
その後、中学生たちは職員室に押しかけ「百ます計算」を明日からするように求めたということだ。
・日本の未来は暗い。教育も産業も、きちんとやっていかなければならない。
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◆ 教育の効果について
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・教育の効果というものは、多くの「識者」が言うように、何年も経ってやっとわかるというものではなく、3日で変わりはじめ、数週間で必ず効果が出る。1年もあれば、ずっとはるか上にいる。
・高校生より中学生、中学生より小学生が、教育の効果が出やすい。
・なぜ小学生に、あっという間に教育の効果が出るのかというと、小学生では「知識」だけでなく、「勉強のしかた」を同時に学ぶからだ。
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◆ 著作を読んでほしい
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・講演をしても、数週間で忘れてしまうので、
本を買って、ときどき読み返してほしい。また、ポッドキャスト(FMラジオ)もやっているから聞いてほしい。
-「学力は1年で伸びる」
http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E3%81%AF1%E5%B9%B4%E3%81%A7%E4%BC%B8%E3%81%B3%E3%82%8B-%E6%B1%9F%E6%BE%A4-%E6%AD%A3%E6%80%9D/dp/4022504005/ref=sr_1_31?ie=UTF8&s=books&qid=1236167756&sr=8-31
-「家庭力―子どもの学力向上と幸せのために親ができること 」
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%B6%E5%BA%AD%E5%8A%9B%E2%80%95%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%AE%E5%AD%A6%E5%8A%9B%E5%90%91%E4%B8%8A%E3%81%A8%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E8%A6%AA%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8-%E9%99%B0%E5%B1%B1-%E8%8B%B1%E7%94%B7/dp/4391136031
-ポッドキャスト・FM ラジオ「陰山英男のヒューマン・ラボ」
http://www.tfm.co.jp/podcasts/human/
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◆ 土堂小学校
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・1学年150人という、かなり大きな学校で、これだけの人数の成績を上げるのは、通常非常に困難なのだが・・・。
・結果、偏差値65以上が全校の20%、全校平均平均知能指数117という、驚異的な結果となり、
卒業後、多くが進学校に進学、子供たちの可能性は大きく広がった。
・知能が高くなる、ということは、子供たちの可能性・選択肢が広がることだ。
「陰山メソッドは「生きる力」にならない」などと言う「識者」がいるが、馬鹿馬鹿しい話だ。
・「100ます計算で馬鹿になる」などという本を読んでみたが、くだらない話ばかりでまるで話にもならない。
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◆ 知能指数とは
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適切な環境さえ与えてやれば、どんどん回転数は上がる。
・「生活習慣が全て!」と言っても良いほど生活習慣は大切だ。
生活習慣だけで、知能はどんどん上がっていく。
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◆ 今私(陰山)がしている、脳によい生活習慣
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・脳が発達する生活習慣がある。
・今、私がしている、脳によい生活習慣とは
・1日40分歩く。
-> ちょっと早く歩き、心拍数100程度にする。走るほどでなく、ぶらぶら歩くのでもなく、ちょっと負荷をかける程度が望ましい。
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・日本人のライフスタイルを、脳力が高くなるようにしなくてはならない。
・2000年では1人あたりのGDPが3位 -> 2006年には18位に低下。生産性が落ちている。
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◆ フィンランドメソッドについて
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・フィンランドに見学に行き、直接見て、いろいろと話を聞いた。
・これなら、世界で知能が一番高いのは当たり前だと感じた。
・とにかく教科書が難しい!フィンランドの小学校1年生の教科書は、日本でいえば小学校4~5年レベルだ。
・当然、落ちこぼれる子も出てくる。だが、多くの教員や原則無料の教育によりそれをクリアしている。
・1クラス23人に教員が3人、その他、テキストを用意したり、学校事務を行う補助要員がクラスに1人いる。
これだけいれば、さすがに簡単には落ちこぼれは出ない。
・小学校から大学まで、全て教育費は無料。教科書、ノート、鉛筆等文具も無料。
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・しかし、それでさえ、なぜか2000年以前は、かなりの成績を収めていた。
・なぜか? 私は「系統だった学習指導要領」にあると思っている。
・各国を見て回ったが、「系統だった学習指導要領」があるのは日本だけだった。
これが日本の貧弱な教育環境において、日本の子供にかなりの知能を与えていた原因かと思う。
・だが、その優れた学習指導要領も、2000年以降ゆらぎ、その結果、学力の低下が起きたのではないか。
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・グローバル時代に、知能の力がないのは、子供達の未来を閉ざしてしまうことになる。
・10年前、アジアから米国への留学生は日本人がいちばん多かった。
・現在は、インド>中国>韓国>日本>台湾 の順になってしまった。
・なぜか?日本人は留学しようとしても、基礎学力が足りず、入学できないのである。
・あまりに驚いたので、「我々見学者のために、特区の小学校を回っているのか?」と聞いたら、これは中国ではすべての小学校で行われている、と言われた。
・小学校卒業時の英語の目標は、「日常生活に、実用的に活用できるレベル」である。
・低学年で週に5時間、高学年では4時間の英語の授業を受ける。
・日本の現状は、小学校では、今はそもそも英語の授業は行われていない。(ローマ字ならある)
・次の指導要領で英語の授業が入ることが決まったが、週にたったの1時間、しかも目的は「異文化理解」である。
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◆ 子供の伸びる家
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・今、住宅メーカーと共同で、「子供が伸びる家」の研究を行っている。
・学習は「生活習慣がすべて」と言えるほど、生活習慣は大事なので、「子供の伸びる家」はそれを考えて作っている。
・とりあえず今の家で考えるというと・・・
1/ダイニングに長机(田舎の公民館に置いてあるような安物)を置く。
-> ごはんを食べて、親が見ている横ですぐに勉強ができるように。食卓でやると、食事中に片付けなくてはならず、片付けるのが面倒。
-> 長机は横に長く、奥行きが短いので、奥のほうがとりづらいということがない。横に長く置いておくほうが手が届きやすい。
2/畳の間があったほうがいい。子供がごろごろできるのと、寝るときに、ベッドは落っこちるので、畳にフトンのほうが安眠できるので。
-> ぐっすり眠れるのが、とにかく一番!「睡眠力」と名付けたいくらい。
3/リビングに本棚を置き、辞書や図鑑などを置く。また、どの部屋にも辞書・図鑑があるようにする。
-> なぜか?それは、「わからない」 -> 「わかる」の時間が短いほど脳への定着が強く、結果として知能が上がるからだ。
「後で調べとく」ではダメで、「今わからない事は今調べられる」ような体制を作っておくのがよい。
4/親の手伝いや部屋の掃除は子供の知能を高める。イモの皮むきができる子のほうが、できない子よりも知能が高くなる。
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・なぜ「親の収入が低いと合格しない」などという神話が出来たかというと、
昔の東大は、とんでもない高収入の親がたまにいたので、彼らが平均値をぐっと上げていた。
・また、10年ほど前に、中高一貫校では中学で高校の内容を前倒しで教えてよいことになったので、中高一貫の私立高校が有利となった。
・しかし、実は東大は、あまりそういう子を取りたくない。
・そこで、東大は、年収400万円以下の家庭は、授業料は無料になっている。
・実は東大は東京出身の子が多く、東京ローカルの学校とも言える。
・現在、東大は地方の公立高校を回り、優秀な生徒を狙っている。
・教育再生会議で言っていたが、小さい頃から外の風に当たらず、知識だけを植え付けられた子は、
好奇心が育っていないので、大学で新しい研究などできるわけがない。
東大はそう考えている。
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◆ 虫食い学力について
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・近年、目立ってきたのは「虫食い学力」である。
・「虫食い学力」とは、計算や漢字などの基礎を徹底していないため、知識や技能が虫食い状態となり、結果、それが上級の学年に進んだときに致命的な弱点となり、理解を妨げることである。
・中学生に小学1年レベルの計算をさせると、○-7、○-8を間違える子がけっこういる。
・漢字について、6年生では3割の児童しか、指導要領漢字全部を覚えていない。
・割合、分数の計算を理解していない子がかなりいる。
・上級の学年は、それらの知識が前提となるので、そこがネックとなり、ついていけなくなる。
・この場合、親や先生が叱責しても激励しても、何の意味もない。どこを理解していないのか、まずプロの目できちんと見ないと駄目である。 一人一人、テストの1つ1つの問題を細かく見ていき、何を理解していないかを見つけていく。
・中学生に100ます計算をさせると、方程式などの難しい問題も解けるようになる。
やはり基礎的な計算力が足りていなかったと考えられる。
・塾経営者と話した時、この虫食い学力問題が話題になった。受験専門の塾では基礎、基本の徹底をやらないので、こういった基礎のついてない子は伸びず、大きな問題となっている。
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◆ 100ます計算について
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・100ます計算は、私が思いついたものではない。
・「計算の反復練習」という、本来しんどい、つまらないものを、面白く取り組めるための1つの手段だ。
・毎日、同じ問題をやる。あっという間に記録は上がっていく。
実は、違う問題でも、同じ問題でも、計算力向上の効果は全く変わらない。
-> 褒めてもらえる -> 自信がつく -> やる気が出る。
・不思議なことに、100ますを続けると、もっと深いところで学力が上がっていく。
授業もやりやすくなる。
・特に日本の子の、学習の最も妨げとなるのは「学力コンプレックス」である。
・日本の子は、褒められて育てられていない。たいがいの場合は「おまえは駄目だ」と言われて育つ。
それにより、何においても自信のない子が非常に多い。
・100ます計算は、大人でもだいたい2分はかかる。
・それを、小一でも、1ヶ月ほどで1分45秒を切るようになる。
・大人を負かすほどの計算力がつき、褒められる。結果、自信のかたまりのようになり、
「学力コンプレックス」とは無縁の「成長モード」に入り、学習がスムーズに行える。
・「同じ事を3日連続でやる」のが大事である。
・3日間同じ事をすると、記憶はよく定着する。
それ以下ではすぐ忘れてしまう。それ以上やってもあまりスコアは伸びない。
・よって、計算・漢字・英単語も、記憶を定着させたい場合は、「3日連続で同じ事をする」が有効である。
・1日10分でもよい。それで頭の回転を上げることができる。
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・知能開発の7割は「早寝」「早起き」「朝ご飯」の生活習慣により決定してしまう。
・朝ご飯をとにかく「しっかりとる」こと。
・子供は、P.M.8:00~9:00までに寝ると、一番知能指数が高くなる。
・朝ご飯を食べずに登校するグループに、朝食を取らせるようにしたところ、知能指数は6ポイント上がった。
・手っ取り早く言えば、「朝は湯気の出るおかずを食べさせてください」ということ。
●パン+ジャム+牛乳だけではダメ。脳に必要なアミノ酸がとれないから。
──────
*なお、文中「グラフ」の統計は、大きな学校に協力してもらい、厳密にとったもので、
サンプル数等も有効な範囲であり、いいかげんなものではない。
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・ゲームは1日30分程度ならOK。
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◆ 読書は知能を高める
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・読書は知能を
本エントリは
http://blog.riywo.com/2009/02/27/120733/
に対するコメントとして書いたら非常識な長さになってしまったため,
仕方なく日記にしてしまったものです.今更推敲するのも面倒だし.修論締切やばいし.
以下コメント.
私,ちょうど現在修士論文の提出用最終稿を書いている真っ最中です.
卒業を諦めかけ,それでも卒業できることになりそうな身の上の者が,修士までの研究や卒業について書きます.
あなたのエントリを読ませていただいて,一番強く感じた疑問は,「卒業は誰のためのものか?」です.
私は卒業とは自分と保護者のためのものではないかと感じています.
「日本的お優しい環境なので(学部)卒業できた~」とありますが,研究室の先生は研究者.純粋な教育者ではありません.
あなたの保護者ではないのであなたが卒業研究から何か得ようが得まいが関係はありません.
たとえば博士課程後期にでもなれば自分の研究に利益をもたらす可能性が多少高まるので積極的に構うでしょうが,
学部生レベルじゃ「留年すると担当教諭として面倒だから単位やっちまえ」くらいに思っているかもしれません.
(特に東大ではその傾向を感じるのですが,ここでは言及しません.根拠となるデータなんてないので.)
だから卒業できた,いやさせられたのではないかと感じました.
何しろ卒業生の優秀さはその先生の研究者としての評価に直接は関係ないのですから,ある意味当然の振る舞いかもしれません.
あ,念のために注釈すると,それでもやる気のない生徒を卒業させようと頑張ってる先生は大勢います.
理由は研究者を育てるという教育者の責務に駆られたとか単純に甘いとかはそれぞれなんでしょうが.
結局,卒業にこだわるのは本人とお金出してくれてる人だけ.あと内定先の採用担当もいれましょうか.
そして,本人以外は卒業の事実だけで充分.学校生活の内容にこだわるのは本人だけ.
卒業までの短い期間で自分が満足いくまで研究するのも,就職予備校と割り切って卒業に必要なだけの研究をするのも,
こんな短い期間じゃ研究なんてできっこないと決めて何もしないのも本人次第.
大学ってある程度自由な選択肢があるところなんですよ.授業出席やテスト勉強に限らず,卒研さえも.
勿論明言はされませんが.
それに気づけるかどうかも本人次第.
そこに18歳だから気づけないとか22歳だから気づけるなんて因果関係はないと思います.
私は齢22にして卒研の意義が分からず,とりあえずやってみて,そんなもんかとがっかりしたクチです.単純ですね.
あなたは,同じ状況で頭を働かせ,とりあえずやらなかった.それだけのことでしょう.
そこに新卒採用制度が絡んであなたの問題を複雑化させているのはわかりますが,
就職先で卒業研究の内容を駆使することが求められるわけでもありませんしね.
そうそう,私がなぜ卒業を諦めかけたかの話が抜けてました.
(どうでもいいなら一段落すっ飛ばしてください)
すごくありがちな話で,ビョーキです.
学校に行きたくても行けない期間は辛かったでした.
なぜって,内定をもらってるのに卒業できないかも,という恐怖が常に襲ってきたので・・・
その時に再び思ったのですよ.
あー,やっぱり卒業研究は成果じゃなくて,本人が頑張ったらOKの世界なんだな,って.
この曖昧な文章に無理矢理結論づけるとすれば,
あなたが「学問」できなかった,しなかったのは,他でもない,あなた(のせい)だということ.
そしてそれにうちひしがれて自分から退学を願い出たということ.
担当の先生でもなく,就職予備校でもなく,学の府でもなく,あなたがね.
あなたは学問したいのであれば,きっと研究者を目指せばよかった.
でも,卒業研究ができなくて就職,という(逃げ)道を選んだから,あなたの中で大学で学問する意義がわからなくなってしまった.
大学院に行くということは,就職のために行くのではないという,オトナ達からの刷り込みによる思い込みのためだけにね.
大学院での研究生活は就職だろうと研究だろうと,人生の糧になりうるものですのに.
そして私がこれを書きたいと思った動機は,あなたが研究室に入ってくる生徒達にとてもよく似た考えをしているから.
研究室に入りたてだった頃の彼らに.
毎年,あなたみたいな考えの人が研究室にきて,無駄なことはいやだと最短ルートの入口を探し,
それが正しいのか,抗うべきなのかはわかりません.
でも,私は毎年こう声をかけてきちゃいました.
「とりあえず,研究っぽいことやってみなよ.
頭で考えられる範囲で研究になるかどうかわかるようなテーマは研究ではないから.単なる演習だから.
卒業研究は成果よりもやってみることが大事だから.
やってもみいくちゃ無駄かどうかわからないことにチャレンジするのも,長い人生,たまにはいいんじゃない」と.
私は今でもそう思っていますから,うっかり言ってみたくなったんです.
卒業研究や大学の意義について悩んだ挙句,私とは別の選択肢をとったあなたに,私の考えを.
所詮は終わってしまった選択肢,戯言ですがね.
なにはともあれ,就職おめでとうございます.
あなたなりに納得のいく人生が送れることを切に願いつつ.
だからさー、あんたがダメなヤツだと思うような生徒でも、「背骨」さえちゃんとしてれば良い結果(卒論)を出せる人間かもしれないだろ?
大学生は学生で教員は教育者なんだから「背骨」形成を手伝ってやるのは当然っつうか義務のはずだろうがよ。
先に結果求めるんじゃ順番が逆だっての。
普段だったらスター付けてお礼代わりにしてたのですが、増田だとそれが出来ないので、かなり蛇足になりますがちょっと書きます。
批判的な意見ばかりとりあげますが、別に反論したいわけじゃないので、そこんとこよろしく。
まず、id:next49さん。
http://d.hatena.ne.jp/next49/20090223/p2
と、そのリンク先も拝見いたしました。特に、
http://d.hatena.ne.jp/next49/20081019/p2
は、もう自分のこととしか思えませんでした。つか、別に私が言及することもなかったみたいですね。
b:id:he-na-he-na この人は何のために院までいったんだろうか?
b:id:chnpk なんか全然知らない世界なので余計なことはいいたくないが、なにしに大学院なんて行ったんだろうというのが気になった。
はてブを見た後で自分の文章を読み直して、あ、これじゃ確かになんで博士課程に進んだのかさっぱり分からんと思いました。本題とは関係ないと思って書きませんでしたが、博士過程に進んだときのことも書いておいたほうがよかったですね。いろいろと複雑な事情もありますが、端的に言うと博士課程進学時に研究室を変更したからです。やっぱり変なプライドもあって研究から逃げたと思われるのもいやだったし、研究に対する興味自体がなくなったわけではありませんでした。単に教授とうまくいかなかっただけです。
研究室を変更したときは、
「やっぱり前のボスは、今のボスに比べるとやっぱ嫌なやつだったなぁ。」
とか、
「まぁでも人間関係なんだから人と合う合わないもあるよな。たまたまボスと私の相性が悪かったんだ。」
とか思ってましたが、今考えると単に私が未熟だっただけですね。たぶんどこの研究室でも同じことになってたような気がします。ただ、悪循環の中でうまくいかなったボスとちょっと距離を置いて、研究環境を変えてみたというのは結果的にはよかったと思っています。
たぶんどこでも、卒業研究は1年、修士が2年、博士が3年なので、それぞれの過程の途中で研究室を変わるのはなかなか難しいのは分かります。でも、それぞれの過程が終わった段階で研究室を変わることは、もう少し積極的な理由として、研究に対する視野を広めるという観点からも、もっと推奨されてもいいと感じています。私の場合、大学院進学時も所謂「学歴ロンダリング」をしているし、博士号取得後も同じ研究室に留まらず居場所をコロコロ変えてます。ちょっと乱暴な議論だけど、学振PDなんかは明示的に研究室を変更することを推奨しているし、最近転職が流行ってるのも同じような理由だと思っています。
b:id:puchiban なぜやる意味のわからないことをずっとやり続けられるのかが不思議。なんのためにお金と時間を使って大学院にいるのだろう?意味なんて見けるか、教授に聞けばいいんじゃないの?と思ってしまう。
b:id:haru666 研究の目的が理解できてないって、空気嫁よ…。それが出来ないと何も物にならないんじゃないかね。僕の周りにもいるが、居ても邪魔になる。判断基準が育たない奴っている、でもそれを伝える事もまたアレだしな。
b:id:kkobayashi 研究が面白いかどうか、少なくとも面白そうかどうかも分からずに研究室に入る理由が理解できない。「単位取りやすいから」的な理由で入ったのだとしたら、いくら説明しても時間の無駄な気がする
b:id:y-kawaz そんなもん大学で教わるものじゃないだろう?それが分からないような人は院なんていかずにとっとと就職でもしてればよいと思うよ、自分の為にも周りの為にも。
b:id:minoru-n ”間違ってることが分かっている”ならその部分を直して再度教授に問いかければいい/自分で勉強するってそういうことでしょ?やることやってないで何を言っているの?
b:id:lestrrat 言われたからやってるんだ、って人はなんで大学院言ってるんだろう。大学院って義務教育だっけ。見切りをつけるのも自分の責任なんじゃないかなー。
もうほんとその通りだと思います。でも、ちょっと言い訳を。
分野によると思うのですが、私の分野だと、科学が発展しすぎちゃって最先端にたどり着くまでに大学教育だけでは間に合わない、ということがあります。修士課程入ったばかりだと研究会出ても宇宙語にしか聞こえない人がほとんどだったりします。ぶっちゃけると、大学卒業時で分野の研究の意義が本来の意味で理解できる人は皆無です。たまに超優秀な東大生にそうゆう人がいますが、数年に1人のレベル。それじゃ人が足りなくて、私みたいに無自覚でよくわからんけどなんか面白そうって理由で研究始めた人、もうちょっとモラトリアムでいたい、という人がある程度人数いるから日本の最先端の科学は保たれてるという側面があります。
「研究の意義の理解」も先の「背骨」の話もいろいろ段階があって、単純に分かってる・分かってないの○×問題じゃないので、ちゃんと議論すると長くなりそうだし言い訳はこれくらいにしておきます。
b:id:lisagasu 自分でものを考えることを教えるって、大学の先生の仕事じゃないよ。
b:id:rajendra 大学院の先生ならボクに自立心をインストールして下さい的な話。
b:id:takeshiketa 「背骨を与えきれない貴方は教職として能力不足」ってこと?なんかおかしい気がするなぁ。商品を買うんじゃないんだからお金出して通ってるだけじゃ駄目だろうし、在学中に完璧になる必要もない。ていうか大学だぜ?
b:id:RM233 背骨を形成するパーツを与える、くらいじゃないかな大学の先生に要求されるのは。それができてない先生もたくさんいるのは事実。でも背骨を丸ごとくれっていうのは酷だよ。
すみません。書き方が悪かった。あれじゃ誤解されても仕方ない。
ブコメで補足してくださった方もいるけど、大学の教育ってのは「背骨」を与えることなんだから、教育者としてはそれが達成されなかった理由を学生の責任に転化しないで欲しい、というのが私が言いたかったことです。たくさんの学生を教えれば中には理解できない子がいる。それは仕方ない。でも、そこで先生が「わからないのは本人のせい」、とは表立って言わないで欲しかっただけです。だから、辛抱強く、と書きました。
b:id:metamix お金払えばなんでも身に付くというわけでもあるまい/教授なんて元記事の人くらいのドSでちょうどいいと思う、個人的には。人が育つには適度なプレッシャーは必要。
プレッシャーはあってもいいけど、フォローは大切だよね。筋トレと同じ。
b:id:yoshiyoc 教授が学生・弟子を取るのは、新しいアディアを「盗む」ため。一方、学生・弟子も教授の権威などの恩恵にあずかっている。ただし、教授は寝首をかかれないように、弟子に自分の研究能力を見せつけないといけない。
これは明確に反対しておきます。学生にとって教授は、いつかこえなきゃならない壁です。幸いにも私の周りには弟子のアイディアを盗もうとしている教授はいません。そもそも教授なんてほとんどが終身雇用が保証されてるんだから、本人が成果なんて出す必要ないと思うんです。すくなくとも私がいる分野では、教授は学生が出した論文数を含めて自分の教育成果として評価されます。だから、教授は、人の成果盗んで自分で論文書くくらいなら、アイディアをどんどん提供して学生にどんどん論文書かせた方がみんな幸せになるようになってます。そうでない分野もあるらしいと聞きますが、それがよいとは思えません。
すまんね。自分のブログで書くと全然アクセスないのでスルーされるから。あと、こうゆう発言するとそれが付いて回るのがいやです。だって博士号持った人だと分かると、おっぱいおっぱい(AA略)、とか書けなくなるじゃん。書いてるわけじゃないけど。
b:id:carrion-crow 自分には教授が皆その研究を重要で素晴らしいと思っているかどうかについて、増田氏ほど確信は持てないけど
自分の研究がいかに素晴らしいかを説明できない人は、教授としても研究者としても失格だと思う。本当に素晴らしいと思ってるかどうかは知らんけど、少なくともそれを人に伝えられないようだと、現実的に研究費や研究室のポストを取って来れなくなるから困るんじゃないかな。
あと最後に、
http://anond.hatelabo.jp/20090223115758
ありがとうございます。
編集ページに「はてな記法が一部使えます」って書いてあったのですが、[URL:title]記法だとリンクにならないし、そもそも「一部」ってどれのことなんだよ、と思ってました。ちゃんと伝わったようで安心しました。
ブクマに感謝し、ここでまとめて回答します。http://anond.hatelabo.jp/20090218005603
id:yoshi1207 教育, 研究 「将来はアカポス」って取れなかったらその人はどうなるの?都落ち的経路だけどそのキャリアがアカポスの面接でどう評価されるだろう?OD側のメリットが食い扶持ってだけじゃ弱くない? 2009/02/19
いきなり鋭いツッコミ。確かにそうなんだけど、文系ODなんかは実際バイトで講師とかして相当の時間を取られてたりする。3年なり5年なりの契約があり、更新もありで研究費が出るならやるという人はそれなりにいると思う。一種のセーフティネットの役割として期待したり。
id:tsuzuking 学校, 社会 院卒だからって教えるのが上手いとは限らない/むしろ義務教育期間中に大卒(院卒)以外の人と接する機会を作る方がいいと思う。 2009/02/19
他のコメントにもあったのでまとめて言うけど、「教えるのが上手い」必要はない。教諭がアシスタントとして授業に入っても良い、というか入るべきという気がする。というのは、実はもう一つの狙いとして「教諭に対する教育効果」があるから。放っておけば学問をさぼりがちな教諭陣に、もう一度「学ぶ面白さ」を思い出させたい。ただし、教諭の側に「面倒を見てる」的意識が出てくると、教諭からのパワハラ・セクハラが少し心配。後半については、別問題として同意。
id:matcho226 education アカデミズムへのリスペクトのない子との関わり方。語彙力のない存在に配慮する難しさ。生徒同士のコンフリクトに当事者としてどの様に関わるか。博士の看板は信頼の担保となるか。文化の違いによる現教師との衝突も 2009/02/18
子どもとの関わりが決して容易くないのは同意。そのために教諭のフォローは絶対に必要。問題は、教諭との関係構築のあり方か。教委の指導主事あたりが両者の仲立ちを上手にしてやる必要があると思う。教師との衝突は、そういった教師の「教委コンプ」「学歴コンプ」を巧みに利用する必要がある。…というとなんかヤラシイんだけど。
id:LethalDose 高等教育はそれを受ける姿勢のひとでないとむずかしいとおもう。一流に触れる機会があればいい、とは思うけど、日常的な教育に携わるのはどうだろう。 2009/02/18
仰る通り「日常的な教育」は教諭に任せるのが良いと思う。あくまで特別な存在として。たとえば小学校だと、学校内に『自分の研究室を持ってるへんなにーちゃん(はかせ)』がいる、みたいな感じ。
id:complex_cat education 一生懸命やる人は出てくると思うが,中学年あたりに下手な人間当てると学級崩壊とか普通。後,経済失速で地方都市では教員は有望な既得権益枠だから,教委や大学教育系の手放さない圧力は強いから派遣枠で飼い殺し。 2009/02/18
担任とか持たせることは考えてない。というか、それだと「研究者」してる暇がなくなって意味無い。あくまで「学校に研究者(のタマゴ)」がいる、というところが重要。あと教員枠とは別枠のイメージ。たとえて言えばネイティブの語学講師的位置づけ、ということでどうか?
id:mobanama 研究, 教育 ふむ。面白い。ラインとスタッフのローテみたいな話に発展しうる余地もありそうな。 2009/02/18
ラインとスタッフのローテーション、というのはこの件に関しては正直考えていなかったけど(自分のイメージはどちらかと言えば出向・異業種交流に近く)、そういう経験をした人がその後教育委員会に入ったりするのは面白いかも。
まあ、そういう批判もあろうことかとは思う(笑)
id:ceekz * TA としてなら良いんじゃない?授業をやるのはイマイチかな。 / 授業法を学んでいない者(教職課程未履修者)が授業できる、博士という権威で授業できると思っているなら甘い。 2009/02/18
確かにそういう運用をイメージしてる。ただ、ケチをつけるわけじゃないけど、「授業法」というのは、自分が大学で受けた授業に関して言うとわずか2週間の実習で得たモノに比べ驚くほど貧しい内容だった。正直実地で得るものの方がずっと重要なのでは?
id:rh-kimata 研究者、専門家としての能力と教師としての能力は異なるので、教師は教師の基準で選ぶべき。現在の教員の免許制度や、今後実施される教員免許更新制が良くないならそれを修正するのが筋。 2009/02/18
「教諭に代わりうるもの」というイメージではない。「特別講師」は「特別講師」であって「教師」ではない。これまでの免許制度には全く問題が無いが、更新制は無意味を越えて有害。ただ、そういうヒステリックな反応が出るほど「教育への信頼」が危機にあるのだとすれば、もっとまともで有益で低コストで効果的でかつそれに関わる人間全員が幸せになれるような別な政策を提示する必要があると思った。
id:daigan 全くダメだと思う。明晰な頭脳が良い教育者になるとは限らん。むしろ、良い教育者はコミュニケーション能力が高く、ODは一般的にコミュニケーション能力が平均値以下が多いと感じる。 2009/02/18
「良い」教師はともかく、一般的な教師のコミュニケーション能力がどのくらいかというと……
id:ranobe 教育現場にハンニバル・レクター博士でモンスターペアレント問題その他を食育で解決。 2009/02/18
…博士違ぇwww
省略した人ごめんなさい。ありがとうございました。
「女子高生のあの子。パンツはいつも丸見えだし、カバンの中にコンドームは入ってるし、言葉遣いは最悪。だけど、話すと意外といい子なんだよ」
「あの子は、お金がなくて、ソープとかAVとかやってるし、援交もしていたけど、話すと意外といい子なんだよ」
「おい。里中、差別したらだめだよ。本当は、皆、いい子なんだから。話せば分かるよ」
こんなに能天気な話はもう聞きたくない。それを「いい子」とは言わないんだよ。
では、本物のいい子の立場は?
お金がなくても、地味に働いていて、売春もしなくて、きちんとした恋愛をしていて、言葉遣いも挨拶も丁寧で、女らしく羞恥心がある。そういう女の子たちの立場は? じゃあ、そういう普通の女の子の事は、「女神」と呼んで欲しい。
真面目に生きている人間を褒めず、なぜか、ずっとモラルに反する事をしている人間がたまに良いことをしたり、たまにまともなことを喋っただけで、「彼女はいい子なんだよ」、と言う男たち。本当に、言葉が軽すぎる。
そういう事を言う男たちは、ハンドバッグにコンドームを入れている女子高生のセックスが目当てなんでしょう。セックスしたいから、「いい子」なんだよ。
本物の、「いい子」を知らないんだ。
私は知っているよ。
頭がよくて、上品で、言葉遣いが丁寧で、挨拶もきちんと出来る女の子。
親を大切にしていて、男の仕事がなんたるかを分かっている女の子。
そんな彼女たちと、セックスとお金のことしか頭にないバカ女と同じ、「いい子」にされたら、本当に腹がたつよ。
と言う人。
人間は平等じゃないんだ。
強者と弱者。善人と悪人。知恵のある者と無知な者。そして、男と女。
それらを平等にしたら、進歩しなくなる。進歩の対象となる人間の方がやる気をなくすんだ。そして、助け合いもなくなる。助け合っているように見えて、企み、打算が生じる。一部のバカ女が、「男女平等。手助け無用」と叫んでいるから、男たちが、オフィスで女の子を助けなくなった。違いますか。
生まれた時から、ずっと優しい女の子で、悪い事もしたことがなく、男遊びもせず、お金で遊んだりもしない。なのに、地味だからかまったく褒められない。ところが、同級生の男子に罵声を浴びせ、お金欲しさに援交している女の子が、たまに、かわいいことを言っただけで、「君は、本当はいい子だ」と褒められる。
日本人はそうなんだ。普通に生きて、頑張っている人は褒めない。ずっと、悪いことをしていた人が、ちょっと良い事をすると、「君は本当は良い人だ」と褒める。
すぐに、更生させろとか救済しろと言うんだ。
殺人犯でも、若ければ更生させようと頑張るくらいだから、売春や言葉遣いが悪いくらい、大した問題じゃないのだろう。もちろん、更生は大事だが、他人の言葉や力ではなく、自力じゃないと、意味がない。
私の知り合いには、ソープ嬢もいれば、元AV女優もいる。まったく逆に、貧乏でも地味に働き、贅沢はせず、男遊びもしない女の子もいる。
その両者を、『同じ女の子』には私には出来ない。両方を良く知っているからだ。
殺人犯と川で溺れている人を助ける人間と、同じ人間には出来ない。
だけど、同じ人間にしようとする。それが諸悪だ。淘汰させるのを避けてきた人間たちは、集団生活の中で、馴れ合いになってしまった。皆を同じにしようとする。そこそこ、出来のいい人間の集団にしようとする。だから、優秀な人間が生まれない世の中になってしまった。
女の子の男狂いとお金狂いをやめさせたければ、「おまえ、本当にバカだ。女として終わっているよ。幸せになれないから、これからもずっと売春してるんだな」と言えばいい。それから、その女の子が、自力で這い上がってくるかどうかでしょう。褒めたら反省しないじゃないか。「許す」という行為がどれだけ人間を甘やかすのか知ってる?
ニート、オタク、教育者気取りの偽善者。そして、女にもてない奴と相場が決まっている。
援助交際をしている女の子に、「君は本当はいい子だね。とってもかわいいよ」と言う男は、更生、救済が美徳だと勘違いしているのか、その女の子の体が目的。
本当に、その子のためを思うんだったら、
「皆、真面目に生きているんだ。君はどうしようもなく堕落している。女のクズだよ」
と言わなければならない。それで、その女の子がだめになって、自殺しても、もっと汚れて行っても、それは淘汰されたということ。もし、その女の子が、本当に、「いい子」だったら、叱られた事によって、更生するはず。
「おまえなんか抱く気になれないよ。俺はもっと美しい体をした女の子を知ってるし、女に困ってないからな」
最近よく、文化、歴史、政治的側面から日本を賞賛するような記事を目にする。
こうした記事に目を通すと、事実と些か異なっていたり誇張されていたりするが、それは別段大きな問題ではない。
というのは、日本がよい国であった、あるいは日本がよい国であるという主張に共感する人が大勢いるという点がこの問題の本質であるのだ。
アメリカや中国といった超大国は多くの国民が国家の象徴である国旗や国歌に敬意を表している。
イギリスにいたっては、移民に対して女王陛下に忠誠を誓うことを義務づけている。
果たして、日本人の我々は国家に対して、象徴たる君主に対して敬意や感謝の念を抱いたことがあっただろうか?
否、我々は教育の中で徹底的に自虐的歴史観、自虐的正義感を植えつけられてしまっている。
そのために、「日本という国は悪である」という固定概念と都合のいい根拠だけを基に、国家の存在意義や価値を判断するようになった。
さらに言えば、国家や君主に敬意を表することは服従を容認することでなければ、その歴史を美化することでもないことに気付いていない人が多すぎる。
我々が脈々と受け継いできた文化や歴史を受け入れるということは、それらの中にあった過ち、例えば諸外国への侵略を正当化することでは決して無い。
にもかかわらず、そうした見当違いの思い込みや政治的な思惑で多くの日本人は日本に対する誇りや国民たる尊厳を失ってしまった。
この元凶は、戦後の荒廃した日本を目の当たりにした今の教育者層が我々を教育してきたことに由来する。
そうした人達にとって、彼らの戦争絶対悪、国家絶対悪というのは理解できないことも無い。
しかし、歴史を少しでも学べばそうした自虐的な価値観を持つ必要性などどこにも無いのだ。
ただし、我々が少なからず犯した戦争などによる過ちを美化することはしてはならない。
それが客観的な歴史観であり、子供たちに国家への真の敬意を示すことになる。
そういった前提で、「日本はすごい国だ」「こういった事をしてきたんだ」という記事を読むことで、内なる自尊心に気付かされるのは至極自然である。
私たちには誇るべき文化や歴史があり、現在では政治的経済的に世界に貢献している。
こういう主張をするとすぐに思考停止に陥り、虚無な反論を試みる人がいるが、「我々にとって」日本が素晴らしい国であることには変わりないのだ。
それが嘘だというのであれば、日本SUGEE!コピペを読めばいいだろう。中には誇張もあるが、概ね正しい。
それを読んでも日本が凄い国であると本当に感心できないのであれば、それも個性であろう。
パスポートを持っている人であれば、こうした文言を見たことがあるだろう。
「日本国民である本旅券の所持者を通行支障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を関係の諸官に要請する。日本国外務大臣」
我々の中には国を憎み、嫌い、怨むような人がいるが、彼らは大きな勘違いをしている。
あなたたちが憎んでいるのは「政府」であり、「国家」ではない。
政府があなたを小中学校に進学させ、政府が年金を管理し、政府があなたの生活や安全を保護している。
逆に、政府があなたの生活を圧迫させるような政策を行い、政府があなたの意にそぐわないような政策をとっている。
国家と政府の関係は政治学などで論ぜられるところであるが、重要なのは政府と国家を混同している人がいる点なのだ。
もっと言えば、平安時代には政府はなかったがそれと同等の機関が存在したし、鎌倉時代には幕府がその役割を担った。
そうであるなら、自分と国家を混同しその栄華に浸るのは愚かしく、我々の成長によって社会をよりよくしようとするのが真の愛国であり、国家への敬意の表し方である。
我々が政府に搾取され、騙される存在であり続けるのは、何も言わず何もしないからであって、社会の構造を変えるのは意志と行動のみである。
そこから脱却することで、我々は初めて、国家に対して誇りを取り戻すことができるのである。
http://anond.hatelabo.jp/20081123114055
最初から教師を馬鹿にしてかかっており、話の通じる可能性が極端に低いようないわゆる不良生徒に、学校側の『本気』をわかってもらうのは、通常の話し合いでは困難。
結局、『手を出してでも俺らにかかわってくるくそむかつくウゼー熱血教師』が必要とされてしまう。
学校は世間と法が入り混じる場所。
世間的に対処しようとすると、どうしても何らか体罰(と定義される行為)を伴ってしまう場合があり、法的脆弱性を抱え込む。
(元増田の受けたいじめのような最低の行為に対して、『殴るぐらいに怒りを示す』ことが教育上有効であることは多い(殴ることが主目的ではないので人によって異なる)。というか「口でちょこちょこ文句言ってくるぐらいだからまだ平気平気wもっとやっちまえw」と受け取るような、体力ある男の先生の言うことしか聞かない連中多すぎ。)
法的に対処することはきわめて公平で脆弱性を持たないけれど、『冷たい』結果を呼び込んでしまうことも多く、難しい。
(問題行動を起こしてしまう生徒を、即、警察に放り投げるとか。ある意味、教育者としての敗北宣言だろう。それに、「誰も向き合ってくれないから問題行動を起こし」てしまうタイプの生徒に対して対応能力を持たない。)
「言ってわからないガキには、体罰じゃないと伝わらない事もある。
それに言い聞かせろ、体罰絶対ダメって連中は現実感が無い」みたいな人が居るけど。
それって結局「言葉<力」を大人や教育者が子供に見せつけてることになると思うんだけど。
で、「それでもいいじゃないか、それが現実だ」っていうなら、教育全体をそっちにシフトしてみようぜって思うのね。
かたっぽで偉そうな事言って、所謂正しいことを言って、「立派な大人になりなさい」「みんな仲良くしましょう」とか言って。
具体的に言うと「ある訓練が、別のことにも応用されて役に立つんじゃないか」っていう思想。
結論から言うと「ごくまれにそういうこともあるけどほとんどは違う」。
つまり、極寒の地で野球の練習に打ち込む少年と、すごく気候のいいところで野球に打ち込む少年、どっちが野球が上達するかっていうと、
そんなもん野球の訓練を積んだ方に決まってる。ところがこの「応用論者」の意見が正しければ、
極寒の地の少年は、極寒という過酷な環境に耐えることで、精神的な耐久力が身に付いてるから、野球の厳しい訓練にも耐えられる。
だから気候のいいところの少年より上達する、という結論になる。
ところが全然そんなことはないんだ。むしろ気候に恵まれてる方がいいくらいだ。余計なことに惑わされずに打ち込める分。
つまり「ある苦しい経験によってえた耐久力は、その種目でしか発揮されない」ということだ。
極寒に耐えた少年が得たものは、単に「極寒に耐える能力」であって「つらいこと全般に耐える能力」なんかじゃあない。